はじめに
医療従事者は,結核感染・結核発病の機会が多 いハイ・リスク集団であるとともに他への感染を 及ぼすデンジャー集団とされる
1).医療従事者の 中では,結核病床の有る病院では看護師とそれに ついで検査技師が,結核病床の無い病院では検査 技師が,日本の結核罹患率より高いことが知られ ている
1).医師の罹患率はい ず れ の 群 で も 看 護 師・検査技師より低い.一方,医師と検査技師か らなる病理関係職員の結核罹患率は高いといわれ
ている.SUGITA らが 1988 年に行った実態調査 では,病理関係職員の結核症罹患のオッズ比は衛 生学・公衆衛生学職員に対して 6.77 と高いこと を報告した
2).また,2000 年に病理学会が行った アンケート調査(551 病院,回収 351 病院,64%)
では,1997 年から 1999 年までの 3 年間に病理関 係職員に結核症発症ありと回答した施設は 19 施 設(5.3%)と少ない数字ではない
3).しかし,剖検 室への N95 マスクの普及率は 49% であり
3),剖 検における結核感染対策の認識は低い.
当院にて,結核症の剖検症例に起因した結核集 団感染を経験した.事例と院内の結核発症の背景 について調査し,剖検に伴う結核感染予防対策を
剖検時の曝露が関与した病院内結核集団感染事例
防衛医科大学校病理学第二講座
大 河 内 康 実
(平成 16 年 8 月 31 日受付)
(平成 17 年 6 月 13 日受理)
防衛医科大学校病院において剖検が関与した院内結核集団感染を経験した.その事例と病院内の結核 感染の背景について検討した.骨髄異形成症候群の 72 歳男性が入院し,剖検にて粟粒結核と診断された.
接触者検診が行われ,ツベルクリン反応の発赤長径 30mm 以上を感染ありと定義した.結核感染者は 13 名でそのうち 3 名の発病者が発生した.発病者のうち 2 名が剖検室のみ,1 名は病棟および剖検室で初発 症例と接触していた.剖検室のみでの接触者と病棟のみでの接触者の結核感染のオッズ比は 5.04(95%
信頼区間 1.08〜23.42)であった.さらに,二次発病者のひとりは気管支結核で強い感染源と考えられた ため,接触した職員の定期外健康診断とその接触した患者の 2 年間の経過観察が行われた.事例発生か ら 6 年間で,同一感染源から 3 名の結核発病者とのべ 68 名の結核感染者が生じ,結核集団感染事例と考 えられた.また,1997 年から 2002 年の 6 年間に当院入院後に診断された活動性結核症例は 23 例で基礎 疾患のある高齢者が多く,そのうち本事例を含む 6 例で剖検が行われていた.剖検例 5 例で陳旧性結核 病変を認めた.剖検症例で活動性結核の生前診断が得られていたのは 1 例のみであった.結核既感染の 高齢患者には結核発病のリスクがあり,かつ,剖検前に結核の臨床診断は必ずしも得られていないこと から,剖検時に結核感染対策を行うことが必要と考えられた.
〔感染症誌 79:534〜542,2005〕
要 旨
別刷請求先:(〒359―8513)埼玉県所沢市並木 3―2 防衛医科大学校病理学第二講座
大河内康実
hospital infection,Mycobacterium tuberculosis, autopsy Key words:
検討した.
方 法
1.院内結核集団感染事例
防衛医科大学校病院は,結核病床を持たない 800 床の埼玉県西部の基幹病院の一つで,一般診 療と若い医師の研修および医学生・看護学生の教 育が行われている.1997 年 4 月に当院の入院症例 の剖検が行われ,病理組織診断にて粟粒結核と判 明した(第一次結核症例) .その後,接触職員 39 名について定期外健康診断が行われた.接触職員 39 名の接触曝露状況,その後の転帰,ツベルクリ ン反 (以下,ツ反) 分布について調査した.また,
この中で 3 名の発病者(第二次結核症例)が発生 した.そのうち 1 名が気管支結核であったため,
さらに,その接触者 171 名の定期外検診が行われ た.なお,当時は職員に対しツ反の 2 段階検査が 行われておらず基礎値との比較による感染者の判 断
4)ができなかったため,旧厚生省の室長通知 「初 感染結核に対する INH の投与について(平成元年 2 月 28 日健医感発第 20 号) 」 にある塗抹陽性患者 と接触があり BCG 既接種の場合の INH 予防内服 の適用基準であるツ反発赤 30mm 以上を結核感 染者と定義した.結核集団感染の定義は「同一の 感染源が 2 家族以上にまたがり,20 人以上に感染 させた場合をいう.ただし,発病者 1 人は 6 人が 感染したものとして感染者数を計算する」
5)を使用 した.
2.当院入院後に診断された結核症例の背景 1997 年から 2002 年の 6 年間に,入院後に活動 性結核が診断された症例を院内の記録と剖検の記 録より調査した.活動性結核は臨床的には結核菌 の排菌陽性,または,治療を要する症例とした.
病理学的には滲出性病変や増殖性病変を伴う結核 性病変をもつ症例を活動性結核とし,線維化瘢痕 巣を治癒性結核病変とした.調査内容は,年齢,
性別,結核以外の入院事由となった主疾患および 合併症,入院から結核発見までの日数,退院後発 見例については入院日数,および,結核診断の契 機となった検査方法とした.
結 果
1.院内結核集団感染事例
第一次結核症例:第一次結核症例(症例 1)は 72 歳の男性であった.痔核手術の既往歴があった が,病歴聴取では結核の既往は得られなかった.
家族歴に特記すべきことはなかった.1997 年 2 月,全身倦怠感,肉眼的血尿で発症し,当院外来 にて骨髄異形成症候群(RAEB-t)と診断された.
同年 3 月下旬より,発熱,咽頭痛が出現し,4 月に 当院に入院した.入院時胸部レントゲン写真では 左上葉に辺縁が不鮮明な結節影が認められた.入 院後,各種培養が提出され抗生物質の投与が行わ れた. 症例は全身状態が悪化し入院第 28 病日に死 亡した.なお,喀痰の抗酸菌検査は入院第 4 病日 に 1 度提出され,塗沫検査陰性で,培養結果も陰 性であった.
この症例は剖検が行われ病理組織検体から粟粒 結核と診断された.剖検時の肉眼診断では,縦隔 から頸部の血腫および膿瘍,肝臓および脾臓の多 発性膿瘍であった.ホルマリン固定後の左肺上葉 の割面像にて,石灰化のある陳旧性結核病変と肺 炎像を認めた(Fig. 1a).左肺上葉の病理組織像で は壊死性滲出性肺炎像を示し肉芽腫の形成は全く 認めなかった (Fig. 1b) .Ziehl-Neelsen 染色にて多 数の抗酸菌を認めた(Fig. 1c).抗酸菌は縦隔膿瘍 内,肝臓,脾臓の多発性膿瘍内にも多数認められ た.剖検時に膿瘍の抗酸菌培養は提出されなかっ た.
第一回集団感染:入院症例(症例 1)の活動性結 核が判明し,接触者 39 名に対し,定期外健康診断 とツ反検査が行われた.このうち 1 名(症例 4)は 曝露約 3 カ月後に不明熱で入院した時にツ反検査 が行われ,発赤長径は 30mm であった.接触職員 のツ反の結果を図に示す (Fig. 2) .分布は多峰性で 13 名が発赤長径 30mm 以上を示していた.この 13 名の中から発病者が 3 名(症例 2,3,4)発生 した.発病者 2 名ではイソニアジド(INH)の予防 内服は実施されず,もう 1 名は副作用のため 2 カ 月で中止となっていた.なお,患者家族の結核感 染防止対策について当該保健所に連絡し対応を依 頼した.
症例 2 は医師で病室および剖検室で症例 1 と接
触し,曝露約 8 カ月後に結核性髄膜炎を発症,症
例 3 は病理医で症例 1 と接触したのは剖検室だけ で,曝露 2 年 9 カ月後に肺結核(b! 1)を発症,ま た,症例 4 は当時医学生で症例 1 と接触したのは 剖検室だけで, 曝露 3 年 10 カ月後に気管支結核と 診断された.第二次結核症例の 3 例はすべて剖検 開始から終了まで剖検室に在室していた.症例 3
は retrospective に胸部レントゲンを検討した結 果,曝露 6 カ月後に新たに結節影が出現していた ことが認められた.症例 2 と症例 4 については,
埼玉県衛生研究所により,検出結核菌の RFLP 分析が行われ,同一パターンを示した (Fig. 3) .症 例 3 から検出された結核菌は再培養にて増殖でき なかったため,また,症例 1 では培養が得られて いなかったため,分析できなかった.病棟のみで 接触した看護師 1 名に初回の検診で胸部異常影が 認められたが,経気管支肺生検および気管支洗浄 の培養検査にて結核の確定診断は得られなかった こと,また,抗結核剤の投与が行われたが陰影の 変化が乏しかったことから,結核は否定的と診断 された.
第一次結核症例との接触者の曝露環境と職種に ついて調査した結果を Table 1 に示す.病棟での 接触者,剖検室での接触者ともに学生が含まれて いた.病棟の看護師は症例 1 の喀痰の吸引などを 行っていた.病棟では職員の結核感染予防対策は とられていなかった.一方,剖検室は地下 1 階に 位置し,窓はなく天井の換気口から換気が行われ ていた.当時は剖検室の入室者はサージカルマス クを着用していた.解剖時摘出された臓器は必要 に応じて解剖台上で割を入れ,写真台にて撮影し た後にホルマリン固定された.肺は剖検時には割 を入れず,写真撮影後に気管支からホルマリンを 注入し固定された.剖検室曝露者のうち病理関係 者 3 名は短時間の入室でいずれもツ反は 30mm 未満であった.曝露環境による結核感染のオッズ 比を Table 2 に示す.剖検室と病棟の両方での曝 露は非常に強い曝露と考えられるため,両方での 曝露者 2 名を除いた場合の,剖検室のみの曝露者 の病棟のみの曝露者に対する結核感染のオッズ比 は 5.04(95% 信頼区間:1.08〜23.42)であった.
第二回集団感染:症例 4 は気管支結核と診断さ れ,喀痰の抗酸菌塗沫検査にてガフキー 3 号が検 出され,院内での有症状期間は 1 カ月であった.
症例 4 は気管支結核であるため高度な感染源と考 えられた. 接触者は職員 171 名と入院患者 69 名で あった.これらの職員に対しては定期外健康診断 が行われた.接触者 171 名のうち,165 名でツ反が
Fig. 1 Autopsy findings in Patient 1, the index caseof tuberculosis.(a)Gross appearance of the left up- per lobe, showing exudative pneumonia and old tu- berculosis lesions(arrowheads).(b)An exudative lesion consisting of fibrin and caseonecrotic debris without a granulomatous reaction(HE stain).(c)
Numerous acid-fast bacilli are present in the intra- alveolar exudates(Ziehl-Neelsen stain).
施行された (Fig. 4) .Fig. 4 は発赤径 30mm 以上の 裾野が広い非対称な分布を呈し,30mm 以上の陽 性者は 58 名であった.ツ反の発赤長径により,40 歳未満では 30mm 以上,40 歳以上では 50mm 以 上,過去のツ反記録を有する者では 15mm 以上の 増大を,予防内服対象者の院内基準とし,31 名で INH の予防内服が行われた.症例 4 と接触した患 者については 2 年間経過観察が行われた.2 年間 の観察期間内に接触した職員・患者ともに発病者 は出ていない.第一次結核症例入院から第 2 回集 団感染の経過観察終了までおよそ 6 年間を要した
(Fig. 5) .なお,症例 2 と症例 3 は喀痰の抗酸菌塗 沫検査は陰性であり,これらの接触者に対する追 加の定期外検診は不要と判断し実施しなかった.
2.当院入院患者の活動性結核診断状況 1997 年から 2002 年の 6 年間に防衛医科大学校 病院に入院後に活動性結核が診断された症例は 23 例あった(Table 3).平均 63.7 歳(30〜83)で,
男性 18 名,女性 5 名であった.結核の診断までの 入院日数は平均 21 日(1〜97)であった.基礎疾 患として悪性腫瘍が多く,その他,糖尿病,腎不 全,膠原病などを認めた.基礎疾患が明らかでな い症例は 3 例であった.入院後に結核を発見する 手段では,塗沫検査が半数であった.剖検で初め
Fig. 3 RFLP analysis ofM. tuberculosisisolated fromPatients 2 and 4, showing an identical RFLP pat- tern. Lane M, molecular size markers;lane 1, Pa- tient 2;lane 2, Patient 4.
Fig. 2 Histogram of the diameter of the area of erythema in the tuberculin skin test conducted on 39 hospital staff members who had contact with Patient 1.
:Staff who had contact with the primary patient on the ward :Staff who had contact in the autopsy room
;;;;;
;;;;;
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:Staff who had contact both on the ward and in the autopsy room
Table 1 Characteristics of persons who had contact with Patient 1:the index case of tuberculosis Tuberculosis patient after exposure Preventive
medication Tuberculin
skin test
>_ 30mm Age at
exposure
(years) * No.
Occupation Site of
exposure
0 1
3 25(21―59)
17 Nurse
Ward only Physician 1 31(−) 1 0 0
0 0
1 23(22―23)
8 Student
1(Patient 2)§ 1
2 27.5(26―29)
2 Physician
Ward and autopsy room
1(Patient 3)¶ 0
3 35(24―50)
6 Pathology
worker**
Autopsy room
only Student 5 22(21―23) 3 0 1(Patient 4)§
*:Values represent median(range) . **:Pathologist and pathology technician.§:Preventive medication not received.
¶:Course of preventive medication not completed because of adverse effects.
Table 2 Analytical epidemiology of the first exposure to tuberculosis 95% confidence
interval Odds ratio
Tuberculin skin test Exposure places
< 30mm
>_ 30mm
5 6
Autopsy room only
0.83―15.54 3.60
21 7
Ward
5 8
Autopsy roon
1.52―29.61 6.72
21 5
Ward only
5 6
Autopsy room only
1.08―23.42 5.04
21 5
Ward only
て活動性結核が発見された症例は本事例を含めて 5 例であった.また,生検材料の迅速病理診断によ り 2 例が結核と診断されていた.
当院では,6 年間の剖検症例数は 358 例で,活動 性結核の頻度は 6 例約 1.7% であった.この剖検 6 症例では活動性結核の生前診断が得られていたの
Fig. 4 Histogram of the diameter of the area of erythema in the tuberculin skin testconducted on 165 staff members who had contact with Patient 4:the secondary tu- berculosis patient.
Table 3 Characteristics of the 23 tuberculosis patients diagnosed after admission to our hospital
1.General characteristics
63(30―83)
Mean age(yr)
18/5 M/F
2.Underlying disorders other than tuberculosis
7 Malignancy
4 Collagen disease
2 Diabetes mellitus and renal failure
2 Diabetes mellitus
2 Heart failure
1 Liver cirrhosis
1 Benign tumor
1 Traffic injury
3 None
3.Approaches to the diagnosis of tuberculosis
10 Smear
5 Culture
2 Rapid frozen-section diagnosis
5 Autopsy
1 After transfer to another hospital
は 1 例のみであった.また,6 例のうち 5 例で陳旧 性結核病変が認められた (Table 4) .なお,剖検症 例で治癒性結核病変のみの症例は 20 例(5.6%)で あった.
考 察
この事例は第一次結核症例から 3 人の第二次結 核症例と 10 名の結核感染者からなる第 1 回集団 感染が生じたと考えられた.さらに,排菌のある 第二次結核症例の接触者のツ反の分布は 30mm
以上の裾野が広い非対称な分布を呈し,結核感染 者が 58 名となる第 2 回集団感染を生じたと考え られた.すなわち,全体では事例発生から 6 年間 で同一感染源から 3 名の結核発病者とのべ 68 名 の結核感染者を生じた結核集団感染事例と考えら れた.ただし,今報告ではツ反の発赤長径値での み感染者を定義していることから,感染者のなか に偽陽性者が含まれていると考えられる
6).
本事例は第二次結核症例 3 名とも第一次結核症
Fig. 5 Overall course of hospital infection with tuberculosis.§:Isolates ofM. tuberculosisfrom Patient 2 and Patient 4 yielded an identical RFLP pattern(cf. Fig. 3). G(n):Guffky numbers of sputum specimens.
Table 4 Pathology of active tuberculous lesions in the 6 autopsy cases among 358 autopsy cases of our hospital over 6 years(1997―2002)
Autopsy findings Premortem
diagnosis of TB Main lesion
Old TB Active TB
― Lung, intestine ND
Traffic injury M
65
# 1
Lung Miliary, Lung
ND MDS(Patient 1)
M 72
# 2
Lung Miliary, Lung
Done Malignant lymphoma
M 46
# 3
Lung Lung
ND SLE
M 75
# 4
Kidney Prostate
ND Acute myocardial infarction
M 79
# 5
Lung Lung
ND Hepatocellular carcinoma +
Liver cirrhosis M
59
# 6
ND:not done TB:tuberculosis Old TB:old healed tuberculous lesions
例である症例 1 を同一感染源とすると考えた.結 核感染の疫学調査に結核菌の RFLP 分析が応用 されている
7)8).本事例では,症例 2 と症例 4 の検 出菌について RFLP 分析が行われそのパターン が一致した.しかし,症例 1 は結核菌の培養が得 られていなかったため,また,症例 3 は菌株が増 菌できなかったため分析できなかった.したがっ て,RFLP 分析を重視した場合,次の 2 点が問題と なる.症例 1 以外の感染源がある可能性が否定で きないこと,および,症例 3 は今回の曝露と無関 係に偶発した結核症である可能性が否定できない こと,である.この事例では以下の 4 点から,症 例 1 を第二次結核症例の感染源と考えた. 第一に,
RFLP 分析で症例 2 と症例 4 の検出菌のパターン が一致し,かつ,症例 2 は排菌がなく症例 4 の感 染源となることは考えらないことから,第二次結 核症例以外の共通の感染源があると考えられる.
第二に,剖検の病理組織で結核菌量が多かったこ と,また,解析疫学にて剖検室で病棟と同等以上 の結核感染の発生が示されたことから,剖検室で 濃厚な結核菌曝露が起きたと考えられる. 第三に,
症例 4 の曝露 3 カ月後の不明熱を剖検室での結核 感染が原因と推測すること,また,症例 3 の曝露 6 カ月後に現れた胸部結節影を剖検時の感染によ ると考えることは,時間的に矛盾ないと考えられ る.第四に,今回の調査で別の結核感染源が認め られなかったことである.症例 2 は病棟と剖検室 の両方での曝露だが,症例 3 と症例 4 は剖検室の みでの結核菌への曝露であり,剖検での結核感染
の事例報告としては本邦では下出らの調査
9)につ いで 2 報告目である.
今回の剖検室で結核感染が発生した要因とし て,当院の剖検室の換気構造が影響していた可能 性がある.宍戸らは結核症例の解剖が行われてい る施設にて剖検室天井空調排出部から結核菌を検 出したことを報告し
10),剖検室での飛沫核の発生 を細菌学的に証明した.当時の我々の施設の剖検 室では天井にある排気吸気口から換気が行われ,
発生した飛沫核が舞い上がる可能性があった.症 例 1 の解剖では,肺には割をいれずホルマリン固 定したため,肺内から飛沫核が発生した可能性は 少なかったと考えられた.しかし,症例 1 は結核 性縦隔膿瘍も併発していたため,開胸してから創 を閉じるまで結核菌を含む膿が空気中に露出して いたこと,また,その縦隔臓器を写真台にて撮影 したため撮影台に付着した膿から飛沫核が生じた 可能性が考えられた.また,剖検室入室中にサー ジカルマスクを着用することでは,結核感染対策 として不十分であることが改めて示された.
2000 年に施行された(社)日本病理学会が行っ
たアンケート調査では剖検で遭遇する活動性結核
は全解剖の 1.9% で
3),当院の約 1.7% とほぼ同水
準であり,当院で特別に結核が多いとは考えられ
ない.結核病床のない病院でも活動性結核の解剖
に遭遇することは十分あると認識する必要があ
る. 年齢階級別結核既感染率の推計では 1995 年で
は 30 歳で 6.2%,60 歳 で 60.5%,2005 年 で は 30
歳で 3.3%,60 歳で 35.5% と低下していくと推測
されているが,若い成人の既感染率減少とは対照 的に高齢者では既感染率が高い
11).当院の調査で は剖検で活動性結核がみられた 6 症例のうち 5 例 で陳旧性結核病巣を伴っていたことから,結核既 感染の高齢者が疾患による免疫低下から結核発病 に至ることが推測された.
活動性結核症に対する剖検時の結核感染予防対 策の必要性はすでに指摘されている. 具体的には,
飛沫核発生の防止のため病変の切開やスライス作 成はホルマリン固定後に行うことや,飛沫核吸入 防止のため N95 マスクの着用や換気の実施など が対策として挙げられている
3)12).しかしながら,
結核症例の剖検数の減少により若い病理医のト レーニングの機会が減少し結核の肉眼診断能力の 低下が危惧されている
3).死亡前診断を前提とし た結核感染対策は,必ずしも剖検前に結核の臨床 診断は得られていないことが盲点となり不十分で ある.
今回の事例から剖検前の結核の臨床診断および 剖検時の結核の肉眼診断は必ずしも出来ていない 現実を考慮した結核感染対策が必要と考えられ た.当院ではスタンダードプリコーションに加え 飛沫核感染にも対応するため,全ての剖検にて入 室者に N95 マスクの着用を義務とした.結核の臨 床診断のされていない剖検症例について結核感染 予防対策を行う必要性について定まった見解はな い.剖検での活動性結核の割合が 2% 弱の現状を 考えた場合,全解剖症例で N95 マスクを着用する ことは過剰対応となるかもしれない.しかし,本 事例のように未診断の結核症例への無防備な曝露 も病理関係者の結核罹患率の高さの一因となって いると考えられる.また,教育関連病院の剖検室 には病理関係者だけでなく結核未感染の若年の研 修医や学生も入室する.したがって,剖検時の結 核感染予防対策として N95 マスクの普及と着用 の実行が必要であると考える.なお,結核症例の
剖検が判明したら,接触者に対し定期外健康診断 の実施と適切な対象者への予防薬の投与が重要で あることは明らかである.現在では,二段階ツ反 による基礎値の測定が当院の全職員に対して実施 され,結核の院内感染に際し参照できる体制と なっている.
本論文の要旨は第 77 回日本感染症学会(2003 年 4 月,福 岡)にて発表した.終わりに本研究に協力いただいた関係 各所の皆様に深謝いたします.
文 献
1)宍戸真司,森 亨:わが国の院内感染予防対策の
現状と課題.結核 1999;74:405―11.
2)Sugita M, Tsutsumi Y, Suchi M, Kasuga H, Ishiko T:Pulmonary tuberculosis. An occupational haz- ard for pathologists and pathology technicians in Japan. Acta Pathol Jpn 1990;40:116―27.
3)堤 寛:結核のバイオハザード対策.医学のあゆ
み 2001;198:213―9.
4)日本結核病学会予防委員会:結核の院内感染対 策について.結核 1998;73:95―100.
5)青木正和:結核集団感染. 財団法人結核予防会,
東京,1998.
6)日野光紀,小野 靖,小久保豊,杣 知行,田中
庸介,小俣雅稔,他:医療関係者に対するツベル クリン反応および BCG 接種歴調査と二段階ツベ ルクリン反応の検討.結核 2002;77:347―54.
7)高橋光良,鹿住祐子,平野和重,深澤 豊,阿部
千代治,森 亨:RFLP 分析による結核感染の疫 学.結核 1995;70:553―9.
8)近藤有好,桶谷典弘,桑原克弘,丸山佳重,宮尾 広美,斉藤泰晴,他:老健施設における結核の外 来性再感染と思われる集団発生について.結核 2002;77:401―8.
9)下出久雄,大石不二雄:近年における結核症の実 態―第 5 報 一般職員の結核罹患状況―.日胸 1992;51:502―7.
10)宍戸真司,森 亨,徳留修身,河合 道:解剖従 事者の結核発生状況と剖検環境の実態調査.結核 1994;69:549―53.
11)大森正子:わが国における結核根絶年の予測.結 核 1994;69:575―79.
12)堤 寛:感染症病理アトラス.文光堂,東京,
2000:p. 87―91.
Hospital Outbreak of
Mycobacterium tuberculosisResulting from Autopsy Exposure Yasumi OKOCHI
Department of Pathology, National Defense Medical College