現代イギリスにおける法と政治 −権利章典論議を めぐって−
著者 元山 健
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 30
号 1
ページ 1‑22
発行年 1981‑11‑25
その他のタイトル The Legal and Political Meaning of the Arguments concerning A Bill of Rights in Modern Britain
URL http://hdl.handle.net/10105/2374
,N。.1(cult.念)SO警)n慧
現代イギリスにおける法と政治
‑権利章典論議をめぐって‑
71: 山 健 (奈良教育大学政治学教室)
(昭和56年4月30日受理)
〔序〕本稿の課額
本稿はイギ))スの権利章典(A Bill of Rights)制定論議を素材としなから、これが登場して きた根拠とその意義とを明らかにしようとするものである。
その場合、社会・経済的根拠を前提としつつ、法的、政治的な権利章典論の根拠づけをその理 論的基礎まで遡って分析しようと思う。そうする所以は、権利章典制定是非の論争それ自体や、
権利章典制定にかかわる伝統的憲法論の限界の理論的指摘は重要であり、本稿執筆の前提となる べきものであることは言うまでもないが、それだけでは「今、何故、権利章典なのか」という本 稿の問題意識に直接答え得ないからである。
それゆえ、本稿においては、権利章典論を素材としつつ、現代イギリスの危機を法がいかに受 けとめ、いかなるイデオロギー的基礎にたって、いかなる解決を客観的には目指しているのか、
その政治的効果は何なのかという課題意識を念頭におきながら論述を進めることにする。そうす ることによって、それぞれに異なる史的、社会的、文化的文脈を有する国々の、それぞれに固有 な政治的、法的諸現象の背後にある共通の本質に迫ることができると思うからであり、それは比 較法政研究の課題の1つとなりうると思えるからである。我が国とイギリスとが、先進資本主義
という共通の社会構成をもっている国家であることを考えれば、そこに一定の現実的、理論的寄 与も考えうるであろう。
したがって、第1に、権利章典論議を網羅的にカバーするということは本稿ではなされない。
これは課題からなされる限定である。この点では、本稿注記に記されるであろう多くの労作に負 うところが大きいと言わねばならない。第2に、直接に我が国の法政理論とのかかわりは論じな い。既述のように、客観的にはかかわりは存するであろうが、これを具体的に論証するには、ま たそのための素材と方法とが用意されねばならないからである。最後に、筆者の能力不足と不手 際のために必ずしも十全に資料を渉猟しえていないかもしれず、したがって恩わぬ常識的誤りを 犯しているかも知れない。御叱正をまちながら、本論へ進むことにしたい。
〔I〕現代イギリスの危棟と法の課鹿
(1)現代イギリスの危機‑憲法的諸現象‑
60年代が現代イギリス社会の諸困難の直接の分水嶺であったことは、今日さまざまな立場の人 々によって等しく承認されていることである。 50年代の「安定した繁栄」の現実を踏えて、 59年 の総選挙で勝利した保守党の次期総理大臣マクミランが、 「階級闘争は過去のものになった。我
1
々は勝利したのである。」と声明したとき、彼は50年代を確認するとともに、その言葉が空しい ものであることを発見するのにそう時間のかからない時点に立っていたのである。例えば、戦後 イギリス政治史に関して、ある著者は次のように述べている。「1962‑4年は我々にはイギリス の歴史における分水嶺となるように思われる。その時に至るまで、イギリスは戦争とその余波の 苦難をこえて、物事を容易に処理する裕りをもつことのできる繁栄した世界の大国だと自ら考え ることができた。イギリスは安定した2大政党制、安定した社会体制と政治制度をもっていたし、
英帝国の英連邦‑の変容ですらみごとな持続性をもって達成されたのであった。しかし、1964年 以降、事態は2度と同じであることはなかった。イギリスの経済的安定性は、経済危機の度毎、
予算案の度毎に消滅し始めた。その2大政党制度は不断に増大する攻撃にさらされるようになっ た。かくてこの時以来、イギリスのほとんど全ての制度(皮肉なことに、君主制を除いて)への 信頼は確実に掘り崩されてきている。今日では、連合王国の統一性ですらもはや当然と思うこと はできないのである。事実、1964年以来、イギリスの政治生活はほとんど方向性を失っているよ うに思えるのである。」Cl)
かくて我々は、60年代の中葉を寛代イギリスの諸困難の顕在化の時代と考えてよいであろう.
そして、本稿の課題対象である権利章典論議が、70年代の展開を前にして、その直接の前提的蓄 積を明確に開始するのもこの時期なのであるC2D
。もちろん,今日のイギリスの危機の根底には,
国家独占資本主義に共通の矛盾があることが看過されてはならないであろう。
今日のイギリス経済を概観すれば,大企業100社が工業生産の50%以上を占め(1970年)、しか もこの企業群の中心には多国籍化した企業があるのである(3)
。多国籍企業の政策は資本輸出を中
心とし、それはイギリス国内産業への投資を犠牲にして行われている。また、シティはポンドの 国際的役割と世界金融市場としてのロンドンを維持しようとしている。結局、これらに呼応して きたのが歴代政府の役割りだったのであり、こうした政策の破綻が67年のポンド切り下げ、激烈 な国際収支の危機、インフレ等々に結びついていることも今日周知のことであろう。(4) こうした国家独占資本主義の危機の政治的対処の有様を、我々は65年以降のさまざまな「改革」
の中に見出すことができるであろう。例えば、F・ステイシー(Stacey)もまた、「1966年始め から1975年7月までの9年半は、イギリスの統治が急速に変化した歳月であった」(5)と述べ、60 年代中葉以降の変化を指摘するとともに、この間の「改革」を次の如く列挙している。選挙制度 改革、国会改革、中央政府改革、公務員制度改革、地方政府改革、地域(region)政府改革、健 康保険改革、行政に対する不服救済の改革。この他にも、EEC加盟をめぐる諸問題、北アイル ランド問題、人種問題、労使関係法と「社会契約」問題など、枚挙に暇がないといえるであろ う。(6)ウィリアムズ(Williams)は、こうしたイギリスの状況をさらに憲法にひきつけて,次の ような課題を提起している。
イギリスの国家構造に関する大きな問題は、第1に連合王国の国家構造そのもの‑の疑問であ るOここでは、北アイルランド問題とスコットランドおよびウエ‑ルズの民族主義にどう答える かが問われるであろう。具体的には連邦制と地方分権(devolution)論議がこれである。第2に は、60年代を通して益々大きくなってきつつある権利章典を求める声に答える課題である。そし て第3には、ECをめぐる諸問題である。もちろん、これらの課題のいくつかは、今日の時点で 一応決着しているように見えるものもあるが、(7)将に統治構造と人権にかかわる根底的な問いか けがなされているといわねばならない。ウィリアムズは、「連合王国の国家構造は17世紀以来最 大の転換点に立たされている」と結んでいる。そして、重要なことは、これらの課題に共通して
かかわる問題が、第1に国会主権の制限の是非、第2に成文憲法と権利章典制定の是非、第3に 法令審査権の是非に関する理論問題であるということである(8)
。
こうした課題に対して、コモンローは生き残れるかという問いをもって真向から立ち向かおう としたのが、スカーマン(Scarman)の1974年のノ、ムリンレクチャー(HamlynLecture)に他 ならない。
(2)危機の法的認識
スカ‑マンはコモンロー体系への5つの挑戦があることを主張し、その各々について検討を行 っている(9)
。ここでは、本稿にかかわる限りで、その主張のいくつかを聴くことにしよう。
第1に、「国際的な人権保障運動」からの挑戦である。イギリス法に人権宣言を組み込むペき だという主張に対して、コモンローの回答は、そんなことは要らないことだということにつきる と多くの者が考えているが、そうではない。時代が正常で、危険が国内を閲歩していないときは、
イギリス法は個人の自由を確固として保護するが、時代が危険や偏見を伴い、異常であるときは コモンローの立場は不利になる.それは脅され、侵害されたとしても、国会の意思に逆うことは できないのである。この国会の立法主権に対したときのコモンローの無能さを克服するために、
基本的人権をイギリス次に組み込む手段と国会を含めた一切の侵害からこの人権を保護する手段 とが求められねばならない(10)
。
コモンローは、一般的文言で定められた制定法(即ち、権利章典)を嫌悪し、国会制定法への 完全な服従を前提として成り立っている(即ち、法令審査権の否定)という考えもあるが、それ は19世紀の産物なのであって、コモンローの歴史を顧みれば、ボナム医師事件やアメリカに渡っ た人権宣言の流れがあるのであって、このことを認めることでコモンローの体系が崩れるなどと 考えるべきではないのである。
かくて、人権運動からの挑戦にコモンローが応えようとすれば、権利章典によって保護された 人権保障法‑即ち、国会の権力に対してでも、これを守ることが裁判所の義務である憲法‑
が必要になるのである(ll)
。
第2に、「社会的挑戦」のうち、社会保障の要求にコモンローは応え得るかについて、スカー マンの見解を見ることにしよう。コモンローの伝統的な理解の仕方には3つの特徴がある。まず
「財産を中心とする私法の体系」だという理解の仕方である。ところが、社会保障の必要性が生 じるのは、財産がないからである。そこにあるのはたゞ必要のみなのである。ここには財産法的 意味での原告も被告もいない。国家は両当事者の間に立つ中立者ではありえない。次に、コモン ローは「法律家だけが知っている法」だという理解の仕方である。ところが,社会保障を運営す る原則は、国家によって公共の資金から供給される給付を管理する政策であって、法的準則では ない。このことから、行政官が社会保障の第一の責任者であり、コモンロー‑法律家の関与する ところではないという考え方が生れる。そして最後に、前記2特徴とかかわるが、「公法への関 心」をコモンローはもっていないという理解の仕方である(12)
。
それでは、こうした伝統的な理解の仕方と訣別する方途をコモンローは持っているのか.スカ ーマンは、社会保障の要求を法的権利と認めたうえで、2つの方策を提示している。即ち、審判 所(tribunals)に法曹資格ある者を任命するだけでなく、裁判所にこの問題が訴えられるような 手配をとること、これを実現する手段として宣言的判決を考慮することができることである。し たがって、最大の課題は伝統的コモンロー理解に縛られている裁判所・法曹人のこの社会保障か
らの挑戦への態度の変革なのである(13)
。
第3に、「労使関係からの挑戦」についてのスカーマンの見解を見ることにしよう。労使関係 は法にしたがって規律されるべきか、それとも「法外的」、即ち一般的な法体系から孤立した何 か特殊なコントロールの体系にしたがって規律されるべきであろうか。後者の途を採れば、特殊 な法体系が益々分離していってしまうとともに、「大きな社会的権力が法の支配から全面的に逃 れる危険」がある。だから、法の中に労使関係のための場所が見つけられねばならず、その意味 で1971年の労使関係法は国土の一般法の体系の一部を形成する裁判所によって解釈、通用される ような法の支配に労働組合の権力を従属させようとする試みであったのである(14)
。
このようにして、スカーマンは5つの挑戦について検討した後、コモンローが生き残っていく ために必要なこととして、次のような提案を行っている。
1.研究,調査および広範な諮問の実行されるプログラムを通じて、国会、法改革委員会およ び政府によって為遂げられるべき、1689年の憲法的解決に代る新しい憲法的解決の必要性。
2.この新しい憲法的解決の基礎には、(権利章典を含む)保障(entrenchment)条項が置か れるべきであり、それは国会の単純多数決による攻撃から守られ、行政権と立法権に対す る制約とならなければならないこと。
3.憲法擁護の義務を負う最高裁判所を設置すること。
4.保障条項と法典化された法という新たな文脈の中で、法典化の問題を制定法の起草とその 解釈という相互に関連した問題と組み合わせて至急研究し始めねばならないこと。
5.とりわけ行政法の問題とかかわって、法の発展と改革という前進的問題を処理するための 機構を設置する必要があること、その萌芽はすでに審判所審議会と法改革委員会にあること。
6.最後に、以上の仕事をする制度はすでにあること、即ち、国会、貴族院と枢密院の司法委 員会、法改革委員会そして審判所審議会がこれに該当すること(15)
。
以上のスカーマンの主張には、既述のイギl)スの危機への法律家の立場からの1つの対応の典 型がみられるといって良いであろう。その主張はコモンローと軟性憲法の法的伝統にとってドラ スチックであり、本稿の以下の論述に展開される権利章典問題について言えば、この問題を少く とも社会的問題の焦点の1ったらしめる点で決定的転換点をつくったとも言えるのである。(16)に もかかわらず、ドラスチックであることが必ずしも問題の解決に役立つとは限らないし、いかな る意味でドラスチックであり、誰にとってドラスチックなのかが問われねばならないであろう。
とはいえ、それは本稿の以下の行論の中に解答の幾許かを用意することとして、ここではイギリ スの法的現状認識の1つのあり方として彼の主張を提示するに止めておくことにする。
〔Ⅱ〕権利章典論議の検討
権利章典の制定を主張する人々の思惑は必ずしも一様ではない。制度構想にしても、その要の 1つと思われる司法審査のあり方をとっても一様ではない。それにもかかわらず、そこには一定 の共通した制度を目指す意図があるように思われる。ここでは、その共通項をまず概括しておく ことにしたい。
(1)権利章典制定の意図
1.権利章典制定論の背後に依然として存在する哲学的基礎は、「多数者の専制に対する少数者
の保護」であると言う(17)
。これは具体的には国会の専断的権力に一致して向けられている。もち ろん、論者によっては労働組合なども標的として挙げられている。
2.それでは何のために国会の立法権を制約しなければならないのか。一般的認識のレベルから 言えば、今日政府と人民の意思は分離しており、政府の権威の失墜状況が見られ、他方、このこ とは市民の権利が蝕まれていくことになるという見方である。そしてこのことが端的に現れるの が、国会の立法による少数者の権利侵害の諸分野ということになる。
3.それでは、なぜ国会の権力は専断的になってしまったのであろうか。へイルシャム(Lord Hailsham)は次のように主張する。国会は選挙による独裁と化し、政党制は政府の最高性を保証 している。大臣は不十分な論議ののち国会の多数によって彼等に託された国会の権力を行使して いるだけのことである。それゆえ、国会の専断性をこそ問題にしなければならないのである(18)
。
見られるように、第1に選挙制度、イギリスの小選挙区制の人民意思代表機能の機能不全が問 題になる。第2に、強力な政党規律を挺子にした政党制が問題になる。第3に、これらを前提と した執行部と立法部との関係、即ち、国会が執行部の「ゴム印」となっている現実が問題になる のである。
4.それでは,権利章典論者たちは何故に小選挙区制の廃止や国会の主体的機能回復の方途では なく、国会の権力を制約する権利章典制定の方途を選択しているのであろうか。そこには2つの 基本的判断が働いているように思われる。第1には、このようなadhocな改革が不可能だとい うことに加えて、それだけでは今日の危機を克服することができないという判断であり、第2に は、この危機に対処するには法の支配の普遍性を確立する他ないという判断である。政治的性格 の改革目的を法の力によって為遂げようとする意図がここに見られるのである。
例えば、スカーマンは次のように主張している(a)「法体系が立法部の意のままになっており、
その立法部が執行部の意のままになっていては、人権の確固たる保障などあり得るものではない。
同じ理由から、立法はそれ自体として何ら安全性に寄与するものではない。必要なことは、法が 立法を保護せねばならないということである。・‑・・時の政府によってコントロ‑ルされている国 会の純粋な過半数の行う通常の手続きで廃止・修正・停止されることから守られた権利章典なく しては、人権は危機に瀕するであろう.」(b)福祉国家の挑戦に環状のままのコモンローでは応 えていけない。まさに法の普遍性が福祉国家の行政的統制力によって覆えされようとしているの であり、これに対して法の普遍性を回復するためにも権利章典が必要なのである(<0コモンロー は1688年の頃のように議会の強力で独立した同盟者ではもはやなく、今やその召使いにすぎない。
これに対して法の支配の普遍性を回復する必要があるのであるOこれがスカーマンの主張の仕方 である。(20)
他方、例えば、保守党のへイルシャムは次のように主張している。今日、民主主義論には正反 対の2種類のものがある。1つは「中央集権的民主主義」、換言すれば「選挙による独裁」の理請 であり、他は「制限された政府」、換言すれば「法の下の自由」の理論である。彼は前者の理論 を拒否し、これと対比しながら後者の理論を支持して、次のように述べている。「均一性に代え て、それ(後者の理論‑筆者)は多様性を提示する。平等に代えて、それは正義を提示する。
°°°°共通の善に代えて、それは少数者の権利を保護する。規制に代わるものとして、それは法の支配 を提示する。‑‑‑それは政府と国会が越えてはならない限界を規定し、この両者がこの限界を守 る他ないことを可能にする手段を提示する。」(21)f傍点筆者)
スカーマンもへイルシャルムも、即ち、この権利章典にかかわる労働党系の論者も保守党の論
者も、奇妙な一致した認識と判断をもっているのである。即ち、「正義」と「法の支配」、その実 現としての権利章典、そしてこれによる国会の政治的決定権の表現形式である立法権の制約であ る。果してこれがイギリスの統治の危機への正しい処方薮にそのままの形でなりうるかどうかは、
その主張のイデオロギーとともに、〔Ⅲ〕章において批判的に検討することにしたい。そこでこ こでは問題をあらかじめ提出するにとどめて、次に国会の権力の制限の仕方について、権利章典 論者たちの主な主張をとりあげることにしよう。
(2)国会権力からの権利章典の保護
ここでは、国会権力からの権利章典保護の方法と効果について、権利章典論者の主張を類型化 して考察し、その主要な論調が奈辺にあるかを探っていくことにする(22)
。このように目的を述べ
ると直ちに想起されるのは国会主権の制限に関する、いわゆる国会主権の「新理論」であろうが これに関しては既に他に研究も公けにされているので、特に内容的言及を行うことはしない(23)
。
①保護の方法
保護の方法には大別して2つの型が考えられる。第1には政治的・行政的審査と称すべきもの 第2には司法的審査と称すべきものである。まず、第1の型から見ていくことにしよう。
1.政治的・行政的審査‑政治的・行政的審査は,立法手続き内在的な審査と外在的審査とに 分かれる。前者については.例えば、国会コミッショナー(ParliamentaryCommissionerfor Administration)をその任務に就かせようとする見解がある。「国会コミッショナーは.国会の 両院のいずれかに提案される法案又は提出される制定法的文書(statutoryinstruments)につき、
その規定のいずれかが本法本部の目的および規定に反しているか否かを確認する目的をもって.
これを検討し、最も早い便宜的機会に両院に対して.何らかのそのような違反につきこれを報告 するものとする。」(24)また、国会の立法の権利章典違反の有無を法務長官(theAttorney‑General) にチェックさせようとする考え方などもある(25)
。
次に外在的審査であるが.この審査方法は人権問題が非政治団体により決定されること.それ にもかかわらず、その団体は裁判所以外のものであることを主張する考え方から生れる。具体的 な制度例としては.フランスのConseilconstitutionelが念頭に置かれ.イギリスでの応用とし て、現在あるいろいろな人権関係の団体を統合して作られる「市民権委員会(ACitizensRights Commission)」.あるいはそれらとは別個の新しい制度として「人権委員会(AHumanRights Commission)」が構想されている。しかし.フランスの場合と異なり、その行う提言は勧告であ って.国会に対する強制力を持たない点で.内在的審査の方法の多くと基本的に同じ性格のもの である(26)
。
2.司法的審査‑ジャコネリ(Jaconelli)によれば、司法審査の類型は事前の司法審査と事後 の司法審査に大別される。
事前の司法審査は、原告.被告に対する愛憎なしに判断を行えるし.法をあらかじめより完全 なものにしておくことができるという長所はあるものの.他方.立法部の責任感を衰弱させる可 能性.これが勧告的意見である以上その制裁力の如何.さらに裁判所における当事者をどうする かといった問題点もある。イギリスにこの型の類似例を求めれば.JudicialCommitteeAct1833.
があるといわれる(27)
。
次に事後的審査は.直接的審査と間接的審査に分類され、前者は最終決定権(thefinalsay) 型とその修正型に区別され.後者は解釈法型(TheInterpretationAct).明示の逸脱型(The
ExpressDerogation).特別多数決型(TheSpecialMajority)に区別される(28)
。以下.それぞ
れについて概括しておくことにしよう。
(a)最終決定権型とは.最終決定権を裁判所に委ね.いかなる政治的手続きも憲法修正も国土 の最高裁判所によって解釈された基本権保障を妨げることはできないという考え方である。現実 には.ボン基本法1条,20条のように憲法の一定の条項については憲法修正権も及ばないという 形をとることが多い。
(b)(a)の修正型は.最終決定権型の緩和形態であって.長期的には国家の政治機関に最終決定 を委ねることを想定している。具体的には、憲法改正の可能なこと.戦時または緊急事態におけ る停止権.レフェレンダム.ブランダイスの7つの準則.「政治問題」の理論による憲法判断回 避などの方法がある憲法と司法審査制を言う。
このように直接的審査制を見てくると.その特徴は裁判所に違憲立法審査権があることと特別 の手続による他(又は.よっても)変更できない硬性憲法があることにあるといえるであろ う。(29)
(C)解釈法型とは.イギリスにあっては.TheInterpretationAct1889.で周知の方法である。
また.カナダ権利章典第2条は.この方法を一部とりいれているといわれる(30)
。この方法は.義
判所は国会の立法を違憲ということはできないが.権利章典と矛盾しないようにこれを解釈する ことはでき、その限りで人権を保護し.国会の権力を司法的に統制してゆくところに特徴がある といえるであろう。
(d)明示の逸脱型は.カナダ権利章典第2条のもう1つの箇所に例を見ることができる。「本 法は.カナダ権利章典にもかかわらず.作用するものと本条により宣言される」と規定されたカ ナダの1法律(ThePublicOrder(TemporaryMeasures)Act,s.12(1),1970)はその適用例
である。この型は.権利章典からの逸脱を個別立法において明示することによって.その限りで 権利章典の効力を否定し.裁判所の司法審査の枠外に当該立法を置くことを認める方法である。
逆に言えば.権利章典から逸脱しているにもかかわらず.この旨が明示されていないとすれば、
即ち立法部がそういう手続きを怠っているとすれば.そのような立法は権利章典違反になること になるのである。
(e)特別多数決型とは.権利章典の改廃には.国会の特別多数決を必要とすることを権利章典 ではなく、議事規則(TheStandingorders)で定めることによって.これに限って国会の構成 と手続きに制約を加えようとする方法である。国会がこれに違反した場合は.立法に対する司法 審査が可能であると主張されている(31J
。
(塾保護の効果
保護の効果は.大別して2つ考えられる。1つは政治的効果であり.他は法的効果である。政 治的効果は.後に〔Ⅲ〕章で述べるように、実は司法的審査についても客観的には期待されてい るのであるが.ここではその中でも特にこの効果をより直接に期待する方法をとりあげることに したい。
国会の側の主体的自制にその効果を期待する方法として.政治的・行政的審査,事前の司法的 審査を挙げることができよう。勧告が中心のものだからである。次に.国会に自制を強制する形 式的手続きを要求する方法として.明示の逸脱型と特別多数決型が考えられる。国会がこの要件 を満たさない限り.立法の効力がないものとされるからである。
しかし.実は権利章典にかかわる政治的効果の最大のものとして.何の保障(entrenchment)
も主張しない権利章典論者も含めて,全ての論者が考えているのは.いわゆる世論の力であるよ うにも思われる.19世紀にダイシーが主権の内的制約と外的制約と述べたこと(32)が今日でも考 えられているといっても良いであろう。但し.法的効力を強く求める者ほどこうした理解は希薄 になる。極端に言えば.最も強い法的保護を求める者には.多数者の意思としての仕論への不信 があるといっても良いであろう。そのことは.すでに述べてきたところからも理解されることと 思われるのである。
法的効果が考えられるのは、事後審査と呼ばれる類型のすべてであるが.もちろんその程度は 直接的審査の最終決定権型が最も強く.間接的審査の解釈法型が最も弱いと考えてよいであろ つ(33)
o
③小括
以上のように,今日.権利章典論者達が構想している権利章典保護の方法について類型化して 述べてきたが.注意すべきことは.今日の主要な論調は硬性憲法と直接的司法審査ないしは間接 的審査中の明示の逸脱型と特別多数決型にあるということである。それは.国会の権力の制限を 法の力によって実現しようとする傾向の端的な表現に他ならない。しかし.イギリスの司法部と 裁判官は果してこの任務を全うすることができるであろうか。権利章典論の論点には.国会主権 の制限の仕方にかかわる本節の論点に加えて.このもう1つの論点があるのである。第3節に移 ることにしよう。
(3)権利章典論における司法の優位論
権利章典を司法の手に委ね.国会の権力を制限することに対する反対論は.大要以下の通りで あるという。「権利章典は余りに強力な武器にすぎるので,裁判官に委ねることはできないし.
民主主義の原則と相入れない。」「イギリスの裁判官は余りにも執行部寄りでありすぎる。」「裁判 官には権利章典を扱うだけの資質がない。」そして「権利章典は裁判官を政治にまきこませる」
ということである(34)
。
ところで.こうした主張に対する権利章典論者の反論にはいくつかの類型があるように思われ る。以下.本稿の課題に必要な限りで、これに沿って若干の検討を行うことにしたい。
①実態レベルでの議論
1.例えば、権利章典制定に消極的な論者は、既述のようにイギリスの裁判官は市民の自由の守 り手どころではなく,むしろ執行部と一体になって市民の権利を覆えしかねないことを具体例を 挙げて主張する。これに対して、権利章典論者は市民の権利の艮き守り手たり得た事例を挙げて 権利章典制定を支持しようとする。あるいは.「両方向に多くの証拠があることは明らか」なの だから、「平均的に見て裁判官がより執行部寄りの態度であるかどうかは個別的判断の事柄であ る。少くとも.事態は全く一方的なものではないということは公正に思われる」と主張する(35)
。
2.このように.実態レベルでの議論はなるほど権利章典反対の決定的論拠たりえないかも知れ ないが.他方.権利章典支持の論拠ともなり得ないことに注意すべきであろう。一種の「水かけ 論」的感がせざるをえないのである。
3.それよりも実はこのレベルの議論で重要なことは.権利章典論者の多くが挙げる市民の権利 の守り手として裁判官が活躍したという事例が.ほとんどすべていわゆる「自由権」にかかわる 事件だということであろう。他方.権利章典に疑義を呈する者は.労働基本権を中心とするいわ ゆる「社会権」への裁判所の無理解を例として挙げることを忘れない。ここには.自由の体系と
してのコモンローとその裁判所の限界が露呈しており.権利章典論者がこのレベルで積極的に対 応しようとすれば、それは権利章典の内容的射程距離(例えば.社会権を含ませる)とこれに応 じ得るだけのコモンローの改革可能性の論証であるように思われるのである(36)
。それゆえ.裁判
官が市民の自由や権利を守り得た例をいくら挙げても(実際.市民的自由の母国イギリスでは誇 り高き判決をいくらでも挙げることができる。それは何といっても一個の財産である。).その現 代的質を問わない限り.これは反対論者への反論の体を為さないといわねばならないであろう0
②理論的レベルでの議論(1)
権利章典と司法部による立法審査‑の疑義の本質は.イギリスにおいても結局は裁判所の立法 審査権の「民主性」の有無にかかっている。この点に関する権利章典論者達の見解のうち.重要 と患われる3つの主張について検討することにする。
第1のものは次のように主張する。西欧民主主義の根本原則は.「1人1票」ということであ る。そうだとすれば.もう一歩進んで.そのための(例えば)「言論の自由」もまた西欧民主主 義の作用にとって基本的であり.したがって司法審査権を行使してこれを立法部から適切に保護 することも基本的である(37)
。
この主張は、裁判所の立法審査権の「反民主性」論に対して.それが民主主義の原則の維持の ためにあるものであることを論証しようとするものである。しかし.この議論は.民主主義‑
1人1票‑言論の自由という脈絡は理解できるとしても.なぜその判断を司法部に委ねること ができるのかという点で.論理の飛躍があるように思われるのである。即ち.権力分立論とその 正当性を示す論拠が与えられねばならない。その点からも検討に価するのは.次の2つの主張で ある。
③理論的レベルでの議論(2)
この議論は次のように主張する。法令審査権によって司法部が立法部に優越するということが それだけで「反民主主義」の論拠となることはできない。なぜなら.立法部も司法部もともに従 うべきは.権利章典に覚わされた人民の意思だからである。このより高次な人民の意思に反する 立法を無効としても、それは反民主的とはいえないであろう。(38)
この議論は裁判官の判断の基礎である権利章典の民主主義的性格によって.司法部の非民主性 を相殺しようとする考え方である。しかし.これでもなお、判断主体の非民主性をもこれで相殺 しうるかば疑問であるが.さらにここで問題にすべきもう1つの点は.権利章典を「高次の人民 の意思」に基礎づけるのであれば.それが古典的代表制論に見られるような人民意思の抽象性を 前提としない限り、権利章典論者達がいかなる形で人民意思を具体的に章典に表現しようとして いるのかが問題にならざるをえないということである。換言すれば.権利章典の内容とその制定 改廃手続きの構想が問題になるであろう(次節(4)を参照されたい)。
④理論的レベルでの議論(3)
この議論は「自然権」論と言うべきもので,次のように主張する。問題の真実は.立法の司法 審査は自然権の哲学の表現だということである。そして.自然権の哲学は,一定の自由を立法部 の過半数の領域の外に置こうとする限りで.もともと「非民主粉」なのである(39)
。
見られるように.この議論は,前2者の議論が立法の司法審査の反民主性という批判に.その 民主性を対置して論証しようとしていたのに対し.民主性云々とは別の次元から人権擁護のため の立法審査権の正当性を引き出そうとしていることに特徴がある。
なるほど自然権論は言うまでもなく近代市良憲法と人権宣言を基礎づけた理論であり.市氏草
命によって生み出された社会が今日も基本的構成において変化していない以上.こうした理解の 仕方はむしろ正統ですらある。
それにもかかわらず、イギリスの文脈においては、国会の権力から保障された権利章典を80年 代の今日制定しようとするわけであるから、これとのかかわりにおいて、いくつかの問題を挙げ ることができるように思われるのである。第1に、人権の理論的基礎づけを現代において「自然 権」論に求めることの意味である。第2に、これとのかかわりで市民の権利の内容的射程距離で ある。即ち、ここでも社会権論が権利章典論者のアキレス健となる可能性があることを指摘して おきたい。第3に、「反民主性」論に対して、もともと反民主的なものだと言うだけでは答えに ならないということである。もっとも、この点については、「もし憲法制度が個人は国家におけ る多数者に対するものとして権利を有しているのだという前提から出発するとすれば、これらの 権利についての決定は多数者に委ねられるべきではない。なぜなら、そうなれば多数者は自分自 身の事件での裁判官になることになるからである。」という指摘がある(40)
。即ち、「反民主性」の
論難に対する法的反論の一形態である。しかし、政治的批判に対して法的に反論し、かつ結果的 に政治に対する法の優位を弁証し、その原因が政治的困難にあるかも知れない諸現象までも法的 に「解決」しようとすることになりはしないであろうか。そして、そのこと自体がまた、イギリ スの背景での「政治」性そのものであることにも注意しておく必要があろう。以上、いくつかの 問題を提出しておくことにしたい。
(4)制定手続きおよび権利内容論 (彰制定手続き論
既に述べたように、以上の一定の主張は一定の制定手続き論と結合しうるものであることが理 解されると思う。例えば、「高次の人民の意思」に立法審査権を基礎づける論法についてみれば 現代の代表制論やECレフェレンダムの現実的経験などを考慮すれば、制定手続きにおける何ら かの国民参加の蓋然性が推測しうるといえよう。もちろん、イギリスの文脈において制定手続き のあり得る類型を考えてみれば、国会の単純多数決による制定、特別多数決による制定(3分の 2、4分の3、60%<など)、権利章典制定国民議会による制定、これらに国民投票を加える考 え方などがあるであろう。
ところで現在のところ、少くとも法曹や法政研究者の間では制定手続き論はまだ激しい論議の 焦点になっていないように思われる。その理由は、権利章典制定の是非それ自体に精力が注がれ ている環状にあるのであろう。しかしながら、次に述べる権利章典の内容論とともに、この論点 も重要なものであることは言うまでもない。そこで、ここでは2つの発想を検討することにする。
すでに紹介したように、スカーマンは既存の諸制度による憲法の起草とその際の広範な「諮問」
とを提言している。もちろん、この草案がどのようにして制定されるかは別の次元の問題である が、この諮問を前提として公式の国民の直接参加なしで制定されうる方法が、第1に考えられる。
イギリスでは、通常の立法過程においても、立法に利害を有する団体や個人があらかじめ広範な 意思表示の場を与えられるのが当然となっているからである(42)
。第2に、「保障の方法がそのも
のとして確信を与えるものでなければ、司法部は司法審査を主張することに縫措するであろう」
から、「最高の国家構造‑連邦制の形式、権利章典の形式、又はその両者‑を宣言する意図 を有する制定法は、レフェレンダムで承認された場合にのみ発効すべきであり、したがって、そ の修正もまたレフェレンダムによる是認を要件とすべきである」という考えもみられる。(43)
既に述べたように、権利章典の制定手続き論自体はいまだ論議の日程に十分上がっていないの であるが、それを国会権力を制約して「保障(entrenchment)」しようという諸論の中に、来る べきこの問題への対処の仕方が想像できることを示唆することにとどめて、次に権利章典によっ ていかなる権利を保障しようとしているのかについて検討することにしたい。
(塾 保障さるべき権利内容
権利章典を制定することによって、いかなる権利を保障しようとするのかについては、大別し て2つの傾向があるように思われる。ここでの分岐点は、いわゆる社会的・経済的権利に対する 評価の如何である。社会的・経済的権利の包含論と排除論がこれである。さらに後者は、その理 由づけの相違によって、本質的排除論と技術的・政治的排除論とに区別することができる。ここ では、まずこれらの見解を概括し、次に若干の問題を提起しておくことにする。
1.社会的・経済的権利包含論‑社会的・経済的権利包含論のイギリス的、ないしコモンロー 改革論的典型は、ここでもスカーマンである。彼はコモンローに対する「社会的挑戦」において 社会保障について触れるなかで、次のように述べている。 「我々はすべて、貧困、疾病そして老 齢という不幸に対して国家の実効ある保護を受ける権利を有している。社会の全構成員の間に富 を公平に分配することは、所有権と同じ重要性を法に対して持つ人権になっている。」(44)とはい え、彼もこの権利がコモンローレベルで、即ち司法的に執行できる権利に現状としてなっている とは考えていないOむしろ、それらはコモンローとその裁判所の体系の外で、政策として展開し てきていることを承認している。その上で、コモンローがこの現代的権利を自らの体系の中に権 利としてとりこむ「柔軟性」を持たなければならず、またそれは可能であると考えているのであ る。こうした彼の主張は、コモンロー裁判所による立法審査権、硬性憲法と権利章典の提言とあ わせてみるとき、彼のより具体的な権利章典の内容として、社会的・経済的権利が‑どの桂度 含まれるかは別にしても‑含まれるであろうことを裏付けているといえるであろう。
2.本質的排除論‑ 「普遍的権利について語ることは、普遍的義務について語ることに他なら ない。 ‑・‑いわゆる社会的経済的権利は・‑‑こうした義務を何ら課すものではない。これらの権 利は、物、即ち相当の収入、学校そして社会福祉といった物、を給付される権利である。けれど
も、誰が給付を行うことを要求されるのか。それは誰の義務なのか。社会的経済的権利に関する 国運規約の起草者達が『何人も社会保障の権利を有する』と主張するとき、彼等は誰もがある形 式の世界的規模での社会保障制度・‑一に同意すべきだと言っているのであろうか。もしこの種の ことが意図されているとすれば、この規約がこうした制度を具体的に制度化する規定を欠いてい るのは何故であろうか。そして、こうした制度がないとすれば、どこに義務があり、そしてどこ に権利があるのかO」(45)また、別の論者は言う、 「社会的目的として、 『自由』を一切を包含する ものにすること(社会的・経済的権利も含めること‑筆者)の代償は、 『自由』からそれを説 明する全ての意味づけを押し流すことであり、規範的ニュアンスだけを残すことであり、 『自由 を『善』とか『廟望』といった肯定的な意味をもった最もあいまいもことした言葉と同義にする ことである。」(46)
以上の見解の基礎にあるのは、言うまでもなく、自由とは「一一一‑‑‑からの自由」であり、義務を 伴わない(即ち、反対給付を伴わない)権利(即ち、給付要求)は権利ではないという思考であ
り、そこから何もかも権利とすることによる権利の規範性喪失が危倶されることになるのである。
こうした見解によれば、法規範‑裁判規範たる権利のみが権利章典の内容として措定されるで あろうし、それは自由権に若干の平等権を加えたものとして具体化されるであろう。
以上の見解と同じ地平にたちながら、一応権利章典に社会的・経済的権利を加えることを可能 とする見解も存する。例えば、「勤労権」について、労働を積極的に禁止するという場合と賃金 の決定やその額の場合とを区別し、前者に裁判規範性を承認する考え方である。これを権利章典 全体の問題に展開すれば、権利章典に裁判規範と政治的規範とが同居することを認める見解にも 通じるといえるであろう(47)
。
3.技術的・政策的排除論‑この見解は2つに大別されるが、理念的というより現実的考慮に 基づくところに特徴がある。その1つは、イギリス行政法における救済手段の不備という現実に 基づく排除論である(48)
。他の1つば、政策的排除論とも言うべきもので、権利章典が1つの政治
集団の信仰箇条の表現とみられてはならないことが大切であり、国民の意見が分裂している問題 に対してきっぱりした決定を下す憲法は、それ自体が論争の対象になり、崩壊しやすいものにな るという考えによる主張である(49)
。これによれば、自由権だけの権利章典になることになろ う。(50)
(5)小括
以上に概括してきたように、議論はいまだプリミティブであって、十分に総括しえないかも知 れない。しかし、若干の問題は提出できるように思われる。
第1に、制定手続き論についてみれば、この間題自体はいまだ十分に論じられていないように 思われるが、実体としては、国会主権の制約‑保障(entrenchment)論の文脈で論じられてい るといえよう。ただ、本稿では、その課題からして、この議論そのものに立ち入らなかったので ある。
第2に、我が国でも周知の議論、社会権の権利性やその自由権的効果論、あるいは新しい権利 とその規範性および従来の権利‑のインパクトなどの問題が、共通のテーマとして論じられてい ることを指摘しておきたい。
第3に、最も重要な権利内容論の分岐点が、社会的・経済的権利の処遇にあることを指摘して おきたい。ここでは、権利章典によって何を得ようとするのかという判断が、客観的にみれば色 濃く浮びあがらざるをえないといえる。しかし、社会的・経済的権利のいくつかに裁判規範性を 承認して、これを権利章典に組み込むとしても、いかなる意図で、いかなる効果を期待してそう するのかが問題になるのであり、そのレベルから見れば、社会的・経済的権利包含論が必ずしも 進歩的とはいえないことも指摘しておきたい。例えば、イギリスの勤労者が長年にわたる闘争の 中で確立させてきた原則の1つに、自由な団体交渉の原則があるという(51)
。これは、いわば法の
中でなく労働と資本の経済的政治の場で確立されてきたものである。この労働の政治の成果を確 認する形で法の仕界にこれを組み込み、社会的・経済的権利の1つと位置づけるならば格別、そ の将来の展開を法の枠組みによって抑えこもうとするならば、それはむしろそのまま労働の政治 の場に置かれたままの方が、イギリスの文脈の中では、より自然だともいえるであろう。
このように、我が国とも共通する議論が行われつつも、それが人権の実質的発展にとってプラ スとなるかマイナスとなるかは必ずしも同次元で論ずることはできないことを指摘して、小括を おえることにする。
〔Ⅲ〕権利章典論の理論的基礎の検討
(1)権利章典論のイデオロギー的基礎
権利章典論者、とりわけ立法の司法審査による国会権力の制限を主張する者が、その主張を正 当化しようとすれば、国会の権力による市民の権利の侵害の諸事例を挙げるだけでは十分ではな い。それは現象論であり、消極的論拠なのであって、積極的な論拠たりえないからである。そこ で、ここでは積極的に権利章典を是とする論拠について検討することにしたい。その際、いくつ かの論拠のうち、最も有力なものの1つと思われる、いわゆる「新自然法論」に焦点をあててこ れを行うことにしたい。それは、後述するようにイギリスにおける現代の法と政治との関係を最 も鮮明に示してくれているように思われるからである。もちろん、筆者には自然法論争の凍みに はまりこむ意図もなければ、力量もない。したがって以下の論述も課題に必要な限りで行われる ことをお断りしておきたい。とはいえ、これを論ずるにあたっては、しばらくの間イギリス史の 時間を若干遡らなくてはならない。
①イギリスにおけるリベラルデモクラシーの時代
イギリスの自由民主主義の全盛期が前世紀の中葉を中心とすることは周知のことであろう。そ れはまた、議会の「黄金時代」でもあった(52)
。この自由民主主義‑の確固たる信念は、党派をこ
えた仝政治家の信仰箇条ですらあったのである1867年、84年の2度の選挙法改正もまた、それ が労働者階級に選挙権を与えたものであったとしても、なおこの信念に基づいていたといわれて いる。すでに場代の規制国家への推転が開始されていたといわれる80年代にも強固であったこの 信念の核心は一体何だったのであろうか。本稿のテーマにかかわる限りで、これを検討すること にする。
この時代の自由民主主義の内容は2つの方向からこれをみることができる。制度的には何より も議会を中心とする統治制度をそれは意味していた。ダイシ‑が国会主権と名づけた現実があっ たといえよう。そして、更に重要なことは、統治をめぐる治者と被治者との関係において、この 統治制度への権威が双方(とりわけ治者)にあったということであろう。治者の側からすれば、
この議会的制度の下で労働者階級を自己のヘゲモニーの下に包摂しうるという自信があったので あり、被治者の側にも「リブ・ラブ派」に見られるように、このことへの合意があった。治者の ヘゲモニーによる合意にもとづく権威、そしてそれを具現化する議会制度、これが生きていた時 代をイギリスにおける自由民主主義の時代ということができるのであろう。
②リベラルデモクラシーの終鳶
イギリスにおける自由民主主義の終烏の決定的契機は、第一次世界大戦に求められよう。この 戦争は、「合意にもとづく強制」という自由民主主義の信条を根底から破壊したからである。国 民の側からすれば、「合意なしの強制」の行きつく先は「戦死」という冷厳な事実しかなかった。
ここでは、「合意にもとづく強制」を基礎とする「権威」は掘りくずされ、治者と被治者の分離 は明確になり、「権威」は幻想と化し、「強制」のみにもとづく「権威主義」が政尾せざるを得な くなるのである。
以上のように、第一次大戦を契機として現れた統治の本質的危機は、戦間期、第二次世界大戦 そして「福祉国家」の登場にもかかわらず、本質的には解決されていないことに留意しなくては ならない。新しい解決策が見出されなければならない。この課題への法的回答の試みの1つが、
いわゆる「自然法論の復活」とよばれたり、「新自然法論」とよばれるものの登場であると考え られるのである。そして、この理論が権利章典論の有力な論拠の1つになっていることの80年代 イギリスにおける政治性を問うことの必要性の一端は、こうしたイギリス史のパースペクティブ にもとづいているといえるのである。
③自然法論の復活
「過去30年間に、自然法理論は再度浮上してきた。この理論は今や民主社会主義(democratic socialism)‑のアンチテーゼたる態度をとり、保守党および自由党によっておし進められてい る。」(53)
復活自然法論者にとっても、法と政治が強制にかかわるものであることは認められている。そ うだとすれば、それには正当化しうる権威がなくてはならない。彼らは、これを「正義、倫理、
正邪、責任、義務、そして倫理的権利」といった概念の中に見出そうとするのである。とはいえ 判断を加えるには彼らの主張をもう少し聞くことが必要である。
④基本的人権と法の支配‑その共通の基礎としての自然法
イギリスにおける「法の支配」概念は、周知のようにダイシーによって、次の3点に総括され た。「法の支配」とは、第1に専断的権力と対照的な正式の法の絶対的優位を意味し、第2にす べての者は法の下に平等で通常裁判所の運用する国土の通常の法に等しく服従することを意味し、
第3に憲法は裁判所が強行する個人の権利の結果であって、その根拠ではないこと、即ち憲法は 通常法の結果にすぎないことを意味していた。(54)
しかし、「法の支配」概念はこれを前提としつつも、これにとどまらず、現代においては、国 際法律家委員会の1955年アテネ会議や59年のデリー会議での声明にみられるように、広範な実体 的、現代的権利を含むものとしてとらえられるようになっており、「それは1948年の国連人権宣 言に極めて密接に合致している」といわれているのである。(55)かくして、彼らは「法の支配」概 念と人権概念とが現代の脈絡の中で基本的に同一のものであることを確認するのである。
そこで、次に「法の支配」概念を自然法論に結びつける論理をもう少し具体的にみてみよう。
「法の支配が実質上支配的である国々や時代にあっては、国民一般、とくに法曹人は専ら実定法の 観点で考えることで十分であろうが、独裁者が権力の座につき、専制の政治体制が支配するや否 や、人々の心は何か超越的な法と正義の概念に、もう1度飢えたようにたちかえるのである。」(56) さらに、コモンローレベルでの自然極論‑の結合の例を見ておこう。マ‑シャル(Marshall)は
『自然的正義』において、この原則はコモンローの基本原則の1つであるが、今日では正義の執 行にかかわる自然法の一部であることを意味しているのであると述べている(57)
。
以上に簡単に見てきたように、「法の支配」概念は「基本的人権」概念と合流し、また「法の 支配」概念は、実定法としての判例法・制定法の支配という意味から、その存立根拠を自然法へ と転換する。もっとも、この現代における自然法論は、市民革命期における自然状態・自然法そ して自然権という周知の啓蒙主義の理論をそのまま復活するものではない。そこには新たな装い が用意されている。この新たな装いの中にこそ、復活自然法論の特徴がいかんなく発揮されてい るのである。したがって、次にはこれが検討されねばならない。
⑤正義、公平、倫理等等‑そして、それらの裁判官による発見可能性
アンダーソン(Anderson)は言う、「現代生活の競合的利益は、極めて多様かつ相互依存的で あるので、法による介入の不断の増大は不可避であるように思われる。基本的問題はどこに線を 引くか、つまり個人の自由と法的コントロールの間に適当なバランスをどうして保つかというこ とである。(58)‑‑‑最終的には、法が自由に介入しうる状況と程度とを裁定できるのは正義だけだ ということである。」それでは、「正義」とは何か。アンダーソンは、正義概念は決して相対的概 念ではなく、その概念の周辺部にはあいまいな点はあっても、その核心は明確であり、「法が培お うとしている個人の自由と社会的結合力の維持にとって極めて重要」であると主張している(59)
。
そこで、「正義」の定義づけを若干みることにしよう。ロールズ(Rawls)は言う。正義とは理 性的人間が、社会の中での自分自身の特定の位置を考慮せずに、一般に公平であることを決定せ ねばならない場合、この理性的人間が公平として理性的に採用する原則である。理性的人間が同 意できるこの原則には2つのものがある。第1に、各人は最も基礎的な広範な自由を求める等し い権利がある、但し他人の同様の権利と矛盾してはならないという原則である。第2の原則は社 会的・経済的不平等は、各人の利益のためにあると合理的に考えることができるものを越えて進 んだり、あるいは、全ての者に開かれている地位と職に付随しているものを越えて進んだりする ことは許さるべきではないということである。この場合、第1の原則が第2の原則に優先すると されている。(60)
ドウォーキン(Dworkin)もまた、具体的法準則の上位に「原則」概念を設定し、次のように 主張する。この「原則」が遵守されるべきなのは、「それが望ましいと考えられる経済的、政治 的ないし社会的状況を推進したり、保証したりするからではなく、それが正義、公平ないし何か その他の倫理の次元の要求であるから」なのである(傍点筆者)。そして、この「原則」は、法 準則を発見できないとき、裁判官が探すことができるものと考えられているのである(61)
。
以上にみてきた諸見解が新しい形の自然法論であるという理由は、第1にすでに理解されたよ うに、実定法の上位概念を抽象的概念(正義や倫理)をもって承認することにある。第2に、そ れが「新」自然法論であるのは、社会のぬきさしならない分裂を承認したうえで、これを統合で きる概念を提示するという形でこのm論が主張されているということにあるOそして第3に、そ れが「新自然法論」であるのは、また、いうまでもなく論拠づけが啓蒙期自然法論とやゝ異なり
「正義」や「倫理」に求められているところにあるといえよう。
⑥小括
ここでは、次節‑の展開をも踏えつつ、若干の整理と周遊提起をしておくことにしよう。まず 第1に、新自然法論と権利章典論との結びつきについて若干捕っておくことにする。というのは、
新自然法論と権利章典論とは一応別個の論議のように思えるからである。しかし、すでに理解さ れたと思うが、必ずしもそうではない。両者はともに実定法に優越する法を想定しうるのである。
新自然法論者にとってはこれは正義であり、倫理である。権利章典論者は、この正義なり、倫理 なりを権利章典に内実化しようとしているわけであろう(もっとも、内実化したとたん、実定法 になるというジレンマはあるが、触れない)。こうして両者は結合しうるものなのである(但し、
すでに述べたようにすべての権利章典論者が自然法的基礎を共有しているのではないことを念の ため再言しておく。)0
次に指摘しておきたいことは、「今、なぜ、自然法(又は権利章典)なのか」ということであ るO筆者は、すでに本節で述べた史的プロセスにその間を解く鍵があると考えている。一言でい えば、失われた政治の場での「合意にもとづく権威」による支配の復活の必要性の、現代におけ る法の場での表現形態の1つが、この理論の動機となっているのではないかということである。
現代イギリスの統治の危機は誠に深刻であることは、すでに〔I〕に略述した。法がこれに十分 に対応しきれていないこともみてきた。そこで、問いに対する第2の仮の答えは、権利章典論者 はこの統治のデッドロックをドラスチックに変革する他に方途がないと確信していること、即ち 近代的思考方法からの発展(一面での別離)の表現としてこの理論を明示的、黙示的に受容して いるのではないかということである。
そして最後に、果して「自然法‑権利章典‑その司法執行性」という論理によって、深い