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エル・ハジ・ムボッチ報告へのコメント

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Academic year: 2021

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エル・ハジ・ムボッチ報告へのコメント

著者 樋口 陽一

雑誌名 PRIME = プライム

号 29

ページ 51‑53

発行年 2009‑03

URL http://hdl.handle.net/10723/715

(2)

勝俣先生から 「この夕方のシンポジウムの趣旨 は学生や市民のみなさんに、 アフリカにおける武 力紛争の分析と対処というより、 戦後の憲法のあ り方を考えるきっかけをつくれればと考えており ます」 と伺っていました。 今日のムボッチさんの お話もそれに沿ったもので、 コンゴ民主共和国 (RDC) の体験をいわば一般憲法論の経験にまで高 めようとする 「体験」 と 「経験」 の対比は、 日 本のすぐれた哲学者、 森有正さんの表現です 。 貴重な内容を持つものとして、 興味深く読んでま いりました。

時間が限られていますので、 日本のこととの対 比を含めた比較憲法論のコメントを申し上げたう えで、

RDC

の状況をとくには勉強していないフ ロアの方にもおられるでしょうから、 それを代弁 するつもりでいくつかの質問を致したいと思いま す。

大前提となることをまず最初に。 私たちがそれ ぞれの国で既に通用している憲法をも問題にする ときには、 憲法とは何より国家権力をしばる制限 規範なのだという前提に立って議論をします。 そ の通りなのですが、 実はもう一段階遡ると、 そも そもは憲法が国家を創っているのです。 ネーショ ン・ビルディング (nation building(1)) という言 葉に即していえば憲法が主語となって、 国民国家

build

するのです。 その意味で憲法は権力の制

限規範であると同時に、 公共の統治単位 (res

publica) の創設規範なのです。 アメリカ合衆国憲

法200周年を記念したあるシンポジウムのタイト ルに<constitution crea I’Amerique (憲法によっ て誕生したアメリカ)>とありました。 それに対 応する経過が、 ムボッチさんが跡づけてくださっ た

RDC

の国家再建プロセスによって示されてい ます。 憲法制定をゴールに繋げることによって、

武力紛争の当事者諸集団を含めた合意をつみ重ね、

諸集団間の権力の分配を把握しつつ紛争の平和的 解決をはかってきた知恵を、 そこに読みとること ができます。

さて、 ムボッチさんの報告は、 2003年3月6日 の経過憲法 (constitution de la transition) の特質 と役割に重点を置いて話されました。 私なりに受 け取ったこととして、 3つのことを取り上げましょ う。

第一、 普通、 憲法なるものは基本法として永続 的なものであろうとしますが、 経過憲法は、 はじ めから一時的なものとして定められました。 第二 に、 憲法は一体としての国民が 直接にであれ、

何らかの媒介をなかだちとしてであれ 憲法制 定権力を行使して決定するのが普通ですが、

RDC

の経過憲法は 「コンゴの人々の間の対話のために」

派遣された 「composantes et entites (紛争当事者 を含む諸単位)」 の受任者たちによって合意され たものでした。 紛争当事者を含む諸単位間の和解 としての合意です。 第三に、 この経過憲法は、 そ れに先立つ2002年12月17日の

Accord Global et

― 51 ―

特集:アフリカの戦争と平和

エル・ハジ・ムボッチ報告へのコメント

樋 口 陽 一

(憲法学者)

(3)

エル・ハジ・ムボッチ報告へのコメント

Inclusif

(AGI) (包括的和平合意) によって立つ 正統性の根源としており、 その上、 この

AGI

の 方が経過憲法に優越する法的効力を持つとされて います。 これもまた、 普通には憲法は自己自身が 最終的な権威として自己を正統化するのに対して、

RDC

の特徴といえるでしょう。

もっとも、 類比すべき例えがないわけではあり ません。 一時性について言えば、 1949年の西ドイ ツ 「連邦共和国基本法」 は統一後には失効する旨 の明文の改定がありました。 ただし実際には1990 年再統一までの永い間、 確定的なものと目され、

他の国々の新憲法のお手本とさえされていたので すが。 第二点、 すなわち、 政治闘争の勝者たる主 権者、 新たな主権者の決定としての憲法でなく、

複数の主体間の合意の産物としての基本ルールと いう事に関しては、 おそらく、 1689年イギリスの

Bill of Rights

(2)が、 オランダからやってきた新し い君主と貴族身分とコモンズ (commons(3)) 身分 との合意だったことを引き合いに出すことができ るでしょう。 それら複数の主体の性格が

RDC

の 場合はどうだったのかは、 あとで質問したい点の ひとつです。

第三点については、 他ならぬ日本のことが比較 の対象になります。 1946年11月3日に公布され、

翌1947年5月3日に施行された現行憲法と、 1945 年7月26日に米・英・中三ヶ国の首脳によって発 せられ、 8月14日に日本政府が受諾したポツダム 宣言との関連が問題となるからです。 同宣言第10 項は 「日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主 主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障壁ヲ除去 スベシ」 とし、 12項は 「日本国国民ノ自由ニ表明 セル意思」 にもとづく統治を要求していました。

こうして、 先行する1889年大日本帝国憲法の改正 が義務付けられたと考えられ、 新憲法の発効のあ とも、 最高裁判所がポツダム宣言にもとづく連合 国軍の占領期間のあいだ、 同宣言が 「憲法の条項 にかかわりなく」 通用する、 とのべていたのです。

もっとも、 類比はここまでです。 1946年憲法は、

「日本国民は、 正当に選挙された国会における代 表者を通じて行動し、 ……。 この憲法を確定する」

と述べ、 一体としての 「国民」 が実際に選挙によっ て選んだ議会によって制定された点では、

RDC

の経過憲法とちがうからです。

以上が、 あえてそういう言い方をすれば一般憲 法論の次元でムボッチさんの講演を受け止めての コメントです。

RDC

の状況については、 さしあ たって次の4点をご質問いたします。 ひと言づつ で結構ですがお答えねがえれば幸いです。

第 一 に 、 コ ン ゴ の <composantes et entites (紛争当事者を含む諸単位)>の間の違い 紛争 時点では敵対関係の軍団となっていた対立点 の う ち 何 が 重 要 な も の で し ょ う か 。 エ ト ニ (ethnie(4)) の要素はどの程度重きをなしているの でしょうか。

第二―その特に

société civile

(5)についてですが、

その実体はどういう要素から成っていいるのでしょ うか。 経済界 日本でも知られているのはフォ レスト財閥(6)ですが はどういう役割を演じ たのでしょうか。 教会もここにはいるでしょうか。

第三に、 2005年12月18日から19日のレフェレン ダムにより2006年2月18日に成立した第三共和制 憲法については、 特に、 死刑廃止が取り入れられ たことに、 独立後半世紀の間、 内戦と暗殺による 殺し合いがつづいてきた後であるだけに、 関心を 持っています。 この点についてご説明頂ければ有 難い次第です。

第四、 最後に、 ある時期には紛争を激化させる 要素であった近隣諸国が、 紛争解決に向けた立場 をとるようになった要因のうち最大のものは何だっ たとお考えですか。

(編集部注:本稿は、 2008年5月2日の

PRIME

国際シンポジウム 「アフリカの戦争と平和〜紛争 を憲法から考える〜」 におけるムボッチ氏報告へ

― 52 ―

(4)

エル・ハジ・ムボッチ報告へのコメント

のコメントの原稿です。 注はすべて、 編集部によ るものです。)

(1) 国家建設もしくは国民統合の意 (2) 権利章典

(3) (貴族身分と対応して) 平民

(4) 近代的ネーション (民族) が成立する以前 に存在する何らかの共同体、 つまりネー ションの歴史的原型を意味する。

(5) 市民社会

(6) ベルギーに本社を置くフォレスト・グルー プと呼ばれる多国籍企業。 コンゴで最大の 銅・コバルト鉱山の採掘権を有し、 コンゴ の前大統領との鉱石利権に関するネット ワークを利用して商業活動を続けてきた。

― 53 ―

参照

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