【論 文 提 出 者】 社会文化科学研究科 人間・社会科学専攻 法学領域
李 倫娜
【論 文 題 目】 憲法上の平等保護と積極的差別是正措置(Affirmative Action)に関する 研究
【授与する学位の種類】 博士(法学)
【論文審査の結果の要旨】
市民革命により成立した憲法(それに基づく統治、立憲主義)は「市民」に自由と平等をもたらし た。ところが、そこでの「市民」(憲法上の権利主体)は、教養、財産、性別等を基準とした「限定さ れた市民」であったのである。その後、人権思想の深まりと普及をうけ、憲法上の権利主体はそれに 呼応するように拡大し、形式的平等(機会の形式的平等)は、現在においては、ほぼ実現されたとい える。ところが、憲法上の権利主体が拡張されたとはいえ、そこにはある「歴史的・構造的差別」が 残されることになった。かつて権利主体性を否定されていた人びと(女性、障害者、人種的少数者等)
は、形式的平等の下に置かれたとはいえ、「実質的には」権利行使が制約されたままである、というの である。
李倫娜「憲法上の平等保護と積極的差別是正措置(Affirmative Action)に関する研究」は、かつ て権利主体性が剥奪されていた者に対する「歴史的・構造的差別」をとり除き、それらの者に対する 機会の実質的な平等を保障するための措置である「積極的差別是正措置(Affirmative Action)」をと り上げ、その意義を論じたものである。
積極的差別是正措置は、1960 年代の合衆国で導入されたことを皮切りに、その思想は世界中に普及 し、また、それを具体化する諸施策も複数の国でみることができる。ただ、それは「歴史的・構造的 差別」を除去する措置とはいえ、現在の多数派、主流派たちの眼には、自らの権益に不利益が課され るものに映る。「逆差別」ではないか、というのである。李論文は、機会の実質的平等を求めるこの措 置を、一旦は、形式的不平等と捉える視点をもち、しかしそれにもかかわらず、憲法上の正当性をも つ措置であることを提唱しようとしている。この視点は、ややもすると「実質性」の内実を問わない まま、自由や平等を語る法理論とは異なり、国家行為の憲法上の論拠を法解釈論として問うことを成 功させている。
また、積極的差別是正措置の問題を、それに関連する裁判例、法理論の蓄積のある合衆国を引照し つつ論じている点も手堅い。この問題については、彼の国に学ぶ点が多いであろう。さらに、そこで 得た知見を母国である韓国の事例で検証し、さらに、同措置が盛んに紹介されこそすれ、具体的施策 には結びついてはいないように思われるわが国に、その導入を提唱する点も意欲的である。
ただ、本論文には不十分なところもある。まず第一に、合衆国の章に比べて、韓国および日本の章 の記述が、幾分、法理論というより政策論に偏っている点である。これは両国において積極的差別是 正措置に関連する判例法理が確立されていないことが原因であるが、憲法学者をはじめとする法学者 の学説を、もう少し丹念に追う必要があろう。また、わが国における「男女共同参画社会基本法」、「男 女雇用機会均等法」等の関連法令について、もちろんその存在にふれられてはいるが、それに基づく 具体的諸施策についての論述、分析が少ない点も残念である。日本語での執筆であることにも苦労し たことであろう。
しかし、上に記した難点を差し引いたとしても、課程博士論文としての水準は十分に保たれている。
上で記したことは、今後の課題であることを指摘して、博士論文として合格であると判定した。
【最終試験の結果の要旨】
最終試験においては、本人からの論文執筆の意図、研究方法、結論等が述べられた後、各審査委員 との間で、質疑応答がなされた。
質疑応答では、第1章で合衆国の法理論をとり上げた意図を問われ、それには、論文テーマである
「積極的差別是正措置」についての裁判例が豊富であり、同措置についての法理論が確立されつつあ るからである、との回答がなされた。
また、第2章で扱っている韓国の事例については、わが国ではあまり紹介されていないので、審査 委員から多くの質問があり、それに対しては具体的な事例を踏まえての回答ができた。
第3章では、わが国における平等理論がとり上げられていたので、その理論状況、基礎知識を問う 質問が出され、それにも適切に回答できている。
積極的差別是正措置の典型例である「クォータ制」の是非を検討した第4章については、その憲法 適合性についての質問が出され、いくつかの要件のものとで、当該制度の導入も憲法適合性をもつで あろう、との回答があった。
最終試験は、100 分程度で実施された。その間、審査員から出されたすべての質問に対して、適切、
的確に回答できた。また、最終試験における質疑応答から、新たな課題も見つかったようである。
以上のような最終試験について、審査委員会は全員一致により、合格との判定を下した。
【審査委員会】
主査 大日方 信春 委員 木村 俊夫 委員 鈴木 桂樹 委員 山崎 広道 委員 山田 秀