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Academic year: 2021

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(1)

二〇一九年度入学試験問題

  (第二回)

国     語        (五

  十   分)

【注  意】    この試験の問題文・設問は、

1ページから

14ページに印刷されています。

  解答は、すべて別の「解答用紙」に記入しなさい。

  文字は、正しくきちんと書きなさい。

  、。  」はそれぞれ一字と考えなさい。

(2)

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

ろう)は しょう が、 もんのウガジンに無理矢理水泳部に入部させられている。水泳部 ひめ)がが、し、水泳部をやめたがっている。

ぼくは小学校のとき、サッカー部に入っていた。自分で 言うのもなんだけれど、足が速かったし、ドリブルやフェ

イントが得意だったので、フォワードとしてけっこう 活

かつ

やく

していたのだ。四年生のときには異例の早さで地域 選

せん

ばつ

選手に選ばれた。美里北小の長谷川優太の名前は、同じ村 の美里南小のやつらにはもちろん、よく練習試合をしてい

た海王市の小学校のサッカー部にまで知れ渡っていた。

中学に進んでからは、迷わずサッカー部に入った。ちょ

うどそのころ、自分でもびっくりするほど身長が 伸

びたの

で、これからはきっと当たり負けしなくなるだろうし、足 だってもっと速くなるだろうと楽しみにしていた。

ところがだ。なぜかわからないが、急にサッカーがへた

くそになった。ボールを 蹴

るという簡単なことさえ、きち

んとできなくなった。足の 甲

こう

でボールをとらえようとして

いるのに、トゥ・キックになったり、ボール手前の地面を

蹴ったりしてしまうのだ。リフティングも回数が減ってし

ま っ た。 ド リ ブ ル を す れ ば ボ ー ル が 足 に つ い て こ な い。 フェイントをかければ 軸

じく

あし

がふらふらとした。

まるで、両足が自分のものではないかのようだった。 誰

だれ

かの足でボールを蹴っているみたい。それはボールタッチ

の 瞬

しゅん

かん

に 特 に 感 じ た。 ボ ー ル に 足 が 触

れ る そ の 一 瞬、 奇

みょう

なタイミングのずれがあったのだ。

でも、この感覚をわかってくれる人は、周りに誰もいな

かった。 「 とにかく努力が足りないんだよ 」 サッカー部の顧問の先生に、いらいらした口調で言われ

た。努力だとか根性だとか全力だとかの言葉をすぐに持ち

出すこわいオッサンで、ぼくの小学校時代の活躍を知って

いるだけに、期待はずれとがっかりしているようだった。

ぼくだって 悔

くや

しくて努力はした。以前よりたくさん練習 した。けれども、ぜんぜんうまくならなかった。それどこ

ろか、いつもいつも蹴っていたサッカーボールが、まるで

別のボールに変わってしまったかのような気がしてきた。

(3)

なずれが治るとは限らない。ということは、再びハードな

練習をしなくちゃならない。それに、そのズレがなくなっ

て、小学校のときのようなキレのあるドリブルやフェイン

トを取り戻せたとしても、そのころにはきっとチームメイ トたちはもっと上達している。ぼくがレギュラーになれる

可能性は低い。どうせ 駄

なのに努力をするのはもういや

だと思った。

なにより、部の 先

せん

ぱい

や同級生たちから、長谷川優太って 小学校のときはもっとうまかったよな、という目で見られ

るのはもうたくさんだったのだ。

「ほら、優太くん。もうちょっと速く走ろうよ」

となり

を走るモー次郎に言われた。 「 膝 が 悪 い か ら 速 く 走 れ な い ん だ よ。 だ か ら 将 棋 部 に 入 っ

たんだろうが」

「 そ の 話 は 何 度 も 聞 い た よ。 で も、 い く ら 何 で も 遅

おそ

す ぎ だ

よ。 そ れ に、 膝 が 悪 か っ た の は 一 年 の 時 の こ と な ん で

しょ。いまはもう治ってるかもよ」 むっとしてモー次郎の 尻

しり

を蹴り上げた。

「い、痛いな。なにするんだよ」

「 お前がよけいなこと言うからだよ 」

ボールコントロールがうまくいかない。ぼくはフォワード の練習メンバーからはずされた。ディフェンダーへのポジ ションチェンジを言い渡された。 屈

くつ

じょく

だった。

「体力が落ちてきて、 足

あし

こし

がついてこないんだろ」 顧問の先生にそう 叱

しか

られて、ドリブルの練習を 大

おお

はば

に増

やした。フェイントも元のようにできるように、細かいス

テ ッ プ ワ ー ク の 練 習 を 何 種 類 も や っ て み た。 と に か く、

ボールに 触

さわ

っている時間が長ければ、以前の感覚を取り 戻

もど

せると思った。練習量は前に比べて三倍くらいになった。

しかし、夏休みのある日のことだ。左 膝

ひざ

が痛くなって動

け な く な っ て し ま っ た。 感 電 し た み た い に ビ ビ っ と 鋭

するど

痛みが全身に走って、呼吸さえできない状態だった。無理 に 体 を 痛 め つ け す ぎ て 膝 を 壊 し て し ま っ た の だ。 訪 ね て

いった整形外科の先生からは、運動は当分しないようにと

止められてしまった。最低でも三ヶ月の休部が必要だと言

われた。 ぼくはサッカー部をやめた。膝はいつか治るかもしれな い。 復 帰 で き な い こ と は な い。 し か し、 サ ッ カ ー に 挑

ちょう

せん

する気持ちをなくしてしまったのだ。

たとえ膝が 完

かん

ぺき

に治っても、ボールを蹴る瞬間のあの変

(4)

部の練習もゆるゆると泳いでいるだけ。走ったとしても、

歩くのと変わらないスピードしか出さないと決めている。

ときどき、かわいそう、とクラスの連中に見られることも

ある。 でも、それでもいい。

ぼくは膝が悪い。だからもうサッカーはできない。そう

思うことでぼくは傷つかなくてすむ。本気でやって負けた

わけじゃない。だから、本気で悲しまなくてもいいのだ。

「 い っ た い お ま え は、 ど う い う つ も り で そ ん な こ と を し て

るんだ!」

プールの入口まで戻ると、ウガジンの 怒

り声が聞こえ た。びっくりしてモー次郎と顔を見合わせる。おそるおそ

るプールサイドに行ってみると、ウガジンと姫が間近で向

かい合っていた。

ウ ガ ジ ン は 怒

いか

り の 形

ぎょう

そう

だ。 両 手 を 腰 の あ た り で ぎ ゅ っ

と 握

にぎ

り、 い ま に も 殴

なぐ

り か か り そ う だ。 な に を あ ん な に も 怒 っ て る ん だ ろ う。 対 照 的 に、 姫 は へ ら へ ら と 笑 っ て い

る。なんだかやばい 雰

ふん

だ。

「 も う 一 度 訊

く ぞ。 お ま え は、 ど う い う つ も り で そ う い う 「 ど こ が よ け い な の。 ぼ く は 優 太 く ん の 膝 が 治 っ て る な

ら、それはそのほうがいいと思って」

「 無 理 な も ん は 無 理 な ん だ よ。 速 く 走 り た い ん だ っ た ら 先

行けよ」 ぼくはもう一度蹴るふりをした。

「わかったよ。変なの」

モー次郎は 膨

ふく

れっ 面

つら

をして、どすどすと先へ走っていっ

た。 実 は い ま 自 分 の 左 膝 の 状 態 が ど ん な ふ う だ か わ か ら な

い。 も し か し た ら 治 っ て い る の か も し れ な い。 け れ ど、

治っているかどうか確認するために全力で走ったことがな

い。 どうせなら、膝なんて治らなくたっていい 。正直に言え

ば、またサッカーができる状態に戻りたくないのだ。

大好きで、あんなにも得意だったサッカーで、わざわざ

負 け を 認 め る た め に サ ッ カ ー 部 に 戻 る の は い や だ。 だ か

ら、僕はまだまだ膝が悪いふりをして、誰とも勝負をしな い で 中 学 生 活 を 終 え る こ と に し た。 い ま で も 左 足 に は サ

ポーターを巻いたままだ。体育の授業もほとんど見学して

いる。お昼休みのサッカーやバスケにも参加しない。水泳

(5)

「いや、正直言えば、ぜんぜんなかったんで」

「お、ま、え」

ウガジンの顔が 鬼

おに

の面のように変わった。だが、必死に

怒りをのみ 込

んだらしい。一度がっくりと 肩

かた

を落としたあ と、 穏

おだ

やかな表情でこわいくらい静かに言った。

「 な あ、 岡 本。 お ま え の た め に 水 泳 部 を 残 し た ん だ ぞ。 学

校の反対を 押

しきってな。それなのにおまえは……」

姫は困ったような笑みを浮かべた。 「 お れ だ っ て 先 生 に は 感 謝 し て ま す よ。 水 泳 し か 取

り 柄

ないおれなんかのために、水泳部を残してくれて。でも、

それと、これとは関係ないじゃないですか」

ふたたび髪を掻き上げてピアスを見せた。ウガジンは目 をつぶって首を 振

った。

「 見 せ な く て も い い。 わ か っ た。 岡 本 の 気 持 ち が よ ー く わ

かったよ。おれの気持ちがわかっていないってこともよく

わかった」

「先生……」 「 学 校 に は ピ ア ス の こ と は 黙

だま

っ て お い て や る。 学 校 に 来 る

ときは必ずはずしてばれないようにしてこい」

「はあ……」 ことをしてるんだ」 「 そ ん な に 深 い 意 味 が あ っ て や っ た わ け じ ゃ な い っ す よ。

ちょっとかっこいいかなあって思って」

姫が笑いながら 髪

かみ

を 掻

き上げた。耳があらわになって、 耳たぶに赤いピアスが見えた。小さくてキラキラとした石

だ。 ガーネットだろうか。

「ありゃー」

モ ー 次 郎 が 緊

きん

ちょう

かん

の な い 声 を あ げ る。 ウ ガ ジ ン と 姫 が ぼくらに気がついた。姫はうんざりとした目つきでこちら

を見る。助けてくれよ、と 訴

うった

えてきていた。

「岡本。ちゃんとこっちを向け」

ウ ガ ジ ン が ま た 怒 鳴 る。 姫 は 渋

しぶ

しぶ

前 を 向 い て か ら 言 っ た。

「わかりましたよ。取ればいいんでしょ、取れば」

姫がピアスをはずそうとする。

「 そ う い う こ と を 言 っ て る ん じ ゃ な い ん だ よ。 自 分 が た っ

たひとりの正規の水泳部員だって自覚はなかったのかって 訊いてるんだ」

「正直に答えたほうがいいですか」

「なにぃ?」

(6)

はしゃぎ声にめまいのようなものを覚えて 、モー次郎の

尻に 強

きょう

れつ

な蹴りを 見

ってやった。すぐに耳打ちする。

「よろこぶところじゃないだろ」

「なんでさ」 モ ー 次 郎 が 睨

にら

ん で く る。 ほ ん と に 空 気 の 読 め な い や つ

だ。 ウガジンが 呆

あき

れきった視線でぼくらを見てから、姫に向

きなおった。 「 岡 本。 お ま え は 泳 ぐ こ と に か け て 本 当 に 才 能 が あ る よ。

でもな、いくら才能があっても心がついてこない人間をお

れは認めない」

とどめの 一

いち

げき

だと思った。もしくは、ウガジンにとって は勝負のひと言だ。もしこれで姫が心を改めなければ、も

うあきらめる。そんなふうに聞こえた。

「先生。すいません。おれクビなんていやです」

反 省 し た の か 姫 は ぼ そ ぼ そ と 言 っ た。 ぼ く は ほ っ と し

た。 ウガジンの表情もやわらいだ 。その口元がほころんで いるように見える。ウガジンだって本心では姫をクビにな

ん か し た く な い は ず な の だ。 ふ た り は い ま ま で 二 年 あ ま

り、二人 三

さん

きゃく

で水泳を続けてきたのだから。

「いいな」 「はい」 「だけどな、岡本。おまえ、水泳部はクビだ」

重苦しい 沈

ちん

もく

に包まれた。 「またまた 冗

じょう

だん

を」

笑おうとした姫をウガジンが制する。

「 本 気 だ。 も う お 前 は 練 習 に 来 な く て も い い。 そ れ か ら、

優太も山田も将棋部に戻っていいぞ。おまえらを巻き込ん で悪かったな」

ウガジンは無表情のままぼくらに言った。 うれしいはず

なのに、悲しい気持ちが胸の 奥

おく

で 揺

れた 。なんだかウガジ

ンがかわいそうだった。飼い犬に手を 咬

まれるという言葉 は、こういうときにふさわしくないかもしれないけど、選

手として大切に育ててきた姫に、あっさりと裏切られるな

んて同情せずにはいられない。見ていられなくて、ぼくは

思わず目を 伏

せた。

と こ ろ が、 モ ー 次 郎 が 場 ち が い な よ ろ こ び の 声 を あ げ た。

「 ほ ん と で す か!   も う 水 泳 部 に 来 な く て い い ん で す ね。

やったあ!」

(7)

けたたましい音を立てた。モー次郎が 亀

かめ

のように首をすく

ませる。 「解散!   水泳部は解散だ。おまえら勝手にしろ!」

怒鳴り散らすウガジンと目を合わすこともできない 。ぼ くは必死にプールサイドのコンクリートを見つめ続けた。

すると、ウガジンはぼくらのわきを通って校舎へと戻って

いった。 (

を省略している。 )

口 尚『 空 を つ か む ま で 』に よ る。 な お、 問 題 文 の 一 部

【注】 *姫   

岡本は男子生徒だが、授業中に歴史上の女性の物

まねをしたことが評判になり、 「姫」 というあだ名

がつけられた。

*ガーネット    宝石の一種。

これにて一件落着だ。あとは姫が頭を下げるだけだ。し かし、空気の読めなかったモー次郎を、どうやって叱って やろうか考え始めたそのときだ。姫がふやけた笑みを浮か べて、思いもしないことを言った。 「 ク ビ は や め て く だ さ い よ。 こ ん な し ょ ぼ い 水 泳 部 を ク ビ

になったなんてみんなに知られたら、かっこ悪いじゃない

ですか。おれからやめたってことにしてください」

「お、お、岡本!」 声 は 雄

たけ

び に 近 か っ た。 も し す ぐ そ ば に 巡

じゅん

かい

に 出 て い

る警察官がいたら、すぐさま飛んできただろう。

「岡本。おまえって人間が、よーくわかったよ」

「 最 後 の 最 後 で す が、 先 生 に ち ゃ ん と 理 解 し て も ら え て 光 栄です」

「ふざけるな!」

ウガジンはそばにあったパイプ 椅

を蹴り飛ばした。パ

イプ椅子はアルミ製のコースロープの巻取器に当たって、

問一   線部 「とにかく努力が足りないんだよ」 とあるが、サッカー部の顧問の先生がいらいらしてこのように言った理由

を説明しなさい。

(8)

問二   線部 「お前がよけいなこと言うからだよ」 とあるが、優太はなぜ 「よけいなこと」 と言ったのか。この時の優太の気

持ちを考えて、その理由の説明として最もふさわしいものを次の中から選び、記号で答えなさい。

ア   け が で サ ッ カ ー が 出 来 な く な っ た 自 分 に 対 し て、 友 達 ぶ っ て 同 情 的 な 言 い 方 を し て き た モ ー 次 郎 の こ と を 煩

わずら

わ し く 感じたから。

イ   自 分 よ り も 明 ら か に 運 動 能 力 が 劣

おと

っ て い る モ ー 次 郎 か ら、 自 分 の 足 が 遅 い こ と を 馬 鹿 に し た よ う に 言 わ れ た の で、

しゃく

に障ったから。

ウ   モー次郎が優太のことをわかっているような生意気な口をきき、さらに 反

はん

こう

的な態度をとったことにプライドを傷つ けられたから。

エ   以前のようにサッカーができない悔しさを抱え、目を向けないようにしているのに、モー次郎がそのことを話題に出

して腹が立ったから。

問三   線 部 「 ど う せ な ら、 膝 な ん て 治 ら な く た っ て い い 」と 思 っ て い る 理 由 に つ い て 説 明 し た 次 の 文 章 を 完 成 す る よ う

に、次の①〜④の 空

くう

らん

を埋めなさい。

膝が治れば ① ことが出来るが、すると ② が明らかになり、得意なサッカーで ③ ことになる。

しかし、膝が悪いふりをすることで ④ から。

問四   線部 「うれしいはずなのに、悲しい気持ちが胸の奥で揺れた」 とあるが、 (

1)「うれしい」

理由と、 (

2)「悲しい」

由を説明しなさい。

(9)

問五   線部 で優太が 「めまいのようなものを覚え」 たのは、優太がモー次郎のことをどう思ったからか、文中から十字以

内で 抜

き出しなさい。

問六   線部 「ウガジンの表情もやわらいだ」 とあるが、なぜやわらいだのか、説明しなさい。

問七   線 部 「 怒 鳴 り 散 ら す ウ ガ ジ ン と 目 を 合 わ す こ と も で き な い 」と あ る が、 優 太 が ウ ガ ジ ン と 目 を 合 わ せ ら れ な い の

は、この時ウガジンに対してどのような思いを抱いているからか、七十五字以内で説明しなさい。

(10)

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

ある日、大学の構内にあるベンチに二、三人の男子学生

が 坐

すわ

って話をしていた。そこを通りかかった私は、 彼

かれ

の 足

あし

もと

や 目 の 前 の 地 面 に、 ジ ュ ー ス の 空 カ ン が い く つ か 転

がっているのを見て、すぐ拾ってベンチの横にある空カン

用の鉄製の 籠

かご

に入れ始めた。学生たちは無表情に私のする

ことを見ている。 そ こ で 私 は「 君 た ち も 拾 っ た ら ど う だ 」と 声 を か け て み

た。すると学生の一人が、 「私が捨てたんじゃありません」

と 言 う で は な い か。 私 は「 い や 別 に 君 が 捨 て た と 言 っ て い

る わ け じ ゃ な い よ。 で も こ こ は 自 分 の 大 学 だ ろ。 誰

だれ

か が うっかりカンを 踏

めば、転ぶこともあるだろうし、第一あ

たりに花が咲いていたりしてせっかく 綺

れい

なキャンパスな

の に、 空 カ ン が ゴ ロ ゴ ロ し て い て は 汚 い と 思 わ な い の か

ね 」と 言 っ て み た。 学 生 た ち は 渋

しぶ

い 顔 を し て 立 上 り、 そ れ

でも一つずつ拾って籠に入れ、 黙

だま

って立去って行った。 その時私は、はっと気がついた。この若者たちは自分た

ちの学校にいながら、そこが自分たちの もの

00

だという意識

がない。 ︹

1 ︺ 大切にしようとか、綺麗にしておこう

という気持が 湧 かないのだと。これが自分の家、自分の部

屋であったらどうだろう。彼等でも飲みさしのジュースカ

ンや汚いものを、そのまま放ってはおかないと思う。 玄

げん

かん

さきや庭の中に、たとえ自分がしたことでなくても、カン やゴミが投げ捨ててあれば、文句を言いながらでも片付け

るに違いない。それなのに自分がわざわざ望んで入学した

大学、高い月謝を 払

はら

い、毎日授業に出て、やがて卒業すれ

ば母校となる 筈

はず

の自分の大学に対して、自分の家と同じに 自分のものという気持がないのは、何とも不思議だ。若者

た ち に、 A と 思 う 気 持 を 起 さ せ る に は ど う し た ら

よ い の だ ろ う か。 そ れ に は、 愛 校 心 を も て と か、 環

かん

きょう

美しく住みやすいものにしようと呼びかけるとか、 公

こう

とく

しん

をもっと養うような教育を小学校からしなくては 駄

だと

か、いろいろと考えられるだろう。

しかし私はこのような道徳的な、どちらかといえば 他利

的 な 目 標 に 向 っ て 教 育 す る よ り は、 私 た ち 人 間 に と っ て

もっと自然な、自分の利益に結びつけて考えさせる方が、 むしろ良いのではないかと思いだした。

それは もっと 「欲深くなれ」 と 説

くことである。言う 迄

まで

なく、誰でも自分の物は大切にする。そして誰にも、いま

(11)

いる。何か新しいことを始めた当初はやたらと疲れるが、

れてくればそれが苦もなく出来てしまうことは、誰でも

経験することだ。

私が 世界を自分のものだと思えば、万事気楽にやれる な どと言うと、そんなこと出来て 堪

たま

るかと 反

はん

ぱつ

する方が多い

と 思 う。 し か し そ の 気 で し ば ら く 努 力 し て 続 け て い る 内

に、頭でいちいち考えて行動する ダンカイをすぐ通り 越

て、体の方が新しい考えに馴れてしまい無意識の習慣にな るから、初め思ったより カンタンにやれてしまうものだ。

私は何年か前、モスクワに三か月ほど 滞

たい

ざい

した時、地下

鉄の駅からアカデミーホテルまでの帰り道、しばしばうっ

かりと落ちているカンやビンを拾ってしまい、自分でも苦 笑したことが何度もある。拾った物をどう始末したらよい

のかの勝手も分からないのに、 ︿︿︿︿ 的に拾ってしま

う。 癖

くせ

とは恐しいものである。

(中略)

私が毎夏を越す長野県の町は、自然に 恵

めぐ

まれた広大な町 の 中 に 場 所 が な い(?) と 言 っ て、 ゴ ミ を わ ざ わ ざ 隣

となり

まち

処理場に運び、大金を出して始末して 貰

もら

っている。ところ

が 町 の 人 の 中 に は、 庭 の 落 葉 を 掃

い て 大 き な ビ ニ ー ル 袋

ぶくろ

持 っ て い る 物 よ り 多 く の 物 を 持 ち た い と い う 欲 が あ る。

もっと広い家が欲しい、もっと多くの土地があればと思わ

ない人は少ないのではないか。だから所有の対象、欲望の

限 度 を 狭

せま

く 制 限 す る 禁 欲 的 な 教 育 や 物 の 見 方 を 止 め て、 いっそこの大学全部が自分のものだ、町も村も自分のもの

だと、次々に所有の対象を 拡

ひろ

げていくのだ。 ︹

2 ︺ 自分の自由にならないものを勝手に自分のも

のだと思っても、それは本当の所有とは言えず、一人よが りの思い 込

みにすぎないという ハンロンがきっと出ると思

う。だが現実の所有にしたところで、少し キボが大きくな

れば金や品物にしても使い切れなくなるし、土地にしても

見て 廻

まわ

ることすら出来なくなるから、何かを持っていると 思 う こ と と、 実 際 に 持 っ て い る こ と の 違

ちが

い は 殆

ほとん

ど 無 く

なってしまう。

このような所有感の 拡

かく

だい

プロセスの極限として、この地

球はすべて私のものだという意識に 到

とう

たつ

するわけだ。自分

の大学にいながら、目の前の空カンやゴミに対して無関心 でいられるのは、大学が自分のものという意識がないから

だ。つまり欲がなさすぎる。欲が小さすぎるのである。

私たち人間の毎日の生活は、殆どが習慣と 惰

せい

で動いて

(12)

にいくつも詰めて、ゴミ収集車に持って行かせる人がいる

かと思えば、 刈

った 芝

しば

や木の枝を山と出す人もいる。

私は このようなこと を見るたびに、大都会と違って、広

い 庭 や 空 間 が 充 分 あ る の に、 ち ょ っ と 穴 を 掘

っ て 入 れ る か、それが出来なければ庭の 隅

すみ

に積んでおくだけで、ほど

なく土に戻るものを、どうして次々と難問を生み出すゴミ

として出すのかと考えてしまう。

あ る 時、 こ の よ う な こ と を 知 り 合 い の 人 に 話 し て み た ら、でもゴミ処理の費用は私たちの納める税金に入ってい

るのだから、出さなきゃ損ですよと言われて、なるほどそ

ういう考えもあるのかと感心した。 人様々とはよく言った

ものである。 大切なことは、私一人だけがやっても意味がないとか、

たった一人の力で世の中の大きな流れを変えることなど出

来はしないなどと、 ︿︿︿︿ 的にならないことだ。現在

の社会が全体として向っている方向、社会が毎日生み出し

ている環境汚染や資源の 浪

ろう

は、結局のところ私一人ぐら いがと思う 極

く 普

つう

の人が集って作り出していることを忘

れてはいけない。

いま多くの日本人は、自分の日常生活が 贅

ぜい

たく

きわ

まりない

ものだとは感じていないと思う。ところがそのような普通 の人が集って人口一億二干五百万の日本という国にまとま ると、それは世界一の豊かで贅沢な国、外国の人々から 羨

せん

ぼう

の目で見られる 消費大国になってしまう のである。 だからこそ私一人ぐらいなどと、自分の力を過小評価し

てはならない。自分を 巨

きょ

だい

な社会の片隅にいる無力でちっ

ぽ け な 存 在 と 思 う こ と は、 と ん で も な い 間 違 い な の で あ

る。 ひ と り が す べ て の 元 な の だ。 自 分 が 変 れ ば 社 会 も 変 る、自分は社会に対して能動的に働きかける力があるのだ

と、自分の力に自信を持ってかまわないのだ。いや持つべ

きなのである。

よく人は、まわりの人みんながやっているのだから、自 分一人がどうこう言っても始まらないなどと言う。私はこ

の よ う な 考 え ほ ど、 矛

じゅん

し た 考 え は な い と 思 う。 誰 で も

自分が 愚

おろ

か者だとは思っていないだろう。人間には ジソン

心がある。人から良く思われたいのは人情であろう。それ

なのに、自分がよくない、正しくないと思うことをみんな が し て い る と い う だ け で、 自 分 ま で が そ の 人 々 に 加 担 し

て、 愚か者の仲間入りをするのはおかしいではないか 。

他の人たちは 馬

鹿

だからあのようなことをするのも仕方

(13)

ないが、私は愚かでも馬鹿でもないから、そんなことはし

ないというのが、 首

しゅ

いっ

かん

した考え方というものである。

(鈴木孝夫 『人にはどれだけの物が必要か』 による) 【注】 *公徳心    

社会で生活する上で、一人一人がもつべき道

徳心。

*他利的    他人の幸福を第一に考える状態。 *プロセス    何かが進んでいく順序。過程。

*惰性    なかなかやめられない習慣。

*人様々   

人によって、いろいろな考え方があるという

こと。

問一   ︹

1

︺ ・ ︹

2 ︺ にあてはまることばを次の中から選び、それぞれ記号で答えなさい。

ア   しかし     イ   だから     ウ   つまり

問二   A にあてはまる最もふさわしいことばを次の中から選び、記号で答えなさい。

ア   自分の家にまさる場所はない       イ   自分の学校は自分の家と同じだ

ウ   自分の学校なら何をしても自由だ     エ   自分の家よりも学校の方が落ち着く

問三   線部 「もっと 「欲深くなれ」 」とあるが、 「欲深くなる」 とはどのようなことか、文中より、解答 欄

らん

に合う形で十五字

以内で抜き出して答えなさい。

(14)

問四   線部 「世界を自分のものだと思えば、万事気楽にやれる」 とあるが、ゴミの話でいえば、 (

1)「気楽に」

とはどうい

うことか、また、 (

2)「やれる」

とは何をすることなのか、説明しなさい。

問五   ︿︿︿︿︿︿︿︿ に当てはまる最もふさわしいことばをそれぞれの語群の中から選び、記号で答えなさい。

Ⅰ   ア   意識     イ   計画     ウ   反射     エ   批判

Ⅱ   ア   感情     イ   受動     ウ   消極     エ   積極

問六   線部 「このようなこと」 とは、どのようなことを指しているか、説明しなさい。

問七   線部 「消費大国になってしまう」 という表現には、筆者のどのような考えが表れているか、最もふさわしいものを 次の中から選び、記号で答えなさい。

ア   日本が消費大国になれれば、非常に 名

めい

で喜ばしいことである。

イ   日本が消費大国になるのは自然で、一人一人が意識する必要はない。

ウ   日本が消費大国だった時の経験から、環境について学ぶべきである。 エ   日本が消費大国だったのは過去の話で、これ以上心配しなくてもよい。

(15)

問八   線部 「愚か者の仲間入りをするのはおかしいではないか」 とあるが、筆者の言う 「愚か者」 とはどのような人のこと

か、説明しなさい。

問九   線部①〜⑤のカタカナを漢字に直しなさい。

(16)

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