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産業と「病」 : シャーロット・ブロンテの『シャ ーリー』

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(1)

ーリー』

著者 片岡 洋子

雑誌名 東京家政大学博物館紀要

巻 19

ページ 111‑122

発行年 2014‑02

出版者 東京家政大学博物館

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010353/

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1.はじめに

 シャーロット・ブロンテが『シャーリー』(1848 年出版)を執筆していた当時、労働者の社会 的・政治的権利を要求するチャーティズム運動が盛んであり、彼らの不満は同時代の多くの作品の 主題でもあった。1848 年春にその主題について出版社の W. S. Williams に宛てた手紙の中で、

シャーロットは「彼ら(チャーティスト達)の苦情の種を無視すべきではなく、彼らの窮状の存在 を無視すべきではありません。」1)と書き、労働者への共感を示している。社会では工場経営者と労 働者、金持ちと貧困者との間に「大きな溝」が生じていた。

 ブロンテ一家が住むハワースの地域では、ヨークシャー産業の主体である紡績工場が新しい機械 を導入することによって、職工たちは先例のない程の失業による経済的不安を抱えていた。「飢餓 の40年代」の社会の雰意気は19世紀初頭のそれに似ており、その時代の社会批評は執筆当時の時 代に適用できると考えたシャーロットは、小説の背景をラダイト騒動(1811~1812)が起きた北 イングランドのウェスト・ライディングに設定する。シャーロットの父、パトリック・ブロンテは 副牧師であった時、ラダイトによる機械打ち壊しの反乱と暴動を直接知っており、又その土地につ いては、シャーロットが通った学校があり、カートライト織物工場への襲撃が起こったロウ・ヘッ ドの地域の思い出に頼ることができた。全体像を知るためには、過去の事件の方が執筆には都合が 良かったのであり、その準備のためにシャーロットは 1812~1814 年の Leeds Mercury 紙のコピー を送らせている。2)そして又、ラダイトによって生じた問題は、彼女の執筆の目的にはるかに合っ ていた。その騒動における問題の争点は、より経済的な面にあったからだ。

 一方、19 世紀初頭はナポレオン戦争(1803~15)の時代でもあった。ヨーロッパ全体が戦いに 巻き込まれており、イギリスも長期に渉る抵抗で疲弊していた。ナポレオンの大陸封鎖に対抗して 発せられた「枢密院例」(1806)は、中立国がフランスと通商することを禁止した。これはアメリ

産  業  と  「 病 」

   シャーロット・ブロンテの『シャーリー』 

Industry and ‘Disease’ :  Shirley by Charlotte Brontë 

Yoko  K

ataoKa

片岡 洋子

英語コミュニケーション学科

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カの怒りを招くことになり、ヨークシャーの羊毛貿易は主要な輸出市場を失うことになった。売れ 残った布地が工場の倉庫を屋根まで埋め尽くし、工場主にとっては経営が成り立たない困難な状況 となった。このような危機の中で新しい機械がヨークシャーの主要工場に導入され、必要な雇用人 数を大幅に削減することにより、大勢の労働者が失業するに至った。労働市場が過剰となり、職 工、産業労働者、お針娘、ガヴァネス等の窮状は、その原因に直結していた。穀物の不作がそれに 続き、人々の生活は困窮し、食糧暴動が生じ、織物工場が焼き討ちされ、憎悪の対象である機械が 破壊された。作者は工場主と労働者の対立を通して、利益の追求において周囲の人々との個人的関 係を無視する工場主の利己主義を批判的に描き、彼の「良心の目覚め」を一つの主題とし、「或る 種の精神的激震」(2章)3)に揺れる産業社会を映し出している。

 一方作者は中産階級の女性問題にも焦点を当てており、女性たちが労働者同様に過酷な市場経済 に支配されている有様について探求している。女性に対する市場の閉鎖、及び供給過剰の結婚市場 についてのヒロインの観察がこの小説のもう一つの中心になっており、社会的、且つ経済的に抑圧 されている、中産階級の未婚女性と失業労働者の類似性を作者は強調しようとしている。

2.産業とパターナリズム

 この小説の舞台であるブライアフィールド教区においては、谷間の工場が労働者にとって最も憎 むべき場所であり、その工場主であるロバート・ジェラール・ムアは半分外国人の血が混じり、徹 底した進歩主義者である、という二重の特質故に激しい憎悪の対象である。ベルギーのアントワー プで生まれ育ち、母方の負債を受け継いだのであり、いつの日にかそれを返済し、没落した母方の ジェラール家と、ヨークシャー出身の父方のムア家を再興する、という大志を抱いていた。2年前 にヨークシャーにやって来たロバートが借りた工場は古い建物であり、機械も古く、効率の悪い、

時代遅れのものであった。進取の気性に富む彼は根本的改革を実践するため、新しい機械の導入を 決め、その購入に資金を残らず賭けていた。ところが、新しい機械を積んで工場の事務所に戻って 来る筈の荷車は空であった。馬車に結びつけられた手紙は、機械がスティルプロの荒野で奪われて 破壊され、運搬人たちが道端の溝に手足を縛られて放置されている、という内容であった。そして

「これを、この仕事を終えて家に帰っても飢えた妻子のいる、飢えた者たちからの警告として受け 取るがいい。」(2章)という挑戦的内容が添えられていたのであり、ロバートは機械を壊した連中 に対する憎しみに身をたぎらせる。工場が暴徒によって襲撃されても、「自分の仕事、工場、機械 を断固として守り抜いてみせる」と豪語するロバートにとって、その三つはヘルストン牧師が述べ るようにロバートの「神」であり、「枢密院例」は「七つの大罪」に他ならない。

 「ヨークシャーの頭脳をもつ男」と評されるロバートにとって、工場への新しい機械の導入は

「進歩」であり、個人的利益をもたらすものである。それに対して、失業の瀬戸際に立つ過激派労 働者であり、伝道師で仕立て屋のモージズ・バラクラフは、極悪非道な機械を止めて、もっと工員 を雇うようロバートに要求し、拒絶される。一方、工場や機械を破壊することに反対する温厚な失 業労働者ウィリアム・ファレンは、「家族は貧しくて憔悴している。発明は結構かもしれないが、

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貧乏人が飢えるのは正しいことじゃない。」(8章)と訴え、新しい機械のゆるやかな導入をロバー トに嘆願する。彼はその要求に応じることは自身の 破産を意味すると判断し、「私は私のやり方を 貫き通す」と突っぱねる。しかし語り手は、「新しく発明された機械が昔からいた労働者を雇用か らはずすことになった時にも、彼は充分な気遣いをしなかった。自分が毎週の賃金を支払うのを止 めた相手の者達が、どこで日々のパンを見つけ出すのかなどは、一度も自問しなかった。」(2 章)

と述べ、新しい機械の導入が与える影響に対して、ロバートが盲目であることを示唆している。又 語り手は更に。窮乏で憔悴したファレンの懇願に屈せず、善意や希望の言葉もかけず、援助の約束 もせずに去って行くロバートを批判している。

 他に身寄りが無く、伯父ヘルストンの牧師館に住むキャロラインは、従兄であるロバートが純粋 なヨークシャー人ではない、という事実を繰り返し示唆することによって、労働者に対する彼の温 情の欠如を和らげようとするが、工場主の一人であるハイアラム・ヨークは、彼に反映されている パターナリズムに照らして、ロバートに対する擁護を退け、彼の利己主義を批判する。失業した ファレンをヨーク家の果樹園の園丁として採用して欲しい、というロバートのささやかな善意によ る依頼に応じて、ヨークはファレンを雇う。ヨークは「貧しい人たちには親切この上なく、父親の ように振舞ったので、大いに敬愛されていた。… 解雇する者には何か他の仕事を見つけてやろう とした。」(4章)と説明されるように、思いやりと誠意を持つ、ヨークシャーで最も尊敬すべき有 能な工場主として、ロバートとは対照的に描かれている。ヨークに見られるようなパターナリズム は、シャーロットの想像力において人間関係についての中心的な想定であると思われる。4)ヒエラ ルキー的社会秩序を覆すことはシャーロットの意図ではなく、金持ちと困窮者、資本家と労働者と の間の溝をパターナリズムによって埋めることを考えていると思われる。

3.囚われの娘と「病」

 機械の導入による産業の近代化は、物質的な私利追求へと人を駆り立て、又人を冷酷且つ機械的 にすることがこの小説において示される。それは社会、家庭における調和を崩壊させることで、作 者の批判の焦点となっており、その犠牲者は恵まれない存在である労働者、中産階級の女性であ る。両者は無力性を共有しており、後者における第一の犠牲者は、キャロラインである。

 「谷間の家」で共に夕方の読書を楽しみながら、キャロラインはロバートに彼がシェイクスピア の『コリオレイナス』に登場するケイアス・マーシャス 飢えた仲間たちに同情せず、彼らを侮辱 する誇り高い貴族 に似ていることを印象ずけようとする。キャロラインが゙自身をロバートの労 働者に類似した位置にある、と思っていることは注目に値する。工場の労働者全てが彼の意志に 頼っており、彼の冷たく誇り高い態度に抑圧されている。大きな「家族」を構成する労働者に対し て工場主として責任を持つべきと考える彼女は、労働者に対する彼の態度を「誤った同胞愛」の例 として批判し、又工場で働く労働者を機械と同一視し、彼らを「暴徒」呼ばわりすることで彼を批 判する。「資金と地位と成功が欲しいんだ」と彼女に語るロバートは、「金儲けだけ教えられて育 ち、金儲けだけのために生き、工場と市場の空気しか吸わないでいるような男」(7章)、と語り手

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は説明する。

 経済不況の中で工場経営に頭を悩ますロバートにとって、「結婚や愛は余計なもの」である。「立 派な考えに合致し、確実な利益が永久に続くような有利な結びつきなら、そんなに悪くはない」

(30章)と言う副牧師マロウンの功利的な結婚観にロバートは賛同する。彼は現実面では、一つの 行動基準 市場についての利益追求 を彼の公的、且つ私的領域に適用する。それを彼はキャロラ インを見捨て、後に愛の無い、しかし利点のあるもう一人のヒロイン、シャーリーとの結婚をもく ろむことで示している。キャロラインとの結婚がヨークシャー労働者のように利益の無い投資とみ なされる時、彼女は「解雇」されるのだ。ロバートの労働者が助けも無く、顧みられずに、日々の 糧を探す状態におかれるように、彼に「棄てられた」彼女は情緒的支えを探し求める状態におかれ ることになる。

 作者は、労働者と資本家という二つの階級間の社会的相互作用を創り出すことにおいて産業小説 を生み出す、という一般的パタンに従わず、失業労働者の状況と過剰な中産階級の未婚女性のそれ との間の類似性を厳密に調べ、強調する方法を採っている。両者の類似性は、「この小説は供給過 剰なマーケット、余った商品、そして塞がれた循環についての小説である。」5)とサリィ・シャトル ワースが述べるように、この小説構造の中心となっている。

 18 歳になろうとしているキャロラインは、仕事を持ちたい、家を出て家庭教師になりたい、と 強く願ってはいても、「裁縫と料理以外のことは女の理解に余ること」と考える保守的な伯父ヘル ストンは、キャロラインの思いには無関心である。針仕事をし、貧しい人々のための「ユダヤか ご」を満たすこと、及び日曜学校で子供達に教えること以外することが無く、今日一日をどう過ご したらよいか、という「難問」に心を悩ますことになる。彼女の状況は家庭内に幽閉された「囚わ れの娘」とでも言うべきものであり、それは労働者の幸福に関心を払わない雇用主によって、労働 者が産業構造の中に「監禁」されている状況に匹敵していると言えるであろう。結婚に代るものを 何も与えられないキャロラインのディレンマを作者はより大きな社会的コンテクストの中におくの であり、彼女の自立と自己発展のための闘いは、この小説におけるもう一つの主題となっている。

 キャロラインがフランス語と針仕事を習っているロバートの姉オルタンスの目には、表情豊かな キャロラインが最近時にはひどく元気を無くし、考え込んでしまう様子や倦怠感、無力感が見てと れるのだった。アンドレ・シェニエ(1762 - 94)の短詩「捕われの娘」をキャロラインが感動的 に暗唱するのを聞くと、彼女の心の乱れを感知するオルタンスは、自分の感情をきちんと抑制し、

導く方法を教えてやらなければならない、と思う。当時、女性が自分の感情や本心を曝け出すこと は、女性の本能に対する反逆という烙印を押されるのであり、人知れず自己嫌悪を味わうことにな る。女性にとって、「事態をそのままに受け入れ、問いを発せず、抗議もしないこと、それが最善 の知恵である。… 卵を求めて手を伸ばせば、運命はその手にさそりを握らせる」(7章)のである。

谷間の工場にいるロバートに自分の全宇宙を閉じ込め、絶えず思いを馳せながらも、恋する女は何 も言えないのだ。作者はここで当時の女性達に課された感情の抑圧に目を向けている。労働者は経 済構造に対する不平を「機械」に向ける一方で、結婚市場の制約の中に囚われているキャロライン

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は、彼女の感情の捌け口を自身に向ける他はない。それは自己嫌悪、自己破壊の願望へと通じるの であり、キャロラインの観察に向ける作者の分析はラディカルだ。

 国内では産業の不況と労使対立、国外ではナポレオンによる脅威という内外における窮状の中、

トーリー派の老友であるヘルストン牧師と、彼に過激分子として弾劾され、「視野が狭く、自分本 位で、愛国心が無く、戦争に反対する商人」(11章)として批判されるロバートは仲たがいするこ とになる。「谷間の家」を訪れることも、フランス語のレッスンを受けることも伯父に禁じられた キャロラインは、彼女の思いの中にロバートの男らしい顔立ちや姿の幻影を見、彼の声を傍らに聞 くようになる。夢想から醒め、鏡に映るのは、「肌の色は青ざめ、目つきも変わり、青白い蔭が目 の周りに浮かび、やつれた表情」(10 章)、要するに、以前ほどきれいでもなく、生き生きともし ていない自分の顔である。自身を支える手段を持たない一方で、ロバートのためにのみ存在できな い、という事実に目覚める時、彼女はアイデンティティの危機に苦悩する。自分と墓場の間にある 時間をどのように埋めたらいいのか、を思い、「私は一体何のために生まれたのだろう。この世界 で私のいるべき場所はどこかしら?」(10章)と自身に問う。彼女は、これが多くの未婚女性たち が解けなくて悩んでいる問題だとわかり、将来を予想し、この人生をどう送るべきかを問い続ける のだ。

 労働者の窮状をファレンの家族の簡潔な描写に見る一方で、キャロラインの身体、感情の荒廃は 痛ましくも鮮明である。6)労働者の飢えと平行する心理的に飢える彼女の難儀の描写を通して、作 者は結婚に適した「価値」を失い、しかも様々な制約故に他のものへの熱望を妨げられている女性 達が耐えている、女性の生計と自己発展のための闘いを明らかにしようとしている。

 シャーロットがこの小説を書いていた頃、女性にとっての供給過剰な結婚市場、及び労働市場に ついての恐怖が頂点に達しようとしていた。7)流通が途絶え、澱んだ状況の中で労働者、及び未婚 女性はもがき苦しみ、そしてその状況を変えるには、彼らはあまりにも無力である。  産業主義と 失業によって生じる問題の議論は、互換的に身体と心の「病」について語ることになる。感情を抑 圧され、外へ向けることのできないエネルギーが内部に鬱積し、それは女性の健康を心理的、生理 的に破壊寸前にまで追い込むことになる。家庭の外で価値ある仕事に就くことができず、自己発展 と自立の機会を与えられないまま家庭の中で「病」を患っていく中産階級の未婚女性に作者は目を 向け、窮状にある女性たちと労働者との類似性を分析しているのである。

4. 老嬢たち

 生きるための指針を得たいと思うキャロラインは、二人の老嬢を訪問する。その名前が象徴する かのように、ミス・マンは「干からびて、色褪せ、ギスギスした低い声で話す、可愛げのない老 女」と説明され、その目は「突き出ていて、白目の部分が多く、まるで鋼鉄の玉が頭にはんだづけ になっているかのような感じ」であり、その凝視はゴルゴンのようだ、と語られる。(10章)まる で怪物さながらの相貌である。しかしその醜悪な外貌にも拘らず、応接間は完璧に整頓されてお り、清潔な居心地の良さを保っていて、彼女が「全く誠実で、良心的な女性」だとキャロラインは

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わかる。ミス・マンがかつて家族や病気の人々を長い間献身的に介護したこと、今彼女が病に蝕ま れている原因もそこにあることを知り、表情が険しく、笑わないのも納得がいくのであり、キャロ ラインは彼女の忍耐心を称え、愛と敬意を感じることになる。

 もう一人の老嬢ミス・エインリーは、ミス・マン以上に貧しく、醜い 50 歳の女性であり、経帷 子のような窮屈な服を着、彼女のベッドは棺桶のように狭い。しかし我欲のまるで無い、慈悲心に 溢れた人々のみが表しうるような力が彼女にあることにキャロラインは気付く。貧しいものへの慈 善行為、病人の看護等に自身を捧げている、慎ましい、信仰心の篤い「聖者」と呼んでもいいよう なタイプの女性であった。貧しさ、外貌の醜さ、家族や病人への献身的奉仕、信仰心の篤さは、当 時の「余った女性たち」に共通して見られる典型的特徴である。この二人の、報われることの極め て少ない老嬢たちに多大な善良さ、有用さ、忍耐心、誠実さを見い出し、敬意を抱くに至るキャロ ラインは、自分を省み、元気を出して、貧困家庭のための自分で立てた計画をたゆまず実践する。

 しかしそのような努力を払ってもなお、心身の健康は戻らず、消耗し、以前にも増して喜びを失 い、青ざめていった。彼女の記憶はロバートの名を呼び続け、気力の喪失、体調の衰え、不眠が彼 女にのしかかるのである。周囲の人々は彼女の容姿に現れた変化に気付き、死ぬのではないかと噂 し、若い女性たちはその変化を敏感に悟る。彼女はできる限り自分の青い顔とやつれた姿を人目に さらさぬよう努め、完全に一人きりの生活にこもるようになる。

5.二人の友情と父親への訴え

 孤独で引きこもりの状態からキャロラインを開放したのは、牧師館に近いフィールドヘッドの古 い屋敷に越してきた 21 歳のシャ-リー・キールダーである。両親を早くに亡くし、男の跡継ぎが いないためにこの地方一番の旧家を継いでおり、年収一千ポンドの荘園主でもあり、ロバートは彼 女の借地人である。シャーリーと彼女のコンパニオンであるプライア夫人は、キャロラインにとっ て貴重な友人となり、彼らとの交際により考え方が変わり、新しい回路が開けてくる。「老コサッ ク」と呼ばれるヘルストンとは対等に言葉を交わし、「仕事っていう言葉を聞くと、自分が一人前 の女性、いや、それ以上になっていることを感じます。私は郷士ですのよ。」(11章)と語るシャー リーは、責任と誇りを抱いて土地や小作人の管理の仕事をこなしており、一ペニーのお金も無い、

引っ込み思案のキャロラインとは対照的な女性である。

 「理想化された他者」としてのシャーリーは、キャロライン自身の挫折感を切り抜けさせてくれ る、彼女にとって必要な存在である、と言えよう。作者は二人のコントラストを強調しており、お となしく、優しい、地味なキャロラインに対して、シャーリーは気品高く、才気煥発で自信に満 ち、自立した女性として登場する。両者の外貌、衣装については、牧草地を横切るキャロラインと シャーリーは、「真っ白い鳥と、宝石さながらの色彩豊かな極楽鳥」(16章)、と形容される。

 二人は胸襟を開いて会話を楽しみ、友情を深めていく。しかしその友情はキャロラインを強くも 幸せにもせず、又人生についての諸疑問への回答を与えてくれない、ということを彼女はプライア 夫人に認める。前にも増して定職に就きたいと強く願うキャロラインは家庭教師になる希望につい

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てプライア夫人に相談するが、「家庭教師になるなんて、奴隷になった方がましだわ」と一蹴され る。人生の転換を望んでも、説得して助けになってもらうこと、賛成してもらうこと、自分の判断 に従うこと、がいかに困難であるかを彼女は痛感する。そのような彼女の心情を語り手は次のよう にに説明している。

… of Caloline’s strange sufferings, which she desired so eagerly to overcome or escape, they  had no idea,   of her racked nights and dismal days, no suspicion. It was at once impossible  and hopeless to explain: to wait and endure was her only plan. (Chapter 13)

 ブライアフィールドの近辺で騒動が起こる危険を、ロバートはシャーリーに語る。全身興味と生 命感、熱意に溢れているシャーリー。二人が話す時の幸せそうな喜びの表情を見るキャロライン は、二人が結婚するのではないかと思い、惨めな苦しみを味わうのであり、ローソクに映し出され る彼女の顔の青白さは、彼女の心の侘しさを映し出す。彼女は幻に浮かぶ男の声に耳を傾け、幻と 話を交わし、そして夜明けが近ずき、幻影が消えると、冷たい憔悴しはてた身体で這うようにベッ ドに入り込むのである。

 控えめながらも、「心のどこかに簡単に入っていけない、理解できないような力と深み」を持つ ことで、キャロラインを大切に思うシャーリーと、能力、美貌、資力等、多くの女性たちが有しな い優越さをシャーリーに認め、彼女を尊敬するキャロラインは、お互いに友情を確認する。シャー リーは、貧しい人々のために資産の一部を提供して役立てる計画を立てるのであり、ミス・エイン リー、聖職者等にも協力を呼びかけ、実行に移すことにキャロラインは協力する。又神経が細く、

人目に付くのを死ぬほど恐れるキャロラインにとって試練の日である聖霊降臨祭もシャーリーと一 緒であるが故に、むしろそれは喜びとなる。

 シャーリーが計画した基金が増大し、困窮した人々への救援策は当面の窮状緩和に大いに貢献す ることになるが、この地方に平穏が戻り、この基金が永続することに懐疑的なロバートは、「慈善 的救済が、労働者階級の怒りを沈めた事は一度も無い。… それにここの不満な連中たちは、全国 の不満分子と連携しています。」(16 章)とシャーリーに語り、危険が去ったわけではなく、いつ かは必ず襲来する、と予想する。その予言は的中し、彼の工場を300人もの暴徒が襲撃する。以前 からあらゆる備えを固めていた冷静な彼は、揺ぎない決意を持って工場防衛のために立ちあがる が、シャーリーが指摘した彼にとっての「愛の対象」である工場は見事に破壊し尽くされ、中庭に は石やレンガの瓦礫が一面に広がり、彼はこめかみに負傷する。この襲撃に関してヨークは「もし ムアが雇い主のすべきことを最初からちゃんとしていれば、彼ら(労働者)だって今のような気持 ちを彼に対して抱くことは無かっただろう。」(21 章)と述べ、ロバートを批判している。自身の 優越性を熟知し、自らを「キールダー隊長」と称してピストルを所持するシャーリーは、工場襲撃 の様子をキャロラインと共に谷間の上から眺めるだけで、その中に参加することはない。それは女 性の「無力性」を示しており、その恐ろしいドラマの衝撃により、キャロラインは更に不眠の夜が

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続き、憔悴していくのである。

 作者の代弁者としてキャロラインは、女性も興味のある有益な仕事に就く機会を望んでおり、自 由と仕事を娘に与えるべき、と世の父親に訴え、又未婚女性は家も仕事も無い貧乏人と同じだ、と 嘆き、次のように述べる。

… their sisters have no earthly employment, but household work and sewing ; no earthly  pleasure, but an unprofitable visiting ; …This stagnant state of things makes them decline in  health :  … The great wish   the sole aim of every one of them is to be married, but the  majority will never marry : they will die as they now live. … the matrimonial market is  overstocked.(Chapter 20)(underlines are mine)

Men of England ! Look at your poor girls, many of them fading around you, dropping off in  consumption or decline ; or, what is worse, degenerating to sour old maids, …

Fathers ! Cannot you alter these things ? … cultivate them(your girls)  give them scope  and work   …(Chapter 20)(underlines are mine)

中産階級の女性の強いられた無為の生活への批判、及びそれが女性の健康を衰弱させる、という考 えは当時の医学論説の一部であり、シャーロットはそれに影響を受けたと思われる。8)又、上述し たように、作者は女性の現在の状況と将来の変化の責任を父親に託し、社会的パターナリズムへの 要求と家庭におけるそれへの要求を平行させているのである。

 本当の人生を生きたい、と心に決めるヨークの娘ローズにとって、牧師館に幽閉されたような生 活を送るキャロラインの生き方は、彼女の姓ヘルストンが象徴するように、「大理石の中に埋めら れたヒキガエルの一生」、「ゆっくり時間をかけた死」を意味し、牧師館は「窓のついたお墓」に思 われる。そのようなローズの言葉に追い討ちをかけられたかのように、キャロラインは熱病にかか り、急速に衰弱し、無気力症になる。無感覚とも言うべき状態が彼女を襲い、目が覚めていても大 抵意識が朦朧としていて視線が定まらない状態となる。このような死の淵に迄至る心身の病から キャロラインを救ったのは、泊り込みで彼女を看病し、彼女が実の娘である、というプライア夫人 の告白、つまり母親の出現により孤児の状態から逃れた、という事実である。ヘルストン伯父も シャーリーもそれを知っていながら隠していたのは、いかにも不自然である。キャロラインを伯父 の養育に任せた理由 夫の重圧から逃れたばかりの夫人が、意志が弱く、赤ん坊に対する権利を主 張しなかった。父親を一層美しくした妖精のような彼女の可愛さが怖かった も説得性に乏しく、

夫であり、キャロラインの父親についても、美男子で放蕩癖があり、腹黒く残忍であった、という プライア夫人の言葉はリアリティに乏しい。「淀んだ状態」から救出する必要性を追求しながら、

作者は仕事を与えることによってではなく、娘としての新しい関係性を与えることによって治療す る。「キャロラインはその夜母親の腕に抱かれ、胸にもたれて、安らかに眠った」(24 章)と表現

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されるように、彼女は赤ん坊へ退化したかのようであり、「世の父親への訴え」はこの地点で後退 させられている。

6.「飼いならされた馬」  退行するヒロイン

 シャーリーを結婚させようと説得にやって来た叔父シンプソン一家がフィールドヘッドに滞在す ることになり、息子ヘンリーの家庭教師としてロバートの弟ルイも同居することになる。かつて シャーリーの家庭教師でもあったルイは、控えめに日々の務めを果たしながら、美しく成長した元 の教え子に魅せられていく。ルイについて労働者ファレンは、「あの人は本当の紳士だ」と評し、

牧師であるホール師は、「ケンブリッジを卒業して以来会った中で、一番優れた人物だ」と称賛す る一方で、シンプソン家の娘たちやシャーリーにとって、ルイは単なる住み込みの家庭教師にすぎ ず、一人の紳士、一人の男性とはほとんど認められてはいない。作者は主として、ルイの独白や、

彼の記すノートを通して、身分の違いを強く意識しながらも、シャーリーへの思いを止めることの できない彼の心理を描いている。

 キャロラインがロバートへの思いを遂げられずに「病」を募らせていく一方で、シャーリーも不 思議な「病」にとりつかれるのは興味深い。ルイがヘンリーに指導するフランス語のレッスンに シャーリーも参加していくなかで、彼女の顔や態度に奇妙な翳りがつきまとうようになる。彼女の 顔は細く、暗くなり、大きな輝く目は窪んで見えるのであり、死に至る病に取り付かれたかのよう に遺言状を作る。ヘンリーから彼女の様子を知ったルイが問い詰めると、シャーリーは彼女への求 婚者の一人サム・ウィン家の、狂犬病の疑いのある飼い犬に腕をかまれ、とっさに焼いたアイロン を腕に当てたことを、告白する。これは作者の妹エミリィの実体験に基ずくのであり、又その告白 はシャーリーとルイの心理的距離を縮めることになる。捕らえることも、飼い慣らすことも出来な い、雌豹のように自由なシャーリーと、「僕の雌豹」と呼び、捕獲しようとするルイの関係は、

キャロラインとロバートの関係の逆転である。

 一方、シャーリーへのロバートの求婚が金目当てであることを知る彼女は、彼の話し方が彼女の 財布を要求する山賊みたいだ、と述べ、更に、「あなたのモレクの神(フェニキア人が子供を人身 御供にして祭った神)であるあの工場のために私を生贄として捧げようとするのね。」(30 章)と 批判し、彼の求婚を拒絶する。シャーリーと貧しいルイの結婚は小説の冒頭でマロウンによって表 され、ロバートが賛同した結婚観を象徴的に覆す。しかしその過程におけるシャーリーの言葉や態 度は、キャロラインとの友情において示された革新的ヴィジョンとは矛盾している。権威ある古典  聖書、ミルトンの詩、全人類の母であるイヴ についてのシャーリーによる書き直しは、新たな 視点による、女性の可能性への発展的解釈であったからだ。

 シャーリーはヘンリーのフランス語のレッスンに同席し、彼の求めに応じてルイの後について、

かつて暗誦した「飼い慣らされた馬」を、ルイそのままの口調、アクセント、発音、表情どおりに 再現して暗誦する。ルイの言語支配により、シャーリーの革新的ヴィジョンはフランス語テキスト の中へと埋め込まれ、鎖さえも食いちぎる雌豹は、魔術にでもかかったかのように「飼い慣らされ

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た馬」へと変身していくことが示唆されている。

 狂犬病の疑いが消え、シャーリーが健康を取り戻し、元気になったのは、ルイが手を尽くして不 安と恐怖を取り除いたからだ、と語り手は語る。ファレンが彼の家族や病気のキャロラインを母親 のように優しく世話するように、足の悪い教え子ヘンリーやシャーリーに保護者のように接する

「男家庭教師」ルイの態度に、男と女の領域の境界を取り払おうとする作者の意図が垣間見える。

ルイによる捨て身の愛の告白に心を動かされ、シャーリーは彼との結婚を承諾するのだが、重大な プロポーズの場面はもっぱらルイの言葉で詳述されている。彼との対話のなかでシャーリーは、

「私は自分の飼育者を知っていて、その人に慣れているから嬉しいわ。その人の声にだけついてい くし、...その人の足元にだけ休むの。」(36章)と述べるが、その言葉に読者は驚きを禁じえないで あろう。それは、赤子のように母の胸に抱かれて眠るキャロライン同様に、幼児へと退行した者の 言葉のようであり、誇りと責任を抱いて、自立して生きてきたシャーリーの言葉とはとても思えな い。彼女が主体性をルイに譲り渡すことを始めたのは、あの「病」においてであったと思われる。

シャーリーのミドルネームが、ヘルストンの無為のまま憔悴して亡くなった妻の、結婚前の姓と同 じケイヴであることは、シャーリーの退行を象徴的に示唆していると思われる。

 長期間不在の後戻ってきたロバートはヨークに、「バーミンガム、ロンドンにいる間に現実を見 つめ、この国が現在抱えている困難な状況の原因を遡って綿密に考えてみた」(30章)と語る。貧 しき者とキャロラインのように仕事も無く、家の中で心身を衰弱させていく女性たちとの間の相似 性を目撃することにより、これ迄の彼の利己的な態度や行為が「カインのよう」であり、彼の兄弟 とみなすべき人々に飢えと絶望をもたらしてきたことを悟る。しかし作者はロバートがどのような 現実を見つめてきたのか、具体的に詳述してはいない。彼は狂信的な道徳律廃棄論者である紡績工 マイケル・ハートリーによって狙撃され、重傷を負うが、これは犯した罪への復讐者による懲罰と 言えるであろう。4 人の主人公全てが「病」に冒されることになる。(ルイは、貧しい家庭を訪問 して熱病に一時期かかるが、これはシャーリーへの求婚者が次々と数人現れることによる心理的傷 害と関連するかもしれない。)

 1812 年 6 月、「枢密院例」が撤廃され、供給過剰のため滞っていた商品が市場にスムーズに流通 するようになり、ロバートの工場は破産を免れる。半年後、健康を取り戻した彼はキャロライン に、これ迄の自己本位な考え方や態度を反省し、自分のせいで患った「身体と心の病」に謝罪し、

彼女に求婚する。結婚市場においても滞っていた二組の結婚が成立するのであり、これは又「新興 の産業実力者と地主階級との結合」9)となる。

 この小説においては、英国や大陸を取り巻く時代の変動による社会不安と未婚女性の生理的、心 理的健康の問題が融合しており、産業主義と失業によって生じる問題の議論は、互換的に身体、心 理への脅威、即ち「病」について語ることになっている。しかしこの小説が提示する父権社会にお ける「女性問題」に、作者は未回答なままである。中産階級の女性の、家庭と結婚の外での仕事を 要求する姿勢をとっている一方で、若い未婚女性であるキャロラインのディレンマヘの解決を作者

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は何も与えていない。主権を夫に譲り渡したシャーリーと共に日曜学校の運営が予定されているだ けである。結婚に代る、独立した女性の仕事の実現を作者は、母親に謀反するヨーク家の娘たちに 託すが、妹のジェニィは死で終わり、姉のローズは外国で孤独な生涯を終えている。10)

 50 年後のフィールドヘッドの谷間では、多くの労働者を雇い、工場を拡大すると言うロバート の予言が一部実現されている。かつての緑に輝く、寂しい野生地が今では、「頑丈な石とレンガと 灰」の形で実現した姿となり、「燃え殻を敷いた黒々とした街道と庭つきの家並みが続き、又巨大 な工場と、バベルの塔さながらに意欲的な煙突も見えた。」(37 章)と語り手は語っている。自然 環境の変貌は醜いとさえ言えるのであり、バベルの塔への言及は、産業発展のもたらす不協和音と 混乱を暗示していて不吉である。この最後の場面の意味については、作者は読者の判断に任せてい るようだ。谷間の妖精の噂を聞いても、それを見たと言う人の話をもはや聞くことはないのだ。

  〈故近藤いね子先生をお偲びして〉 

1)Gaskell 298.

2)Lamonica 163.

3)Brontë以後引用箇所は,引用文の末尾にテクストの章で示した.

4)Bodenheimer 37.

5)Shuttleworth 183.

6)キャロラインの「病」についての描写は,‘female economy’についての,ヴィクトリア朝の医学記 事の言語と診断に従っている.Shuttleworth 186.

7)1851年のコンセンサスによると,女性の総数は男性のそれに約51万人上回っていた.

『ヴィクトリア時代のイギリスにおけるフェミニズムと家族計画』(パンクス夫妻著,1964)による と,15 歳以上の独身女性と独身男性の差,即ち,配偶者を持たない,或いは持つ見込みの無い女 性数は72,500人から125,200人へと,20年間で72.2%増えている.川本 14-15.

8)又,当時の骨相学者 George A. Combe は,女性の教育を推進し,変革しようとしたが,シャーロ ットはそのような仕事に影響を受けた.小説中のキャロラインについての議論は,骨相学的言語に 頼っている.Shuttleworth 184-5.

9)Eagleton 60.

10)シャーロットの友人 Mary Taylor がローズのモデルとされている.実際には Mary は 1845 年に ニュージーランドへ移住し,家畜の売買や衣料品店経営に従事し,エネルギッシュに活動した.

Shuttleworth 193.

1)Bodebheimer, Rosemarie. The Politics of Story in Victorian Social Fiction. Ithaca and London :  Cornell UP, 1988.

2)Brontë, Charlotte. Shirley. 1848. New York : Oxford UP, 1979.

3)Eagleton, Terry, Myth of Power, A Marxist Study of the Brontë. 1975. London : Macmillan Press,  1988.

参考文献

(13)

4)Gaskell, Elizabeth. The Life of Charlotte Brontë. 1857 ed. Jay, Elizabeth. London : Penguin 1997.

5)Gilbert, Sandra M. & Gubar, Susan. The Madwoman in the Attic. New Haven and London : Yale  UP, 1979.

6)Ingham, Patricia. The Language of Gender and Class : The Transformation in the Victorian Novel. London : Routledge, 1996.

7)川本静子『ガヴァネス(女家庭教師)』東京:中公新書,1994.

8)Lamonica,  Drew.  “We Are Three Sisters”, Self and Family in the Writing of the Brontë.    

Columbia and London : U of Missouri P, 2003.

9)Shauttleworth, Sally. Charlotte Brontë and Victorian Psychology. Cambridge : Cambridge UP,  1996.

参照

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