[r.ptc]
Mahopadanasuttanta
aC
its
VJ
6
UgFHlllve
K
ny
ts
The
Four
Excursions
in
the
Mahlipadanasuttanta
'Amano,
Shin
The
purpose
of thispaper
is
topoint
out thatthe
Mah`iipadanasuttanta
(=ILcL4P;
Skt.
Mbhavadanasfitr"a;
Chinese
versionJ)k
ztsnc)
is
the
fundamental
source ofthe
fbur
excursionsin
variousbiographies
ofthe
Buddha.
The
four
excursions are represented as the central
factor
in
Buddha's
renunciation.On
the
otherhand,
2L4AP
is
abiography
of the sevenfbrmer
Buddhas
whichincludes
thefbur
excursions.A(L4P
is
the
only text whichpreserves
thefbur
excursionsin
the
fbur
IViktiyas.
Takamichi
Fukita
arguesthat
A(L4P
fixed
the concept of "the commoncareer
fbr
allBuddhas"
by
placing
it
withinthe
ideology
ofthe
Seven
Former
Buddhas.
Through
a close examination ofAcL4P,
it
is
shown thattheGod
in
the
Heaven
of thePure
Mansion
knows
in
detail
"thecommon career
fbr
allBuddhas."
Therefbre
thelater
Pali
commentary Mbhopacldnasuttanta-a.t,thakatha- explains the situation of thefour
excursions asbeing
produced
by
theGod
in
the
Heaven
ofthePure
Mansion.
A
similardescription
is
handed
down
conceming thefbur
excursionsin
the
AJidZinakathj
asthe
Buddha's
biography
in
theTheravada
tradition.
In
thisconnection, the
IVidanahatha
refersto
the
four
excursions as aquotation
from
AtL4P.
In
addition, this case appearsfrequently
in
Nonhern
Buddhist
textswhich contain
the
Buddha's
biography.
Thus,
it
canbe
saidthat
thedescriptions
of thefbur
excursionsin
variousbiographies
ofthe
Buddha
presuppose
AcL4P
andits
Sanskrit
andChinese
versions.As
a result theGod
in
the
Heaven
ofthe
Pure
Mansion
in
A(L4P
is
presented
asaguide
fbr
Buddha's
renunciation.2
パ ーり学 仏 教 文化 学は じめ
に種
々 な る仏伝
テ キス トに伝
承さ れ る 「四門 出遊」 は, 釈 尊に出家 を決意さ せ るエ ピ ソー ド と して知 られて い る。 仏伝に含ま れ る釈 尊の 事 蹟につ い て 考 察 す る際 初期仏典 所載の関連記 事が 重要な資 料 と な る。 そ こ で本稿
で は, パ ー り長部
に 収 録さ れ るMahdpada
’nasuttant α(
以下ftLdP
と表
記す る)
ω およ びそ の対 応 諸 本に お ける 「 四門 出 遊」 につ い て検 討す る。ILL4P
で は , 釈 尊 で は な く, 過 去仏の 事 蹟 とし て 1 四 門 出遊」 を描い て い るの が特徴
となる。 こ の こ とに留意 して , 本 経が, 仏 伝テ キス トに 記 載される 「四門出
遊 」 の素
材 となる内容を もつ 文 献で あ る こ と を指摘す る。1
.Maha
ρadanasuttanta
につ い て まず,jLL4P
の 内容 ・構 成を簡 略 的に示 して お こ う。〈1 >
比丘 たちの 間で 前生に関
する法話
が起こ る。 それ に答
える形で,釈 尊 が, 過 去 六 仏(
ヴィ パ ッ シ ン, シ キ ン, ヴェ ッ サ ブ ー, カ クサ ン ダ , コ ー ナーガマ ナ , カ ッ サパ)
お よび釈尊 自身
の 出 現 し た時代(
劫)
, 出 自, 姓, 寿命,菩
提樹
, 二 大弟
子, サ ンガの構成
侍者
, 父母, 王都の 名称 を, 比丘 た ちに述べ る 。(
以下
こ の箇
所 を 「七仏
の事 蹟 」 と呼ぶ。 )こ の あ と, 一 度,釈
尊 は比丘 たちの前
か ら去 る。<2 >再
び現れ た釈 尊は, 第 一 仏で ある ヴィ パ ッ シ ン仏
の伝記
を,比
丘た ちに語
り始
め る。(
以下 こ の 箇所 を 「ヴ ィ パ ッ シ ン仏伝
」 と呼ぶ)<3 >
浄居天 の 神が ,過 去 仏の 事 蹟を釈 尊に報 告す る。(
以 下こ の箇
所を 「浄居 天の 神の 報 告」 と呼ぶ。)
上記の如 く,i
「七仏の 事 蹟 」 →ii
「ヴィパ ッ シ ン仏伝」 →hi
「浄 居 天の 神の 報 告」 とい う構 成 となっ て い るω 。「ヴ ィ パ ッ シ ン 仏伝」 に は, 菩 薩の 誕生, 四門 出遊, 出家,成道 ,梵天勧 請, 初 転 法 輪, サ ンガ の 成立, 波 羅 提 木叉 の 誦 出 ・
制
定が記さ れてい る(3) 。Maha’padanasuttantaに お ける四門 出 遊 3
MAP
お よ び対 応す る諸本 との 比較 研 究か ら, 「浄 居 天の神
の報
告」 は, 本来
は 「七 仏の事蹟
」 の直
後に位置
する もの で あ り,i
「七仏
の事蹟
」 →ii
「浄
居天 の神
の報告
」 とい う構成
の文献
が,現
行のIUL4P
Wt
纂
以前に存 在 し, 後に 「ヴィ パ ッ シ ン仏伝
」 が挿
入さ れ た こ とに よっ て,現在
の構成
となっ た こ とが指 摘されてい る(4)。吹田隆道 氏は, 従 来 「釈 尊の教 法に永遠性を持た す ため に過 去仏を紹 介す るもの 」 とみ な さ れ てい た
1map
お よび対
応諸本
に つ い て , 「本経
が 具体化
し て い く七仏自
体に何 らかの展 開を もた ら す もの 」 とい う新た な見解
を示 し た(5)。 そして, 「七仏の 事蹟
」 に よっ て, 「すべ て の ブ ッ ダの生涯に は共 通す る事 項が ある」 とい う法 則が構 築 され, そ れは 「すべ ての ブッ ダの 生涯は共 通 す る」 とい う考え に発 展 して い き, ブ ッ ダた る もの の さ ら な る前 例 と し て , 「ヴ ィ パ ッ シ ン仏 伝」 が付け加 え られ た こ とを明らか に した(6)。阿含 ・ ニ カ ーヤ などの 初 期 経典 に おい て は , 全生涯を描 く仏 伝は存 在 しな い 。 ある程 度 まとまっ た もの もあるが, すべ て, 断 片 的に釈 尊の事 蹟を語 るもの である(7)。 その理
由
は,経典本来
の役
割を考慮す れ ぼ 自明の ことで あ る。 こ れ らの文献
は,仏
伝を描 くこ とが 目的で はな く, なん らかの 教 義を示 す こ と が 目的で あっ て , 物 語の 状 況設 定の た め, 釈 尊の 生涯の 一部が語 ら れ てい るにす ぎない の で ある(8)。 そ し て, 阿含 ・ニ カーヤ お よび律 蔵な どに含 まれる釈 尊の 生涯に お ける重 要 事 蹟が集成
されて, 全生涯を描
く体 系 的な内
容の 仏伝が 出現 するの は,2
世 紀 位まで待つ 必 要が ある と考え られて い る (9) 。MAP
お よび 対 応 諸 本が伝 承 する過 去 仏の 伝 記 は, 断片 的な仏伝
しか存
在 しない 阿含 ・ニ カーヤ の なか にあっ て , き わめて ま とまっ た仏伝
の体 裁 を も っ もの となっ て い る。 その た め本 経は,仏 伝 研 究に お い て 以前か ら重 視 さ れて きた。 とくに問
題 となっ たの が, 過 去 仏の 伝 記で ある 「ヴ ィ パ ッ シ ン 仏伝」 が, 仏伝の 模 倣で あるの か否かにつ い て で ある (10) 。 筆者は別稿に て , 「 ヴィパ ッシ ン 仏 伝」 に含まれ る過 去 仏の 事 蹟に よ っ て, 仏伝 の模 倣で ある もの と, そ うで ない もの が あるこ とを指 摘 したが, いず
れに せ よ, 本 経 と仏伝
との関連性
は,全 生涯
を描
く仏伝
の成
立過程
を検討
する うえで重要
となろ4 パ ーリ学 仏 教文化 学 う
q1
)。本 稿で , まず確 認 して お き たい こ と は, /
tL4P
に おい て , 「釈 尊 は どの よ う に して 過 去仏
の事蹟
を熟
知 して い た の か」 とい うこ とで あ る。 これ につ い て は,本
文中
に 比丘 た ちが抱い た疑 問 と して明記さ れて い る(
2LL4P
,pp
.8
−9
, ?ma
V
,pp
.30
−34
,『大本 経』p
.lb)
(12)。 その 比丘 た ちの疑 問
に対
す る, 釈 尊 の 回答
の 一つ が, 「神た ちが釈 尊 に過 去仏の存 在を 告 げた た め(
Auap
,p
.10
,MA
V
,p
.34
,『大 本 経』p
.lb
−c)」 とい う内
容 となっ て い る(13〕。MAP
の 最後に は 「浄居天 の神の報 告 」 が あ る(
ILL4P
,pp
.50
−54
,Adi4
V
,pp
.158
−169
, 『大 本 経』p
.10b
−c)
(14)。 こ こ で は, 以前に釈 尊が五浄 居天(
ア ヴィハ , ア タ ッ パ , ス ダ ッ サ ,スダ ッ シ ー, ア カニ ッ タの五 天)
へ 訪問
し た と きに面
会 した浄居 天 に 住 む神た ちが , かっ て , ヴ ィパ ッ シ ン 仏をは じ め とする過 去仏の 弟子で あっ た こ と が述べ られる 。 そ して彼 らは,梵行をつ とめ た結 果,浄 居 天に生 ま れ か わっ たの だ とい う。 そのため, この 神た ちは, かつ て の 師で あっ た過 去仏
の事 蹟を, 釈 尊に伝
え るこ とが可 能 となるの で ある。以 下に挙 げる
【
資 料1 】
は,浄 居 天の 神たちが, 「七仏
の 事 蹟 」 に も記 載 さ れ るヴ ィ パ ッ シ ン 仏の生 ま れ た時代, 出 自,姓
,寿命
,菩
提 樹, 二 大弟
子, サ ン ガの 構 成,侍者
, 父母, 王都の 名 称を, 釈 尊に報
告し たあ との 記述 となる。 【資 料1
】Vipassissa
marisabhagavato
arahato samm 五一sambuddhassa evaM abhinilkkha
−manarp ahosi , evam
pabbajja
, evaMpadhanam
, evam abhisambodhi , evaMdha
acakka −pavattana
卑.Te
mayarp m 五risaVipassimhi
bhagavati
brahma
−cariya 甲 caritv 蕊
k
琶mesuk
亘macchanda 卑 vir再etv且idh
’upPanna ti.
(
M4P
,P
.51)
「尊 者 よ ,阿 羅漢で あ り正等 覚
者
で あるヴィ パ ッ シ ン世 尊の出家
は こ のよ うで あ りま し た。 出家生 活は この よ うで ありま した。 努力 はこ の よ う
で あ り ました。 正覚は こ の よ うであ り ま した。 転 法輪 はこ の よ うで あ り
ま した。 尊 者よ, こ の
私
たち は, ヴィパ ッ シ ン 世 尊の も とで,梵
行をつMaha’padanasuttantaに おけ る 四門 出遊 とめ,
様
々な欲楽
へ の貪
欲を断
ち, こ こに生ま れ変
わっ たの です」 05
とこ の記 述 か ら,
ILC4P
に お い て釈
尊が語
る過 去仏
の事蹟
は,浄居
天の神
か らの報
告 内容
に基づ い て い る設定
で あるこ とが 理解で きる(15)。パ ー リ註釈 書で も, 本 経にお け る浄 居天の
神
の重要性
は認知 さ れて い る。 以下
に挙
げる【
資料 2 】
は, 「七仏
の事蹟
」 に対
す る註釈箇
所の もの であ る。【
資料 2 】
Kim
pan
’ eU 毋Buddh5narp
yeva
pakatarp
hoti
:Imasmilp
kappe
ettak5Buddh
奇upPanma va upPajjissanti
ti
, va udahu afifiesampi
pakatarp
hoti
ti?Afiiiesam
pi
pakatalp
hoti
. Kesalp ?Suddh
’ 巨v蕊sa−brahm
珈 a珥.(Sumarigalcn
,il
δsini, vol .
2
,PTS
,P
.411
) (16>し か し 「こ の
劫
に は これ だ けの諸仏
が出現 し てい る 」 とか 「出現 するであ ろ う」 とい うこ とは ,
諸仏
にの み あ き ら かで あ る の か , あるい は,他の
者
た ち にも あ き ら かで ある のか。 他の者た ちに もあ き らか で ある。誰
に で あろ うか。 浄居の
梵
天たちに で ある (17) 。?
U
(4P
と同じよ うに, 神々 が過 去仏たちにつ い て 語る とい う形 式の 記 述は, パ ー リ相
応部
にも見出
す こ とが出来
る(18) 。こ こ まで の 内
容
の要点 を ま とめれ ば ,以 下の 二 点となろ う。 ・ILL4P
にお い て 「すべ て の ブッ ダの生 涯 は共
通す る 」 とい う概念
が確
立 さ れ た。 ・すべ て の ブッ ダに共 通す る生 涯の内
容を , 具 体 的 に熟 知 して い るの は,iwap
の末
尾に登場 する浄居 天の 神で あ る。以 上,
A
(4P
につ い て , 「浄 居 天 の 神 の報告 」 の重 要 性を中心 に確 認し た。 こ の こ とは,種
々 な る仏伝
テ キス トに伝承
さ れ る 「四門出遊
」 の内容
に深 く関
連す る。 そ れ につ い て は次章
で検 討す る。6
パ ーリ学 仏 教 文化 学2
. 「四 門 出遊
」 と浄 居
天 の神
「四門
出
遊 」 とは,釈 尊が出 家 す る以前の 太子時
代,自
身の都
の 東 ・南
・ 西 ・北
に あ る四つ の 城 門よ り御 者 と とも に外出
した際
それ ぞ れの 門外で , 老人 ・病
人 ・死人 ・出家 者に 出会っ た こ とか ら,出家 こ そ が ,老 ・病 ・死 と い う苦か らの 解 放につ なが る と認 識 し , 自身
の 出家を決 意 するエ ピソ ー ド の こ とで あ る。 その ため, 多 くの 仏伝
テ キス トが, 出家 記 事の 前に , 「四門出
遊」 を配置
す る構 成 と な っ て い る(19)。 「四 門 出遊 」 の 成立 につ い て は, 阿 含 ・ニ カ ーヤ に ある , 釈 尊の 出 家以前の生活が, 富 裕で は あっ たが, その中
で老
,病
死の 逃 れが た き事 実に恐怖
す る とい う記 事が素材
に な る もの と見 なさ れ て お りく20), こ れ らが原型 となっ て,後 世に四門出
遊 は定型化さ れ た よ うで ある(21)。 その た め か, 現存の 阿含 ・ニ カーヤ に は, 「四門
出遊 」 は ほ とん ど見 当た ら ない 。 し か し,ILL4P
お よ び対応 諸本に は, 過 去仏の事 蹟と し て の 「四門 出遊」 が等 し く含ま れて い る (ILL4P
,pp
.21
−30
,lt
¢4
V
,pp
.94
−118
,『大 本経 』pp
.6a
−7a)
(22)。 パ ー リ の 四部ニ カーヤで は, 「四門 出遊 」 は,AL4P
にお け る用 例の み のよ うであ る(23)。そ して , パ ー リ伝承 の
仏伝
テ キス ト として ひろ く知 られる ジャ ー タカ註釈 書 のNi
『ddinakathdi
に も 「四門 出遊」 が記載 され て い るの だ が, こ こ で の 「四 門 出 遊」 は,IULdP
か らの 引用であ る こ と が明記さ れて い る( 24) 。 ま たこ こ で は, 神た ち が, 成道の前 兆 と して, 意図 的に老 人を作 り出 して釈 尊に示 し た こ と が記さ れて い る。 そ れ が以下に挙 げる【
資料
3
】
となる。【
資料 3 】
Devat
蕊Siddhatthakum5rassa
abhisambujjhanak 百lo
五sanno,
pubbanimittam
dassessama
’tiekapa
devaputtam
jar5j
ajj ararpkhandadantam
pa
夏itakesa
珥varpkarp obhaggasarirar ロ
da
取ζlahatthar
ロpavedhamanam
katv
五dassesurp
,Talp
Bodhisatto
c’ eva s巨rathi capassanti
.Ta
耄oBodhisatto
sarathirp samma ,ko
n五m ’ esapuriso
,kes
且pi
’ssa na
yath
互 afifiesanti
Mah
展pad
巨neAgatanayena
Maha ρadjnasuttanta に おける 四門 出 遊 7
jara
pafifiayissatTti
samviggahadayo tato vapatinivattitva
pasadam
eva abhirnhi .(/
ataka
, voLl
,PTS
,p
.59
)神
た ち は, 「シ ッ ダッ タ太子
の成
道の と きは近い 。[
成 道の]
前 兆を われ らが 示 す こ とに し よ う」 と, あ る天子を, 老い朽
ちて , 歯が抜け, 髪が 白く, 曲が っ て , い たみ き っ た身体で , 杖を手に して , お そ れ震えて い る者
に作
り出し て示 し た。 それ を菩 薩 も御 者 も見たの で あ る。 その た め,菩
薩が御者
に 「これ, こ の 人は何 とい う者で ある か。 彼の 髪は, 他 の者
た ちの とは違っ て い る」 と,『マ ハ ーアパ ダー ナ[
経]
』 に述べ られ てい る とお りに質 問 して, その[
御者
の]
返答
を蘭
く と, 「あ あ , 生 ま れ るこ とはなん と厭
わ しい もの か。 実に生 ま れ た もの に老い が認め られ る とは」 と, 心 も乱れ ,その 場 か ら 引 き返 して宮
殿 に あが っ て しまっ た。こ の あ と,
病
人, 死 人,出
家者
につ い て も, 同様
の こ とが順 次 述べ られて い る(
海 ’α , vol .1
,PTS
,p
.59)
。Nidjnakathdi
に記載 さ れ る【
資 料3
】の 内容 は,1map
にお ける 「浄居天
の神
の報告
」 と深
く関
わ る もの とな る。aUP
の 註 釈書
に は, 浄 居 天の神
が担
う重要
な役割
が記
さ れて い る。 以下 に挙
げる【
資料
4
】
は,AL4P
所載
の 「四門出
遊」 に対す る註釈箇
所 とな る。【
資 料4 】
Disvd
ti addha −y
〔)jana
−yojana
−ppama
加enabala
−kayena
parivuto
susa 珥vihit’tirakrkho
pi
gacchanto
yads
rathopurato
hoti
paccha
balakayo
, t且dise
okasesuddh ’
av亘sa−
khip
’ 五sava −brahmehi
attanoanubh
奇vena rathassapurato
vadassitam
tampurisa
甲passitv
巨.Suddh
’iv5s
五kira
:Mahapuriso
partke
gaj
oviya
paficasu
k
巨ma −gunesu
laggo
, sati卑 assa uppfidessam 亘ti
, naMdassesUm
.Evarp
dassitafi
ca namBodhisatto
c’ evapassati
s巨rathi ca.Brahm
亘nopi
hi
Bodhisattassa
appamfid ’attham s且rathissa cakath
五一sall盃p
’ attham ta卑dassesurp
,(
Suma
カgalavildisini
, voL2
,PTS
,p
.455 )
「
[
老
人を]
見て」 とは ,
半
ヨ ージ ャ ナにわ た る軍 隊
に囲
ま れ, よ く整 えパ ーリ学 仏 教文 化 学
8
の よ うな
場
所で ,浄 居の 漏尽 者で ある梵
天た ち が自
身の 威 力によっ て車
の 前に示 した, その人
(
老
人)
を見て , とい うこ とで あ る。 伝え に よれぼ,浄居 の漏 尽 者た ちは,「大士 は泥の
中
に い る象の よ うに, 五種
の妙
欲
に執 着
して い る。[
我々 は]
彼 に念を起 こさせ よ う」 とい うこ とで ,そ れ
(
老 人)
を示 し た とい うの で あ る。 こ の よ うに示 さ れ たそ れ(
老人
)
を,菩 薩 と御 者の み が見るの で ある。 な ぜ な ら,梵
天たちは,菩薩
の 不 放
逸
の ため に, そ して ,御者
との会
話の た め に, そ れ(
老人)
を示 した か らで ある。」[ ∫δ
kho
tipubbe
−vutta−nayen ’evaSuddh
’亘vasehidassitarp
addasa ,(&ぜ用 αカ
g
α1
αv 畝73
勿4vol
.2
,PTS
,p
.456
)「見た
」 とは,先に述べ ら れた佳 方で,浄 居た ちに よっ て , 示さ れ た も
の
(
病 人)
を見た[
とい うこ とであ る]
。Kdla
−lcatan
ti
kata
−kElarp
,
yattakarp
tenak51am
jlvitabbam
, tarp sabbamkatv
匪nitthapetva , matan ti attho.Imam
pi
’ssa
purima
−nayen ’evaBrahmEno
dassesurp
.(Suma
カgalavildisinZ
, vo1 .2
,PTS
,p
.456
)亡 くなっ た人と は, [命ある うちの
]
時 間をお え た人 の こ とで あ る。 生き られる だ けの 時 間の全て を過ご して , 終了 させ た死 人 とい う意味で あ
る。 これ も また, 先の仕 方 で,梵天 た ちが, 彼に
[
死人 を]
示 したの である。
Bha
”dun
ti mupda 珥.Imam
pi
’ssapu
エima
−nayen ’ evaBrahm
言nodassesulp
.(
Sumarkgalavila
−sini, vol .2
,PTS
,
p
,456
) 「禿頭
の 人 を 」 とは,剃 髪 し た 人を とい うこ とであ る。 これ も ま た ,先 の 仕 方で,梵天 た ち が ,彼 に示 し た の で ある。 こ の よ うに, 「四門 出遊 」 の 状況 は, 浄 居 天の神た ちが, 意 図的に作
り出Maha’paddinasuttantaに お け る 四門 出遊
g
し た もの で あ るこ とが明確
に記
さ れてい るの で あ る。【
資料 3 】 【
資料 4 】
と もに,1
畷P
にお ける 「浄居天 の神の報 告」 が前 提 となっ て い る。【
資料
4
】
は, 過 去 仏で あ るヴィ パ ッ シ ン仏
の事蹟
につ い て の説
明で あ る た め, こ こ に登 場す る浄居 天の神
は,当
然, 過 去世
に お ける浄
居天の神
とい うこ とにな る。 その た め複 註に は以下の 説明が あ る。【
資料
5
】
Suddh
’δvδ5々ti
Siddhatth
’巨dinam
tinnam
Samm
琶sambuddh 亘nam sasanebrahmacariyarp
caritva suddh ’ 蕊v5sabhUmiyarp nibbattabrahm 珈 o.Te
hi
tada
tattha ti杖
Lanti
.(
D
碧乃α切切 α鐸乃αんα疏{彰跳δLTnatthava
ワηan δ, voL
2
,PTS
,p
.58)
「浄居
[
の神]
た ち」 とは, シ ッ ダ ッ タ を初
め とす る 三 人の正等 覚 者の教 えの も とで
梵行
を行
ない ,浄
居の 地 に生 まれか わ っ た梵 天た ちで ある。 なぜな ら,
彼
らは, その と き, そ こ に とどまっ てい た か らで あ る。上
記
の説
明にあ るシ ッダ
ッ タとは, パ ー リ註 釈書
に ある過 去二 十 八 仏の う ちの シ ッ ダッ タ(
第十
九 番 目の 過 去 仏)
の こ とで ある。(
Sormaitgalavila
− sini, voL2
,PTS
,p
.411
)ま た
M4P
の 「四門 出遊」 につ い て , 註 釈書 は以下の説 明 もする。【
資料 6 】
Im
百皿i
ca cattaridisv
蕊pabbajitabbam
n且ma sabba −Bodhisatt
且nalp valpso vatanti
yeva
pave4i
yeva
.Afifie
pi
caBodhisatt5
yatha
’ya
珥Vipassi
kUrnaro
evamcirassarp cirassam
passa
皿ti
.Amhakarp
pana
Bodhisatto
cattaripi
eka −divasa
珥yeva
diSvE
Mahabhinikkhamana
nikkhamitvaAnoma
−nadT −tire
pabbaj
ito
.
Ten
’evaRajagaham
patva
, tattha rafifi且Bimbis5rena
:Kim
−atthampapdita
pabbajito
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aha:
Jippa
且cadisv
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μ
Mata5
cadisv
訌gata
噸yu
−safikhamKasaya
−vattha 即pabl
)ajitafi ca (lisva
,10
パ ーリ学 仏教 文 化 学Tasm
蕊aha 叩pabb
団ito
’mhi r
勾5ti
.(
Sumangalavildisim
“”, vol.2
,PTS
,p
.457
)これ らの 四 を見て出家 すべ き と は , ま さに, すべ て の 菩 薩た ちの 伝
統
であ り,伝 承で あ り, 習慣で あ る。
他
の菩薩
た ち も, この ヴ ィ パ ッ シ ン太子 の ように, その ように, 長い
間
, 見るの で ある。 た だ し, わ れ わ れ の菩薩 (
釈 尊の こ と)
は, 四 を わずか 一 日の うちに見て , 偉大 な る踰 城者は, ア ノーマ ー川の 岸辺で 出家して,出家 者 となっ たの で あ る。 その た
め ラージ ャ ガ ハ に到
着
す る と , そ こ で ビ ン ビサ ー ラ王 に , 「賢者よ, なぜ 出家 者 とな っ た の で す か ?」 と問わ れ , [以下の よ うに
]
答え たの で あ る。「苦しむ老人 , 病 入を見て,
寿命が尽 きた死人 を見て ,
袈 裟衣の 出家者を 見 て ,
王 よ, そ れ が 理
由
とな1
) , 私は出家し ま した」 と。 ( 25)こ の 記 述 に は,
A6
〈P
で構
築 され た 「すべ ての ブ ッ ダの 生涯は共 通 する」 とい う概 念が含
まれて い る。ニ カー ヤ に お ける 「四 門 出遊」 の 用 例 の 状況 お よ び
【
資 料3
】 【
資料
4
】
の 内容か ら, 上座 部大寺
派で は, 完全 な形の 「四門
出 遊 」 は,MAP
におい て確
立さ れ, その後
, 釈 尊の事 蹟 として 仏 伝に組
み込 ま れて い っ た もの と考
え られ る(26)。 さ らに 【資料6
】は, 同部 派で は, 「四 門 出遊 」 が , すべ て の ブッ ダに共 通 す る生 涯の事蹟 とし て位置
づ け されて い た こ とを示 して い る。一
方
,北伝
の仏伝
テ キ ス トに 目 を む け る と,実は多 くの 文 献の 「四門 出 遊 」 に お い て, 浄 居 天 の 神が, 老人 ,病
人, 死人, 出 家者
を意 図 的に作 り出
して,釈 尊 に示す とい う記 述が存在
す る(27)。 そ れは, 廨 vα伽 凶 ,L
・lit
・vi・t・・a(29) ,B
・ddh
・・a・ita
(3°),S
・itgh・bh
・da
・a・tu(31) , r根本
説一 切 有 部 毘 奈 耶 破 僧 事』(32), 『修 行本 起 経 』(33),『方広 大荘 厳経』(34), 『仏所行讃
』(35), 『過 去現 在 因果 経』(36)で あ る。 ただ しSanghabhedavastU
と 『根本説
一切 有 部毘奈 耶破
僧 事』 で は, 浄居 天 は出家 者だ け を示 現 して い る。Maha−paddinasuttantaに お け る 四門 出遊 l l
【
資
料3 】
のNiddinakatha
一同様
, 「諸
天 」 「天」 に よ る作業
とす るもの に は, 『普曜
経 』(37), 『仏本 行 経 』(38)が ある。その
他
に も 「帝釈
天」 の作
業 とする 『太 子瑞 応 本起経』(39), 「仞
利天」 の作業
とす る 『異出菩
薩本 起 経』(4°)などがある。こ れ らの 仏 伝テ キス ト に は,
IL
(4P
の 「浄 居天 の神の報告 」 に相 当 す る も の は含
ま れ て い ない 。 しか し 「四門 出 遊 」 に お け る浄 居天 の神
の役
割は, 「浄居
天の神
の報 告
」 を前提
とするパ ー リ註 釈書 【
資料 4 】
と同様
と なっ て い る。MAP
の対 応諸本
とな る1ma
V
, 『大 本 経 』 『毘婆 尸 仏 経』 が北 伝の部 派 に伝 わっ て い る。 上記仏伝
テ キス トで は, これ ら諸本
お よび 同系 統の 文 献に あ っ た 「四 門 出遊」 が 引用 され た た め, 「浄 居 天の 神の 報 告 」 を前 提 とする 内容の 「四門 出遊」 となっ て い るこ とが想 定できる。第
二章
の 要 点 を以下にま とめ て お く。 ・パ ー リ註
釈書
で は,M4P
に お け る 「四 門 出 遊」 の 状 況は, 浄 居 天の 神が 作 り出 した と説
明 する。 こ れ につ い て は,Nidimakathj
に も類似
の 記 述が ある。 ・上座 部 大寺 派で は , 完 全な形の 「四門 出遊 」 は,Adep
に おい て過 去仏の 事蹟
と し て確立 さ れ, そ の後,仏 伝に も組
み込 ま れて い っ た。 ・ 「四門出
遊 」 の 状況が, 浄 居 天の神
によっ て作
ら れ た とい う記述
は, 北 伝 の仏伝
テ キス ト にも多 数 見 出せ る。 これ らは,MAV
, 『大本 経 』 『毘婆尸仏 経』 な どが基盤
とな っ てい る。ま と め
1map
と そ の 対応 諸本 は, 過 去七仏思 想 お よ びdhammata
(
skt.dharmata
,「常 法」
)
とい う用 語 を利 用 して, 「すべ て の ブッ ダの 生 涯は共通す る」 とい う概 念を確
立 させ た。 そ して , こ の 「共通の 生 涯 」 を具体
的に熟
知す るの が浄 居 天の神
とな る。 そ れは, 同経典
に ある 「浄 居 天の神
の報
告 」 の内容
か ら明白
である。 そのためパ ー リ註釈書
の段 階
になると,彼
らは, すべ て の ブ ッ ダに12 パ ーり学 仏 教文化 学 共 通の 出 家要 因 となる 「四門 出遊」 の 状 況を, 意 図的に作 りだ し, 釈 尊を出
家
へ と 「導 く」 役 割を担う存在
となっ たの で あ る(41> 。同様の 動 向は, 北
伝
の仏伝
テ キ ス ト に お け る 「四門 出遊」 にも顕 著であっ た。 こ れ らの 「四門出
遊 」 は,MA
V
, 『大 本経
』 『毘婆 尸 仏 経』 な どが基 盤に なっ て い る と考
え られる。さて , 仏伝に お ける神や悪 魔の 役 割は,
説
法勧請
や成道 場 面に おい て よ く 知 られ るが,北伝
の仏
伝テ キ ス トに は, 「 出家 踰 城」 の 場 面で , 浄 居 天 を含 む多 くの天部
の神
が ,釈 尊の 道 案 内役 と して登場す る。 ま た, こ の エ ピ ソ ー ド は ガ ン ダー ラ の仏教 美 術に も多 く現れ る ようで ある圃 。 この 「出家
踰城
」 にっ い て は ,本稿
で検
討 し た内容 と関連す る可 能性が あ るの で , 今後の 研 究 課題 と したい。 註 (1
) D 恕勿 所勧 ・α,PTS , vol .2,pp
.1
− 54.(上座部大寺派帰 属 〉 本 経に は以 下の 対 応文献が ある。 ・痂 痂 レσ慮 ηo麟 昭 (以下 ?LC4
V と表記する 。) (説 一切 有部帰 属) ・『長 阿 含 経』 巻1
「大本 経」 (以下 『大 本 経』 と表 記す る。)仏陀耶 舎 ・竺仏 念 訳(
4
ユ2
〜413
年訳 出,T1
,no ,1
, pp . lb−−IOc)(法蔵部帰属)ま た, M4P と部分 的に内容が 一 致する漢訳文 献に以下の諸本が ある。 ・『七仏経 』 法天訳 (10世 紀後半訳 出,
T1
,nQ,2
, pp .150a− 154a) ・『毘婆尸 仏経 』法 天訳 (10
世紀後 半訳 出,Tl ,no .3,pp .154b
− 159a) ・『七仏父 母 姓 字 経』 失訳 (Tl
,no.4
, pp .159a
− 160a) ・『)e
− 一阿含 経 』 巻45
僧伽提 婆訳 (397
〜398
年 訳 出,T2, no ,125 ,pp .790a
−79ib) これ らの内容 ・構 成に は異同が ある。 『七仏経 』 七仏の 事 蹟, 毘婆尸菩薩誕生 (三十二 相記 事含む) 『毘婆尸仏経 』 四門出遊 ・出家 ・成道 ・初転 法輪 ・サ ン ガの成立 ・波 羅提木 叉の誦 出 ・制定, 浄居天の 神に よる過 去仏の事 蹟の報 告 ※梵天 勧請の 記載無 し 『七仏父母姓 字経 』 七仏の事蹟の み保存 『増一阿 含経 』 巻45 七仏の 事蹟の み 保存Mahapadjn αsuttanta に お ける 四門 出遊
13
二 つ あ わ せ る とmUP
に相 当 する内容 となる 『七 仏経 』 と 『毘婆 尸 仏経』 につ い て は [岡 野 1984][拙稿 2009 ]参照。 『七仏経 』 と 『毘婆 尸仏経』 の訳 出は 10 世紀 後半とか な り遅れるが, 同時にイン ドに後代 まで存 続 してい た伝 統部 派の文献 (阿含 経)で あ る可能 性が高い。 訳 出年代は新 しい文 献で も, 内容は,部 派 内で伝持さ れ て い る古い要素が含ま れて い る可 能性が十分にある と考え ら れる。 ま たこの二経の 帰 属部派につ いて は,正量 部である可能 性が指摘さ れてい る。 匚岡野 2004]参照。
細か な 相違点はあるが,Adi4 V ,『大本 経』 と もに基本 的な内容 ・構成 は ILt4P と 同じで あ る。
ヴィ パ ッ シ ン仏 以外の過去仏の伝記が語ら れて いない こ とにっ い て, パ ーリ註釈 書で は, 本来は,七 仏 すべ て の伝 記が語 ら れて い た が,聖 典で は省 略さ れてい る と 説 明す る。
Idha
thatva
bh
互pav亘r蕊samodhanetabb 互. Imasmi 叩 hi sutteVipassiss
’ eva Bhagavatoapad 互na−vqsena tayo
bha
りav 歪br巨vut 頃. Y註tha caVipassissa
evaMSikhi
一翫dinam
pi
apadana −vasena vuttE va , p 與
iya
卑 pana sankhittE . Iti sattanna 毋 Buddh5narp vasena , amhaka 珥Bhagavat五eka −visati
bhapavar
互kathita
.Tath
訌Avihehi
Atappehi tath巨Sudassehi
tath蕊
Sudassihi
tath蕊 Akanitt.hehi
− ti sabbampi
chabbTsati−bh
巨pavdra−sata甲hoti
.Tepitake
Buddha
−vacane ailfiarp suttalp chabbisati −
bhapav
翫a−sata−parim
翫pam n巨ma n’ atthi.Suttanta
−raj anama aya叩 suttanto veditabbo .(
Sumahgalaviljsini
, voL 2, PTS,p
.480 )〈こ こで,誦 唱 分にっ い て ま とめ て お かね ばな ら ない。 こ の経で は,実に ヴィ パ ッ
シ ン世尊の アパ ダーナ の た め に , 三 誦唱分が説か れて い る。 ま た, シキンな どの ア
パ ダーナのた め に も, ヴィ パ ッ シ ン と 同様に説か れて い る が,パ ーリ (聖 典)に は 省略され てい るの で あ る。 こ の よ うに, 七 仏の [アパ ダ ーナの]ため に,わ れ わ
れの世 尊は,二十 一の誦唱分を説か れて い る の で ある。 同様に,ア ヴ
d
ハ 天の神々 も,アタッ パ 天の神々 も, ス ダッ サ 天の神々 も,ス ダッ シ ー天の神々 も,アカニ ッ タ 天 の神々 も [説い て い る か ら],全 体で百二 十六の誦唱分に なる。 仏 語で ある 三蔵に おい て ,百二 十六の量 と なる誦 唱分の 経は他に存在 しない。 実に こ の経こそ経 王で ある と知ら れるべ きで ある。〉 (
4
) [吹田1993
:277
] 参照。 (5
) [吹 田 1993:273
]参照。 この こ とは,仏 陀観の展 開の う えで 重 要 な 指摘 と なる。 仏 陀観の展開につ いて の詳細は [梶 山1996
]参照。 (6
) [吹 田1993
] [吹田2013
:65
−69
]参照。MAP
に お ける 「すべ ℃の ブ ッ ダの 生涯は 共 通する」 とい う概 念は,dhammata
(skt. dharmata, 意味は 「 法 則」。 『大本緻 では 「常法 」 と漢訳さ れる)とい う言 葉を用い て過 去仏の 事蹟を 示 すこ とで確立され
てい る。 こ の用語に よっ て, 諸仏の生 涯の事蹟が法則化さ れ る。 cf.[Rahula l974] [玉城
1977
] [岡野1990
] [拙稿2009
]14
パ ーり学 仏 教 文化 学(
7
> [水 野1960
] [増谷 1981コ参照。(
8
> [平川2000
:101
]参照。(
9
) [Lamotte 1988:655
]参 照。 こ こ で は, 馬 鳴の 作晶で ある Buddhae αrita 等が挙げら れて い る。 仏伝テキス トの形成過程につ い て は [外 薗 1983コ参照。 働 こ の 問題につ い ては諸説 ある 。 過 去の研究につ い て は [外薗
1995
:571 参照。 (ll
) 詳 細は 匚拙 稿2010a
] [拙 稿2010b
] 参照。ま た,本 経に お ける波羅提 木叉の誦 出 ・制定は仏 伝に見 出すこ とが で き ない 内容とな る。 この記 事の詳 細につ い て は 匚拙稿 2013コ参照。 矼2
> こ の 記事は,Map
で は 「七仏の 事蹟 」 の後 にあるが, MAV
, 『大 本経 』 で は文 献 の 冒頭に ある。 本 来こ の 記事は, 文 献の 冒頭にプロ ロ ーグ と して配置され るべ き もの で る こ とが 匚吹 田 1993:271 −
272
]で指摘さ れて い る。 (13
) これは二 つ めの理由で あ り,一つ めの理由は,釈 尊 自身が 「法の本質 を よ く洞 察 してい るた め」 と あ る。 こ れ は,釈尊が 「宿命智 」 を備えてい る た め,過去 世を憶 念し, 過 去仏の事蹟を認 知するこ と が可能で あ る とい う意味で ある。 詳 細は 匚拙 稿 2010]参照。 (14
)『毘婆尸仏経 』 の末尾に も 「浄居天 の神の報 告」 が ある (Tl, pp .158b− 159a)。 対応 諸本の記述を 以 下 に挙げて お く。 ・
M4v
(vaya ηP bhadanta ? Vipaliyinah samyaksamhuddhasy α ‘r∂v4 廊 (VipaSyinah samy α一
ksambuddhasydintike
brahmacaryapa
caritve )hopa
ρann ∂(h
)vayapaSi
(khina
んvayam堀 vo わ鮟ノαω vayapa
Krakasztndasya
vayam Kanakamune (k
vayamKdSyapasya
vayam肋 α
9
α翩 α厨廨 α切 励 09 α ソα∫o ’ntikebrahmaea
(Tyam caritvehopapanndih )(P
,160
)〈大徳 よ,我々 は ヴィパ ッ シ ン 正等 覚者の聴 聞者で し た。ヴィ パ ッ シ ン 正 等覚者の も とで 梵行 を 行っ て, こ こ に 生 ま れ ま し た。 我々 は シ キ ン…。 我々 はヴィ シ ュ ヴァ ブジ ュ …。 我々 は ク ラ カ スカ ンダ …。 我々 は カ ナ カムニ …。 我々 は カ ーシャ パ …。 我々 は世尊の聴 聞者です。 世 尊の も とで 梵行を行っ て ,こ こに生 ま れ ま し た。〉 ・丁大本経 』
我 等皆 是毘婆尸如來弟子。 從彼佛化故來生此。 具説彼 佛因縁 本末。 又 尸 棄 佛, 毘 沙 婆 佛, 拘樓 孫佛, 拘那含佛, 迦葉佛, 釋迦牟尼佛, 皆是 我 師。 我 從 受化 故來生 此。 亦説 諸佛 因縁本 末。 (
Tl
,p
.10b
) ・『毘婆尸仏経 』我是毘婆尸佛正等正覺聲 聞弟子。 彼佛 姓刹帝利 ,信心出家 僑陳族 ,壽八萬歳, 父 名滿 度摩王,母 名滿度摩帝 欠拏太 子帝蘇噛出 家受戒 成阿羅 漢,大 賢第一侍者名 阿 輸迦,三會説法廣 度聲 聞, 第 一大 會六萬二 千 入得阿羅漢 ,第二 大 會 十萬 入得 阿羅
漢,第三大會八萬人得阿羅漢。 毘婆尸 佛有如是 最上, 如是 出家 如 是證菩提 ,如是
漁 傾ρα4跏 α ∫襯 傭 4 に お ける四門 出遊
15
説法, 如是 調伏, 令諸 弟子, 著 衣持 鉢,修諸 梵行 ,遠離五欲, 斷煩惱得解脱 證無生
法, 成 阿那 含。 復 次,尸 棄佛 ,毘舍浮佛,拘留孫佛, 拘那含牟 尼佛 ,迦葉佛 ,説 法 調伏 ,著衣持鉢 ,修諸梵行, 遠離五欲, 斷煩惱證無 生 法, 成 阿那含。 (中略)今 大
牟尼 ,説法 梵行 ,調伏衆生,亦復如 是。 (
Tl
,p
.158b
−c) 上 記の MAV の記 事 は,aUP
の よ うに,過去仏の事蹟を 具体 的に記 載して い ない 。 し か し,IL
(4
V
の 内容構 成 上,Adi4P
同様, 聴 聞者で ある浄居 天の神た ちが,過 去仏 た ちの事 蹟を釈 尊に語っ た とみな して問題はない 。 cf .[吹田 1993:277] 『大本経 』 で は, 過 去仏た ちの 事蹟を 「諸佛因縁本末」 として い る。 cf [丘山1995
:449
−450
] 一方で 『毘婆尸仏 経』 は, 過 去仏た ちの 事蹟を詳 細に述べ て い る点で は,Aa4P
に近い内容形 式 とい え る。Sumahgalavildsini
の著者は,5
世紀の ブッ ダゴーサ と さ れて い る。 [森 祖道 1984: 469]参照。 矼7
) 浄 居 と よ ぼ れ る梵天 は, パ ー リ相 応部の 「梵天相 応 」 に も現れ る。Sa
ηtyutta−nikdya , voL l, PTS ,
pp
.146− 148。 浄居天 な ど初期経典にお ける神につ い て の 詳細は [中村 1994:605− 677コ参照。as
) [吹田 1993:277
−278
]が ,パ ーリ相応部の 「梵天相 応」 に含 ま れて い る以下の記 事に よっ て指摘 して い る。Ye ca atiゑsarnbuddhE !
ye
cabuddh
蕊an五gat
五1
Yo c−e hi s bud曲o 舳 a叩 s。kanlisano
11
sabbe sa仙 aga 01viha 点卑su vihaanti ca !
atho
pi
viharissanti1
esEbuddhEnarp
dhammatfi
ノ/tasm 瓢hi atthak まmena !mahat 愉m abh 丑(a血
khata
!saddhammo garuk巨tabbo!sararp
buddhEnasfisananti
〃Sa
醒yuttanikdya, voLl
,PTS
, p.140
〈過 去の仏た ち,ま た未来の仏た ち, ま た多 くの人々 の憂いを 除 去 す る 現在の仏。 正法を尊重す る すべ て の 方々 は,住したし t 今も住 し, ま た未来に住す る で あろ う。 これ が諸仏に とっ て の 法 則で ある。 そ れ故に, た め に な るこ と を求め, 偉大さを望む人は, 仏の 教え を憶 念 して, 正しい教え を尊重し な け れ ば な らない 。〉
上記資料の対応 漢訳に も同 内容の記述が ある。 (
T2
,p
.322a
,p
.410b
) (19
) 「四 門 出遊 」 を伝承 する文献にっ い て は [中村 1992:153− 169] [森章司 ・本澤 ・ 岩 井編 2000:57−59コ参照。 パ ーリ増支部 3−38
,3
−39
(肋 g麟 αrα η’初 α ,vol.1
,PTS
, pp .145
−147
) , 『中阿含 経 』117
「柔軟 経 」 (T1
,pp
.607c
−608a
)『増一阿含 経 』12
−8
(T2
,p
.608b
−c) 。16 パ ーリ学 仏 教 文化 学
[武 内
1947
:96
−124
] [増 谷 1981:433]参照。 ま た 「四門 出遊」 の美 術作品にっい て は,ア ジャ ンター第一窟やナーガール ジ ュ ナコ ン ダの浮 彫が知 られ て い るが,
イ ン ド内の作例はあ ま り多 くない よ うで ある。 一方で, 中央ア ジ ア か ら中国 ・日本
で は 「四門 出遊 」 をテ ーマ と し た多くの 作 品が残っ て い る。 [宮 治
1996
:14i
−143
] 参照。 幽『毘婆尸仏 経 』 に も 「四門出遊」 が あ る (Tl,
pp
.154a
−155c
) 。 こ こ で は病人→ 老 人→ 死人→ 出 家者の順番 と な っ て い る。[中 村
1992
:162
− 163]参照。 パ ー リ小部に 収め ら れ るBuddhavapasa
に は 「四の 兆 候 を見て, 馬に乗っ て 出 家 した 」 とい う 記事が あ る (Buddhavampsa, PTS ,
p
.98
)。一方,漢 訳の 阿含 経で は, 『雑 阿含 経 』巻 23 (604)に 「四門出遊」 が あるが(T2, p .167a),これは アシ ョ ーカ 王 が仏跡を訪問 す る内容 と なっ て お り, いわ ゆ る ASehavadana に対応す る文献と なる。 cf [岡本
2005
]『四 分 律』 「受 戒撻度」 に お け る仏伝では,釈 尊の 出家記事に は 「四 門 出 遊」 が含
ま れて い ない の だ が, 同一文献 内に保 存 さ れ る定光 如来 (燃 燈仏)の伝記に お け
る出家 記事に は,「四 門 出 遊 」 が記 載されて い る。 (T22,
pp
.782c−783a)cf.[拙稿 2012]一方,『五分律 』 「受戒法」 にあ る 「四門 出遊」 は,後代に,化 地部に伝わっ た他
の 仏伝テキス トか ら 引用 した もの で ある。 詳細は [拙稿 2010c コ参照 。 荊 晦 η盈α痂 の 著 者は不 明 と さ れ る。 成立年 代 は おそ ら く5−6 世 紀 頃で あろ う。 詳細は 匚藤田
1981
] 参照。こ こで は,釈 尊の 「四 門 出遊 」 を一日の う ちの 出来事 と して い る。 し か しハηぬ 一
〃誼α痂 で は,一日の 出来事 とは して い ない た め, 以下の記述が見ら れ る。
DTghabhfirpak且pan互
hu
;cattari nimitt 翫ni ekadivasen evadisvE
agam 肛siti.(」あo如, vol ,1
,PTS ,
P
,59)〈しか し 『長 部経典 』 の誦 出者たちは, 「四つ の前兆 を た だ一 日の うちに見て行っ た の で ある」 と述べ て い る。〉
[石 上
1964
] [石 上1993
:20]は,仏 伝 にある 「四 門出遊」 は,?U[4P か ら借 用 し た もの で あるこ と を指摘 する。北 伝の 仏伝テ キス ト でも,老人→ 病人→ 死 人の順に 出会うの が基 本的 な よ う だ
が,老人 と病人の順 番 が 入 れ 違 う ものや, 出家者が登 場 し ない もの など もある。ま
た, 出 家者 は後で加え ら れ た 可 能性が ある。 詳 細は [村 上 2008:56−55 (27−
28
)] 参照。 (28
)IW , vol .2,
PP
.150 一亘57
. (29
) [外es
1995
:674−684]BC
, part1
, pp . 23−29, p.47 .こ こで は,浄居 天の神が,老人 ・病人 ・死 人 を作 り出Maha’padjnasuttantaに お ける 四門 出遊
17
して い る。 出家者につ い て は, 天界の住 人が姿を か え た もの として描かれて い る。 (31
)SB
レ partl,pp .65
−75
. (32
)T24
,pp ,ll2c
−114a
. (33
)T3
, pp .466b
−467c
. (34
)T3,
pp
.569c−571a
. (35)T4,
pp
.5c−9a. 〔勤T3
, pp ,629c
−631c
。 (37
)T3
,pp
.502c
−503c
. (謝T4
,pp
.64a
−66a
. (39
) T3,pp .474b−475a .T3
,pp
.618b
−619a
. ω こ の こ とは, 以下に引用 する 「生 ・老 ・死 とい っ た苦か らの解脱」 とい う出家の 動機につ い て の 並 川孝儀氏 の指摘 内容と関連 する。 「ゴータマ ・ブ ッ ダは縁起の法を静 観す るこ とに よっ て成 道し た といわ れ, 諸行 無 常 ・諸法無我の世界観を体 得し,苦の原 因とそれか らの解放の道を明らか に し た と さ れ る が,この こ と は あ く まで ゴータマ ・ブッ ダ が修行の後に得た宗教 的境涯で あ る。だ か ら,こ の よ うな修 行の後に得 ら れた事柄が 出家の原 因を考 察す る際に用い られ るの は不適当と言わ ね ば な ら ない 。 ゴータマ ・ブ ッ ダの悟 りを 知っ た立場の 者 が,逆に その結果に相応 しい出家の理由を創 作 したに他 な らない ので ある。 「四門 出遊」 伝説に して も,こ のよ う な後の境地 を反 映して創 作 ・脚色され た と解する こ と がで き る もの で,動機 ・原 因の手掛か り と して使用するこ と は論理的で はない。」 [並 川2005
;137
] (下線は筆者に よ る。) (42
> 匚田 辺 1999:99
− 115][芳賀 2014]参照。 略号および参考文献PTS
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