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パーリ学仏教文化学 (31) - 006ナーラダ ラブガマ「シンハラ語 Muvadev da vata について」

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[資料紹介]

シンハラ語 Muvadev dā vata について

ラブガマ・ナーラダ

Sinhalese Muvadev dā vata

Labugama Narada

The Muvadev dā vata tells the story of the Bodhisattva who was born

as King Makhādeva, and is mainly based on the Pāli Makhādeva Jātaka. According to the story, King Makhādeva realized the consciousness of impermanence and renounced his household life after being shown a grey hair from his head by his barber. After practicing an austere life in the Himālaya forests, he was finally born in the Brahma world.

The original story of King Makhādeva first appears in the Pāli Majjhima Nikāya Makhādeva Sutta, and in its commentaries in a more detailed form. In the Sutta, it clearly states that the only way to attain emancipation is the realization of the four noble truths and the practice of the eightfold noble path. In this context, the Jātaka and Cariyāpiṭaka, the two other Pāli sources that describe Makhādewa’s story, run contrary to the Pāli Sutta and strongly emphasize the idea of renunciation (nekkhamma) as the way to attain emancipation. The Sinhalese Muvadev dā vata also lacks the detailed explanations of the bodhisattva path, contained in the Makhādeva Sutta and Pāli Jātaka.

This paper analyzes the various differences among the Pāli and Sinhalese sources (including Pāli chronicles) regarding the Makhādeva story and focuses on the Muvadev dā vata and its relation to the king Parākramabāhu the great, how it influenced and developed the bodhisattva ideal in the medieval period of Sri Lanka.

キーワード: シンハラ語詩集,ムワデヴダーワタ,マカーデーワ・ジャータカ, スリランカの菩薩,パラークラマ・バーフ1世

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1 はじめに

 シンハラ語による仏教関連の詩集の製作は,11世紀から15世紀の頃が, 最盛期の時代であった。この時期のほとんどの文献は,ブッダの生涯,舎利 信仰,菩薩という三つのテーマを中心とする内容のものである。しかし,こ れらの文献の多くは,これまで文学的な高い評価を受けたのみで,僅かな例 を除き仏教研究の材料とはならなかった。スリランカの仏教,とりわけ菩薩 概念の研究においては,パーリテキストや考古学的な資料だけでは十分とは 言えず,これらの詩集を見過ごすことはできないと考えられる。  また,パラークラマ・バーフ1世(在位1153‒1186 A.D.)による仏教三 派の統一以降,仏教関連の多くのシンハラ及びパーリ語の文献には,「ボー ディサッタ」(Sin. bosat)を主題とすることが流行となっていた。それらの 文献に描かれる菩薩の姿には,従来のパーリニカーヤに比べ,スリランカ固 有の菩薩についての考え方,そして,菩薩が民衆に親しまれた過程が示され ていることが注目される。  この時期における仏教文献の新たな展開において,本稿の主題となる12 世紀にシンハラ語で書かれた『ムワデヴダーワタ』(Muvadev dā vata 以下: MDV)は,残存する最古の詩集としてシンハラ文学史上重要な位置を占め ている。作者は,パーリの『マカーデーワ・ジャータカ』から題材を取り, 本来のニカーヤ及びジャータカと異なる形で,菩薩の概念を自由に展開し表 現している(1)  そこで,本稿では,MDV の作者がマカーデーワ物語を取り上げた理由に ついて,本来のジャータカとの相違点に着目しながら,同時に,MDV に描 かれた菩薩の概念を精査し,さらにそれを『マカーデーワ経』,パーリ・シ ンハラ語の『マカーデーワ・ジャータカ』,パーリの史書,及びそれらの注 釈も勘案して,明らかにしていくこととする。

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2 MDV の概略

⑴ 作者や時代  MDV の中には,作者や成立時期に関する記述が見当たらない。しかし, 作者について[Vini Vitharana 2007]の序論では,ガジャバーフ2世(在位 1132‒1153 A.D.)である可能性が様々な見解により推定される。Mhv による ガジャバーフ2世に関する文学の才能や当時の王権争いで王が何度も悲劇を 受け,孤独を感じたことから静寂を求めて MDV の作成に至った経緯などを 説明する。  しかし,これだけの理由で,作者をガジャバーフ2世であると断定するこ とは困難である。なぜならば,本稿の後半で示すように菩薩という概念は, 当時,ジャータカを物語るだけではなく,王が英雄である例えとして,称賛 する目的で用いた傾向がある為である。  また,作成時期について,当時の諸文献から有力な情報が得られる。ダ ンバデニヤ時代(Dambadeniya 1220‒1345 A.D.)のシンハラ語文法書の Sidat

Sangarāwa(13世紀)やシンハラ語詩形論の Eḷu sandäs ḷakuṇa(12世紀後半)

には例文として MDV による引用文が見られる(2)  MDV と類似するインドのアランカーラ形式で作成されたシンハラ語によ る詩集『ササダーワタ』(Sasadāvata)には,リーラーワティー(Līlāvatī) 王妃の時代(在位1197‒1200 A.D.)に執筆されたことが,明記されている。 MDV は,言語及び形式などの様子から『ササダーワタ』より前に作成され たと考察できる(3)  従って,MDV の成立時期について,確定的に言及することはできない が, ダ ン バ デ ニ ヤ(1220‒1345 A.D.) 時 代 よ り 前, つ ま り ポ ロ ン ナ ル ワ (Polonnaruwa 1017‒1235 A.D.)時代後半であると推測できる。しかし,ポロ ンナルワのどの王の時代に属したかについては特定できず,意見が分かれて いる。何れにせよ,パラークラマ・バーフ1世以降のポロンナルワ時代後半 (11世紀後半)と考えることが妥当であろう。

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⑵ 構成  構成は,全164詩より成る。サンスクリット文学から強く影響を受けてお り,抒情詩(khaṇḍa kāvya)として分類される。 詩 号 内  容  1∼5 ブッダへの帰依  6∼7 詩集の目的  8∼32 ミティラー市の称賛 ✦33∼47 王の称賛   48∼60 秋の称賛   61∼69 夕暮れの称賛   70∼84 夜の称賛   985∼91 朝の称賛 ✦92∼127 マカーデーワ林へ赴く ✦128∼135 マカーデーワ林及びヒマラヤへの旅 ✦136∼142 集落を観察しながらヒマラヤへ到着 ✦143∼153 ヒマラヤの称賛 ✦154∼164 慈悲と梵天での誕生 ✦主題であるマカーデーワ王に関する記述  冒頭より中間部分までは,季節の称賛に関する記述が多く,「王の称賛」 を除き,92詩までマカーデーワ王に関する記述は,ほとんど見当たらない。 ⑶ 内容  菩薩であるマカーデーワ王の出離に至る経緯が詩集の主題となる。マカー デーワ王がある日,理髪師から頭頂に生えた白髪の報告を受けたことによ り,一切のものに無常を感じ,世俗的な生活を離れ,ヒマラヤ山中で禅定に 入り,死後に梵天界に生まれたことが主な内容となる。  詩集の前半は,あらゆる季節を称賛する内容に始まり(48∼91),後半は 白髪の発見によりマカーデーワ王の心に生じた無常観や出離の場面などが語 られる。さらに,梵天に誕生するまでヒマラヤ山中で禅定の状態で過ごし, その場を住処とする全ての生きものたちは,互いに慈悲心を抱き,平和に過

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ごしたことを記して幕を閉じる。  また,詩集の冒頭は,主題と関係なく,「ブッダへの帰依」(1∼5)の賛 辞から始まる。称賛部分の終わりに,作者は,自らのブッダへの帰依を伝え ると同時に,読者にもブッダへの帰依を促す。このような読者への帰依の促 しは,従来の文献においてあまり見られない例である。 ⑷ MDV と他の文献との関係  マカーデーワ王に関しては,パーリ経典,シンハラ及びパーリ・ジャータ カ等において記述がみられるが,下記の理由により,MDV はパーリ・ジャー タカに影響され作成されたと立証できる。 ⑴ 作品の題目  MDV の由来から考えると,「マカーデーワ・ジャータカ物語」(Makhādeva jātaka vatthu)の直訳となる。 ⑵ MDV におけるマカーデーワ王に関する内容  パーリ『マカーデーワ経』に比して,パーリ『マカーデーワ・ジャータ カ』の記述内容に近い。 ⑶ 作成された年代  シンハラ語のジャータカの成立は,14世紀であるのに対し,MDV が成立 したのは,11世紀後半である。

3 パーリ文献におけるマカーデーワ王の記述の展開

 MDV に関連する南伝文献の中で,マカーデーワ王に関する最初の記述が みられるのは,パーリ・マッジマニカーヤの『マカーデーワ経』(MN)で あり,その内容は一つの物語として完成されている。まずは,MN の概略に ついて紹介し,その註釈(MA)やパーリ文献との相違点と共通点について 考察していく。その上で,史書を含めた関連文献におけるマカーデーワ王の 記述について,その相違点と共通点に着目して,MDV に及ぼした影響につ いて,探っていくこととする。

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⑴ 関連文献  マカーデーワ王に関する記述は,南伝文献だけで下記の8種がある。   ①パーリ・マッジマニカーヤ(MN, 2: 74‒83)の『マカーデーワ経』及 び注釈(MA. 3: 137‒145)   ②パーリ・ジャータカ    ⅰ『マカーデーワ・ジャータカ』(JA, 1: 137‒139)    ⅱ『ニミ・ジャータカ』(JA, 4: 95‒129)   ③『チャリヤー・ピタカ』(CP, G. 4‒5)及び注釈書(CpA, 51‒57)   ④パーリ史書『ディーパワンサ』(Dīp, 3: G. 34‒35)及び『マハーワン サ』(Mhv, 2: G. 10)   ⑤シンハラ語詩集 MDV(11世紀後半)   ⑥シンハラ・ジャータカ(Sin. J)(14世紀)    ⅰ『マカーデーワ・ジャータカヤ』    ⅱ『ニミ・ジャータカヤ』  上記,全関連資料の内,「シンハラ・ジャータカ」(14世紀,pansiya panas jātaka pota)は,他の文献より後の時代に成立しており,比較的新しいもの である。また,内容もパーリのジャータカの内容と類似している。  また,MN では,マカーデーワ王とニミ王の説の構成は,一つの物語とし て成立しているが,ジャータカ文献では,「マカーデーワ・ジャータカ」と 「ニミ・ジャータカ」という独立した二つのジャータカに分かれて構成され ている。 ⑵ マカーデーワ王物語の概略  MN は,関連文献の中でマカーデーワ王物語に関する最初の記述であり, その概略は次の通りである。  ある日ブッダが微笑し,アーナンダがその理由を質問すると,ブッダは自 身の前生である過去事を説く。昔,マカーデーワという王は,頭頂に白髪が 生えたことから出家し,白髪の発見で出家する風習を後世に続く掟と定め

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た。その掟は,八万四千年代に渡り継承された。しかし,ニミ(Nimi)王の 息子のカラーラ・ジャナカがその掟を途絶えさせたことでニミ王がその掟の 最後の継承者となった。このときのマカーデーワ王とは,現生のブッダで あった。王が定めた掟の法(白髪発見後の出家及び梵行の実践)は,梵天界 に導くのみであり,涅槃に至るには八正道の実践を為すべきだとブッダは説 き終えた。 ⑵‒1 出離に至る動機  白髪が生えたことを理由にマカーデーワ王が出離に至る点は,各文献に共 通しており,マカーデーワ物語における極めて重要な部分である。  各文献における白髪についての記述を検討する。   「アーナンダよ,理髪師は,数年,数百千,数千年の後,マカーデーワ 王の頭に白髪が生えているのを見て,マカーデーワ王に次のように言 いました。陛下にはデーワドゥーター(devadūtā)が現れました」と。 (MN, 2: 75)  MN では,白髪は devadūtā と表現され,それに対し注釈の MA では三つ の解釈が確認できる。  ① 死王の使者  ② 神の使者  ③ 清浄神(visuddhideva)の使者   ①「「デーワ」(deva)とは,死(maccu)のことである。彼(死王)の 使者という意味で「死王の使者たち」(devadūtā)である。頭に白髪 が現れたとき,死王(maccurāja)の側にいるようである」   ②「神々の使者の如くという意味でも devadūtā である。装身具を備え られた女神が天に立ち,〈その日,他界する〉と告げたとき,それは 言葉の通りになる。このように頭に白髪が現れた時とは女神の予言の 通りになる」   ③「清浄神の使者も devadūtā である。全ての菩薩は,老病死出家を観 て厭離の気持ちを抱き,出離し,出家する」  このように,三つの解釈から白髪をデーワドゥーターと表現する理由やそ

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れが出家と直接結びつくことが明らかになる。  その他にも MN に存在しない白髪と出家の関係を示す偈頌が MA で見ら れる。中でも,次の偈頌は,JA や CpA など関連文献にも頻繁に登場する代 表的な一例である。   「青壮を奪う,これら(白髪)が己の最上肢(頭)に登った。デーワの 使者たちが現れたのだ。今が,私の出家の時である」(MA, 2: 311,JA, 1: 138,JA, 4: 96)  マカーデーワ王の出離の記述も,MN と MA とでは異なる。MN では, 「家から非家へ」(agārasmā anagāriyam)であるのに対し,MA では,「行者

の出家」(tāpasa pabbajjam pabbājetvā)と記している。この表現は,菩薩の 出離の目的を強調する意味とも取れる。そして,こういった MA の白髪に ついての解釈は,マカーデーワ王物語に関する他の文献に影響を与えてい る。 ⑵‒2 マカーデーワ説における出離および目的  マカーデーワ物語に関するもう一つの重要点として考えられるのは,出家 を果たしたマカーデーワ王の菩薩行とその目的である。  MN と MA における記述を分析すると,マカーデーワ王の出家に関して次 の三種の特徴が見えてくる。 ①「十善業道」の実践  MN の 冒 頭 に, 菩 薩 の マ カ ー デ ー ワ 王 の 称 号 と し て,“dhammika”, “dhammarājā” 及び “dhamme ṭhito” 等で表現を用いている。それに対し,MA の解釈では,「彼(マカーデーワ王)は,〈法を有する故に〉“dhammika” で あり,〈法により生まれた王〉という意味で “dhammarājā” である。〈十善業 道(dasakusalakammapatha)に立つ故に〉“dhamme ṭhito” となる」と,具体 的な菩薩行について言及されている(4)。JA では,マカーデーワ王を称賛す る “dhammika”,“dhammarājā” の用語を用いているのみで,「十善業道」な ど具体的な解釈が言及されていない。

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②「四諦」の理解および「八正道」の実践  MN では,マカーデーワ王の出家における究極的な目的として,「四諦」 の理解と「八正道」の実践を挙げている。同時に,梵行の実践は,梵天界に 生まれることだけに留まり,涅槃への道ではないと称賛されていない。(MN, 2: 82) ③具戒の実践  また,MA では,ニミ王の所行において戒を守ることが優先されている。 MA において,ニミ王の備えている二つの徳として,「布施」と「持戒」の 両方を挙げている。この二つの徳のうち,どちらが最も優れているかを知り たく悩む王に,帝釈天が答えを与えることとなり,戒を守ることが布施より も優れていると説く。(MA, 2: 314)  一方,CP の「ニミ王物語」では,五つの偈頌によって,ニミ王のミティ ラー市における施しの内容が称賛されている。その内容は,「施しを実践し, その果報として涅槃を求める」となるのみで具戒については触れていないも のである。しかし,注釈の CpA は,JA の「ニミ・ジャータカ」の内容と同 様,ニミ王を「施し」と「具戒」の両方を実践する者として描いており,そ れぞれの果報も詳細に述べ,結論として「施し」より「具戒」が優れている ことを重視する。さらに,最終的に出家を果たし,戒に従事することで梵 天界に生まれると,具戒の重要性を強調する。この内容は,Sin. J のニミ・ ジャータカにおいても同様である。  上述のように,JA におけるマカーデーワ王およびニミ王の所行は,「ブッ ダの大出離」(mahānekkhamma)となり,それは MN と MA の本質的な趣旨 と異なる。  以上の通り,MN, MA と JA, CpA におけるマカーデーワ王説の出家におけ る本質的な内容と目的は,必ずしも類似せず,文献において展開を見せてい ることが明らかである。そして JA における大出離を主流とした描き方は, 現存するシンハラ・ジャータカ(Sin. J)にのみならず,本稿の題材である 詩集の MVD にも強く影響を与えたことは明らかである。

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⑶ 史書におけるマカーデーワ王  Dīp(3: 34)や Mhv(2: 10)の記述によればマカーデーワ王は,マハーサ ンマタ(Mahāsammata)王朝に属し,マカーデーワ王を初めとするその系統 は,八万四千人の子孫まで続く。マハーサンマタとは,殺害や危害を恐れ, 身を守る為に大衆の合意で選任された王であり,言わばゴータマ・ブッダの 本生物語に直結する。マカーデーワ王以降の系統は,八万四千人の世代を経 て,ニミ王が最後となる。さらにニミ王の息子カラーラ・ジャナカの子孫も 八万四千まで続き,上記,全ての系統がマハーサンマタ王朝と称されたよう である。  14世紀末に著されたスリランカの仏教史書である『ニカーヤ・サングラ ハワ』(以下:Nks)にもマカーデーワ王とは関係ないが,「マハーサンマタ 王朝」の記述が見られる。それは,悪質な異端派を粛清し,仏教統一を果た すなど偉大な業績を残したパラークラマ・バーフ1世(在位1153‒1186 A.D.) の系統に関するものである。  「マハーサンマタ王朝の系統に随従し,王族に生まれ,(中略)スリ・サン ガボーディのスリ・パラークラマ・バーフ大王」などとして,パラークラ マ・バーフ1世が称賛されている。パラークラマ・バーフ1世の業績に関す る記述は,Nks 以前の史書の Cv にもみられ,その内容は,Nks よりも詳細 である(Cv, 71章‒79章)。9章にもわたる Cv における王の業績を語る内容 は,インドによる侵攻から国を防御しただけではなく,数多くの寺院の建造 や修復に関わり,農業の繁栄の為に湖を造ったなど様々である。最終的に Nks によるパラークラマ・バーフ1世の記事の焦点は,異端派を駆逐し,僧 団を統一したことに当てられており,Nks の作者においてそれが極めて重要 な問題であったと思われる。Nks では,パラークラマ・バーフ1世の業績は 下記のように言及されている。

  「仏の教えを汚す,Dharmaruci, Sāgalika, Vaitulyavādi と呼ばれる,三派 に居住する数百人の悪質な比丘たちを呼び出し,ラター・マンダパ堂 に集め,三時(yāma)を含む一夜に渡り,彼ら全員を還俗させ(sāsana

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apagata),仏の教えを浄化した。三派を統一した功徳により王は,最後 に,八万四千の黄金の山頂により輝くヒマラヤ山の黄金の頂きにナラ デーワ(Naradeva)という天王としてカルパの期間を過ごし,寿命を全 うした」Nks, 26‒27  Nks では,マハーサンマタ王朝に属する唯一の王は,パラークラマ・バー フ1世のみであり,最後にヒマラヤ山脈で天王になるという記述において も同様である。Nks は,MDV の作成時代より2,3世紀も後になるが,しか し,MDV の作成時代やパラークラマ・バーフ1世の生存時代が,ほぼ同時 であることを考えると,マカーデーワ王の説とパラークラマ・バーフ1世と の Nks と MDV の共通点は軽視することはできない。

4 MDV におけるマカーデーワ菩薩

 MDV におけるマカーデーワ物語に関する主な内容は,基本的に他の仏教 文献とは変わりはない。つまり,王が法に従事することや,白髪が生えたこ とを理由に出家に至る動機など,これまでの文献と同様なのである。   「あるとき,王位に就かれた我々の大聖者は,法に(yehen)従事し過ご しており,頭頂に白髪を見た瞬間,仙人たることを好むようになった」 MDV, 6  15の詩に亘る「王の称賛33‒47」は,詩集内の菩薩のマカーデーワ王に関 する最初の言及となる。王の様々な徳の賛辞となるこれらの詩には,サンス クリットの叙事詩の影響が強く見られる。比喩などを多く利用したことで, 上述のパーリやシンハラ仏教文献とは様子が異なる。   「その王という満月から清らかな名声の光が広がることにより,月長石 (candrakānta)という敵の妻たちの目にも涙が流れた」MDV, 35  菩薩のマカーデーワ王の徳に対する賛辞を述べた「王の称賛」の内容は, 下記の項目に分類できる。

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徳業 MDV 詩号 慈悲(Mettā) 悲心(karuṇā) 37, 39, 42, 45, 47 施し(dāna) 36, 43 勇気(viriya) 35, 38, 41 名声(kitti) 33, 34, 40, 44, 46  詩集全体の内容から MDV におけるマカーデーワ菩薩の意味を整理するの は容易ではないが,一応,下記の3種の特徴が見られる。 ⑴ 慈悲心の菩薩  本来,菩薩は大悲心(mahākaruṇā)により人々の利益を願う者であるこ とは,文献により確認できる。同じく,上述の文献中でも菩薩のマカーデー ワ王が,「法を有する者」“dhammiko”,「法により生まれた王」“dhammarājā” などの称号から明らかになるように,一貫して MDV においてもマカーデー ワ王は,慈悲心の持ち主である。  菩薩は世に安心を齎す者として詩集の後半から登場する。菩薩行に関する 具体的な言及は見られないが,同じ徳業を様々な表現から称賛している。   「その町に,淀みなく流れる名声の水により,全大地を常に輝かせる, マカーデーワという偉大な王がいた」MDV, 33   「その大王は,全世界の悲嘆を抑圧し,貧困という家へ立ち入ることも 許さなかった」MDV, 45   「我々の世界の父である(菩薩)が,容易に修行を行なっていた時期, その森の猛獣たちは,慈悲の心を第一にした」MDV, 154 ⑵ 英雄で勇敢な菩薩  マカーデーワ王を英雄で,勇敢な者とする描写は,詩集全体に多く見られ る。   「敵の王たちの刀によりもたらされる,その大王(マカーデーワ)の怒

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りの火は,敵の愛する女性らの目という水甕の水により消し止められ た」MDV, 45   「王(マカーデーワ)の眉は,対立者への残酷な殺意,親近者らへの親 しみの情を,絶え間なく,描き続けた」MDV, 39  MDV の作者は,菩薩のマカーデーワ王を強者として称賛していることが, 従来の仏教的な文献と異なる点である。インドの叙事詩の影響が強く見られ る。 ⑶ 市民や生きものに親しまれる菩薩  マカーデーワ王が国民に非常に親しまれたという記述も,詩集全体に見ら れる。特に,王の家を離れ森へ行こうとする場面は,菩薩への憧れを描写し ている。マカーデーワ王の出家により人々が悲しむ様子は,他の文献には見 られない。それは作者が菩薩を国民の身近な存在として表現したと捉えられ る。   「王の確固たる言葉により目から涙の川を流しながら,心に抱えきれな い悲しみを持った大臣らは,再び次の言葉を言った」MDV, 120   「我々の偉大なる王よ,あなた様と別れることにより生じる悲しみとい う川の奔流が,惑いという波や渦を起こし,溜息を漏らす我々をその中 に溺れさせます」MDV, 122  詩集の「マカーデーワ林へ赴く92‒127」の35に亘る詩により,菩薩のマ カーデーワ王と国民との関係が比較的長く説明されている。

5 MDV における出離

 他の文献と同様,白髪の発見により王が出家を決意し,俗世を離れようと する際,国民がそれを止めようとする。しかし,王は自らの出家に対する強 い意志を示し,菩薩としての道に赴く決心を強く主張する。菩薩の出離に関 する主張は,これまでのパーリやシンハラ文献と異なり,作者独自の表現を 用いている。

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  「本日,老いという王が容易に入り,青春を破る為に掲げた,白い旗の 如き白髪を発見した」MDV, 117  それまでの文献では,白髪に対し「死王」,「デーワドゥーター」等の表現 が用いられていたのに対し MDV は,詩的な表現を用い白髪との関係を強調 する。さらに,出家の決意を下記の詩の如く主張する。   「大臣らよ,私を止めようと画策するのは諦めなさい。ユガンダラの (yugandhara)岩が落ちるのを,蓮の葉脈で止めることを誰ができる か?」MDV, 119  このように出離に焦点を当てることが MDV の趣旨である。そして,菩薩 が禅定へ入りヒマラヤに過ごす時,あらゆる生き物が敵対関係をやめ,互い に慈しみを持ち平和で過ごしたことを説明し,最後は,ヒマラヤで亡くな り,梵天界に誕生したことを述べ,幕を閉じる。詩的な表現を用い,読者に 静寂(śāntarasa)を与え,菩薩の存在から得られる安心感を強調するのであ る。 ⑴ MDV とその他の文献との相違点  詩集では,マカーデーワ王の出家の先はマカーデーワ園だけではなく,ヒ マラヤも含まれる。マカーデーワ林で過ごしても王は,完全に出家した実感 がなく,ヒマラヤへ行くことを決心したと言う。何れにしても,修行の具体 的な説明は一切見られない。しかし,各称賛の内容から考察すると,MDV で説かれる菩薩行は,MA に言及された「十善業道」の実践よりも「王者の 十徳法」(5)(dasarājadharma)の実践に等しいと思われる。  MDV がジャータカに従っているとは言え,構成は,ジャータカの根本的 なものとは全く異なる。それは,「現在事」(paccupannavatthu),「過去事」 (atītavatthu),また「結合」(samodhāna)の中の最初と最後の部分が欠けて いるからである。

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6 まとめ

 マカーデーワ王に関する南伝の各文献を検討していく中で,MN と MA の 相違点やジャータカとの内容の異なる点が多く確認できた。特に,マカー デーワ王の物語に関しては,ニカーヤ文献よりジャータカ文献の方があらゆ る分野に広く影響を与えたことは明らかである。  MDV の作者は,詩集の題材をパーリ・ジャータカから取り,自由な方法 で菩薩の概念を展開した。作者は,詩集の中で「菩薩」という概念を論理 的,理想的な観点で叙述することよりも,読者の関心を惹くことを目的とし ていたと考えられる。  12世紀という時代背景から推測して,ポロンナルワ時代に三派の統一等 の偉大な業績を残したパラークラマ・バーフ1世をマハーサンマタ王に結び つけていた時期に,マハーサンマタ王統の継承者であるマカーデーワ王の物 語を作成し,パラークラマ・バーフ1世が属するとされるマハーサンマタの 系譜を称賛していたことが分かる。  こうして,MDV は,ポロンナルワ時代後半から復興した新たな菩薩の描 き方に,大きく影響を与え,菩薩の概念におけるひとつの転換期を作ったと いっても過言ではない。 注 ⑴ 利用テキストは,[Siri Tilakasiri 2015],次に示す複数の校訂本及び英訳を比較検 討し編纂されたものである。[Blok 1895],[Puncibandara 1880],[Abhayagunaratne 1923],[Ariyaratna 1932],[Vimalananditissa 1949],[Munidasa 1952],[Somaloka 1996],[Vini Vitharana (tr.) 2007]。

⑵ Sidat Sangarāwa の “mat adu” (Skt. mātrā hāni) “nī>ni” の長母音が短母音に変化す る文法規則の説明に当たり,MDV の第一詩のブッダの徳を称賛する “nuwaṇa ni sayurā”(知恵という諸々の川に対し海であるように)の詩が例文として引用され ている。同じく,「命令形」の文法規定においても例文として MDV の第五詩の最 後の行の “guṇekät nam mehi bajavu”「ここに何か得られる徳があればそれをお受け

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下さい」を引用。Eḷu sandäs ḷakuṇa において “gaja gämi” 韻律の例文として MDV の 第一詩の “nuwaṇa ni sayurā” の詩が引用されている。[Sorata (ed.) 1944: 22]参照。 作者は,ダンバデニヤ時代の Bhadra(1270‒1293 A.D.)という僧侶であると作品内 の記述により確認できる。

⑶ “kaḷa lo sasun väda līlāvatī himi sanda ‒ palakaḷa daham rajasiri me väṭumhi piṭubala vī” 『ササダーワタ』‒14「仏教や世間の繁栄に活躍したリーラーワティー王妃の法に基

づいた時代は,私の詩集の作成に力となった」[Gunawardhane 2000: 7]。

⑷ 「十善業道」MA マカーデーワ王の説では,「十善業道」について具体的な項目を 挙げていない。「十善業道」の具体的な内容は『正見経』MN, Vol. I, 47において詳 細に言及されている。

⑸ 「王者の十徳」について『ナンディヤ・ミガ・ジャータカ』JA, Vol. III, 274参照。

略号

※パーリ文献は Pāli Text Society による

AN=Anguttara Nikāya Cv=Cūlavaṃsa CP=Cariyā-piṭaka CpA=Cariyā-piṭakaṭṭhakathā Dīp =Dīpavaṃsa J=Jātaka JA=Jātakaṭṭhakathā MA=Majjhima Nikāya Aṭṭhakathā MDV=Muvadev dā vata MN= Majjhima Nikāya Mhv=Mahāvaṃsa Mhv.A=Mahāvaṃsa

Aṭṭhakathā Nks= Nikāya Samgrahawa Sin.J=Sinhala Jātaka

シンハラ語参考文献

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Batuvantudave, Robert (ed.) 1978 Guptila Kāvyaya, Colombo: Ratnākara Press. Blok, John (ed.) 1895 Muvadev dā vata, Colombo: Lakrivikirana Press.

Gunawardhane, V.D.S. (ed.) 2000 Sasadāvata, Colombo: Samayawardhana Book shop. Kumaratunga, Munidasa (ed.) 1952 Muvadev dā vivaraṇaya, Colombo: Vidyasagara Press. Nanayakkara, Sanath (ed.) 1997 Nikāya Samgrahawa, Colombo: Buddhist Cultural Centre. Puncibandara, S.V.B.D.P.M (ed.) 1880 Muvadev dā vata, Colombo: Lankabhinava Visruta

Press.

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Siri Tilakasiri (ed.) 2015 Muvadev dā vata, Colombo: S. Godage Bros.

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参照

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