• 検索結果がありません。

ビョン・ソンファンの神学的な道をたどって

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ビョン・ソンファンの神学的な道をたどって"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ビョン・ソンファンの神学的な道をたどって

著者 金 珍熙

雑誌名 基督教研究

巻 74

号 1

ページ 85‑103

発行年 2012‑06‑25

権利 基督教研究会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013546

(2)

韓国の土着化神学における問題意識と 神学的な課題に関する一考察

   八木誠一から J・ヒックにいたる

   ビョン・ソンファンの神学的な道をたどって   

Issues and Views on Korean Indigenous Theology:

Focusing on the Theological Journey of Pyon Sunhuan from Yagi Seiichi to John Hick

金 珍熙 Jinheui Kim

キーワード

土着化神学、ビョン・ソンファン、八木誠一、J・ヒック

KEY WORDS

Indigenous Theology, Pyon Sunhuan, Yagi Seiichi, John Hick

要旨

 本稿は、韓国の土着化神学における問題意識と神学的な課題を明らかにするもので ある。とりわけ、土着化神学における宗教間の対話の側面に注目し、その特徴を浮き 彫りにする。また、韓国の代表的な土着化神学者であるビョン・ソンファンに焦点を 合わせ、具体的に検証する。それを通じて、ビョンにおける神学的な軸が、八木誠一

J・ヒックにあったことを明らかにし、それぞれの神学的な性質を究明する。さら

に、八木からヒックに進むビョンの神学的な展開の意味を明らかにし、そこから得ら れたものと失われたものを示すによって、土着化神学における課題を展望する。

abstract

This study clarifies the issues of Korean Indigenous Theology and related viewpoints. In particular, it focuses on the religious dialogs of Pyon Sunhuan. The study first explains the meaning of religious dialogs for Korean Indigenous

(3)

Theology. Second, the paper discusses the theological influences of Yagi Seiichi(八 木誠一)and John Hick on Pyon Sunhuan’s theological development through analysis of the theological characteristics. Third, consideration is given to the meaning of Pyon Sunhuan’s change in theological stance from Yagi to Hick. Finally, based on these arguments, the paper discusses the issues and viewpoints related to Korean Indigenous Theology.

1.はじめに

 韓国における独自の神学を考える際、韓国の神学界では「民衆の神学」と「土着化 神学」を思い浮かべることが多い。それは、これらの二つの神学が韓国のコンテキス トの中で育まれたものである、というコンセンサスが形成されているからである。韓 国におけるキリスト教の伝来後、様々な神学的な試みがなされてきたということは、

言うまでもない。ところが、それらの神学的な試みの中で大きな流れを形成し、今日 まで続いているという点において、これらの二つの神学が韓国において極めて重要な 位置を占めていることに異論はなかろう。

 日本では、とりわけ民衆の神学に関しては、韓国における民主化運動をめぐる大き な功績によって、一部では注目されてきたと考えられる。一方、土着化神学に関して はあまり知られていない。しかし、後述することになるが、韓国における土着化神学 は日本の神学と深く関係しており、日本の神学的なコンテキストと多くの問題意識を 共有することができると考えられる。そのため、韓国の土着化神学を理解することに よって、韓国における神学的な状況と問題意識を垣間見ることができ、日本の神学的 な状況をより深く客観的に理解する新たな刺激と視点が得られるのではなかろうか。

 そのため本稿では、韓国における土着化神学の問題意識とプロセスの断面を紹介し つつ、その神学的な課題を吟味することを目的としたい。ここで、議論のはじめとし て土着化神学をめぐる韓国の神学界の現況に触れてみよう。最近の韓国では、「第3世 代」の土着化神学が活発に議論されている。ここで注目したいのは、キリスト教の土 着化をめぐるこれまでの理解、たとえば、種と畑や接木、翻訳、受肉などの方法論的 な理解、または、保守主義や進歩主義、自由主義などの神学史的な理解とは異なる理 解が示されているということである。第3世代が議論されているということは、「第1 世代」と「第2世代」を前提としていることである。すなわち、土着化神学に関する 世代区分がなされており、それぞれの世代を中心に土着化神学を捉えようとしている のである。そのような韓国の土着化神学における世代区分に関して、歴史神学者イ・

(4)

ドクジュは次のように語っている。

1960年代中旬から始まった土着化神学は、第1世代(ユン・ソンボン、ユ・ドン シック、ビョン・ソンファン、キム・クァンシク)を経て、第2世代(イ・ジョ ンベ、バク・ジョンチェン、キム・クァンウォン、ハン・インチョル、イ・ジョ ンチャン、ソン・ソンジン)につながっている。第一世代の学者たちは、韓国に おける伝統宗教・文化・思想を西欧のキリスト教における神学的な方法論を用い て分析することに努めた。そして、第2世代の学者たちは、環境・生命・南北統 一など、政治や社会の現実問題を解決する方法を、西欧のキリスト教と伝統宗教 に求めている1

 このようなイ・ドクジュの理解は、メソジスト派の学者たちに限られた限界のある 説明ではあるが、韓国の土着化神学を理解する手がかりを与えている2。それはま ず、韓国における土着化神学とは、キリスト教の土着化を目指したあらゆる試みを意 味するものではなく、1960年代中旬から始まる、神学的な立場において韓国の宗教的 な伝統を理解しようとする試みを表す用語であるということである。次に、その基本 的な立場と領域を切り開いた人々が第1世代であり、それを継承・発展させた人々が 第2世代、そして、今日では更なる展開の方向性が模索されているということである。

 その理解は、土着化神学をめぐる問題の所在を示している。すなわち、土着化神学 における中心的な問題は、韓国のキリスト教がおかれている状況の中で、キリスト教 が韓国の伝統宗教といかなる関係にあるかということである。そのため、土着化神学 を理解する適切な方法の一つは、韓国のキリスト教の状況を踏まえつつ、キリスト教 と伝統宗教との関係に光を当てることである。本稿では、以上の理解を議論の出発点 とし、以下のように展開したい。

 まず、韓国のキリスト教と神学の状況を踏まえつつ、土着化神学の問題意識を紹介 し、それがいかに宗教間の対話の問題につながるのかを浮き彫りにする。次に、韓国 の代表的な土着化神学者であるビョン・ソンファンに焦点を合わせ、土着化神学の問 題意識を具体的に検証する。それを通じて、ビョンにおける神学的な軸が、八木誠一

J・ヒックにあったことを示し、それぞれの神学的な性質を究明する。さらに、八

木からヒックに進むビョンの神学的な展開の意味を明らかにし、そこから得られたも のと失われたものを示すことによって、土着化神学における課題を展望する。

(5)

2.土着化神学と宗教間の対話

 韓国の土着化神学を端的に言うならば、韓国のコンテキストに基づいている「私」

と、「私の家族」、「隣人」、さらには、「私につながる過去と未来の人々およびそれを 取り巻く背景」、総じて「私たち」3と定義しうるものを、私が肯定し受け止めるため の神学的な試みである。その人々は、よき家族であり、友人であり、私たちである。

仮に、私たちがキリスト教の歴史と断絶されていたとしても、私たちのための神の愛 は、その断絶の歴史とは関係なく働いてきたということを、土着化神学は説明してい る。少なくとも、筆者の経験からすれば、そのような土着化神学を通じて、よき存在 としての私たちを再発見することができた。この理解を裏付けるために、ここで韓国 における土着化神学の流れをすべてとりあげることはできないが、土着化神学がいか にそのような理解をもたらしたのかに関して、単純な一般化の危険性を認識したうえ で、簡略にスケッチしてみよう。

 よき存在としての私たちを再発見したということは、それまではよくない存在、あ るいは否定的な存在として理解されていたということである。それでは、なぜ私たち はよくない否定的な存在として理解されてきたのであろうか4。韓国におけるキリス ト教の経験に鑑みるならば、現実において接しているキリスト教の多くは、おおむね 次のようなものである。聖書や牧師の言葉を批判的に検討しながら理解するよりは、

「神の霊感」によって書かれた聖書に基づいて、「主の僕」の言葉を「信仰」をもって 受け止める。その中でも、いわゆる「福音主義」を掲げる多くの人々は「四つの霊 理」として知られた救済史的な理解を宣べ伝える。

 その主張の核心は次のとおりである。1)人を愛し、人との連帯を願う真善美の究 極的な存在としての神。2)その神と対立する堕落した存在としての人。3)二つの存 在における質的な断絶を克服するために、神から送られた唯一の存在であるイエス・

キリストによって、神と人との連帯の道が開かれる。4)イエス・キリストはすべて の人に開かれた神に至る道であり、人が彼を受け入れるという決断と告白さえすれ ば、神との連帯は成し遂げられる。さらに、これらの論理の背後には、現世と地獄、

天国という世界観があって、現世における今の決断が永遠の祝福や刑罰をもたらすと 主張する。それによって、イエス・キリストを救い主と認めるように強く勧める。場 合によっては、より複雑な論理的な構造をもつこともあるが、極端な場合は「イエ ス・天国、不信・地獄」というスローガンに圧縮されることもある。

 ところで、上記の私たちに関する理解をめぐって問題になるのは、以下のことであ る。周知のとおり、神から送られた唯一の存在としてのイエス・キリストは、約2000 年前のイスラエルで生まれ活動した存在である。これは、時間的・地域的に限定され

(6)

る事実であり、この限定から疎外される人々は、神の働きからも疎外されてしまう。

また、そのイエス・キリストの教えの内容を継承した教会から疎外される人々も同じ である5。その結果、私たちは長きにわたる歴史の中で、福音から疎外されてきた祝 福されていない存在になってしまう。仮に、今日においてある人が「運よく」イエ ス・キリストを受け入れる決断をしたとしても、それはその人の決断できる領域に限 られる。その人が決断し得ない、すでに与えられているもの、たとえば、その人の生 まれや家族、与えられた名前、その人の思考と行動の背景になるエートスや人間関 係、職業を取り巻くありとあらゆるものは、依然として祝福されていない疎外された ものに止まってしまう。つまり、その人の決断というものは、私たちの中のごく一部 に過ぎなく、真善美の究極的な存在である神の働きからの疎外という問題の究極的な 解決にはいたらない。韓国における土着化神学の議論は、この問題を解決しようとし たものである。すなわち、土着化神学は、韓国におけるキリスト者の実存をめぐっ て、神から疎外された存在から選ばれた存在への、呪われた存在から祝福された存在 への転換を模索したものである6

 それでは、土着化神学の議論はどういう理解を提示しているのであろうか。たとえ ば、ユン・ソンボンは儒教における中心概念である「孝」と「誠」に関して、キリス ト教的な理解を試みることによって独自の神学を展開した7。また、ユ・ドンシク は、韓国には「風流」という精神的な地盤があり、それがこれまでの韓国の歴史の中 で仏教や儒教を通じて開花したと理解した8。そして、これからはキリスト教が花咲 く時代であると主張した9。さらに、ビョン・ソンファンはそこからもう一歩進み、

真善美の究極的な存在である神をある一つの宗教が独占することはできないがため に、韓国の伝統的な宗教とキリスト教はすべて神から由来したものであると主張し た。その意味で韓国における神学は、宗教間の対話を前提とする「他宗教の神学」に なる必要があると主張した10

 これらの神学的な主張の間における立場と視点の相違、また、その試みがどれほど 成功したのかに関しては、より深く吟味されるべき問題であるが、彼らの議論が上述 した私たちをめぐる問題を解決しようとしたことは明らかである。すなわち、他の人 の信仰的な実存において行われた告白を繰り返すのではなく、自らの実存から自らの 言葉を用いて神を告白しようとする。それぞれがおかれている場の背景を神から祝福 されたものと肯定し、私たちを取り巻くものが時空の限界の中でただ与えられたとい う歴史的な偶然から、信仰的な必然に変えられる。それは「母の胎にあるときから、

あなたに依りすがってきました」(詩篇71:6)という、詩篇の著者の信仰告白に似て いる。そのため、彼らの議論は一つの信仰告白の性格を帯びている11。キリスト者に なるということは、私たちが立っているこの場においてキリスト者になるということ

(7)

であり、この意味でこの場をよく生きることと、よきキリスト者になることとは、別 のことではない12

 以上のように、土着化神学の議論が、韓国においてキリスト者になるときに経験す る矛盾や衝突を解決しようしたものであると理解するならば、キリスト教とそのコン テキストがいかなる関係にあるのかが大きな問題となる。とりわけ、コンテキストの 大きな要素である伝統宗教とキリスト教との関係をめぐる問題が際立つ課題である。

この課題から、土着化神学は宗教間の対話、あるいは、宗教の神学として展開してい くことになるが、その特徴を整理するならば、次のようになる。

 まず、土着化神学における信仰と神学は、それが立っている場所と乖離してはいけ ないという点である。私たちは、私たちが立っている場において、私たちの言葉と感 性を用いて神を告白する必要がある。それは神から与えられたものであり、それを通 じて神を追求することは、私たちの場所においてよきキリスト者になるということを 意味する13。そのことによって、私たちは神の歴史的な選択から疎外された他者では なく、神によって胎内から選ばれた存在として認識される。そのため、一見彼らの主 張がいかに過激に見えても、たとえば、「他宗教においても救済がある」というス ローガンを掲げようとしても、彼らの根本的な意図は、彼らが立っているその場にお いてよきキリスト者になるということにある。彼らは、決してキリスト者としての自 らのアイデンティティを他の宗教のものと混同したことがない。

 次に、私たちがおかれている場所に注目する土着化神学は、その場所の一部である 伝統的な宗教とキリスト教の関係に注目するという点である14。韓国において生まれ 育った人がキリスト者になる際、その人のキリスト教的な認識は韓国の伝統的な世界 観の上に形成される。その人がキリスト教の信仰に用いる世界観や情緒、言葉は、韓 国の伝統宗教と密接な関係にある。したがって、韓国のキリスト者に多くの影響を与 えている伝統宗教は、キリスト教の認識を形成する際に通らないといけない一つの過 程になる15。この事実を明確に認識し、土着化神学はキリスト教と伝統宗教の関係を 韓国における神学的な課題として受け止める。

 さらに、以上のような土着化神学の意図と方向性は、対話という方法によって進め られるという点である。韓国におけるキリスト教の信仰は、伝統的な宗教の概念や言 葉を用いて形成される。そのとき、キリスト者の内部においては、伝統的な宗教とキ リスト教の対話が行われ、その産物として信仰が成立する16。その際、伝統宗教と は、単なる非キリスト教的な他者ではない。なぜなら、キリスト教に関する認識その ものが、伝統宗教によってすでに形成された認識体系の上に成立するからである。こ の理解において、伝統宗教は韓国のキリスト教の一部として理解することができる。

このような実存的な自覚によって、土着化神学は韓国におけるキリスト者の中にあ

(8)

る、キリスト教的な側面と伝統宗教的な側面の間に立ち、絶えず対話を試みてきた。

また、そのような対話を通じて、韓国における神学を形成していく必要があると考 え、追求してきた。そのために、儒教的な神学、あるいは、仏教的な神学として名付 けられる他宗教の神学は、単なる宗教的・神学的な混合ではなく、土着化神学が目指 した一つの方向性を表している17。このようなキリスト教と伝統宗教の対話を通じ て、韓国における信仰・神学を考えていくという姿勢が、土着化神学の最大の特徴で ある18

 土着化神学における以上の特徴を認めるならば、次の理解に同意することができ る。韓国における土着化神学とは、韓国の宗教的な実存をめぐる自覚に基づく神学で ある。土着化神学において宗教間の対話は避けては通れない問題であり、土着化神学 そのものが対話の産物である。土着化神学は、その対話を通して私たちの中にあるも のを呪われたものとして退けるのではなく、よき隣人として受け止め、よきキリスト 者になることを目指している。

 本稿はこのような土着化神学に関する理解を念頭に入れ、韓国の土着化神学の代表 的な人物の一人であるビョン・ソンファンの神学に焦点をあわせて、より具体的に検 討していきたい。

3.ビョン・ソンファン19の宗教間の対話

 「対話は人類にとって、最後の希望である」20と述べるビョン・ソンファンは、私 たちの一部としての仏教に注目した21。そのため、キリスト教と仏教との対話が彼の 神学的な作業の多くを占めている。それと同時に、彼はそのような対話が成り立つた めの基盤、すなわち、なぜ対話をすべきであり、そのためには何が必要であるかとい う論理の展開にも力を注いだ。その神学的な主張は、次の具体的な課題に対して推し 進められた。

 まず、キリスト教の排他的な絶対性を退けることである。ビョンにとって、キリス ト教における欧米中心的な偏見や教会中心主義、また、キリスト論がはらんでいる排 他性は、大きな課題として立ちはだかった。韓国のキリスト者というものが成立する ためには、韓国における人々の認識の体系やエートスの背景である伝統宗教とキリス ト教の共存が必要である。そのために、ビョンはキリスト教の歴史的な排他性を克服 する必要があると考えた22

 次に、キリスト教と伝統宗教が共存できる基盤を模索することである。ビョンは、

ある宗教が他の宗教を吸収するのではなく、なるべく平等の関係において相互調和さ れうる共通の基盤において、キリスト教と伝統宗教が共存できると考えた。そのよう

(9)

な共存の基盤によって、韓国のコンテキストにおける実存を自覚するときに起こる自 己矛盾や他者化の問題が解決できる。そのため、キリスト教と伝統宗教が共存できる 基盤を神学的に模索することが、韓国におけるキリスト教の土着化であると、彼は考 えたのである23

 ビョンは、そのための神学的な試みをしていくのであるが、その道をたどってみる と、彼が大きく二つの神学的な立場を採用していたことに気づく。一つは、八木誠一 の「場所論的なキリスト論」であり、もう一つは

J

・ヒック(

John Hick

)とポール・

ニッター(Paul F. Knitter)を中心とした「宗教多元主義」である。順番から見れ ば、八木から出発しヒックとニッターにたどり着くように見える。以下、ビョンが採 用した二つの神学的な立場を中心に、彼の宗教間の対話の特徴を突き止めるとしよ う。

1)ビョン・ソンファンの八木誠一理解24

 ビョンが八木の神学に注目し共感を示したのは、次の二つの側面からである。一つ は、キリスト教の歴史的な排他性の克服である。先述したように、旧約と新約におけ る歴史的な啓示と、イエス・キリストという歴史的な事件、その内容を継承したキリ スト教の歴史、というキリスト教における歴史性は、真理に対する限定と疎外を生み 出してしまう。その結果、韓国およびアジアという信仰・神学の場所は祝福されてい ないものになってしまう。それを克服しようとしたビョンの第一の課題は、キリスト 教の歴史性が生み出す排他性を相対化させることであった。この課題において、ビョ ンは八木を次のように理解し注目した。八木はキリスト教の歴史的な排他性という問 題を、次の二つの主張で克服しようとした。一つは、聖書主義の拒否であり、もう一 つは、ケリュグマに対する相対化である。八木にとって、聖書は真理そのものではな く、真理を指し示すものであり、歴史の中で形成された一つの産物である。聖書主義 は私たちの信仰を真理の上ではなく、聖書の文字の上に置こうとする試みであるがた めに、キリスト教が克服すべき課題である。また八木は、ブルトマンが非神話化を通 じて到達した本来的な実存というものも、結果的に歴史的な事件に依拠する使徒的な ケリュグマにつながっており、それは過去における実存的な理解が現代人を他律的に 規定してしまうと問題提起した25

 本稿で見てきたとおり、私たちの場所を肯定的に受け止めるために、それを否定的 なものと規定するキリスト教の歴史的な排他性を修正・克服する必要があるというこ とは、土着化神学における大きな課題であった。その課題において、聖書の文字的な 理解だけではなく、使徒的なケリュグマさえも相対化していると考えられた八木に、

ビョンが大きく共鳴したのは十分理解できる26

(10)

 ビョンが八木に注目したもう一つの側面は、普遍的な事柄としての宗教的な実存で あった。八木は新約聖書の中から、贖罪の神学、復活の神学、愛の神学という三つの 類型を見出し、それを貫く普遍的な実存を述べる27。新約における異なる神学の類型 にもかかわらず、それらは宗教的な実存という普遍性によって統合されるということ である。そして、その宗教的な実存はキリスト教に限らず、仏教においても見出すこ とができると言う28。仏教においてもさまざまな宗派があるにもかかわらず、それら は宗教的な実存において理解することができるということである。そのような八木の 思想は、後に統合の論理としてより組織的に展開される。

 八木によれば、私という存在は人間を統合体たらしめる根本的な規定の中におり、

その規定は「われわれの側の条件には依存せず、我々を統合された人格存在たらしめ るべく働きかけ、我々がそれに自覚的に従うよう語りかけている」29。すなわち、統 合体の根底(神)によって、統合への規定(キリスト)が活動しており、人を人格存 在(統合体としての宗教的な実存)たらしめるのである。私という存在はそのような 構造の中で、神とは相互内在的に、他の存在とは相互否定媒介的に存在する30。言葉 を変えて言うならば、私は神の愛に基づいて、私の中に働くキリストによって、共に 救われる存在として招かれているということである31

 ビョンは、そのような八木の神学が宗教的な実存を究明し、その根拠を統合におい て説明していると理解した32。そして、八木の述べる普遍的な事柄としての宗教的な 実存に大きく共鳴したのである。ここで、先述したキリスト教と伝統宗教の共存とい うビョンの課題が八木の主張につながったということは、容易に推測できる。すなわ ち、ビョンは宗教の相違を乗り越える共存の基盤を模索するという自らの問題意識に おいて、その一つの可能性を八木の主張に見出したのである。

 以上のように、キリスト教の歴史的な排他性を克服しつつ、キリスト教と伝統宗教 の共通の基盤を確保するという土着化神学の課題の糸口を、ビョンは八木に見出し た。そして、八木の神学的な主張を採用しながら、キリスト教と仏教との対話を進め ていく。ところが、ビョンが八木に感じたそのような共感にもかかわらず、両者の間 には微妙な違いがあったことも事実である。両者の相違の端緒は、実存理解をめぐる ものからであった。ビョンは、八木に対して倫理的な決断を行う責任的な主体として の実存を求める33。しかし、後期の八木の思想において顕著に現れているように、八 木における実存は決断を行うものであるよりは、統合によって究明される正しい人間 の存在のあり方という意味が強い。これに関してはビョンも指摘しているとおりであ る34

 両者におけるそのような認識の相違は、八木が宗教的な実存という用語を用いる時 点からある程度予見されていたものであった。八木にとって宗教的な実存とは、ケ

(11)

リュグマの歴史性を超越し、さまざまなキリスト教の類型を貫くもの、さらに、宗教 間の相違をも乗り越える普遍的な事柄である。ところで、八木は滝沢克己によって、

その宗教的な実存の根拠を突きつけられた35。後に、彼は統合および場所を述べるこ とによって、その根拠の問題を解決した。すなわち、初期の八木が述べた中心的な概 念である宗教的な実存は、後に統合論や場所論というより大きな展開において吸収さ れたのである。

 ビョンは、そのような八木の展開が成立論から本質論への変化であると理解した36。 そこでビョンは八木のような本質論ではなく、実践論への展開を模索するようにな る。八木が本質論に傾くことによって、宗教的な実存を決断と実践の側面が弱くなっ たと理解したからである。そしてビョンは、八木の立場は形而上学的な性格が強いた め、現実に基づいた倫理的・歴史的な認識と実践の視点が必要ではないか提言する。

つまり、倫理的な責任をもつ実存理解の延長として、宗教間の形而上学的な対話だけ ではなく、倫理的な実践と歴史的な認識、アジアの解放の神学の視点を八木に求めた のである37

 このことは、ビョンが八木の神学に強く共鳴しながらも、根本的な方向性の相違を 認識しつつあったことを表している。ビョンの宗教間の対話は、韓国のような多宗教 的な状況に生きるキリスト者の実存をめぐる自覚、すなわち、キリスト教以外の宗教 が単なる他者ではなく、そのキリスト者の背景をなしているという自覚によって、生 み出されるものであった。伝統宗教、あるいは他宗教と呼ばれるものは、対話の主体 であるキリスト者の一部であり、アイデンティティの一部である。キリスト教と伝統 宗教との対話による共存とは、韓国のような環境にある人々が、その場に根付くキリ スト者になるために通らなければならないものである。これが土着化神学の基本的な 問題意識であり、ビョンはこの姿勢に徹底していた38。したがって、ビョンの方向性 は、あくまでも具体的なコンテキストに向けられるものであった。

 しかし八木は、ビョンとは異なっていた。彼の方向性は、宗教における、また、人 間一般における究極的な根底を究明することであった。ビョンが、具体的なコンテキ ストに関する理解から出発し、あくまでもそれに徹底していたならば、八木はそのコ ンテキストを成り立たせている根底に目を向けた。その際、宗教間の対話は、比較検 討という一つの学問的な方法論として採用される。その背景には、キリスト教と仏教 における八木の信仰的な体験があったと考えられるが、それはビョンのような具体的 なコンテキストに基づくキリスト者としての問題意識ではない。すなわち、八木に とって、仏教は日本のキリスト教の自己理解としての前提ではないがために、日本の キリスト教がなぜ対話を行わないといけないのか、という課題の動因が十分に見出せ ないということである。

(12)

 このことは、単に八木の宗教間の対話が他者と行う対話であり、具体的なコンテキ ストに関する自覚がないという意味ではない。むしろ八木は、宗教だけではなく人間 一般の根底をより徹底的に突き止めようとしたのである。それは、決して具体的なコ ンテキストを無視するものではない。しかし、その展開は人間一般の普遍的な事柄を 追及すればするほど、具体的なコンテキストにかかわる視点が薄くなり、ビョンが求 める倫理的な実践と歴史的な認識、アジアの解放の神学の視点のようなものが見出だ せないことも事実である。八木にとっても場所という用語が中心的な概念として取り 扱われているが、その場所は私たちが生きている地域や社会、環境などの歴史的な意 味の場所、すなわちコンテキストという意味よりは、人間における究極的な根底とし ての意味が強い。このように両者の相違は、神学的な主題を共有しながらも、あくま でもコンテキストに注目するビョンと、その根底に注目する八木の異なる方向性によ るものであると考えられる。

2)ビョン・ソンファンの J・ヒック理解

 上述のビョンと八木の神学的な立場と方向性の相違を感じていたビョンは、八木に 止まらずヒックを代表とする宗教多元主義に進んでいく。そのようなビョンの神学的 な中心点の移動は、八木も一時期は宗教多元主義を掲げたので、表面的には同じ宗教 多元主義から宗教多元主義への移動として理解されるかもしれない39。また、類似概 念の代替、あるいは補完として理解される可能性もある。しかし、八木とヒックの神 学は共通点だけではなく、根本的な相違点もある。ここではまず、八木からヒックへ の神学的な中心点の移動にもかかわらず、ビョンが維持した基本的な立場から確認し てみよう。

 本稿において言及してきたように、土着化神学におけるビョンの基本的な問題意識 は、キリスト教の歴史的な排他性を克服することと、キリスト教と伝統宗教の共通の 基盤を模索することであった。それによって、相互補完・相互共存をめざし、自己疎 外を克服する実践的な道に進むことがビョンの目標であったのである。ビョンは、八 木からヒックへの移動にもかかわらず、そのような土着化神学の問題意識を維持し た。まず、キリスト教の排他的な歴史性を克服するという課題をめぐって、ビョンが 共感した八木の聖書主義の否定は、隠喩的・宗教的な言葉として聖書を理解するヒッ クの姿勢につながる。また、ビョンが注目した八木のケリュグマの相対化は、イエス が自らを神と考えていなかった点と、カルケドン信条は未だに議論の余地があるとい う点、イエスに対する文字どおりの理解が歴史的に問題を起こしてきた点、という ヒックの三つの問題提起につながる40。さらに、八木の宗教的な実存や統合という共 存の基盤は、ヒックの究極的な実在において確保される。このように八木からヒック

(13)

つながる神学的な主張によって、ビョンの問題意識と神学的な立場は維持されてい る。

 しかし、そのような八木とヒックの共通した神学的な主張にもかかわらず、両者の 間には根本的な相違がある。まず、ヒックの宗教間の対話は、神と言いうる究極的な 実在において遂行される41。その際、イエス・キリストは神を完全に現した模範的な 一つの例、あるいは、メタファーとして位置づけられる。しかし、八木においてはキ リストがあくまでも中心的な役割を果たしている42。この違いは、両者の神学的な立 場が根本的に異なるっていることを示している。すなわち、ヒックはキリスト教の神 概念から出発して、意図的に究極的な一つの抽象概念を追求する。一方、八木は神の より具体的な自己限定的な姿、すなわち、神の子として新約聖書において描かれてお り、今も各々の人に会われるキリストを追及するのである43

 次に、ヒックが究極的な実在という絶対者に対する不可知から出発するならば、八 木は可知を追及する44。ヒックは、絶対者に対する人間の認識が体系的に発展・形成 したものとして宗教を理解し、人間の認識の限界に起因する宗教の相対性を述べる。

そこにおける神は、知り得ないものとされており、その存在のあり方や活動を具体的 に究明しようとしない。ゆえに、ヒックの論理は一つの仮説である。一方、八木はキ リスト教における歴史性と真理そのものを区別し、キリスト教の歴史性の相対性を述 べるだけではなく、普遍的な真理の存在と活動を明らかにさせようとする。すなわ ち、彼は常に神とキリストの存在のあり方と働きを究明しようとするのである。究明 しようとすることは、それが知り得るものだということを前提にしており、知り得な いという人間の認識的な限界から出発するヒックとは根本的に異なっている。

 さらに、ヒックはすべての宗教が究極的な実在に基づいたものとし、その優劣はそ れぞれの宗教の倫理性によって判断できるとした45。すなわち、倫理性というものを 宗教判断の基準として提示したのである。一方、八木はそのようなはっきりした基準 を提示しない。そもそも、八木にはすべての宗教を考慮するとか、判断するとかの発 想そのものがないように見える。八木は自らの主張を証明するため、キリスト教のパ ラレルとして仏教をとりあげているように考えられる46

 以上のように、八木とヒックの間には共通点だけでなく、根本的な相違点もあるこ とが確認できる。ここで、なぜビョンは八木からヒックに進んだのかということが問 題となる。すなわち、八木からヒックに進むことは、ビョンにとってどういう意味を 持っていたのであろうか。この問題に手がかりを与えるのが、イ・ジョンベの次のよ うな記述である。

仏教に注目した先生(ビョン・ソンファン)は、キリスト教と仏教との出会いそ

(14)

のものを、正しく公平なものとする必要があると考えた。そのため、J・ヒック の神中心的な多元主義を積極的に受け入れた。また、後に民衆の神学からの問題 提起によって、ポール・ニッターや

A

・ピエリスなどの実践的な宗教多元主義と 共に仏教的な神学の道を模索したのである。47

 イ・ジョンベの記述によれば、80年代の初期までのビョンは「仏教に対してキリス ト教的な洗礼」を与えようとする成就論的な立場に止まっており、80年代の後半に宗 教多元主義を受け入れることによって、成就論的な立場を克服した。ビョンの中に あった成就論的な立場、すなわち、仏教がキリスト教によって成就されるという理解 が残っていることを自覚したので、それを克服するために宗教多元主義への移行した ということである。

 ビョンの神学的な立場の変化をめぐって考えられるもう一つの理由は、ビョンと八 木の方向性の相違である。先述において、ビョンと八木は神学的な主題を共有しなが らも、あくまでもコンテキストに注目するビョンと、その根底に注目する八木の異な る方向性が示された。ビョンは、そのような八木の立場が、ヨハネによる福音書とパ ウロの思想に基づいた存在論的な理解や倫理観に基づく形而上学的なものである理解 した。そのため、八木が存在論だけではなく、キリスト教の終末論にも注目する必要 があるのではないかと主張する48。これは、コンテキストに注目するビョンが発する 八木への批判である。つまり、ビョンは具体的なコンテキストに基づく神学を追求 し、形而上学的なものであると判断した八木から、イ・ジョンベが述べるように実践 的な宗教多元主義に自らの神学的な立場を突き進んでいくのであった49

 以上、本稿は韓国の土着化神学の問題意識を念頭に入れながら、八木からヒックに いたるビョンの神学的な旅を検討してみた。それによって、土着化神学の問題意識が キリスト教の排他性を克服し、キリスト教と伝統宗教が共存する基盤を模索するとい う神学的な課題につながっていたということが示された。それでは最後に、八木から ヒックへと移行するビョンの神学的な旅を通じて、ビョンが何を得て何を失ったの か、また、それが土着化神学にとって、どういう意味を持っているのかということを 吟味しながら、本稿を結びたいと思う。

4.結び

 本稿で確認したように、土着化神学おける対話とは、韓国のコンテキストにおいて 正しく信仰・神学するために避けては通れないものであった。そのため、一部の人だ けが関心を寄せるのではなく、韓国のコンテキストにおける多く人々が宗教間の対話

(15)

に参加することが望ましい。そこで必要なのが、宗教間の対話の最大公約数を確保す ることである。この点において、ヒックの主張は八木のものより、はるかに効率的で ある。ヒックの主張は、八木のものに比べて単純明快である。それはたとえば、次の ようないくつかの前提さえ受け入れることができれば、宗教間の対話は進みやすい。

まず、究極的な実在が存在する。次に、人における認識的な限界によって究極的な実 在の一部しか見ることができない。この意味で、私たちの理解は相対的なものであ り、相互補完されるべきである。もし、これらの前提を認めることができれば、その 後の対話は非常にわかりやすく、宗教間の対話の壁は低くなる。

 一方、八木はヒックが前提としているものを一々紐解いて説明し、それがなぜ前提 となるのかを究明しようとする。ヒックが自らの主張の出発点としているそれらの前 提は、八木によって論理的な証明の対象となる。もし、宗教間の対話を効率よく進め ることが当面の目標であるならば、八木の立場は非常に消耗的な作業である。このこ とは、八木に関するビョンの文章がいかに難解なものであるか、また、ヒックに関す るビョンの文章がいかにわかりやすいものであるか、ということを比較してみるだけ でも、明らかなことである。特に、八木の主張は後期に進むにつれ、より難解なもの になっていく50。それは、八木の神学が深くなったという意味がある一方で、一般の 人々からは遠いものとなってしまったということではなかろうか。

 つまり、ヒックの主張は宗教間の対話における最大公約数の確保という点におい て、八木のものより適切であった。その成果として、教団からの破門されるという不 幸な出来事はあったけれども、ビョンは韓国の神学界と宗教界に波乱を呼び起こし、

韓国における宗教間の対話に大きく寄与した。彼は、宗教間の対話の象徴的な存在と なり、韓国における土着化神学を牽引したのである。それは、彼が八木の神学的な方 向性に固守していたら、できないことであったと思われる。

 しかし、そのような成果とは別に、彼が失ったものもある。このことは、イ・ジョ ンベの「レンマの論理を西欧に対抗しうる最適なアジアの宗教性と思いながらも、先 生(ビョン)はその論理に基づいた神学的な作業を具体的に展開できなかった」51と いう記述に表れている。ここでレンマの論理とは、京都帝国大学時代の西田幾多郎の 弟子であった山内得立が『ロゴスとレンマ』(岩波書店、1974)で展開したものであ る。そこでは、Aは

A

であり、非

A

ではない、という自己同定における差異や対立、

矛盾を特徴とするロゴスの論理と、Aは

A

であると同時に非

A

であるという、肯定 にして否定、また、肯定でもなく否定でもない、直観的なレンマの論理が対比的に述 べられている52。このようなレンマの論理は、西田の「絶対矛盾的自己同一」や 鈴木 大拙の「般若即非」の論理に通じるものであり、キリスト教においては滝沢克己の不 可分・不可同・不可逆と、八木の場所論的な哲学につながるものであると言えよう53

(16)

 イ・ジョンベが言及するようにレンマの論理に基づいた仏教的な神学というもの が、土着化神学の一つの課題であったならば、そのようなレンマの論理につながって いた八木を一つの土台にして、ビョンはより積極的な神学的展開を試みることができ たはずである。しかしビョンは、八木からヒックに進むことによって、そのような展 開ができなくなってしまった。それは、仏教や儒教という伝統宗教に対する学びや深 い洞察を通じて、キリスト教の理解をじっくりと深めていく神学的な作業ができな かったということである。そのような丹念な神学的な作業は難解さを伴うがゆえに、

一般の人々に大きな影響を与えることはできないかもしれない。しかし、宗教間の対 話や土着化神学の内実を深めるためには、欠かすことができないものである。このこ とが、八木からヒックに進むことによって、ビョンが失ったと考えられるものである。

 以上のようなビョンが得たものと失ったものは、土着化神学や宗教間の対話の方向 性における根本的な課題を示している。すなわち、土着化神学や宗教間の対話を現実 に生かすためには、それをより分かりやすいものにし、多くの人々の参加を呼び起こ す必要がある。一方、難解さは伴うかもしれないが、その神学的な内実を十分に深め る必要があるということも事実である。ビョンにとって、この二つの方向性を象徴的 に現していたのが、ヒックと八木であったのではないだろうか。その間で、ビョンは より多くの人々の反響を呼び起こすことを選んだ。それは、急成長を成し遂げ、社会 的に主流の宗教となって排他的な姿勢を示していた韓国のキリスト教の状況が、神学 者であるビョンに求めた一つの使命であったかもしれない。

 本稿において確認したとおり、土着化神学における宗教間の対話は、自らが立って いる場所に基づいたキリスト者になるためのものである。それはたとえば、さまざま な宗教の人が集まって行う茶話会でも、また、エリートたちが雲の上の高い頂上で行 うものでもない54。それは、自らが立っている場所とその実存に対する自覚から始ま り、自分の内から外へと対話の輪を広げるものであった。その際、似ているコンテキ ストに基づく多くの人々の参加を呼び起こすと同時に、その神学的な内実を深めると いう二つの方向性は、緊張的な関係においてともに追及していく必要がある。このこ とは、ビョンと似たようなコンテキストの中で今日を生きる私たちにも、大きな課題 を示唆するのではなかろうか。

(追記)

 本稿は、韓国の学術誌『神学思想』150集2010/秋号(韓国神学研究所)に掲載さ れた筆者の論文をベースに翻訳し、日本の状況に合わせて全面的に修正・加筆したも のである。

(17)

1 イ・ドクジュ『韓国の土着教会形成史研究-「韓国的キリスト教」の根元を探して』韓国キリスト教 歴史研究所、2001、p.13。

2 このほかにも、韓国では土着化神学に関するさまざまな分類が試みられてきた。たとえば、種と畑や 接木、翻訳、受肉などの方法論的な分類(ファン・ジョンヨル『韓国の土着化神学の構造』クックテ ウォン、1996、1章1節、2章5節を参照)や、保守主義、進歩主義、自由主義の神学史的な流れにおけ る理解(ユ・ドンシク『韓国のキリスト教の鉱脈』ダサングルバン、4章1節を参照)、さらに、妥協 型、孤立型、対決型などの類型的な分類(シム・イルソプ『韓国における土着化神学の形成史』国学 資料園、1995、p.32)などがある。韓国における土着化神学に関すするそれらの理解は、日本におけ る1960年代の土着化神学の議論と類似するものが多い。拙稿「1960年代の『土着化議論』に対する神 学的な応答-『滝沢神学』を中心に」(『基督教研究』第70巻第2号、2008)を参照。

3 ここで、「私たち」という言葉がはらんでいる危険性に関して断っておきたい。私たちに関する規定 は、時には私たちの範疇に属しない他者に対する、暴力的かつ排他的な強要にもなりうる。ここで深 く立ち入ることはできないが、本稿で言う「私たち」は、他者に私を強要することで成り立つもので はなく、他者及び弱者に対する自己同一化によって成立するものである。

4 たとえば、イ・テハが指摘するように、韓国における初期の宣教師たちの比較宗教学的な視点も、私 たちを否定的に理解する一つの原因であったと理解することができる。そん・ヨム、イ・テハ、

チェ・ソンス共著『宗教多元主義の時代におけるキリスト教と宗教的な寛容』ミンジ社、pp.21-25。

5 このような歴史的な限定を、ビョン・ソンファンは現代神学の過ちであると理解し、「歴史主義の病」

であると言う。ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、韓国 神学研究所、1997、p.127。

6 同上、p.118。

7 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集3:韓国的な神学の模索』、韓国神学研究所、1997、

pp.83-87。

8 同上、p.118。

9 柳東植他『宗教多元主義と神学の未来』、ジョンロ書籍、1989、pp.24-28。

10 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集1:宗教間の対話とアジアの神学』韓国神学研究所、

1996、pp.180-181。

11 同上、pp.62-64を参照。

12 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、p.111。

13 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集3:韓国的な神学の模索』、pp.64-66。

14 同上、p.259。

15 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集7:現代文明とキリスト教の信仰』韓国神学研究所、

1999、pp.303-305を参照。

(18)

16 たとえば、初期の韓国のキリスト教の状況において儒教的な知識を用いてキリスト教を理解するイ・

ビョックの理解は、信仰を形成するときの対話の過程をよく表している。イ・ソンベ『儒教とキリス ト教』ブンド出版社、2001、pp.64-65。また、日本においては海老名弾正が儒教的な理解を用いてキ リスト教を理解したことはよく知られていることである。土肥昭夫『日本プロテスタントキリスト教 史』新教出版社、2005年、第5版(第1版、1980)、pp.173-178。このように、キリスト教と伝統宗教 との対話は、宣教地においてキリスト教の理解が成立するための一つの過程であると考えることがで きる。

17 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集3:韓国的な神学の模索』、pp.48-49。

18 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集3:韓国的な神学の模索』、pp.49-50。

19 ビョン・ソンファン(邊鮮煥、1927-1995)は、韓国の土着化神学者であり、現代の韓国の神学界に おいてもっとも象徴的な人物の一人である。韓国のメソジスト神学大学とアメリカのドリュー大学、

スイスのバーゼル大学で修学した。特に、バーゼルでは、西田哲学のヨーロッパへの窓口であったフ リッツ・ブリーの弟子であったがために、西田哲学と八木誠一の神学に影響を受けた。韓国では、土 着化神学の第一世代として活躍し、主に仏教とキリスト教の対話に力を注いだ。韓国のメソジスト神 学大学の総長を歴任しつつ、積極的に宗教多元的な神学を推し進めることによって、当時の韓国の神 学界の波乱を起こした。しかし、保守的な傾向にあった当時の教界の強い弾圧によって、メソジスト 教団から破門されるという前代未聞の出来事が起こった。現在は、韓国における土着化神学および宗 教間の対話を牽引した象徴的な存在として高い評価を受けている。

20 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集1:宗教間の対話とアジアの神学』、p.54。

21 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、pp.229-231を参照。

22 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集1:宗教間の対話とアジアの神学』、p.185。

23 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集3:韓国的な神学の模索』、p.280。

24 本稿は、八木誠一の主張を正確に把握することを目的とするのではなく、「ビョン・ソンファンの八 木理解」を示すことを目的としている。そのため、用語の問題や理解などに関しては、八木本人のも のより、ビョンの八木理解と用語を優先しているという点を明らかにしておく。

25 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、pp.173-175。

26 初期のビョンの神学的な課題は非ケリュグマであったと述べるイ・ジョンベの分析も、このような脈 絡で理解することができる。イ・ジョンベ「一雅ビョン・ソンファン博士の仏教的な神学と神学のア ジア的なイメージ化」ビョン・ソンファンアーカイヴ・東西神学研究所編『ビョン・ソンファンの神 学の再発見』大韓キリスト教書会、2005、pp.170-176参照。

27 より正確に表すならば、八木は新約思想の三つの類型をAとB、Cに分類し、それぞれの中心思想 が、贖罪と復活、愛であると主張した。八木誠一『新約思想の成立』増補版、新教出版社、2003、

pp.112-119。

28 同上、pp.165。

(19)

29 八木誠一『キリスト教は信じうるか』講談社、1970、p.190。

30 同上、pp.174-182を参照。

31 このような統合の論理の中で、宗教的な実存は「人格」という概念に吸収される。同上、p.142。

32 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、pp.177-182参照。

33 同上、pp.226-227。

34 同上、p.176。

35 滝沢克己『聖書のイエスと現代の思惟』新教出版社、1965、pp.187-192。

36 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、p.176。

37 同上、pp.226-227。

38 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集1:宗教間の対話とアジアの神学』、p.164を参照。

39 同上、p.222。

40 John Hick, The Metaphor of God Incarnation, SCM Press Ltd, 1993, pp.99-102。

41 ヒックは、このような究極的な実在が、その究極性によって複数ではなく単数であることを明らかに している。J・ヒック、間瀬啓允訳『宗教がつくる虹』岩波書店、1997、p.128。

42 八木誠一『宗教の言語』日本基督教団出版局、1995、pp.130-131。

43 たとえば、八木は自我とは区別される自己という用語を用いる。自己は超越的・普遍的であると同時 に、個人的な自我と具体的に結合していると主張する。この自己こそがキリストに他ならない。同 上、pp.117-125;p.131。

44 ヒックはカントを取り上げながら、人間の認識的な限界を述べ、そこから各宗教の限界を主張する。

J・ヒック『宗教がつくる虹』、pp.50-51;p.83。一方、八木は人間の認識の無限性を認めているわけ ではないが、新約聖書という与えられた資料から出発して、神を認識・理解することができるという 帰納的な立場をとっている。新約聖書に関する八木の分析と類型の抽出は、そのような試みとして理 解することができる。八木誠一『新約思想の成立』、第2章と3章を参照。

45 J・ヒック『宗教がつくる虹』、pp.137-138。

46 八木誠一『新約思想の成立』、pp.164-165。

47 イ・ジョンベ「一雅ビョン・ソンファン博士の仏教的な神学と神学のアジア的なイメージ化」『ビョ ン・ソンファンの神学の再発見』、p.176。

48 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、pp.223-227。

49 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、p.226。

50 そのような八木の神学的な展開に対して、ビョンは非常に複雑であると言っている。ビョン・ソン ファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、p.173。

51 イ・ジョンベ「一雅ビョン・ソンファン博士の仏教的な神学と神学のアジア的なイメージ化」『ビョ ン・ソンファンの神学の再発見』、p.188。

52 山内得立『ロゴスとレンマ』岩波書店、1974、第2、第3章を参照。

(20)

53 八木誠一『場所論としての宗教哲学』法蔵館、2006、第4章を参照。

54 ビョン・ソンファン『ビョン・ソンファン全集2:仏教とキリスト教の出会い』、p.227;J・ヒック

「自分史」間瀬啓允・稲垣久和編『宗教多元主義の探求』大明堂、1995、pp.2-4;ソン・ヨム、イ・

テハ、チェ・ソンス共著『宗教多元主義の時代におけるキリスト教と宗教的な寛容』、pp.143-147な どを参照。

(21)

参照

関連したドキュメント

The torsion free generalized connection is determined and its coefficients are obtained under condition that the metric structure is parallel or recurrent.. The Einstein-Yang

In particular, we consider a reverse Lee decomposition for the deformation gra- dient and we choose an appropriate state space in which one of the variables, characterizing the

In order to be able to apply the Cartan–K¨ ahler theorem to prove existence of solutions in the real-analytic category, one needs a stronger result than Proposition 2.3; one needs

Our method of proof can also be used to recover the rational homotopy of L K(2) S 0 as well as the chromatic splitting conjecture at primes p > 3 [16]; we only need to use the

This paper presents an investigation into the mechanics of this specific problem and develops an analytical approach that accounts for the effects of geometrical and material data on

We study the classical invariant theory of the B´ ezoutiant R(A, B) of a pair of binary forms A, B.. We also describe a ‘generic reduc- tion formula’ which recovers B from R(A, B)

While conducting an experiment regarding fetal move- ments as a result of Pulsed Wave Doppler (PWD) ultrasound, [8] we encountered the severe artifacts in the acquired image2.

For X-valued vector functions the Dinculeanu integral with respect to a σ-additive scalar measure on P (see Note 1) is the same as the Bochner integral and hence the Dinculeanu