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中央銀行の最後の貸し手機能の有効性 : 厚生分析

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(1)

中央銀行の最後の貸し手機能の有効性 : 厚生分析

著者 小田 勇一

雑誌名 經濟學論叢

巻 62

号 4

ページ 537‑581

発行年 2011‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013619

(2)

【論 説】

中央銀行の最後の貸し手機能の有効性:厚生分析

小 田 勇 一

  

1 は じ め に

 中央銀行の主な役割の1つに最後の貸し手(lender of last resort 以下,LLRと する)機能がある.銀行は通常,預金者から集めた預金の大部分を企業に対す る貸出,株式や国債などへの投資に運用している.そのため,何らかの理由 で預金の支払い可能性に対する疑念が生じたとき,預金者は一斉に預金を引 出すという行動に出るため,銀行取付けが発生する.

 銀行取付けは,銀行相互間に網の目のように張り巡らされた債権・債務関 係を通じて他の銀行を破綻させたり,善意の第三者である預金者や借り手を 不測の事態に陥らせたりする外部不経済効果を誘発し,効率的な資源配分を 妨げる.そうした事態の発生を未然に防止すべく各国においては現在,LLR や預金保険制度などが設けられている.ただし,預金保険はあくまでも経営 破綻した銀行の事後処理を目的としたものであり,突発的な銀行取付けには 対処することができない.それゆえ,銀行取付けが発生した際には中央銀行

† 本稿は,平成21年度日本金融学会春季大会(東京大学)及び平成21年度日本経済学会春季 大会(京都大学)での報告論文を改訂したものである.金融学会の討論者の神奈川大学の酒井 良清教授から有益なコメントを頂いた.本稿の作成の過程で,同志社大学の河合宣孝教授,鹿 野嘉昭教授,京都大学の今井晴雄教授,千葉大学の榊原健一教授,慶應義塾大学の櫻川昌哉教授,

及び金融学会と日本経済学会に参加者の方々から多くのコメントを頂いた.とりわけ,榊原教授,

今井教授,鹿野教授からは,草稿の段階から非常に多くのご指摘を頂いた.また,匿名のレフェ リーより貴重なご指摘と助言を頂いた.ここに記して感謝したい.もちろん,本稿中のすべて の誤りの責任は私自身に帰せられる.

* E-mail: [email protected]

(投稿受付 2010323日,

査読を経て掲載決定 2010928日)

(3)

がLLR機能を発揮して取付けに見舞われた銀行に流動性を供給することによ り,危機の鎮静化に努めるのが一般的となっている.

 Bordo (1990)によると,LLRに関する古典的な考え方は,次のBagehotの4 原則により表すことができる.

 ① 危機に陥った銀行に,ペナルティ・レートを課して貸出を行う.

 ② この貸出は無制限に行い,貸出実行とは別にそれを公表する.

 ③ 関係者に対する副次的な影響について調整を行う.

 ④  救済対象は流動性が不足している健全な銀行(illiquid but solvent bank)に 限定する.

 Bordo (1990)では,この4原則に関する様々な議論が紹介されている.とり わけ議論の対象になっているのは第4の原則であり,たとえばGoodhart (1985) は財務状態に問題を抱え,預金をはじめとする負債の支払いが困難であるよ うな支払不能もしくは債務超過の状態にある銀行(insolvent bank)も救済の対象 とするべきであると,Bagehotの原則とは反対の主張を表明している.このよ うに,LLRの対象銀行にかかわる原則をめぐっては研究者の間でも意見の一 致をみるまでには至っていない.しかし,支払不能銀行は経営に失敗した銀 行であり,市場の機能維持のためには退出させるべきであり,LLRにより救 済することは資源配分の効率性をゆがめ,経済厚生を低下させるおそれがあ る.本稿では,支払不能銀行を救済対象に含めるか否かで,LLRの取付け防 止効果と経済厚生に与える影響がどのように変わりうるかという点について 理論的に明らかにすることにより,この問題について検討することにしたい.

 LLRという信用秩序維持政策を分析するための理論的な基礎はDiamond

and Dybvig (1983)(以下,D-Dモデルとする)により築かれた.D-Dモデルでは,

銀行は預金契約を通じて消費者の流動性リスクをプールのうえ消費を平準化 することにより消費財の最適配分が達成されることが示されているが,そう

(4)

した『良い』均衡が存在する一方で,銀行取付けが発生する『取付け』均衡 がもうひとつの均衡として存在することも指摘されている.そして,マクロ 経済的なリスクが存在しないときには預金契約への支払停止条項の追加が,

またマクロ経済リスクがあるときには政府が運営する預金保険による所得の 事後的な再分配が銀行取付けの発生を防止するうえで有効であると主張され ている.

 D-Dモデルでは,銀行の投資収益には不確実性がないことを仮定のうえ,

預金者間の「協調の失敗」の結果としてサンスポット的に発生する取付けが 分析されている.しかし,銀行取付けには,サンスポット的な取付けとは異 なる取付けもありうる.すなわち,銀行は通常,分散投資を行い信用リスク の削減に努めているが,景気変動に伴い資産価格やエネルギー価格の大規模 な変動といったマクロ経済リスクが顕現して銀行の資産内容が急速に悪化し たとき,そうした情報を入手した預金者がわれ先にと預金を引出すことより 発生する取付けである.このような銀行取付けを,情報による取付けと呼ぶ.

支払不能銀行が直面するのは,まさにこのような取付けである.そのため,

LLRによる支払不能銀行救済の効果を分析するには,取付けの発生と銀行収 益との関係を明示的に取り扱うことができる理論モデルの構築が必要となる.

また,情報による取付けは決済システムを通じて他の銀行にも波及するほか,

貸し手・借り手の関係を通じて借り手企業にも不測の事態を及ぼすなど,外 部不経済効果をもたらす.前者については,Rochet and Vives (2002)やMaeda and Sakai (2008)で分析されている.例えば,Rochet and Vives (2002)はインター バンク市場における銀行間の協調の失敗を分析対象としてLLRによる解決策 について検討している.Maeda and Sakai (2008)は決済モデルとD-Dモデルを 結び付け,決済システムに関するLLRの効果について分析している.後者に ついては,Allen and Gale (1998)で分析されている1)

1) これらの他にもD-Dモデルをもとに銀行行動をめぐって非常に多くの理論的研究がなされて

いる.それについては,Allen and Gale (2007), Gorton and Winton (2003),酒井・前多(2003)な どを参照せよ.

(5)

 LLRに関する近年の研究としてはRepullo (2000),Kahn and Santos (2005)な どがある.Repullo (2000)は中央銀行と預金保険機構がそれぞれ銀行に関する 異なる情報を保有する状況をとりあげ,LLR機能に関する最適な役割分担に ついて分析している.Kahn and Santos (2005)はLLRと預金保険が同時に存在 するときの銀行監督のあり方について分析している.また,Martin (2006)は 中央銀行による銀行への流動性供給政策と預金保険を比較し,流動性供給政 策がモラル・ハザードを起こさずに取付けを排除できることを示している.

その他の中央銀行に関する理論については,藤木(1998)が詳しい.

 Allen and Gale (1998)は,D-Dモデルに確率的な生産技術を導入し,銀行が 保有する資産の価格と銀行取付けとの関係について分析のうえ,中央銀行の 介入が資源配分を効率化させることを示している.しかし,彼らの分析では,

長期投資は完全に非流動的で中間期には清算できないと仮定されている.そ のため,経営状態に関係なく銀行の長期投資は最終期まで維持され,中途で 売却されることは想定されていない.それに対して,本稿では,長期投資が 中間期で清算可能であると仮定する.そして,銀行が経営状態の悪いときに,

中間期に長期投資を清算できるケースを分析する.そうすることにより,市 場規律の一部としての銀行取付けの役割を分析のなかに含めることができる からである.

 支払不能な銀行に対して中央銀行が貸出を行うことは,貸出の焦げ付きに よる中央銀行の資産劣化の可能性をはらむ.危機の規模が小さいときには,

その影響は無視できるかもしれないが,金融システム全体が危機に陥った場 合にはその影響は甚大となると考えられる.中央銀行の資産劣化は,中央銀 行に対する信頼を失わせ,不測の事態を生む可能性がある.そのため,政府 が財政資金を用いて中央銀行の損失を補填することもありうる.そこで,本 稿ではD-Dモデルに確率的な生産技術を導入したモデルを用いて支払不能銀 行の救済が中央銀行の資産に与える効果を明示的に考慮し,あわせて政府の 中央銀行支援の効果についても分析する.

(6)

 結論を先取りすると,中央銀行がLLR機能を発揮して支払不能銀行を救済 したとしても情報による取付けは不可避であることが示された.加えて,政 府による支援がないとき,支払不能銀行の救済は貨幣価値の下落という意味 でのインフレーションを生むことが示された.また,そのようなインフレー ションの発生は,政府が中央銀行を支援することにより排除することができ るが,そのための財政負担により消費者の経済厚生が損なわれることも示さ れた.その結果,政府の支援の有無にかかわらず,LLRの取付け防止効果と 経済厚生に対する効果は変化しないことが示された.また,Bagehotの原則 に従ってLLRの救済対象から支払不能銀行を排除した場合,経済厚生が改善 するとは限らないことも明らかになった.そこで,経済厚生を最大化するよ うなLLRの救済対象に関する基準を分析したところ,最適なLLR政策にお いては支払不能銀行の一部を救済すべきであることが示された.このことは,

LLRが存在しないときに銀行取付けが発生すると,一部の預金者が預金の払 い戻しを受けることができなくなり経済厚生が低下する.そのため,インフ レーションや財政負担といったコストが存在したとしても,LLRによる預金 の保護を通じて全体としての経済厚生は改善される余地があることを意味し ている.

 本稿の構成は以下のとおりである.第2節では経済環境について説明する.

第3節では,支払不能銀行を救済するときのLLRの効果について分析する.

第4節では,政府が中央銀行を支援するときのLLRの効果について分析する.

第5節では救済対象から支払不能銀行を排除した場合のLLRの効果と最適な LLR政策を分析する.第6節はまとめである.

2 モ デ ル 2. 1 経 済 環 境

 本稿では,Diamond and Dybvig (1983)のモデルに確率的な生産技術を導入し たモデルを用いる.3期間モデルを考えて,期間をt=0, 1, 2と表す.各期に

(7)

は消費にも投資にも使える単一の財が存在する.この経済には,大きさ1の 連続体で表される消費者が存在する.消費者は第0期に初期保有財を1単位 保有する.消費者はこの財を費用なしで次の期まで持ち越すことも,後述す る生産技術へと投資することもできる.消費者は,異時点間の選好に関して 2つのタイプに分けられる.第1のタイプは,第1期の終わりに死んでしま うため,第1期にのみ消費を行うタイプである(impatientタイプ,以下タイプ1 とする).第2のタイプは,第2期まで生存し第2期にのみ消費を行うタイプ である(patientタイプ,以下タイプ2とする).タイプ1となる事前確率は λ∈[0,1]

であり,その値は消費者間の共有知識である.各消費者は第1期の初めに自 らのタイプを知るが,各消費者のタイプは私的情報であるとする.

 第t期の消費量をct(t=1, 2)とすると消費者の効用関数はu(ct)と表される.

すなわち,タイプ1の消費者の効用関数はu(c1)であり,タイプ2の消費者の 効用関数はu(c2)である.関数u(・)は,2階連続微分可能,増加関数,u(0)=

0であり,任意のc≥ 1に対して相対的リスク回避係数が     −cu″(c)

u′(c)>1 …(1)  

であると仮定する.

 この経済には,3期間にわたる生産技術が存在する.この生産技術は,次 のような確率的なリターンをもつと仮定する.すなわち,第0期の投入1単 位に対して,第1期に投資を清算すると1単位,第2期に投資を清算すると R(θ)単位の消費財が得られる.R(θ)は,θの連続かつ強い意味の増加関数で

あり,R(0)=0と仮定する.θは経済の状態を表す確率変数である.すなわち,

θは景気の変動などによって決まる投資収益の決定要因のことである.簡単 化のため,θは[0,1]区間上の一様分布を持つと仮定する.消費者はθの値を 第1期のはじめに知る.また,R(θ)の値は観察可能かつ立証可能(observable

and verifiable)であると仮定する.一方,θの値は観察可能しかし立証不可能

(observable but unverifiable)であると仮定する.このことは,消費者はθの値を

(8)

知っているが,その水準を第三者に対して証明できないため,θに条件付け た契約を書くことができないことを意味している.また,

    

u(R(θ))dθ

0 1

u(1)< …(2)  

を仮定する.これは,第0期における長期投資による期待効用が短期(または 投資しないとき)の期待効用を上回るという,迂回生産の利益の存在を意味し ている.

2. 2 効率的配分

 分析のベンチマークとして銀行が存在しないときの資源配分を導出する.

まず,消費者が自ら生産技術に投資する場合の消費財の配分について取りあ げる.(2)式から,消費者は第0期に初期保有財をすべて生産技術に投資する.

第1期のはじめに,消費者は自らのタイプとθの値を知る.タイプ1の消費 者は第1期にしか消費できないので第1期に投資を清算し,1単位の消費財 を得る.タイプ2の消費者は第1期に投資を清算すれば1単位,第2期まで 投資を継続したときにはR(θ)単位の消費財を得る.よって,タイプ2の消費 者はR(θ)<1のときには第1期に投資を清算して1単位の消費財を消費し,

R(θ)>1のときには第2期に投資を清算してR(θ)単位の消費財を消費する.

 このケースでは,R(θ)>1のときにはタイプ2の消費者の消費量はタイプ1 の消費者より大きい.そのため,消費者にとってタイプ1となることは,よ り大きな消費を行う機会を失うことを意味している.そうしたリスクが存在 することを前提として,D-Dモデルでは,タイプ間の消費財の移転による最 適リスク・シェアリングが分析されている.すなわち,第1期にタイプ2か らタイプ1へ消費財を移転することにより,消費者の事前の期待効用が増加 することを示している.

 そこで,本稿でもD-Dモデルと同様の最適リスク・シェアリングをとりあ げる.ただし,自己投資のケースからR(θ)<1のときには第1期に投資を清

(9)

算してしまうことが最適である.そこで,θが一定水準以上のときにのみ財 の移転を行い,それ以下のときには第1期にすべての投資を清算するような リスク・シェアリングをとりあげる.すなわち,θ の値が,

    1−λc1

1−λ R(θ)≥c1 …(3)  

を満たすときにはタイプ2からタイプ1への消費財の移転が行われ,それ以 外のときには消費財の移転は行われないようなリスク ・ シェアリングをとり あげる.最適な資源配分は,消費者のタイプとθの両方を観察することが可 能で消費者の第0期における期待効用の最大化を目的とするソーシャル・プ ランナーの問題の解として定式化できる.消費財を移転した後のタイプ1の 消費量を,事前にc1∈[1, 1/λ]に固定すると,消費財の移転を行うかどうかは θに基づいて次のように決定される2).ここで,

    1−λc1

1−λ R(θ)=c1 …(4)  

となるθの水準をθ(c1)とする.すると,R(θ)は θ の増加関数であるので,

θ∈[0,θ(c1))のとき,

    1−λc1

1−λ R(θ)<c1 …(5)  

となり,θ∈(θ(c1),1]のとき,(3)式が満たされる.ここで,c1を所与とした ときの,第0期における消費者の期待効用をEU1(c1)とすると,

    EU1(c1)=λ

1

θ(c1)

u(c1)+(1−λ)

1

θ(c1)

u 1−λc1

1−λ R(θ)

0 θ(c1)

u(1)dθ…(6)  

である.以上から,ソーシャル・プランナーの問題は,EU1(c1)を最大にする ようにc1を選択する問題であると定式化できる.この問題の一階の条件は,

2) Allen and Gale (1998)では,移転額がθに依存するようなリスク・シェアリングについて分析

している.

(10)

EU1(c1)

∂c1 =λ

1

θ(c1)

u′(c1)−λu(c1)∂θ(c1)

c1 −(1−λ)u R(θ(c1))1−λc1

1−λ

∂θ(c1)

c1

  −λ

1

θ(c1)

R(θ)u′R(θ)1−λc1

1−λ dθ+u(1)∂θ(c1)

c1 =0 …(7)  

となる.(7)式にc1=1を代入すると,(4)式からR

(

θ(1)

)

=1であるので(7)

式の左辺は,

  ∂EU1(c1)

c1 c

1=1

=λ

1

θ(1)

u′(1)dθ−λu(1)∂θ

c1 c

1=1

−(1−λ)u(1)∂θ

c1 c

1=1

  −λ

1

θ(1)

{

R(θ)u′(R(θ))

}

+u(1)∂θc

1 c1=1

  =λ

1

θ(1)

u′(1)dθ−λ

1

θ(1)

{

R(θ)u′(R(θ))

}

…(8)  

となる.ここで,(1)式より,cu′(c)は減少関数であるため,θ∈[θ(1),1]の 範囲では,(8)式の右辺は正となる.よって,最適解となるc1cFBとすると,

cFB>1である.このことは,自己投資による財の配分は効率的でなく,タイ プ2の消費者からタイプ1の消費者への消費財の移転により経済厚生は改善 することを示している.

2. 3 銀行の導入

 第2. 2節では,θが一定水準以上のときタイプ2の消費者からタイプ1の 消費者に消費財を移転することで経済厚生が改善することが示された.しか し,消費者のタイプが私的情報であるため消費者のタイプに依存した条件付 き請求権の取引は行うことができない.そのため,競争市場では最適リスク・

シェアリングを達成することができない.そこで,モデルに銀行を導入のうえ,

預金契約を通じてタイプ2の消費者からタイプ1の消費者への消費財の移転 が可能となるようにすれば,経済厚生が改善することを示す.

 第0期に銀行を設立して,預金契約を提示して消費者の初期保有財を預金

(11)

として集める.消費者は,提示された預金契約に対して,銀行に預金するか 自ら直接生産技術に投資するかを決定する.銀行は,集めた預金をすべて生 産技術に投資する.このとき,θは銀行の財務状態を表す変数となり,景気 変動や銀行のリスク管理などによって決まる.第1期のはじめに,各預金者 は自らのタイプとθの値を観察する.それらの情報をもとに,各預金者は第 1期に預金を引出すか,第2期まで預金を維持するかを決定する.預金の引 出しを選んだ預金者は,預金した消費財1単位に対して預金契約にもとづい て,あらかじめ定められたr>1単位の消費財の払い戻しを受ける.この預金 の払い戻しはランダムな順番で行われ,銀行は保有資産がなくなるまで払い 戻しを行うと仮定する3)

 一方,預金の維持を選んだ預金者は,第2期に預金の払い戻しを受ける.

第2期の払い戻し額は,第2期に銀行が得た投資収益を第1期に預金を引出 さなかった預金者の間で等分したものとなる.したがって,第2期の払い戻 し額は投資の結果と第1期の預金引出し量に依存する.また,θは立証不可 能であるので,預金契約はθに条件付けすることが不可能である.その意味 で,この預金契約は不完備契約の一種である4).第1期の預金の払い戻し額 が銀行の保有資産を上回った場合,第1期に銀行は破綻してしまうので,第 2期まで預金を維持することを選んだ預金者と第1期に預金を引出そうとし た預金者の一部は払い戻しが得られない.以上の仮定のもとで,預金契約はr により表すことができる.また,銀行業への自由参入を仮定する.これにより,

銀行は預金者の第0期の期待効用を最大化する預金契約を提示することにな る.

 この預金契約のもとでの預金者に対する事後的な払い戻しは以下のとおり である.第1期に預金の引出しを選んだ預金者の割合をnとする.タイプ1 の預金者は第1期に必ず預金を引出すのでλ≤n≤ 1となる.これがn<1/r

3) これをsequential service constraint と呼ぶ.

4) 不完備契約に関しては伊藤(2003)を参照.

(12)

のときには,銀行は第1期に破綻することなく第2期まで存続し,契約どお りに預金が払い戻される.第1期に預金を引出した預金者はr単位の消費財 を得て,第2期まで預金を維持した預金者はR(θ) (1−rn)/(1−n)単位の消費 財を得る.一方,n>1/rのときには第1期に銀行は破綻する.すなわち,預 金引出しを選んだ預金者は確率1/rnで預金を引出すことに成功しr単位の消 費財を得るが,確率1−1/rnで預金の引出しに失敗し何も得られない.第2 期まで預金を維持した預金者は何も得られない.これらをまとめたのが,第 1 表である.

 R(θ) (1−rn)/(1−n)は,r>1のときnの減少関数である.そこで,(5)式と

λ≤n≤ 1から,θ∈[0,θ(r))のときにはnの値に関係なく,

    1−rn

1−n R(θ)<r

となる.これは,銀行の長期的な収益が当初の予想に反して低い水準にとど まると,預金者の行動に関係なく第2期の払い戻しが第1期の払い戻しを下 回ってしまうことを意味している.このように,銀行が第2期に第1期を上 回る払い戻しを実行できないとき,タイプ2の預金者に第2期まで預金を維 持するインセンティブを与えることができない5).このことを,ここでは銀

5) 契約理論では,このような制約を誘因両立制約(incentive compatibility constraints)と呼ぶ.誘 因両立制約に関しては伊藤(2003)を参照.

第 1 表 通常の預金契約の払い戻し

『良い』均衡 『取付け』均衡

n<1/r n>1/r

t=1 r

r…確率 1

rn

0…確率 1−1

rn t=2 R(θ)(1−rn)

1−n 0

(13)

行が支払不能であると呼ぶこととする.すると,θ∈[0,θ(r))のとき銀行は 支払不能で,θ∈[θ(r),1]のとき銀行の経営状態は健全であるということが できる.

 ここで,効率的な消費財の配分を実現するような預金契約,つまりr=cFB であるような預金契約を考える.この預金契約に対して,第1期の預金者行 動は以下のようなゲームとして定式化される.タイプ1の預金者は第1期に しか消費できないので,常に第1期に預金を引出す.そのため,タイプ1の 消費者には行動を選択する余地はないので,能動的なプレイヤーから排除す る.そこで,プレイヤーの集合をIとすると,Iはタイプ2の預金者からなる.

Iは大きさ1−λの連続体で,各プレイヤーはi∈Iと表す.プレイヤーi∈I

の戦略は,観察したθに対して第1期に預金を引出すか第2期まで預金を維 持するかを決定するものである.タイプ2の預金者のうち預金引出しを選ん だ人々とタイプ1の預金者の合計からnが決定される.そしてnとθにもと づいて,第1表のとおりに預金者に対する各期の払い戻し額が定まる.プレ イヤーのペイオフは,その払い戻し額により決まる.

 この第1期のゲームの均衡はθの値に応じて決まる.銀行が支払不能であ るとき,すなわちθ∈[0,θ(r))のときには,n<1/rのときには常に,

    u R(θ)(1−rn)

1−n <u(r) …(9)  

となり,プレイヤーにとって預金の引出しが最適となる.また,n>1/rのと きには,

    u(0)=0< 1

rnu(r) …(10)  

となり,このときもプレイヤーにとって預金の引出しが最適となる.(9)式及 び(10)式より,θ∈[0,θ(r))のときには預金の引出しが支配戦略となり,す べての預金者が第1期に預金を引出すことが第1期の預金者間のゲームの支 配戦略均衡となる.このとき,n=1となり,c1c2はともに確率1/rでr

(14)

確率1−1/rで0となる.この均衡における銀行取付けは,銀行の資産価値に 関する情報にもとづいて発生するので,情報による取付けであると考えるこ とができる.

 一方,銀行が健全であるとき,すなわちθ∈[θ(r), 1]のときには2つのナッ シュ均衡が存在する.第1の均衡は,タイプ1の消費者のみが預金を引出し,

タイプ2の預金者は預金の維持を行うような均衡である.このとき,第1期 に預金を引出す預金者の割合はn=λである.タイプ2の預金者が預金を維 持するときと預金を引出すときの効用を比較すると,(3)式と(4)式より,

    u 1−rλ

1−λR(θ)>u(r) …(11)  

となるので,タイプ2の預金者にとって預金の維持が最適反応となる.した がって,これはナッシュ均衡となる.この均衡は,銀行取付けが発生せず効 率的な消費財の配分が実現する『良い』均衡である.第2の均衡は,タイプ 1とタイプ2のすべての消費者が第1期に預金を引出すような均衡である.

このとき,第1期に預金を引出す消費者の割合はn=1である.同様に預金を 維持するときと預金を引出すときの期待効用を比較すると,

    u(0)=0<1

ru(r)+r−1

r u(0) …(12)  

である.(11)式及び(12)式より,タイプ2の消費者にとって預金引出しが最 適反応となり,これもナッシュ均衡となる.この均衡は第1期に銀行取付け が発生する『取付け』均衡である.『取付け』均衡は自己投資よりも悪い厚生 をもたらすので,『取付け』均衡が正の確率で起こりうるとき,最適な預金契 約においてrcFBである保証は存在しない.

 このように,θ∈[θ(r), 1]のときには2つのナッシュ均衡が存在するが,『良 い』均衡と『取付け』均衡のどちらが選ばれるかは定かではない.D-Dモデ ルでも同様の複数均衡が存在する.そこでは,2つの均衡の選択はサンスポッ ト,すなわち直接には銀行の収益と関係はないが,預金者が他の預金者が預

(15)

金を引出すと信じるようなものに依存するとしている.そこで,次のような サンスポットをあらわすシグナルをモデルに導入する6).サンスポット・シ グナルを{φHL}とする.φHは確率s,φLは確率1−sで発生するとする.

このシグナルはすべてのプレイヤーが観察可能で,φHを観察したときには『良 い』均衡,φLが観察されたときには『取付け』均衡が選ばれるとする.すると,

φHを観察したときには,他のプレイヤーは『良い』均衡にしたがって預金の 維持を選んでいるのでn=λである.このとき,プレイヤーは第1期に預金 を引出すとr単位,第2期まで預金を維持するとR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の 消費財を得る.したがって,(11)式より,第2期まで預金を維持することが プレイヤーの最適反応となる.このことは,すべてのプレイヤーについて成 り立つので,シグナルφHが発生したときには実際に『良い』均衡が選ばれる.

同様に,シグナルφLが観察されたときには,第1期の預金引出しがプレイヤー の最適なアクションとなり,『取付け』均衡が選ばれる.このような,すべて のプレイヤーが,共通して観察可能なシグナルに依存して意思決定するとき の均衡を相関均衡と呼ぶ7).この場合,銀行取付けはサンスポット・シグナ ルに依存して発生するので,このときの取付けはサンスポットによる取付け となる8).ただし,θ∈[0,θ(r))のときには(9)式及び(10)式より,サンスポッ ト・シグナルに関係なく取付けが発生するので,サンスポットによる取付け が発生するのはθ∈[θ(r),1 ]のときのみである.このように,θ が高く経営 状態が良いときにはサンスポットによる取付け,θ が低く経営状態が悪いと きには情報による取付けのリスクに銀行は直面している.

 以上のように,預金契約下の預金者行動が示されたが,預金契約は θ に条 件付けできないので,θが低いときにも消費財が移転される.そのため,預 金契約のもとでの経済厚生が自己投資のときよりも低下する可能性があり,

第0期に消費者が初期保有財を銀行に預けるとは限らない.そこで,銀行預

6) このようなサンスポット・シグナルは,Peck and Shell (2003)やMartin (2006)で用いられている.

7) 相関均衡に関しては,Osborne and Rubinstein (1994),岡田(1996)を参照.

8) Diamond and Dybvig (1983), Allen and Gale (2007)を参照.

(16)

金下の期待効用を分析し,第0期に預金者が初期保有財を銀行に預ける条件 を導出する.預金契約のもとでの第0期の期待効用をEU2(r)とすると,

EU2(r)=λ

1

θ(r)

su(r)+(1−s)1 ru(r)      +(1−λ)

1

θ(r)

su 1−rλ

1−λ R(θ)+(1−s)1

ru(r)

0 θ(r)1

ru(r)dθ …(13) 

である.これをrで最適化した一階の条件は,

 ∂EU2(r)

r =λ

1

θ(r)

su′(r)+(1−s)ru′(r)−u(r)

r2 −λ su(r)+(1−s)1

ru(r) ∂θ(r)

r       +(1−λ)

1

θ(r)

(1−s)ru′(r)−u(r)

r2 −λsR(θ)

1−λ u′R(θ)1−rλ

1−λ

      −(1−λ) su R(θ)1−rλ

1−λ +(1−s)1

ru(r) ∂θ(r)

r       +1

ru r∂θ(r)

∂r +

0

θ(r)ru′(r)−u(r)

r2 dθ=0 …(14)  

である.(14)式にr=1を代入すると,

∂EU2(r)

∂r r=1=λ

1

θ(1)

[su′(1)+(1−s){u′(1)−u(1)}dθ−λ(su(1)+(1−s)u(1))∂θ(r)

∂r r=1

      +(1−λ)

1

θ(1)

(1−s)

{

u′(1)−u(1)}−s λ

1−λ R(θ)u′(R(θ))       −(1−λ)

{

su

(

R

(

θ(1)

) )

+(1−s)u(1)}∂θr(r)r=1+u(1)∂θ∂r(r)r=1

      +

0 θ(1)

{

u′(1)−u(1)}dθ

…(15)  

となり,(4)式よりR

(

θ(1)

)

=1であるので,(15)式は,

(17)

    ∂EU2(r)

r r=1=sλ

1

θ(1)

{u′(1)−R(θ)u′(R(θ))}dθ+(1−s)

1

θ(1)

{u′(1)−u(1)}dθ

          +

0 θ(1)

{

u′(1)−u(1)}dθ …(16)  

となる.(1)式より,(16)式の第1項は正であるが,第2項と第3項の符号は 不明である.しかし,sが十分1に近いとき,すなわちサンスポット・シグ ナルφLが発生する確率が非常に小さいときには第2項は無視できる.また,

θ(1)が十分小さいとき,すなわち消費財の移転を行わないときに銀行が支 払不能になる確率が非常に小さいならば第3項は無視できる.このような場 合,(13)式を最大にするrは1より大きくなるので,消費者が銀行に預金す るような預金契約が存在する.本稿では預金契約下の預金者行動に注目した いので,この条件を満たしているものと仮定する.

 以上より,通常の預金契約のもとではθが一定水準以上のときにはサンス ポットによる銀行取付けが発生する可能性があり,それ以下のときには必ず 情報による銀行取付けが発生することが示された.次節では,このモデルに LLRとして機能する中央銀行を導入し,支払不能な銀行を救済対象に含めた ときの取付け防止策としてのLLRの有効性について分析する.

 ここで,LLRが経済厚生に与える効果を明確にするために,次のような数 値例を導入する.効用関数u(c)は,

    u(c)= c c+1−η

とし,η>0を微小な実数とする.一方,生産技術の収益R(θ)は,

    R(θ)=R(a+1)θ a+θ

とする.a∈[0, 1]は,生産技術の収益の不確実性を表すパラメータで,値が 小さいほど収益の不確実性が小さくなる.特にa=0のときにはR(θ)=Rとな り生産技術の収益が定数となり,不確実性が存在しなくなる.さらに,a

(18)

値に関係なく,R(0)=0かつR(1)=Rである.ここでは,各パラメータを,λ

=0.2,η=0.001,s=0.98,R=4,a=0.1と特定化する.

 これらを,(6)式と(13)式に代入し,EU1(r)とEU2(r)を最大にするrとそ のときのEU1(r)とEU2(r)の水準を求めた.すると,効率的な配分はr=1.21,

EU1(r)=0.70920であるにもかかわらず,通常の預金契約の金利と期待効用は

r=1.02,EU2(r)=0.70361である.このことは,サンスポットによる取付けと 情報による取付けの存在が,預金金利の引き下げを通じて経済厚生を低下さ せていることを示している.

3 中央銀行の最後の貸し手機能 3. 1 中央銀行の導入

 この節では,支払不能銀行を救済したときのLLRの有効性について分析す ることとし,次のような中央銀行をモデルに導入する.中央銀行は,銀行取 付けを排除するように行動する主体で,自身は消費財を保有していないが第 1期に『貨幣』を発行することができる.中央銀行は,第1期に預金契約の 想定を超えた大量の預金の引出しが発生したときに,この『貨幣』を銀行に 対して貸出すことにより,銀行の流動性不足を解消して取付けを排除すると 考える.ここでいう『貨幣』とは,それ自体には価値がないが第2期に中央 銀行で消費財と交換されるチケットのことである9).また,以下ではLLR機 能が存在するときの第1期の預金者行動に注目するために,第0期に銀行は

(13)式を最大にする預金金利r>1を提示して,すべての消費者が初期保有財 を預金していると仮定する.

 中央銀行による銀行への貸出は,以下のように行われる.第1期の預金の 引出し量rnが『良い』均衡に対応する第1期の払い戻し量rλに達するまで は,これまでと同様に銀行は預金の払い戻しを行う.しかし,rnrλとなっ たときに,銀行はそれ以上の投資の清算を中止し,残された1−rλ単位の投

9) この『貨幣』は,Martin (2006)の流動性供給政策をLLRとしてアレンジしたものである.

(19)

資を担保として中央銀行から第1期の払い戻しに必要なrnrλ単位の『貨幣』

を借り入れる.この中央銀行による貸出にはペナルティ・レートとして金利 αが課される.中央銀行による貸出を受けて銀行は預金契約どおり第1期に 預金を引出しに来た預金者に対して1人あたりr単位の『貨幣』を払い戻す.

その結果,第1期の銀行破綻は回避でき,第2期のはじめに銀行は投資から の収益であるR(θ) (1−rλ)単位の消費財を得る.銀行は,この投資収益で,

まず第2期まで預金を維持した預金者に払い戻しを行い,残された消費財で 中央銀行貸出の返済を行う.ここで議論を簡単化するために,第2期まで預 金を維持した預金者に対して,『良い』均衡(n=λ)が選ばれた場合と同じ量 の消費財が払い戻されると仮定する.すなわち,第2期まで預金を維持した 預金者には,1人当たりR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の消費財が払い戻される.

そうして,第2期まで預金を維持した預金者に払い戻した後,残された消費 財で中央銀行に対してα(rn−rλ)単位の消費財を返済する.ここで,議論を 簡単にするために,ペナルティ・レートαの水準は,第2期まで預金を維持 した預金者に対して預金の払い戻しを行った後に残る消費財を全て中央銀行 に対して納めるような水準であると仮定する.そこでαは,

    R(θ)(1−rλ)−α(rn−rλ)=R(θ)(1−rλ)

1−λ (1−n)

より,

    α=R(θ)(1−rλ)

r(1−λ) …(17)  

となる.よって,αは銀行の投資収益に依存する.

 ここで,中央銀行の介入が行われるとき,第1期に消費財を受け取る預金 者と『貨幣』を受け取る預金者の大きさは以下のとおりである.第1期に預 金を引出す預金者のうち,最初の大きさλの預金者が消費財で払い戻しを受 け,残りの大きさn−λの預金者が『貨幣』で払い戻しを受ける.預金者の 数は連続体であり,預金者の払い戻しを受ける順番はランダムに決まるので,

(20)

消費財を受け取るタイプ1の預金者の大きさはλ2で,『貨幣』を受け取るタ イプ1の預金者の大きさはλ(n−λ)となる.同様に,消費財を受け取るタイ プ2の預金者の大きさはλ(n−λ)で,『貨幣』を受け取るタイプ2の預金者 は大きさ(n−λ)2となる.

 ここで,第2期における『貨幣』と消費財の交換比率は原則として1対1 であるが,αは銀行の投資収益に依存するため,銀行の投資収益が非常に低 いときには第2期に『貨幣』と消費財が1対1で交換可能とは限らない.そ こで,αを所与とするときに『貨幣』1単位と交換される消費財の量を導出す る.第2期に中央銀行はα(rn−rλ)単位の消費財を保有するが,(17)式より,

    α(rn−rλ)=R(θ)(1−rλ)

r(1−λ) (rn−rλ)=(n−λ)(1−rλ) 1−λ R(θ)

である.第1期に発行した『貨幣』の量はrn−rλであるので,α≥ 1のときには,

『貨幣』と消費財の交換は問題なく実行できる.この場合,『貨幣』との交換 後に中央銀行の手元には(α−1)(rn−rλ)単位の消費財が残される.この消費 財は政府に納められて,第2期にはタイプ1の消費者は死んでしまって存在 しないので補助金としてタイプ2の消費者に等分されるものとする.すなわ ち,タイプ2の消費者1人当たり,(α−1)(rn−rλ)/(1−λ)単位の消費財を得る.

一方,α<1のときには『貨幣』と消費財の1対1の交換は不可能である.こ の場合『貨幣』1単位に対して,中央銀行の保有する消費財を発行済み『貨幣』

の量で割った水準の交換を行う.すなわち,α<1のときの『貨幣』1単位あ たりの払い戻し量をβとすると,

    β=

n−λ

1−λ(1−rλ)R(θ)

r(n−λ) =1−rλ 1−λ・R(θ)

r <1 …(18)  

となる.ここで,α=1となるθをθ1(r)とすると(17)式より,

(21)

    α=R(θ1(r))(1−rλ) r(1−λ) =1     ⇔  1−rλ

1−λR(θ1(r))=r

となり,θ1(r)=θ(r)である.そこで,(5)式からθ∈[0,θ(r))のときにはα

<1となり,『貨幣』1単位当たりβ単位の消費財が払い戻される.一方,(3)

式と(4)式からθ∈[θ(r), 1]のときにはα≥ 1となり,『貨幣』1単位当たり 1単位の消費財が払い戻される.

 第1期に『貨幣』を受け取った預金者は,第2期に投資が終了した後で中 央銀行に行き『貨幣』と交換で消費財を手に入れる.しかし,タイプ1の預 金者が『貨幣』を受け取った場合,彼らは第1期の期末に死んでしまうため 消費できない.そこで,第1期に中央銀行による介入が行われた場合,預金 払い戻しの後に競争的な市場で消費財と『貨幣』が取引される.『貨幣』で計っ た消費財1単位の価格をp>0とする.消費財の供給者は第1期に消費財を受 け取ったタイプ2の預金者で,需要者は第1期に『貨幣』を受け取ったタイ プ1とタイプ2の預金者である.消費財を保有するタイプ2の預金者1人あ たりが供給する消費財の量をqs∈[0, r],『貨幣』を保有するタイプ1の預金者 1人あたりが購入する消費財の量をqd1∈[0, r/p],『貨幣』を保有するタイプ2 の預金者1人あたりが購入する消費財の量をqd2∈[0, r/p]とする.市場は競争 的であるので,

    pqs{λ(n−λ)}=qd1{λ(n−λ)}+qd2(n−λ)2 …(19)  

となるように価格pが決定される.(19)式の左辺は消費財の供給額で,右辺 は消費財の需要額である.すなわち,(19)式は第1期の市場の需給が均等す るように価格pが決定されることを意味している.タイプ1の預金者は第1 期に必ず財を消費するため,r単位の『貨幣』を必ず消費財に交換してr/p単 位の消費を行う.よって,qd1r/pとして話を進める.簡単化のため,タイプ

(22)

2の各預金者はそれぞれの状況で共通のqs,qd2を選択するものとする.

 以上のような中央銀行による介入が存在するときの第1期の預金者行動は 以下のようなゲームとして定式化される.前節と同様にプレイヤーの集合I はタイプ2の預金者である.各プレイヤーi∈Iの戦略は,第1期のはじめに θとサンスポット・シグナルを観察して第1期に預金を引出すか,第2期ま で預金を維持するかを決定することと,第1期の預金を引出した場合に価格 pに対して消費財を保有する場合はqs,『貨幣』を保有する場合はqd2を決定 することである.プレイヤーの選んだn,qsqd2から,均衡価格pと状態変数 θに応じて各預金者の消費量が決まる.

 この定式化より,中央銀行のLLRが発動されたときの預金者の消費量は,

市場でどのようなpqsqd2が選ばれるかに依存する.そこで,まず第1期の 市場の均衡を導出して,それをもとに第1期の預金者行動を導出する.

3. 2 第1期の市場取引

 第1期の市場の均衡とは,需給が一致するとともに各参加者の消費量が最 適となるような価格と需要・供給量のことである.すなわち,市場の均衡と は(19)式をみたし,各消費者の消費量がpに対して最大となるように選択さ れているようなp,qsqd2のことである.

 第1期にn=λとなる場合には,タイプ1の預金者のみが預金を引出して いるので,中央銀行による政策的な介入は起こらない.タイプ1の預金者はr 単位の消費財を得て,タイプ2の預金者はR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の消費財 を得る.

 一方,n>λの場合には,タイプ2の預金者の少なくとも一部が第1期に預 金を引出すため,中央銀行のLLR機能が発動される.このときには,市場で『貨 幣』と消費財が取引される.

 第1期に預金を引出した各プレイヤーは『貨幣』を受け取った場合,市場 でqd2単位の消費財を購入するので,第2期のはじめに貨幣rpqd2単位と消

(23)

費財qd2単位を保有する.θ∈[0,θ(r))のときには,中央銀行で『貨幣』1単 位あたりβ単位の消費財と交換されるので,『貨幣』を受け取ったプレイヤー の消費量をc2dとすると,

    c2d=β(r−pqd2)+qd2=(1−βp)qd2+βr …(20)  

である.そこで,(20)式を最大にするqd2は,

    qd2=r/p …p<1 /β

      =0 …p>1 /β …(21)  

      =[0, r/p] …p=1 /β

となり,これが『貨幣』を受け取ったプレイヤーの最適な消費財の購入量と なる.

 一方,θ∈[θ(r), 1]のときには『貨幣』と消費財が1対1で交換される.

それに補助金も加わるので,『貨幣』を受け取ったc2dは,

    c2d=(1−p)qd2+r+(α−1)(rn−rλ)

(1−λ) …(22)  

である.(22)式を最大にするqd2は,

    qd2=r/p …p<1

      =0 …p>1 …(23)  

      =[0, r/p] …p=1

となり,これが『貨幣』を受け取ったプレイヤーの最適な消費財の購入量と なる.

 同様に,第1期に消費財を受け取ったプレイヤーは,市場でqs単位の消費 財を売却するので,第2期のはじめに貨幣pqs単位と消費財rqs単位を保有 する.そこで,θ∈[0,θ(r))のとき,消費財を受け取ったプレイヤーの消費 量をc2sとすると,

(24)

    c2s=βpqs+r−qs=(βp−1)qs+r …(24)  

である.そこで,(24)式を最大にするqsは,

    qs =0 …p<1 /β

      =r …p>1 /β …(25)  

      =[0, r] …p=1 /β

となり,これが消費財を受け取ったプレイヤーの最適な消費財の売却量であ る.

 同様にθ∈[θ(r), 1]のとき,c2sは,

    c2s=pqs+r−qs=(p−1)qs+r …(26)  

である.(26)式を最大にするqsは,

    qs =0 …p<1

      =r …p>1 …(27)  

      =[0, r] …p=1

となり,これが消費財を受け取ったプレイヤーの最適な消費財の売却量であ る.

 以上から市場の均衡は以下のとおりである.θ∈[0,θ(r))のときには,(21)

式と(25)式より,p>1 /βのときには需要量はrλ(n−λ)/pとなり,消費財の 供給量はrλ(n−λ)であるので,

    rλ(n−λ)>rλ(n−λ) p

となるので均衡とはならない.同じく,p<1 /β のときには供給量が0となる ので均衡とならない.p=1/βのときには,消費財の需要量はrλ(n−λ)/pから rλ(n−λ)/p+r(n−λ)2/pまでの任意の水準が無差別となる.一方,供給量は0

(25)

からrλ(n−λ)までの任意の水準が無差別となる.よって,qs=βrqd2=0と すると,需要量=供給量=βrλ(n−λ)となり需給が一致する.よって,θ∈[0, θ(r))のときには,p=1 /βかつqs=βrqd2=0が均衡となる.これ以外にも qs>βr,qd2>0であるような均衡が多数存在するが,議論を簡単化するために 考えないこととする.このとき,p=1 /β>1であるので,θ∈[0,θ(r))のと き,すなわち支払不能銀行を救済するために中央銀行が介入した場合には『貨 幣』の価値が下落する.以下では,この『貨幣』価値の下落をインフレーショ ンと呼ぶこととする.

 次にθ∈[θ(r), 1]のときも先程と同様にして,(23)式と(27)式よりp>1 のときには消費財の需要量は(n−λ)/pとなる.供給量は(n−λ)である ので,

    rλ(n−λ)>rλ(n−λ) p

となり,市場の需給は一致しない.よって,p>1は均衡価格とならない.同 様にして,p<1のときには消費財の供給量は0となるので,これも均衡とは ならない.p=1のときには,需要量は(n−λ)からrλ(n−λ)+r(n−λ)2ま での任意の水準が無差別となる.一方,消費財の供給量は0からrλ(n−λ)ま での任意の水準が無差別となる.ここで,p=1のときには,消費財を持つプ レイヤーはqsr,『貨幣』を持つ消費者はqd2=0を選択すると仮定すると,

需要量=供給量=rλ(n−λ)と一致する.よって,θ∈[θ(r), 1]のときには,p

=1かつqsrqd2=0が均衡となる.

3. 3 LLR下の預金者行動

 第3. 2節の市場均衡を考慮すると,預金者に対する事後的な払い戻しは第 2 表のとおりとなる.θ∈[0,θ(r))のときには,n=λ のとき,第1期に預金 を引出すとr単位,預金を維持するとR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の財を得る.n

>λのときには,第1期に預金を引出した預金者は,タイプ1・タイプ2と

(26)

も確率λでr単位,確率1−λでβr単位の財を得る.タイプ2の預金者は,

預金を維持したときにはR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の財を得る.

 一方,θ∈[θ(r), 1]の場合,n=λ のとき,第1期に預金を引出すとr単位,

預金を維持するとR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の財を得る.n>λ のときには,第

1期に預金を引出したタイプ1の預金者はr単位,タイプ2の預金者はr+(α−1)

(rn−rλ)/(1−λ)単位の財を得て,預金を維持したときにはR(θ) (1−rλ)/(1−λ)

+(α−1)(rn−rλ)/(1−λ)単位の財を得る.

 この払い戻しから,θの各領域におけるプレイヤーの最適反応を導出する.

θ∈[0,θ(r))のとき,(18)式より,

    βr=1−rλ

1−λR(θ)<r である.よって,

第 2 表 中央銀行の介入が存在するときの払い戻し

①θ∈[0,θ(r))

中央銀行の介入なし 中央銀行の介入あり

n=λ n>λ

t=1 r r…確率 λ

βr…確率 1−λ

t=2 1−rλ

1−λ R(θ) 1−rλ

1−λ R(θ)

②θ∈[θ(r), 1]

中央銀行の介入なし 中央銀行の介入あり

n=λ n>λ

t=1

タイプ1 r r

タイプ2 r (α−1)(rn−rλ) (1−λ) r+

t=2 R(θ)(1−rλ)

1−λ

1−rλ 1−λ

(α−1)(rn−rλ) (1−λ) R(θ)+

(27)

    λu(r)+(1−λ)u(βr)=λu(r)+(1−λ)u 1−rλ

1−λR(θ)>u 1−rλ 1−λR(θ) となり,第1期に預金を引出すことが支配アクションとなる.

 一方,θ∈[θ(r), 1]のとき,R(θ) (1−rλ)/(1−λ)>rよりnの値に関係なく,

    u 1−rλ

1−λR(θ)+(α−1)(rn−rλ)

1−λ >u r+(α−1)(rn−rλ) 1−λ

となり,プレイヤーにとって第2期まで預金を維持することが支配アクショ ンとなる.このことは,サンスポット・シグナルが発生しても取付けは発生 しないことを意味する.すなわち,シグナルφLが観察され,すべての他の プレイヤーが第1期に預金引出しを選んだとしても,各プレイヤーは預金の 維持を選択することが最適となる.そのため,第2. 3節の相関均衡は,ここ では成立しない.以上から,第3. 2節に市場均衡を所与とするとき,第1期 のゲームにおいて,すべてのプレイヤーがθ∈[0,θ(r))のとき預金引出し,

θ∈[θ(r), 1]のとき預金の維持を選ぶことが支配戦略均衡となる.以上のこ

とから,次の命題が成り立つ.

命題1

 中央銀行によるLLR機能の発動は,銀行が健全な場合にはサンスポットに よる銀行取付けの発生を排除することができる.一方,支払不能銀行を救済 した場合には,情報による取付けを排除することができない.また,支払不 能銀行を救済した場合には,インフレーションが発生する.

 この命題から,次のようなことが分かる.中央銀行の介入は第1期におけ る預金の引出しを確実にし,第1期の銀行破綻の可能性を排除する.しかし,

その場合,これは銀行の一時的な流動性不足が解消されるにとどまり,将来 的な収益はなんら改善されていない.そのため,銀行の経営が著しく健全性

(28)

を欠くときには,預金者による預金の流出を避けることはできない.そのため,

銀行の損失は中央銀行が負担することになり,それがまたインフレ圧力となっ て消費者の負担となる.このように,中央銀行による支払不能銀行の救済は 効果がないうえにインフレーションを生む可能性が存在する.

 このとき,消費者の事前の期待効用をEU3(r)とすると,第2表より,

    EU3(r)=

1

θ(r)

λu(r)+(1−λ)u 1−rλ

1−λ R(θ)

        +

0 θ(r)

2u(r)+λ(1−λ)u(βr)+λ(1−λ)u(r)+(1−λ)2u(βr)}dθ

       =

1

0

λu(r)+(1−λ)u 1−rλ

1−λ R(θ) …(28)  

となる.

 ここで,この結果に第2. 3節の数値例を適用する.第2. 3節の数値例で示 されたように(13)式を最大にするrr=1.02であるので,これを(28)式に 代入する.すると,EU3(r)=0.70394となり,中央銀行のLLR機能の導入に より,通常の預金と比較して経済厚生がわずかに改善することが分かる.こ の結果は,中央銀行がLLRとして介入することは,サンスポットによる取付 けを排除するというベネフィットをもたらすが,一方で銀行の投資の一部が 第1期に清算できなくなるというコストも同時にもたらすことを示している.

 すなわち,(13)式と(28)式の比較が示すように,θ∈[θ(r), 1]のときサン スポットによる取付けが排除されるのでLLRの存在は経済厚生を改善する.

しかし,θ∈[0,θ(r))のとき第1期にすべての投資を清算することが望まし いにもかかわらず,LLRの存在は投資の清算という選択肢の採用を妨げるた め経済厚生は悪化する.そのため,この数値例が示すようにLLRの存在は平 均的に見ると経済厚生をわずかしか改善させないのである.

 次節では,政府が中央銀行を支援する場合の支払不能銀行救済の効果につ

(29)

いて分析する.

4 政府による中央銀行支援 4. 1 政府による中央銀行支援

 第3節では,中央銀行がLLR機能を発現して金融危機に介入したときの効 果について分析した.中央銀行の介入は,銀行の経営状態が良いときにはサ ンスポット的な銀行取付けの排除を通じて有効に機能する.しかし,銀行の 経営状態が悪いときには,情報に基づく取付けの可能性を排除することがで きないうえに,インフレーションが発生することが示された.このインフレー ションは中央銀行が介入を行った場合,『貨幣』を受け取った預金者に対する 払い戻しに必要なrnrλ単位を第2期に中央銀行は保有していないことか ら,『貨幣』と消費財の1対1の交換を実行できないために生ずる.

 本節ではこのようなインフレーションの発生を避けるため,政府が中央銀 行を支援するケースについて分析する.すなわち,貸出を行った銀行の収益 が悪く第2期に中央銀行が『貨幣』との交換に必要なだけの消費財を持たな いときに,政府が消費者に課税して中央銀行の不足分を補塡するケースを取 り上げる.中央銀行が介入したときに,第2期に各経済主体は以下のように 行動する.まず,期首に銀行が行った投資が終了し,銀行はR(θ) (1−rλ)単 位の消費財を手に入れる.銀行は,第1期に預金を維持した預金者に預金契 約どおりに,一人当たりR(θ) (1−rλ)/(1−λ)単位の消費財を払い戻し,第1 期に中央銀行から『貨幣』の貸出を受けた場合にはその返済を行う.銀行か らの返済額が『貨幣』の発行高を下回るとき,『貨幣』と消費財の1対1の交 換が実行できないので,政府が消費者に課税して中央銀行に不足分を補填す る.それを受けて中央銀行は『貨幣』と消費財を1対1で交換し,消費者が 消費財を消費する.『貨幣』との交換後,中央銀行の手元に消費財が残された 場合,前節と同様に消費者に対して補助金として配られるとする.政府によ る課税は,消費者が保有する『貨幣』と消費財の合計に課される比例税として,

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