は じ め に
主に景気循環学会(1985年創立)での活動を通じて,親しくご指導を賜って きた森一夫先生の古稀をお祝いする,記念すべき論文集に,拙稿を入れてい ただくことになり,大変光栄に思う.
森先生とは,内閣府経済社会総合研究所の「景気動向指数研究会」でもご 一緒させていただき,我が国の景気基準日付の設定を巡る議論を交わすなど,
しばしばご指導を賜っている.そもそも,筆者が今日,民間エコノミストと して,景気転換点に関する発言を自信を持ってできるようになったのも,森 先生から景気動向指数・一致指数を用いたヒストリカルDIの仕組みと計算方 法について初歩的な手ほどきを受けたのを契機としており,先生からの学恩 は深い.
であれば,本論説では,短期の景気転換点に特に重点を置いた原稿を書く のが筋であるとも思われる.今回敢えてそうしなかった理由は,本稿執筆前 に,書棚を整理していて偶然,森先生が2002年5月7日号の『エコノミスト』
誌に書かれた,『景気循環 短期・中期・長期の波動がそろって上昇に転じる』
と題する論文を改めて見出し,これが筆者の最近の問題意識を俄然,刺激す ることとなったためである.
したがって,本稿は,先生の論文の3年後に改めて,課題の再構築を目指
【論 説】
複合循環と日本経済
嶋 中 雄 二
すことになる.いわゆる「複合循環論」については,我が国では篠原三代平
(1994),田原昭四(1998)らの諸研究がある.筆者にも,複合循環を構成する,
期間の異なる複数のサイクルを実際のデータを用いてグラフ化し,これらを 一括して取り扱う試みがあれば良いのではないか,との思いが以前からあっ た(嶋中雄二,1994,1995).その思いが森先生の論文をきっかけとして,本稿 執筆の原動力となった.つまり,複合循環論を日本経済の現実に即して,何 らかの具体的な形で体系的に表現し,できれば先行きの展望を示してみたい というのが本稿の意図である.
1 景気循環の 4
つのサイクル景気循環における周期性(periodicity)という概念は,一般に,正確ではな いもののほぼ一定期間ごとに同じような経済現象が繰り返される性質を指し ている.ただその周期,波長にはさまざまな長さ,種類があり,景気循環と して,比較的広く認知されている波長には,4種類ほどある.
波長の長い順に言えば,まず第1に,最短で48年,最長で60年,平均 して55年程度の超長期の周期をもつコンドラチェフ・サイクル(Kondratieff
cycle)がある.これは別名,長期波動(Long Wave)とも呼ばれている.第2に,
最短で14年,最長30年,平均して20年程度のクズネッツ・サイクル(Kuznets
cycle)があり,これは長期循環(Long Swing),準長波,または建設投資循環と
いわれることもある.第3は,7年から12年の周期,平均して10年程度の 周期をもっているジュグラー・サイクル(Juglar cycle)で,これは中期循環,
または設備投資循環と呼ばれている.最後に第4は,3年から4年程度の周 期をもつキッチン・サイクル(Kitchin cycle)である.これは短期循環であり,
在庫投資が原因で起こる在庫循環と説明されることが非常に多い.
その各々のサイクルについて,もう少し詳しく説明しておこう(第 1 図).
①短期:在庫投資循環(キッチン・サイクル)
約40ヶ 月(3〜4年 )周 期 の 短 期 の 小 循 環 で あ り, キ ッ チ ン(Kitchin, J.,
1923)によって,1890〜1922年の英・米両国の手形交換高,商品相場,コマー シャル・ペーパー金利の動向から見出された.後に,企業の在庫投資と関係 があると考えられるようになったことから,上述の通り,現在では単に在庫 循環と呼ばれている.
②中期:設備投資循環(ジュグラー・サイクル)
約10年(7〜12年)周期の中期的なサイクルで,ジュグラー(Juglar, C.,
1862)によって,仏・英・米3カ国の手形割引,金属準備,手形流通高など金
融統計の1800〜1859年における動向から導き出された.マルクス(Marx, K.)
の『資本論』の知的影響等もあって,後に,主として設備投資と関係がある と考えられるようになり,現在では,一般的に設備投資循環と呼ばれること が多い.
③長期:建設投資循環(クズネッツ・サイクル)
約20年(14〜30年)の成長率循環であり,クズネッツ(Kuznets, S., 1930)が,
1850年代以降の米・英・仏・独・ベルギーについて,農産物・鉱産物・生産 財といった商品の生産量と価格の推移から22〜23年周期の長期サイクルを 検出した.その後,リグルマン(Riggleman, J. R.,1933)によって1830年代以降 の米国の各都市の住宅および商工業建物の実質建築許可高統計の推移から,
平均17.3年周期の,いわゆる建設投資循環が発見されたことなどもあって,
次第にクズネッツの長期サイクルを建設投資循環とみなす考え方が広まって いった.
④超長期:長期波動(コンドラチェフ・サイクル)
平均55年(48〜60年)のうねりをもつ最長の景気サイクルである.コンド ラチェフ(Kondratieff, N. D., 1925)によって,英・米・仏(それに若干,独および 世界全体について)の物価指数,名目賃金,国債相場,利子率,外国貿易総額,
石炭産出量・消費量,銑鉄・鉛産出量等のトレンド除去済み9年移動平均値 から統計的に検出された.どちらかといえば,物価・金利など名目値ではっ きり表れてくることもあって,「物価の波」などとも呼ばれている.
長期波動の原因については,シュンペーター(Schumpeter, J. A.)のイノベー ション(革新)説など諸説ある.シュンペーターは,企業家による群生的な革 新を伴う外生的ショックの集積として,綿織物・鉄鋼などによる産業革命や 鉄道建設,電気・化学・自動車といった,時代を画する大きな産業のうねり に繋がることを強調した1).しかし,コンドラチェフ自身は,巨大設備,鉄道・
運河,大規模な土地改良事業など,基礎的資本財についての社会的インフラ 投資の損耗や更新,能力増強に伴う,周期的かつ内生的な投資増減に求めた とされる2).
第 1 図 4種類のサイクル(概念図)
2 「複合循環」とは何か
2. 1 「単一循環論」と「複合循環論」
第1章で述べた,4種類ないし3種類のサイクルの波の相互の関係をどの ように考えるのかという問題に対しては,2つの接近法がある.まず第一に,
何種類もの波が現実に存在しているとみなすのではなく,1種類だけを考え
1 )Shumpeter, J, A, (1939) pp.134-146,邦訳,pp.248-253参照.
2)Barnett, V., (1998) 邦訳,pp.208-209参照.
ればよいという考え方(「単一循環論」)が挙げられる3).たとえば,ジュグラー・
サイクルだけを取り上げ,それを文字どおりの主循環(Major cycle)とし,そ れについての景気分析のみを行えばよいという立場が成立し得る.そして,
もちろん短期循環だけが景気循環だという見方もある.
これに対して,異なる視点を提供するのが第2の接近法である「複合循環論」
である.かつてシュンペーターやハンセン(Hansen, A., 1941)などが唱えた考 え方で,日本では篠原三代平らの主張に鮮明に表れている.これは,複数の 波の間の相互関係に着目し,とくにより長い波の影響を受ける形でより短い 波の位相が規定されてくるという考え方である.いま,期間の異なる2つ以 上のサイクルがあったとする.たとえば周期10年程度の中期循環と3,4年 前後の短期循環の場合,まず中期循環の上昇局面においては短期循環の上昇 局面が長引き,しかも強いものになりやすい.逆に中期循環の下降局面では 短期循環の上昇局面は弱くて短く,下降局面は長くて強いという結果になり やすい.そして同様のことは中期循環と長期循環との間でも成立しうると考 えられている.事実,シュンペーターは,50年から60年周期のコンドラチェフ・
サイクルのなかに5回から6回のジュグラー・サイクルが含まれ,また1周 期のジュグラー・サイクルのなかに3回程度のキッチン・サイクルが含まれ,
それらが相互に影響しあい,基本的にはより長い波長の波(サイクル)がより 短い波長の波に影響力を及ぼすという考え方を打ち出している4).ちなみに シュンペーターは,1929〜34年の大恐慌について,1825〜30年や1873〜 78年と同様に,コンドラチェフ・サイクルとジュグラー,キッチンの各サイ クルがいずれも下降局面にあり,これらが重なったことにより深刻な不況を もたらしたと解釈している5).
3 )森一夫は,この立場について,以下のように説明している.「これに対して,ビジネスマンが肌 で感じる景気の循環だけを認め,経済学者が頭の中で考えた循環の波を認めない立場の人を単一 循環説に拠る人々と区別している.アメリカのNBER(全米経済研究所)の創始者であるミッチェ ル・バーンズの流れをくむ人々は,後者の単一循環説の代表的エコノミストである」〔森,(1997),
p.43〕
4)Shumpeter, (1939) p.149.邦訳,第1巻,pp.257-258.
5)Shumpeter, op. cit, p.149.邦訳,第1巻,p.257.
2. 2 複合循環の命題
次に,これら4つのサイクルの相互関係についていま少し詳しく論じてみ よう.第 2 図は,いわゆる複合循環のピラミッドを表している.これは,藤 野正三郎(1993)を基礎に描いた概念図である6).
第 2 図 複合循環のピラミッド(概念図)
考え方としては,社会資本(インフラ)投資を主動因とするとされるコンド ラチェフ・サイクル(長期波動)が景気ピラミッドの底辺にあって,そのすぐ 上に建設投資の長期循環であるクズネッツ・サイクルが乗り,さらにその上 に設備投資の中期循環であるジュグラー・サイクルが乗り,頂上部には在庫 循環であるキッチン・サイクル(短期循環)が乗っている.つまり,「親亀の 背中の上に子亀が乗り,その上に孫亀が乗っている」という構図となっている.
したがって,「親亀が倒れたら子亀が倒れて,子亀が倒れたら孫亀も倒れる」
といった,各サイクルがいわば運命共同体にあるという関係が想定されてい るわけだ.ここで,我々は複合循環の基本命題に到達することとなる.
前述したように,期間の異なる2つの景気循環が重なっている場合,その
6 )藤野(1993)は景気循環学会における記念講演を収録したものであるが,その中で藤野は,資 本ストックの三角形(トライアングル)の一番上に在庫を据えたピラミッド型の構図を紹介して いる〔藤野,(1993),pp.5-6〕.
両者の間には,より長いサイクルの局面が,より短いサイクルの局面の強さ や長さに影響を与えるという一般的な関係がある.10年前後の周期を持つ中 期の設備投資循環(ジュグラー・サイクル)と3〜4年周期の短期の在庫循環(キッ チン・サイクル)との関連でいえば,おおむね以下のような規則性があると考 えられる.
①中期循環の上昇局面では,短期循環の上昇局面も力強く,かつ長期化し やすい.また,短期循環の下降局面は浅く,かつ短縮化する.つまり,好況 は強く長引き,不況は軽くすみやすい.
②中期循環の下降局面では,短期循環の上昇局面は弱々しく,かつ短期に とどまる.一方,短期循環の下降局面は深く,かつ長期化しやすい.つまり,
好況は微弱で短命に終わり,不況は強力かつ長引く.
上記の命題は,在庫調整期間や強度に着目して,①設備投資の対GDP比率 の上昇局面では,在庫調整は短期かつ軽微ですみやすい,②設備投資比率の 下降局面では,在庫調整は長期かつ深刻化しやすい,とまとめられる.この ような,より長いサイクルが短いサイクルに作用し,好・不況の程度を増幅 ないし安定化する関係を「複合循環の命題」と呼ぶことがある7).
3 2005
年の景気状況とキッチン・サイクル3. 1 「踊り場」脱却と景気一致指数の動向
本稿を執筆している9月末現在の日本経済の状況を見ると,政府・日銀の「踊 り場脱却」宣言にもかかわらず,05年7,8月までの景気指標を見る限りは,
引き続き悪化するものもあり,依然「脱却」とまでは,明確にいえない状態 が続いている.
そこで,内閣府・景気動向指数の一致指数のヒストリカルDI(HDI)を,
05年9月末時点で入手可能な情報をもとに,あくまでも暫定的にではあるが
7 ) 在庫調整が設備投資比率の位相によって左右される技術的な原因は,資本財在庫率が設備投資
の好不調を反映して上下動することに求められよう.これについては,嶋中,(2003),pp.278-280 参照.
作成してみた.すると,既に山をつけた可能性のある系列としては,①所定 外労働時間指数が04年6月,②商業販売額(卸売業)が04年11月,③生産 指数が05年1月,④稼働率指数が05年4月,⑤商業販売額(小売業)も05 年4月,⑥中小企業売上高が05年6月と,05年6月段階で一致指数・個別 系列の過半数が既往ピークをつけてしまっている可能性があることがわかる
(第 3 図,第 1 表).つまり,最悪の場合は,これがそのまま景気の山となり,
05年7月からの景気後退を示すことになりかねないともいえる.ただし,正 確に言えば,稼働率指数,営業利益,中小企業売上高の3指標は,8月のデー タが未入手となっている現時点では計算できず,したがって05年8月の暫定 HDIは50%と,かろうじて50%ラインに乗った.
一方,先行指数を見ると,足元では,最終需要財在庫率指数,鉱工業生産 財在庫率指数,耐久消費財出荷指数の悪化が8月には止り,改革が始まった 可能性があるが,日経商品指数(42種)前年比がやや軟弱な地合いとなって いる他,新規求人数にもややピークアウト感が出ている.
また,需要項目別に見ると,7月は輸出数量指数が落ち込んだ他は,全世帯・
実質消費支出金額指数,家電販売額,スーパー売上高,乗用車(含む軽)販売 台数など個人消費関連に弱含むものが多かった.なお,乗用車販売の悪化は 8月も続いたが,輸出数量は持ち直した.
第 3 図 景気動向指数・一致指数のヒストリカルDI (暫定版)の推移
(注) は景気後退期(内閣府)
(出所)内閣府『景気動向指数』より作成,直近はUFJ総合研究所投資調査部作成.
第 1 表 ヒストリカルDI(暫定版)の構成系列と拡張・後退の動向
(注) ○は拡張,▲は後退を示す. は,今後ピークと認定される可能性が高いが,現時点でピー クとなっている月(筆者推定).
(出所)内閣府『景気動向指数』をもとにUFJ総合研究所投資調査部作成.
生産指数
(鉱工業)
鉱 工 業 生 産 財 出荷指数
大口電力 使 用 量
稼 働 率 指 数
(製造業)
所 定 外 労働時間 指 数
(製造業)
投 資 財 出荷指数
(除輸送機械)
商業販売額
(小売業) (前年同月比)
商業販売額
(卸売業) (前年同月比)
営業利益
(全産業)
中小企業 売 上 高
(製造業)
有効求人 倍 率
(除学卒)
04年1 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
2 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
3 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
4 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
5 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
6 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
7 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ○ ○ ○ ○
8 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ○ ○ ○ ○
9 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ○ ○ ○ ○
10 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ○ ○ ○ ○
11 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ○ ○ ○ ○
12 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ▲ ○ ○ ○
05年1 ○ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ▲ ○ ○ ○
2 ▲ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ▲ ○ ○ ○
3 ▲ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ▲ ○ ○ ○
4 ▲ ○ ○ ○ ▲ ○ ○ ▲ ○ ○ ○
5 ▲ ○ ○ ▲ ▲ ○ ▲ ▲ ○ ○ ○
6 ▲ ○ ○ ▲ ▲ ○ ▲ ▲ ○ ○ ○
7 ▲ ○ ○ ▲ ▲ ○ ▲ ▲ ▲ ○
8 ▲ ○ ○ ▲ ○ ▲ ▲ ○
米国が,05年8月末から9月にかけて巨大ハリケーン「カトリーナ」によ る大災害に見舞われ,原油価格がWTI期近物ベースで一時1バレル=70ド ル台を記録する中で,国内で冴えない景気指標が多いとなると,「踊り場脱却」
も幻想とも思えてくる.
ただし,他方で過度の悲観には及ばないとも思わせる材料も多い.特に,
東証株価指数,新設住宅着工床面積,中小企業売上げ見通しD.I.など,景気 に対する安定した先行性で定評のある系列で上昇が目立っている.とりわけ,
新設住宅着工戸数などは7月に1997年10月以来,7年9ヵ月ぶりの高水準 となり,株価は9月には,13,300円台と2001年7月以来,4年2ヵ月ぶりの 水準に上昇した.
また,半導体製造装置のBBレシオ(出荷額に対する受注額の比率)は05年6 月,7月と好・不況の判断の分水嶺となる1.0を超えてきているし,家電量販 店のパソコン販売台数や首都圏の宅地・中古マンションの引合件数も,8月 に入り増加傾向にある模様だ.
こうした一連の指標の動きは,何を物語っているのだろうか.まず第1に,
景気の現状は,製造業や個人消費関連を中心に,政府・日銀が05年8月前半 の時点で考えていたほど良好な状態になっているわけではなく,依然調整局 面的な色彩を帯びているといえる.しかし,第2に,電子部品・デバイス工 業の出荷・在庫バランスが前期比ベースで改善の動きを見せるなど,IT関連 分野での在庫調整はほぼ終息したといってもよく(第 4 図),株式・住宅といっ た資産に対する選好が強まり,中小企業の売上げないし業況の見通しが上向 いている点から見れば,先行きの景気にプラスの要素も十分見出せる.つま り「踊り場脱却」は遅れている面があるが,それでもIT関連に続き素材分野 での調整も05年末頃には終了し,全体としての在庫調整局面からの脱却も近 いのではないかと考えられる.
以上のように,とりあえず筆者は,日本経済が05年末までに在庫調整が一 巡して06年は再加速して行くとのメイン・シナリオを考えている.ただし,
上述のように,リスク・シナリオとしては,原油高や米国のハリケーンの後 遺症などもあって,この下期にかけて予想外に在庫調整が深刻化し,結果的に,
既に05年6月近辺を山とした景気後退期に突入していた,ということになる 可能性も,なおゼロではないと考えておく必要はあろう.
第 4 図 電子部品・デバイス工業の動向
(注1) は景気後退期(内閣府)
(注2)出荷・在庫バランス=出荷(前期比)−在庫(前期末比).
直近05年7-9月期の出荷・在庫バランスは,出荷7,8月平均,在庫8月から算出.
(出所)経済産業省『鉱工業指数』より作成.
3. 2 出荷・在庫バランスから見た在庫循環
ここで,足元の景気指標をキッチン・サイクル,または短期循環,在庫循 環に即して見ると,現状は「踊り場」というよりは,典型的な「在庫調整局面」
と認識した方が余程わかりやすいような客観的状況が成立していることに気 づく.
まず,出荷・在庫バランスと鉱工業生産の前年比との関係である.鉱工業 出荷の伸びから製品在庫の伸びを前年比ベースで差し引いた出荷・在庫バラ ンスは,05年1-3月期にマイナス2.1%ポイント,4-6月期ではマイナス2.2% ポイントと,既に在庫過剰領域に入っており,さらに7-8月平均ではマイナ ス4.1%ポイントまで過剰幅を拡大しつつある(第 5 図)
過去のパターンでは,出荷・在庫バランスがマイナスとなった場合,大抵 はその1四半期後に鉱工業生産も前年割れとなり,それと同時に景気後退入 りしている.ただし,例外もあり,平成バブルの最中で消費税が導入された
1989年と,阪神大震災・地下鉄サリン事件,1ドル=79円台の超円高と外的 ショックが続いた95年は,出荷・在庫バランスがマイナス化し,明瞭に在庫 調整局面となる中,四半期ベースでの生産の前年割れには到っておらず,結 果的に「踊り場」のまま,次回の回復に繋がった.
その意味では,05年の今回も非常に微妙である.7-8月平均の出荷・在庫 バランスも,瞬間風速である前期比ベースで見て,マイナス1.7%ポイントと,
なおマイナスであるが,8月単月では前月比0.7%ポイントとプラス化し,回 復への動きが出始めているといえなくもない(第 6 図).また,前年比の出荷・
在庫バランスにおける在庫過剰幅は,89年,95年とほぼ同程度になっている 上,主要メーカーの生産計画である生産予測指数を見ると,10月には前年比 4.7%増まで回復する見込みとなっている.足元の景気は,在庫調整が依然続 く中で,先行きに明るさが見えてきた,という中途半端な状態にある.こう
第 5 図 鉱工業生産と出荷・在庫バランス(前年比)
(注1) は景気後退期(内閣府)
(注2)鉱工業生産指数の直近05年9,10月の値は,生産予測指数をもとに算出.
(注3)出荷・在庫バランス=出荷(前年同期比)−在庫(前年同期末比).
直近05年7-9月期の出荷・在庫バランスは,出荷7,8月平均,在庫8月から算出.
(出所)経済産業省『鉱工業指数』より作成.
したどっちつかずの状態が,05年内一杯,持続する可能性があるが,少なく とも06年に入ると在庫調整から開放されて,生産が増加する方向性がはっき りとしてくるとの見通しを持つことができよう.
4 ジュグラー・サイクルと「前半・後半の法則」
4. 1 「前半・後半の法則」とは何か
2005年は「戦後60年」ということもあり,いろいろな場面で,過去の歴 史について語られることが多かった.そこでもし,筆者がいま,戦後の日本 経済の歴史認識について問われるとすれば,いの一番に,筆者自身が考案し た中期循環の表現形式である,「前半・後半の法則」について紹介したいと考 える8).
第 6 図 出荷・在庫バランス(前期比と前年比)
(注1) は景気後退期(内閣府)
(注2)出荷・在庫バランス=出荷(前年比,前期比)−在庫(前年同期末比,前期末比).
直近05年7-9月期の出荷・在庫バランスは,出荷7,8月平均,在庫8月から算出.
(出所)経済産業省『鉱工業指数』より作成.
8 )前半・後半の法則は,最初の着想段階では実質GDP成長率によって示された〔嶋中,(1991),
p.17〕.現在のような景気拡張期間比率で示されるようになったのは,嶋中〔(1994),pp.123-128〕
からである.
前半・後半の法則とは,西暦の各10年代(decades)の前半の5年間に比べ,
後半の5年間の方が景気の拡張期間が長い,という戦後日本経済に存在して きた規則的なパターンを指す.一般にジュグラー・サイクル,または中期循環,
設備投資循環と呼ばれる10年周期の循環を,最も端的にデータで表現したも のであるともいえる.
まず,公式の景気基準日付に基づいて,景気拡張期間の当該期間に占める 比率(これを「拡張期間比率」と呼ぶ)を四半期ベースで計算する.その上で,
前半の5年間,つまり1951〜55年,61〜65年,71〜75年,81〜85年,
91〜95年と,後半の5年間である56〜60年,66〜70年,76〜80年,86
〜90年,96〜2000年とで景気拡張期間を比べてみると,ことごとく後半の 5年間の方が長く,その比率は高くなっていることがわかる(第 7 図).
第 7 図 戦後日本経済のジュグラー・サイクル(5年区切りで見た拡張期間比率)
(注1)図中の 部は,相対的に拡張期間の長い時期, 部は短い時期を示す.
(注2)拡張期間比率は,全期間に占める景気拡張四半期数の割合(%).02年〜05年は筆者推定.
(注3) 設備投資比率,実質GDP成長率は暦年ベース.93年までは旧ベース.直近は05年1-3月期,
4-6月期の平均値.
(出所)内閣府『景気動向指数』,『国民経済計算』より作成.
そこで,景気拡張期間比率を百分率で表示すれば,1950年代前半の75%に
対して後半は80%,60年代前半の60%に対して後半は95%,70年代前半の 55%対して後半は70%,80年代前半の45%に対して後半は80%,90年代前
半の45%に対して後半は65%と,すべて後半が高くなっていると共に,交互
に5年毎に比率が上下していることが確認できる.なお,同様に景気拡張期 間の長い後半の時代は,設備投資比率や経済成長率も上昇し,したがって複 合循環の命題より,在庫調整は軽く,在庫積み増しは強まる傾向があること が理解される.
ここで実質GDP成長率と景気拡張期間比率との関係を統計的にチェックし てみると,比較的高い相関が認められる.1956年から2005年(但し02年から 05年までは筆者の推計)までの期間で,実質GDP成長率を被説明変数とし,5 年間ずつ区分した10個の説明変数と1次タイム・トレンドとで推計したとこ ろ,自由度修正済み決定係数0.8862が得られた.すなわち,
実質GDP成長率=4.3711+0.0831×景気拡張期間比率−0.8780×TIME (1.9413)(3.0521) (6.0805)
推計期間 1956〜2005年 ( )内はt値
決定係数(自由度修正済)=0.8862 ダービン・ワトソン比=1.9577
ただ,いかんせん,サンプルが少なすぎるため,本推計はあくまでも参考に とどめることとしたい.
4. 2 周期性の原因と先行きの展望
もちろん,前半・後半の法則は,これだけでは単なる経験則にすぎない.
説得力のある説明のためには,原因の究明が不可欠である.実際,何の理由 もなく,これだけ厳格な周期的リズムが繰り返されるはずもないからである.
ただ,現状では残念ながら,筆者もまだ完全に明確な形で原因をつきとめる
には至っていない.現時点で考えられる理由としては,①設備や耐久消費財 の更新サイクル,②7,8月の北極寒気団の勢力サイクルが引き起こす冷夏・
猛暑の交替のような,個人消費に影響を及ぼす夏場の気象の10年周期性,③ 政府の経済計画や米国などによる,貿易・資本の自由化など準周期的な市場 開放・自由化要求(第 8 図)への対応,④資本ストックの調整期間や企業の イノベーションのうねりが大体10年前後で一巡してきたこと,など4点が挙 げられる.いずれにせよ,原因はどれか1つということではなく,おそらく 以上4つを主要なファクターとする複合的なものであろう.
第 8 図 戦後日本の自由化とジュグラー・サイクル(概念図)
とはいえ,今後についても,過去少なくとも50年以上,例外のない,厳格 な10年周期リズムが存在してきたことを前提とすれば,2006〜2010年の後 半の5年間が,直前までの2001〜2005年に比べ,相対的に拡張期間の長い,
いわば「好況の時代」となる確率は高いといえるだろう.
この新しい後半の5年間は,これまでの小泉構造改革(都市再生・規制緩和・
不良債権処理加速等)の成果が,時間が経過してそろそろ中期的に発現する頃 合いとなることに加え,「公共サービス(郵政・道路公団・政策金融・教育・医療・
介護など)の自由化」が新しいビジネス・チャンスを生み出す.また,退職金 を手にした団塊の世代を中心に,ハイブリッド・カーやデジタル家電(薄型テ レビ,ホームシアターを含む)などの 新・三種の神器 が大いに普及しよう(第 9 図).そして,休止していた企業の設備投資が地価の底入れと株価の本格的 な上昇期待,不良債権処理の終わった金融機関による積極的貸出スタンスな どと相俟って拡大し,日本経済が中期的に再浮上する可能性は大きいのでは
ないか.
5 クズネッツ・サイクルと建設投資の
20
年周期嶋中(2004)の「まえがき」には以下のように書いてある.「短期的な景気 循環でみれば,中国経済やアメリカ経済の減速などによる影響で,05年度に 日本経済は一旦調整局面に入るのではないでしょうか.(中略)それでも,20 年周期の長期循環で見れば,日本経済は03年度から上昇に転じたと考えられ るのです.長期循環は,建築着工床面積など建設投資と関係が深く,複数の 指標がその事実を示しています.地価が下げ止まり,銀行の不良債権処理問 題も解決するとみられる06年度以降,日本経済は本格的な拡大軌道に乗る可 能性が高いのではないでしょうか」9).
地価の底入れに関する筆者の予見は,既に現実に,妥当であったことが判 明しつつあると思われる.大都市圏を中心に地価の反転・上昇の動きが広がっ
(注)16%ラインは,それを超えると急速に普及拡大するとされる普及率(16%)を示したもの.
(出所)内閣府『消費動向調査年報』,総務省『通信利用動向調査』より作成.
第 9 図 耐久消費財の普及率の推移
9 )嶋中,(2004),pp.8-9参照.
ていることは,05年8月1日に国税庁が発表した05年1月1日時点の路線価,
また9月20日国土交通省が発表した05年7月時点の基準地価でも明らかで ある.特に,後者では,東京都区部で1990年以来15年ぶりに商業地が0.6%,
住宅地が0.5%と変動率がプラスになった.
第 10 図の(3)は,日本不動産研究所の「市街地価格指数」データから,
6大都市市街地価格指数の最高価格地(細線)と全用途平均(太線)の前年比 騰落率を日経平均株価のそれ(点線)と一緒に描いたものである.地価は,基 本的に株価と連動(といっても,株価に対して1年半程度の遅れを伴なう)する傾 向があるが,6大都市では全用途平均・最高価格地ともに1990年9月末以降 は,株価の方が何度か上昇に転ずる局面があったにもかかわらず,前年比で 下落軌道を続けてきた.その地価が,漸く最高価格地で04年3月末からプラ スに転じ,05年3月末には7%の伸びを記録する中で,全用途平均でも,04 年3月末にマイナス7.5%,同9月末にマイナス5.8%,05年3月末にはマイ ナス3.7%と,ここ1年間で3.8%ポイントの浮揚を果たした.これと同じテ ンポのマイナス幅縮小が続くとすると,丁度06年3月末にプラス化する計算 になる.足元で東京など大都市圏を中心に,オフィスビルの建設ラッシュや 団塊の世代の都心移住や団塊ジュニアによる分譲マンション入居ブームが起 きており,これらが地価の底入れをもたらしつつあるといえる.
地価が上昇に転ずれば,不動産投資や建設投資が活発となるのは目に見え ており,これに伴なって金融面の活動も刺激されよう.また,02年に大底を つけて03年,04年と前年比24%台で快調に伸びている工場立地件数も,地 価の先高期待が加われば,一段と加速しよう(第10図の(2)).工場立地件数 の増大は,通常,有効求人倍率の上昇に繋がる建築着工床面積(鉱工業),換 言すれば建設投資の拡大を招来することになる.
一方,建設投資の抑制要因となり,また地価上昇の地方への波及を妨げる ものとして,政府の公共投資削減政策が挙げられるが,長期的に見ると公共 投資の名目GDP比率にも循環が見られ,01年からの小泉内閣による公共投
(注) 直近の建築着工床面積,有効求人倍率は05年1〜8月平均値,工場立地件数は04年,6大都 市市街地価格指数は05年3月末,日経平均株価225種は05年7〜10月(3〜4日)平均値,
名目GDPは05年1-3月期,4-6月期の平均値(93年までは旧ベース).
(出所) 国土交通省『建築着工統計』,厚生労働省『一般職業紹介状況』,経済産業省『工場立地動向 調査』,日本不動産研究所『市街地価格指数』,内閣府『国民経済計算』より筆者作成.
第 10 図 建設投資循環の推移
資削減のほぼ20年前の1982年から数年間,中曽根内閣時に,やはり公共投 資の抑制が実施されていた.逆にいえば,財政構造改革の推進の下では,公 共投資の縮減は引続き避けられないものの,①環境,②観光,③景観,といっ たインフラ絡みの課題の比重が高まってくる中で,財政面での負担も社会保 障費のようには大きくない公共投資の比率が下げ止まり,PFIのような民間 資金を利用した社会資本投資が活発になってくることや,外国人ファンドに よる投資資金の投入などにより,現在はなお低迷している地方の地価が動き 始める可能性も,あながち否定することはできまい(第10図の(4)). こうした事実や推論を積み重ねて行くと,クズネッツ・サイクル,または 長期循環,建設投資循環が,今回は03年より既に,戦後の日本経済において 20年ぶりとなる,戦後第3波上昇局面入りとなっていることが明白であり,
また06年より地価の上昇を伴なった本格的な上昇に転じて行く姿がかなり はっきりと描かれてくる(第 11 図).
第 11 図 戦後日本の長期循環(10年区切りで見た拡張期間比率)の推移
(注1)図中の 部は,相対的に拡張期間の長い時期, 部は短い時期を示す.
(注2)拡張期間比率は,全期間に占める景気拡張四半期数の割合 (%).
(注3)第三波は筆者予想.
(出所)内閣府『景気動向指数』より筆者作成.
以上のように,短期の在庫循環(キッチン・サイクル)の基礎となっている 中期の設備投資循環(ジュグラー・サイクル),長期の建設投資循環(クズネッツ・
サイクル)など,中長期のサイクルも,日本経済では最近,底入れないし上向 きに転じつつあることが明らかであるといえよう.
6 コンドラチェフ・サイクルの現局面
6. 1 コンドラチェフ・サイクルと公定歩合の長期波動
景気サイクルのうち,最も長いものは,50〜60年周期で繰り返すといわ れるコンドラチェフ・サイクルである.既述の通り,このサイクルは,長期 波動とも呼ばれ,発見者のコンドラチェフ自身が強調したように,都市基盤 など大規模なインフラストラクチャーへの投資が原因との見方やシュンペー ターの説のように産業革命のような大規模技術革新(イノベーション)を原因 とする見方が有力である.また,現象形態としてはインフレーションとデフ レーションの交替を伴って表れるので,物価の波といわれることも多い.また,
通常,コンドラチェフ・サイクルはコンドラチェフ自身が世界経済全体への 適用を意識してこの長波を論じていたことから,「世界経済の長期波動」と呼 ばれ,短・中・長期のほかのサイクルと異なり,このサイクルのみ,世界経 済全体の波動として取扱われることが多い.
しかし,筆者は,それを必ずしも唯一無二の接近法とは考えていない.そ うしたアプローチのみでは,そもそもコンドラチェフが,その長期波動のひ な形として参考にしていたとみられるジュグラー・サイクルでさえ,ジュグ ラー本人が「仏・英・米国における」シンクロナイゼーションを強烈に意識 しながら,約10年周期の循環を見出して行ったにもかかわらず,結局は各国 別の中期循環へと置き換えられて行った歴史を説明することはできないから である.
以上を考慮して,日本経済について,明治時代以降の120年間にも亘って 入手できるデータが揃っている経済指標を探してみると,公定歩合など僅か しかない.そこで,公定歩合の長期波動を導き出してみよう.まず,公定歩 合の水準の時系列を9年移動平均してジュグラー・サイクルを除去しておく.
次に,導き出した時系列の前年比を取る.すると,後者の前者に対する先行
性が浮き彫りとなる.谷に注目すると,前年差が1929年に大底をつけて上昇 に向かうと,水準はその11年後の1940年に大底をつけている.戦後につい ては,10年前の1995年に前年差がボトムをつけているが,公定歩合の水準 は2001年より史上最低の0.10%にとどまっている(第 12 図).
第 12 図 公定歩合の前年差と水準(9年移動平均)
(出所)総務省『日本の長期統計総覧』,日本銀行『経済統計月報』より筆者作成.
一方,公定歩合の水準の9年移動平均値は,2000年0.32%,2001年0.28% と,足元近くまで緩やかな低下基調を示している.しかし,大局的に見れば,
既に大底圏にあることは間違いなさそうである.1995年で前年差がボトム・
アウトしていることから予想しても,戦前のパターンと同じであれば2006年 が谷となる.また仮りに2007年に公定歩合の引き上げが実施されたとすれば,
9年移動平均値では2002年に谷が到来していた,との見方もできる.
とすれば,日本のコンドラチェフ・サイクルは,戦前・戦後を通して2回 の上昇,2回の下降を示し,その谷は1889年,1940年,そしてピンポイント では特定できない2002〜2006年の3回,山は1922年,1977年の2回となる.
平均周期は56〜57年である.日本のコンドラチェフ・サイクルは足元で,徐々
に浮上し始める準備期にあるといえるだろう(第 13 図).
第 13 図 公定歩合の長期波動
(注)トレンドラインは1887年から2001年.
(出所)総務省『日本の長期統計総覧』,日本銀行『経済統計月報』より筆者作成.
7 「黄金循環(ゴールデン・サイクル)」の時代
7. 1 底入れするコンドラチェフ・サイクル
上述の分析を踏まえて,戦後の日本経済を振り返ってみると,復興期から 高度成長期を経て,列島改造ブーム,第1次石油危機までが,大きく分けた 意味での「上り坂の時代」であり,また第2次石油危機を経て,プラザ合意 後の平成バブルとその崩壊,金融危機後のITバブルとその崩壊までが「下り 坂の時代」であったと位置づけることができる.
それは丁度,公定歩合の9年移動平均値のトレンド・ラインからの乖離に よって描き出された日本のコンドラチェフ・サイクルが,1940年を谷に上昇 し始め,太平洋戦争と直後の混乱期をはさんで1977年まで上昇を持続した後,
ピークアウトして約25年間下降を続け,2002年以降の数年間で漸く底入れ しつつあるとみられる状況と符合する.
また,篠原三代平(1999)によって,「大型バブルは長期波動の属性であり,
コンドラチェフ現象である」と喝破されたように,歴史に残るようなバブルは,
大抵,50〜60年周期のコンドラチェフ・サイクルの下降局面で発生してい る10).日本の平成バブルと(発生場所は米国であったが)ITバブルの2回の大 バブルは,その説の妥当性を裏づけているといえよう.とはいえ,その環境 を醸成した日本のコンドラチェフ・サイクルが,早い場合には06年にも実施 される可能性のある日銀の短期政策金利の引き上げをもって,上昇方向へと 転ずると考えるとすれば,やや大雑把な表現を用いるなら,今後ほぼ30年間 においては,長波の上り坂で,大きなバブルが再発することはないのかもし れない.
7. 2 上昇に転じたクズネッツ・サイクル
しかし,バブルはないとしても,20年周期の建設投資循環であるクズネッツ・
サイクルがすでに03年以降,上昇に転じているとすれば,06年以降の約6 年間については比較的息の長い,オフィス・住宅・工場や土地に絡む不動産・
建設・金融業の活況と一体になった内需の好調な時代が展開していく可能性 も否定できないであろう.もちろん,これを実現するためには人口減少や少子・
高齢化といったハードルがあるものの,幸い,今後の数年間は,団塊の世代 の大移動や団塊ジュニア層の住宅取得期にも当たっており,悲観的な状況ば かりがあるわけではなかろう.
7. 3 「後半の5年間」に突入するジュグラー・サイクル
そして,10年周期のジュグラー・サイクルは,1950年代から,西暦の各 10年代の後半の5年間に景気拡張期間が長い特性を示し続けており,06年か ら10年までの新たな後半の5年間についても,増税などの逆風は予想される ものの,ハイブリッド・カーなど新たな三種の神器となる耐久消費財の台頭
10 )篠原,(1999),p.9参照.
と共に,これまで長い間休止してきた新規の設備投資への期待が大きく膨ら んでいる.
また,設備投資のGDP比率はじりじりと上昇を見せており,かつその先行 指標となる投資採算(全産業・総資本利払い前利益率から有利子負債利子率を差し 引いたもの)は,史上空前の長期金利の低水準が続く下で,すでに十分に高水 準になっており,何らかのきっかけで旺盛な設備投資ブームに結びつく蓋然 性を秘めているといえる.
7. 4 黄金循環の時代
そうした中で,目下,比較的軽度の在庫調整局面にあるとみられる3〜4 年周期の短期のキッチン・サイクルも,出荷・在庫バランスが,まずIT(電 子部品・デバイス,情報通信機械)部門から改善方向に入りつつあり,今後その 他の部門(特に素材)の調整完了までなお暫く時間がかかるとはいえ,05年内 に全体の調整一巡の目処がつく可能性が非常に高くなってきた,というのが 現状である.
以上の分析から,日本経済は,06年に入ると(1)キッチン,(2)ジュグラー,
(3)クズネッツ,(4)コンドラチェフの4つの波長の異なるサイクルがすべ て上昇に転じるという,それこそ60年に1度の「黄金循環(ゴールデン・サイ クル)」に突入することになるといえる(第 14 図参照).これはまさに,複合 循環のピラミッドが最も強固となり,景気が上昇しやすい時代の到来を意味 する.もっとも,現実がどうなるかは,これからじっくりと観察していかな ければならないことはいうまでもない.
第 14 図 「黄金循環」へ向かう4つのサイクル
(注1) は景気後退期(内閣府調べ).
(注2)出荷・在庫バランス=出荷(前年同期比)−在庫(前年同期末比).
(注3)国内企業物価のトレンドラインは60年度上期〜04年度下期の値から算出.
(注4) 直近05年度上期の出荷・在庫バランスは,出荷4〜8月平均,在庫8月から算出(78年度 までは旧ベース)
(注5)設備投資比率は05年4-6月期(93年度までは旧ベース),建築着工床面積は05年4〜8月平均値,
国内企業物価指数は05年4〜8月平均値.6大都市市街地価格指数の直近は05年3月末値.
(出所) 経済産業省『鉱工業指数』,内閣府『国民経済計算』,国土交通省『建築着工統計』,日本不 動産研究所『市街地価格指数』,日本銀行『企業物価指数』より作成.
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The Doshisha University Economic Review Vol.57 No.3
AbstractYuji SHIMANAKA, Composite Cycles and Japanese Economy
The market has four cycles from a short-term to an extra long-term. It is said that among these cycles there is “a proposition of composite cycles” that a longer cycle has effects on a shorter one and that in case plural cycles overlap each other in the same direction, advancing boom-and-depression cycles are enhanced. In this paper the four cycles are indexed and illustrated in the graph according to actual data, which will serve the future prospects and the grasp of the present situation of Japanese economy. This research has come to a tentative conclusion that Japanese economy will probably have a golden cycle when the four cycles rise in a steady curve.