『ドン・カズムッホ』と探偵小説
武田 千香
はじめに
1.
「探偵小説」性の発見2.
サンチアーゴによる「緋色の研究」3.
サンチアーゴの独裁体制と近代4.
探偵マシャードのまなざし むすびはじめに
ブラジルの文豪マシャード・ジ・アシス(Machado de Assis, 1839-1908)による『ドン・カ ズムッホ』(
Dom Casmurro , 1900)は、同じ作者が執筆した『ブラス・クーバスによる死後の
回想(Memórias Póstumas de Brás Cubas , 1881)
』とともに、ブラジル文学を代表する作品で、ブラジルの文学の名作を募ると、たいがいこれらが1位と2位を分け合う1)。
『ドン・カズムッホ』には、この小説を論じようと思ったら決して忘れてはならない、作品 解釈上のコペルニクス的転回とも言うべきある重要な“歴史的事件”がある。この小説は、主 人公ベント・サンチアーゴ(Bento Santiago)が、亡き妻カピトゥ(Capitu)と親友エスコバー ル(Escobar)の不義を確信し、嫉妬心にさいなまれながら悲劇的な愛の日々を綴る手記とい う形式をとるが、その妻の不倫は、出版されてから
60
年もの長きにわたって自明のこととして 受け取られ、まったく疑われることがなかった。だが、1960年にアメリカ出身の女性のブラジ ル文学研究者にして『ドン・カズムッホ』の翻訳者でもあるヘレン・コードウェル(HelenCaldwell)が、
『マシャード・ジ・アシスのブラジル版オセロウ:『ドン・カズムッホ』研究』の中で、妻の不義は「冤罪」であるという説を発表すると、たちまちにして、それは夫が嫉妬 に駆られた挙げ句にでっちあげた作り話とされることが多くなり、逆にそれまで同情されるこ とはあっても、責められることはほとんどなかった夫のほうが、無実の妻を葬り去った卑劣な 男として非難を浴びるようになった。そして同時に、カピトゥの不義の真偽はこの小説を読み 解く重要な鍵とされ、一般の読者のみならず批評家や研究者までが「カピトゥは無罪か有罪か
(Capitu: Inocente ou culpada?)2)」をめぐって議論を交わし始めた。だが、よく考えてみれば、
手記には夫の証言しか書かれていない以上、その真偽が判明するはずはなく、現在では、その
問いは解答不能なものとされ、作品の両義性は常識となっている。だが、それにも拘わらず、
いまだにいずれかの態度を明確に表明し、持論を主張する研究者や作家も存在する3)。 このように万人の関心が呼び込めるゴシップ的な話題を切り口に、文学テクストの深さに迫 るきっかけを作ったコードウェルの研究がなければ、おそらく『ドン・カズムッホ』はブラジ ルの文学において現在の地位を獲得してはいないだろう。その功績はそれほどまでに大きかっ た。
さて、その大転回は、ある意味でこの『ドン・カズムッホ』の単なる姦通小説から探偵小説 的な性格をも併せ持った小説への転換をも意味する。なぜなら、それまでは単に夫が妻の不倫 を嘆く告白記としてのみ読まれていた小説に、「カピトゥは無罪か有罪か」という推理小説的な 視点を差し込んだからである。この結果、『ドン・カズムッホ』には、テクストの「両義性」と いう新しい境地が拓けたばかりでなく、数多の読者を引き寄せることとなった。
さて、「探偵小説」としての視点を獲得することで、なぜこの小説に「両義性」が見出された のか。「探偵小説」という視点は、この作品の何を明らかにするのか。そして、何よりもマシャ ードはなぜ『ドン・カズムッホ』に「探偵小説」という装置を与えたのか。本論は、このまる で魔法のような「探偵小説」性が、『ドン・カズムッホ』においてどのような意味を担っている のかを考察するものである。
1.「探偵小説」性の発見 1.1.『ドン・カズムッホ』
『ドン・カズムッホ』の主人公ベント・サンチアーゴは、周囲の人から「偏屈卿(ドン・カ ズムッホ)」というあだ名をつけられ、厭世的な生活を送る
50
代半ばの一人暮らしの男性であ る。あるとき彼はふと過去と現在という人生の両端をつなぐべく手記を書くことを思い立つ。リオ・デ・ジャネイロの彼の生家の隣には、カピトゥという女性の幼な友達が住んでいて、
二人は恋に落ち、結婚に至った。だが、それまでの道のりは決して平坦ではなかった。という のも第一子を死産で失っていた母グロリアが、次の子は無事に生まれたら神父にして教会に捧 げるという願をかけていたからである。母は、サンチアーゴ家の食客ジョゼ・ジアスの進言に 従い、神との約束を優先して息子を神学校へ入れる。だが、カピトゥと恋仲にある彼にとって それは本意ではなく、神学校に入学すると、同級生エスコバールの知恵を借り、退学を果たす。
その後は法科へ進んで弁護士となり、めでたくカピトゥと結婚したのであった。
一方、エスコバールはカピトゥの親友のサンシャと結婚し、2組の夫婦は親密な家族ぐるみ のつきあいを続ける。新婚のサンチアーゴとカピトゥの悩みはしばらく子宝に恵まれないこと だったが、やがて男児を授かり、エスコバールのもう一つの名にちなんでエゼキエルと名づけ
られる。ところがある日、エスコバールが早朝に海で泳いでいたときに溺死してしまう。する とサンチアーゴは、成長するにつれて息子がエスコバールに似てくるように思えてならず、彼 と妻の仲に疑念を抱き始める。いったんは自殺を考え、一時それは子どもへの殺意へと変わる が、最後は別居の道を選び、カピトゥと子どもをスイスに送ってしまう。カピトゥはそこで客 死し、エゼキエルは成人となってからブラジルに帰国するが、果たして再会したエゼキエルは、
エスコバールに瓜二つであった。
その後、考古学を専攻していたエゼキエルはエジプトへ発掘調査にでかけ、そこで熱病を患 って死ぬ。サンチアーゴは再び独身に戻ったが、大して孤独を味わうことなく、女友達を家に 呼んで遊興に耽ったが、そんな生活にもそろそろ飽きが来ていた。そこで書くことを思いつい たのがこの手記だったというわけである。
1.2.「姦通小説」から「探偵小説」へ
さて、コードウェルによる妻カピトゥの無実説が発表されたことで、にわかにこの作品の「探 偵小説」性が浮かび上がったわけだが、これについてもう少し詳しく見てみよう。
コードウェルは、サンチアーゴ/ジョゼ・ジアス/カピトゥの三人の関係を、シェイクスピ アの『オセロウ』に出てくるオセロウ/イヤーゴウ/デズデモーナの三人と比較し、両作品の 間には、妻の罪をめぐる決定的な相違点があると指摘した。それは『オセロウ』の場合は、デ ズデモーナが明らかに無実の罪で殺され、夫も自らの非を認めたが、『ドン・カズムッホ』の場 合は、妻カピトゥの罪は明白とされ、夫もそれを読者に訴えようとしている点である4)。サン パウロ法科学校を卒業し弁護士業を営むサンチアーゴは、テクストの中に、「認める(admitir)」、
「否定する(negar)」、「法廷(foro)」、「告発の証人(testemunha de acusação)」、「告白(confissão)」、
「目撃証人(testemunha ocular)」、「ゆるし(perdão)」、「修復(reparação)」、「正義(justiça)」、
「父性(paternidade)」と言った司法用語をふんだんに散りばめながら、妻カピトゥを被告の ように扱って糾弾する5)。第
138
章から第140
章にわたっては、さながら法廷のような場面を 設定し、「カピトゥ裁判」6)を開いたあげく、最終章の第148
章で次のような問いを読者に提示 する。グロリアのカピトゥは、すでにマタカヴァーロスのカピトゥに宿っていたのか、あるい は何らかの事件をきかっけにマタカヴァーロスのカピトゥが変貌したのかを知ることだ。
(Machado 2008a : 1072)
コードウェルは、サンチアーゴがここで読者を陪審員に見立て、その判決を読者に委ねている
と考える。ただここで彼がその問いを直接読者にぶつけるわけではなく、自分の問いとして提 示していることを考えると、読者を陪審員に見立てたとまで言い切れるかどうかは微妙である。
むしろ彼自らが陪審員気取りになっているという解釈もできるだろう。
コードウェルによれば、サンチアーゴの言い分はこうである。本来、自分は善良で純真な性 格であるうえ、彼女に対してもやさしく誠実に接した。たしかに嫉妬心や虚栄心や羨望を抱き、
思い余って妻子を追い出してしまったが、嫉妬に駆られたのも理由がないわけではなく、悪い のは、自分を裏切ったカピトゥである。もし読者がこの手記を読んで、自分の無実を認めてく れたなら、自分は安心して暮らせる。この手記はそのために書かれた、サンチアーゴによる「長 い自己弁護」だというわけである7)。そして実際に多くの読者が、60 年間、サンチアーゴのそ の見事な弁術に乗せられて彼の主張を鵜呑みにし、カピトゥの有罪を信じることとなったので ある。
1.3.ベント・サンチアーゴの殺人
「カピトゥ裁判」でコードウェルは、単にカピトゥを無罪放免とするに留まらず、逆にサン チアーゴを「殺人」のかどで訴え返した。彼女によれば、サンチアーゴは、「ベンチーニョ」と
「カピトゥ」の二人を殺したという。だが、これを検討するためには、ひとつ重要な点を確認 しておかなくてはならない。
『ドン・カズムッホ』は、語り手が自らの人生を振り返りながら綴る自伝形式の小説である から、言うまでもなく語り手と主人公は同一人物である。だが、文学テクストとして読む場合、
このベント・サンチアーゴを常に同一の存在として読んではならない。なぜなら語り手は、た とえ振り返る対象が自分自身であっても、語られる自分を、語り手としての自分からは距離を 置き客体として捉えることが多いからである。したがってまずサンチアーゴは語り手と物語内 の主人公の二つに分かれる。
さらに『ドン・カズムッホ』では、主人公そのものも一様に描かれてはいない。サンチアー ゴは、この手記の執筆動機を次のように述べる。あるとき「人生の両端を結び合わせ、老境に 青春を再興」しようと、マタカヴァーロス通りの生家をエンジェーニョ・ノーヴォに再建した が、残念ながら「かつての状況はおろか、かつての自分すら復元でき」ず、完成した家はどの 部分も「たしかに顔は同じだが表情が異なっていた」。「欠けているのが他人ならまだいい」が、
問題は自分が欠けていることだった。若さを取り戻そうと、女性たちとの遊びに暮れる生活を 送ってはみたが、大していい結果は得られず、だからといって悪化したわけではないが、外に でかけることも、また人とつきあうこともしなくなったために生活が単調になり、「よく食べ、
よく寝られ」はするものの、逆に「退屈のあまり疲れてしまった」。そこで気分転換のために思
いついたのがこの本を書くことだった。そして彼は言う。
法律、哲学、政治といったテーマが浮かんだが、肝心の力が湧かなかった。その後、この 町に関する『郊外の歴史』なるものを(…)書こうかとも考えた。だが、それは地味な割 に資料や日付などの予備調査が必要で、気が長くつまらない作業ばかりだ。そんなときだ った。壁の肖像画らが、もし自分たちに過去の時間を再現できなかったのなら、自らペン をとって語ってみたらどうかと話しかけてくれた。(Machado 2008a: 932)
つまり彼は、生家の再建で埋めることのできなかった、青春時代の自分と老境の自分との間に 横たわる決定的な溝を埋めようとこの手記を書いたのであった。
では、「人生の両端」の間で、サンチアーゴはどのように変貌したのだろうか。そのヒントが この本の題名にある。彼は、一章の「本の題名について」の中で、「ドン・カズムッホ」という 名称の由来を次のように説明する。ある晩のこと、街から帰ってくる途中の電車の中で、顔見 知りの男性から自作の詩の朗読を聞かされた。詩は「まったくの駄作」ではなかったが、疲れ ていたため、ついうとうととしてしまった。男性は気分を壊し、自分に「偏屈卿(ドン・カズ ムッホ)」というあだ名をつけた。すると、普段から非社交的な自分を好ましく思っていなかっ た近所の人までが、自分をそのあだ名で呼ぶようになった。サンチアーゴは、そのエピソード を紹介した後で、それを本の題名に採用する。すなわち彼は、その名称を老境にある自分のア イデンティティとして受け入れたのである。それが、かつては「ベンチーニョ」と呼ばれて周 囲から愛されていた自分の、変わり果てた姿であった。したがって『ドン・カズムッホ』には、
3つのベント・サンチアーゴが存在する。ひとつは語り手の「サンチアーゴ」、そして変貌前の
「ベンチーニョ」、最後に変貌後の「ドン・カズムッホ」である8)。
さて、「サンチアーゴ」は、カピトゥを悪人に仕立てることで、「ベンチーニョ」と「ドン・
カズムッホ」の間の溝を埋めようとしたわけだが、それは彼が変貌の原因をカピトゥに求めて いたからである。つまり彼は変貌したのは、自分を親友と結託して裏切ったカピトゥのせいだ と訴えたかったのであろう。コードウェルが異議を申し立てたのはその部分である。彼女は、
「ベンチーニョ」は嫉妬によって自己崩壊したに過ぎず、したがってサンチアーゴが自分で殺 したようなものだと主張したのである。さらに彼女は、カピトゥがサンチアーゴによってスイ スに追いやられた後、息子のエゼキエルが成人する前に早々とこの世を去っていることに注目 し、カピトゥの早世は心労によるもので、カピトゥも実質的にはサンチアーゴに殺されたと解 釈した。すなわちコードウェルの解釈によれば、サンチアーゴは精神的な殺人1件(かつての 自分殺し)と肉体的な殺人1件(妻殺し)の合計2件の殺人を犯したことになる9)。だが、サ
ンチアーゴはあたかもそれがカピトゥのせいであるかのように、この「長い自己弁護」10)を書 いて、罪を転嫁したというわけである。
コードウェルが光を当てた『ドン・カズムッホ』の「探偵小説」性は、以上のような側面で あった。
1.4. 「緋色の研究」と『ドン・カズムッホ』
このように『ドン・カズムッホ』を「探偵小説」的な見地から捉えると、にわかに親近性を 帯びて浮かび上がってくる同時代の探偵小説がある。それはコナン・ドイルによる『緋色の研 究』(1887)である。
探偵小説は、その起源をアメリカのエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』(1841)
に求めるのが通説とされ、その後、
1860
年代のイギリスのウィルキー・コリンズやディケンズ を経て、1880
年代にはコナン・ドイルによって、現在もなお根強い人気を集めるシャーロック・ホームズが生み出された。『緋色の研究』はそのシリーズの第一作で、ホームズとワトソンの出 会いが描かれていることでもよく知られている。ホームズのシリーズはヨーロッパに留まらず、
海を渡って世界各地域で広く読まれ、アジアや日本、そしてブラジルにも到達した。ホームズ が大活躍した
1890
年代は、ちょうどマシャードがこの『ドン・カズムッホ』が執筆した時期と 重なっている11)。『緋色の研究』は二部から成り、まずは第一部で、ロンドンの町で起こった二つの殺人事件 が提示される。捜査にはスコットランド・ヤードの刑事があたり、犯人と思しき人物が検挙さ れるものの誤認逮捕に終わる。そこへホームズがだれも予想しなかった真犯人を逮捕してみご とに事件を解決する。ホームズは、犯人が背負う過去に遡り、事件の真相と犯罪の動機を突き 詰め、犯人を割り出したのであった。第二部はその種明かしに充てられている。
このような『緋色の研究』の構造、すなわち前半で事件の現在が描かれ、後半でそれにまつ わる過去の事実が解明されるという構造は、それ以外のホームズ物の長編にも共通してみられ る。『探偵小説の社会学』の中でとくに『緋色の研究』を取り上げて、探偵小説を分析した内田 隆三は、これについて次のような説明を与えている。
「緋色の研究」とは逆向きの推理をすることである。現在はそのままでは謎であり、何 かを欠いて眠ったままなのであるといえよう。これに対して「緋色の研究」は、現在の事 実に含まれる過去という深さの次元を探査する。それは過去の復元と想起のなかで現実の 事実を、そして現在が欠いているものを目覚めさせる。12)
このプロセスは、サンチアーゴが『ドン・カズムッホ』を執筆した動機と一致する。すでに見 たようにサンチアーゴには、この回想記の執筆より以前に、「人生の両端結び合わせ、老境に青 春を再興」しようと生家を再建したが、失敗に終わった経緯がある。『ドン・カズムッホ』は、
それに代わるものとして、家の再建では成し遂げられなかった自分の欠落部分を埋めるために 執筆された。サンチアーゴは、言ってみれば自ら探偵の役割を引き受け、自らの人生に対し「逆 向きの推理」を加え、「ドン・カズムッホ」という「現在の事実に含まれる過去という深さの次 元を探査」することで、「ベンチーニョ」と「ドン・カズムッホ」という人生の両端を結び合わ せ、いったいなぜ自分は「ドン・カズムッホ」になってしまったのかという現在の謎を、カピ トゥと送った「過去の復元と想起のなかで」解こうとした。すなわち彼は、現在の自分の境遇 に納得できる裏づけを求めて探偵となり、「緋色の研究」を通してカピトゥとの出会いから別れ までを検証したのである。
2.サンチアーゴによる「緋色の研究」
2.1.「緋色の研究」の諸課題
だが、「緋色の研究」には、いくつかの課題が伴う。「緋色の研究」は、探偵が「過去を復元」
しながら「過去という深さの次元」13)を探査して遂行する。人間の秘密は、「ある時点と別の時 点で世界に存在する連関がかちを変えるとき」に、その「時間の壁の向こうに隠され」、そのと きに「世界の深さ」がつくりあげられる。だが、現在の痕跡と過去の痕跡のつながりは、元来 それ自体が恣意性にさらされ、蓋然性においてしか確定することができない。このため「世界 の深さ」は、それを探求しようと思ったら、どうしても不確定性と恣意性が入り込むことは避 けられない。これについて内田は次のように言う。
探偵の推理も決してこの蓋然性を乗り越えることはできない。作者が探偵に与えるいく つかの重要な痕跡や告白の類いによって、たんに蓋然性にすぎなかった道筋が唯一の可能 性であったと推測されるだけである。探偵小説はこの推測によって現実の不確定性を乗り 越え、決定的な唯一の道筋によって過去が現在に到達したと思い込ませる。(……)つま り近代の探偵小説は、世界にはらまれた深さの前にたじろぎ、深さを探究し、深さのなか にはらまれる不確定性・恣意性を祓い除け、それを理解可能な必然性に変える一種の呪術 となっているのである14)。
このように過去の深さは、確実なものとして存在しているものではなく、かならずそこには不 確定性と恣意性が差し込まれる。
しかも過去は、必ずしも最初から現在の事実と「直接的に有縁的な関係」でつながっている とは限らない。そこへ到達しようと思ったら、「現在それ自身の表面にたわむれている微視的な 痕跡=記号の群れを通過」しなければならない。「緋色の研究」とは、内田によれば、このよう な「微細な痕跡」の「記号論的な解読」を通じて行なうことで、次の二つの作業から成り立つ という。まずはある「個人」の存在を復元すること、そして「時間的な深さ」のなかに埋もれ たその個人の動機にまで到達することである。
たとえば『緋色の研究』でホームズは、細心の現場検証を行なったうえで、殺害された状況 や犯人の行動を推理し、犯人の逮捕にこぎつけたが、それを可能にしたのは、現場に残された 痕跡と、それを起点に犯人の過去まで遡り、そこから犯罪に至った動機を浮かび上がらせたか らであった。現場に残された指輪は、犯人にとっては婚約者の唯一の形見で、それと同時に婚 約者を奪われた怨恨の証でもあった。現場にみつけた指輪を手がかりに、彼はその背後に潜む 時間的な深さを追ったのである。このように「緋色の研究」は、「現場に残された痕跡=記号」
に帰属する「形式的なシステムの次元」(証拠としての指輪)と、それが意味する「人間的な主 体の次元」(犯人の過去を背負う指輪)を統合し、それを「動機の解明という人間的な解釈の地 盤」にすることによって成立する15)。探偵はそうやって、現在の痕跡と過去の痕跡とのつなが りを確定していく16)。
だが、困難はそれだけではない。というのも、そうやって立ち現われた過去も、それをその まま受け入れていいというわけではないからである。探偵が問題にする過去について、内田は 次のように述べる。
探偵が扱う事件において、過去とは決定的な何かが行われた瞬間であり、そのまま客観的 な存在として凍結され、固定点として眠っている何かである。探偵はその過去が現在に残 している痕跡の解釈によって過去を正確に復元しようとする。だが、もろもろの痕跡とそ の布置は、そのままでは過去の真実を表現しているわけではなく、むしろ過去の別の可能 性―そこに偽りの容疑者が浮かび上がるような光景―を表象している。残された痕跡とそ の布置にはやはり歪曲と加工がなされており、この歪曲と加工の作業を含んだものとして 痕跡とその布置をとらえかえさねばならない。つまり痕跡がそれ自体で何を意味している のかではなく、むしろ痕跡の出現に関与している変形の作業を明らかにし、その変形のシ ステムを通じて過去の復元が行われねばならないのである。17)
つまり探偵は、「残された痕跡」が歪曲と加工によって変形されたものであることを前提に、そ の変形を逆手にとって痕跡を捉え返していかなければならない。内田はそれを「異化作用」と
呼ぶ。探偵は「異化作用」を通して、犯人が自分の動機を隠すために施した歪曲と加工を断ち 切り、その意味作用を宙づりに」し、「意味のヴェールによって自己の欲望の実現を隠蔽してい る犯人を指し示す」18)。
以上からわかるように、「過去の復元と想起」による現在の謎の解明は決して単純な作業では なく、それを行なう際には公正かつ慎重な姿勢が求められる。もともとそのプロセス自体が恣 意性にさらされ、蓋然性においてしか確定することができないものであるうえに、探査は「微 視的な痕跡」を通して、「個人」の存在と、「時間的な深さ」のなかに埋もれたその個人の動機 を特定しなければならず、またその「残された痕跡」も、施された歪曲と加工を取り除いたう えで解読しなければならない。
さて、サンチアーゴも、自身の「緋色の研究」を行なった際に、きっとこれらの課題にぶつ かったはずで、問題はそれらにどのように向き合ったかである。「探偵小説」の原則に従うなら ば、彼は「あくまでも公正な態度で」臨んだはずである19)。果たして彼はそのように対応した のだろうか。サンチアーゴの「緋色の研究」の手法を検証してみよう。
2.2.類似性:不確実で恣意的な証拠
サンチアーゴが妻カピトゥと親友エスコバールの不義の証拠とするのは、息子エゼキエルと 親友エスコバールの類似性である。だが、彼の言う類似性を整理してみると、それらは目の動 かし方(131章、エゼキエルの目を裏返すようなしぐさ)や頭の動き(116章、話すときの首の 傾げ方や笑うときの頭のそらし方)といった後天的なもので、「類似性」とは言い難いものばか りであることがわかる。それらは「類似性」というよりは、むしろ癖として捉えたほうが自然 で、どうやらサンチアーゴは、故意か、あるいは無意識か、エゼキエルの人真似癖を類似性と 混同して使っているきらいがある。
しかもその人真似癖にしたところで、最初にそれを指摘したのはサンチアーゴ本人で(112 章)、本当にそうだったかどうかは確証がない。カピトゥはサンチアーゴに言われて初めて気づ いたようだし、その癖に気づいていたジョゼ・ジアスも(116章)、それをエスコバール似だと 捉えていた形跡はない。そして他人のあらは何一つ見逃さないジュスチーナが、類似性に関し ても人真似癖に関しても何ひとつ指摘していないところを見ると、もしかしたらそれがサンチ アーゴの思い込みであった可能性も多分に考えられる。
さらに類似性について言えば、それを最初に指摘したのはカピトゥであった。エゼキエルの 目つきがエスコバールのものに似ていると言ったものだが、すでにエスコバールが死んだ後の ことで、もし何かやましいところがあれば、わざわざそんなことを自分から言うだろうか。
ただ、たしかにエスバールとエゼキエルの間に、まるで実の親子を連想させるような共通す
る先天的特徴があったとの記述がないわけではない。だが、それらも素直には受け入れられな いものばかりで、たとえば、エゼキエルは明色の瞳を持ち、ハンサムで女の子の友人も多く(109 章)、ときどき一人で考え込むようなところがあり、快活で菓子と音楽が好きで好奇心旺盛な少 年だったとある(110章)。たしかにそれらはエスコバールと共通するかもしれないが(56章)、
「ハンサム」を「美人」と置き換えれば、カピトゥの特徴にも通じる(13章、18章)。事実、
旺盛な好奇心については、サンチアーゴ自らがカピトゥ似だと書いているし(110章)、菓子と 音楽が好きなのはカピトゥも同じである。またエゼキエルはエスコバールより体格が貧弱だと も書いているが、それについても、サンチアーゴがエスコバールの腕の太さや筋肉の逞しさを 羨んでいたことを知っている読者としては、逆にサンチアーゴ似ではないかと思いたくなる。
そしてエジプトとその何千年の歴史の話を、数字を違えることなく話すところがエスコバール の数学的な頭脳に似ているという主張も(145章)、そんなことは考古学専攻ならば当然で、む しろ商売上手のエスコバール(98章)と、利潤度外視の考古学を専攻したエゼキエルとの対照 性のほうが、注意深い読者には気になる。
また成人して帰宅したときのエゼキエルは、「まさしくサン・ジョゼ神学校の旧友の若いとき そのものの姿だった」と彼は言う。若干背が低く、身体の肉づきが少なめで、友人のほうがも っと生き生きした色つやをしていたが、その点を除けば、その顔はまさにわが友のもので」「声 までがそっくりだった」(145 章)。だが、見逃してはならないのは、成年になってからのエゼ キエルに会った人は、サンチアーゴ以外にいないことである。エゼキエルが帰国したとき、ジ ュスチーナは病床にはあったが、まだ生きていた。彼女はエゼキエルに会いたがり、エゼキエ ルのほうもまた彼女に会いたがったにも拘わらず、ジュスチーナの重い病気を理由に二人を会 わせなかったのはサンチアーゴであった。つまり彼以外に目撃証人はいない。そのためか、サ ンチアーゴは、苦し紛れに「自然」を「法廷の最重要証人」として立てている(138章)。
たとえ百歩譲って、サンチアーゴの証言にあるように、二人が親子のように似ていたとして みよう。それでもこの作品にはその反証が用意されている。
83
章と140
章にはグルジェルの亡 き妻とカピトゥが似ていることが書かれ、他人の空似にグルジェルが感心する場面がある。逆 に親子でもまったく似ていない例も書かれている。たとえば肖像画の描写から知れる父親像(背 が高く巻き毛で自信がみなぎり、挙動に率直さがある(5章、7章、31章))と、背が低く比較 的まっすぐな髪で自信なげなサンチアーゴ(25章、33章、34章、52章)は対照的で、先ほど の例の反例になっている20)。このようにサンチアーゴが手がかりとする痕跡は、とうてい「現実の不確実性を乗り越え」
た「決定的な唯一の道筋によって過去が現在に到達した」と思わせるようなものではなく、「深 さのなかにはらまれる不確定性・恣意性を祓い除け、それを理解可能な必然性に変える一種の
呪術」ともなっていない。証拠はまったくその役目を果たしていない。
2.3.心許ない「記憶」の微細な痕跡
さらにサンチアーゴの推理は、依拠する痕跡そのものに問題がある。探偵は、当然のことな がら「現場」という「事実」に残された痕跡を探査の対象としなくてはならない。だが、サン チアーゴの場合はどうか。カピトゥの不倫を証明するために、もう一度現場を訪れたり、そこ に残された「微細な痕跡」を検証して、その結果を読者に提示したりしたことがあっただろう か。目撃証人から事情を聴取したり、現場で聞き込みをしたりしただろうか。いや、彼がもっ ぱら頼りにしたのは「記憶」であった。彼は現場や事実に基づいた推理を一切行なっていない のである。62 章で過去を想起して当時の音を聴こうとしながら、こうはっきり述べる。「ここ での聴覚が耳のものではなく、記憶のものであることを理解すれば、我々は正確な真実に到達 することができる」。すなわち彼の手法は、「記憶」を通して「真実」への到達を目指すもので あった。
だから彼の推理では「記憶」が大活躍する。エスコバールの葬式にカピトゥが流した涙の「記 憶」は、サンチアーゴの疑念を大きく膨らませ、二人の間柄を確信させる有力な根拠となった し、カピトゥの性格が生来悪かったという結論も、昔を振り返るうちに思い起こされた、カピ トゥの目に対するジョゼ・ジアスのメタファー「ねじけた胡散臭いジプシーのような目(olhos
de cigana oblíqua e dissimulada)
」から導いたものであった。このように彼が探査の対象にしたのは、足で探し当てた現場の痕跡でも、事実の記録でもなく、思い出に残る「微細な痕跡」で あった。しかも、結論を導くために援用したのは論理ではなくメタファーである。これでは「緋 色の研究」の恣意性と蓋然性を祓い除けるどころか、それらをまずまず不安定なものにするだ けである。
そしてそれほど「記憶」に頼るならば、相当の記憶力の持ち主かと思いきや、そうではまっ たくない。彼は自らの記憶力について、次のように言い放つ。
そう、やはりわたしの記憶力はよくない。宿屋を経営しているくせに、よほど例外的な 状況を除いて、止まった客の顔も名前も覚えていない人といいとこ勝負だ。一生同じ家で 同じ家族と過ごし、永遠に変わらぬ家具や習慣や人や愛情に囲まれて暮らす人がすべてを 覚えていられるのは、継続性と反復のなせる技である。初めて履いたズボンの色を忘れて いない人のことを、私はどれだけ羨ましく思うことか! わたしときたら昨日履いたズボ ンの色すら思い出せない。黄色でなかったことだけは誓って言える。なぜなら黄色は嫌い だからだが、このこと自体が忘れられたり混乱されたりすることだってあるのだ。
(Machado 2008a : 994)
サンチアーゴは、「昨日履いたズボンの色すらも思い出せない」ほどの記憶力しか持ち合わせて いない。これではとても「「個人」の存在の復元」と、「「時間的な深さ」のなかに埋もれたその 個人の動機にまで到達」することはできない。
2.4.想像力で増殖した夢
では、弱い「記憶」力を、彼は何で補完したのだろうか。彼は、先の
59
章の引用文を次のよ うに続ける。いや、混乱されるより忘れられたほうがいい。理由はこうだ。混乱をきたした本の場合 はうまく修正が利かないが、省略された本ならば、何だって織り込める。たとえば私が、
後者のタイプの本を読むときは、悩む必要はどこにもない。なぜなら私は、読み終えたと ころで目を瞑り、その中に書かれていなかったことをすべて思い浮かべればいいだけだか らだ。(…)川、山、教会といった、読んだページには出てこなかったものが、いっせい に水をたたえ、木を生やし、祭壇を備えて現われる(…)。友である読者よ、すべては欠 落した本の外に見いだされる。そうやって私は他人の欠落部分を埋めている。貴君もそう して私の欠落部分を埋めてくださって構わない。(Machado 2008a : 994-995)
思い出せない部分や書かれなかった部分を彼は想像力で補うという。彼には、自分で強調する ように、空想癖があった。もっとも顕著な例は、ジョゼ・ジアスとの外出の帰り道で皇帝の一 行に出会ったときに見た白昼夢であろう。皇帝が願掛けの取り消しを母グロリアに申しつけ、
その代わりに医学学校へ行かせることを提案するというものである(29 章)。そんな自分の癖 に彼は自覚的で、40章では次のように言う。
一人残され、わたしはしばらく熟考し、白昼夢を見た。わたしの白昼夢癖については貴 君もごぞんじだろう。皇帝の訪問の話もしたし、エンジェーニョ・ノーヴォに復元したこ のマタカヴァーロスの家の話もした。想像力はわたしの全生涯に付き添った敏捷でせわし なく生き生きとした伴侶で、中にはおずおずと立ち尽くすものもあったが、それ以外のも のは駆け廻って大平原を次々と呑み込んでいった。たしかタキトゥスだったと思うが、イ ベリアの馬は風で子を孕むと読んだ。(…)この点で、わたしの空想力はまさに立派なイ ベリアの雌馬だった。ほんのわずかなそよ風から仔馬が生まれ、それはすぐにアレクサン
ダーの馬に成長した。(下線は筆者)(Machado 2008a : 975)
サンチアーゴの想像力は、「風で子を孕む」馬ほどの逞しさを具え、彼はそれを全生涯の伴侶と した。つまり彼は、「歪曲と加工を取り除く」どころか、「変形のシステム」を助長し、歪曲と 加工をさらに重ねていたのである。しかも下線部を読むと、この物語自体が「白昼夢」だとい う解釈すら成り立つ。つまりこの手記の内容が事実であるという保証は一切ない。むしろ「欠 落部分を埋めてくださって構わない」とあるように、加工も歪曲も自由な創作だと放言すらし ている。
だが面白いのは、内田によれば、もともと探偵の推理自体に夢との接点があることである。
内田は、探偵の推理自体を「探偵が見る「夢」」だと言い切る。
探偵は、現在を、それが蓄えている「過去」の深さにおいて目覚めさせる。集められた 人々はいわば探偵が見る「夢」のなかで自分たちの現在を理解する。だが、ここには探偵
(の夢)を相対化する視線がかけている。探偵が行使する解釈枠組がどのようなものであ るかを分析する作業は探偵小説のなかにはない。読者はたいてい探偵の夢に陶酔する。21)
つまりサンチアーゴの「緋色の研究」とは自分の過去を、ただでさえも「夢」に通じる「探偵 小説」の形式を通して、曖昧な「記憶」に残された「微細な痕跡」を逞しい「想像力」で駆り 立てながら、そこにさらに「歪曲」と「加工」を加えて練り直した壮大な「夢」物語なのかも しれないのである。
3. サンチアーゴの独裁体制と近代 3.1. サンチアーゴの〈非・論理性〉
そんな壮大な夢物語の中で、もうひとつのカピトゥの不倫の重要な根拠であるはずのエゼキ エルの出生は、どのように扱われているだろうか。まずはその誕生年に注目してみよう。エゼ キエルは、いったいいつ生まれたのか。
『ドン・カズムッホ』に明記されている年月日は、わずかジョゼ・ジアスが母グロリアにベ ントとカピトゥが恋仲にあることを密告した
1857
年11
月のある日の午後、二人が結婚した1856
年3
月、エスコバールが溺死した1871
年3
月などわずかな事件に限られ、サンチアーゴ の手記は一見、時期の記述に関して無頓着のようにみえる。だが注意深く読むと、実はそうで はないことがわかる。というのも、他の出来事に関しても、それらの年号を基準にすれば、生 起の時期が特定できる場合が少なくないからである。たとえばジョゼ・ジアスとグロリアは、1857
年にそれぞれ55
歳と42
歳だったから(4章、7章)、それぞれ1802
年と1815
年に生まれ ていることがわかるし、やはりその時点で、「先週14
歳になったばかり」だったカピトゥは1843
年10
月~11月に生まれ、「15歳になるかならないか」だったベントは1842
年11
月~12月に 生まれたことが特定できるという具合である。同様に父親の没年も(7章に、グロリアが31
歳 のときとあるから1846
年)洪水の年(1857年の10
年前)も算出でき、『ドン・カズムッホ』は、時間表記に関してかなり意識的であることがわかる。
ところが肝心のエゼキエルの生年に限って、その方法が効かないのである。しかもそれは明 記されていないばかりか、他の出来事の時期からそれを特定しようとすると、齟齬が生じる。
サンチアーゴの証言によれば、結婚
2
周年目(すなわち1867
年3
月)にはまだ子宝に恵まれて いなかったとあるから(104章)、その後すぐにカピトゥが妊娠したとしても、エゼキエルが生 まれたのはどんなに早く見積もっても1867
年の年末となる。そしてエスコバールが1871
年3
月に死んだ(122 章)ときには、どれだけ大きくなっていたとしても、せいぜい3歳3ヶ月の はずだが、サンチアーゴの回想記では、エゼキエルの5,6歳のときのエピソードが、エスコ バールがまだ生きているときのこととして書かれているのである(110章)。それ以外の出来事 については年表の作成が可能なほどに緻密に時間的配慮を施しているサンチアーゴが(エスコ バールの没年に関しては、同時期に発足したリオ・ブランコ内閣を弔問客の話題に入れて補強 するという念の入れようである)、この決定的に重要な件に限って言葉を濁すのみならず、書い ている内容の辻褄が合わないのは、どう考えても不自然である。この矛盾は、彼の「記憶」の 不確かさゆえか、あるいは、他の理由によるのか、いずれにしても彼の推理の〈非・論理性〉を表わしている。
3.2. サンチアーゴの〈非・公平性〉
実はエゼキエルの出生に関する不自然さは、それに留まらない。その誕生は、切に待ち望ん でいた出来事であったにしては、伝えられ方があまりに淡泊すぎる。サンチアーゴは、それが 描かれる
108
章を、子宝に恵まれない不幸に対する嘆きの言葉で始め、続いて、かわいらしい 娘を持つエスコバールとサンシャ夫妻への羨望の思いを綴る。と思いきや、次の段落で突然、息子の誕生を告げる。
……その羨望が消え、希望が生まれ、間もなくその果実がこの世にやってきた。わたし が祈っていたように、障害があったり醜かったりすることもなく、丈夫で可愛らしい男児 だった。(Machado 2008a : 1040)
あまりの唐突さに加え、待望の子どもの誕生だったにも拘わらず、たった
1~2
行で簡単に片づ けられてしまっているのである。さらに次章では、一気に5~6
歳まで成長させている。エゼキ エルの誕生やその成長ぶりは、カピトゥの不義の重要証拠となるだけに、本来であれば正確か つ慎重に、そして詳しく伝えるべき情報のはずである。だがサンチアーゴは、それに関しては ほとんど口をつぐみ、肝心なことは何も告げない。そのため読者は、エゼキエルについてはほ とんど何も具体的な情報を得ることができないまま、最終章でサンチアーゴの疑問をつきつけ られることになる。そもそも「探偵小説は一種の知的ゲーム」であるため、そこにはきわめて明確なルールが存 在する22)。たとえば謎の解決にあたっては、作中の探偵と平等の機会が読者にも与えられねば ならず、手がかりはすべて明確に示され、記述されねばならない」。また「作中の犯人が探偵に 対して適当に行なう策略やごまかしのほかには、故意に読者を惑わすような記述があってはな ら」23)ず、「犯人は理論的な推論を通して、決定されねばならない」24)。すなわち作者が「読者 を引き込むのは推理だけで」なければならないわけで、推理こそが「表面の対立、つまり正し いと思われるヒントへの読者と探偵の競争によって、気晴らしを提供」25)するように導かなけ ればならないのである。
したがってもしサンチアーゴが完全に探偵になりきって、カピトゥの不倫を実際にあった事 実として読者に納得させようとするならば、そしてさらには「ベンチーニョ」を「殺した」実 質的な犯人としてカピトゥを告発するならば、彼はその手がかりとなる証拠や痕跡を「明瞭に して、曖昧さを残」さないかたちで与えなくてはならない。というのも「ゲームを進めるにあ たって、作者(この場合は、手記の執筆者であるベント・サンチアーゴ)にはあくまでも公正 な態度が求められる(からである)。手持ちのカードは一枚一枚、表を開けて読者の目にさらさ ねばならない。いかなる理由があろうとも、事実について欺瞞があってはならない。読者がこ れは真実であろうと考えるとき、そこには一点の曇りもあってはならない」26)。ライトは「探 偵小説作家と読者とのあいだには、ある種の「紳士協約」が成り立ってい」なければならない と述べる27)。だがサンチアーゴはそれらのルールを完全に無視している。ここから明らかにな るのは、カピトゥの有罪でも無罪でもない。サンチアーゴの理不尽さ、すなわち〈非・論理性〉
であり、〈非・公平性〉である。
3.3. 一極集中する権力
ところで『緋色の研究』の第二部に、逮捕された後の犯人が法廷に出る前に、なぜ昔の犯罪 をその時点になって自らの手で片づけることにしたかを、次のように説明する場面がある。
ずっと昔の犯罪ですから、いまさらどこの法廷にもちだそうにも、やつらを法律で罰する ことはできない相談だった。でも、このおれはやつらの罪をちゃんと知っています。だか ら、裁判官と陪審員と死刑執行人の三役を、自分ひとりで務めようと決心したのです。28)
ここで注目したいのは、「裁判官と陪審員と死刑執行人の三役を、自分ひとりで務め」るという 言葉である。というのもこれは、カピトゥを断罪するために「カピトゥ裁判」を仕組んだとい うコードウェルの指摘と、最終章の彼の陪審員気取りで発した問いに通じるからである。もし かしたらサンチアーゴも、『緋色の研究』のこの犯人と同様に、「裁判官と陪審員と死刑執行人 の三役を、自分ひとりで務め」ようとしたのではなかろうか。いまさら「どこの法廷にもちだ」
すわけにもいかず、またどこの「法律でも罰することできない」妻の不貞疑惑に関し年来くす ぶり続けていたわだかまりに対して、この回想録を書くことで一気に自分の手で片をつけよう としたのではないか。
138
章~140章に、まるで裁判のような場面を用意したのも、そして手記 の最後で読者に向けて自分の結論に理解を求めたのも、その表われだったのではないか。だが、サンチアーゴは、それ以前に、ほかにもいくつもの任務を引き受けている。彼はすで に「語り手」であり、「探偵」であり、そしておそらくは「犯人」でもある。そして、もしこれ に『緋色の研究』の犯人と同じような役柄をも併せ持つとすると、彼は「語り手=探偵=犯人
=裁判官=陪審員=死刑執行人」という6役を一人で担うことになる。
そもそも標準的な「探偵小説」には、ノックスが探偵小説
10
戒のひとつに挙げるように「探 偵自身が犯人ではあってはならない」という原則がある29)。この点についてはダインも探偵小 説20
則の中で同様のことを述べている(「探偵自身、もしくは捜査当局の一員が犯人であった、という結末は許されない。これはぴかぴかの一セント銅貨を五ドルだと偽るのにも似た行き過 ぎのぺてんである。明らかに詐欺行為である」30)。なぜ探偵と犯人を同一人物として設定する ことが禁じ手になるかといえば、それは「探偵が犯人の場合は、自分から告白しないかぎり、
事件は永久に解決しないか、偽りの犯人が逮捕されて終わるしかな」くなってしまうからであ る。それを避けようと思ったら作者は、「探偵(=犯人)よりも上位の位置にい」る語り手を用 意し、「探偵(=犯人)の秘密を明かすというかたちで探偵小説としての整合性を保」たなくて はならない31)。
また語り手が犯人であることも標準的な探偵小説においては許されない。なぜなら、犯人が 語り手の場合には、「犯人」の「秘密を明かすというかたちで探偵小説としての整合性を保つこ と」それ自体もできなくなってしまうからである。探偵小説とは、それが「公正な推理ゲーム である限りにおいて、「語り手」は読者を欺いてはならず、物語の進行にたいして超越的なメタ・
レヴェルの位置を担保している必要がある」。犯人が語り手となった場合、「個々の情報の内容
や語られる情報の選択においてつねに読者を欺く可能性があり、読者は語り手のあらゆる情報 についてその真偽が決定不能の状態に置かれてしまう」32)。
だが、『ドン・カズムッホ』のサンチアーゴは、これらの「探偵小説」の掟を破り、さらにそ れ以外の3役までをも引き受けて、「語り手=探偵=犯人=裁判官=陪審員=死刑執行人」にな ることで、この物語の世界の権力を完全に掌握している。ここにサンチアーゴが、すべてを意 のままに操れる完全な独裁王国を築いているのがわかるだろう。
3.4. 探偵小説と近代性
ところで「探偵小説」の隆盛は、19世紀のヨーロッパ社会の近代化と密接な関係がある。と いうのも、「探偵小説」が基盤とする公平な司法制度自体が、近代になってから導入されたもの だからである。近代の司法制度について、小倉孝誠は次のように言う。
現代のわれわれにとって、確かな証拠なしに罪に問われることは司法の越権行為であり、
人間の自由と尊厳にたいする由々しき侵害である。しかし、長い歴史の文脈で見ればかな らずしもそうではなかった。ブロッホが指摘しているように33)、18世紀中葉までは西洋世 界において情況証拠調べというものはなく、仮にそれに類似した制度があってもじっくり 検討されたものではなかった。19世紀になってはじめて、警察の捜査や法廷の審議で情況 証拠というものが重要性を持つようになった。足跡、徴候、アリバイを調べるという任務 が警察に要求されるようになった。34)
そして、もちろん公平な司法制度の導入は、探偵小説の基盤ともいえる民主主義の確立と並行 関係にある。
すべての民主制の遺産のうちで、全世界で自由な民衆によってなによりもかたく守りとお されてきたのは、公平な裁判の権利である――つまり、だれでも納得できる証明なくして 罪に問われることはなく、それは、だれもが知っている正当な論理的な規則によって保証 されている、という信仰である。だから、探偵という職業は直接的に、民主主義は証拠を 要求しまた精査するという事実にその素材を負っているのだ。民主主義は、手許に都合よ くいた最初の犠牲者ではなく、実際の犯罪者を罰しようとする。この状態がいきわたって いるのは、目覚めた土地の市民たちが、フェア・プレイと公平な裁判を当然の権利として 期待し要求するからだけではない。このほうが、力より同意によっておさめる政府にとっ ては、犯罪を適切におさえ取り締まる唯一の方法だからだ。それゆえに探偵推理が、それ
ゆえに探偵が――それゆえに探偵小説が、あるのである。35)
ここに引用したヘイクラフトの指摘をふまえて、改めてサンチアーゴの手記に立ち返ると、『ド ン・カズムッホ』の非常に興味深い一面が見えてくる。そもそもこの小説の世界は、「探偵小説」
を支える基盤と真っ向から対立する。カピトゥは、ヘイクラフトの指摘とは対照的に、「だれで も納得できる証明なく」罪を問われ、サンチアーゴの手にかかれば、「だれもが知っている正当 な論理的な規則によって」公平な裁判の権利が保障されることは絶対になく、したがって「手 元に都合よくいた最初の犠牲者」が罰せられる可能性が高い。サンチアーゴは、「同意」ではな く「力」によって抑える。『ドン・カズムッホ』は、一見「探偵小説」を装ってはいるが、内実 はそれと正反対である。
3.5. サンチアーゴの変身
ブラジルの文学研究者シュワルツによれば『ドン・カズムッホ』は、結婚前のカピトゥがベ ンチーニョをリードする部分と、結婚後、サンチアーゴが主導権をとる部分の二つの部分に分 けられると言う36)。
第一部で描かれるのは、恋愛を成就させるために、カピトゥがベンチーニョをリードしなが ら、さまざまな困難を乗り越え、最後は結婚にまで漕ぎつける二人の愛の物語である。まず二 人が戦わなければならなかった相手は、何としてもベンチーニョを神父にするという願を貫こ うとする母グロリアの迷信じみたカトリックの伝統的信仰であった。そして、それを克服した 後は社会的な偏見と闘わなければならなかった。なぜなら二人の間には厳然たる社会的な身分 の格差があったからである。父親が連邦議員を務め、地方には農場を持ち、名前の頭文字でア ルファベット全文字が揃いそうなくらいに大勢の奴隷を所有する富裕な旧家に生まれたベンチ ーニョに対し、カピトゥの家は、父親が公務員で、一軒家には宝くじで特賞を当てたからこそ 住めるという境遇であった。またカピトゥの肌は褐色で、「人種」的な隔たりもあった。だが、
それらの障壁を、二人はカピトゥの知恵と気配りのおかげで乗り切った。このように第一部は、
互いに信頼し合い、伝統社会を相手に一致協力して結婚という勝利を手に入れた時期である。
だが結婚後の第二部で、勝利の余韻は長くは続かなかった。それは結婚によってベンチーニ ョが家の主になったことに原因があった。というのも、それまでの彼の従順さや素直さは、結 局は一家の長としての能力の欠如の表われでもあったからである。このため、それらは権力を 獲得したとたんに性格を変え、それまでとは異なる様相を示し始めた。その代表例が嫉妬だと シュワルツは言う。嫉妬は、一家の長、そして夫としての権威に結びついたときに破壊力とな ったのである37)。その証拠にカピトゥは、夫の嫉妬を悪化させないようにまるで強迫観念に取
り憑かれたかのように気を配り、窓辺に座って外を眺めることすら遠慮するほどに苦慮してい る。すなわち二人の協働で勝ち取った近代的かつ民主主義的な関係は、結婚によって息を吹き 返した家父長主義的な伝統のせいで、再びねじ伏せられてしまったのであった。
実はこの変化は語りにも表われている。サンチアーゴは合計 148 章を使って初恋から結婚、
そして別居を経て現在に至るまでを語っているが、最初の第 3 章から第 52 章までの 48 章は、
15 歳から神学校へ入るまでの3~4か月に、そしてその後の第 53 章から 101 章までの約 48 章 は、神学校時代から結婚までの約7年間に当てられている。だが、最後の第 102 章から第 148 章までの 46 章で語られる年月はぐっと増えて、結婚から現在までの 33 年である。話のピッチ が、重要な局面を迎える後半でぐっと上がっているのがわかるだろう。この違いは紙幅の分量 にも表われていて、たとえばマシャードのもっとも代表的な文学全集であるアギラール社版で は、全 125 ページのうち、最初の 2 部がそれぞれ 44 ページと 45 ページと、ほぼ同量なのに対 して、最終部はかなり少なく 36 ページである。つまり最終部では、一章あたりの長さも短くな っているのである。サンチアーゴは、肝心な部分が近づけば近づくほど、話のペースを上げ、
詳細を省くようになっている。
すなわちすべての権力を掌握するサンチアーゴは、言語も占有しているため、語りも自由自 在に操れる。伝えたいことだけを伝え、自分に不利になることは口を閉ざす自由を手にし、ま た、都合の悪い人間の口は封じることもできる。だからエゼキエルの生年に関しても黙ってい ることが許されたのである。また、旗色が悪くなると、語りそのもののペースを上げ、触れず に済ますこともできる。「ベンチーニョ」から「一家の長」となり、権力を手にしたのを機に、
サンチアーゴは一気に我がままで保守的な人間に変身し、それと同時に恣意性と横暴さを発揮 するようになったのである
このように考えると、サンチアーゴがなぜ「探偵」を気取ったかもわかってくる。「探偵」に は「正義」の執行という大きな社会的な役割がある。サンチアーゴは「探偵小説」のその部分 だけを利用したのである。探偵行為を行なう人物は「超越的なまなざしの主体」であるため、
「正義」の代表として、「日常生活に入り込んでいるごく普通の顔をした人間を犯罪者として
(…)記号化する」ことができる38)。探偵の観念にはどうしても不徳義/正義という両義性が つきまとい39)、探偵は不徳義を通じて「正義」を実現する。すなわち探偵とは正義を実現する 主体なのである40)。カピトゥを「不徳義」として記号化するためには、ぜひとも自分が「正義」
の旗手となる必要があった。そのために「探偵のまなざし」を獲得することは非常に都合のい いことだったのである。
以上のことからも明らかになったように、サンチアーゴは一見まともな近代の象徴である探 偵として、冷静な推理のもとに、不徳義を働いた妻の断罪を正当化しているように装ってはい
るが、実はそうではなく、実際に行なっていたのは、完全な権力を笠に着た不合理きわまりな い似非推理だった。事実に基づくことなく、「記憶」に残された心許ない痕跡のみを根拠にし、
不確実性も恣意性も祓い除けることもせずに、むしろ歪曲と加工を加え、蓋然性に取り置かれ たままの証にもならない証拠を平然と提示し、論の通らない論を無理に通そうとする無茶苦茶 で横暴な「緋色の研究」であった。それにしてもいったいなぜこんな「デタラメ」の「探偵小 説」を、マシャードはサンチアーゴに書かせたのだろうか。
4. 探偵マシャードのまなざし
4.1. 似非探偵サンチアーゴの仮面剥奪
おそらくサンチアーゴは、当時の社会では例外的な人物ではなかったろう。なぜなら近代を 演出しながら、前近代を温存する姿は、当時のブラジルの社会そのものの有り様でもあるから である。ブラジルは、
1822
年に独立を果たした後、文明国家の一員となるべく一目散に近代化 をめざし、1888
年にようやく奴隷制度を廃止し、1889
年には共和政へ移行した。たしかにこれ によって形式的には民主主義的な体制は整ったが、実際の社会や人間はかなり旧態依然として いた。その様態は、口ではいくら開明的な物言いをしても、実は保守的で家父長主義的性格を 残す伝統的な家族の御曹司にすぎなかったサンチアーゴと並行関係にある。そんな人間がどれ だけ探偵小説風に書くよう努め、立派な探偵を気取ったところで、探偵小説自体が民主主義の 産物である以上、まったく見当違いの不合理なものしか書けないのは無理からぬことだった。サンチアーゴは、「カズムッホ」という言葉について、「辞書は調べないでほしい。この「カ ズムッホ」は辞書にある意味ではなく、無口で自分の殻に閉じこもった庶民を意味する」(1章)
と言っている。だが、それは実際に辞書に載っている「頑迷固陋で頭の固い偏屈者」41)という 意味を、どうしても自分のこととして受け容れられなかったからであろう。彼はそこまで凝り 固まった頑愚な人間だったのである。
また、このことは、カピトゥの不義が
60
年間、まったく疑われることなく信じ続けられてき た事実とも無関係ではないだろう。なぜならばサンチアーゴと同じような思考様式を持つ人間 が読者の大半を占める限り、彼の言い分はきわめて「自然」に映っただろうからである。すな わちその受容史は、言ってみればブラジル社会の民主主義の度合いと比例関係にあったのでは ないか。そう考えると、カピトゥの無実を初めて指摘したのが、カトリック教徒ではなくプロ テスタントの信者で、ブラジル人ではなく外国人で、しかも男性ではなく女性の研究者であっ たことは決して偶然ではなくなる。ところで探偵小説の技法のひとつに、隠されたものを暴くという「仮面剥奪」がある42)。サ ンチアーゴは妻の仮面を剥奪しようとこの手記を書いたつもりだったが、時代を経るうちに、
逆に多くの読者や研究者によって、彼の前近代的な似非探偵として「仮面」が「剝脱」される こととなった。たしかにサンチアーゴは、物語内では「犯人」でありながら「探偵」になりす まし、さらには「語り手」になることでディスクールにまつわる全権を掌握した。だが、当然 のことながら、そのさらに上の次元にいるこの物語の本当の作者、すなわち「探偵(=犯人)
よりも上位の位置」から「物語の進行にたいして超越的なメタ・レヴェルの位置を担保する」
もう一人の探偵マシャードの力だけは凌ぐことができなかった。マシャードは、虚構の似非「探 偵(の夢)を相対化する視線」43)を物語の中に探偵のまなざしをそっと注いで、深い洞察力を 備えた読者ならば、主人公のいかがわしい人間的な深さをも見抜けるように、サンチアーゴに 関わる「微細な痕跡」を巧みに書き込んだ。他人の空似のエピソードもそのひとつだし、エス コバールが死んだ年がリオ・ブランコ内閣発足の年と重なるという情報もそれであろう。また サンチアーゴが「なぜその顔ぶれなのか、理由は思い当たらない」と書いて、意味もわからぬ まま書き留めた居間の壁にかかるメダルもそのいい例である。グレッドソンは、このメダルの ひとつに描かれているマシニッサに込められた、階級を越えて嫁いだカピトゥを待つ不遇の運 命を読み取っている44)。だが、ほかの何よりも極めつけなのはこの小説の題名である。語り手 が本当の意味を受け入れることを拒否し、自分に都合のいい意味に「歪曲」してつけた題名を、
本来の意味でこの小説に冠したのは、もちろんマシャードだからである。
名探偵マシャードのまなざしは「探偵小説」を逆手にとり、似非探偵サンチアーゴの語るデ タラメの「緋色の研究」を通して、ブラジルの社会と人間の偽装、そして、時代に取り残され た人間の実像を暴いたのであった。
4.2. ゲーム性と人間探求
だが、マシャードは「探偵小説」という装置を逆説的に利用したばかりではない。すでに述べ たように、コードウェルによる「探偵小説」的な側面の発見によって、『ドン・カズムッホ』は ブラジルの文学を代表する名作の地位を確立し、膨大な数の読者を獲得した。カピトゥは有罪か 無罪か、カピトゥは不倫を働いたのか、働いていないのかという三面記事的なテーマは、公衆の 世俗的な趣向に合致し、謎解きの面白さも手伝って、この小説の人気を一気に押し上げた。
「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に徐々に解かれて行く経路の 面白さを主眼とする文学である45)」と江戸川乱歩が定義づけるように、「謎解き」というゲーム 性は探偵小説の重要な特徴である。これについてライトは次のように述べる。
頭脳の活動ほど刺激的な活動はないし、知能の冒険ほど興味をそそる冒険はない。普通の、
ロマンスや冒険や謎を取り扱った軽い小説の場合は、読者はただ、作者が事件の意図のも