海洋ロマンス群論に向けて
著者 林 以知郎
雑誌名 同志社アメリカ研究
号 48
ページ 25‑51
発行年 2012‑03‑19
権利 同志社大学アメリカ研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012744
と環流する想像力
− Fenimore Cooper の海洋ロマンス群論に向けて−
林 以知郎
Ⅰ 予備的考察として
1 .はじめに―いま、なぜ Cooper は読まれないのか
James Fenimore Cooper が書き残した作品群は辺境冒険ロマンスや都市風習 小説、さらには合衆国海軍史のような非虚構の文書を含めて、つごう 30 数冊 に及ぶ。浩瀚な著作群ではあるが、そのうちで今日でも読み継がれているもの と言えば、Ross J. Pudaloff も言うように、皮脚絆連作群に加えて、せいぜいが
Effingham 連作( , )と、本稿で取り上げる
(1824)くらいであろうか。1 ニューヨーク州立大学と AMS Press によ る定本版全集編纂作業の進捗と並んで、この作家を中心とした文学状況をもっぱ らの対象とする学術誌の創刊までみながら、2 なぜいま Cooper は読まれないのだ ろうか、と問うてみることから発想してみよう。
アメリカ文学史が Cooper に与えてきた位置づけがいかなるものであったの かを端的に確認するためには、どの版でもよい、たとえば Heath 版のアメリカ 文学アンソロジーでこの作家の項を覗いてみればよいであろう。Washington Irving と並んで国際的評価を勝ち得た最初のアメリカ人作家であり、執筆によっ て身を立てることを可能にしたという意味での最初の職業作家、としてアメリカ 国民文学形成史上の意義が記された上で、「今日その作品の多くは読まれなくなっ ているが」、それでも時代精神を体現した国民的作家であったことを説いて紹介
が閉じられるのが常である。 第 5 版には からの
一部が収録されているのだが、この収録箇所選択の根拠となっているのが、フ ロンティアというアメリカ的経験の持つ意味を西部の英雄 Natty Bumppo の造
1 Ross J. Pudaloff, “Cooperʼs Genres and American Problems,” 50, no. 4(1983): 711.
2
は Matthew W. Sivils と Jeffrey Walker の編纂で 10 編の論考を収めた Vol.1 が 2009 年に AMS Press から刊行されはじめ、現在で Vol.3 に至っている。
型を通して物語化したところにこの作家の本質がある、という編者 Paul Lauter の評価であることは言うまでもない。3 Lauter の識見がしごくまっとうなもので あることに異を唱えるものではないが、フロンティア神話の形成過程に Cooper を位置づける文学史上のこの定見が、ひょっとすれば「その作品の多くが読ま れなくなっている」一因となっていることはないだろうか。すなわち、Gesa Mackenthun がアメリカ文学批評そのものの基盤にある「神話形成」と呼ぶもの、
つまり「アメリカの国家形成を語る物語は陸土における物語であって、西部の未 開拓地がその主舞台となる」4という神話が読み手の関心を陸地に閉じ込めてしま い、形成期のアメリカ小説が紡いだ空間の詩学の多様性を切り捨ててしまってい るのではないだろうか。次章で詳しく取り上げることとなる、Margaret Cohen
の海洋文学再読の試み は、アメリカ研究のみならず 20
世紀以降の人文知が海洋への眼差しを欠落させている状況を hydrophasia の語で 括っている。5 処女大陸、丘の上の街、フロンティア、明白な宿命、など、アメリ カ文学研究が自明のものとしてきた作業概念はおしなべて陸土の空間像に依拠し た喩であるし、ここに「水環境への言及欠落」のそしりは免れえまい。Cooper が現代の読者に訴求力を失ってしまったように見えるのは、実は読む側の想像力 の構図に孕まれる偏りゆえに派生しているのではないだろうか。すなわち、陸土 に繋留されたマスター・ナラティブから Cooper の著作活動を抜錨してみる必要 はないだろうか。こういった問いのもとに、Fenimore Cooper を「皮脚絆物語 群の作者」という定番の位置取りからいったん解き放ってみることで、葛藤に満 ちた時代を生きた矛盾をはらんだロマンス作家の多面的な相貌をその一端であっ ても探ってみたい、というのが本稿で意とするところである。
2 .交錯する眼差し
まずは手掛かりとして、最近上梓されて今後の Cooper 研究に確固たる立脚点 を供してくれた Wayne Franklin の浩瀚な伝記に、 上に挙げた を
3 Paul Lauter, “Introduction to James Fenimore Cooper,”
, 5th ed. (Boston, MA: Houghton Mifflin, 2008), 255-56.
4 Gesa Mackenthun, (New
York, NY: Routledge, 2004), 84.
5 This disregard for global ocean travel, even when a novel portrays nautical subject matter, is so spectacular, it might be called hydrophasia. Such hydropahsia is part of a more pervasive twentieth-century attitude that the photographer and theorist Allan Sekula has called ʻforgetting the sea.ʼ [ (Dusseldorf, Germany: Richter Verlag, 2002), 48] Margaret Cohen, (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2010), 14.
めぐって興味深い考察が織り込まれているので着目してみたい。Franklin は皮 脚絆物語群第 1 作にあたるこのロマンスに、pioneers の語、およびこの語と関連 してくるはずの frontier の語がほとんど現れてこない、という事実に着目してい る。確かに、pioneers の語はロマンスの冒頭と結末部分にそれぞれ一回限り使わ れているだけであるし、frontier に至ってはただの一度しか使われない。6 内陸に 向かう領土拡張を担った当の主体と空間域への呼称、そのどちらもがこのロマン スにおいて拍子抜けするほどの冷淡さで扱われているという事実からして、例え ば先に引いた Lauter の解説が実は Cooper の物語世界が孕む多様性と複雑さを 捨象することで可能となる記述であることが見えてこよう。ならば、ただ一度だ け現れる frontier の語はいかなる意味合いで用いられているのか、直接 Franklin を引いてみる。
This state of affairs reflected that in much of Europe, where, for instance, a French traveler bound for Spain passed “the frontiers” of the two countries.
The parties divided by and joined at such frontiers each other across some real or imaginary line; the word was plural, without doubt, because it indicated the dual occupation of the zone in question.
...Only on a single page [in ], by contrast, did it employ the term “frontier.” And it did so in the old colonial sense, mentioning Edward Effinghamʼs service against the French and Indian “on the western frontier of Pennsylvania”....7
その政治・社会秩序感覚においては 18 世紀的な共和政体主義の残滓を色濃く帯 びていた Cooper にしてみれば、このロマンスの二つのキーワードが前世紀的意 味合いを帯びて用いられている事実そのものは、驚くに値しないのかもしれない。
ではあるが、ここでは語用法をめぐる Franklin の詮議を離れて、引用中の下線 を施した部分に着目して論展開の起点としてみたい。複数形をとるべき語として
「当該の地帯への支配が二国双方からなされている」地域状況を指す frontiers と は、一般化されたフロンティア概念のごとくに、無主の空間に向けて無限に押し 広げられていく開拓と文明化の進行、といういわば一方向に向かう波動のような ものをイメージさせるものではない。むしろこの意味での frontiers とは、占有
6 Wayne F. Franklin, (New Haven, CT: Yale
University Press, 2007), 337-38.
7 Ibid., 340-41. 強調は筆者による。
を主張する双方の視点からの二重の視線が交錯する地政学的空間であるし、その 意味では Cooper が実質的な作家デビュー作品である 以来取り上げてき た「中立地帯」(the neutral ground)に近い空間イメージであるとも言えよう。8 要は Franklin が着目する Cooper の「時代精神への冷淡さ」から、この作家が 空間表象に注ぐ眼差しに互いに交錯しあっていく多方向的なものを感じ取ってみ る、これが本論の立脚点である。
この眼差しの多方向性とでも呼びうるものは、Cooper の空間描出にのみ見ら れる特性であるわけではない。視線の多方向性は、私たち読み手が Cooper の ロマンス群を読み進めていく際の読者反応にこそ求められているものでもある
のだ。たとえば、 をすでに読んだ読み手が次作
を読んでいる、と想定してみよう。1793 年のクリスマス前後に時期を 設定して を執筆した Cooper であったが、開拓地の正当な継承を めぐるこのロマンス作品をもってこれに続く連作を形成していく企図を、当初 持ってはいなかった。Franklin によれば、 出版後の 1823 年後半に ハドソン河を遡上する旅の途上で、Natty Bumppo を再び登場させたロマンス執
筆構想を得るところとなり、舞台を前二作( , )と同様に
ニューヨーク―正確にはニューヨークとカナダ間の「フロンティア」地帯―に求
めて を執筆し、ニューヨーク三部作を形成したとされ
る。9 フレンチ−インディアン戦争下の前線を舞台にインディアン捕囚譚原型を
もっとも鮮明にプロット化した は、Uncas とともに死
を迎えた Cora の妹 Alice と Duncan Heyward 少佐が結ばれ、新しい白人家系の 創出を暗示させて結ばれる。30 代半ばの壮年期にあって卓越した戦士の技量を 身に付けた Natty は、同時に Munro 家の血筋の継承と戦争終結後の白人社会の 安全を招来する、という文化秩序の確保者として機能している。この連作第二作 を読み終えて、戦士 / 秩序確保者という Natty が担う役割の二面性に思いを馳 せるに至った読み手を想定してみよう。そのような読み手が の結 末を再読するならば、定住地を後にして出立する老狩人の姿に、おおいなるアイ ロニーを読み取っていくことになるだろう。結びの文を引こう。
8 Cooper の空間想像力において「中立地帯」の像が重要な位置づけを帯びていた、という観点か
らの秀逸な論考は Wayne F. Franklin, (Chicago, IL:
University of Chicago Press, 1982).
9 Franklin, , 350.
ナッティは、沈む太陽の方角へ消えてしまった―大陸を横切って進む国民のた めに道を切り開きつつある、あの開拓者たちの群れの先頭を行ったのである。10
家族も資産も、定住地での人間関係の網の目からも無縁な Natty は、この結びの 言葉とはうらはらに、「大陸を横切って進む国民」の中に身を置きうる存在では ない、とこの読み手は直感するだろう。Cooper の眼差しは、北米大陸を横断し て展開するフロンティア西漸の波の向かう彼方を追っているかに見えて、その実 Natty の孤絶の姿を際立たせている。そして読み手もまた、Cooper の眼差しの 多方向性に促される形で、皮脚絆連作第 1 作の結びを、連作第 2 作の読書体験を
経由させて読むのである。Natty が において白人社会
の文明秩序を確保するために身を呈する様を目にする時、読み手の眼差しは前作 の結びへと立ち返り、やがて来るべき Natty の弧絶と自己破滅へと向かう連鎖を、
Natty の意識を越えて、読み取ってしまう。Natty は戦士としてのその超人的な 献身のアイロニカルな帰結として、自らの生きるべき野生の空間を切り崩さざる をえない。このように読むならば、上に引いた の結びには多方向 的な眼差しの存在を確かに感じ取りうるであろう。Effingham 少佐を秘匿すると いう任を全うし自らを定住地に繋ぐ絆を断ってしまった Natty は、
の結末においてすでに身を置くべき場を喪失してしまっていると言えるし、漂 泊へと向かった彼が次々作 において、文明の果ての地で孤独な死を 迎えることになるのは読み手の知るところである。Cooper の眼差しの多重性は、
方向の変転を誘導するある種の光学的機器のごとくにテキスト間を前後に横断 し、読み手のテキスト読解の営みを間テキスト的な連鎖へと誘っていくのである。
3 .環流する想像力
前節で引いた 執筆を転機として、Cooper はニューヨークを舞台 にした連作執筆から転じて、ミシシッピ川流域を素材にロマンス執筆を試みるこ ととなる。この皮脚絆連作第 3 作執筆に際して大きな技術的課題であったのは、
Thomas Philbrick が言うように、内陸草原地帯に関して直接的な見聞を有しなかっ た Cooper にとって、大草原地域は未知の空間だったという事実であった。11この
10 James Fenimore Cooper, ,
eds., James Franklin Beard et al. (Albany, NY: State University of New York Press, 1980), 456.
引用した日本語訳は村山淳彦訳『開拓者たち』(下)(岩波文庫,2002),444 頁によった。
11 Thomas Philbrick,
(Cambridge, MA: Harvard University Press, 1961), 225.
ロマンスの大半の章がヨーロッパ滞在の間に書かれたという執筆の事情そのもの が、この技術的課題への対応の方向がいかなるものであったのかを暗示している。
すなわち、素材となる空間域から遠く離れたところに身を置くことで発動を迎える 想像力の形を、このロマンス作家は備えているかに思える。未知の空間をいかに描 くか、この課題に直面して Cooper がとった手法は、後に皮脚絆連作第 4 作にあた
る r に付された副題、 にうかがい知ることができる。
すなわち、大草原の広大な広がりと地勢の褶曲の様を海原に見たてること、これが 海軍見習士官として海洋の地勢を熟知していた Cooper に可能な手法であった。12
執筆とほぼ並行して着想・執筆されていたのは、仮想の滞米見聞
録 (1828)であるが、ほとんど論じられることもない
この大著もまた、Cooper の空間表象と想像力のあり方を探る際に示唆的な作品 である。ヨーロッパ滞在中に故国への中傷曲解を正そうとの思いから着想された この作品は、ひとりのアメリカ人を案内人に合衆国各地を訪問するヨーロッパの 独身貴族の手になる 36 編の書簡集という形を取るが、この架空の滞米見聞録の 大半を Cooper はヨーロッパ滞在中の移動の道筋で執筆した。他の個所ですでに 論じたように、架空のアメリカ訪問記の形態で祖国弁護の書物を書こうという構 想は、数年前に合衆国を訪問していた LaFayette 侯爵への熱狂的な歓迎から生 まれたとされる。13 このように執筆の事情を瞥見してみただけでも、大西洋の彼 岸と此岸を極としてまるで杼のごとくに往還する想像力のあり方をうかがい見る ことが出来よう。
その 中の書簡 XXII に、この極間の往還なる構図に通じる一節が見出 されるので取り上げてみる。書簡 XXII は、合衆国の文芸と芸術事情について尋 ねるフィレンツェ司教の要請に答える書簡の形態をとるのであるが、ここでヨー ロッパ貴族がその依頼に応える素材に選んだのが植民地時代からのアメリカの海 事事情であったのは、奇妙に思えるかもしれない。しかしながら、五大湖地域で の海軍見習士官として軍務についた Cooper の経験と、さらには を嚆 矢とする海洋ロマンス群執筆を進め始めていた作家の抱負を考え合わせるなら ば、形成されるべきアメリカ国民文化紹介の素材に海洋こそがふさわしい、と Cooper が考えたとしても不思議ではないであろう。後に書かれる
12 Cooper の海軍士官時代の体験については Franklin, , Chapter Four.
13 Franklin, , 440-41; 林以知郎「『開拓者たち』と家系譜の書き換え―上機嫌
な時代の自己意識的なアメリカニズム―」入子文子・林以知郎編『独立の時代―アメリカ古典文
学は語る』(世界思想社,2009),59-82,および林以知郎「祝祭と憑在―建国期アメリカ文化と異
人たちの帰還」,『北海道アメリカ文学』,25(2009): 1-15.
(1839)の浩瀚さには比べえないに しても、この書簡はそのまま、植民地時代から現在へと至るアメリカ海事事情 の略史と呼びうるものである。対仏戦争時の私掠船の活躍から独立戦争におけ る海戦の記録、さらには北アフリカでのイスラム勢力との対峙とトリポリ戦争 勃発にともなう海軍創設、そして 1812 年戦争以降その必要が叫ばれた海防体制 の拡大へと通時的に俯瞰する書き手の筆致は、後に Alfred T. Mahan が提言し た海防国家構想を彷彿とさせる。14 このような海事事情報告が仮想のアメリカ便
りの一節を形作っているところにこそ の同時代的記
録としての臨場性をみとることが出来るのであって、書簡が全体として伝えて くるのは 1812 年戦争以降のアメリカ社会に共有されていた海防意識の高まりと 大海軍主義の芽生え、Philbrick の言う maritime nationalism なる時代の雰囲気 であったと言えよう。15 ここでいう「海事ナショナリズム」とは、本来的に内的 緊張をはらんだ概念であるだろう。すなわち、ナショナリズムが国民国家の完結 した一体性とその地政学的表れとして四囲を囲繞された内陸空間を想起させる概 念であるに対して、海事、海洋は内陸への囲繞を超えて周囲に向かって流れだし ていく、脱境界へのモメントをはらんでいる。内に / 外に向かって、というこの 空間軸の双方向性を、書簡中の次の一節は確かに捉えている。
アメリカ国民は最近まで、自国の偉大なる国家像の外輪を描き出そうと努 めてきた。いまやその本体を満たすべき事業に対して真剣な取り組みが開始 されている。メキシコ湾、カナダ国境の湖水地域、大草原、そして大西洋が その四囲をなしている。彼らの国土は、実質的には、広大な島なのであって、
これまで長きにわたって西方に向かって伸び広がってきた入植の波が、いま や環流し始めるであろうことは必至である。諸芸や産業、交易にはじまるす べての営みにおける冒険的行動者たちは、すでに西部地域から東部海岸の臨 海地帯へと戻り始めている。16
14 麻田貞雄編・訳『マハン海上権力論集』(講談社学術文庫,2010),特に「合衆国海外に目を転ず」.
15 Philbrick, , 1-2.
16 Until now the Americans have been tracing the outline of their great National picture.
The work of filling up has just seriously commenced. The Gulph of Mexico, the Lakes of Canada, the Prairies, and the Atlantic form its setting. They are now, in substance, a vast island, and the tide of emigration which has so long been flowing westward, must have its reflux. Adventurers, in the Arts, in Manufactures, in Commerce, and in short in every thing else, are already beginning to return from the western to the Eastern borders.
ed. Gary Williams (Albany, NY: State
Natty Bumppo や Ishmael Bush に体現される、「西方に向かう」開拓者たちを 文化イコンとして掲げながら合衆国が大陸国家への道を歩み始めていたその時 代にあって、Cooper の空間的構想力はいまひとつの異なった方向性、「海洋へ」
と向かう想像力のベクトルを共存させていた。Cooper の想像力に備わるこの 二方向性のベクトルは、Louis Iglesias が「分岐しあった国家意識」(bifurcated nationality)と呼ぶものに似通っている。
Rather than looking west, toward the frontier that has dominated the cultural reading of American literary invention, these novels look east to nautical history in order to re-conceptualize national narratives within the fluid landscape of the Atlantic.17
この空間的想像力の多方向的な様相を、上に引いた書簡の下線を施した一節を借 りて「環流する想像力」(imagination in reflux)と呼ぶことにしよう。次章では、
Cooper が生涯に書くこととなる 1 ダースにも及ぶ海洋ロマンス群の嚆矢となる を取り上げて、陸と海、大西洋の彼岸と此岸、独立革命と革命以降の 社会秩序などの極間を往還する形で発動するその想像力の形、言うならば「環流 する想像力」の詩学の一端をスケッチしてみたい。18
Ⅱ を読む
1 .「航路は違えられて」−交錯するジャンル
ロマンスの冒頭で の語り手は、ブリテン島東部の海辺を描写しな がら海図を俯瞰する視点を設えてみせることで、この海域がその西の果てで新大 陸と繋がりあっている事実を思い起こさせる。
海図を一瞥してみるならば、読者は大ブリテン島の東海岸部が海を隔てた大 陸の岸辺へと連なっていることを悟るであろう。海岸と向こう岸とが小さな
University of New York Press, 1991), 329. 強調は筆者による。
17 Luis Iglesias, “The ʻkeen-eyed critic of the oceanʼ: James Fenimore Cooperʼs Invention of the Sea Novel.” http://external.oneonta.edu/cooper/articles/ala/2006ala-iglesias.html
18 ここで Cooper の海洋ロマンスと総称しているのは以下の作品群である。 (1828);
(1830); (1838); (1840);
(1842); (1842); (1843); (1844);
(1844); (1847); (1848); (1849).
内海を形作り、そこは海洋の探索の場として、またヨーロッパの北部諸国民 が操る船団が交易と海戦を繰り広げた場として世に知られる。19
このように始まる物語内容のみならず、その執筆に至る事情からいっても、ま たその受容のされ方においても、20 このロマンスは大西洋両岸的な広がりの中に 胚胎した作品である。 上梓直後に記した 1823 年付の序文で、海洋 を舞台としたロマンスを執筆しようとするにあたって、おそらく発せられる批判 は以下のようであろう、と Cooper は予測してみせる。
作者はこう指摘されることとなろう、このようなことはすでにスモレットが すべてなしたこと、と。しかしながら、作者はスモレットがなしたと同じ その海域を航海してはいても、その航路は違えられているのである (he has steered a different course)。21
Tobias Smollett の (1748)は、その翌年 に出版された Fielding の の舞台を海に移し替えたようなピカレスク・
ロマンスであり、そこで描かれる船乗りたちの姿は飲んだくれと放蕩者として戯 画化されている。Smollett とは「航路を違えた」、と断わる Cooper はいずこに 向かおうとしたのか、それについては引用した箇所に続く段落に示されている。
すなわち、「Bon-Homme Richard 号を操舵して大偉業を達成した、かの卓越し た人物の事跡」が記憶に残されるのみとなった現在、「われらが(独立戦争とい う)過去の栄光により忠実であらんとする」ためにこの書を編むと。22 してみれ ば、Cooper は独立への戦いにおける海軍軍人たちの貢献を書きとどめる歴史ロ マンス執筆の意図をもって本作品を構想したのであって、同様に独立戦争を素材
とした 、 およびずっと遅くに書かれた とと
もに、本作品は Cooper の独立戦争ロマンス群を形成していくこととなる。その 中でも初期の三編の革命ロマンスが書かれた 1820 年から 23 年という時代文脈に 注意を払っておく必要がある。1818 年に制定をみた「独立戦争軍人恩給法」が
19 James Fenimore Cooper, , ed. Kay Seymour House (Albany, NY:
State University of New York Press, 1986), 11.
20 が出版されるやただちに各国語で翻訳され、Balzac, Dumas, George Sand, Charlotte
Brontë らに高評価をもって迎えられた事情については、Cohen, , 135-36,
144.
21 Cooper, , 3. 強調は筆者による。
22 Ibid., 4.
その是非をめぐって論争を喚起し、それまでその正当性を評価されてはいなかっ た 大 陸 軍 を共和国軍事制度として認知する世論を形成していく過程につい ては、John Resch による克明な資料解読が跡づけてくれている。23 Resch の研究 を踏まえて Joseph J. Letter が試みた の読解が明らかにしているように、
国家の栄光ある起源創出に関与することを許されず忘却されようとしていた存在 を救い上げること、それがこの時期の歴史ロマンスに課せられたひとつの課題と なっていく。24 独立神話の表層から抹消されてきた影のごとき存在、それはたと えば国を売ったスパイであり、敵と通じた王党派であり、また報われぬまま廃兵 となったかつての大陸軍兵士たちであっただろう。 と
は起源神話において声を発することを許されなかった者たち―スパイと王党派、
そして狂信者―をして語らせる試みであったが、歴史上に実在した人物を直接の 素材とはしていなかった。それに比して、 では毀誉褒貶に富んだ創設 期の海軍軍人 John Paul Jones(1747-92)を題名人物にあしらうこととなる。
Jones はスコットランドに生まれながら、独立戦争勃発時にアメリカ植民地に
あって海軍創設に関与し、華々しい私椋行為や 号を指揮し
て英艦 号を撃沈した功績をもって合衆国海軍史に知られるところである。
Cooper 自身も、海軍士官の列伝
(1846)中に長い紙幅を Jones 伝に割いている。25 この列伝に依拠しながら、ロマ ンスでプロット化される出来事をかいつまんで再現してみる。 号との海 戦前年、1778 年春に当時スループ船 の艦長であった Jones は大胆にも、
イングランドとアイルランド間の海域に艦を乗り入れ、カンブリア海岸にあるホ ワイトヘーヴン(Whitehaven)の港を襲う。Jones はさらに北上しスコットラ ンドの海岸町まで襲っている。(この作戦は直前に当時弁務官として滞仏してい た Benjamin Franklin との協議を経て実行されたとされるが、史実は定かではな い。)Jones としては、海域のセント・メアリ島(St. Maryʼs Isle)に居を構えて いたアメリカ植民地出身の王党派貴族 Lord Selkirk を拉致してアメリカ人捕虜 との交換を有利に運ぼう、とする思惑であったが、伯爵が不在であった故果たせ
23 John Resch,
(Amherst, MA: University of Massachusetts Press, 1999).
24 Joseph J. Letter, “Past Presentisms: Suffering Soldiers, Benjaminian Ruins, and the Discursive Foundations of Early U.S. Historical Novels,” 82, no. 1 (2010): 29-55; 林
以知郎「亡霊と痕跡――クーパーの とスパイ・アンドレ伝承」,『同志社アメリ
カ研究』,46(同志社大学アメリカ研究所 , 2010):35-60.
25 Cooper, “John Paul Jones,” . 1846.
http://www.history.navy.mil/bios/jones̲jp̲cooper.htm
ず、水夫たちは館を襲って伯爵夫人の銀の皿を押収する。後にこの行為が「海賊 行為」と非難されることとなり、Jones にまつわる醜聞の根拠となっていく。襲 撃後、 号はアイルランド海から大西洋へと抜ける北海峡でイギリス軍艦 と会戦し、規模装備に勝る敵艦を相手に降伏させ、フランスへと連行する に至る。この襲撃と会戦の史事が の物語内容となっている。
列伝が伝えるこの史実を素材にしながら、ロマンスは時間設定をおそらく 1780 年にずらし、また場所設定をブリテン島北東部に移した上に、Jones は水先 案内人 Mr. Gray として登場し、その素性はロマンスの最後を待って初めて明ら かにされる。ロマンスの冒頭で先ほど引いた海域に登場するフリゲート艦は、英 国籍を装っているものの、実は Munson 艦長のもと英国領襲撃の命を帯びた植 民地海軍艦艇である。冬の荒天に難渋する一行は、先任下士官 Long Tom Coffin が舵取りするボートに Barnstable 大尉たちを載せて接岸させ、そこで見知らぬ 人物を迎え入れることとなる。この民間人を装った人物こそ水先案内人 Gray で あって、その卓越した操船力で難破の危機を脱した一行は、その後も Gray の 操船で敵艦との遭遇をも乗り切り、英領に上陸を果たす。海辺にある St. Ruthʼs Abbey には、サウス・カロライナ出身で裕福な王党派貴族 Colonel Howard が 独立戦争を避けてその娘や姪たちと隠棲する館がある。Barnstable とその友 人 Griffith 大尉を中心に Howard 卿の拉致作戦が展開され、敵味方相混じった 冒険活劇が繰り返される。館の一行をフリゲート艦に拘束したものの、敵艦と の交戦となり、再び水先案内人の操船で海域からの離脱に成功する。会戦の中 で Howard 卿は負傷し、老王党派貴族は植民地の発展を祈念して死んでいく。
Barnstable と Griffith がそれぞれ卿の娘と姪と結ばれ、船上で司式が執り行われ る。敵の追跡を直感した水先案内人は一行の安全を確保するために、ひとり艦を 去っていく。
このように概観しただけでも、 が植民地海軍による、ただ一度と いってよい英本国内進撃と Jones の偉業を素材にした歴史ロマンスの性格を有す ることは自明であろう。Smollett 流のピカレスクではなく歴史ロマンスを、とい う「航路選択」に加えて、舞台となる海洋をいかに描くかという技法的関心にお いてもまた、Cooper はジャンル意識を鮮明にしている。晩年になって 1849 年版 に寄せた長い序文でも、Cooper は大西洋の向こう岸の文学状況への目配りを示 している。引用すれば長くなるのでその大意を紹介するにとどめる。
出版の前年にイギリスで出版された をめぐって、その著者が Walter Scott とされるのが真であるか如何が論議の的となったことがあった。後者の海 洋描写にみられる正確さ・詳細さから判断すれば、Scott の経歴から考えてこの 冒険ロマンスが彼の手になるものであるはずがない、とみなす者もある。ところ
が Cooper 自身はこの意見に同調しない。なんとなれば、このロマンスにみられ る海の描写が専門的な海事知識に裏打ちされているとは思えぬからであり、ここ にあるのは「一見尤もらしい趣き」( )にすぎぬ。こう述べた後に Cooper は、自らが四半世紀前に 執筆を構想したその促しについて開 陳している。
(Scott 執筆者説を唱える者との)応酬が生み出したのは、他になんの称賛に も値しないかもしれぬが、少なくとも Pirate [ ママ ] に見出されるよりはずっ と海洋と船を真実に描写した作品(truer pictures of the ocean and ships)
を世に問おう、というやみくもな決意であった。26
1849 年版の序文に記されたこの挿話は、後に Cooper 没後に書かれた最初の伝 記である Thomas R. Lounsbury の (1883)に収録され、
「妻の挑発に応える勢いで書き始めた」とされる処女作 執筆の経緯と 相まって、「アメリカのロマンス作家誕生」をめぐる神話的エピソードを形作る こととなる。27 真偽はさておき、要はアメリカ文学形成期において、大西洋の向 こう岸での先行モデルと文学市場への目配り抜きには作家主体の生成がなされえ なかった、という事情を物語るにすぎぬのであろうが、Lounsbury 自身はこの 挿話を文学市場と絡めて、こう解釈している。
Sailors, he was told, might understand it [ ], but no one else would. Minute detail, moreover, was necessary to render it intelligible to seamen, and to landsmen it would be both unintelligible and uninteresting on account of the technicalities which must inevitably be found in minute detail.28
「陸に生きる人々」と「海に生きる人々」、と読者想定を二分化してその受容の 差異を考察する伝記作者の発想は、単純ではあるがこのロマンスの受容のされ 方を考えるのに示唆的である。この数年、 を含めて海洋文学をジャ ンル論的地平から読み直す優れた業績の公表が相次いでいる。そのひとつは Hester Blum の (2008)であって、副題(
26 Cooper, , 5-6.
27 Thomas R. Lounsbury, (New York, NY: Houghton Mifflin, 1883), 44.
28 Ibid., 45.
)が示唆するように、本 書は Smollett や Scott に代表される海洋ロマンスが Richard Henry Dana, Jr. に 典型される海事リアリズムへと展開していくジャンル変遷の過程の中にあって、
船乗りたちが船上労働の合間に持ちえた読書行為とテキストの流通事情を考察す る。29 Blum によるならば、北アフリカ沿岸海域での拉致や 1812 年戦争時の英軍 による強制徴用など、危険に満ちた状況にあって海上労働をすることを余儀なく されていた船員たちにとって、海事知識に満ちたテキスト群はその専門的技量、
すなわち危機対応マニュアルとしての実益ゆえに好んで受容され、船乗り仲間の 間に流通の場を形成していた。この枠組みで捉えるならば、1849 年版に序文を 寄せるに際して、Cooper は「海に生きる」読者層にとって自分が書いた海洋ロ マンス作品群が実益性の面においても依拠するに足る真正性を備えている、と確 認しようとしたのだと考えられる。
いまひとつの海洋小説論は、Margaret Cohen がつい最近著した
(2010)である。Melville を中心に正典化されてきたアメリカ海洋文 学を一国国民文学の軛から解き放つ新しい読みの可能性を感じさせる、比較文学 者の手になる書物である。本書の原型となった論文の題名、「羈旅するジャンル」
("Traveling Genres”)30 が示唆するように、Cohen の関心は海洋文学のジャンル が大西洋の海域を場として流通し相互浸透していく様を捉えるところにあるのだ が、その Cohen が近代小説史において本来的な意味での海洋小説(Sea Fiction)
のジャンルを切り開いたテキスト、と位置づけるのが なのである。「愛 国者、海賊、スーパーマン」なる副題のもとに 19 世紀海洋小説ジャンルを論じ た章の核となる論点を確認しておくためには、Cohen からの以下の引用で事足 りるだろう。
After a seventy-five year hiatus [since Tobias Smollettʼs
], the maritime novel was reinvented by James Fenimore Cooper, with , published in January 1824. . . .With just these two transatlantic best-sellers [ and (1827)], Cooper had put sea fiction back on the map of influential narrative genres.31
29 Hester Blum,
(Chapel Hill, NC: University of North Carolina Press, 2008).
30 Margaret Cohen, “Traveling Genres,” 34, no. 3 (2003): 481-99.
31 Cohen, , 133.
Smollett、Scott らによる海を舞台とした物語文学が先行していた事情にも関 わらず、なにゆえに「海洋小説の創生」(“invention of sea fiction”)32 が Cooper に帰されることになるのか。それはこれ以降このジャンルの詩学において中心 的な「言葉」となる、海事に関わる専門的知識と術語、それをもって歴史ロマ ンスを語る言葉となしえたところにこそ が海洋小説のジャンルにお いて文字通り「水先案内人」たる所以がある、とされるからである。伝記作者 Lounsbury が technicality と呼び、Blum が海事に関わる実用知識としたもの を、Cohen は「技量情報」(know-how)の名で括るのだが、33 この技量情報が船 乗りたちによって形成される読者共同体に開かれたその普遍性・共通言語的属性
(universal human faculty)ゆえに、34 地政学的境界を越え出して流通・浸透して いく。
Cooper の手で「創生」された海洋ロマンスが大西洋両岸を行きかう「羈旅す るジャンル」に転じていくほどに浸透性を持ちえたのは、文体論の次元で論じる ならば、先行するロマンス作品群の海事記述には見られはしなかった「真実効果」
(reality effect)を発揮しえたからであろう。 巻頭の場面に例を取って みる。嵐の中、スコットランド海岸の急峻な断崖に吹き寄せられる危険に晒され ながら、 号は名高い「悪魔の瀬戸」(the Devilʼs Grip)に差し掛かり、制 御も及ばぬほどに変転する潮の流れに翻弄される。
「かような嵐のさなかに帆を揚げるなどとは危険至極!」といぶかしんだ船 長は言った。「だがそれしかあるまい、」とよそ者は平静に応えた。「そうし なければ滅ぶのみ−見るがよい、すでに船は風下にずれてしまった。」…用 意万端整うと、巨大なメーンスル(主帆)は揚げきられて、突風の勢いに任 せられた。結果やいかんと訝しくもあった、風に煽られる巨大な重い帆のは ためきは制御の手立てもなく、船の中心部まで震わせていたのだから。だが 操船技量と力とが勝り克ち、次第に帆布は広げられて風をはらみ、百名にお よぶ船乗りたちの力によって本来の位置へと落ち着いたのだった。…「船は
32 Ibid., 135.
33 Above all, we admire the ability of the pilot to carry out his boldly conceived yet canny stratagems. The pilot seems to have an almost superhuman ability to gauge natural conditions and their interaction with the power and limits of his imperfect craft. In doing so, he displays a particular intelligence, a kind of practical, results-oriented acumen making use of both theoretical and practical knowledge, including the most specific technical detail. This is a kind of knowledge I would call Cohen, “Traveling Genres,” 486.
34 Ibid., 487.
風をとらえたぞ、風上に向かい始めたぞ!…帆が持ちこたえるなら、逃げ切 れるぞ!」35
艦長の制止に一顧だに与えず、残された最後の選択として水先案内が試みようと する操船技法は、海事用語では hard driving の名で伝承されている操法にあた るだろう。荒天において帆、ないし最悪の場合、帆柱を損なう危険を承知で帆を 風に向かい正面に張ることで、潮や波を乗り切る操法である。船乗りたちに伝わ る伝承を渉猟・記録した Robert Foulke によるならば、hard driving 操法の遂行 は卓越した操船技量の証しとされる。
Hard driving became an index of professional competence: “The captains who were invariably men who knew how much their gear would stand and when to carry sail and when to take in sail.” Like any other tacit convention of renown, hard driving constantly disturbed the equanimity of captains.36
Gray によって難船が回避される場面を、自身、合衆国海軍兵学校教官でもあっ た Foulke の経歴と航海実践を補助線として読み返してみるならば、難船寸前の 号の描写において前景化されているのは、Gray/Jones の沈着と剛毅とい う個人的資質であるだけではない。 この嵐の海に翻弄される艦船の記述が「真 実効果」を帯びてくるのは、hard driving の操法にどまらず、その他の操船技量 に関わる海事用語を散りばめた文体を前にして、Foulke のような読み手ならば その専門的語彙の意味するところを実践知と身体感覚をもって読み取り、了解し えたからである。Gray/Jones の操船技量は、単に冒険ロマンスにみられる英雄 の卓越した離れ業としてではなく、海上では起こりうるであろう限界的な状況
35 “ʼTis a perilous thing, to loosen canvas in such a tempest!” observed the doubtful captain.
“It must be done,” returned the collected stranger; “we perish, without it̶see! . . . the sea casts us to leeward!”… and every thing being ready, the enormous folds of the mainsail were trusted, loose, to the blast. There was an instant when the result was doubtful; the tremendous threshing of the heavy sail, seeming to bid defiance to all restraint, shaking the ship to her centre; but art and strength prevailed, and gradually the canvass was distended, and bellying as it filled, was drawn down to its usual place, by the power of a hundred men....
“She feels it! she springs her luff!...if she will only bear her canvass, we shall go clear!”
, 57.
36 Robert Foulke, “Life in the Dying World of Sail, 1870-1910,” in , ed. Patricia Ann Carson (Amsterdam, Netherland: Rodopi, 1986), 100.
において遂行されるべき実践、技量情報の行使、として読むものを説得づける。
Cooper のテクストが発揮するこの「真実効果」と説得性は、Cohen の言葉を借 りるならば「遂行可能性の詩学」(poetics of performability)37 と名付けうるであ ろうし、英雄の偉業の称揚であるよりも遂行可能な技量情報の連鎖そのものが媒 体となって作品テキストを織りなしていくところに、Cohen のいう「航法のロ マンス」(romance of navigation)なるジャンルの成立をみとることが出来よう。38 Cohen が捉えているのは、文体論的な特質と特定の読者共同体の成立が相関 し合って Cooper による海洋ロマンスの「再生」を可能にさせていく、という文 学史的枠組み内に留まるものではない。大西洋横断的な視野から捉えられている のは、アメリカという文化的周縁から発せられた文学言説が中心に向かって遡上 し、ヨーロッパ中心にある文化秩序を変成させていく動態、Cohen が著書でそ の一節に与えた節題、「周縁から書き返す」(“The Periphery Writes Back” )に 集約される文化戦略の構図なのである。
Cooperʼs invention of sea fiction is a significant event in what might be called Western relations: an innovation from what was then
“periphery” of the international literary field so influential as to take root as a genre in the Western European narrative “core.” The shift in the global balance of narrative innovation inaugurated by Cooper would accelerate in the twentieth century, when influential subgenres of the novel include socialist realism, from the USSR, and magical realism, from Latin America.39
37 Cohen, , 72-75.
38 Cohen は romance of navigation の語を Jonathan Lamb から借りたとし [
(Chicago, IL: University of Chicago Press, 2001), 64]、次のようにこ の語の定義を試みている。
The perfect mariner exhibited this demeanor in the ordinary work of global ocean transport and achieved international celebrity for path-breaking explorations, yielding a cultural narrative that Jonathan Lamb has called “the romance of navigation.” Romance in an enduring literary mode plumbing an enchanted world. . . where protagonists test their practical reason against supernatural powers. The romance of navigation, in contrast, was a thoroughly secular romance of men at work, a romance of human practice. Ibid., 4.
39 Ibid., 133, 135.
このように 1824 年版と 1849 年版に寄せられた序文を併置して、それぞれを ジャンル = 文体論および文化交渉論の視座から検証してきた。ここからうかが い見えてくるのは、 が相異なった方向に向けられたモメントをはら みこんだテキストである、という事実である。一方で、歴史ロマンスとしての は James F. Beard が「革命崇拝の神話」と名付けた時代風潮、すな わち独立戦争が同時代的経験から歴史の記憶へと推移していく 1820 年代に支配 的であった、革命起源回帰と過去の神聖視という時代雰囲気を体現している。40 の執筆により作家としての地歩を得た Cooper にとって、あらたな独立 戦争ロマンスの執筆は、いまひとつの建国物語りを革命後世代が構成する解釈共 同体に向けて流通させていく試みであったのであり、その意味ではロマンス作家 の眼差しは内側に、すなわち聖なる起源の記憶を共有することで国家的一体感を 醸成しようとする革命後社会へと向けられている。それに反して四半世紀後の序 文では、このベクトルの方向は「違えられて」いる。Cohen が近代小説史上に おける海洋小説のジャンル原型と位置づけているように、ロマンスはその海事上 のノウハウという専門技術知を共通言語とする開かれた読者共同体に向けて、大 西洋の彼方へ、という外側に向けて越え出していくのである。
2 .ヒーローを排斥するロマンス空間
このように は、歴史ロマンスのジャンル特性として、国民国家の聖 なる起源に遡及していくという時間感覚上の求心性を帯びていながら、同時に地 政学的境界を越えて外に溢れ出していく海洋文学の遠心性を併せ持っている。内 から外へと反転・環流していくベクトル、あるいはジャンルの交差から生じるテ キストの不安定な揺れ、とでも呼ぼうか、ここにこそ 1820 年代の Cooper の複 雑さがある。国家の革命起源を神聖化する建国物語としてありながら、そのジャ ンル特性を内側から掘り崩していく自己解体的な契機に着目するならば、本ロマ ンスを挟んで から にと連なる Cooper の独立戦争ロマ ンス群に共通する、ある種の秩序転覆性が垣間見えてくるだろう。 が はらむ自己解体性と秩序転覆性を、Daniel H. Peck は次のように捉えている。
And when we place , the writerʼs first nautical romances, in the contexts of these early works that surround it chronologically, we can
40 James F. Beard, “Cooper and the Revolutionary Mythos,” 11, no. 3
(1976): 84-104.
begin to understand it as a singular index of his troubled response to the American struggle for independence.41
Cooper のテキストがはらむ不安定な揺れ、と呼んだものを Pudaloff もまた、
異なったジャンルの交差から派生してくるものと捉えている。Pudaloff によるな らば、独立戦争を歴史ロマンスの素材とすることで、Cooper はジャンルの隘路 に踏み入ることを余儀なくされた。歴史ロマンスは、本来的に過去への憧憬に 色づけられた連続性の感覚に支えられたジャンルであるが、政治信条の上では 1820 年代半ばにフェデラリスト派から Dewitt Clinton 系のデモクラット派に 転じていた Cooper にとって、42 独立戦争は過去と伝統からの断絶に他ならなかっ た。
Cooper had difficulty in adapting the historical romance to America. He sought to celebrate a politics based on rupture and discontinuity in a form traditionally used to validate the past to the present.43
いま「政治信条の上では」と断わったのは、党派の身置きにおいてジャクソン 時代の政治思潮に同調していた Cooper ではあったが、郷紳階層に属した彼の 社会秩序意識の根幹にはフェデラリスト的な保守感覚が残滓としてあった。44 Franklin がこの時期の Cooper に見られる「複合的指向」(hybrid movement)45 と呼んだ政治信条と秩序意識双方における複雑な身置きは、Cooper のロマンス 作品にも複雑なジャンル上の交差を呼び込んでくる。すなわち、革命という過去 からの断絶を賛美・正当化しながら、社会秩序そのものは連続性のもとに継承さ れていく―彼の歴史ロマンス作品はいつの場合でもそのようなプロット上の補填 を必要とする。1820 年代に書かれたロマンス作品のほぼすべてにおいて、この プロット上の補填をもたらしているのは、Pudaloff によれば婚姻による家系の継 続という物語展開であった。
41 Daniel H. Peck, “A Repossession of America: The Revolution in Cooper's Trilogy of Nautical Romances,” , 15 (Fall 1976): 590.
42 Franklin, , 241-43.
43 Pudaloff, “Cooperʼs Genres,” 712.
44 Alan Taylor,
(New York, NY: Vintage Books, 1995), 422.
45 Franklin, , 242.
This mixture of conventions and genres emerges from the bifurcated goals of Cooperʼs fiction. He attempted to compose texts that would be both historical romances and novels of courtship and marriage, but there is a contradiction between his concept of politics̶the matter of the historical romance̶and his concept of society̶the matter of the marriage novels.... The great challenge of Cooperʼs literary life was the composition of a discourse that reconciled the seeming opposition of politics and society through the combination of the historical romance and marriage novel into one narrative form.46
もまた「定型とジャンル上の混淆」の一例であって、海陸それぞれを 舞台に繰り広げられる戦闘と冒険のプロットに織り込まれる形で、二人の海軍 士官、Barnstable と Griffith が St. Ruth に囚われていた二人の娘たち、Cecelia Howard と Katherine Plowden と結ばれる恋愛プロットが進行する。水先案内人 もまた、修道院で娘たちの世話をする Alice Dunscombe とかつて恋仲であった ことが明かされる。ロマンス発表当時からこれらの恋愛と婚姻のプロット軸は不 評であったのだが、Pudaloff によるジャンル論からの解釈を補助線として読んで みるならば、Cooper のこの鼻白むほどの定型への依拠が、ある意味でイデオロ ギー性を帯びたメッセージとなっていることがみえてくるだろう。そのことを考 えるために、Cooper のロマンスにおける結末の付け方について着目してみる。47
の結末での Wharton 家と Dunwoodie 家の婚姻、また
における Effingham 家と Temple 家の婚姻というように、先行するふたつのロ マンスは新たな家系の創出を寿ぐことによって閉じられるのだが、この婚姻物語 軸を背景としながら、これらのロマンスにはもうひとつのプロット軸が交差して いく。両ロマンスは、新しい家系の継承者たちの腕の中で息を引き取っていく Harvey Birch、さらには先に引用した の結末で若い夫婦に見送ら れて出立していく Natty の姿にみられるように、家系を創出しえずに去ってい く弧絶なる存在の対置、という構図を伴っている。スパイと狩人、というロマン スの表題人物を排斥するプロット進行の弾みのごときものを、Cooper の初期ロ マンスは共有しているのではないか。
この観点から を読んでみるならば、その表題人物である Gray もまた、
46 Pudaloff, “Cooperʼs Genres,” 712.
47 Cooper のロマンスにおける始まりと結末の問題については、Terence Martin, “Beginnings and Endings in the Leatherstocking Tales,” 33 (June 1978): 69-87.
ロマンスから排斥されていく存在である。Natty と同様に、新しい家系の創出を 見届けながら、水作案内人はさらなる冒険の場を求めてひとり小舟に乗り、暗い 北海へと旅立っていく。ロマンスの中盤でかつての恋人からの愛の告白を受けな がらも、独立の大義に殉じようとする水先案内人の情熱を「祖国への亡恩」とす る Alice は、行を共にすることを拒む。
「神様はあなたに猛々しい物狂いという恐ろしい気質をお与えになったのよ。
いったん掻き立てられれば、それは旋風で猛威を帯びた南海のよう。受けて もいない不当な扱いの幻に苛まれ、お国と故郷のことまで忘れ去らせ、自分 の憤りに形を与えるために権力を身にまとおうとまでする。この邪悪な霊が どこまで男のひとを駆り立てていくのか、私には分からない。」48
登場人物の造型としてはなんら実体を感じさせない Alice であるが、その拒絶は 水先案内人が何故にロマンスの空間から排斥されていかねばならないのか、その 所以を伝えてくれる。かつて恋仲であった男の様変わりした様相、それは女の眼 には「猛々しい物狂い」と「受けてもいない不当な扱い」への憤怒に苛まれなが ら、その怨嗟の思いを力の行使に転じようとする、ミルトンのサタンのごとき姿 と映る。水先案内人の内奥に Alice がみとるこの御し難い不機嫌さとでも呼びう る情緒、それは周辺ロマンス群に眼を遣れば、スパイの寡黙や Lionel Lincoln の 父 Ralph の狂信にも通じてくる情動の様態である。不機嫌な弧絶者は、なにゆ えにロマンスから排斥されねばならぬのか。
Alice/Cooper がなぜ水先案内人を拒むのか、その所以は今一度 Alice の拒絶 の言葉に帰るならばうかがい見えてこよう。Gray すなわち Jones は勇猛さと卓 越した操船技量を備えた海軍軍人であるが、彼を駆り立てているのは自らを不当 に扱い、報うことをしない権力に対する憤怒と怨嗟の思いであった。Alice の拒 みに対して、Gray は激情に駆られて心の裡を吐露する。
「アリス、お前もまた卑劣な敵どもの誹りにのって、わが名誉と品格を疑う のか。ごく近しい友にも背かれるのであるならば、いったい栄誉名声(fame)
とはなんであるのか!」49
48 Cooper, , 154.
49 Ibid
かつての恋人に向かい吐露されたこの鬱積した思いは、Cooper のペルソナとみ なしうる Griffith とその妻となった Cecelia がロマンスの結末で交わす会話でも 反復される。帰国後十二年も過ぎた今でも水先案内人の正体を知らされていない 妻に、夫は言う。
「アメリカに対するあの方の献身は、なによりも強い熱情である誉れへの思 い(desire of distinction)と、加えて祖国(イギリス)の民から受けたと言 い張ってやまない仕打ちへの憤りに発していたのだよ。...あの方の自由へ の愛など、もっと怪しげなものだよ。自由なる国家のためにこそ引き受けら れた営みも、その果てには暴君に仕えるに至ったのだから。」50
いまとなっては古典となった感がある Douglas Adair の
以来、「栄誉名声」への渇望は建国の父世代の情動軸とされる。Adair は名声を「公的献身へと転じられて栄光化された自己愛」(egotism transmuted gloriously into public service)と概念化したが、51 上に引いた Gray の怨嗟はこ の名声への渇望という概念を介して読み解けるかにみえる。しかしながら Adair の解釈枠組みによって Gray/Jones の暗い情動を捉えようとする際に念頭に置く べきなのは、社会階層の差異の問題であろう。 において状況解決の機能 を帯びて登場する Harper 氏 /Washington が名望政治家階層として現れるに対 して、同じ機能を帯びながら Gray/Jones は社会的文化的エリート階層には属さ ない。実在の Jones について、襲撃相手の所有品を掠奪した私椋、窃盗行為、さ らにはフランス王、ついではロシア皇帝と主を求めて渡り歩いた傭兵、といっ た醜聞がつきまとったのは、外国生まれの平民というその出自に発している。
Cooper の階層秩序観からするならば、本来その立場にないものが社会的認容と 報いを求めながらも満たされぬ思いから怨嗟の情を抱くことは逸脱であったし、
それは植民地の独立という秩序解体にともなう負の側面とも通じ合う。Jones へ の否定と排斥が Jason Berger が「階級秩序への執着」52 と呼んだ保守イデオロギー に発していることは、拉致された王党派ながら Cooper の階層秩序観を代弁して いるとみなしうる Colonel Howard の革命批判にうかがいうるであろう。
50 Ibid , 426.
51 Douglass Adair, (New York, NY: W.W. Norton, 1974), 10.
52 Jason Berger, “Killing Tom Coffin: Rethinking the Nationalist Narrative in James Fenimore
Cooperʼs ,” 43, no. 3 (2008): 645.
「われらが慈悲深き国王の大権を否定し去り、その後に僭主どもを君主の 座に据えんと図るは呪われた所業ぞ。善なるを排して邪なるを戴く企て ぞ。そは聖なる自由と平等への人民の欲望に名を借りて、分を弁えぬ野心
(unrighteous ambition)に資する策謀なるぞ。秩序を損ねても自由が存す るかのごとくに。」53
「分を弁えぬ野心」、また別の個所では「抑えがたい野望と立身への高望み」
(restless ambition and the pride of success)54 と呼ばれるこの不機嫌な情動をい かに捉えるか、おそらくその解釈枠組みとして有用なのは Adair ではなく、民主 主義社会固有の情動をめぐる Tocqueville の観察であろう。時期的には Cooper の滞欧と入れ替わるかのように一年間滞米したこの炯眼な社会学者が捉えたの は、アメリカ民主主義社会に生きる者の内面に湛えられた、「奇妙な憂鬱」(the strange melancholy)と彼が名付けた不機嫌な情動であった。55 最近刊行された 優れた Tocqueville 論が教えるところをおおまかになぞってみよう。民主主義社 会が約束する平等は、その力学として「欲望の拡大を許しながら、あらゆる面で 彼らに力の限界を付する」。その結果「平等への愛着」は「現実に達成された状 態としての平等との間にいつも差異を見つけ」させることとなり、「人はどんな わずかな不平等にも耐えられなくなる」。56 社会の上方へと自己を押し上げようと する欲望は、それがいつになっても充足されない憤りと羨望の思いに転じ、人を
「永遠の遁走」へと駆り立てる。57 Tocqueville がアメリカ人の心裡に認めたこの
「野心ゆえの焦燥感」58 こそ、水先案内人がその内面に湛える「抑え難き野望」に 他ならない。
このように Tocqueville による民主主義社会の心理観察を援用してみるならば、
ヒーローを排斥するこのロマンスの力学に Cooper の階層意識に根差した秩序固 定のイデオロギーを認めることができるだろう。奇妙なことにこの排除の力学の 作動を、ロマンスの登場人物配置において水先案内人と相似的な位置にありなが ら、きわめて「上機嫌な」いまひとりの船乗りにおいても見出すことができる。
それはロマンスの半ばで、おそらく読み手に唐突な印象を残しながら戦死して
53 Cooper, , 232. 強調は筆者による。
54 Ibid., 362.
55 Alexis de Tocqueville, , trans. George Lawrence, ed. J.P. Mayer and Max Lerner, vol. 2 (New York, NY: Harper & Row, 1966), 695.
56 富永茂樹『トクヴィル―現代への眼差し』(岩波新書,2010), 54-55.
57 Ibid., 66-67.
58 Ibid., 22.
いく先任下士官 Long Tom Coffin である。6 フィートを超える長躯に怪力、経験 と胆力を備えたナンタケット島の出身にして捕鯨船の銛打ち水夫であった Tom Coffin は、Natty Bumppo を彷彿とさせる造型であるし、少なくとも同時期に 執筆された における Natty と相通じる、饒舌な狂言回し的役回り を割り当てられている。その Coffin が、なぜ早々とロマンスから排斥されてい
かねばならないのか。おそらくここでもまた、 はロマ
ンスへの注解として有効である。先に引いた書簡 XXII での海事略史において、
Cooper は創成期の合衆国海軍の「組成の不完全さ」(imperfectly organized)を 指摘し、その原因を商船の乗組員を士官として配置せざるをえなかったという事 態に求めている。
海軍軍人の規律は、私椋船上に見いだされるもの以上でもなかったし、また それ以上になりようもなかった。なんとなれば、海軍艦船は交易に従事する 船舶から得られた人材を士官として遇するしかなかったのだから。59
書簡の書き手は「混成の海軍」(mixed marine)60 という言葉で一様でない階層 秩序に言及するのだが、ここには平水夫は含まれていない。 においても においても、庶民階級の乗組員は抽象化された大衆としてしか現れて こないのであって、個としての相貌を与えられていない。創成期海軍の編制が一 様でないとされるのは、「商船出身の船長や航海士」(masters and mates of the merchantmen)61 を含みこんでいるからに他ならないのであって、Tom Coffin こ そが民間人として職業主体を形成した階層身分を典型している存在なのである。
ナンタケット島の捕鯨船を自在に繰った民間船出身者としての矜持と心意気を、
Tom は海軍生え抜きの将校 Barnstable を相手に誇らかに述べる。
「俺に見渡す限りの海原と見事な帆があれば、水作案内人なんて用無しさ。
俺はといえば、シェバコボート乗りに生まれつき、陸地なぞといえば野菜を ちょこっと耕すか魚の干物を拵えるのに間に合やあ十分さ。陸地なんぞ四六 時中目にしていたら、気分も冴えぬってものさ。」62
59 Cooper, , 315.
60 Ibid., 316.
61 Ibid.
62 Cooper, , 19.
海とともに育ち、島に食材を求める以上には身を置く陸土を持たぬ、とする Tom の言葉はロマンティックな海洋への憧憬に満ちているが、奇妙にも
結末近くで Elizabeth Temple を前に Natty が発する言葉と共振してい るように感じる。
「おら、開墾地で暮らすのはいやになってしまったんだわ。日の出から日暮 れまでハンマーの音が響いているようなところではよ。...森だって!まっ たく!こんなものは森なんて言えないしょ、エフィンガムの奥方。毎日、開 墾地に入っては道に迷っているようなとこではな。」63
Temple と Effingham 両家系の相続者である Elizabeth、そして紳士階層を出自 とする高級士官 Barnstable―すなわちそれぞれ建国期社会秩序の継承を担うエ リート層の若者を聞き手として発せられるこれらふたつの発話に共通している のは、陸土と定住地の中に取り込まれ囲繞されることへの閉塞の感覚であろう。
そして Berger が適切に捉えているように、「囲繞されることなき空間への欲望」
(desire for unbounded space)が指向するのは、陸土と定住地の境界を越えて外 へと向かう、超国民国家的なベクトルであった。
Quite literally born on the sea and raised on an island, Coffin evinces an interesting longing for existence on a landless sea-space that is clearly extranational.64
こ の よ う に Natty Bumppo を 結 節 点 的 存 在 と し て 介 し な が ら Gray/Jones と Tom Coffin を併置してみるならば、両者はこの超国民国家的指向を帯びている 点において近似している。不機嫌な水先案内人であれ上機嫌な先任下士官であ れ、両者が共有しているのは国民国家の形成事業が要請する求心的な一体感・帰 属感から自由に抜錨・越境していく浮遊性、とでも呼ぶことが出来るものだ。そ して が独立・建国の事業をその栄光とともに記憶する歴史ロマンスと して書かれている以上、この二人のヒーローたちが帯びる浮遊性は歴史ロマンス のジャンル特性を内側から侵食してしまう可能性を潜在させているだろう。海の ヒーローたちがいかにロマンティックな輝きに満ちていたとしても、海洋ロマン
63 Cooper, 453-54.
64 Berger, “Killing Tom Coffin,” 657.