問題の所在
近年の外国語教育研究では、様々な外国語学習法及び教授法が提案されている。それらの効果は、調査 や実験を通して検証されている。しかしながら、学習法や教授法さえあれば、外国語能力を向上できるわ けではない。「効果がある」と言われる学習法や教授法を用いても、学習の当事者である個人が意識的、継 続的に外国語を学ばなければ効果は期待できない。外国語学習を継続させる際に重要な役割を果たすもの のひとつに、動機づけ(motivation)がある。
外国語学習に対する動機づけ研究は、Dörnyei(2005)の提案によって研究の方針が整備された。現在 は、外国語学習に対する動機づけは、個人の特性というよりも、むしろ状態であり、それは常に変化の可 能性がある(三ツ木,2019)。三ツ木(2019)は、2000年以降、日本人英語学習者を対象として実施され た英語学習に対する動機づけ研究(例:Hayashi,2005;Sawyer,2007;Miura,2010;菊池・酒井,
2016)を概観し、それらの研究の意義として(1)英語学習に対する動機の変容は長期的な時間の中で現 れる点を確認している点、(2)動機づけの程度が高いとき、低い時の理由を示した点、そして(3)学習 者の経験に基づいた動機づけの向上と低下に影響をもたらす要因を示している点、の3つを挙げている。
その一方で、廣森(2014)の意見をまとめ、動機づけに関する研究の多くが学習者集団を対象にしたアン ケート調査に基づいているため、個々の学習者の動機づけの連続的なプロセスを捉えていない点を指摘し ている。三ツ木(2019)は、研究方法論上の問題を克服できた場合、「動機づけのダイナミックな変容プ ロセスや動機づけの向上・減退の発生メカニズム」を明らかにする必要があると主張し、教育実践への示 唆を導くことに期待を示している。この問題意識を踏まえて、三ツ木 (2019)
は大学生である英語学習者
1名に対して、個人別態度構造分析(Personal Attitude Construct Analysis、以下PAC
分析)と複線径路・等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach)を用いて、被験者による経験の語りを時間的経過と ともにとらえ、現在の英語学習の目的・目標の明確化に至った径路の可視化を試みた。その結果、動機づ けの向上と減退に影響を与える要因(特に社会的要因)と意識の変容について考察した。
本研究は、三ツ木(2019)の取り組みを参考に、現在、学校教育において英語を学んでいる高校生が、
英語学習に対する動機づけプロセスに関する 個人別態度構造分析の試み
A Personal Attitude Construct (PAC) Analysis on Motivation Process in Learning English as a Foreign Language
江 藤 颯 *・神 田 紗 織 **
Hayata ETO, Saori KANDA
* えとう はやた 文学研究科英文学専攻博士前期課程 指導教員:中西 弘
**かんだ さおり 文学研究科英文学専攻博士前期課程 指導教員:ドゥエン オルソン
具体的にどのような要因により動機づけの向上・減退を経験するのかについて検討を試みたい。過去の研 究が指摘しているとおり、学校教育で英語を学ぶ学習者にとって、英語学習に対する動機づけに影響を与 える要因として、英語を教える教師との関係がある。先生が好きだから、その教科も好きになる、という 傾向は想像できる。その他には、将来、英語を使う職業に就きたい、という英語の有用性に関する視点や 意識も動機づけに影響を与える可能性もある。このように、動機づけに影響を与える要因は多数存在する 可能性がある。すなわち、複数の要因が常に相互に作用しながら個人の動機づけに影響を与え、それに よって形成された学習意欲は経時的に上昇・減退を繰り返すのではないだろうか。例えば、動機づけが減 退している学習者が、報酬や罰を与えられることで動機づけを上昇させる可能性がある。この場合、報酬 や罰が与えられなくなれば、動機づけは減退する可能性がある。一方で、報酬や罰による一時的な動機づ けによって学習意欲を高めた学習者が、何かのきっかけで学習対象そのものへの本質的な興味に気づけ ば、動機づけの水準が維持されることもありえるだろう。さらに、同じような報酬や罰も、動機づけが高 い学習者にとっては、学習意欲を減退させる要因となるかもしれない。
上記の問題意識を踏まえて、本論文では学校教育において英語学習を行っている高校生を対象に、
PAC
分析を実施し、学習者個人の英語学習への動機づけプロセスと変容を記述し分析を試みる。PAC分析の実 施においては、英語学習への関心・意欲において、相対的に高い学習者と低い学習者を被験者とする。そ して、その結果に考察を加え、結論を導き、英語学習に対する動機づけ研究への示唆を提供する。PAC 分析
PAC
分析は、定量的アプローチ(例:アンケート調査)と定性的アプローチ(例:インタビュー)の、それぞれの利点を備えている。PAC分析の実施は、(1)当該テーマに対する自由連想、(2)連想項目間の 類似度評定、(3)類似度距離行列によるクラスター分析、(4)被験者自身によるクラスター構造のイメー ジや解釈の報告、(5)実験者による総合的解釈の5段階によって構成される。(1)と(4)では、被験者 に「自由に」連想をさせ、イメージ・解釈を報告させるため、回答の自由度が担保される。一方で、(2)
では、類似度評定の結果を数値データで算出し、(3)そのデータを統計分析のひとつであるクラスター分 析にかけることで、客観性も担保できる。さらに、動機づけプロセスと変容は、個人の内的要因や、社会 などの外的要因など、様々な要因による影響にさらされることで、絶えず変容する。伊藤(2010)が主張 するように、PAC分析は「その時」における個人の意識、態度、イメージ等を構造的に記述できるため、
他の手法に比べ、個人の動機づけプロセスと変容に与える要因を正確に把握することが期待できる。
方法
事前調査
被験者の動機づけの程度(相対的に高いか低いか)を測定するため、事前にアンケート調査を行った。ア ンケート(参考資料)には英語学習への姿勢(例:私は英語を勉強することが好きである)や、英語の有用 性(例:英語を勉強することは役に立つ)などに関する質問項目が17項目を設定し、被験者はそれぞれの 項目に対して、「1.とてもあてはまる」、「2.ややあてはまる」、「3.どちらでもない」、「4.ややあて はまらない」、「5.全く当てはまらない」の5つの選択肢のうち、どれかに〇をつけることで回答した。
被験者
事前調査において、英語学習に対する動機づけが高い、並びに動機づけが低いと認められた学習者それ
B」とする)。
手順
PAC
分析(類似度評定、クラスター分析、インタビュー)を対面で行う。以下に手順を示す。① 自由連想課題の取り組み方を理解させるため、以下の具体例を用いて説明する1。 質問:「『学校』という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。」
回答:「勉強」、「先生」、「部活」、「楽しい」、「面倒くさい」
② 自由連想への刺激として次の文章を口頭で読み上げる。
「英語を学ぶことや教わることについて、あなたは何を思い浮かべますか。頭に浮かんできたイメージ や言葉を、思い浮かんだ順に紙に記入してください。なお、浮かんできたイメージや言葉は15個ぐら い挙げてください。」
③ 被験者が連想した言葉を、紙に記入させる。
④ 連想した言葉を、重要なものから順に並べさせる。
「あなたが先ほど連想した言葉を重要だと感じるものから順に並べてください。」
⑤ 連想した言葉の組み合わせの類似度を評価させる。
「あなたが先ほど連想した言葉の組み合わせが、どの程度似ているかを判断し、その似ている程度を該 当する番号で答えてください。」
次に類似度評定における被験者の回答データに対してクラスター分析を行う。最後に、クラスター分 析において算出されたグループに基づき、インタビュー(約60分)を行う。
結果
以下に、被験者
A
及び被験者B
のクラスター分析結果と被験者によるクラスターの解釈を示す。被験者A
図1.被験者Aの「英語を学ぶことや教わることのイメージ」のデンドログラム
【 クラスター分析 ---- 基準:ウォード法 】 距離
第 クラスター 第 クラスター
第 クラスター
第 クラスター
被験者B
図2.被験者Bの「英語を学ぶことや教わることのイメージ」のデンドログラム
被験者によるクラスターの解釈
以下の(質問: )は、実験者による質問部分を示している。被験者の回答部分は斜字体で示されてい る。
被験者A
<第1クラスターは「楽しい」の1項目>
(質問:第1グループである「楽しい」を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
その通りだなと思う…。…英語が嫌いな最初の頃は、英語の楽しさを知らなかった。言葉を知って、読み 方などを知ると、英語がだんだん楽しいと感じるようになった。
<第2クラスターは「少し難しい」と「英文が分かるとまたやりたくなる」の2項目>
(質問:第2グループである「少し難しい」と「英文が分かるとまたやりたくなる」を見て、どのようなこ とを思い浮かべますか。)
英語は単純じゃなくて、ちょっとややこしいところとかもあるから、そこが難しいなって思ったけど、そ ういうのも学んだりして分かったりすると、また英文読みたいなっていう気持ちになったりして、でもま た難しいなって思ったりしてっていうのを、二つがどんどん、連続して起こってくる。英語を学んでたら そう連続して起こってくる。
<第3クラスターは「英語を教えることができるのはすごいと思う」と「長文を読むことが面白い」の2
【 クラスター分析 基準:ウォード法 】
距離
第 クラスター 第 クラスター
第 クラスター
第 クラスター
(質問:第3グループである「英語を教えることができるのはすごいと思う」と「長文を読むことが面白 い」を見てどのようなことを思い浮かべますか。)
英語を教えることができるのは、いろんな勉強をしたりして、知識を身につけないとできないことだから、
すごいなって思う。長文を読むのは、日本語を読むみたいに、英語が分かってどんどん読めると、話の内 容がつかめてきて面白いなって思ったりする。…英語の先生の多くは長文を読むのが面白いと思っている から、英語を教えることと長文を読むことが直結するのかなと思う。
<第4クラスターは「教わる先生で英語が楽しいか楽しくないか変わってくる」「面白い」「少しめんどく さい」「案外英語は暗記だけじゃないことに気付く」「先生の豆知識を学ぶのが楽しい」「時々、これやって る意味あるというものがある」「難しいと時々英語が嫌になる」「学ぶと将来役に立ちそう」「教わることは 自分のためになると思う」「意外と発音難しい」の10項目>
(質問:第4グループである「教わる先生で英語が楽しいか楽しくないか変わってくる」「面白い」「少しめ んどくさい」「案外英語は暗記だけじゃないことに気付く」「先生の豆知識を学ぶのが楽しい」「時々、これ やってる意味あるというものがある」「難しいと時々英語が嫌になる」「学ぶと将来役に立ちそう」「教わる ことは自分のためになると思う」「意外と発音難しい」を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
教わる先生で英語が楽しいか楽しくないかが変わってくるっていうのは、先生の豆知識がたくさんあれば あるほど、英語って面白いなって思ってくるし、ただ単に英語の教科書を見て「こうですよ」みたいな、
あんまり豆知識がなかったり、機械的にやってるだけだと、少しめんどくさいなって思ったり、何かやっ てる意味あるって思ったりする。でも、英語を将来使うだろうなと思いながら、英語を学び、先生の話を 聞くと、意外と面白いな、必要だなって思います。英文などのニュアンスや、暗記と違うものが出てくる ときに、暗記だけじゃないなって気づいて、それが面白い。
(質問:第4グループは、その中でもいくつかの小さなまとまりに分かれていることが分かりました。1つ 目のまとまりである「面白い」を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
英語って奥が深い、というのが面白いということにつながってくる。
(質問:第4グループのうち、2つ目のまとまりである「少しめんどくさい」を見て、どのようなイメージ を思い浮かべますか。)
学校のテストやワークをやっていると、英語を機械的に淡々とやるので、面倒くさいと感じる。
(質問:第4グループのうち、3つ目のまとまりである「案外英語は暗記だけじゃないことに気付く」「先 生の豆知識を学ぶのが楽しい」「時々これやってる意味あるっていうものがある」「難しいと時々英語が嫌 になる」「学ぶと将来役に立ちそう」「教わることは自分のためになると思う」「意外と発音難しい」を見 て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
「先生の豆知識」や「やっている意味ある?」は、学校、日常茶飯事で感じる。…英語の先生の中でも、発 音が上手じゃない先生がいて、「発音って意外と難しい」んだなって、学校の授業で分かってくる。…先生 が「豆知識」の中で話していることは、「暗記ではない」ので、考える力も大事だと思う。
(質問:では、グループ同士を比較していきます。比較したうえで感じられる、似ている点や異なる点など を教えてください。まずは、第1グループと第2グループを比較してどのように感じますか。)
似ているところは、「英文が分かるとやりたくなる」のは英文が分かって「楽しい」からだと思う。異なる ところは、「難しい」と英語は「楽しく」ないから、難しいと思っているときは楽しくないと感じる。
(質問:次に第1グループと第3グループを比較してどのように感じますか。)
1は自分が英語をやって楽しいと思う、3は先生の立場から、楽しいだけではなくて、色々なことを考え た上で教えないといけないから、先生は英語が楽しいだけではない。
(質問:第1グループと第4グループを比較してどのように感じますか。)
1の「楽しい」と、4の「面白い」「教わる先生で変わる」は似ている。1の「楽しい」と、4の「やって いる意味ある」、「少しめんどくさい」は似ていない。
(質問:では、第2グループと第3グループを比較してどのように感じますか。)
2の「少し難しい」と自分が思っている英文を、先生たちが「英文の意味を教えることができるとすごい」
と思う。でも、難しいと思う気持ちと「長文を読むことが面白い」って思うのはちょっと似ていないかな と思う。
(質問:第2グループと第4グループを比較してどのように感じますか。)
「少し難しい」と「めんどくさい」はネガティブなので似ている。「英文が分かるとまたやりたくなる」、「面 白い」、「豆知識が楽しい」は英語をポジティブに考えたら似ている。
(質問:第3グループと第4グループを比較してどのように感じますか。)
「長文を読むことが面白い」は「先生が英語を教えるのがすごい」と似ている。英語を教えることができる のは「豆知識」などを蓄えないといけないから、その豆知識を聞けて、それを長文に生かせるのは面白い。
それをもって、どんどん学んでいくと「将来役に立つ」ことになって、英語の奥まで入っていき「発音の 難しさ」や「暗記だけではない」ということに気付ける。
(質問:最後に全体について感じること、思うことはありますか。)
1年前の自分は英語が嫌いだったけど、教えてくれる先生ややり方が異なることで、英語の見方や考え方 が1年ぐらいで変わっていくものなのだと、英語を通して改めて知った。…高校で英語を学んでいく上で、
中学の今までの考え方ではぬるいな、ということを改めて感じた。
被験者B
<第1クラスターは「単語が多い」の1項目>
(質問:最初に第1グループである「単語が多い」を見てどのようなイメージを思い浮かべますか。)
覚えるのが面倒くさい。
<第2クラスターは「リスニングむずい」の1項目>
(質問:次に、第2グループ「リスニングむずい」を見て、どのようなことを思い浮かべますか。)
そのまんまじゃない?…リスニングって難しい。
<第3クラスターは「コミュの時間は憂うつ」「めんどくさい」「英語を話せたら楽しそう」「長文アレル ギー出る」「時間がかかる」「勉強する価値(意味)が分からない」「授業の好き嫌いは先生による」の7項 目>
(質問:次に、第3グループ「コミュの時間は憂うつ」「めんどくさい」「英語を話せたら楽しそう」「長文 アレルギー出る」「時間がかかる」「勉強する価値(意味)が分からない」「授業の好き嫌いは先生による」
の7項目を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
このグループ、謎なんだけど。
<第4グループは「やらないといけないとは思っている」「文法が多い」「眠くなる」「間違えるとやる気と 自信なくす」「できればやりたくない」「楽しくない」の6項目>
(質問:次に、第4グループ「やらないといけないとは思っている」「文法が多い」「眠くなる」「間違える とやる気と自信なくす」「できればやりたくない」「楽しくない」の6項目を見て、どのようなことを思い 浮かべますか。)
ループ。「文法が多い」はループに当てはまらないかもしれないけど。…やりたくないけどやらないとい けないとは思っていて、やって間違えるとやる気を失い、楽しくなくなって眠くなる。
(質問:第3グループは、その中でもいくつかの小さなまとまりに分かれていることが分かりました。1つ 目のまとまりである「めんどくさい」を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
単語を覚えるのがめんどくさい。文法が多くてめんどくさい。…長文を読むのもめんどくさい。
(質問:第3グループのうち、2つ目のまとまりである「英語を話せたら楽しそう」を見て、どのようなイ メージを思い浮かべますか。)
英語を話せたら、いろんな人と喋れるから楽しそう。
(質問:第3グループのうち、「長文アレルギー出る」「時間がかかる」「勉強する価値(意味)が分からな い」「授業の好き嫌いは先生による」を見て、どのようなイメージを思い浮かべますか。)
このグループもよくわからない。「授業の好き嫌いは先生による」と「コミュの時間は憂うつ」は関連して いると思う。…長文をちゃんと読もうと思ったら、単語とか文法とか調べないといけなくて、時間がかか る。
(質問:今度は、グループ同士を比較していきます。比較したうえで感じられる、似ている点や異なる点な どを教えてください。第1グループの「単語が多い」と第2グループの「リスニングむずい」を比較して どのように感じますか。)
単語が分からなかったらリスニングも聴きとれず難しい。
(質問:次に、第1グループの「単語が多い」と第3グループを比較してどのように感じますか。)
単語が多くて覚えるのに時間がかかる。長文の中に分からない単語が出てくるとつまってしまう。
(質問:次に、第1グループの「単語が多い」と第4グループを比較してどのように感じますか。)
「文法が多い」と「間違えるとやる気と自信をなくす」以外は「単語が多い」と関連している。…単語を 覚えるとき眠くなる。「文法が多い」と「間違えるとやる気と自信をなくす」は(「単語が多い」との関連 性が)微妙。
(質問:では、第2グループの「リスニングむずい」と第3グループを比較してどのように感じますか。)
難しい。(関連することは思いつかない。)
(質問:次に、第2グループの「リスニングむずい」と第4グループを比較してどのように感じますか。)
「文法が多い」以外は関連している。第1グループと第4グループの関係と似ていて、リスニングをやらな いといけないとは思っているけど、間違えるとやる気をなくすし、リスニングも眠くなる。「リスニングむ ずい」と「文法が多い」の関連性はわからない。
(質問:第3グループと第4グループを比較してどのように感じますか。)
「英語を話せたら楽しそう」と「勉強する価値(意味)が分からない」はわからないけど、それ以外は似て いる。コミュの時間は憂うつだし、楽しくないし、眠くなる。長文も第4グループのどれにも共通する。
…文法も時間がかかる。…「コミュの時間は憂うつ」なのと、「授業の好き嫌いは先生による」は一緒の 話で似ている。授業の好き嫌いは先生によるし、だからこそ楽しくなくて眠くなるときもある。
(質問:最後に全体について感じること、思うことはありますか。)
ほとんどマイナスなイメージがある。「英語を話せたら楽しそう」以外はマイナスなイメージ。英語がそも そもあまり好きでない。
考察
英語に対する学習意欲の高い生徒(被験者
A)と学習意欲の低い生徒(被験者 B)に対して PAC
分析を 行った結果、英語学習の動機づけのプロセスの複雑性が明らかになった。被験者A
と被験者B
には英語学 習に対する動機づけに差があるが、教師の働きかけや自身の英語学習に対する気づきを通して、動機づけ が揺れ動いているという点で類似している。毎日の英語学習に対する動機づけには複雑な心理的な動きの 存在が感じられる。被験者A
の「連続して起こる」や、被験者B
の「ループ」というキーワードが示すよ うに、動機づけは高まったり低まったりを何度も繰り返す。例えば、動機づけが高い状態から、英語学習 が面倒くさくなって動機づけが低下した状態へ変化し、教師の指導によって再び英語学習を面白いと感じ るようになったりする。図3.らせん階段型動機づけモデル
この動機づけの変容をイメージとして示すため、「らせん階段型動機づけモデル」(図3)を提案する。
PAC
分析による被験者のデータから、学習者の動機づけは常に変化し続けているように見える。らせん階 段は一般的な階段と比べ、直線的な上下への移動を体感しにくい。徐々に上昇したり、下降したりする感 覚を覚えるときもあれば、その変化を感じないこともあるだろう。被験者A
は「言葉を知って、読み方な どを知ると、英語がだんだん楽しいと感じる」と語るように、この変容を認知しているが、被験者B
につ いては、自己の成長や学びの成果に関する言及がほとんどなく、自らの動機づけに対して自覚が少ない。被験者
B
が「なかなか上達しない」、「頑張っているのに上手くできない」と言うように、その場で足踏み をしているような感覚に陥ることがある。これは、一般的な階段と異なり、自分の位置や一歩先の場所や 位置を確かめづらく、同じような光景を何度も目にし、上昇や下降している感覚を実感として持ちづらい こともある、らせん階段を上っていく感覚と似ているのではないだろうか。動機づけの程度が上昇したり下降したりを繰り返すなかで、動機づけを上昇するきっかけは何だろう か。被験者2名共に、そのきっかけとなるのは、(1)「教師の英語指導における工夫」と(2)「生徒自身 による自己の学びに対する認知」である。
教師の英語指導における工夫
教師が被験者に対して工夫を凝らした指導を行うことで、生徒の知的好奇心や興味を引き出し、単調で 停滞しがちな英語学習に転機をもたらし、結果的に学習者である被験者の英語学習に対する動機づけを高 めることができる。2名の被験者は共に、「教科書を読む」などの活動が「機械的」になると、退屈してし まう。ここでの「機械的」な授業とは、教師が生徒に向かって一方的に話し、生徒は板書をノートに写す だけ、というような単調な授業を意味する。それに対して、教科書の内容を超えて、教師の実体験を踏ま
えた余談や豆知識につながる話を含める授業は、被験者らの知的好奇心を高める可能性が示唆された。 イ ンタビューでの語りから、2名の被験者にとって興味・関心が高まる授業は2種類あると判断できる。1 つ目は、教師が英語と日本語を照らし合わせながら丁寧に説明する工夫をした場合である。英語の細かな ニュアンス(丁寧な表現など)や、訳することが容易にはできないような英語表現を理解するには、日本 語を用いた指導が欠かせないだろう。「なぜそうなるのか」という理由や背景を説明することなく、生徒に 暗記だけさせるような指導では生徒の混乱を招きかねない。例えば、日本語では同じ「見る」という表現 でも、英語では
“watch”
や“look”
や“see”
など、様々な単語がある。「見る」以外のふさわしい日本語訳を 考えさせるような指導を行ったり、それぞれの英単語がどのような状況で用いられるのか、教師が説明し たりすることで、生徒が混乱してやる気を失うことを避けられるだろう。2つ目は、教師自身の海外での 実体験などを教科書の内容と結び付けて説明する工夫である。教科書の内容を教師の個人的なエピソード とともに記憶させることで、より理解を深め定着させることができるかもしれない。そして、「もし私も海 外に行ったら�」など、生徒の想像力を高め、英語学習の意味や価値を再認識させることにもつながるだ ろう。生徒自身による自己の学びに対する認知
生徒自身による自己の学びに対する認知とは、学習における自分の状態を冷静に認識し、行動につなげ ることを意味する。例えば、学習をしていく中で感じる「面白い」という前向きな感情も、「面倒くさい」
や「難しくてやる気を失う」という後ろ向きの感情も、共に学習をしていくうえで自然な感情であること を理解し、自分に合った学習方法を見つけ、試してみようとすることである。何かを学ぶ時の複雑な心の 揺れを冷静にとらえることで、悩みもがく自己を容認し、成長しようとする自己を肯定的に捉えるのであ る。これは、学習の持続と促進には自己のメタ認知的方略が役立つという近年の研究結果(例:梅本,
2013)に当てはまる。
被験者
A
は「少し難しい」、「少しめんどくさい」、「時々これやってる意味あるというものがある」、「難 しいと時々英語が嫌になる」などの項目を、「ネガティブ」「マイナス思考」と分類している。そして、こ れらを含めた第2クラスターや第4クラスターに名前を付けるとしたら、どのようなものかと尋ねたとこ ろ2、それぞれ「英語を学ぶ楽しさの一連の流れ」、「英語を学ぶ上での感情たち」と回答した。被験者A
は、英語学習には「ネガティブ」な感情を生み出す側面があることを認識しており、自身による自己の学 びに対するメタ認知が、さらなる英語学習への動機づけに結びついている。さらに、被験者A
は英語教師 の立場や視点に対する共感力・洞察力も持っていると判断できる。被験者A
は、「英語を教えることがで きるのはすごいと思う」という項目を挙げたり、発音の上手ではない英語教師を見て「意外と発音が難し い」と考えたりする。自己の学びだけでなく、教師の英語に対しても関心を示し、自身の学びに結びつけ て考えている。被験者
B
は英語の学習をしなければならないことは理解しているが、単語を暗記したり長い英文を読ん だりすることが次第に面倒になり、やる気がわかなくなる「ループ」に陥っている。このループとは、学 習の過程である「らせん階段」をのぼっている自己を認識できず、同じことを繰り返しているような感覚 のように見える。被験者A
は、面倒なことも難しさも学習の一部だと認識している。一方、被験者B
に は、それらの感情が学習の一部であるという認識はない。同じ英語学習に対する後ろ向きの感情でも、認 識の違いが、結果的に動機づけの違いにつながっていると解釈できる。以上の結果は、動機づけ理論のひとつである「達成目標理論」(achievement goal theory)に関連づけて 説明できる。達成目標理論では、人は有能になるために達成目標を設定すると規定される(上淵,2012)。
この達成目標にはマスタリー目標とパフォーマンス目標がある。前者は自身の能力を伸ばして有能感を得
的に取り組む傾向がある。被験者
A
は、分からないという状態を受け入れ、それも学習の一部と見なして いたことから、マスタリー目標をもって英語学習に取り組んでいると考えられる。後者のパフォーマンス 目標は、自分の高い能力を示す、あるいは自分の低い能力が露呈しないようにすることで有能感を得るこ とを目指す目標である。自己肯定感が低い場合には、失敗して他者より低い評価を得ることを恐れ、課題 に回避的になりやすい。被験者B
は、課題に失敗するとやる気を失ってしまうということや、後述するよ うに得意な教科であれば学習を楽しめるということから、英語学習に関してはパフォーマンス目標を掲げ て取り組んでいると考えられる。PAC分析の利用に関する問題点
最後に
PAC
分析における、被験者自身によるクラスター構造のイメージや解釈の報告について検討す る。本研究では、二人の高校生を対象としたPAC
分析を行った。その過程において、予期していなかった 出来事が起こった。被験者である二人の高校生は、インタビューを受けた経験がほとんどなく、インタ ビュアーによる質問の意味を理解するのに、想定を超える時間がかかったのである。そこで、インタビュ アーである筆者は、「この項目を見てどのようなことをイメージするか」などの質問文を、具体的で簡単な 言葉に言い換えて、「この項目に名前を付けるならどのようなものになるか」というように質問しなおし た。その結果、被験者らの質問文の理解を促進させて、特定の項目に関する感想だけでなく、ひとつのク ラスターに関する解釈を導き出すことができた。被験者の語りを引き出すためには、PAC
分析におけるク ラスターの解釈を目的とした構造化された質問だけでなく、PAC分析終了後に、インタビューを行う必要 があると考えた。そこで、クラスター構造のイメージや解釈の報告の後、半構造化インタビューを行った。被験者
A
に対しては「一年前までは英語が嫌いだったのに、今では楽しいと感じるのはどうしてか」や「英語が嫌いな友人や嫌いだった自分にアドバイスするならどのような声をかけるか」など、被験者
B
に 対しては「英語と比較して、理数科目はどうして得意なのか、将来役に立てたいという思いがあるか」や「普段英語の授業をどのように受けているか」などの質問をした。その結果、それぞれの被験者は以下のよ うに回答した。
<被験者A>
もともと英語は苦手だったけど、受験のためにたくさんこなして意外と英語が楽しいと気づいた。単語 を覚えるなどの地道な学習ではなく、長文を学ぶところから始めたため、英語が楽しいと感じたのだと思 う。英語が嫌いという人は、英語の表面しか見ていないと思う。学校で習うような機械的な学習(文法・
単語)をするから嫌になる。やり方を変えて英語を学ぶと、英語の見方・捉え方が変わるし、沼っていっ たら楽しくなると思う。
<被験者B>
理数科目は解いている最中(過程)が楽しいし、解けなくても楽しい。そもそも解けないこと自体が少 なくて、得意だから好きなのだと思う。将来、理数科目を進路に役立てたいとは別に思わない。普段、コ ミュニケーション英語の授業では、気づいたら寝ている。先生が早口で日本語でも何を言っているか分か らないし、機械的で授業の工夫が見られず、入試にも役に立つ気がしないので面白くない。それに対して 英語表現の授業は、実生活で役立つ英語や生活に関する知識・余談が面白い。ノートをグループで作るな ど、アクティブで授業に工夫が見られて先生の授業のスタイルが好き。時々過去問を利用することもある ため、入試にも役に立ちそう。
これらは詳細な語りである。インタビューにおいて被験者の多様な発言を引き出せるように柔軟な問い
を投げかける必要性については、今後改めて検討したい。
結論
本研究では、現在、学校教育において英語を学んでいる高校生2名を被験者とし、
PAC
分析を実施した。そして、英語学習に対する動機づけのプロセスと変容の記述を試みた。そして、PAC分析の結果に基づい て「らせん階段動機づけモデル」を提案した。英語学習に対する動機づけを高めるには、「教師の英語指導 における工夫」と「生徒自身による自己の学びに対する認知」の必要性を論じた。
注
1.手順①では、被験者に対して具体例を挙げて説明を行った。具体的な例を被験者に提示しなければ、手順②において、
抽象的な回答に終始する可能性があった。
2.被験者がクラスター内の各項目に関するイメージを語ったため実施した。クラスターを概観し、イメージを明らかにす るため、「各クラスターに名前を付けてほしい」と指示した。この手続きは予定していた質問を全て聞いた後で実施し た。
参考文献
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参考資料:事前調査用アンケート
英語学習に関するアンケート
以下の質問に対して、最もあてはまる数字に〇をつけてください。
(とてもあてはまる=1 ややあてはまる=2 どちらでもない=3 ややあてはまらない=4 全くあ てはまらない=5)
1. 私は英語が得意である。 1 2 3 4 5
2. 私は英語圏の国の文化や生活に興味がある。 1 2 3 4 5
3. 私は英語を勉強することが好きである。 1 2 3 4 5
4. 教養につながるため、英語の勉強は大切である。 1 2 3 4 5
5. 英語を勉強することは役に立つ。 1 2 3 4 5
6. 英語を勉強することで、洋書、英字新聞や洋画を分かるようになりたい。 1 2 3 4 5 7. 英語を勉強しているのは、単に英語が高校(大学)の時間割にあるからで
ある。 1 2 3 4 5
8. 私は英語の授業で、真剣に取り組んでいる。 1 2 3 4 5
9. 英語は苦手科目のひとつである。 1 2 3 4 5
10. 私は海外の人と友達になりたい。 1 2 3 4 5
11. 英語の勉強は楽しい。 1 2 3 4 5
12. できれば、英語はあまり勉強したくない。 1 2 3 4 5 13. 宿題がなくても、自主的に英語を勉強したい。 1 2 3 4 5 14. 英語を勉強して、将来は海外に住みたい。 1 2 3 4 5 15. 英語を勉強しているのは、良い成績を取りたいからである。 1 2 3 4 5
16. 将来は英語を使う仕事がしたい。 1 2 3 4 5
17. 英語の宿題は、提出日の直前まで後回しにするほうだ。 1 2 3 4 5