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毀棄罪における 「毀棄」「損壊」概念の内実

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(1)早稲田大学審査学位論文(博士). 毀棄罪における 「毀棄」「損壊」概念の内実. 大塚. 雄祐.

(2) ―目次―. 序章. 第一章. …………………………………………………………………………………………1. 毀棄罪の法制史的検討. 1.旧刑法における毀棄罪の立法経緯. ……………………………………………3. 【1】旧刑法の立法過程 【2】「日本刑法草案」における毀棄罪の規定 【3】「刑法審査修正案」における毀棄罪の規定 【4】旧刑法における規定と解釈 【5】小括 2.現行刑法における毀棄罪の立法経緯. …………………………………………10. 【1】明治 23 年改正刑法草案における毀棄罪の規定 【2】明治 34 年改正案における毀棄罪の規定 【3】明治 35 年改正案における毀棄罪の規定 【4】明治 40 年改正案における毀棄罪の規定 【5】明治 40 年改正刑法の条文 【6】昭和 62 年改正における境界損壊罪、電磁的記録毀棄罪の創設 【7】小括. 第二章. 判例における「毀棄」「損壊」概念の変遷. 1.判例の変遷. ………………………………………………………………………21. 【1】初期の判例 【2】徳利放尿事件以降の「二元的判断型」判例の出現 【3】効用侵害のみを検討する「一元的判断型」判例の出現 【4】小括 2.判例における毀棄罪の処罰範囲の限定要素. …………………………………38. 【1】効用侵害性の限定 (1)侵害された効用の性質の限定――本来的効用か無限定効用か.

(3) (2)効用の「侵害」の程度 【2】判例における「物質的毀損」の意義 (1)「物質的」「有形的」「物理的」の意味 (2)「物質的毀損」は行為態様か、結果態様か 【3】小括. 第三章. 学説における「毀棄」「損壊」概念をめぐる議論の整理. 1.効用侵害説 の検討. …………………………………………………………………52. 【1】効用・用法の範囲に関する議論 (1)本来的用法(効用)侵害説 (2)効用を利用価値と交換価値に区別する見解 (3)効用・用法の範囲を特に限定しない見解(無限定効用侵害説) (4)検討 【2】侵害性に関する学説の議論 (1)初期の学説における議論 (2)原状回復の困難性・侵害の持続性を要求する見解 (3)原状回復の困難性を「損壊」概念とは別に可罰的違法性で考慮する見解 (4)原状回復の困難性・侵害の持続性を要求しない見解 (5)検討 2.行為態様・結果態様で限定する学説の検討. ………………………………68. 【1】有形侵害説 (1)学説の整理 (2)検討 【2】物質的毀損説(物理的毀損説) (1)学説の整理 (2)検討 3.信書隠匿罪をめぐる議論. ……………………………………………………81. 【1】隠匿行為を「毀棄」に含めない見解 【2】隠匿行為を「毀棄」に含める見解 【3】検討 4.小括. ……………………………………………………………………………85.

(4) 第四章. ドイツ刑法 303 条の器物損壊罪の「損壊」概念をめぐる議論. 1.条文の構造と本章の検討対象. ………………………………………………88. 2.判例における 303 条 1 項の「損壊」概念. …………………………………91. 【1】ライヒ裁判所(ドイツ帝国大審院)時代の判例の変遷 (1)物質的損傷を要求した RGSt 13, 27 (2)ライヒ裁判所による「損壊」概念の拡大 【2】ドイツ連邦通常裁判所の判例の変遷と特徴 (1)BGHSt 13, 207 による「重大性」という限定 (2)BGHSt 29, 129 による「美的目的」と「技術的効用」の区別 (3)「効用低下」の限定と「物質的損傷」概念の拡大(間接的物質的損傷) (4)「有形的作用」という前提条件とその意義 (5)物の本来的用法通りの消費と効用低下 3.学説における「損壊」概念をめぐる議論. …………………………………106. 【1】判例を支持する効用低下説( Die Theorie der Brauchbarkeitsminderung) (1)基本的な理解 (2)「本来的」効用の判断基準をめぐる議論 (3)物の修理・修繕をめぐる議論 (4)物の本来的な消費に関する議論 (5)間接的物質的損傷に関する議論 (6)拡大損害に関する議論 【2】判例の立場よりも「損壊」概念を拡張する見解 (1)状態変更説(Die Zustandsveränderungstheorie) (2)所有者の主観を広く考慮する拡張型効用低下説 【3】物質説(Die Substanztheorie) 4.我が国の「毀棄」「損壊」概念への示唆. …………………………………121. 【1】我が国の判例・学説の比較 【2】日本法の議論への示唆. 第五章. 効用侵害の客観化と結果態様の限定. 1.効用侵害の客観化. ……………………………………………………………126. 【1】効用の客観化 (1)客観的要保護性が認められる効用の範囲 (2)具体的事例の検討.

(5) 【2】「侵害」性の客観化 (1)客観化の方法 (2)侵害の量的限定 (3)侵害の質的限定 2.行為・結果態様の限定の要否. ………………………………………………144. 【1】他の損壊罪・毀棄罪との比較 【2】私見 3.小括. 第六章. ……………………………………………………………………………148. 客体の画定をめぐる問題. 1.はじめに. ………………………………………………………………………150. 2.「建造物」の一部性判断. ……………………………………………………151. 【1】260 条の「建造物」の一部性が争われた我が国の判例 (1)建物本体との接合の程度(構造上の一体性)をメルクマールとして判断する判 例 (2)建物本体との機能的な一体性を基準とする判例 (3)構造的一体性と(損壊部分の)機能的側面の両面を考慮する判例 【2】建造物損壊罪と器物損壊罪の区別に関する学説の議論 (1)客体で区別する見解 (2)「損壊」の程度で区別する見解 (3)建造物損壊罪の本質を人身危険からの保護と解する見解 【3】ドイツ刑法における建築物破壊罪( 305 条)における「部分的な破壊」 【4】検討 (1)接合の程度(物理的一体性の内実) (2)機能的一体性の要否と内実 (3)放火罪における「建造物」の一体性判断との関係 3.毀棄罪における客体の一個性判断. …………………………………………167. 【1】器物損壊罪・文書毀棄罪における客体の一個性判断 【2】認識上の一体性 【3】機能的一体性の要否と内実 4.データ記録の毀損・消去と 毀棄罪 【1】問題の所在 【2】ドイツ刑法における議論. …………………………………………171.

(6) 【3】「イカタコウイルス事件」判例をめぐる議論 【4】検討 (1)情報記録媒体と情報の一体性判断 (2)具体的事例の検討 5.小括. 結語. ……………………………………………………………………………182. ………………………………………………………………………………183.

(7) 序章. 刑法典の第 40 章以下において規定される「毀棄及び隠匿の罪」のうち、文書毀棄罪( 258 条・259 条)・建造物損壊罪(260 条)・器物損壊罪(261 条)の各規定(以下、まとめて 「毀棄罪」とする)における「毀棄」 「損壊」 「傷害」の解釈をめぐっては、 「物の効用を害 する一切の行為」が「損壊」等であると定義する効用侵害説が通説とされ、判例もこの説 に立つものと理解されてきた。同説の定義によれば、 (領得意思なく)物の利用・利用可能 性を侵害するあらゆる行為が「損壊」等にあたりうることになり、所有者の意思に反する 美観・外観の侵害に広く「損壊」等を認めることになるほか、隠匿を含む占有を喪失させ る行為にも「損壊」等を認めることになる。一方、判例・通説の解釈に対しては、「損 壊」 等の文言からかい離した解釈であり、所有者の利用可能性を侵害する全ての行為を「損壊」 等に含めるべきではない、との批判がなされ、法益侵害結果としての効用侵害に加えて、 行為態様に「有形力の行使」ないし「有形的作用」という限定を付す有形侵害説や、結果 態様に「物質的(物理的)毀損」という限定を付す物質的毀損説(物理的毀損説)などが 主張された。 毀棄罪の保護法益は所有権 その他の権利(以下、 「所有権等」とする)に基づく物の使用・ 処分・収益の各権能であるが、 「損壊」等の条文上の文言ゆえに、毀棄罪の成立を認めるに はこのような所有権等の各権能に対する侵害が生じたことだけでは足りず、これに加えて 行為態様ないし結果態様に何らかの限定を付すべきであり、単なる隠匿や剥奪を物の「毀 棄」 「損壊」等に含めることは、罪刑法定主義に反する疑いがある。この限りでは、いわば 法益外在的な視点から行為態様や結果態様に限定を付そうとする反対説の方向性は妥当と 考える。しかし、反対説の提言する「有形力の行使」「有形的作用」「物質的毀損」という 基準はなお不明確なものであり、またこれらの限定を付す理論的根拠も十分に説明されて こなかったように思われる。したがっ て、このような基準の内実や、このような基準を用 いることの妥当性はなお検討を要するだろう。 他方、法益侵害結果である効用侵害の内実についても、ただ所有者の主観的な効用が阻 害されただけでは毀棄罪としての可罰性を認めるべきではない。近時の判例や学説は、た とえば詐欺罪や窃盗罪、住居侵入罪などについて「法益主体の意思に反しているか」を重 視し、法益主体の意思に反すること自体を法益侵害であると評価する傾向がみられ、法益 侵害の内実の形骸化が懸念されるが、毀棄罪における法益侵害性を所有者の主観的な効用 が害されたかどうかだけを基準に判断することもまた、実在的な財物を保護する財産犯と しての毀棄罪の性質を形骸化し、毀棄罪を「法益主体の意思を保護する罪」へと変容させ 1.

(8) かねない。毀棄罪が「財物」侵害罪である以上、所有権 等の侵害という法益侵害性は、た だ所有者の利用が阻害されるだけではなく「財物」が損なわれたと評価しうる状態が作出 されることで認められるべきであり、法益侵害結果としての効用侵害性にも何らかの限定 を付す必要があるように思われる。この点、毀棄罪の「毀棄」 「損壊」概念に関する先行研 究の多くは罪刑法定主義の要請に基づく行為・結果態様の 限定の要否に重点が置かれ、効 用侵害性の内実や限定の要否については十分な議論がなされてきていないように思われる。 本稿では、まず第一章で旧刑法以降の毀棄罪の諸規定の立法経緯を検討し、立法者がど のような行為を想定して「毀棄」「損壊」「傷害」という文言を用いたかを考察する。 また、第二章では、我が国の判例における毀棄罪の適用のあり方を検証した上で、判例 が「毀棄」「損壊」概念をいかに限定してきたかを考察する。 そして、第三章では、我が国の学説において、効用侵害性の限定の要否やその内実につ いてどのような議論がなされ てきたか、また反対説が行為態様や結果態様にどのような限 定を付そうと試みてきたかを整理し、その意義と残された課題について考察する。 さらに、第四章では、我が国以上に効用侵害性の内実に関する議論がなされているドイ ツに目を向け、ドイツの判例および学説における器物損壊罪(ドイツ刑法 303 条 1 項)の 成立範囲をめぐる議論を整理・考察し、日本法の議論へどのような示唆を与えるかを検討 する。 これらの検討・考察を踏まえ、第五章では、「毀棄」「損壊」概念について、法益外在的 な視点から行為態様ないし結果態様への限定の要否とその内 実、また主に法益内在的な視 点から効用侵害性にどのような限定を付すべきかについて、自説を展開する。 また、ある物の一部分を毀損したり、データ記録媒体に記録されたデータを使用不能に した場合のように、そもそも「毀棄」 「損壊」の有無を判断するにあたり、客体の範囲およ び客体性が問題となる場合がある。第六章では、このような客体の画定 をめぐる問題につ いて、我が国の判例・学説、ドイツ法における議論を整理・考察した上で、客体の画定基 準を示したい。. 2.

(9) 第一章. 毀棄罪の法制史的考察. 旧刑法と現行刑法では毀棄罪の規定の仕方は大きく変化しており、立法ならびに改正に 至るまでの審議過程を検証し、立法趣旨を読み取ることで、旧刑法、現行刑法における毀 棄罪の「毀棄」概念の内実を解明する上での手掛かり になるものと思われる。そこで、本 章では、資料の提供・分析を目的として、旧刑法の毀棄罪に関する 各規定の立法経緯と、 旧刑法から現行刑法に改正する際の毀棄罪 の各規定の改正経緯を紹介し分析 したい 1 。. 1.旧刑法における毀棄罪の立法経緯 【1】旧刑法の立法過程 1880(明 13)年 7 月に公布され、1882(明 15)年 1 月に施行された旧刑法は、司法省 の編纂、審査局の審査修正、元老院の審議という 3 段階を経て制定された 2 。 1875(明 8)年 9 月より、司法省に設置された刑法草案取調掛において、 7 か月かけて 「日本帝国刑法草案」が作成された 3 。フランスから招かれた法学者・ボアソナードによる 刑法講義、憲法講義を受けながら、あくまでも日本人編纂委員のみで作成した 4 のである。 しかし、この草案は翌年 4 月に正院に上申され、同年 5 月に元老院の議定に付されるも、 不完全であるとの理由から審議を経ずして返還された 5 。 このような中、司法省は編纂方法の見直しを図り、ボアソナードを主導的地位に置き、 ボアソナードが作った原案を元に、ボアソナードと日本人編纂委員の質疑・討論を繰り返 しながら「日本刑法草案」を編纂していく方法へと変更した 6 。具体的には、総括的議論が 行われた後に、ボアソナードが仏文による原案を作成し、これを和訳したものを元に日本. 1. 2. 3 4 5 6. 毀棄罪の法制史に関する先行研究として、安里全勝「毀棄・隠匿罪における毀棄・隠匿 について(1)~(4)」山梨学院大学法学論集 12 号(1987)22 頁以下、14 号(1988) 120 頁以下、15 号(1989)40 頁以下、17 号(1990)30 頁以下。また、福永俊輔「刑 罰法規の解釈に関する一考察」九大法学 97 号(2008)190 頁以下。 西原春夫ほか編『日本立法資料全集 30 ・旧刑法[明治 13 年](2)‐Ⅰ』(信山社、1995)3 頁。 西原ほか編・前掲注(2)5 頁。 西原ほか編・前掲注(2)3 頁。 西原ほか編・前掲注(2)5 頁。 西原ほか編・前掲注(2)5 頁。 3.

(10) 人編纂委員代表の鶴田皓との間で質疑・議論がなされ、この審議を踏まえてボアソナード が仏文修正案を作成し、これを和訳したものを元にまたボアソナードと鶴田の間で議論が なされる、といった過程を繰り返しながら編纂して いくことになる 7 。このようにして、草 案の第一稿、第二稿 8 を経て、1877(明 10)年 11 月に「日本刑法草案」の確定稿が出来上 がり、編纂委員の鶴田皓から司法卿大木喬任に対して上程された 9 。 同月 28 日に、司法卿は太政官に「日本刑法草案」を上程し、太政官中に設置された刑 法草案審査局で審議修正されることになる。審査は 1879(明 12)年 6 月に終わり、翌年 3 月「刑法審査修正案」は元老院に送られ、元老院での審議後、 「元老院修正案」が内閣で 承認され、公布・施行へと至ったのである 10 。. 【2】「日本刑法草案」における毀 棄罪の規定 後述するように、旧刑法では官文書等の偽造の罪の条文下に、官文書等の毀棄罪をも規 定しているが、「日本刑法草案」の段階では文書毀棄罪の規定は存在しなかった 11 。 本草案の第三編「人ノ身体財産ニ対スル重罪軽罪」の第二章「財産ニ対スル罪」の第十 節「家屋物品及ヒ動植物ヲ毀壊残害スル罪」において、それぞれ以下のように規定してい る。すなわち、第 464 条では第 1 項で現住か非現住かは問わず「故意ヲ以テ他人ノ家屋ヲ 毀壊シタル者」を罰し、第 2 項では他人の家屋を「毀壊」し、因って死傷結果を生じさせ た者をさらに重く罰すると する。第 465 条では、「故意ヲ以テ他人ノ家屋ニ属スル牆壁及 ヒ園池ノ装飾又ハ田畝ノ樊圍ヲ毀壊シタル者」を罰し、第 466 条では、「故意ヲ以テ他人 ノ稼穡其他需用ノ植物ヲ毀損又ハ荒殘シタル者」は、収穫したか否かを問わず罰するとす る。第 467 条では第 1 項で「故意ヲ以テ土地ノ經界ヲ表シタル物件ヲ毀壊又ハ移轉シタル 者」を罰し、第 2 項で「自己ノ利ヲ圖ル為メニ隣地ノ経界ヲ毀壊移轉シタル者」を罰する とする。第 468 条では「故意ヲ以テ他人ノ農具又ハ牧場ノ柵欄若シクハ田野ノ守舎ヲ毀壊 シタル者」を罰する。また、第 469 条では、第 1 項で「故意ヲ以テ他人ニ属スル権利義務 ノ證書義務釋法ノ證書及ヒ收納ノ證書ヲ毀棄滅尽シテ其効ヲ失ハシメタル者」を罰し、第 2 項で「其證書ノ副本及ヒ記録計算書若シクハ書牘其他必用ノ文書ヲ毀棄滅尽シテ其効ヲ 西原ほか編・前掲注(2)6 頁、西原春夫ほか編『日本立法資料全集 33・旧刑法[明治 13 年](3)‐Ⅰ』(信山社、 1996)12 頁。 8 第一稿にいたる途中の草案は「第一案」 「第二案」……「第 n 案」「確定案」と呼ばれ、 第二稿にいたる途中の草案は「校正第一案」 「校正第二案」……「校正第 n 案」 「確定案」 と呼ばれた(西原ほか編・前掲注( 2)18 頁参照)。 9 西原ほか編・前掲注(7)6 頁以下。 10 中村義孝訳「日本帝国刑法典草案(1) 」立命館法学 329 号(2010)261 頁。 11 安里・前掲注(1) 「毀棄・隠匿罪における毀棄・隠匿について(1)」 32 頁 4 7.

(11) 失ハシメタル者」を罰する。そして、 470 条では他人の「食用品商品其他ノ動産」を「毀 棄損壊」して効用を失わせたものを罰し、 471 条では自己又は他人の危害を防ぐ場合を除 いて、他人の牛馬を「殺害」した者を、 472 条では牛馬以外の家畜を「殺害」した者をそ れぞれ罰している。なお、 472 条は親告罪とされている 12 。 本草案は客体によって条文が極めて細かく分けられており、それぞれに応じた法定刑が 定められている点が特徴的である。行為態様についても、建造物等に対しては「毀壊」、 「他 人ノ稼穡其他需要ノ植物」に対しては「毀損又ハ荒殘」、土地の境界に対しては「毀壊移轉」、 権利義務に関する証書に対しては「毀棄滅盡シテ其効ヲ失ハシメタル」、いわゆる器物に対 しては「毀棄損壊シテ其用ニ適セサラシメタル」、家畜に対しては「殺害」と、実に様々な 文言が用いられている。なお、客体の性質による条文の細分は、この後、刑法審査修正案、 旧刑法へ至るにつれて簡略化されて いき、さらに現行刑法への改正の際には、大幅に簡略 化されていくことになる。 さて、行為に関する文言の使い分けについて、本草案が作成されていく際に、ボアソナ ードと日本人編纂委員代表の鶴田皓との間でいくつかの興味深い議論がなされているので、 以下紹介する。 まず、第一案における節の表題の「破壊破毀損害ノ罪」の、 「破壊」と「破毀」という文 言がどういう意味で使い分けられているのか、という質問が鶴田からなされている。これ に対してボアソナードは、 「破壊」とは「其破壊シタル物件ノ幾部分ヲ存在スル」場合であ るとし、 「破毀」とは「其破壊シタル物件ノ全部分ヲ滅盡シタル」場合か、もしくは「其幾 部分ヲ存在スルトモ巳ニ其物件タル用ヲ全ク為サゞル様ニ破壊シタル」場合であると回答 した 13 。ボアソナードは少なくとも、毀棄罪の処罰対象となる行為には、 「破毀」という文 言から、a)客体を破壊して形式的・物理的に全く存在をなくならしめた場合と、b)形 式的 ・ 物理的に存在の一部をなくならしめただけではあるが効用を喪失させたといえる場合、そ して「破壊」という文言から c)形式的・物理的に存在の一部をなくならしめただけで、か つ効用を「喪失」した とまでもいえない 場合 14 があると考えていたと みることができる。 このようにみるとしたら、ボアソナードは少なくとも「破毀」 「破壊」という文言に客体の 存在の全部又は一部を物理的になくならしめることを要求していたと解釈する余地もある。 なお、本草案確定稿の表題と、464 条・465 条・467 条・468 条で用いられている「毀壊」 という文言は「破毀」と「破壊」と合わせた文言と思われるが、物理的破壊を要求する意 12 13 14. 西原ほか編・前掲注(7)313 頁以下。 西原ほか編・前掲注(7)318 頁以下。 もっともこれを、「効用を喪失はしていないが侵害した場合」に限定する意図であると みる余地もあろう。いずれにしても、客体が一部残っているが、効用を喪失まではして いない場合を念頭に置いているとみることができよう。 5.

(12) 図でこの文言が用いられているではないかとの指摘もなされている 15 。 次に、第一案における第 1 条の証書類を「破毀シタル者」を処罰する旨の 規定につき、 ボアソナードは、ここでいう証書類の「破毀」とは「證書ヲ滅盡シ又ハ假令之レヲ滅盡セ ス其幾部分カヲ存在スルトモ已ニ其證書タル用ヲ為サゞル様ニ破リタル」ことをいうと説 明している 16 。これによって第二案の第 7 条において「…又ハ其効ヲ失ハシメタル」の文 言が付け加えられた 17 が、注目すべ きは、第二 稿についての議論にお いて、鶴田が「棄毀 滅盡シ又ハ其効ヲ失ハシメタル者ト記スルト時ハ或ハ少シ毀損シタル者ニテモ此條ノ罪ト 為スヘキ様ニ見誤ルノ恐アリ」と指摘した 18 ことを受け、本草案確定稿第 469 条では「棄 毀滅盡シテ其効ヲ失ハシメタル」と改められた点である。 「毀棄滅盡する又は効用を失わせ た」ではなく、 「毀棄滅盡して、よって効用を失わせた」としていることから、 「毀棄滅盡」 すなわち物理的破壊を必要条件としているとみることができよう。 さらに、第一案の第二条において他人に属する「此一章ニ明記セサル食用物品商品又ハ 動産」 (現行法の器物)を故意に「破壊」した者を処罰する旨の規定がなされている点につ き、鶴田が「只破壊スル而已ナラス滅盡シ又ハ其効用ヲ為サゞル様ニ致シタル事ニモ係ラ シメサルヲ得サルヘシ」と指摘した 19 ことを受け、第二案以降では新 たに「其効用ヲ為サゞ サルニ至ラシメタル者」という文言が付け加えられている。この鶴田の指摘が、 「破壊」す なわち物理的破壊を伴わない効用喪失も処罰対象に入れるとの意図によるものか、それと も、物理的破壊がなされたことによって効用が喪失されていなければならないとの意図に よるものかは明らかではない 20 。しかし、本草案確定稿の第 470 条において「毀棄損壊シ テ其用ニ適サセラシメタル」と規定されていることから、物理的破壊がなされたことによ って効用が害されたことを本罪成立の要件としていると理解するのが素直なように思われ る。. 【3】「刑法審査修正案」における毀棄罪の規定 刑法審査局における刑法審査修正案において、初めて官文書等の毀棄を処罰する規定が 設けられた。すなわち、修正案第二編「公益ニ関スル重罪軽罪」の第四章「一般ノ信用ヲ 15. 16 17 18 19 20. 福永・前掲注(1)198 頁。なお、「毀壊」という文言の解釈につき、「効用が害された かどうか否かは関係なく、必要なのは、物理的な損壊である」としている。 西原ほか編・前掲注(7)319 頁。 西原ほか編・前掲注(7)325 頁。 西原ほか編・前掲注(7)335 頁。 西原ほか編・前掲注(7)320 頁。 なお、福永・前掲注(1)198 頁は、これを物理的破壊又は効用侵害を本罪成立の要件 とする意図だと指摘する。 6.

(13) 害スル罪」の第三節「官ノ文書ヲ偽造スル罪」において、第 202 条で証書、第 203 条で官 文書、第 205 条で「官吏ノ管掌ニ係ル文書」の偽造又は増減変換を罰するとしており、そ れぞれの 2 項において各文書を毀棄した者も同様に処罰する旨の規定がなされて おり 21 、 財産犯としてではなく公益に対する罪の 1 つとして設けられている 。それぞれ 2 項で毀棄 罪の規定が置かれた理由については、立法資料からは明らかではないが、これらの文書を 毀棄することによって偽造・変造する場合と同一の害を生ぜしめるので、同様に処罰する 旨の規定が設けられた ものであるとされている 22 。 また、第三編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」の第二章「財産ニ対スル罪」の第十節「家 屋物品ヲ毀壊シ及ヒ動植物ヲ害スル罪」において、それぞれ以下のように規定されている 。 すなわち、第 417 条において「故意ヲ以テ人ノ家屋其他ノ建造物ヲ毀壊シタル者」と「因 テ人ヲ死傷ニ致シタル者」を、第 418 条において「故意ヲ以テ人ノ家屋ニ属スル牆壁及ヒ 園池ノ装飾又ハ田畝ノ樊圍牧場ノ柵欄ヲ毀壊シタル者」を、第 419 条において「故意ヲ以 テ他人ノ稼穡其他需用ノ植物ヲ毀損シタル者」を、第 420 条において「故意ヲ以テ土地ノ 経界ヲ表シタル物件ヲ毀壊シ又ハ移転シタル者」を、それぞれ処罰すると規定している。 また、第 421 条において「故意ヲ以テ人ノ器物ヲ毀棄シタル者」を、「故意ヲ以テ人ノ牛 馬ヲ殺シタル者」を、第 422 条において牛馬以外の家畜を殺した者を、それぞれ処罰する としている。なお、ここでも第 422 条は親告罪となっている 23 。 先述の「日本刑法草案」に比べて、全体的に条文が簡潔化されており、客体による法定 刑の区別も「日本刑法草案」より少なくなっている。また、「日本刑法草案」では「他人」 という文言が用いられていたのが、本修正案では「人」という文言に変更されている。. 【4】旧刑法における規定と解釈 1980(明 13)年 3 月、「刑法審査修正案」は元老院に送られ、元老院での審議後、「元 老院修正案」が内閣で承認され、公布・施行へと至った。基本的には、先に紹介した「刑 法審査修正案」から大きく変化することなく規定されている。 まず第二編「公益ニ関スル重罪軽罪」の第四章「信用ヲ害スル罪」の第三節「官ノ文書 ヲ偽造スル罪」では、以下のように規定されている 24 。 21 22. 23 24. 『司法資料別冊 17 号 日本近代刑事法令集 (下)』(司法省秘書課、1945)46 頁以下。 磯部四郎『日本立法資料全集別巻 140・改正増補刑法講義明治 13 年下巻第一分冊』 (信 山社、1999)482 頁、503 頁など。 前掲注(21)89 頁以下。 高橋治俊=小谷二郎共編・松尾浩也増補解題『日本立法資料全集別巻 2・増補刑法沿革 綜覧』(信山 社、1990 年)30 頁。 7.

(14) 【第 202 条】第 1 項「詔書ヲ偽造シ又ハ増減変換シタル者ハ無期徒刑ニ処ス」 第 2 項「其詔書ヲ毀棄シタル者亦同シ」 【第 203 条】第 1 項「官ノ文書ヲ偽造シ又ハ増減変換シタル者ハ軽懲役ニ処ス」 第 2 項「其官ノ文書ヲ毀棄シタル者亦同シ」 【第 205 条】第 1 項「官吏其管掌ニ係ル文書ヲ偽造シ又ハ増減変換シテ行使シタル者 ハ前二条ノ例ニ照シテ各一等ヲ加フ」 第 2 項「其文書ヲ毀棄シタル者亦同シ」. そして、第三編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」の第二章「財産ニ対スル罪」の第 10 節 「家屋物品ヲ毀損シ及ヒ動植物ヲ害スル罪」においては、以下のように規定されている 25 。. 【第 417 条】第 1 項「人ノ家屋其他ノ建造物ヲ毀壊シタル者ハ一月以上五年以下ノ重 禁錮ニ処シ二円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス」 第 2 項「因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ殴打創傷ノ各本条ニ照シ重キニ従 テ処断ス」 【第 418 条】「人ノ家屋ニ属スル牆壁及ヒ園池ノ装飾又ハ田圃樊囲牧場ノ柵欄ヲ毀壊 シタル者ハ十一日以上三月以下ノ重禁錮ニ処シ又ハ二円以上二十円以 下ノ罰金ニ処ス」 【第 419 条】「人ノ稼穡竹木其他需用ノ植物ヲ毀損シタル者ハ十一日以上六月以下ノ 重禁錮ニ処シ又ハ三円以上三十円以下ノ罰金ニ処ス」 【第 420 条】「土地ノ経界ヲ表シタル物件ヲ毀壊シ又ハ移転シタル者ハ一月以上六月 以下ノ重禁錮ニ処シ二円以上二十円以下ノ罰金ヲ附加ス」 【第 421 条】「人ノ器物ヲ毀棄シタル者ハ十一日以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ又ハ三 円以上三十円以下ノ罰金ニ処ス」 【第 422 条】「人ノ牛馬ヲ殺シタル者ハ一月以上六月以下ノ重禁錮ニ処シ二円以上二 十円以下ノ罰金ヲ附加ス」 【第 423 条】「前条ニ記載シタル以外ノ家畜ヲ殺シタル者ハ二円以上二十円以下ノ罰 金ニ処ス但被害者ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス」 【第 424 条】「人ノ権利義務ニ関スル証書頬ヲ毀棄滅尽シタル者ハ二月以上四年以下 ノ重禁錮ニ処シ三円以上三十円以下ノ罰金ヲ附加ス」. 25. 高橋=小谷共編・前掲注( 24)57 頁。 8.

(15) さて、各条文の文言解釈について、以下若干触れる。 まず、203 条 2 項の「毀棄」とは、 「文書ノ証明力ノ全部若クハ幾分ヲ失ハシメタルノ所 為」であるとして 、その方法としては、文書を破いたり、火の中に投じたり、文書の一面 を塗抹して読めないようにするのも、全て「毀棄」にあたるとする。 次に、417 条の「毀壊」の解釈について、同条の「毀壊」とは、 「種々ノ手段ヲ以テ破毀 若シクハ崩壊スル」ことをいうとし、その結果の大小は問わないものの、 「幾分カ現在ノ形 状ヲ毀損シタルコトヲ要ス」と指摘されている 26 。これは、 「毀壊」にいわゆる物理的な破 壊を要求する解釈とみることもでき、注目すべき解釈であるといえよう。 418 条は、もっぱら他人の不動産に対して毀壊を加えようとした結果、 損害が軽微で不 動産の添付物を毀壊したに過ぎない場合に適用される規定であるとし、窃盗や殺人のため に本罪を犯したときには、当該毀壊行為はこれら他罪の中に吸収され、独立して 418 条が 別個成立することはないとされる 27 。 422 条と 423 条で、同じ家畜でありながら牛馬と家畜で法定刑が分けられた理由として は、牛馬が社会的にも最も重要で不可欠なものであったからであるとされている。 424 条の「毀棄滅盡」は、 「有形上現在セル證書ヲ使用スルコト能ハサルニ至ラシメタル ヲ云フ」と指摘される。そして、「毀棄滅盡」でまとめて理解す るのではなく、「毀棄」と 「滅盡」は分けて理解されるべきであるとされる。すなわち、 「毀棄」とは例えば貸金証書 の捺印部分を切り抜いたり、金額記載部分を塗抹したりしてその効力を失わせる行為をさ し、 「滅盡」とは証書を火の中に投じて燃やして全くなくならしめる行為をさすと解釈すべ きだと指摘されている。その理由としては、前者のように証書の存在を全くなくならしめ てはないが証書の効力を失わせる行為を不可罰とすると、官文書毀棄罪との権衡を失する からであるとされている 28 。. 【5】小括 以上、旧刑法における毀棄罪の諸規定の立法過程を検討し、加えて各条文の文言の解釈 に若干触れた。 「日本刑法草案」と比べれば条文が簡潔化されたとはいえ、現行刑法に比べると客体に. 26. 27 28. 磯部四郎『日本立法資料全集別巻 141・改正増補刑法講義明治 13 年下巻第二分冊』 (信 山社、1999)1183 頁。 磯部・前掲注(26)1187 頁。 磯部・前掲注(26)1195 頁。 9.

(16) よって細かく分けられているのが、旧刑法における毀棄罪の規定の最大の特徴といえよう。 また、これに応じて行為についての文言も「毀壊」 「毀損」 「荒残」 「滅盡」など非常に細 かく使い分けられている。これらが行為態様や結果態様 の相違によって使い分けられてい る論拠は明らかではないが、少なくとも旧刑法の原型である「日本刑法草案」の編纂過程 における鶴田とボアソナードの議論を踏まえれば、いずれの客体に対しても物理的な破壊 を要求しているとみることができる。また、第 10 節の表題である「家屋物品及ヒ動植物 ヲ毀 壊残 害ス ル 罪」 の 「毀 壊」 とい う 文言 に つい ては 、既 に ( 2) にお いて 紹介 し たよう に、この発言から少なくともボアソナードが「破毀」にも「破壊」にも客体の全部又は一 部の物理的変更が伴うことを念頭に置いていたとみるのならば、旧刑法第 10 節の「毀壊」 という文言も当然物理的変更を伴うものとして用いられているとみるべきだということに なる。すなわち、第 10 節は「毀壊残害」すなわち、「物理的に破壊して効用を侵害する」 行為についての処罰規定とみるべきであろう。 なお、旧刑法から現行刑法へと改正されていくにつれ、これらの細かい法定刑の分類や、 条文の文言の使われ方は、さらに簡潔化・一本化され ると共に、規定のされ方自体も大き く変化していくのである。. 2.現行刑法における毀棄罪の立法経緯 【1】明治 23 年改正刑法草案における毀棄罪の規定 1980(明 13)年 7 月 17 日、刑法(旧刑法)が公布されたが、施行前後には早くも刑法 改正に向けた動きが政 府部内に おいてみられ た 29 。そして、何度か改 正案が作られて審議 され、現行刑法の立法へと至ったわけであるが、毀棄罪の諸規定も、改正案ごとに徐々に 変化している。1990(明 23)年には改正刑法草案が作成されたが、ここでも旧刑法の規 定に比べるといくつかの大きな変化がみられる。 まず、本改正案の第二編「公益ニ関スル重罪及ヒ軽罪」の第八章「信用ヲ害スル罪」の 第三節に「文書ヲ偽造スル罪」が規定されているが、ここで 2 つの大きな変化がみられる。 第一に、旧刑法では官文書偽造罪と私文書偽造罪は別々に規定されていたのだが、本改 正案では両者をまとめて、 「文書ヲ偽造スル罪」として規定された 30 点である。本改正草案 29 30. 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 20・刑法[明治 40 年](1)‐Ⅰ』 (信山社、1999)4 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 20・刑法[明治 40 年](1)‐Ⅲ』 (信山社、2009)181 頁以下。 10.

(17) の理由書において、官文書と私文書を区別せずに規定した理由として、 「凡ソ偽造ノ罪ハ文 書ノ性質種類如何ニ因リ罪ノ軽重ヲ異ニス可キ」であるものの、 「官ノ文書タルト私ノ文書 タルトニ因テ罪ノ度ヲ 異ニス可キ理ナシ」で あることを挙げている 31 。そして、官文書私 文書問わず特に重く処罰すべき文書はその種類及びそれぞれに科される刑を別個条文にお いて明示して規定し、それ以外の文書については条文上の法定刑の範囲を広げ、裁判官の 量刑判断に委ねることにしたのである 32 。 第二に、本改正案の文書偽造罪の条文に、文書毀棄罪の規定がない点である。なぜ旧刑 法にはあった文書毀棄罪の規定が本改正案では削除されているのか 、その理由は本改正案 の説明書においても明らかにされていない 33 。 他方、本改正案の第三編「私益ニ関スル重罪及ヒ軽罪」の第六章「財産ニ対スル罪」34 の 第六節「動産、不動産ヲ毀壊スル罪」において、第 385 条では「自己ヲ利シ又ハ人ヲ害ス ルノ意ヲ以テ人所有ニ属スル動産、不動産ヲ毀壊シ残害シ消滅セシメ又ハ使用スルコト能 ハサルニ至ラシメタル者」を処罰すると規定しており、さらに同条但書において 「但被害 者ノ告訴アルニ非サレハ訴追スルコトヲ得ス」と規定している。また、第 386 条では「自 己ノ所有ニ属スト雖モ裁判所ヨリ差押ヘラレ又ハ抵当若クハ質ト為シ其他他人ノ為メニ物 権ヲ設定シ又ハ保険ニ付シタル動産、不動産ハ他人ノ所有ニ属スル動産、不動産ト同ク論 ス」と規定する。そして、第 387 条で「此節ニ記載シタル罪ヲ犯シ因テ人ヲ疾病死傷ニ致 シタルトキハ第二百四十二条ノ例ニ従フ」と規定する 35 。 ここでは大きく 4 つの変化がみられる。第一に、旧刑法では不動産の毀壊と動産の毀壊 は条文が分けられており、さらに動産も客体によっ て細かく法定刑を分けて規定していた が、本改正案では不動産も動産も、また動産の種類も問わず、全てまとめて1つの条文で 規定している点である。本改正案説明書によれば、不動産と動産で法定刑に区別を設けな かったのは、動産といえども高価なものもあり、一概に動産の毀壊が不動産の毀壊より損 害が小さいとはいえず、客体の性質により予め損害の大小を決めるべきではないからであ るとされる 36 。そこで、動産と不動産をまとめ て同一条文に規定し、 法定刑の幅を広くす. 31. 内田ほか編・前掲注(30)213 頁。 内田ほか編・前掲注(30)213 頁。 33 内田ほか編・前掲注(30)213 頁。 34 本改正案では旧刑法では財産に対する罪の章に規定されていた「放火失火ノ罪」や「決 水ノ罪」、「船舶ヲ覆没スル罪」が第二編「公益ニ関スル重罪及ヒ軽罪」へと移され るなどの体系的な変化もみられる。 35 内田ほか編・前掲注( 30) 『刑法[明治 40 年](1)‐Ⅲ』195 頁。なお、第 242 条は放火罪、 失火罪を犯して致死傷結果を生じさせた場合を規定している条文である。 36 内田ほか編・前掲注(30)222 頁。 11 32.

(18) ることで、裁判官の量刑判断に委ねて事案ごとに処理することにしたのである 37 。 第二に、行為態様に対する文言として「毀壊」に加え、「残害」「消滅」を付け加えた点 にある。その理由としては、本改正案説明書において、以下のように説明される。すなわ ち、旧刑法では「物品ノ毀壊及ヒ家畜ノ殺死ヲ罪トシテ」処罰するとしているが、人の財 産を害するのは常にこの 2 つの場合に限られるわけではなく、物品を消滅させたり、全く 利用できなくするようにする場合等もあるので、それを条文上明記したというのである 38 。 この説明書の記載から、以下の点が推察される。まず、立案者は、旧刑法の毀棄罪の諸規 定について、いずれも物理的損壊を 要求しているとみているということである。その上で、 改正刑法では毀棄罪の処罰の射程をおよそ客体の効用を喪失した場合にまで拡げる趣旨で 「残害」 「消滅」という文言を付け加えたという点である。なお、ここで注目すべきは「全 く利用できなくする」という点である。すなわち、効用を「喪失」する行為については処 罰の射程に含める意図であるのは明らかであるが、効用を「侵害」するあらゆる行為、換 .. .. 言すれば、利用可能性を喪失 しないまでも侵害 する行為をも処罰の射程に含めない意図で あると解すること もできよう 。 第三に、親告罪とした点である。本改正案説明書によれば、物品を毀壊する罪による害 の大小は予め分かるものではなく、物品によっては殆ど害を生じない場合もあるので、被 害者の判断に委ねることにしたということである 39 。 第四に、裁判所に差し押さえられたり、抵当権や質権、その他他人のために物権が設定 されたり、保険に付された自己所有物についても、他人の所有物とみなして、これを毀壊 した場合には処罰するとの規定を設けた点である。これは、差押えや抵当権設定を受けた 自己所有物は他人所有物と同視しうるからであるとされている 40 。 なお、本改正案は 1991(明 24)年 1 月に第 1 回帝国議会に提出されたものの、議決に は至らず会期が終了した 41 。. 【2】明治 34 年改正案における毀棄罪の規定 次に毀棄罪に関する諸規定に変化が見られたのは、第 15 回帝国議会に提出された明治 34 年刑法改正案 42 である。本改正案では、各則の規定につき、旧刑法が三編に分けて規定 37 38 39 40 41 42. 内田ほか編・前掲注(30)222 頁。 内田ほか編・前掲注(30)222 頁。 内田ほか編・前掲注(30)222 頁。 内田ほか編・前掲注(30)222 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 21・刑法[明治 40 年](2)』(信山社、1993)5 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 22・刑法 [明治 40 年](3)‐Ⅰ』 (信山社、1994)16 頁。 12.

(19) したのに対し、第二編 「罪」と規定すること で、体系の簡略化がな されている 43 。第二編 「罪」の第一四章「財産ニ対スル罪」の第四節「財物毀棄ノ罪」において第 296 条以下に 毀棄罪が規定されているが、本改正案では以下のような変化がみられる。 まず、ここに至って、旧刑法においては偽造の罪のところに規定されていた官文書等毀 棄罪が、 「公務所ノ用ニ供スル文書」の毀棄罪として、独立した条文で、しかも財産罪の章 に、権利・義務に関する文書の毀棄罪と並んで規定された点である。すなわち、第 296 条 において「公務所ノ用ニ供スル文書ヲ毀棄シタル者」を処罰する旨の規定が置かれ、第 297 条に「権利、義務ニ関スル人ノ文書ヲ毀棄シタル者」を処罰する旨の規定がそれぞれ置か れた 44 。第 297 条は親告罪と されている 45 。本改正案理由書に相当する「刑法改正案参 考 書」によれば、官文書に対する毀棄の罪が財産罪の章に規定された理由としては、「偽造」 と「毀棄」では性質が全く異なるものであるからであるとされる 46 。そして、297 条が親 告罪とされた理由については、その必要の程度は被害者の判断にゆだねるべきであり、被 害者が強く必要としない書類まで保護する必要はないからであるとされる 47 。 次に、新たに船舶毀壊罪の規定が追加された点 48 である。すなわち、第 298 条において 「人ノ建造物又ハ船舶ヲ毀壊シタル者」を処罰する規定が置かれ、同 2 項に致死傷結果を 発生させたものを処罰すると規定されている 49 。そして、第 299 条において建造物や船舶 以外の物を「毀損又ハ傷害シタル者」を処罰する旨の規定が置かれており、同条は親告罪 とされている 50 。親告罪とされた理由については、先述の「刑法改正案参考書」によれば、 297 条のそれと同趣旨であるとされる 51 。 そして、裁判所に差し押さえられたり、担保物権が設定されたり、保険に付された自己 所有物を他人所有物とみなす規定においては、新たに賃借権が付された場合も同様にみな す規定が第 300 条においてなされた 52 。 なお、この明治 34 年改正案は、貴族院本会議および貴族院刑法改正案特別審査会の審 議にかけられたものの、審議中に第 15 回帝国議会の会期終了により閉会となってしまい、. 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52. 内田ほか編・前掲注(42)19 頁。 内田ほか編・前掲注(42)59 頁。 内田ほか編・前掲注(42)59 頁。 内田ほか編・前掲注(42)158 頁。 内田ほか編・前掲注(42)158 頁。 内田ほか編・前掲注(42)20 頁。 内田ほか編・前掲注(42)59 頁。 内田ほか編・前掲注(42)59 頁。 内田ほか編・前掲注(42)158 頁。 内田ほか編・前掲注(42)同 59 頁。 13.

(20) 未議決に終わった 53 。. 【3】明治 35 年改正案における毀棄罪の規定 明治 34 年改正案に対する全国各地の裁判所、検事局、弁護士会から寄せられた意見書 を参考にしつつ、法典調査委員会が更に修正を加え、明治 35 年改正案が第 16 回帝国議会 に提出された 54 。本改正案では毀棄罪の規定に 若干の変化がみられる が、文言上の変化に とどまり、規定のされ方に大きな変化は見られない 。 明治 34 年改正案の第 297 条において、 「権利、義務ニ関スル人ノ文書」とされていたの が本改正案の第 296 条において「権利、義務ニ関スル他人ノ文書」とされており、同様に、 明治 34 年改正案の第 298 条において「人ノ建造物又ハ船舶」とされていたのが本改正案 の第 297 条において「他人ノ建造物又ハ艦船」とされており、いずれも「人ノ」の文言が 「他人ノ」に変更されている 55 。また、本改正案の第 298 条において文書や建造物等以外 の物を損壊した行為を処罰するとしているが、同内容の規定がなされている明治 34 年改 正案の第 299 条に比べると罰金刑が「百圓以下」から「二百圓以下」に上げられており、 また、新たに「科料」が付け加えられている 56 。そして、本改正案第 299 条では差押え等 を受けた自己所有物を他人所有物とみなすとの規定がなされているが、同内容の規定がな されている明治 34 年改正案の第 300 条で「毀損又ハ傷害シタルトキ」と規定されていた のに対し、本改正案第 299 条では「損壊又ハ傷害シタルトキ」とされており、「毀損」か ら「損壊」に文言が変 えられている 57 。いずれの変更についても、本 改正案の理由書にお いて理由については触れられていない 58 。 ところで、1902(明 35)年 2 月 18 日に行われた貴族院における本改正案についての審 議において、第 298 条と第 299 条に特に「傷害」の文言を加えた理由について、政府委員 の倉富勇三郎は、 「物」の中には動物も含むからであると述べている 59 。後述の通り、現行 法でも「損壊」と「傷害」の文言は使い分けられているが、この説明から、両文言は行為 や結果の態様ではなく、単に客体によって使い分けられているとみることができよう。 本改正案は、貴族院において修正された上で可決されたものの、衆議院で審議未了のま. 53 54 55 56 57 58 59. 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 24・刑法[明治 40 年](4)』(信山社、1995)5 頁。 内田ほか編・前掲注(53)3 頁。 内田ほか編・前掲注(53)57 頁。 内田ほか編・前掲注(53)57 頁。 内田ほか編・前掲注(53)57 頁。 内田ほか編・前掲 注(53)152 頁以下。 内田ほか編・前掲注(53)557 頁。 14.

(21) ま第 16 回帝国議会の 会期が尽きてしまった 60 。法典調査委員会第三部は、第 16 回帝国議 会の貴族院による修正可決案をもとに、本改正案にさらに修正を加えた「刑法改正案」を 作成し、政府がこれを第 17 回帝国議会に提出したが、本議会は貴族院本会議において改 正案の第一読会が開かれたその日に衆議院が解散になったため、またしても議会を通過す ることができなかった 61 。. 【4】明治 40 年改正案における毀棄罪の規定 取調委員会の起草委員会は、第 17 回帝国議会に提出された刑法改正案にさらに修正を 加え、 「明治 39 年改正案」を作成し 62 、これを審議した上で「明治 40 年改正案」を作成し 、 政府は 1907(明 40)年 2 月 2 日、本改正案を第 23 回帝国議会に提出した 63 。 本改正案における毀棄罪の諸規定の大きな変化として、ここにきて信書隠匿罪が規定さ れた点が挙げられる。これは、以下のような経緯で規定された。 すなわち、明治 39 年改正案の段階では、第十三章「秘密ヲ侵ス罪」において第 144 条 に「故ナク封緘シタル信書ヲ開披、隠匿又ハ毀棄シタル者」を処罰すると規定していた 64 が、 同条の「隠匿又ハ毀棄シタル」の部分を削除した。削除した理由として、 1906(明 39) 年 12 月 14 日の第 21 回総会において、信書の「毀棄」や「隠匿」行為の場合は、特に封 緘した信書に限定する必要はなく、毀棄罪の規定を修正すればそちらで処罰することがで きるからであると説明されている 65 。そして、明治 40 年改正案では、新たに第四十章「毀 棄及ヒ隠匿ノ罪」において第 264 条に「他人ノ信書ヲ隠匿シタル者」を処罰する規定が創 設された。同改正案の理由書では、第 264 条に信書隠匿罪の規定を設けた理由について「封 緘シタル信書ヲ開披スル罪ヲ第百三十四條ニ定メタルモ此條ノミニテハ信書ノ保護ヲ全フ スルコトヲ得ス」からであるとする 66 。なお、39 年改正案の第 144 条では「隠匿又ハ毀棄」 となっていたのが、本改正案の第 264 条では「隠匿」のみとなっているが、その理由は特 に説明されていない。しかし、敢えて「隠匿」のみを 264 条で規定したのだとすれば、立 案者が「毀棄」と「隠匿」を別概念であると解釈していたことが推測されよう 。なお、第 264 条も親告罪となっているが、その理由は、第 260 条の私文書毀棄罪と同様に、文書が. 60 61 62 63 64 65 66. 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 25・刑法[明治 40 年](5)』(信山社、1995)9 頁。 内田ほか編・前掲注(60)10 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全 集 26・ 刑法[明 治 40 年](6)』( 信山社 、 1995) 17 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 27・刑法[明治 40 年](7)』(信山社、1996)5 頁。 内田ほか編・前掲注(62)137 頁。 内田ほか編・前掲注(62)217 頁。 内田ほか編・前掲注(62)367 頁。 15.

(22) 必要か否かは被害者に委ねるべきであるからとする 67 。 そのほか、本改正案第 259 条の公用文書毀棄罪や第 260 条の私文書毀棄罪、第 262 条の 器物損壊罪で法定刑に若干の変更があった 68 。明治 35 年改正案の第 295 条は「公務所ノ用 ニ供スル文書ヲ毀棄シ タル者ハ七年以下ノ懲 役ニ處ス」と規定され ていた 69 が、本改正案 の第 259 条では法定刑が「三月以上七年以下」に改められた 70 。また、明治 35 年改正案の 第 296 条は「権利、義務ニ関スル他人ノ文書ヲ毀棄シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ處ス」と 規定されていた 71 が、本改正案の第 260 条では「五年以下」に改められた 72 。そして、 明 治 35 年改正案の第 298 条は「前三條ニ記載シタル以外ノ物ヲ損壊又ハ傷害シタル者ハ二 年以下ノ懲役又ハ二百圓以下ノ罰金若クハ科料ニ處ス 」としていた 73 が、本改正案の第 262 条では罰金刑が「五百圓以下」と改められた 74 。また、第 263 条では、明治 35 年改正案の 段階で は物 権を 「設 定 シ」と 規定 され てい た のが「 負担 シ」 に変 更 され、 また 、明 治 35 年改正案の「若シクハ保険ニ付シタルモノ」の文言が削除されている。 なお、この明治 40 年改正案について第 23 回帝国議会において興味深い議論がなされて いるので、以下紹介する。 1907(明 40)年 3 月 5 日の第 6 回衆議院刑法改正案特別調査委員会において、委員長 代理の花井卓臧から、本改正案第 260 条や第 261 条で「他人ノ」という文言が使われてい ることについて、なぜ敢えてこの文言を使う必要があるのかという趣旨の質問がなされて いる。これに対し、政府委員の倉富勇三郎は、 「自己ノ」に対して「他人ノ」との文言を用 いたと回答した上で、261 条で「他人ノ建造物」というときは、同居人が壊した場合も「他 人ノ建造物」に当たると述べている 75 。また、引き続いて花井委員長代理が、第 262 条の 器物損壊罪で「損壊又ハ傷害」という文言が使われているが、物に対して「傷害」という 文言を使うと「身体ノ傷害」の場合とあまり区別がつきにくいが、それでも「傷害」の文 言を使う必要があるのか、との趣旨の質問をしたところ、倉富政府委員は、 262 条の客体 の範囲は非常に広く、この中には家畜等の動物も含んでいることから、動物は生活をして. 67 68 69 70 71 72 73 74 75. 内田ほか編・前掲注(62)367 頁。 内田ほか編・前掲注(62)281 頁。 内田ほか編・前掲注(53)57 頁。 内田ほか編・前掲注(62)280 頁。 内田ほか編・前掲注(53)57 頁。 内田ほか編・前掲注(62)280 頁。 内田ほか編・前掲(53)57 頁。 内田ほか編・前掲注(62)281 頁。 内田文昭ほか編『日本立法資料全集 27・刑法[明治 40 年](7)』(信山社、1996)219 頁。 16.

(23) いるものである以上、 「 傷害」の文言を用いたと回答している 76 。さらに花井委員長代理が、 第 134 条の信書開披罪は第 264 条の信書隠匿罪に比べて法定刑が倍であるが、信書を隠匿 した方が罪が重い面もあるのではないかと指摘したところ、倉富政府委員は、場合によっ ては隠匿の方が害が大きいといえる場合もあるが、法定刑の違いは保護法益の相違による ものであるとの趣旨の回答をしている 77 。 こうして貴族院及び衆議院での審議・修正を経て、改正刑法は成立へと至り、1907(明 40)年 4 月 24 日法律第 45 号として公布され、翌 1908(明 41)年 10 月 1 日に施行され ることになった 78 。. 【5】明治 40 年改正刑法の条文 明治 40 年に公布、明治 41 年に施行された改正刑法における、第四十章「毀棄及ヒ隠匿 ノ罪」の規定は、以下のようになっている 79 。. 【第 258 条】. 公務所ノ用ニ供スル文書ヲ毀棄シタル者ハ三月以上七年以下ノ懲役ニ処. ス 【第 259 条】. 権利又ハ義務ニ関スル他人ノ文書ヲ毀棄シタル者ハ五年以下ノ懲役ニ処. ス 【第 260 条】. 他人ノ建造物又ハ艦船ヲ損壊シタル者ハ五年以下ノ懲役ニ処ス因テ人ヲ. 死傷ニ致シタル者ハ傷害ノ罪ニ比較シ重キニ従テ処断ス 【第 261 条】. 前三条ニ規定シタル以外ノ物ヲ損壊又ハ傷害シタル者ハ三年以下ノ懲役. 又ハ五百圓以下ノ罰金若クハ科料ニ処ス 【第 262 条】 自己ノ物ト雖モ差押ヲ受ケ、物権ヲ負担シ又ハ賃貸シタルモノヲ損壊又 ハ傷害シタルトキハ前三条ノ例ニ依ル 【第 263 条】 他人ノ信書ヲ隠匿シタル者ハ六月以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ五十圓以下 ノ罰金若クハ科料ニ処ス。 【第 264 条】. 76 77 78 79. 第二百五十九条、第二百六十一条及ヒ前条ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ス. 内田ほか編・前掲注(75)219 頁。 内田ほか編 ・前掲注(75)219 頁以下。 内田ほか編・前掲注(75)3 頁。 内田ほか編・前掲注(75)410 頁以下。 17.

(24) 【6】昭和 62 年改正における境界損壊 罪、電磁的記録毀棄罪の創設 現行刑法の施行後 、1960(昭 35)年改正によって新たに第 262 条の 2 に境界毀損罪の 規定が創設され、また、1987(昭 62)年改正によって第 258 条及び第 259 条の客体に電 磁的記録が新たに付け加えられた。以下、両改正の経緯及び内容について、簡潔に紹介す る。 昭和 35 年刑法改正において、現行法第 262 条の 2 の境界毀損罪は、第 235 条の 2 の不 動産侵奪罪とともに新 設された 80 。戦後の社会 的経済的混乱などが原 因で発生が拡大して いた不動産の不法占拠を取り締まるべく、本改正がなされた 81 。第 262 条の 2 では、 「境界 標ヲ損壊、移動若クハ除去シ又ハ其他ノ方法ヲ以テ土地ノ境界ヲ認識スルコト能ハザルニ 至ラシメタル者ハ五年 以下ノ懲役又ハ八千円 以下ノ罰金ニ処ス」と 規定された 82 。保護法 益は、所有権・地上権・借地権・小作権をはじめ土地に関する権利の範囲に重大な関係を もつ境界の明確性であるとされ、単なる私益の保護のみならず、公益の保護をも目的とし ているのが本罪の特徴 であるとされる 83 。境界の毀損行為は、広い意 味では土地に対する 一種の損壊行為であるが、土地の効用の毀損が本罪の成立要件ではない点が、通常の損壊 行為とは性質を異にしていると考えられている 84 。行為態様は、 「損壊」 「移動」 「除去」 「其 他ノ方法ヲ以テ土地ノ境界ヲ認識スルコト能ハザルニ至ラシメタル」の 4 類型が定められ ているが、前三者は例示的列挙 であるとされている 85 。 現行法第 258 条及び 259 条において、公用文書ないし私文書の毀棄罪と併せて規定され ている電磁的記録毀棄罪は、昭和 62 年刑法改正において創設された。コンピュータ利用 の普及の中で、コンピュータの不正利用により電磁的記録が消去された場合に文書毀棄罪 で処罰できるかが問題となり、電磁的記録は文書に含まれるといえるかについて、多くの 議論がなされてきた 86 。そのような中、電磁的記録は文書の中には含まれないとした上で、 当時の規定に修正を加えるという形で改正がなされた。第 258 条の「公務所ノ用ニ供スル」 電磁的記録とは、公務所で使用もしくは将来使用するために保管中の電磁的記録のことを いい、公務所において物理的に保管されているものに限定されず、公務所が通信回線を介. 80. 81 82 83 84 85. 86. 高橋勝好「不動産侵奪罪と境界毀損罪―刑法の一部を改正する法律」法曹時報 12 巻 6 号(1960)677 頁。 高橋・前掲注(80)680 頁、683 頁。 高橋・前掲注(80)678 頁。 高橋・前掲注(80)697 頁。 高橋・前掲注(80)697 頁。 高橋・前掲注(80)697 頁。なお 、本 罪成 立のた めには 、土 地の 境界を 不明に する か、 境界確定の方法を著しく困難にすることが必要であり、これに至らない損壊等の行為は 器物損壊罪の成立は別として、本罪は成立しないと考えられている(同 698 頁参照)。 中森喜彦「コンピュータと文書犯罪」刑法雑誌 28 巻 4 号(1988)491 頁。 18.

(25) して他の場所において支配・管理されているものも含まれるとされる 87 。第 259 条の「権 利、義務ニ関スル」電磁的記録とは、権利、義務の発生や変更、消滅の要件ないし原因を なす事実について証明力を有する電磁的記録をいい、事実証明に関する電磁的記録やプロ グラムを記録した電磁 的記録は本罪の客体か ら除かれるとされる 88 。また、同条の「他人 ノ」 と は 、電 磁 的記 録 の場 合 は その 性 質か ら 「所 有 し てい る 」と い う観 念 に はな じ まず 、 「他人が支配・管理している電磁的記録」であるとされている 89 。 なお、平成 7 年の刑法改正で条文の表記が片仮名から平仮名へと改められたが、「損壊」 「毀棄」等の文言に変更は加えられてない。. 【7】小括 以上、旧刑法から現行刑法への改正における毀棄罪諸規定の改正の経緯と、明治 40 年 の改正刑法施行後の境界毀損罪及び電磁的記録毀棄罪の創設の経緯と内容を紹介し、若干 の検討を加えた。旧刑法に比べると、客体による法定刑の区別も旧刑法ほど細かくはなく、 条文が簡素化されているが、これは、一律に客体の性質の差異のみによって違法性の程度 の差異を説明できず、はじめから法定刑を分けるより、法定刑の幅を拡げ、事案ごとに裁 判官の裁量に委ねるべきだという考えに基づくものであろう。 そして、明治 23 年改正刑法草案の第 385 条において、行為態様に対する文言として「毀 壊」に加え、「残害」「消滅」の文言を付け加えた点 は、「毀棄」概念を考察するにあたり、 注目すべき変化であろう。第 2 章で述べたように、旧刑法において「毀壊」の文言はいわ ゆる物理的破壊の意で用いられていたとみることができる。ところが明治 23 年改正草案 の説明書において、「残害」「消滅」の文言を付け加えた理由として、人の財産を害するの はこのような場合だけではなく 、物品を消滅させたり、全く利用できなくするようにする 場合等もある からであると説明している。その後の改正案で文言は変化していくことにな るが、少なくとも当時の立法者が毀棄罪の処罰範囲を物理的損壊がなされていなく ても、 客体の利用可能性を侵害したといえる場合にまで処罰範囲を拡大しようという意図があっ たとみることもできよう。しかし、ここで処罰対象に含めようとしている利用価値ないし 交換価値侵害行為は、少なくとも物品を「消滅」させたり、 「全く」利用できなくする行為 であるとしており、果たして現在の効用侵害説ほどまでに処罰範囲を拡大する意図であっ たかどうかは、疑問の余地が残る。少なくとも、一時的に利用できなくする行為までは処 87 88 89. 米沢慶治編『刑法等一部改正法の解説』(立花書房、 1988)140 頁[的場純男]。 米沢編・前掲注( 87)141 頁。 米沢編・前掲注( 87)141 頁。 19.

(26) 罰の対象に含まない意図とみるべきだろう。 そして、明治 40 年改正案の段階で 、信書隠匿罪が「秘密ヲ侵ス罪」 の章から財産罪の 章の毀棄罪の節に移されて規定されたことも注目に値する。明治 39 年改正案の段階では、 第十三章「秘密ヲ侵ス罪」において第 144 条に「信書ヲ開披、隠匿又ハ毀棄シタル者」を 処罰すると規定していたのにもかかわらず、40 年改正案で毀棄罪の節に規定された際には 「毀棄」の文言が削除され「隠匿」のみ規定されているが、敢えて「毀棄」の文言を削除 したのか、それとも「隠匿」の中に「毀棄」も包含する意図のもとでこのような規定がな されたのか、40 年改正案の理由書では明らかにされておらず、審議過程でも特に審議され たという記録はない。しかし、前述の通り、立法者は信書開披罪の規定から「隠匿」 「毀棄」 を削除した理由として、信書の「隠匿」 「毀棄」行為は信書が封緘されているか否かを問わ ず毀棄罪を改正してそちらで処罰すべきであることを挙げており、また、信書隠匿罪の創 設理由として信書開披罪だけでは信書の保護のために不十分であることを挙げている。つ まり、立法者としては、信書の毀棄行為は器物損壊罪で処罰することができるが、隠匿行 為は「損壊」には当たらないので、新たに信書隠匿罪を創設したのではなかろうか。そう だとすると、 「損壊」と「隠匿」は別の行為態様であることになり、効用侵害説 が主張する 「隠匿」は「損壊」の中の一行為態様であるとの 説明は、少なくとも立法者の 意思に反す る解釈であるということになろう 。本改正案において信書隠匿罪が規定された経緯と趣旨 は、「損壊」概念の内実を考察するにあたり、非常に重要な意味を持つものといえよう。. 20.

(27) 第二章. 判例における「毀棄」「損壊」概念の変遷. 判例は、「毀棄」「損壊」について「物の効用を害する一切の行為」であると定義する効 用侵害説に親和的であるといわれている。もっとも、判例における毀棄罪の処罰範囲が拡 大されている面は否めないものの、果たして判例が本当に物の効用を害するあらゆる行為 に対して無限定に毀棄罪の成立を認めてきたといえるか、疑問が残る。また、判例が各事 案において「毀棄」概念をどのように解釈し適用してきたかを検討することは、毀棄罪の 成立範囲の限定要素を模索していくに当たり、有益な手掛かりになると思われる。 本章では、毀棄罪の成否が問題とされ たこれまでの我が国の判例を検討し、判例が「毀 棄」「損壊」概念をどのように限定してきたかについて考察を加えたい。. 1.判例の変遷. 【1】初期の判例 初期の判例では、判旨において単純に「効用を侵害した」といえるかを検討しているに すぎないものが多い。一見すると効用侵害説に親和的なようにもみえるが、いずれの事案 も客体物の全部又は一部における「物理的な喪失」が認められるものであることから、毀 棄罪の成立には客体における何らかの物理的喪失が伴うことが当然とされており、その上 で客体物の効用を失わせたかを判断しているとみるべきだと思われる。. 【判例 1】大判明治 29 年 2 月 27 日刑録 2 輯 2 巻 96 号 本件は、他人の帳簿の内容を抹殺した行為につき、旧刑法第 421 条の器物毀棄罪の成否 が問われた事案である。原審は、帳簿内容の抹殺行為については無罪としたが、これを不 服として、 「 右帳簿ハ権利義務ニ関スル証書類ニ非サルコト勿論ナリト雖モ所有者ノ計算ニ 供スル為メ傭ヘタル一個ノ器物ナリ」とし、 「故ニ該帳簿記載ノ事項ヲ抹殺スルトキハ該器 物ノ効用ヲ失ハシムルモノナレハ假令其ノ本體ヲ破毀セスト雖トモ尚ホ器物毀壊罪ト為シ 刑法第四百二十一條ヲ適用シ処断セサルヲヘカラス」として上告された。これに対し、大 審院は、「正當ノ理由アリ」とした上で、「本件帳簿ハ証書タルノ効力ナキモノト雖トモ既 ニ他人ノ所有物タル帳簿ヲ抹消シ其効力ヲ失ハシメタル」以上、同罪が成立すると判示し 21.

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