沖縄県粟国島の祭祀儀礼に関する考察(上) : ヤガン折目を中心に
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(2) 9人 乗 り軽 飛 行 機 が 五 、 六 往 復(片 道20分)し. て い る が 、 天 候 条 件 に よ る 欠 航 も 多 く、 ア ク. セ ス に 恵 まれ て い る とは 言 え な い 。. 2.島. の 人 口 ・産 業 粟 国 島 は 一 島 一 村 で 、 西 ・東 ・浜 の 三 部 落 か らな る。 人口 は2003年5.月 末 の 統 計 に よ る と、. 433世 帯 、889人 。(う ち 小 学 生43人 、 中 学 生34人 、 幼 稚 園 児20人)か. つ て は4000人 以 上 の 人. が あ っ た が 、 今 で は 過 疎 の 島 で あ る。 島 に 高 校 以 上 の 高 等 教 育機 関 は な く、 子 ど もた ち口 は 中 学 卒 業 と同 時 に 沖縄 本 島 に 島 を 出 る の が 通 例 で あ る。 た だ 、 近 年 県外 か ら移 住 して きた 若 者 や 、 製 糖 ・製 塩 工 場 に一 定 期 間 従 事 す る た め 比 較 的 長 期 間 滞 在 す る若 者 もい る。 主 要 産 業 は サ トウキ ビ中 心 の 農 業 で あ る が 、 粟 国 島 を 全 国 的 に 有 名 に した の は 自然 製 法 に よ る塩(「 粟 国 の 塩 」)で あ る。 島 名 の 由 来 で あ る粟 や モ チ黍 の 栽 培 も再 び 増 え て い る。 ま た 、2000年 に 全 国 的 に 大 ヒ ッ トとな っ た 映 画 「ナ ビ ィ の 恋 」(中 江 裕 司 監 督)の. ロケ地. と して 知 名 度 は 上 が っ た が 、粟 国 村 は そ れ を 島 起 しに 利 用 し よ う とは 殆 ど考 え て い な い よ う に 見 受 け られ る。. 3.島. の祭祀 と年中行 事 現 在 島 の 祭 祀 に 携 わ るの は 、 ノ ロ と 呼 ば れ て い る 神 人7人(ノ. 名)と. 三 部 落 の 区長 、 ニ ー ブ(神. 役)、 手 伝 い 役 の 男 女 数 名(男. 酒 の 管 理 者)、 ユ ノー サ(ヤ. ロ座3名. 、 ス イ ミチ 座4. ガ ン折 目の み に 出 る 祭 の 準 備. は ヤ ト ゥイ とか コー サ ク と呼 ば れ る)で あ る。. 先 行研 究 に よる と、 本 ノ ロ ・若 ノ ロ ・ス イ ミチ ・メ ー ダ キ(ネ ー ダ キ と も)・ ウフ ン チ ュ ー ・ヒ タ マ ル ・ウ フ ンチ ー ・ユ ナ ン サ ー の8名 に よ る組 織 で あ っ た と され る が 、 既 に 戦 前 に は 途 絶 え て継 承 関係 な ど につ い て もわ か ら な くな っ て い た よ うで あ る。 現 在 の 神 人 も 、 個 人 的 に神 様 の 声 を 聞 くな ど の事 情 か ら神 人 と な った 方 ば か りで あ る。 島 に は 、 御 嶽 と殿 、井 な どの 聖 地 ・拝 所 が 全 部 で40箇 所 ほ ど あ る とい う。 この うち 『琉 球 国 由 来 記 』 に 記 載 され て い る御 嶽 は 次 の9箇 所 で あ る。 ① ガ ダ ノ コ御 嶽. ② 八重 の御 イベ. ③ テ ラチ御 嶽. ④ ヲ コ ノ御 嶽. ⑥ 同 ハ イ ノ御 嶽. ⑦ シマイ御 嶽. ⑧ ア ラバ 御 嶽. ⑨ ヤ カ ン御 嶽. ま た 、 同 じ く 『琉 球 国 由 来 記 』 に 記 載 され て い る殿(ト ① 八 重 ノ トノ. ② 安 次 富 ノ トノ. ③ カ キ ノ トノ. ⑤ 同 中 ノ御 嶽. ゥ ン)は 次 の5箇 所 で あ る。. ④ 浜 ノ トノ. ⑤ トマ リノ トノ. これ らが 古 琉 球 時 代 か らの 古 い 聖 地 で あ る と考 え られ る が 、 時 代 と と も に 聖 地 ・拝 所 が 増 幅 して い っ た の で あ ろ う。 す べ て の 聖 地 ・拝 所 を 廻 る の は 、 旧 正 月 の 初 御 願 と旧5,月 の 島御 願 の 時 に 限 られ 、 ど と ら も数 日か け て 廻 る と の こ とで あ る。.
(3) 神 人 が か か わ る 年 中 行 事 は 、 現 行 で は 以 下 の 通 り で あ る。 旧 暦1月5、6日 . 初御 願. 2月16日 . 虫 ン口 新 門. 2月26日 . 虫 ン口 中 門 穂 祭 り. 3月6日 . ミー コ ー ジ 折 目. 3月16日 . 虫 ン口 止 門. 4月7日 . 草 戸折 目. 5月15日 . 島御 願. 5月23日 . 粟 シチ ョマ. 6月14日 . 6月 折 目. 6月24日 . 山 ン神. 6月25日 . 火 ヌ神 祭. 6月26日 . ヤガ ン折 目. 8月10日 . 港折 目. 10月1日 . 釜 マー イ. 12月21、22日 . シ リガ フ ー. こ れ ら は 、 島 全 体 の 祭 り ・行 事 で あ り 、 こ の ほ か に 門 中 単 位 で や る 行 事 、 た と え ば 旧 暦9 月1日. と15日 に 行 な わ れ る グ ー シ ー な ど 、 家 単 位 で 行 な う行 事 、 た と え ば 旧 正 月 や 旧 盆 、 後.
(4) 述 の 柴 差 し な ど が あ る 。 ま た 、 ハ ー リ ー な ど 島 全 体 の イ ベ ン ト的 な 行 事 も あ り、 人 生 儀 礼 も 盛 ん に 行 な われ て い る。. 粟 国島 の祭祀 調査 記録Ⅱー [1]2002年. 「ヤ ガ ン 折 目 」 を 中 心 に ー. の ヤ ガ ン折 目 調 査 記 録. 1.調. 査 日:2002年8月1日. 2.イ. ン フ ォ ー マ ン ト1玉. ∼6日(旧. 暦6月23日. 寄 美 江 子(88歳)・ (64歳)・. ∼28日). 小 嶺 静 子(80歳)・. 伊 佐 達 雄(64歳)・. 岸 本 好 子(73歳)・. 伊佐 チ ヨ. 玉 寄 セ イ 子 ・小 嶺 剛 ほ か (年 齢 は 調 査 当 時 の も の 、 敬 称 略). 3.調. 査 記録. 8月1日(旧. 暦6月23日). 午 前10時. 泊 港 発 の フ ェ リー 粟 国 で 出 発 、12時. 半 粟 国 島 着 。 徒 歩5分. の 民 宿 寿 に 行 く。 宿 の. 主 伊 佐 チ ヨ さ ん か ら 、 夫 の 伊 佐 達 雄 氏 が 島 の 年 中 行 事 を 資 料 と して ま と め て い る と 聞 く。 民 宿 寿 別 館 に い る 伊 佐 達 雄 氏 に 会 う。 ヤ ガ ン 折 目 の 由 来 は 『粟 国 の 民 話 』 に あ る と の こ と で 、 川 端 つ や の 話 な ど 聞 く。 氏 の 話 。 「ノ ロ は 、 小 嶺 さ ん と 玉 寄 さ ん と い う人 が い る が 、 年 を と っ て い る 。 そ の 他 は わ か ら な い 、 ス イ ミチ ・ ノ ロ ・今 帰 仁 の 三 つ の 座 が あ る 、 助 役(城 間 氏)の. 家 が 代 々 ノ ロ を 出 す 家 で 、 助 役 の 母 親 も ノ ロ を や っ て い た 。」 伊 佐 家 の 行 事 を ま と. め た 『中 ん 屋 大 屋 の 祭 り事 』 を 貸 し て い た だ く。 村 教 育 委 員 会 に 行 く。 委 員 会 の 与 座 芳 一 氏 の 話 で は 、 ヤ ガ ン 折 目 の 記 録 を 村 で は 取 っ て い な い 由 。 『粟 国 村 誌 』 の 該 当 ぺ ー ジ を コ ピ ー し て く れ る 。 委 員 会 の 職 員 の 女 性 が 、 今 日 夕 方 ウ ム イ の 練 習 を ノ ロ 殿 内 で す る は ず だ と 教 え て くれ る 。 村 役 場 で 助 役 の 城 間 氏 に 会 う。 自 分 の 母 親 は95歳. で 、 昔 は ノ ロ をや っ て い た が 、 自分 は何. も 知 ら な い 。 家 か ら は 今 は ノ ロ は 出 な い 。 今 日5時. か ら歌 の 練 習 が あ る 、 そ 吟 後 三 役 と神 女. とで 、神 迎 えの 儀 式 が あ る 、 と聞 く。 助 役 に 、 村 の 車 で テ ィ ラ(洞. 寺)・ む ん じ ゅ る 碑.ヤ. ガ ン御 嶽 の 近 くま で 案 内 して い た だ. く。 た だ し、 御 嶽 に は 祭 りの 期 間 は 近 づ い て は な らな い 由。 見 え な い 結 界 が 働 い て い る よ う だ 。 島 の 現 況 に つ い て も教 えて い た だ く。 午 後4時. ノ ロ 殿 内 に 行 く。 自 己 紹 介 し 、 殿 内 の 中 に 上 が ら せ て い た だ き 、 お 話 を 伺 う。 こ. こ に 集 ま る の は ノ ロ 。 別 の 場 所 に ス イ ミ チ 座 の 神 女 が 集 ま る 。 殿 内 は 二 部 屋 で 、 仏 壇(香 一 つ あ る の み)の. 炉. あ る部 屋 と、 そ の 西 側 に 比 較 的 大 き な火 の 神 を祭 る 小 部 屋 か らな る。 仏 壇. の あ る ほ う で 作 業 な ど を 行 う。 5時 過 ぎ 紺 絣 の 着 物 に 琉 球 風 の 髪 を 結 っ た3人 人 は 年 齢 順 に 、 玉 寄 美 江 子(88歳)・. の ノ ロ が 揃 い 、 オ モ ロ の 練 習 が 始 ま る 。3. 小 嶺 静 子(80歳)・. 岸 本 好 子(73歳)で. あ る。 小 嶺 さん.
(5) が リー ダ ー 。 今 日 は 稽 古 の3日 は 旧6月. 目、 明 日か ら祭 り に な る の で 、 練 習 は 今 日ま で。 練 習 す る歌. で な い と歌 っ て は な らな い 歌 。 普 段 は 練 習 で き な い 歌 で あ る。 そ れ ぞ れ 持 っ て い る. ク バ 扇 を 左 右 に 動 か し(表. 裏 を 交 互 に)小. 嶺 さ ん が 先 導 し 、2人. が 復 唱 し て い く 形 。4曲. ま で は 座 っ て 歌 うが 、5曲. 目か ら 立 ち 上 が っ て 足 の ス テ ップ を左 右 に踏 み 出 す 形 で つ け る。. 目. 神 様 を 送 る 歌 と の こ と。 朝 の 稽 古 は 朝 の 、 夕 方 の は 夕 方 に 歌 う歌 。 一 曲 終 わ る ご と に 、 軽 く 神 拝 み を し て 、 先 に 進 む 。 歌 は 小 嶺 さ ん と 玉 寄 さ ん の ノ ー ト(歌. 詞 カ ー ド〉 を 見 な が ら 歌 う。. と こ ろ ど こ ろ 間 違 え て 戻 っ て 歌 っ た り して い る 。 曲 は どれ も 同 じ よ う な 感 じ で 、 い わ ゆ る 琉 球 音 階 で は な い 。5豊. で 終 わ り 、 しば ら く ゆ ん た く 、 明 日 の 確 認(午. 東 御 嶽 に 行 き 、 そ れ か ら 西 の 御 嶽 で カ ー ブ イ を 採 る)な. 前9時. ど を 行 い 、6時40分. そ れ ぞ れ の 家 に 帰 っ て い く。. 8月2日(旧 午 前9時. に ノ ロ殿 内 集 合 、 に 解 散 。3人 ⇒[写. 真1. は. ,2]. 暦6月24日) ノ ロ 殿 内 。 ノ ロ3人. は揃 つ て い る が 、 ビ ン シ ー の 酒 器 に 入 れ る泡 盛 等 の 用 意 が 出. 来 て い な い の で 、 区 長 を 待 ち 、 時 間 が 遅 く な る 。 ス イ ミ チ の4人. の神 女 も集 合 。. 9時 半 出 発 。 東 御 嶽 に 行 く 。 道 路 か ら 東 に 入 っ て 半 円 状 に 降 りて い く と こ ろ で あ る 。 香 炉 は 島 の 中 央 に 向 い て い る 。 落 ち 葉 な ど を 取 り 清 掃 し て 茣蓙 を 敷 き 、 小 嶺 静 子 さ ん を 中 心 に 拝 み が 始 ま る 。 拝 み の 後 に 、 手 伝 い の 男 性 が 桑 木(クヮ. ー ギ)の. 枝 を採 り、 太 鼓 の 機 と して 使. うた め そ の場 で小 枝 を 払 い 、 適 当 な 長 さ に 切 る。 そ れ が す む と移 動 。 こ こで 、道 に戻 る と き に ス イ ミチ の 神 女 に 道 を 譲 る と 、 先 に 行 け と い わ れ た 。 神 様 が 後 ろ か ら 呼 ぶ と き が あ る の だ と 言 う。 . ⇒[写. 10時 半 こ ろ 、 島 の 西 の マ ツ ィ ン 御 嶽(松. の 生 え て い る 御 嶽)に. る 。(島 の 中 で こ こ だ け 土 壌 が 違 う ら し い 。)そ. 真3]. 行 く。 イ タ ジイ が 生 え て い. の 葉 を カ ー ブ イ に 使 う。. ま ず 御 嶽 で 拝 み 。 東 で も そ う だ が 、 ノ ロ 殿 内 の ノ ロ さ ん が 前 に 座 り、 後 ろ に ス イ ミ チ の 神 女 が 座 る 。 拝 み の 後 、 神 女7人. は 手 ぬ ぐ い や タ オ ル を 頭 に か ぶ り、 イ タ ジ イ の 葉 を採 る。 葉. を 選 び な が ら 、 一 時 間 か け て 袋 に 一 杯 に 採 る 。 途 中 、 お 茶 の 時 間 を と る 。茣 蓙 を 敷 き 、 ス イ ミ チ の4人. が 用 意 して き た 茶 菓 で 一 服 す る が 、 そ の こ とが 後 で 問題 と な る。 ⇒[写. 真4,5]. 必 要 な 分 を 採 り終 え る と 、 ノ ロ 殿 内 に 戻 る 。 小 嶺 さ ん は 帰 宅 、 岸 本 さ ん は 採 っ て き た 葉 と カ ー ブ イ 作 りの 土 台 とな る 麦 わ らを 洗 い 保 管 す る。 玉 寄 さん は休 息 を と り、 娘 の セ イ 子 さん が 岸 本 さ ん の 手 伝 い を し 、 クヮ ー ギ も 皮 を む き 、 き れ い に 洗 っ て 干 す 。 こ れ で 、 い っ た ん 解 散 に な る。 午 後2時. か ら 、 玉 寄 セ イ 子 さ ん が 車 で 島 を 案 内 し て く だ さ る 。 浜 ・東 ・西 の 拝 所 、 筆 ん 崎 、. 展 望 台 、 洞 寺(の. 見 え る と こ ろ=近. づ け な い の で)、 沖 縄 海 塩 研 究 所 、 北 魚 港 、 ウ ー グ 浜 、. 観 音 堂 な ど を 回 る。 粟 国 島 が 火 山 島 だ っ た こ とが よ く わ か る。 玉 寄 さ ん は 、 車 を 運 転 しな が.
(6) ら も 、 拝 所 や 何 か 神 に 関す る 場 所 場 所 で 軽 く頭 を 下 げ て い る 。 彼 女 の 話 。 「大 阪 か ら島 に帰 っ て き て い て 、 高 齢 の 母 美 江 子 さ ん の 世 話 を して い る。(い ず れ 母 の跡 を 継 い で ノロ に な る の か と の 問 い に)母. と娘 で もぜ ん ぜ ん 違 う、 神 様 の 声 が 聞 こ え た り姿 が 見 え た り しな い とだ. め との こ と。 折 目の 日は節 供 に も な っ て い て 、 家 で の 準 備 は 私 が しな け れ ば な らな い か ら大 変 だ。」 岸本 さんの 話。 「 昨 年 の ヤ ガ ン 折 目 は祭 りの 儀 式 の や り方 が 問題 とな っ た 。 ス イ ミチ の4 人 は 簡 単 に カ ー ブ イ を 作 っ た り して 、 や り方 が 全 然 違 う。 そ れ で 、 こ ち らの 体 が 動 か な くな っ た り して 、 うま く ゆ か な か っ た 。 今 日 も、 葉 を採 る間 に 茣 蓙 を敷 い て 休 ん だ り した の は お か しい。 神 様 へ の 供 え 物 の扱 い 方 も 、 供 え た 酒 を 戻 した りす るの は お か しい 、 等 々 い ろ い ろ 問題 が あ る との こ と。 ノ ロ の 中 で も 自分 は 一 番 下 だ か ら、 他 の 二 人 に 気 を 使 っ て い る。 早 く 来 て 準 備 を した り、 先 輩 に仕 え て い る。 那 覇 に 住 ん で い る の で 、行 事 の た び に 島 に 来 るの は 大 変 。」 夕 方6時48分. に公 民 館 の あ る タ レー ラ ム イ に着 く と、 既 に 神 女6人 が 白衣 装 を着 て 着 座 し. て い る。 あ と1人 が7時 に 着 くが 、 ま だ 明 る く、 暗 くな る の を じっ と待 っ て い る。 我 々調 査 者 や 区 長 は じめ 村 の 手 伝 い の 人 々 は 神 女 か ら は 数 十 メー トル 離 れ た公 民 館 の 庭 で 待 機 させ ら れ る。 徐 々 に 闇 が 支 配 し、 緊 張 感 も 高 ま っ て く る。 神 女7人. に ニ ー ブ ー ヤ(神 酒 の 用 意 をす る 男 性)が. 暗 い 中 、 拝 み が 続 け られ 、神 迎 えが 行 わ れ る。8時20分. →[写 真6] 準備 を整 え 、7時35分. に儀 式 が始 ま る。. 頃 終 了 。 神 女 た ち の ち ょ っ と した 体. の 動 き で 、 神 が 迎 え られ た こ と が こ ち らに も伝 わ っ て く る。 神 女 た ち が 向 か っ て い る 方 角 (ヤ ガ ン御 嶽 の ほ うか?あ. る い は 北 か?)か. ら赤 い 光 が 見 え て 神 の 降 りた こ とが わ か る の. だ そ うで あ る。 そ の 後 、 我 々 も神 女 の座 に加 わ る こ と が 許 され 、 神 酒 を 振 舞 わ れ る。 . ⇒[写 真7]. 9時 に 解 散 。 終 了 後 小 嶺 さん の お 宅 に招 か れ 、 宴 会 とな る。 静 子 さ ん も着 替 え て 、 ち ょ っ とだ け顔 を 出 され た が 、 儀 式 の 間 とは 全 く違 う表 情 を され て い た。. 8月3日(旧 8時45分. 暦6.月25日) ノ ロ殿 内 に行 く。 既 に 、岸 本 さ ん が イ タ ジ イ の 葉 を新 聞 紙 の 上 に広 げ て乾 か して. い る。9時10分. 、3人 が 揃 い 、 お 茶 と う ・拝 み を 仏 壇 の 香 炉 に して か ら仕 事 が 始 ま る。 麦 わ. らの 束 を頭 に 合 わ せ て 丸 く し、 そ れ に 半 透 明 の ビ ニ ー ル 紐 を巻 きつ け て ドー ナ ツ 状 の 土 台 を つ く る。 か な り丈 夫 な つ く りに な る。 そ れ に 、 イ タ ジイ の 葉 を 一 枚 一 枚 糸 で 縫 い つ け て い く。 根 気 と力 の い る 、 か な りき つ い 仕 事 で あ る。 私 も 小 嶺 さん の 針 に 糸 を通 す 役 目 をお お せ つ か り、 お 手 伝 い す る。 岸 本 さん がや は り一 番 若 い の で 、 早 く完 成 す る。 岸 本 さん は 、 太 鼓 の 機 (シ ブ ク)も 作 る。 こ ち ら は紅 白 の 布 を巻 い て い く。 試 行 錯 誤 しな が ら完 成 。 出 来 上 が る と、 香 炉 に 向 か っ て 礼 を 述 べ る。 お に ぎ りの 昼 食 を は さみ 、 午 後2時. にす べ て 完 成 。.
(7) こ の 仕 事 の 合 間 に 聞 い た 話 。 御 嶽 は た く さ ん あ る 。 正 月 と 島 御 願 の 年2回 日 は 村 で 廻 る こ と は し な い 。 全 部 廻 る と4、5日. は 全 部 廻 る。 今. は か か る。 西 の 山 の ほ う、 村 の 中 な ど 、 場. 所 に よ っ て 拝 む エ リア が 異 な る。 行 事 に よ っ て も 廻 る と こ ろ が 決 ま っ て い る。 ノ ロ は 、 今 帰 仁 ・首 里 ・久 高 島 ・玉 城 ・知 念 な ど も 廻 ら さ れ る 。 ノ ロ に な る と き も 、 ち ゃ ん と 廻 ら な い と 体 に く る 。 昨 日 の 神 迎 え で 、 山 の 神 、 御 嶽 の 神 み な お 迎 え した 。 展 望 台 の ほ う に 最 初 に 神 様 が 天 下 られ た 。 戦 前 の ノ ロ は 馬 に 乗 っ て い た 。 昨 日 の 神 迎 え で 、 ス イ ミ チ の 神 女 が 神 様 に 言 うべ き で は な い こ と を口 に した 。 岸 本 さ ん は. 「60歳 で ノ ロ に な っ た 。 こ の 道 に 入 る と は 思 っ. て い な か っ た が 、 い ろ い ろ 見 て も らっ て 、 自 分 で 道 を 歩 か な い とい け な い と わ か っ た。 母 は 神 女 で は な い 。 父 は 京 都 の 人 だ っ た 。 自 分 は17,8歳. ま で 島 で 暮 ら して い て 、 那 覇 に 出. た 。」 小 嶺 さ ん は 、 「50歳 ま で 病 気 が ち だ っ た 。 そ れ で ノ ロ に な っ た 。 今 日 の 供 え 物 は 、 昔 は 各 家 か ら魚 の 干 した も の を持 っ て き た が 、 今 は や らな い。 村 が 漁 協 を 通 して 用 意 す る。 秋 刀 魚 な ど の 内 地 の 魚 を 使 う。 カ ー ブ イ の 葉 に は 男 女 が あ る 。 左 を 下 に 交 互 に 合 わ せ て ゆ く 。 め くれ な い よ うに しっ か り縫 い 付 け る。 自分 の カ ー ブ イ は 自分 で 作 らな けれ ば な らな い。 神 様 の も の は 手 間 隙 か け な い と い け な い 。」 . ⇒[写. 真8]. い っ た ん 民 宿 に 引 き揚 げ 、 一 休 み 後 、 早 め の 夕 食 を と る。 夕 方5時50分. 、 イ ビ ガ ナ シ ・エ ー ウ フ ナ カ に 行 く。 公 民 館 近 く の 祭 場 で 、 儀 式 の た め の 施. 設 が 集 ま っ て い る 。 神 女 は 既 に 皆 揃 っ て い る 。6時15分. か ら ナ ー ウ マ チ ー が 始 ま る 。 神 女7. 人 と ニ ー ブ に よ り 、 ま ず ニ ー ブ の 祈 り が 火 の 神 で 始 ま る 。 神 酒 と バ ー イ(焼. き 魚)を. 始 ま る 。 神 酒 は ノ ロ座 と ス イ ミ チ 座 で 二 椀 ず つ 供 え る 。 そ の 後 、 今 帰 仁 祠 ・ノ ロ 座.ナ. 供えて. 場 所 を 変 え て 拝 み を 行 う。7時. 半 に終 了 。. ⇒[写. ー と、 真9]. そ の 後 、 再 び 小 嶺 家 に 招 待 され る。. 8.月4日(旧. 暦6月26日). 午 前8時50分. ノ ロ 殿 内 に 行 く 。 岸 本 さ ん が 既 に 来 て い る 。9時. さ ん は ウ フ ム ト ゥ に い っ た ん 参 り、 や が て 戻 っ て く る 。9時40分 銅 鍵 の 先 導 で 正 装 した(カ. ー ブ イ を か ぶ る)3人. 過 ぎ に3人. が 揃 うが 、 小 嶺. 、 区長 の手伝 い役 の太 鼓 と. が 出 発 、 エ ー ウ フ ナ カ に 行 く。 道 々 銅 鋸 と. 太 鼓 を た た い て 歩 く 。 決 ま っ た ル ー トで あ る 。 着 く と 、 既 に ス イ ミ チ の 神 女4人. が 揃 っ て い る 。 今 帰 仁 祠 ・火 の 神 に 礼 拝 の 後 ノ ロ 座 に 着. く 。 ノ ロ 座 ・ス イ ミチ 座 と も に テ ー ブ ル が 置 か れ 香 炉 が 載 っ て い る 。 ノ ロ 座 の 前 に は テ ン ト が 設 営 さ れ 、 折 りた た み い す が 並 べ ら れ て い る 。 老 人 ホ ー ム の 入 所 者 や 障 害 者 の 席 に な っ て い る 。 三 々 五 々 村 人 が 参 集 す る 。 各 座 の 柱 な ど に 、 魚 の 開 き の 焼 い た も の(バ. ー イ)が. くく. りつ け られ て い る 。 魔 よ け と の こ と。 ま た 、 上 座 で は 参 拝 者 に 配 ら れ る 神 酒 と バ ー イ の 準 備 が ず っ と行 わ れ て い る 。 10時 過 ぎ 、 ノ ロ 座 で 三 人 の ノ ロ と 村 長 ・助 役 ・奏 上 者 が テ ー ブ ル を 挟 ん で 向 き 合 い 座 る 。.
(8) 村 長 らの 後 ろ に バ ー イ の 入 っ た 高 膳 を 抱 え も っ た 手 伝 い の 男 性(ヤ. ト ゥイ)二 人 が 立 つ。 奏. 上 者 は 巻 物 を 取 り出 し、 ウン ヌ キ グ トゥを 奏 上 す る。 神 女 に 対 して 、 祭 祀 の 準 備 を整 え ま し た の で 、神 様 に 豊 作 豊 漁 を祈 願 して くだ さい とい う内 容 。 そ れ が す む と、 テ ー ブ ル に 用 意 さ れ て あ っ た 膳(神 酒 が 入 っ た 椀 が 二 つ 載 っ て い る)を ノ ロが 村 長 らに 手 渡 し、 受 け 取 る側 は 礼 を して恭 し く戴 き 、 神 酒 を 飲 む 。 飲 む 干 す とバ ー イ が ノ ロ か ら手 渡 され る 。 これ で 儀 式 は 終 了 . →[写 真10]. そ の 後 村 人 や 見 物 人 が 祝 儀 袋 や 泡 盛 の 一 升 瓶 な どを神 女 に捧 げ 、 同 様 の儀 式 を して 神 酒 と バ ー イ を戴 く。 神 女 か ら健 康 を祝 福 して も ら うの で あ る。 テ ン トの老 人 ・障 害 者 の 方 々 も そ の 場 で 神 酒 とバ ー イ を 戴 く。 . ⇒[写 真11]. 一 通 りす む と. 、 ス イ ミチ 座 で も 同様 の 儀 式 が 始 ま る。 ノ ロ座 で は 、 太 鼓 ・銅 鑼 の2人 の伴. 奏 で ノ ロ3人 が クバ 扇 を 左 右 に 動 か しな が ら、 オ モ ロ を 歌 う。8月1日. に練 習 して い た 歌 で 、. 本 番 で も ノー トを テ ー ブ ル の 下 に隠 して 、 い わ ば カ ン ニ ン グ を しな が ら間違 え な い よ うに 歌 う。 ス イ ミチ 座 で も 同様 の 歌 が 歌 わ れ る。 . ⇒[写 真12]. 人 が 絶 え る と終 了 、12時 半 こ ろ ノ ロ ・ス イ ミチ 両 方 の神 女 が 揃 っ て 殿 マ ー イ が 行 われ る 。 適 宜 村 役 場 や 家 族 の 車 に 分 乗 し 、拝 み を して 廻 る。 各 拝 所 で は 、 あ らか じ め ブル ー シー トで 日 よ け が 施 され て い る。 廻 る の は 、 ア ス トヌ殿 ・ガ ー チ ヌ 殿 ・バ バ ヌ 殿 ・ トゥマ ンナ ヌ殿 ・ ノ ロ殿 内(一 休 み)・ ア ダ ン ナ ヌ 殿 の 順 。 各 拝 所 で 小 嶺 さ ん が 中心 に な っ て 拝 み 、 神 酒 とバ ー ィ そ れ ぞ れ 二 膳 と線 香 を 供 え る。 ア ダ ンナ ヌ 殿 で は 見 物 人 や 手 伝 い の 人 々 に神 酒 とバ ー イ が 配 られ た 。 これ で い っ た ん 解 散 す る。 夕 方4時. ⇒[写 真13]. 、 再 び エ ー ウ フナ カ に集 合 。 午 前 中 と同 様 の 儀 式 の 後 に 、 日が 西 に 傾 く中 、 ナ ー. で ノ ロ と ス イ ミチ の 神 女 が 向 き 合 っ て 立 ち 、 オ モ ロ を掛 け合 い で 歌 い 、 前 後 に 引 き合 うよ う に 動 き 、 徐 々 に チ ー グ 座 に 近 寄 っ て い く。 立 ち ウム イ で あ る。 そ れ を20分 く らい繰 り返 して 全 員 チ ー グ座 に着 く。 神 女7人. は横 一 列 に 並 ん で座 り(た だ し ノ ロ ・ス イ ミチ で分 か れ て い. る)、 再 び 村 長 らの 奏 上 か ら始 ま る儀 式 とな る。 . →[写 真14,15]. 村 人 らの 礼 拝 も終 わ る と 、 神 女 た ち は チ ー グ座 か ら出 て 、火 の 神 裏 で ヤ ガ ン御 嶽 の 方 角 に 向 か い 茣 蓙 を敷 い て 座 り、 線 香 を 供 え 拝 み を し、 そ の 後 カ ー ブ イ を は ず し、 一 メ ー トル ほ ど の 高 さの 薄 板 状 の 石 三 つ が 立 つ イ ビガ ナ シ に カ ー ブ イ を 重 ね て 置 く。 神 送 りの 儀 式 で あ る。 これ で 、 神 行 事 が す べ て 終 了 とな る。 引 き続 き 、公 民 館 の 横 の 広 場(西 年 の 相 撲(琉. の 山 に面 した 場 所)で. →[写 真16] 、 村 人 らが 集 ま っ て 子 ど も及 び 青. 球 相 撲)、 カ ラ オ ケ 大 会 な どの 余 興 が行 わ れ る。 村 役 場 の 青 年 た ち が 受 付 、 飲. 食 物 の店 をや っ て い る。 助 役 に ビー ル を ご馳 走 に な り、 しば ら く相 撲 を 見 た後 、 民宿 に 引 き 揚 げ 、夜 は 小 嶺 家 で 宴 会 。. 8月5日(旧. 暦6月27日).
(9) 10時 過 ぎ に エ ー ウ フナ カ に着 く と、 村 役 場 の 人 た ち が テ ン トの 撤 去 を して い る。 カ ー ブ イ は ち ゃ ん と置 か れ て い る。 西 の 山 の御 嶽 な どを 確 認 。 午 後 、 小 嶺 剛 さん に 車 で 島 を 廻 っ て も ら う。 ヤ ガ ン御 嶽 は 、 静 子 さん の 話 で は 、 ま だ 祭 り が 終 わ っ て い な い 、今 日は 衣 装 洗 い 、 明 日神 女 の 慰 労 会 が あ る 、 そ れ が 終 わ る と祭 りが 本 当 に終 わ っ た こ とに な る 、 それ ま で は ヤ ガ ン御 嶽 に は 行 っ て くれ る な とい う こ とで 、 行 か れ な い 。 そ れ で 、 御 嶽 が 見 え る場 所 ま で で ス トップ。 小 嶺 家 の 墓 に も案 内 して い た だ く。 墓 に も あ ま り人 は 行 き た が らな い。 い わ ゆ る グ ソー 道 を 行 く。 海 が 見 え る 南斜 面 に 墓 は あ る。 村 の 集 合 墓 地 の 中 で 、入 り 口は 石 を 積 み 上 げ た だ け な の で 中 が の ぞ け そ う。 本 島 の もの よ り古 風 。 小 嶺 家 の 墓 に は 家 の 人 々 と墓 を 作 っ た 人 とを 納 め る。 厨 子 甕 が 並 ん で い る そ うで あ る。 小 嶺 家 の 墓 の 下 の別 の 墓 を 見 に 行 く と 、 入 り口 が な くな り、 厨 子 甕 が 散 乱 し骨 も 見 え て い る。 ま た小 嶺 家 の 墓 に 行 く途 中 に は 入 り 口が3つ. あ る 巨 大 な 墓 も見 られ た 。. 小 嶺 家 本 家 に 寄 り、 ゆ ん た く。 系 図 を 見 せ て い た だ く。 剛 さん の 話 。 「 護佐 丸 六世 豊 見城 親 方 盛 良 の 二 男 盛 紀 を祖 とす る伊 野 波 家 の 三 世 盛 忠 が 粟 国 島 に来 て 、 島 の 女 性 に 産 ま せ た 子 三 良 が 小 嶺 家 の 最 初 。5年 兄 弟(1人 母)よ. に 一 度 、 中城 城 ・護 佐 丸 墓 ・山 田城 な ど を 廻 る。 小 嶺 さん は9人. 天 折)。 下 の 妹 は 先 祖 の 声 が 聞 こ え る。 ま た 、 母(静. 子 さ ん)は 先 代 ノ ロ(父 の. り位 が 高 か っ た 。 そ れ で 苦 労 して い た。 最 近 、 荒 れ て い た 本 家 の 庭 を き れ い に して い. る うち に 、 庭 の 中で 玉 や 拝 所 を 見 つ け た 。」 夕 方 民 宿 に 帰 り、 同 宿 の 通 信 設 備 工 事 の 方 々 と夕 食 を と る。. 8月6日(旧. 暦6月28日). 午 前9時. ノ ロ殿 内 に 行 く と、 岸 本 さ ん が 準備 を して い る。10分 後 に 小 嶺 さん 、 玉 寄 さ ん が. 着 き、 ユ ー ヌ神 ・国神 ・カ ー ヌ 神 …. の 神 戻 し をす る。(神 送 り と は 言 わ な い。)お 茶 ・水. ・ご飯 ・豆 腐 ・餅 ・ビ ン シ ー を 供 え る. 。 線 香 を7本. ・17本 ・24本. な どの 束 に して(輪. で束 ね る)、 ノ ロ殿 内 内 の 左 の 部 屋 の 火 の 神 に供 え 、 半 紙 に 米 ・泡 盛 を 置 き(注. ゴム. ぎ)拝 む 。. 餅 も供 え 、 そ れ か らお 茶 等 を揃 え て 、 ウチ カ ビ ・半 紙 も と と の え て 、 ノ ロ殿 内 の 内 か ら外 に 向 か っ て 供 え 、線 香 に火 を つ け拝 む 。 終 わ る と供 え 物 の 一 部 や ウチ カ ビな どを 殿 内 下 の 水 道 の と こ ろ で燃 や す 。 これ で す べ て 終 了。 神 様 が そ れ ぞ れ の場 所 に 帰 っ た こ とに な る。 区 長3 人 も加 わ っ て 慰 労 会 。 そ の 後 、 ノ ロ は そ れ ぞ れ の 元 屋 に 行 っ て拝 み を す る との こ とだ が 、 那 覇 行 き の 船 に 乗 る 準備 の た め 、 そ の 後 に つ い て は 未 見 。 午 後2時. [2]2003年 1.2002年. の 船 で 島 を離 れ る。4時. 半 に 那 覇 泊 港 に着 く。. の ヤ ガ ン折 目の 調 査 に よ る補 足 との 相 違 点 な ど. 2003年 は 旧暦6月24日. に 当た る7月23日. に 粟 国 島 に 渡 り、27日 ま で 滞 在 した 。 した が っ て.
(10) カ ー ブ イ 作 り の た め の イ タ ジ イ の 葉 を 採 っ て い る と こ ろ か ら の 見 学 と な っ た が 、2002年. には. 最 後 ま で 見 届 け られ な か っ た 神 戻 し の 儀 礼 は 最 後 ま で 見 る こ と が で き た 。 ま た 、2002年. には. ス イ ミ チ 座 の 神 人 に は 話 を 聞 か な か っ た が 、2003年. は イ ン フ ォ ー マ ン トと して 玉 寄 八 重 子 ・. 宮 里 清 子 ・並 里 ツ ヤ 子 ・新 城 菊 江 の 四 人 か ら 聞 き 取 り を 行 な っ た 。 祭 の 内 容 は 、 当 然 の こ と な が ら 、 基 本 的 に 前 年 と 同 じ こ と が 繰 り返 さ れ る の で あ る が 、 諸 所 に 違 い が 見 ら れ た の で 、 相 違 点 を 中 心 に 補 足 を 含 め 列 記 し て い く。 ・旧6月24日. の イ タ ジ イ 採 り:2003年. ・旧6月25日. の カ ー ブ イ 作 り:シ. は 途 中 で 休 憩 を 入 れ ず に 、 短 時 間 で 終 了 した 。. ブ ク(太. 鼓 の 撥)を. つ く る た めの 桑 木 の 枝 の うち一 本 が適. 当 な 大 き さ で は な い の で 、 昨 年 の も の を 再 利 用 す る こ と に な っ た 。 昨 年 の も う一 本 は 処 分 す る と い う の で ほ し い と 申 し 出 る と 、 神 人 た ち は口 を 揃 え て 駄 目 だ と 言 う。 神 様 が シ ブ ク に 残 っ て い る か ら とい う こ とで あ っ た。 ・ス イ ミ チ 座 の カ ー ブ イ 作 り:カ. ー ブ イ の 土 台 の 輪 は 萱 で 作 る。 そ の 輪 に ビニ ー ル 紐 を 全 体. に 巻 き つ け る の で は な く、 数 箇 所 を縛 っ て お くだ け で あ る。 イ タ ジイ の 葉 の 縫 い つ け 方 も 上 下 逆 方 向 の 二 列 に して い く。 こ ち らの ほ うが 作 る の に か か る 時 間 は少 な くて す む。 ・旧6月26日 の 妻(当. 朝 フ ラ ラ:エ. ー ウ フ ナ カ に 着 く と、 火 の神 を 守 る家 で あ る ニ ー ブ ー ヤ ー の 当 主. 主 は 入 院 中)が. 火 の 神 の 祠 の 中 に 入 っ て 、 モ チ 黍 な ど を供 え る。 そ の 後 ろで ス イ. ミ チ 座 の 神 人4人. が 並 ん で 拝 み を す る 。 ノ ロ座 の 神 人 は 参 加 し な い 。 ど う も 個 人 的 な 拝 み. で あ っ た ら しい が 、 ノ ロ座 の 神 人 た ち に 言 わせ る と、 島 の 祭 の 時 に 個 人 の 拝 み は す べ き で は な い と の こ と で あ っ た 。 ま た 、 台 風 の 余 波 で フ ェ リー が 二 日間 欠 航 に な っ た 影 響 で 、 島 に 帰 っ て く る 人 が 少 な く 、 老 人 ・障 害 者 の た め の 席 も 設 営 さ れ て い な か っ た の で 、 寂 しい 祭 と な った 。 ・旧6月26日 2003年. 朝 フ ラ ラ:ウ. ネ ー ジ ャ ク の 島 人 の 参 拝 が 一 段 落 した 後 に ウ ム イ が 歌 わ れ る が 、. は ス イ ミチ 座 か ら始 ま っ て しま い 、 ノ ロ座 が あ と か ら歌 い だ す と い うこ とに な っ た。. 時 間 が お して い た の と 、 何 か ノ ロ座 の 神 人 に起 こ っ た の か も しれ な。 そ の 後 、終 わ りま で 2002年. と は 異 な る ア ク シ デ ン ト的 な こ と が 次 々 に 起 こ っ た 。. ・旧6月26日. 殿 マ ー イ:2002年. に は 寄 ら な か っ た 浜 部 落 の ヒ ヤ ガ ー ヌ ウ タ キ に も 廻 る 。2002. 年 は 忘 れ て い た と い う。 新 た に 浜 か ら若 い 人 が(ノ. ロ に)た. つ ら しい と い う の で 思 い 出 し. た との こ と。 し か し 、 こ の ウ タ キ で の 拝 み は 記 録 に は 出 て こ な い 。 ・旧6月26日. タ フ ラ ラ:タ. チ ウ ム イ で 、 小 嶺 さ ん が 一 人 先 に ス イ ミチ 座 に 走 り寄 っ て ウ ム イ. が 始 ま り歌 が 揃 わ な か っ た の と、 ウム イ の 終 盤 に 歌 が 交 錯 しわ け が わ か らな くな っ て しま っ た よ うで あ っ た。 も と も と ノ ロ座 と ス イ ミチ 座 で 掛 け 合 い を や る の が 本 当 で あ るが 、今 は 同 じ歌 を 繰 り返 し て い る 。 そ こ に も 原 因 が あ る 様 子 で あ っ た 。 ・旧6月26日. 祭 の 最 後:カ. ー ブ イ を2002年. は 国 火 の 神 の 横 の イ ビ ガ ナ シ に 置 い た が 、2003年. は 今 帰 仁 祠 に 納 め る こ と に な っ て し ま っ た 。 こ れ は ス イ ミチ 座 主 導 で 、 玉 寄 さ ん 、 岸 本 さ.
(11) ん が 戸 惑 っ て い る 間 に 決 ま っ て しま っ た 。 た だ 、 過 去 の 調 査 記 録 を 見 る と今 帰 仁 祠 に納 め て い る 例 も あ り、 ま た 本 来 は クバ ウ タ キ に納 め る は ず だ とい うの で 、 必 ず しも誤 りで あ る とは 言 え な い。 ・旧6月28日. 神 戻 し:ノ ロ殿 内 で の儀 礼 は2002年 は 途 中 ま で しか 見 て い な い の で感 じな か っ. た が 、 旧6月24日. の タ レー ラ ム イ で の 神 迎 え と 同様 、神 秘 的 な 儀 礼 で あ り、 静 寂 の な か で. 行 な われ な けれ ば な ら な い 。 ビデ オ 撮 影 も この と き は 禁 止 され た 。 線 香 の 本 数 に 重 大 な 意 味 が あ る の で 、 神 経 を 使 っ て 拝 み を す るの が 印 象 的 。. 2.聞. き 取 りに よ る補 足. ・小 嶺 静 子 さん の話:カ. ー ブ イ の 土 台 とな る輪 を 作 る麦 わ らは 、3月. に 実 を取 っ て行 事 に 使. い 、 そ の あ と に 藁 を残 して お い て 使 う。 ビ ニ ー ル 紐 が な か っ た 昔 は 、 ユ ウナ の 繊 維 を用 い て い た 。 ア ダ ン か ら も繊 維 を取 っ て 、 網 を作 った り した 。 昔 ノ ロ と して 初 め て 座 っ た こ ろ(五 十 歳 く らい)は. 、虹 の よ うに 赤 ・青 の 光 が ヤ ガ ン の 方. か らサ ー チ ライ トの よ うに 向 か っ て く る の が 見 え た 。 神 様 が ち ょ うち ん を持 っ て く る の が 見 え る こ と も あ っ た 。 今 回 は 、 線 香 を供 え る 前 か ら 、 目 の 前 に 神 様 の 姿 が 見 え た。 神 様 に お 仕 え す る よ うに な っ て か ら、 病 気 も 治 っ た 。 そ れ ま で は 大 変 だ っ た 。 仕 事 も で き な い ほ ど体 が つ らか っ た 。 今 は 、 行 事 に 若 い 人 を行 かせ な い よ うに して い る。 若 い 人 で も 神 ダ ー リす る人 が い る が 、 親 や お ば あ さん が 、 ノ ロ の役 に つ か ま る と大 変 だ と い っ て 近 づ か せ な い 。 今 回 も 若 い 人 が 二 人 く る こ とに な っ て い た が …。 個 人 的 な 御 願 を頼 ま れ る こ と も多 い。 ・並 里 ツ ヤ 子 さん の話:ス. イ ミチ座 の4人. の うち3人. が沖縄 本 島に住 んでい るの で. 、月 一回. く らい 、 行 事 の た め に 島 に 帰 っ て く る。 個 人 的 な御 願 を頼 まれ る こ と も あ る。 立 ち ウム イ は 、 神 様 と一 緒 に 踊 っ て 、 神 様 を 喜 ば せ て お 帰 りい た だ くた め に や る。 ・新 城 菊 江 さん の 話:私. は 、 自分 の 門 中 の 先 祖 の 神 様 の こ と を全 部 調 べ た 。 お 墓 も位 牌 も ち. ゃ ん と整 え た 。 そ うす る と今 度 は 神 様 が 、 拝 み の た め に 座 りな さ い(神 人 に な りな さ い) とお 告 げ が あ っ た。 一 年 待 っ て くだ さ い とお 願 い して 、 準備 を して か ら座 っ た。 子 ど も た ちが も うや め た ら ど うか と言 うけれ ど、 や め た ら殺 され るん だ よ と言 っ て い る。 神 様 の こ と は 死 ぬ ま で や ら な い とい け な い。 ス イ ミチ 座 は 根 神 。 ス イ ミチ 座 は初 め て 粟 国 に 降 りた 神 、 ノ ロ座 の ノ ロ は 島 ノ ロ とい っ て 初 め て 神 様 を 立 て た ノ ロ。 ス イ ミチ 座 か ら粟 国 ノ ロ が 出 る。 ヤ ガ ン 折 目に は 子 ど もが で き な い 人 が お 参 りに 来 る。 県 外 か ら も来 る。 そ して 、 子 ど も が で き る とお 礼 に ま た や っ て く る。 赤 い 饅 頭 を配 る。 子 ど も が13歳 に な る ま で 来 る 。 昔 は 、神 酒 も 各 家 か ら芋 をす る つ ぶ した も の を 持 っ て い っ て 作 っ た 。.
(12) [3]2003年. の ンナ トウイ 折 目 の 調 査. 1.調. 査 日:2003年9月6日(旧. 2.調. 査 記録. 暦8月10日). 〈柴 差 し〉 旧 暦8月10日. は 全 県 的 に 柴 差 しの行 事 が 行 な わ れ る。 粟 国 島 で も ほ とん ど の家 で 行 な わ れ. て い た 。 午 前 中 に 家 の 近 く で ス ス キ を 刈 っ て き て 、 二 本 ほ ど を 束 に し、 そ れ を 桑 の 枝 葉 で 巻 い て 柴 を 作 る 。 そ れ を 家 の 四 方 の 軒 先 に 差 し て お く。 魔 除 け で あ る 。 翌 日 が 、 一 年 で も っ と も 悪 い 日 「ヨ ー カ ビ ー 」 で あ る の で 、 必 ず 柴 差 し は 欠 か せ な い 。 粟 国 島 で は 空 き 家 が 多 い が 、 門 中 の 人(親. 戚)が. 空 き 家 の 分 もや る。. 小 嶺 静 子 さ ん の 話 で は 、 ヨー カ ビ ー に は 夕 食 を 早 く と っ て 静 か に し て い る 。 自分 に は 、 何 か 悪 い こ と が あ る 家 に は 煙 が 立 つ の が 見 え る と い う。 火 の 玉 が 見 え る こ と も あ る 。 病 人 が い る家 な どに は 、 黒 線 香 が 玄 関 先 で 燃 え て い る の が 見 え る こ と も あ る。 今 は め っ た に見 な くな った 由。. 〈 ン ナ ト ゥイ 折 目 〉 旧 暦8月10日. に 行 な わ れ る こ の 行 事 は 、 豊 漁 祈 願 の 祭 祀 で あ る。 明 治 の 頃 ま で は 魚 を 取 っ. て き て 焼 い て 、 供 え 物 と し た 。 今 は ヤ ガ ン 折 目 の バ ー イ と 同 じ。 道 止 め を し て 、 網 で 魚 を と る模 擬 儀 礼 を行 な っ た が い ま はや らな い 。 厄 だ と い うの で 、 一 般 の 人 は 立 ち入 らせ な か っ た。 今 も 道 止 め は 行 な っ て 、 一 般 の 通 行 を 禁 じて い る 。 午 後3時. に 小 嶺 静 子 さ ん と ノ ロ殿 内 に 行 く 。 既 に 浜 部 落 の 区 長 が バ ー イ を 手 伝 い の 人 二 人. (う ち1人. は 初 め て 祭 祀 に 参 加 す る女 性 。 段 取 りを い ろ い ろ教 え て も ら っ て 、忠 実 に働 い て. お られ た 。 お そ ら く神 の 声 が 聞 こ え る 等 の 事 情 が あ る の で あ ろ う。)と 焼 い て い る 。 ヤ ガ ン 折 目 と異 な り 、 供 え 物 の 分 だ け な の で そ れ 程 量 は 多 く な い が 、 そ れ で も50尾 以 上 は あ る 。 小 嶺 さ ん は 、 半 紙 を 二 つ 折 りに す る 作 業 を 始 め る 。 東 の 区 長 も 来 て ビ ン シ ー の 準 備 な ど を 行 な う。 モ チ 黍 が こ の 折 目 の 大 事 な 供 え 物 で あ る 。 少 し経 っ て 、 玉 寄 美 江 子 さ ん 、 新 城 菊 江 さ ん が や っ て く る 。 線 香 の 準 備 も 始 ま る 。 何 本 か ず つ 束 に す る の だ が 、 そ の 本 数 に や は り神 経 を 使 っ て い る。 そ の 束 に した 線 香 に 火 を つ け 、 ノ ロ殿 内 の 左 の 部 屋 の. 「ユ ー ヌ ヌ ス 」 の 香 炉 、. 右 側 の火 の神 、 ノ ロの 香 炉 の 順 に 供 え て い く。 午 後3時. 半 、 神 人3人. は 神 衣 装 に着 替 え る。 ユ ー ヌ ヌ ス か ら拝 み を 始 め る。 ビ ン シ ー の 酒. と米 、 そ れ に 別 の 円形 の 器 に入 れ て あ る とモ チ 黍 を紙 の 上 に撒 き、 供 え る。 こ の ほ か に 、 四 角 い 盆 に 乗 せ た バ ー イ 、 果 物 、 モ チ も供 え 物 で あ る 。 唱 え ご と は 決 ま っ た 言 葉 で 、 紙 に 書 か れ た も の を小 嶺 さん も玉 寄 さ ん も持 参 して い る が 、 儀 礼 の 間 に そ れ を 見 る こ とは な か っ た。 ユ ー ヌ ヌ ス の あ と は 、 火 の 神 ・ノ ロ 香 炉 の 順 に 拝 む 。 午 後4時. 、 ノ ロ 殿 内 か ら ウ フ ヤ ー デ に 移 動 、 同 様 の 拝 み を 行 な う。 以 下 拝 み そ の も の は 、.
(13) どの 拝 所 で も 同 じに 見 受 け られ る。 次 に 、 西 の ウガ ン に 移 動 、 ノ ロ ウ タ キ ・ミル ク ウ タ キ ・ エ ー ガー を拝 む。 これ らは 区長 た ち や 玉 寄 さん の話 に よ る と 、 この 折 目で は 拝 ま な くて も よ い 場 所 で あ る とい う。 実 際 に 、 玉 寄 さ ん は 車 か ら降 りな か っ た。 午 後4時58分. 、エ ー ウ フナ カ の 国 火 の 神 と今 帰 仁 祠 を拝 む 。 午 後5時15分. 安 里 殿 、 同32分. ガ ー チ ヌ 殿 。 こ こ で 、 東 の 区長 が 参 加 者 に飲 み 物 の 差 し入 れ を 配 る。 午 後5時45分. バ バ ノ殿 、 同59分 トウマ ン ナ ヌ殿 。 午 後6時16分. 浜 部 落 の ヒヤ ガ ー ヌ ウ タ キ. に廻 る が 、 こ こ も拝 ま な い 場 所 とい う。 同32分 ア ダ ンナ ヌ 殿 を 最 後 に 、 ノ ロ殿 内 に戻 る。 一 休 み の 後 、 午 後7時5分. 再 び ガ ー チ ヌ殿 に 行 く。 ガ ソ リン ス タ ン ドと ノ ロ殿 内 の 辻 の 問. を 、 車 で 道 止 め を す る 。 神 人 は 殿 の 祠 を 背 に して 道 に 向 か っ て 座 り(つ ま り南 面 し)、 供 え 物 を 並 べ 、線 香 に 火 を つ け て 、 ウチ カ ビ も用 意 して 拝 み を行 な う。 こ の拝 み は 、 や は り静 寂 の 中 、 慎 み を持 っ て 行 な わ れ る。 一 般 の 人 を入 れ な い 形 で行 な うの で あ る。 午 後7時50分. 終 了 、 祠 の 前 に 茣 蓙 を敷 き 、 参 加 者 に ウ サ ンデ ー が 配 られ る。 戦 後 ま もな く. の 頃 は 、 役 場 の 人 な ど 、 多 くの 島 人 が 参 加 した 。 今 は 食 べ 物 が た く さ ん あ る の で 、 参 加 者 が い な い 、 とは 小 嶺 静 子 さん の 弁 。 ウ ム イ も 昔 は 歌 っ た が 、 今 は 知 っ て い る 人 が い な い と も。. 皿. ヤ ガ ン 折 目 を め ぐる 不 明 点 ・疑 問 点 と課 題 本 稿 は 、2002年 と2003年 の ヤ ガ ン 折 目の 調 査 の 記 録 を 主 眼 に 置 き 、 続 稿 に お い て 詳 細 な分 析 を 試 み る こ とに す るが 、 そ の続 稿 で 扱 う内容 に つ い て 概 略 を提 示 してお く。. 1.行. 事 の 由 来 お よび 意 義 に つ い て こ の 行 事 に つ い て は 複 数 の 由 来 伝 承 が あ る 。 と こ ろ が 、 こ の 行 事 につ い て の 文 字 資 料 と し. て 最 も古 い 『琉 球 国 由 来 記 』 の 記 述 に は 次 の よ うに あ る。 ヤ カ ン祭 トテ 、 粟 神 酒 六 ツ 作 リ、魚 肴 八 重 ノ トノニ ア ゲ 、 ノ ロ 、根 神 、 御 タ カべ 、 サ バ ク リ、 頭 頭 、朝 八 巻 、 百姓 中相 揃 、 拝 四 ツ 仕 也 。 御 残 リ トテ 、 各 呑 喰 ヒ 申 、 二 日遊 申也 。 由来不傳 つ ま り、既 に 王 国 時 代 に 由 来 が わ か らな く な っ て い るの で あ る。 しか し 、 い つ か ら伝 承 さ れ て い る か 定 か で は な い 口承 伝 承 の 形 で 、 こ の 行 事 に つ い て は 由 来 が 語 られ て き た 。 そ の 伝 承 の 基 本 形 は 以 下 の よ うで あ る。 昔6月. に な る と、 ヤ ガ ン原 の 辺 りの 畑 で 突 風 が 吹 い た り、 近 づ い た 人 が 目玉 を え ぐ られ. た り鼻 を 削 が れ た り、 妊 婦 は流 産 す る と い っ た 災 い が 起 こ っ た 。 困 っ た 島 人 が今 帰 仁 の 王 様 に 訴 え 、 使 わ され た 平 敷 大 主 が バ ー イ(干 魚)と. 粟 、 米 、 酒 を用 意 し鼓 と鐘 を 鳴 ら. して 神 を お び き 出 し、 ィ ビ ガ ナ シ ま で 来 て 見 え な くな っ た 。 荒 らぶ る神 を 鎮 め る こ と が で きた の で 、 そ れ を 毎 年 再 現 す る の が ヤ ガ ン 折 目 と な っ た 。 平 敷 大 主 へ の 感 謝 と して 今.
(14) 帰 仁 祠 を つ く っ た。 と こ ろ が 、 こ の 由 来 譚 に は 何 通 りか の 伝 承 が 存 在 す る。 そ れ らの 違 い は 、 北 山 系 統 で あ る か 首 里 系 統 で あ る か に 分 け られ そ うで あ る。 この こ と は 実 は 、 こ の 島 の歴 史 を 物 語 る重 要 な 要 素 に な る の で は な い か と い う見 通 しを 立 て て い る。 ま た 、 直 接 ヤ ガ ン 折 目の 由 来 で は な い が 、 ア ラ バ 神 ・ヤ ガ ン の神 の 由 来 を語 る伝 承 も別 に あ る。 来 訪 神 と神 女 の か か わ り方 を考 察 す る上 で 興 味 深 い 材 料 で あ る。 さ ら に 、 王 国 時 代 の 史 書 『球 陽』 の 尚 敬 王32年(1744)の. 条 に 記 載 され て い る 奇 怪 な事 件. との 関 連 に も注 目す べ き で あ る。 以 上 の よ うな伝 承 を 中 心 とす る歴 史 的 な 面 か らの 検 討 に 、 行 事 の 内 容 か ら分 析 を加 えて い く こ とで 、 この 行 事 の 由 来 と意 義 を 明 らか に した い の で あ るが 、 行 事 の 内 容 の 分 析 に は 以 下 の よ うな 課 題 が あ る と考 え て い る。 まず 、 朝 フ ラ ラ ・タ フ ラ ラ で 歌 われ る ウ ム イ の 内 容 の 検 討 で あ る。 ウム イ は 、 練 習 を重 ね て 儀 礼 の 本 番 に 臨 む が 、 必 ず し も神 人 の 中 に 自然 に 覚 え られ て い て口 を つ い て 出 て く る とい うわ け で は 、 残 念 な が ら な い 。 とは い う も の の 行 事 の 中 で は極 め て 重 要 な も の と して 意 識 さ れ て い る こ とは 疑 い な い 。 こ の ウ ム イ の 詞 に つ い て は 先 行 研 究 もあ るが 、 再 度 検 討 を加 えた い と考 え て い る。 次 に 、 この 行 事 は 祭 の 構 造 、 す な わ ち[① 神 迎 え ② 饗 宴 ③ 神 送 り]と い う形 は 明確 で あ る が 、 迎 え た神 は い っ た い ど こに お られ る の か 、 そ もそ も ヤ ガ ン の 神 は どの よ うな存 在 な の か 、 伝 承 以 外 にそ の 本 質 を 明 らか に で き る材 料 は な い の か を 検 討 す べ き だ と考 え て い る。 ま た神 戻 し とい う儀 礼 が あ る が 、 一 般 の 島 人 に は タ フ ラ ラの あ との神 送 りで 終 了 した と認 識 され て い るの に 、 さ ら に神 を 送 る儀 礼 が あ る こ と に つ い て は 先 行 研 究 は 一 切 触 れ て い な い。 これ も残 され た 課 題 で あ ろ う。 次 に 、 この 行 事 の 目的 で あ るが 、 現 行 の 内 容 を 見 る限 り、 島 の 繁 栄 ・島 人 の 健 康 を願 うと しか考 え られ な い が 、 由 来 伝 承 か ら は 鎮 魂 以 外 に 目的 は 考 え られ な い 。 そ の 目的 の 変 容 の 過 程 を探 る こ とが で き る と、 祭 祀 の あ り方 と島 人 の か か わ り方 が 見 え 、 さ ら に祭 祀 が 抱 え る今 日的課 題 が 明 らか に な る と思 わ れ る。 一 方で. 、 ヤ ガ ン折 目 の 期 間 に は ヤ ガ ン御 嶽 ・ア ラ バ 御 嶽 に 近 づ く こ とを 避 け る とい う意 識. が 多 くの 島 人 に 今 も働 い て い る こ と に も 注 目 した い。 一 種 の 結 界 が働 い て い る の で あ るが 、 祭 祀 の 意 義 とは 別 の 次 元 で 、 こ う した 民 間 信 仰 的 な 禁 忌 が 生 きて い る こ と は興 味 深 い。 神 人 が 心 を 込 め て 何 時 間 もか け て 作 り、 儀 礼 の 間 か ぶ っ て い る カ ー ブ イ の意 義 も再検 討 が 必 要 で あ る。 ノ ロ も ス イ ミチ の 神 女 もか ぶ る の で あ る が 、 作 り方 が 異 な る な ど、 そ の あ り方 に は未 詳 の 部 分 が 多 い 。 行 事 の 祭 場 で あ るエ ー ウフ ナ カ(八 重 の 御 イ ベ)の 構 造 に も検 討 を加 え な け れ ば な らな い。 現 在 の 形 は 比 較 的 最 近 に な っ て つ く られ た も の で あ る が 、 戦 前 は ど うだ っ た の か 今 の と こ ろ.
(15) そ れ を 語 れ る イ ン フ ォ ー マ ン トに 巡 り会 っ て い な い が 、 何 と か 古 い 形 を さ か の ぼ る こ とが で き れ ば 、 神 人組 織 や 北 山 と 首 里 との 関 係 な ど に も解 決 の め ど が 立 つ の で は と期 待 され る の で あ る。 さ らに 付 け加 えれ ば 、 本 稿 続 編 で も まだ 扱 え な い の で あ る が 、 近 隣 の 島 々 の 類 似 の 祭 祀 儀 礼 と の比 較 も 、 視 野 に 入 れ て お か な けれ ば な らな い で あ ろ う。 粟 国 島 の 南 正 面 に 見 え る 渡 名 喜 島 を は じめ 、慶 良 間 諸 島 、 久 米 島 の 神 人 組 織 お よ び 祭 祀 か ら、 粟 国 島 の 祭 祀 の 古 い 形 を推 定 で き る材 料 が 得 られ る可 能 性 は 高 い の で は な い か と思 わ れ る。. 2.神. 女 組織 につ いて の3で. 述 べ たⅠ よ うに 、 現 在. 人 、 ス イ ミ チ 座 の ノ ロ が4人)い. 「ノ ロ 」 と 呼 ば れ る 神 人 が7人(厳. 密 に は ノ ロ 座 の ノ ロ が3. る と い う状 況 は 、 他 の 沖 縄 の 島 々 に は あ ま り 見 ら れ な い も. の で あ る。 複 数 の 神 人 が い る と こ ろ は い く ら も あ るが 、 そ れ ぞ れ 神 役 の名 前 を持 った 神 人 と し て 継 承 す べ き 人 が な っ て い る の が 普 通 で あ る 。 そ れ に 対 し、 粟 国 島 の 現 在 の 神 人 の 方 々 は 、 前 述 し た よ う に 、 そ の 継 承 の 論 理 も 不 明 と な っ て い る し 、 彼 女 た ち 自 身 が 、 「現 在 は ノ ロ 殿 内 の 本 当 の 粟 国 ノ ロは 出 て い な い 、 私 た ち は 手 伝 い をや っ て い る の み 。 粟 国 ノ ロ と花 城 ノ ロ が 首 里 か ら遣 わ さ れ た ノ ロ で 、 今 は い な い 。」(小 嶺 静 子 さ ん)と. い う認 識 で 、 不 完 全 な 形 で. あ る こ と を 認 め て い る 。 し か し 、 彼 女 た ち の 間 で も 「位 の 上 下 」 の 関 係 が あ る ら し く 、 必 ず.
(16) しも年 長 の 神 人 が 祭 祀 を 主 導 す る わ け で は な い 。 そ う した 関係 が 、 他 者 に は 極 め て 不 明 確 に 、 あ る い は 容 易 に 理 解 し が た い 形 で 存 す る の が 現 状 で あ る。 何 人 か の 神 人 に 聞 い た と こ ろ で は 、 自分 が 神 人 に な る に 当 た っ て は 、 ユ タ に相 談 して い る 由 で あ る 。 そ う し た こ と も 、 本 来 の 継 承 の 廃 れ た あ と の 、 新 た な あ り方 と して 受 け 入 れ ら れ て い る と い う か 、 神 人 に と っ て も 島 に と っ て も 、 そ うせ ざ る を 得 な い 状 況 で あ る と い う こ と で あ ろ う。 す な わ ち 、 神 の 島 と し て 名 高 い 粟 国 島 で あ る 。 神 人 組 織 が ま っ た く 廃 れ る と い う こ とは 考 え られ ず 、 ま た 島 を 出 て 沖 縄 本 島や 本 土 で 暮 ら して い て も 、 肉 体 的 精 神 的 に 神 に仕 え る 存 在 に な ら な く て は や っ て い け な く な る 女 性 が ま だ ま だ い る と い う、 そ の 両 面 が 、 か ろ う じ て 粟 国 島 の 祭 祀 と神 人 組 織 を 支 え て い る と い う こ と に な る 。 こ う し た 現 状 に つ い て 、 神 人 た ち が ど の よ う に 認 識 して い る の か 、 ま た 島 人 は ど う な の か 、 本 来 の 粟 国 ノ ロ の継 承 は 今 後 あ りえ な い の か 等 々 、 今 後 考 察 して ゆ か ね ば な らな い 。. 参考文献 [ヤ ガ ン折 目関 連] ・『琉 球 国 由来 記 』 ・『粟 国村 誌 』 粟 国 村 史編 纂 委 員 会 編 1984 ・『沖縄 の 祭 祀 − 事 例 と課 題 』 高 阪 薫 編 三 弥 井 書 店 1987 「粟 国 島 ヤ カ ン ウユ ミ」(武 藤 美 也 子 ・高 阪 薫)=1985年 ・「南 島 文化(沖. の調査 に よる. 縄 国 際 大 学 南 島 文 化 研 究所 紀 要)」 第11号 1989. 「粟 国 島 の ヤ ガ ン折 目− 由来 譚 ・儀 礼 ・神 歌 − 」(畠 山篤)=1988年 ・『神 々 の 古 層8異 =1989年. 界 の 神 ヤガ ンの来訪. の調 査 に よ る. ヤ ガ ン ウユ ミ粟 国 島 』 比 嘉 康 雄 ニ ラ イ社 1991. の調 査 に よ る. ・『沖縄 の 神 歌 沖 縄 の神 歌 伝 承 活 動(V)』. 沖縄 県 教 育 庁 文 化 課 編 沖縄 県 教 育 委 員 会 1992. 「粟 国 島 の ヤ ガ ン ウユ ミの 神 歌 」(玉 城 政 美) 、 「 粟 国 島 の ヤ ガ ン折 目− 演 唱 ・演 技 を 中心 に− 」(金 城 厚)=1991年 の調査 に よる ・『粟 国 島 の 民 話 』 遠 藤 庄 治 編 粟 国 村 教 育 委 員 会 1992 ・「沖縄 の 祭 − 大 和 人 か ら見 た 沖 縄 粟 国 島 年 中 行 事 の 現 状 − 」 上 砂 智 子 2002 2001年 度 卒 業 論 文(早. 稲 田 大 学)=2001年. の調査 による. [そ の 他] ・『島 尻 郡 誌 』 ・『琉 球 王 朝 古 謡 秘 豊 の 研 究 』 山 内 盛 彬 1964 ・「郷 土 研 究 」 第3号 . 糸 満 高 等 学 校 郷 土研 究 ク ラ ブ 1967. ・「沖 縄 民 俗 」 第15号 琉 球 大 学 民 俗 研 究 ク ラ ブ 1968 ・「郷 土 」 第7号 . 沖縄 大 学 沖 縄 学 生 文 化 協 会 1968. ・『南 島 歌 謡 大 成 一 沖縄 編 上 』 外 間 守 善 ・玉城 政 美 編 ・事 典 『沖 縄 大 百 科 事 典 』1983 沖縄 タイ ム ス 社 ・事 典 『沖 縄 県 の 地名 』2002 平 凡 社 . 角 川 書 店 1980 「ヤ カ ン 折 目」 項(湧. 「 粟 国島 」項. 上 元 雄).
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