〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 137
<書 評>
弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:
競争力を生み出すモノづくり』
(中央経済社,2007年5月20日)
中 川
多 喜 雄
1.著者紹介 著者は,名古屋大学で小川英次先生に師事し,名古屋大学の中小企業研究, 生産管理研究の伝統を受け継ぐ,期待の若手である。修士課程から数えれば15 年以上のフィールドワークが,滋賀大学赴任以降のこのテーマの研究でも10年 以上の積みかさねがある。この長いフィールドワークの結果を論理的にまとめ ようという試みが本書である。 2.評者の立場 評者は中小企業の専門家ではないし,技術マネジメントを研究しているわけ でもない。その意味では,本来は評者として適当ではないかもしれない。評者 の専門は国際経営であるが,主として途上国に関心を抱いてきた。その立場で かつて技術移転の問題を研究していたことがあった。また,中小企業のマネジ メントは途上国の企業経営と類似していると感じている。その限りでは多少の 関わりはあるかもしれない。 3.本書の概要 主として金属・機械産業での中小企業の技術向上マネジメントを5つの要因 で説明しようとしている。その5つの要因とは, ①複眼的技術者138 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ②自社技術の体系的把握 ③自社技術の相対的把握 ④技術の吸収と融合 ⑤外部組織特に顧客との関係マネジメント である。 これらの要因が技術の向上に結びつく論理的構図は以下のように考えられて いる。まず技術の体系的把握と技術の相対的把握という二元的把握が行われる。 次いで,それに基づいての技術の吸収と融合が行われることにより,技術の維 持と向上がなされる。この時,これを実際に担うのが複眼的技術者であるとす る。また,このサイクルを外部組織特に顧客との関係マネジメントが前提的に 支えていると考える。 ここに,複眼的技術者とは,一つ以上の専門分野を持つ技術者をいう。また, 技術の体系的把握とは所有する技術とその周辺的記述の確認をいう。技術の相 対的把握とは社外の技術との比較をいう。技術の体系的把握,技術の相対的把 握,技術の吸収・融合を技術向上のトライアングルと呼び,体系的把握と相対 的把握を二元的把握と呼ぶ。外部組織とは主として顧客をいうが,それ以外の 一般情報や商社,外注先,仕入れ先,同業者,異業種,公的機関等を含む。 注意すべき特徴点としては,普通にある中小企業の既存の現にある技術から 出発するという点にある。オンリーワンやナンバーワンというよりは普通の企 業である。その上で,技術の向上をマネジメント的観点から考える。その施策 は,一時的ではなく,持続的継続的観点からのマネジメントとして考えられて いる。また,技術力の向上のための具体的で現実的な施策への示唆を与えるこ とを目指している。 4.本書の詳細な内容 序章は「中小企業と技術力向上」と題されている。まずは,本書の構成の主 要部分を上述した5つの要因という観点からフレームワークとして紹介してい る。但し順序は,複眼的技術者から始まり,自社技術の体系的把握,自社技術
〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 139 の相対的把握,新しい技術の吸収と融合,外部組織との関係構築による視野の 拡大,最後にケースの順である。 第1章は「中小企業とマネジメント」と題されているが,文献サーベイとそ こからの分析視角の紹介である。文献サーベイとしては技術と中小企業という 観点から四つの分野があげられている。それらは, 技術と組織を中心とした研究 技術と市場・競争を中心とした研究 技術を中心とした研究 中小企業に関わる研究 である。 最後に分析視角として,以上の四つの分野の文献と著者の立場との比較を行 い立脚点がまとめられている。 第2章は「金属・機械産業と中小企業の技術力」と題されている。この章で は,金属機械産業での中小企業の位置づけと下請けシステムの概観から始まる が,下請けシステムの変化とマネジメントとして,経営環境が変化し,自立を 要求されていることを指摘する。ここでは,技術力と取引形態・製品形態・生 産形態という形態との関係を否定している。つまり,下請けか独立か,部品か 完成品か,製品技術か工程技術かで,どちらかが技術的に高いとは見ない。む しろ技術力の向上が形態の使い分けを可能にすると見る。また,以下ではこれ らを区別をした分析は行わないとする。 第3章から本格的な内容に入り,「技術向上を支える複眼的技術者」を扱う。 企業内で多様な技術分野を扱うことが,技術の多様化やその融合が重要性を 増しているとする。独立した特定分野での高度化より多様化の必要性が高いと する。 こうした融合に関係しその担い手となるのが,複数の技術分野のカバーと組
140 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 み合わせを行う複眼的技術者である。複眼的技術者の特徴としては,技術の組 み合わせの最適性を判断するとともに,全社的視野をもつ将来の幹部候補生で もあるとする。その専門性と多様性からの分類から位置づけると,専門性の高 いスペシャリストと多様性の高いジェネラリストの中間に位置し,いわゆる重 量級 PM(プロマネ)よりやや専門性が高い。 また,この複眼的技術者は複数育てることが必要だという。その理由は第6 章で取り上げられている。育成の仕方としては,オフ JT もあるが実際的では なく,日常的な活動を活かした育成,つまり製品開発プロジェクトへの参加と か異動・配置,掛け持ちといった通常業務の中での育成がよいという。なお, 育成インセンティブとして昇進や再就職に有利といったことが考えられる。 第4章は「自社技術の体系的把握」である。中小企業には技術向上といって もそのビジョンの策定には難しさがある。そこで,そのための方法として,自 社技術の体系的把握や次章の相対的把握を奨めている。 技術の体系的把握に関連した文献研究にはドメイン論やスキルマップ論があ るが,ここでは将来の発展への視点としてどうするかという観点から,既存技 術とその周辺との体系的関係というやや違った観点から迫っている。 体系的把握の手順は,既存技術の理解から始まる。既存技術内の技術間の関 係を見る。しかし,重要なのは,既存技術と周辺技術との関係である。既存技 術から周辺技術へと展開することを意図するわけである。 周辺技術のとらえ方には3つのタイプがあるという。一つは,工学的周辺技 術で,後の2つは,経営的観点からの周辺技術である。経営的周辺技術には, 将来的な市場拡大からみた周辺技術と顧客の業務内容から見た周辺技術があ る。これらの内,経営的視点からの周辺技術,特に日常的なところからつまり 顧客との関連から考え始めるのがよいとする。 技術力向上のスタンス・方向性としては,顧客の業務内容からの関連から, 垂直展開型(ex.精密化)と水平展開型(工程間展開)とが区別できる。前者 は,顧客の多様化に後者は製品・工程の多様化に結びつきやすい。何れかを達
〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 141 成できれば,次のステップとして垂直かつ水平型へと経営のフレキシビリ ティーをえる方向を考えておきたい。 この体系的把握は,複眼端的技術者によって行われることが想定される。複 眼的技術者こそがその理解力を持ちうる可能性が高いであろう。 第5章は「自社技術の相対的把握」で,スタンダードあるいは技術レベルで の他社との相対的比較の必要性が言われている。 スタンダードについての考察として,スタンダードのタイプや性格が紹介さ れている。互換性に関わるスタンダードとしては接続・補完性のスタンダード やドミナント・デザイン等がある。次に,水平的スタンダードとして,最低水 準の保証レベル,市場性の保証レベル,最高水準の目安をあげる。形成プロセ スからは,デジュール,フォーラム,デファクトがある。適用される範囲から は,地理的には社内,社外,グローバルがまた産業毎という区別が出来る。 その上で,中小企業では,QCD に関わる総合力の水平的かつデファクトの スタンダードが問題だとする。 相対的把握のプロセスは QCD 的総合力に関するスタンダードへの着目とい う立場からなされる。ステップとしては,一方で,①社内スタンダードの認識, 他方で,②社外ローカル・グローバルの情報収集,③社外ローカル・グローバ ルのスタンダードの認識があって,その上で④社内と社外の比較がなされ,⑤ 自社技術の相対的把握がなされる。 なお,このプロセスは体系的把握と同様に複眼的技術者が行うものと考えら れている。 第6章は「技術の吸収と融合」である。技術の体系的把握と相対的把握の二 元的把握により吸収する技術を選択し,社会から技術を吸収し,それを融合す ることで技術力を維持することが必要だとする。 ここに,吸収とは自社にない技術を導入して利用することであり,融合とは 技術と技術を組み合わせて一体化して活用することである。文献的には,吸収 と融合の研究もあるが,この吸収と融合の区別が不十分なようだとする。
142 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 吸収には,無差別の吸収と既存技術を意識した吸収が区別でき,融合には, 社内での融合と社外と社内での融合(吸収と融合)が区別できる。従って,論 理的には4つのタイプがあり,それらは,①無差別の吸収,②意識的吸収だけ, ③社内外の融合,④社内のみでの融合がある。このうち,意識的吸収と社内外 融合の場合に二元的把握の役割が出てくる。 吸収と融合を担う人材は複眼的技術者が担うはずであるが,この時,吸収的 役割のゲートキーパーと融合的役割のトランスフォーマーの概念に注目する。 融合と吸収を複眼性の高さ低さで4象限で示すと,単眼のみの A,混在の B と C,複眼が多い D に分類される。この時,B と C では複眼か単眼かどちら か一方が吸収,他方が融合を担うこととなる。この吸収・融合と役割分担の関 係は,吸収は単眼でも良いが,融合は複眼の方がよいとする。 また,役割分担を固定するかローテーションやキャリアパスで変えるかにつ いては,固定しない方がよく,吸収・融合の両方が出来る人を状況に応じて変 化させるのがよいとする。 次いで,吸収・融合のマトリックスを断続性と連続性の観点から,吸収・融 合をなし,断続的,連続的で9象限に分類し,各象限に名前を与えている。技 術力向上のパターンをみると,このマトリックスの上で,断続的に融合する自 社技術依存型もしくは断続的に吸収する付和雷同型から,断続的に吸収かつ融 合する業務拡張型を経て,連続的に融合するハイテク・ベンチャー型もしくは 連続的に吸収するプロジェクト型に至ることが考えられるとする。 この,体系的把握と相対的把握から技術の吸収から融合へと至るサイクルは 継続的に続行することが必要だとされる。 第7章は「外部組織との関係構築による視野の拡大」である。 先に述べた技術向上のトライアングルは社外への視野の拡大が支えることに なり,視野の拡大の必要性があるとする。ここに,社外への視野の拡大には, 顧客と顧客以外があるが特に顧客との関係を重要視する。 顧客との関係については,文献研究的には,マーケティングや CRM 的観点
〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 143 の研究があるが,技術力向上の視野から考える。 ここで行うことは,まず,顧客との関係において,顧客に特有のニーズや顧 客間に共通したニーズから技術の体系的把握を行うとともに,顧客からの評価 から技術の相対的把握を行い,さらに顧客から技術の吸収を行うことである。 顧客関係のマネジメントとは,このような技術力向上のトライアングルから, 吸収融合による技術力向上をへて,顧客関係マネジメントの充実に至ることを いう。顧客関係の充実とは,①既存と類似したものを他社から見いだしたり, 顧客の主力製品以外をターゲットとしたり,ネットを活用したりして,顧客の 多様化という顧客関係の構築すること,②魅力的顧客との関係構築,さらには ③構築した関係の継続的強化をはかる。 このプロセスは,様々な提案から課題探求,そして課題設定最後にその課題 をクリアするというプロセスであり,このプロセスに多くの社員を参加させる ことが必要である。 なお,顧客以外との関係としては,文字情報による探索,仕入れ先,外注先, 商社,同業者,異業種等からの情報収集,金融機関,公的機関からの情報収集 等がある。 第8章は「中小企業における技術力向上の実際」として,以上の枠組みにつ いての具体的なケースを扱っている。実際には,伊藤製作所とハイメカという 2社のケース,その会社概要と技術マネジメントの実際の紹介とその分析であ る。 最後の第9章は「日本の中小企業のさらなる発展に向けて」と題された,補 足的な論及である。技術力のマネジメントの必要性,一定レベル以上の技術力 をもつ中小企業が多く存在すること,厚い中小企業の層が必要なこと,中小企 業が魔のサイクルに陥らないためにもマネジメントの継続の重要性が説かれて いる。なお本書の限界性と課題も触れられてはいるが,重要ではあるまい。
144 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 5.内容的論点 内容的論点としては,中小企業の技術マネジメントについて何を考えるべき かということであろう。 最初に確認しておくべきことは,本書は技術論の本ではないということであ る。本書は,経営論の本であるということである。一見したところの道具立て からは明確には分からないかもしれないが,著者は意外と経営的な観点から 語っている。 例えば,体系的把握で強調されている,経営的周辺技術とは,要は技術的配 慮より経営の観点を,特に顧客のことを考えよと言っているのだ。経営があっ て技術を見ようとしているのであってこの逆ではない。そうして経営特に顧客 を優先する姿勢の方が現実的であると見ている。中小企業は顧客優先の技術の 体系的把握ひいては技術向上マネジメントを考えよと言っている。 次の,技術の相対的把握は紛れもなく市場での競争関係からの技術把握であ る。 また,技術の吸収・融合では,顧客からの吸収が手っ取り早いと見ているの である。技術力の向上にはいくつかソースが考えられる。マクロ的な技術動向 や将来的な市場の拡大はどちらかというと顧客以外からであろう。顧客からは 内部的進化を除けば技術力向上に都合の良いソースだと考えるのである。 外部組織の関係マネジメントでは,主として顧客との関係を考える。そして, この顧客関係マネジメントは実は内容的にはほとんど営業的機能の問題であ る。あえて言えば,技術の吸収だけが営業的機能ではない。つまり,実質的に 営業的機能を強化をせよといっている。そうしてそのことが取引的パワーにつ ながるとみている。 複眼的技術者も,現状ではなお技術から考えるにしても,最終的には経営的 観点につながるものとして位置づけられるのであろう。 これらのことから言えることは,本書は紛れもなく経営論であるということ である。だがこの論理構造はなかなか読者には理解されにくいかもしれない。
〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 145 道具立てが経営的に見えないからである。 以上のことを念頭に置きながら,中小企業の技術マネジメントについて,概 括的論点を考えてみよう。 中小企業は定義的に規模が小さい。規模が小さいということは,規模の利益 を得ることが通常は難しいということを意味する。このことが,著者をして他 の方法である範囲の論理に着目させているのかもしれない。しかし,規模の論 理に関連して,中小企業が取れる対策がないわけではない。 ランチェスターの戦略は,この規模の論理を逆手にとって,ニッチ,集中, 周辺という論理を強調する。つまり,ある技術を集中して高める,競争の周辺 技術からはじめて競争の中核技術へ行く,あるいは,市場を世界に求めてグロー バル・ニッチを考えるという行き方である。 著者は,ランチェスター的行き方ではなく,範囲の論理に関連する方策を考 えているようである。範囲の論理は,顧客の多様化,製品の多角化,多様化, 技術の水平的展開等から共通化や,シナジー効果をえようとするものである。 この論理の背後には環境の多様化がある。著者の立場でも,技術環境の多様化, 複合化という認識がこうした対応の前提となっている。複眼的技術者と技術の 融合もまた,範囲の論理に属するように見える。 中小企業は規模が小さいことから機能が未分化であることが多い。製品開発 技術と工程技術さらには生産機能さえも未分化なことがある。また,部品であ るか製品であるかも必ずしも違いはないかもしれない。この意味で,本書の立 場が製品技術と工程技術を区別しなかったり,部品と製品を区別しないのは理 のあることかもしれない。 しかし,いかに中小企業といえども,経営的論理は最低でも顧客のニーズに 適応した製品力と技術プロセス(開発,生産技術,生産)の区別は必要とする。 その上で,職能的統合が要求される。製品力は開発の問題でもあるが,営業の 問題でもある。両者を統合するに複眼的技術者ほどうってつけな人材はいない だろう。 技術と経営という観点からは,技術力と QCD 的総合力と経営力とではそれ
146 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ぞれに違いがある。技術力とは何かという定義はされていないが,単純に製品 を作ることが出来る力と考えると,競争力あるいは QCD 的総合力をえるには, これに現場の技術者や作業者のスキルや5S や見える化のような生産管理力, 教育訓練,モラール等がこれに加わる。さらに経営力となれば,何よりも営業 力がそして全体としての経営者の管理能力が加わる。 著者は,結果的には,営業的問題やマネジメントという言葉での経営者の管 理能力は問題にしているが,不思議なことに生産管理的なことには言及してい ない。この辺はどう位置づけるべきか聞いてみたい。 職能的統合の観点からは当然,技術の垂直的展開が考ええる。同時に営業の 強化という視点もある。上述したように,著者の主張は技術の垂直展開ととも に営業に関わっている。 マネジメントの論理は,様々な形で現れるが,基本的には,情報を収集し, 予測し,評価し,意志決定し,変革することである。この意味での技術的マネ ジメントは,全てを尽くしていないにせよ,著者の主張のようなことかもしれ ない。ただ,広義の技術マネジメントには,現場主義や挑戦や学習といった, 方針や文化に関わる問題があるのではないかとも思う。 最後に,サイクル的な時間の幅や変化の問題について触れておこう。中小企 業が大企業よりも優位性を発揮出来るかもしれない点には,小回り,変化対応 といったアジリティ(迅速性)に関わる点がある。ライフサイクルの短縮化は, そして複眼的技術者を使うことによって,上手くいけばチャンスを得られる可 能性はある。この辺は,生産現場のセル生産や多能工化という論理と複眼的技 術者という論理は少し似ている。 6.研究方法論的論点 この本にはベンチャーの話も,ハイテクの話も,産学協同もクラスターも出 てこない。ましてや,知識管理とか製品アーキテクチャーとかいった一見聞こ えのよい単語もほぼ出てこない。だが,フィールドワークと理論構築という方 法論的観点からは見るべきものがある。
〈書評〉弘中史子 著『中小企業の技術マネジメント:競争力を生み出すモノづくり』 147 長く日本の経営学界は学説研究のみを行ってきた,その結果として,体系性 も現実性もない「学説のゴミため」を論文と称してきた。 次の段階として現れたのは,現実性という幻想からか,キャッチフレーズだ け,目新しいものだけに着目する,安易な事例研究と称する感想文の氾濫であっ た。この時,分析とは,しばしば呪文的な既存の枠組みに事実をムリに押し込 もうとする試みであった。これらは,真に体系的な理解や理論的な進歩に結び つかないものが多いと考えられる。 本来研究は,フィールドワーク(あるいはデータ収集),理論(仮説)構築 そして実証からなる。フィールドワークはそれ自身で大変さがある。時間とお 金が掛かる。そのせいか,このレベルでとどまっている人が少なからずいる。 その次に,フィールドワーク等に基づいた理論・仮説構築があるべきなのだが, これがまた困難さを伴う。これが出来ない人が多いのだ。ここには,方法論と 研究姿勢の問題がある。変数意識や論理関係意識もない,仮説構築の方法論も 欠如している,前提となる適切な文献の蓄積もないのだ。本来,理論化をサポー トするツールになるべき文献が貧しいという,現状の経営学の貧困さを反映し ている。本書もそうだが,文献サーベイが生きてこないのだ。従って,理論構 築あるいは仮説構築をしようとする人がまたあまりいないのである。 この後に展開されるべきデータ的実証は,また別の問題をはらんでいる。実 証のための方法論を理解しえていないことから来る様々な問題点がある。そも そも,データの取り方がよくない。適切な仮説がないし,分析との関係が分かっ ていないものだから,よいデータを取れないのである。データ分析の都合のよ さを優先すると,測れるものしか研究しないという姿勢を生む。さらに,デー タの分析の仕方を理解していない人が多いので,せっかくとった貴重なデータ をほとんど活かすことなく眠らせているのである。 7.疑問点 1)内容的問題 全体としては,経営が何から成立しているかを必ずしも明確に理解し得てい
148 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ないからか,技術と経営の関係の整理が弱いと思う。一見経営論に見えないの である。 細かい点では,まずは,技術の相対的把握でスタンダードを議論しているが, 実際には問題はスタンダードではなく競争力のレベルであろう。著者はスタン ダードと競争力レベル(水準)を関連して理解しようとしているようだが,実 際にはほとんど水準(水平的)それも QCD 的総合力が問題なのではないか。 次に,吸収・融合についての役割分担の4象限や吸収・融合の断続性・連続 性の9象限はあまり意味があるとは思えない。4象限については,単眼のみの ケースから複眼が複数いるケースの中間で複眼的技術者が一人だけの時にその 役割分担が問題となるということではないか。9象限については,ムリして9 象限に分類して名前をつけているが,実質的に5タイプもしくは3タイプがあ るだけではないか。 2)研究方法論的限界性 残念ながら,本書は実証の段階に至っていない。既にされている多少のアン ケートもあまり生きていない。これからだと言えばこれからなのではあるが, ここに大きな課題があることは確かである。 8.結論 経営学に論理性ではなくかっこよさを求める人にはこの本は向かない。本書 はテーマ的には地味なのだが,自然科学の教育を受けてきた評者からすると, 方法論的にかつ論理的には希有な本に見える。実証的分析はまだないが,フィー ルドワークと理論構築に挑んだ珍しい本である。何故にこうしたスタンスを取 れたのか,不思議と言えば不思議だ。ある程度は名古屋大学の伝統があること は確かだ。しかし,同時に著者の頭脳的明晰さも感じる。 評者は研究者としては無為に終わっている。30年たってもほとんど前進して いないという現実を抱えている。その立場からは,有為な若手の今後に是非と も期待したいと考えている。