罠の抗弁 : マーカス教授へのインタビュー
著者名(日)
宮木 康博[訳]
雑誌名
東洋法学
巻
52
号
1
ページ
175-202
発行年
2008-09-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000654/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja︽翻 訳︾
罠の抗弁ーマーカス教授へのインタビュー1
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月)︵訳︶宮木
康 博
本稿は、80圧○乞○暮箒簑d巳くΦ邑蔓冨≦襯≦Φ妻曽一︵NO9︶に掲載された﹁罠の抗弁﹂に関するポール・ マーカス教授へのインタビューを翻訳したものである。マーカス教授は、米国における身分秘匿捜査研究の第一人 者であり、同分野における研究書や論文を多数公刊している︵代表作として日冨鯉霞8BΦ9U既98︵臣 ①髭08︶がある︶。わが国のおとり捜査論議へ多大なる影響を与えた米国の中心的研究者が、現在、いかなる議論 を展開しているのかは興味深く、ここに紹介する次第である︵以下では、本文中の聞き手の冨≦”Φくδ≦をL、 話し手の汐9家巽2ωはMとする︶。なお、原典に掲載されたもののうち、マーカス教授の経歴の箇所等は、紙幅 の関係で省略させていただいた。また、インタビューの性質上、語旬を補った方が理解に資すると思われる点につ いては、︹︺として、付記している。 175L一 ︹捜査機関が犯罪の証拠やその他の情報を入手するために、被疑者などの言動を密かに観察する︺有名な監 視の手法としては、身分秘匿の法執行としてのスティング・オペレーション︵おとり捜査︶があります。この 言葉を聞くと、私はそれぞれの時代を想起させるスティング︵↓冨ω戯轟︶やアンタッチャブル︵↓箒C亭 899ぎ奮︶という映画を思い出します。米国におけるおとり捜査は、特定の時代において多かれ少なかれ突 出していたのでしょうか。 M口 はい、多少の浮き沈みがありました。スパイやテロ活動とは対照的に、伝統的な犯罪の訴追に関しては、明 らかに︹突出していた時代がありました︺。伝統的な犯罪活動に関していえば、率直に言って法執行が困難な 犯罪に対して、より多くの後押しがあるときです1麻薬の密輸がその主な例であり、過去にはアルコールの 制限がそうでしたfこうした犯罪類型は、内部関係者がいなければ訴追するのが非常に難しい状況にありま す。︹末端の者ではなく︺首謀者を訴追するのは非常に困難を極めるのです。 ︹身分秘匿捜査の追跡調査ともいうべき︺検証については後に議論しますが、今ここでも触れておきましょ う。私は、長期問にわたり、これらがどのくらい行われているかを数値化しようとしてきました。なぜなら、 私の経験からは、非公式ではありますが、数多く実施されていると言えるからです。これは、非常に一般的な 手法なのです。しかし、実証的証拠を集めるのは不可能ですし、現に私はそのようなものを見たことがありま せん。なぜそうなのかを説明しましょう。この分野においては、統一的な貢任機関が存在しないからです。身 分秘匿の警察捜査やおとり捜査はあらゆるレベルで存在します。たとえば、一〇万人程度の小さな町では、売 春組織に関する身分秘匿の警察捜査があるようです。それはかなり一般的と言えます。比較的軽微な麻薬犯罪 176
東洋法学第52巻第1号(2008年9月) 1全国的な販売者ではないーがある少し大きい郡レベルでは、郡レベルでの麻薬犯罪に対するおとり捜査 があるようです。 そして、州レベルにもあります。多くの州は、消費者詐欺、州レベルでの有価証券取引、もちろん州規模の 麻薬訴追、投資詐欺などに関するあらゆる種類の身分秘匿捜査に関与しています。したがって、この分野にお ける連邦の身分秘匿捜査について語る前に、五〇州の全てとコロンビア特別区で多くの数が行われているので す。それでは、連邦機関についてお話しましょう。︹連邦レベルでは、︺私は、麻薬取締局︵U国>︶が関与し たものや、連邦捜査局︵閃国︶、郵政監察官︵2ω邑営898邑、証券調査員︵ω①。霞筐8営く8凝簿Sω︶、財 務省の職員、入国管理官が関与したものを見たことがあります。したがって、お互いほとんど繋がりのない機 関が多数存在し、それらは全てこの手法に携わっています。この手法は、有効かもしれないし、そうでないか もしれませんが、法執行のための武器の重要な一部とみられているのです。 L一 重要性という意味では、おとり捜査が使用可能な領域の広さについて触れられ、 めの検証の重要性について言及されていますが、それらは、どの程度重要であり、 ような利益をもたらすのでしょうか。 おとり捜査の頻度を測るた 法執行機関の当局者にどの MH それは議論の余地があり、熱烈な支持者と厳しい反対者がいます。私は両者の中問のどこかといった具合で す。支持者は、身分秘匿捜査は必要不可欠であると主張しています。組織−必ずしもマフィアによるもので はなく、グループに侵入しなければならない複数当事者による犯罪のことーによって実施されている犯罪が 177
あるからです。彼らの考え方は次のようなものです。もし麻薬の販売業者または全国的な消費者詐欺の経験者 を見つけたいのであれば、その唯一の方法は、犯罪活動に関与することである。そのためには、売買のために ー業務の一部になる 身分秘匿捜査官を送り込まなければならず、それが犯罪集団を解体する方法である とQ 反対者は、おとり捜査は非常にコストがかかると主張します。特別に訓練された者が必要であり、もしそう いう者がいなければ、大きな問題が生じる。特別に訓練を受けた者が必要なのであり、それは、一定期間、そ の者の生活となり、彼らは非常に注意深く監視されなければならない。仮にそれが実施できたとしても、成功 率は常に非常に高いわけではなく、むらがあるものなのだと。また、批判者は、稀な状況では道理にかなって いるが、一般的には、伝統的な法執行がよりよいと主張します。その方が安価で、より効果的であると。 ︹この質問の冒頭部分でも言いましたが︺私は、その中間のどこかに位置します。私は罠による身分秘匿捜 査は問題を作り出すと考えています。法執行機関が、最初の手段としてこの方法を用いるのは懸命とは言えな いケースが多いと思います。なぜなら、これは︹コストが︺高く、︹得られる効果に︺むらがあるからです。 そして、法的問題は、たびたび訴訟にもなっているのです。これらの問題は難しく、多くの費用がかかりま す。したがって、批判者にも一理あると私は考えます。他方、私は個人的に、身分秘匿捜査がなければ、少な くとも問題の大部分を解消することができない事案に関与したことがあります。犯罪が組織化されているため に捜査令状や盗聴器でも対処することができないものなのですーこのことは、内部者がいなければ、海中の 一番小さな雑魚以外は誰も捕まえることができないような一番大きなものだけでなく、﹁家族経営﹂的な組織 でも同様です。 178
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おとり捜査に内在するいくつかのリスクに触れておられました。 に、どのような法的規制がありますか。 それらのリスクのいくつかを軽減するため 東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) M” 主なものは罠の抗弁です。しかし、他にもいくつか挙げましょう。極端な状況ではーこれは非常に珍しい ですが、可能です デュー・プロセス違反の可能性があります。もし政府職員︵捜査官等︶が、犯罪の試み に初めから終わりまでかなりの程度で関与している場合−彼らがそれを準備し、関与しているといった状況 は良心に対して衝撃的であるという裁判所もあります。そのテストは、ほとんどの人が刑事訴訟の授業で学習 ︵1︶ した胃洗浄に関する事案である寄魯ぎダ9扇巽巳蝉事件という古い修正四条の事件に遡ります。本事案で、 フランクファーター︵寄き謀自什R︶判事は、政府の行為は衝撃的であると判示しました。︹そこでは、以下の ように続けています。︺私たちは、他にどのようなことがあろうと、このような政府の行為を許さないと。そ のような事案は存在します。うれしいことに、あまり頻繁には起きませんが。現在、ここの地域︹インタ ビユーを受けている大学がある地域︺第六巡回区を含みますが、米国には、デュー・プロセスの抗弁は存在し ないと考えている裁判所があります。私は、それらの裁判所の判断は間違っていると考えています。最高裁は そのように判示したことはありませんが、それを示唆する強い傍論︵蝕o琶は確かに存在します。本来なら 衝撃的である行動が許されるというのであれば、それは、実に悲しい日です。 伝統的な捜査・押収の原則の下での修正四条の規制もまた存在します。すなわち、もし身分秘匿捜査官が関 与するのであれば、彼女は、会話の中から情報を引き出し、見たことについて証言できるとともに、どのよう な証拠が与えられたかについて証言することも可能です。しかし、彼女は修正四条で本来なら許されていない 179L
捜査に関与することはできません。例を挙げてみましょう。もし彼女がある民家での打ち合わせに居合わせ、 彼女が身分秘匿捜査官であれば、彼女はそこにいる人たちが言ったことや、金銭のやり取りを見たことを証言 できます。しかし、彼らが全員他の部屋に行った際に、彼女は引き出しや台所の戸棚をかき回して探すことは できません。なぜなら彼女は明らかに政府職員︵捜査官等Vであり、家を捜索するためには令状が必要だから です。それもあまり頻繁に起こるものではありません。証拠は通常、捜査全体の過程で入手されているので す。 ここでの中心となる制限は罠の抗弁です。罠の抗弁は頻繁に用いられています。それがどれだけ成功するか に関しては、大きな変化がありました。経験的に図るのは難しいです。しかし、公表された事案および私が過 去一二年間にわたって関与してきた事案からしますと、この抗弁が主張される方法およびその成功について、 率直に言って大きな違いを見ることができます。 最近の発展について触れられました。米国における罠の抗弁の歴史的起源は、どのようなものですか。 M” 罠の抗弁は、他の抗弁とは異なるものです。一年目の刑法の授業を思い出して欲しいのですが、正当防衛、 第三者防衛、緊急避難、および心神喪失︵精神障害Vの抗弁などといった米国の制度における伝統的な抗弁 は、初期の英国のコモン・ローから来たものです。これらは、文字通り、何百年もの経験があります。私たち は、二〇〇から三〇〇年前の英国人とはこれらの抗弁について違った見方をするかもしれませんが、核の部分 は残っているのです。罠の抗弁にはそれが当てはまりません。 180東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) 罠の抗弁は英国のコモン・ローから来たものではありません。英国には、今日でもこの抗弁はありません。 この抗弁は米国でおよそ一〇〇年前に、裁判所が政府職員︵捜査官等︶による犯罪の創造について懸念した事 案で発展しました。禁酒法の時代ですが、政府職員︵捜査官等︶がアルコール事業をもっぱら破たんさせるた め、アルコール事業の設立に深く関与することに関して大きな後押しがありました。この抗弁は、私たちの刑 事司法システムに受け入れられるとともに、重要な一部となりました。多くの州では制定法にはよるものでは ありませんが、すべての州がこの抗弁を有しています。また、憲法に基づいたものではなく、英国のコモン・ ローに関連はありませんが、確かに連邦の罠の抗弁も存在します。 L” 罠の抗弁の連邦の使用と州の使用との違いについて触れられました。 抗弁の違いについてさらに説明していただけますか。 異なる︹法的権限の︺管轄による罠の M” 罠の抗弁は憲法に基づいていないため、正当防衛が憲法に基づいていないと見られるのと同じように、各州 は、何をするのもほとんど自由です。しかし、正当防衛のようなものは、五〇州すべてとコロンビア特別区に おいて基本的に同様の抗弁です。証拠や陪審への教示に関してニュアンスの違いなどはありますが、基本的に 同じ抗弁と言えます。心神喪失︵精神障害︶の抗弁に関しては、テーマについていくつかのバリエーションが ありますが、基本的な論点はほとんどの州において類似しています。しかし、罠の抗弁はそうではありませ ん。 実際には、二つの基本的な罠の抗弁が存在します。そして、三つ目のものとして、二つの混合型もありま 181
す。最も初期のものであり、現在でも多数派の罠のルールは、主観的テストと呼ばれています。このテストは 米国の連邦最高裁によって編み出されました。これも憲法に基づいていないため、州は最高裁に従う必要はあ りません。しかし、もちろん、ここオハイオ州を含む多くの州は一般的な方法として、そしてそれがより良い 方法であると考えて採用しています。主観的な抗弁は、個人に焦点を当てており、基本的には、議会は、いか なる悪い精神状態という意味においても有責性を有さない者を刑事的に処罰することを意図していたはずがな いと説きます。結果として、被疑者の個人的、主観的な精神状況を見て、一つの鍵となる質問をします。政府 が彼を関与させようとした、あるいは彼に懇願した以前に、彼は犯罪を行う事前傾向を有していたのであろう か。政府とは無関係に、彼は自分自身でもそのような行動に出そうであったのだろうか。もし答えがイエスで あれば、彼は傾向を有しており、政府の関与がどのようなものであったかについては考慮されません。なぜな ら彼は責められるべきだからです。もし答えがノーであれば、彼は傾向を有しておらず、彼は訴追されるべき ではありません。連邦政府はこのテストを使用しています。これは、ウォーレン︵潮四睡窪︶最高裁長官とレ ンキスト︵響ぎ∈韓︶最高裁長官という一般的に刑事法の分野ではあまり共通点のない二人を含む興味深い 最高裁判事の一群によって強く推進されました。もっとも、大きい州のいくつかは違いますが、州の多数はこ れに従っていくでしょう。カリフォルニァ州、テキサス州、ペンシルバニァ州、およびミシガン州は従いませ ん。それゆえ、主観的な基準に従わないことにした重要な州がいくつかあることになります。 二つ目のテストは、客観的基準と呼ばれています。これは、フランクファーター︵寄き師自什R︶判事、ス チュワート︵ω8≦巽什︶判事、マーシャル︵ζ巽筈普︶判事、およびブレナン︵野①目き︶判事によって推進 されました。またもや、通常一緒に考える一群ではない判事たちです。彼らの見方は、主観的テストの根拠と 182
東洋法学第52巻第1号(2008年9月) して述べられているもの1議会は、非難に値しない人々が貢任を有すると判断されることを意図していたは ずがないということーは意味を成さないものだというものです。彼らは、実際には、議会はそのようなこと を何も考えていなかったと主張しました。もし考えていたのであれば、彼らは、法文上の抗弁を作り出したは ずである。議員がしたことは、たとえば、麻薬犯罪では、犯罪を定義し、犯罪の要素と刑罰を与えたのみであ ると。したがって、彼らの考え方は、基本的には1正直に言いましょう1罠の抗弁を持つ本当の理由は −−極端な法執行行為に対する司法の抑制としてなのです。︹彼らは次のようにいいます。︺私たちが行おうと していることは司法機関によって行政機関を制限することであるため、私たちはテストがどのようなものであ るかについて正直であるべきである。テストは、被告人が誰であるか、彼女が何を信じていたか、あるいは彼 女が事前傾向を有していたか否かではない。むしろ、警察が何をしたかにあるべきである。警察の行動は、警 察による行動を変えるために有罪判決を投げ出すと私たちが言う用意があるほど極端であっただろうか。合理 的な人の基準を見てみよう。もし警察の行動が合理的な人ーさもなければこれらの状況下において法に違反 しなかったであろう人ーに法を違反させるようなものであれば、その行為は不適切であるということになる ため、これは客観的テストと言われています。客観的には、それは極端すぎるため、私たちは有罪判決を却下 するのです。 最後の一組の州ーいくつかはあるが、あまり多くはないーは、基本的には、二つのテストの混合型で す。ここでの基準は、第一段階は裁判官のための法の問題です。すなわち、政府の行動は極端すぎたのかで す。そして、答えがイエスであれば、審理︵ぼρ巳蔓︶はそこで終わります。それはうまくいった抗弁となり ます。もし答えがノーであれば、あるいは、少なくとも議論の余地があるのであれば、その被告人は犯罪を行 183
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う事前傾向を有していたか否か、という問題は陪審に行くことになります。 主観的/客観的テストという意味では、いくつかの裁判権︵廿冨9&○房︶は二つの極の間のどこかで質問 に答えており、先天性/後天性の議論と類似しているように見えます。それぞれのテストの長所と短所はどの ようなものであり、先生はどちらを好まれますか。 M” 私は混合型のテストを好みますが、二分岐された分析のような形にするかは思案中です。これから説明する ように、私は、このテストに関して最高裁判所が見せた方向性を気に入っています。 主観的テストは、個々の被告人に注目するという大きな利点を有しています。私たちの刑事司法制度の中心 的な概念は、常に個人の有責性でした。したがって、被告人が本当に犯罪を行う事前傾向を有していたのであ れば、その者を訴追し、積極的な抗弁を許さないことについて注目すべき点があります。しかし、その問題点 は、二つの事案におけるまったく同じ警察の行為が、二人の独立した被告人がいるため、二つの個別の結果を もたらすことがある点です。政府によるまったく同じ行動が二つのまったく違う結果をもたらすのであれば、 それが分別ある司法手続きと言えるのか考えずにはいられません。このテストの二点目の問題は次のようなも のです。すなわち、どのように事前傾向を証明するのだろうかという点です。事前傾向を証明する方法は、多 くの場合、以前の犯罪活動を見ることです。米国の刑事司法制度の中では、そのようなことが一般的には許さ れていないことを私たちは知っています。いくつかの例外はありますが、一般的には、私たちは、この被告人 による以前の犯罪が性癖︵虞○冨房身︶1起訴されている犯罪が起こる蓋然性ーを証明することを認めま 184東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) せん。そうしないことには理由がありますーなぜなら、その人は、五年前に行ったことではなく、今日行っ たことについて裁判にかけられているからです。しかし、罠に関しては、私たちは以前の犯罪を証拠として認 めています。なぜなら、事前傾向のより良い指標はないからです。もし、ある人が、ある行為を過去一〇年間 に四回行っていれば、五回目までは、彼はおそらくそれを行う事前傾向を有していたであろうというもので す。したがって、これは非常に厄介です。陪審はそれが性癖のためではなく、事前傾向︵賓a一8・ω窪9︶を 判断するためのみであると教示されますが、ある人を過去を理由に訴追することについて疑問に思います。私 は、陪審に教示するには、それはとても繊細な境界線だと考えます。 客観的テストでは、本当にやろうとしていることは次のようなものであり、より正直です。すなわち、適切 な警察の行動を判断することです。確かに、警察の大方の活動は、実際には影響されません。したがって、真 の利益は、政府の活動を見て、真剣に尋ねることです。しかし、ここには二つの問題があります。一つ目は、 どのようにそれを判断するのかです。私たちは、犯罪を行うよう追い込まれるような合理的な人について述べ ていますが、刑事司法制度の前提は、合理的な人は、強要され、または他人の命を救おうとしていない限り、 犯罪を行うよう追い込まれないというものであり、それらについてはすでに抗弁が存在します。そして、二つ 目もまた、⋮⋮事前傾向テストのコインの裏側である、すなわち、私たちは本当に合理的な人を前提としたテ ストが欲しいのであろうか。私たちは、個人の有責性を測るべきではないだろうかという点です。私は、最高 裁はなかなか良い仕事をしたように思います。なぜなら、判事は多数派の主観的テストを維持したので、事前 傾向は依然としてテストになります。しかし、彼らは次のように述べました。すなわち、我々は二つのことを 注意深く見る。まず、事前傾向とは何だろうか。ある人がこの種の行動への偏愛︵實①亀①&8︶を有してい 185
たとしても、事前傾向を意味するわけではない。本当の質問は次のものである。すなわち、彼が犯罪行為に関 与したであろうか否かであり、これはまた違うものである。そして、二つ目に、我々は、政府の行為の分析 に、より大きく依存する。もし政府が広範囲におよぶ、集中的な誘導︵ぼ身8BΦ旨︶に関与したのであれば、 それは被告人が事前傾向を有していなかったというよい目印になる。なぜなら、彼に犯罪を行わせるためには そのような極端な誘導が必要だったからであると。したがって、ある意味、最高裁は事前傾向のテストを維持 しているが、それは混合型のように見えます。なぜなら、今まで以上に政府の行動に依拠しているからです。 LH 先生が触れられていた事前傾向に関する混合のお話は、第七巡回区控訴裁判所がホーリングスワース︵頃9− ︵2︶ 言霧≦雲昌︶事件で述べたように、﹁事前傾向﹂は﹁周囲の条件に依存する︵8ω置9巴︶﹂と﹁傾向︵駐8甲 ぎ冨一︶﹂という要素の両方を有するという観念から来るものであるとお考えですか。 M一 はい、そこで意見を書いたのは、ポスナー︵℃・撃R︶判事だったと思います。その後すぐに私は彼を褒め 称える論文を書きました。なぜなら、私は、彼がその教義を正確に理解したと考えたからです。私たちは二人 とも、最高裁はそういうことを言っておらず、そういうことを意図していなかったと主張する人々によって厳 しく批判されました。しかし、私は、最高裁はそういう意図であったと考えています。私には、郵便を通して いかがわしい雑誌を受け取ったとして有罪とされた農業従事者に関連する重要なジェイコブソン︵宣8σω9︶ ︵3︶ 事件において、最高裁は、かなり慎重にその被告人がどのような者であるかを見るように言っているように思 えます。彼は、政府の関与がなくてもその犯罪を行う蓋然性が高かったのであろうか。そして、私は、ポス 186
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) ナー︵勺o跨R︶判事が言ったことは次のようなことであると考えています。すなわち、最高裁によって、こ の被告人がどのような者であるかを注意深く見るように言われている場合、我々は政府が何をしたかについて も念入りに見る必要があるということです。例えば、ホーリングスワース︵自・田轟男9浮︶事件において政 府がしたことは、犯罪事業を立ち上げることでしたーそれは、被告人たちが自分たちでは成しえないことで ︵4︶ した。彼らは熱心で欲深かったし、金儲けをしたかったわけですが、欲深く、金儲けをしたいと思うことは犯 罪ではありません。法律に違反したいと欲することでさえ、犯罪ではありません。法律に違反するためには手 順を踏む必要があります。第七巡回区控訴裁判所が述べたことは次のようなことです。すなわち、被告人は傾 向1もしかすると熱心さーを有していたが、彼らは犯罪を行うことが可能な立場にありませんでした。そ れは、金融取引、オフショア金融が関連する事件であり、被告人はいずれも素人でした。これらの素人はどの ように犯罪を行えばよいのか知らなかったのです。そして、彼らは自分たちで犯罪を行うことは考えにくかっ たため、法律の問題として1事実の問題としてさえではなく、法律の問題としてー主観的テストは満たさ れなかったのです。そして、ー罠の抗弁がこのような事案で適切に提起された場合−政府が合理的な疑い を超えて証明する責任を負っているため、裁判所は、政府は合理的な疑いを越えてこの必須の要素を証明でき なかったと判断しました。 ︵5︶ LH 先生は﹁法律の問題として﹂と述べられました。そして、最初の方に、政府を抑制する司法の試みについて 触れられました。罠の文脈では、確かに、判事/陪審の判断者の問題が頻繁に起きるように見受けられます。 先生が見られた裁判官と陪審による罠の抗弁の潜在的使用に関連する事実関係の解釈の仕方の違いにはどのよ 187
うなものがありますか。 M” 私はいくつかの大きな違いがあると思います。前に戻って、法律がどのようにあるべきか、あるいは少なく とも、私が法律はどのようにあるべきと考えているかについての概要を説明しましょう。私は、法律は、一般 的には、主観的テストの管轄では、陪審が鍵となる事柄について判断すると考えています。それらは、 特 定の時点において精神状態がどうであったかーその者が事前傾向を有していたか否かについての事実に関連 する問題です。客観的な管轄では、多数の識者と裁判官は伝統的には、これは、一般的には、法律問題として 裁判官のための問題ー基準を作り出し、極度な範囲︵①図qΦ日①﹃83︶がどのようなものかを判断するため ーであると考えています。しかし、そうは言ったものの、二つの原理は混ぜられてしまいました。主観的テ ストに関連するいくつかの事案では、この問題は陪審に与えられるべきではなかったと言う裁判所がありま す。それは二つの方法のいずれかで起こりえます。すなわち、罠を証明するのに十分な証拠がなかった場合、 または、罠を示す証拠が非常に多く存在したため、それが裁判にかけられるような問題はなかった場合です。 ︵6︶ ホーリングスワース︵頃亀ぎ脇名9跨︶事件は、裁判所が法律問題として罠と判断した事案です。また、ジェ ︵7︶ ︵8︶ イコブソン︵宣8房9︶事件の最高裁およびそれ以前の麻薬取引が関連したシャーマン︵望震日き︶事件で は、最高裁は、事前傾向の欠如に関する証拠は非常に明白であるためー私は、政府による強い誘導のためで あると考えている1我々は法律問題として判断すると述べました。 その反面、客観的な基準のテストを採用しつつ、事実の問題として解決するため陪審に任せる管轄が多く存 在します。したがって、これは少し奇異なことになります。なぜなら、私は、それぞれの考え方の元々の支持 188
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) 者は、比較的純粋な裁判官/陪審の分け方を考えており、近年、それが非常に純粋でなくなってきていると考 えているからです。そうは言っても、連邦と州の双方の事案に関与してきており、公表されている判決でも多 くの事案を見てきた私にとってそれは非常に興味深いことです。私は、罠の領域では、裁判官はしばしば消極 的であると考えています。彼らは、正しいか否かは別として、︵しばしば正しいと思われますが、︶実施された 身分秘匿の﹁手段﹂は必要不可欠であり、被告人は犯罪を行うことについて前向きであったと信じています。 したがって、この人物に対する同情はほとんどありません。政府の誘導はかなり大きかったが、この犯罪を解 決するためにしなければならなかったことなのです。それに反対する裁判官も確かに存在しますが、私の経験 としては、多くの裁判官が、罠に対するこのような頭の鈍い見方によっています。 陪審は、罠の抗弁について積極的に反応すると私はしばしば感じます。政府の過度な関与−独裁者/大き ︵9︶ な政府1について本当の懸念があると思われます⋮⋮一九八四年のジョージ・オーウェル︵Ω①○お①9≦亀︶ は、政府は我々の生活のあらゆる部分に存在すると感じており、彼らは、我々を犯罪行為に関与させることが でき、その犯罪行為について私たちを訴追する結果となると説きます。さらに、陪審は、私が裁判官はあまり しないと考えていることを行います。例外はありますが、多くの事案で、陪審は、被告人を裁くのと同様に身 分秘匿捜査官も裁判にかけるのです。つまり、被告人の弁護人は、1身分秘匿捜査官の信頼性を攻撃し、犯 罪行為を作り出すために必要以上のことを行ったと示そうとし、そして被告人ではなく、身分秘匿捜査官が犯 罪行為を推進する上での支配的な人物であったと示そうとするためにrこの身分秘匿捜査官がどのような人 物であったかを説明します。証拠が非常に強く、陪審が無罪と判断した多くの事案があります。特に、二つの 有名な事案を検討して欲しいと思います。何年も前に自動車製造者であったジョン・デロレアン︵冒ぎ 189
∪魯○お彗︶は、確か、サンディエゴでテープに録音されたと思います。彼は麻薬のために金銭を渡し、ある いは受け取っているところをテープに録音されましたが、陪審は政府職員の関与について非常に嫌悪感を感 じ、無罪としました。ワシントン市のマリオン・バリー︵ζ琶9団震蔓︶事件では、彼らは完全には︵結局 のところ︶無罪とはしませんでしたが、彼は深刻な麻薬犯罪で起訴されたものの、軽微な軽犯罪︵巨ba巨ω− 号日①磐9︶で有罪とされました。また、彼らは政府の情報提供者がバリー︵田睡く︶に犯罪に関与させるた めにどれほど強く後押ししたかについて非常に憤慨していたことを、後の陪審員のコメントが明らかにしてい ます。したがって、陪審は、しばしば、裁判官よりも同情的であると思います。正直、私の裁判官の友人へは 申し訳ないのですが、私は、陪審員の方が、政府が法律違反者にならないことへの懸念によって、この問題を 裁判官よりも、より理解すると考えています。 L日 先生は、罠の事案における陪審の分析という意味では乗り気なようですが、 ました。それは具体的にはどのようなものですか。 先ほど、例外があると述べられ M” はい、確かに例外はあります。罠の抗弁は、本質的に同じ犯罪で以前に有罪判決を受けている被告人に関し ては、特にうまく作用するわけではないことを理解してください。そのような状況における陪審は、政府職員 が、かなりたちが悪かったとしても、過去の犯罪歴を有する人物を捕まえるためには、そのような人が必要で あることをよく理解し、彼らは、罠の抗弁に対して非常に非同情的になります。それが、陪審があまりよく反 応しない側面です。他方で、裁判官がよく反応している側面について例を挙げましょう。刑事裁判官は、政府 190
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) 機関が提案した捜査がどのようなものであり、その必要性に関する主張がどれだけ正当であったかを分析する かなり洗練された人々でありえます。しかし、彼らは批判的にもなりえます。オレゴン州の連邦事件で、捜査 官が、逮捕に基づき、税金の対象とならない多額の金銭を受け取っており、罠がどのようなものであり、彼が どの程度行動することができるかについて指示も定義づけも与えられていない事案があります。裁判所は政府 ︵10︶ ︵H︶ の説明について完全にうんざりしていました。裁判所は、法律の問題として、罠を認めました。そこでは、連 邦裁判官は、政府はこのような方法を行う必要がなく、職員を参加できるよう準備させる上で質の悪い仕事を ︵12︶ したことを明白に理解しました。したがって、それはどちらもありえます。 ︵13︶ ︵1 4︶ L” 先生は先ほどジェイコブソン︵冒8房9︶事件とシャーマン︵望RB碧︶事件に触れられました。確かに、 最近、最高裁の判断に変化が見られますーそして、明らかに、ブレナン︵卑Φ目き︶判事のときの流れに不 本意ながら従っている有名な変化があります。そのような法学上の変化について、また、先ほど触れられた、 米国と他の国との比較法的な側面について説明していただけますか。 MH もちろんです。二つを分けましょう。最高裁で何が起きたかという点では、五〇年から六〇年の間、本当の 分裂がありました。それは、先ほど私が述べた理由に基づき、主観的テストを強く推進するウォーレン︵≦寧 お⇔︶最高裁長官が、そして現在はレンクイスト︵”魯B巳亀最高裁長官が五名のグループを率いている五対 四の分裂から始まりました。そこには、フランクファーター︵男惹嘗費詳R︶判事、ブレナン︵㌍①目目︶判 事、マーシャル︵ζ巽ω冨巳判事、およびスチュワート︵ω器≦震け︶判事など、常に三から四名の反対意見者 191
がいました。彼らは以下のように主張しました。いいえ、客観的テストが最も理にかなっている。なぜなら、 我々は政府の行動を抑えたいからであると。現在では、今日の最高裁で少なくとも公に主観的テストに異議を 申し立てる判事はいません。最後の反対意見者はブレナン︵卑Φ暮彗︶判事であり、彼は、相互矛盾の抗弁 ︵15︶ ︵営8窃醇①艮8δ壽Φの︶を含む、比較的小さな罠に関する判決であったマシューズ︵ζ簿冨期ω︶事件で、か なり辛らつな意見を書きー要するに次のように述べました。﹁もし私が白紙の状態から書いているのであれ ば、私は主観的テストを使用しないが、そうではない。もう十分である。先例拘束性︵ω$お09邑ω︶は、私 に乗れと言っている。﹂それが最後の喘ぎであり、それは一〇年以上前のことです。したがって、主観的テス トについて最高裁では、本当の意味では反対意見は出されてこなかったといえます。テストの適用についての 反対意見は確かにありましたが、テスト自身についてはなかったのです。 さて、比較法的な側面についてですが、それは特筆すべきことです。私は、真の意味での罠の抗弁をもつ国 を見たことがありませんー同じような刑事司法制度の国でもです。たとえば、豪州と英国は、罠は、証拠を ︵16︶ 制限する限りにおいて裁判官によって考慮されることができるとのみ述べますーミニ排除ルールのようなも のです。もし政府が銃を回収するのに関与し過ぎていれば、銃を排除しますが、それは積極的抗弁とはなりま せん。しかしながら、現実的な問題として、特に罠と一緒にはほとんど使われない自由裁量的な排除ルールで あるため、その銃が排除されることはほとんどありません。したがって、私たちに一番近い国々では、罠の証 拠が制限される可能性がありますが、それはあまり現実的な可能性ではない、あるいは、少なくとも、頻繁に 見られる可能性ではありません。今、多くの他の国々では、ー確かに、大陸法の国々ではー罠の抗弁のよ うなものや制限はありません。彼らは、この問題について他の方法で対処しようとするかもしれませんが、現 192
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) 実には、犯罪の要素が証明されれば⋮⋮被告人は刑務所に送られます。 米国と他の国の双方で、私は、まさにこの問題について、裁判官、実務を行っている弁護士、および法学者 と何回か議論をしてきました。二年ほど前、排除ルールと罠、そして本質的に法律に従うために米国の政府が 支払っている重い対価について話しているときに、仏国の裁判官が次のようなことを言いました。彼の言葉は 次のようなものであったかと思います。 ﹁あなたたちアメリカ人は政府についてとても冷笑的であり、法執行に非常に不信感を抱いている。﹂ 私は同意し、それは私たちの歴史的な観点に基づいていると述べました。私たちはいくつかの政府の行動に ついては許すつもりはないのです。しかし、私は次のように彼に言いました。﹁もしあなたたちが麻薬、わい せつ文書、詐欺師による詐欺に対処しようとしているのであれば、あなたたちも、もちろんこれらの身分秘匿 捜査について問題を有しているでしょうーこれらの分野は一般的に身分秘匿捜査が見られる分野です。﹂ 彼は、﹁もちろん私たちは身分秘匿捜査を実施していますし、捜査官の行き過ぎに関する問題を有していま す﹂と言いました。 そこで私は聞きました﹁もしあなたたちは証拠を排除しておらず、罠の積極的抗弁を認めないのであれば、 あなたたちは、政府を監視し、制限するために何をするのですか。警察に対して業務上の制裁があるのです か。﹂ 彼は答えました、﹁いいえ、あまり頻繁にはありません。﹂ ﹁あなたたちは抗弁がなくても証拠を制限するのですか。﹂ ﹁いいえ。そのようなことはしません。﹂ 193
﹁関与した警察に対して罰金を科していますか。﹂ 彼は言いました、﹁いいえ。一般的に私たちはそのようなことはしません。﹂ そこで私は聞きました、﹁それでは、あなたたちは、このような極端な行動を伴う事案において、 は何もしないということですか。﹂ そして、答えは﹁はい。一般的に私たちは何もしません﹂というものでした。 一般的に LH 先生が述べられた﹁米国的な﹂観念という特徴は、特定の個人あるいはクラスに対して政府が恣意的に行動 ︵17︶ することへの恐れと考えておられますか。たとえば、ジェイコブソン︵冒8房9V事件でさえ、政府の役人 は、次のように言うことができるように思われます。わかりました、あなたは特定の種類の雑誌を見ていまし た⋮⋮。先生はそのような恐れが、特定の事案において現実に現れたのを見たことがありますか。 M口 一部は恐れだと思います。実は、豪州の友人と私がそれぞれの刑事司法制度を比較する論文がそろそろ出 ︵18︶ ます。主な違いのひとつは、確かに、私たちは、豪州よりも捜査における政府の行動をより制限する用意があ るという点です。なぜそうなのかを説明するのは難しいです。米国では、恣意的または差別的な法執行に対す る不信感がありますが、これはそれだけではありません。私たちはまた、大きな強い政府に対して恐れを持っ ています。これは奇異なことのようにみえます。なぜなら、世界では、米国は最も強力な政府と見られている からです。しかし、実際はそうではありません。私たちはもしかしたら経済的および軍事的には最も強力な政 府かもしれませんが、私たちの政府の権力は比較的制限されています。私たちには抑制と均衡があります。そ 194
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) して、私たちは、法の執行に対して、他の多くの国が持たない制限を有しています。罠はそのような制限のひ ︵19︶ とつであり、排除ルールがもうひとつの例です。ミランダ︵ζ嘗き3︶もまたそうであり、迅速な裁判を受け る権利、厳密な一事不再理および対審の権利に基づき却下される事案もそうです。私は、これらはすべて、政 府は捜査し訴追する義務と権利を有するが、比較的制限された範囲内においてという考えのパッケージの一部 であると考えています。私たちは、何がおきているかを理解できるようにそのプロセスをかなり透明にしたい と考えています。そして、もし払わなければならない対価があるのであれば、それは議論の余地があるかもし れませんが、私たちは成功する訴追を放棄するという対価を払う用意があるのです。 L” 数分しか残っていないので、スピードを上げたいと思います。弁護士および必ずしも有能ではないかもしれ ませんが、預言者として将来を見ますと、身分秘匿のおとり捜査などの監視テクニックの使用および法的制度 の対応についてどのような将来があるでしょうか。 M” あなたは問題を上手く分けられましたね。何が起こるかという意味では、私たちは、これまでより多くの身 分秘匿捜査を目にすることになるのは明白と言えます。こうした捜査手法は、私たちの懸念に基づき、より多 くの資源を投入している分野1これらは、身分秘匿警察捜査が機能するかもしれない分野であることが多い !で使われています。それらの捜査は、凶悪犯罪ではあまり上手く機能しません。ヘルス・エンジェルス ︵寓亀.ω>躍9やテロ組織に潜入するのは困難なのです。凶悪な組織犯罪に関連する事案は実際には、数える ほどしかありません。しかし、麻薬、金融犯罪︵爵醤o芭R巨①ωV、密入国斡旋︵呂窪ωB罐讐躍︶、国内的な 195
らびに国際的な要素の双方をもつ、懸念が大きくなってきている分野についてであれば、それは別問題です。 そこでは、身分秘匿捜査官はかなり効果的かもしれません。連邦レベルではもちろん、州および地域レベルで も、この種の政府行為に対する後押しが増えると私は考えています。 法的な反応という意味では、過去数十年で、政府の過度な関与についてより多くの懸念事項を目にするよう になりました。ある意昧、身分秘匿捜査は魅惑的です。また、コストも低いように見えます。誰かを送り込 む、グループ全体を捕まえる、そしてワオ1。何という成功だろう1。いやはや、そのようにはならないもの なのです。これは非常にコストがかかります。︹送り込むためには、︺人々を上手く研修しなければならず、成 功率はあまり大きくないかも知れません。勝つときもあれば、負けるときもあり、それを事前に見極めるのは 難しいことです。そして、陪審員と裁判官が、一〇年または二〇年前には見られなかったことですが、政府が 過度に関与したかを判断するために、政府が何をしたかを注意深く精査しているのを目にするようになりまし た。麻薬の分野では、政府が過度に関与していた事案−麻薬の製造に関与していなかったとしても、全体的 な事業の経営には確かに関与していたーがありました。私は次のように裁判所が述べた事案について考えて います。許すことはできないのは、過度な政府の関与である。確かに、私たちは事前傾向を見ると。しかし、 判決文中では、彼らは明らかに今まで以上に政府の行為に焦点を当てています。インターネット犯罪に関する 罠の抗弁の使用は多く見られるようになってきていますーわいせつ性または未成年者に対する性的犯罪に関 連する事案などです。これらは深刻な犯罪です。しかし、これらは、言論の自由について懸念が生じる分野で す ︹集会場に集まるなどの︺形式にかなった集会を持たず、インターネットでつながっているため、多く の伝統的な方法では政府は制限されていないのです。近時の第九巡回区控訴裁判所の事案で、︵私は正しかっ 196
たと思っていますが、V政府︹の行為︺が控訴裁判所によって、打ちのめされた事案を想起します。本件は一 見、奇妙ではあるかもしれませんが、犯罪にはならない性的な出会いを被告人が決して意図することがなかっ ︵20︶ たような非常に深刻な性的犯罪にしてしまった事案でした。裁判所がその結論に到達したのは、被告人の精神 状態︹犯罪を犯す事前の傾向︺だけではなく、︹ここでもまた︺そのような精神状態を推進する上で政府が何 をしたかに大きく焦点を当てることによってでした。 東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) LH 先生のお話を伺っていると、いくつかのものはもしかしたら廃れてきているように思えるのですが、関連す る教義︹罠の抗弁︺︵α8鼠器︶に重大な変化があるかもしれないというのは正しいとお考えですか。政府の 過度な関与は確かに広範囲なテーマである点および罠の類型のおとり捜査に関しては大きな労働力を要すると いう事実についての考えを述べられました。しかし、テクノロジーの進歩によって、法執行の監視活動におけ る人間の関与は、継続的な監視プロセスとしてのテクノロジーの使用によって取って代わられつつあるように 思われます1政府の監視からの盾が本当に存在するのか境界があいまいになるほどです。同様に、インター ネットと、空間が崩壊しているという考えについて述べられましたし、先ほど、﹁事前傾向﹂が﹁周囲の状況 に依存する︵8ω筐09一︶﹂要素を持つことについて話しました。罠の抗弁に対するそのような技術的な影響に 関しては、どのようにお考えですか。 MH あなた︹のご発言︺ た。なぜなら、現在、 は正しいのですが、限られた範囲で正しいと言えます。あなたは正しいと私は言いまし テクノロジーが犯罪を解決し、犯罪類型によっては、犯人を捕まえるのに非常に役立つ 197
L
ことがあると私は考えているからですーインターネットに関連した犯罪、電話を用いて行われる金融犯罪な どです。ただし、深刻な問題が起こる可能性もあります。なぜなら、簡単に監視することができないからで す。彼らがいつ集会に入り、またはどのような発言がなされたかを聞くことはできません。なぜなら、イン ターネットやメールの記録がなければ何も言われたことにならないからです。私は教義が変わるとは思いませ んが、これらの懸念があるため、より緊密な精査が行われることになるでしょう。しかし、それには他の部分 もあります。それについては、法執行社会と一緒に述べるべきでしょう。これらの犯罪の多くでは、私たちみ んなが知っている昔風の警察の仕事に代わるものはありません。もし大きな麻薬組織、主要な密入国斡旋集団 または深刻な金融詐欺を本当に検挙したいのであれば、面と向かって会うことが必要です。活動の一部になら なければなりません。これらの者たちは、いかなる方法にせよ、活動を行っている仲間に罪を負わせることが できる重大な情報について、絶対にあなたを信頼してくれないのです。そのためには、伝統的な身分秘匿捜査 が必要になると私は考えていますーですから私はそれがかなり活気を持ち続けると考えているのです。 先生が画期的な出来事、あるいは少なくとも重要な裁判例を与える可能性があるものとして、 ている特定の法的問題はありますか。 近い将来に見 MH 私は、罠に関する中心的な教義はあまり変わらないと考えています。私たちは、国家として、それで完全で はないが満足しているようであり、州の間の分裂も、それぞれが真ん中に近づいているため、そこまで大きく ありません。更なる検討と適用に熟した二つの分野があると思われます。一つ目は、今まで以上にテクノロ 198東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) ジーが関与するものであり、特にインターネット、Eメールなど、物事が非常に早く動いているところです。 物事の経過を追うのが困難です。しかし、私たちはそれが非常に大きな影響を持つことを知っており、私たち はすでに、それが性的犯罪と未成年者が関与する訴追を動揺させるという意味で体験し始めています。これは 今後増えていくでしょう。他方は、一番興味深いものですが、より一般的になってきている国際的な問題に関 するものです。喜ばしいことに、私たちの政府と他国の協力が見られるようになってきました。なぜなら、麻 薬、密入国斡旋、および金融犯罪の多くはひとつの国家の境界内に限られていないからです。ここでは、私た ちは、提示することのできる抗弁、訴追することができる管轄、および誰が証拠を挙げることができるかにつ いて、いくつかの難しい問題を抱えることになります。これについては、ようやく氷山の一角を見始めたとこ ろです。今後より多く出てくることになるでしょう。 LH たとえば、域外適用︵①斡箪器艮8冨一ξ︶が関連する海外汚職 ℃轟&8ω>oけ︶またはそれに似たようなものに関連してですか。 ︵腐敗︶行為防止法︵悶○邑磐Og臣讐 MH はい。ここで宣伝します。私は米国司法省の国際部門の刑事部門に友人がおり、この問題は、 真剣に検討しているものです。彼らは非常に能力が高い人々であり、仕事が忙しい状態です。 彼らが非常に LH 最後の質問ですが、罠の事案の双方の側︹訴追側と弁護側︺で働いたことがある先生の幅広い経験に基づ き、論点が非常に痛烈であった先生のお気に入りの事件あるいはお気に入りの出来事は何ですか。 199
M” いくつか述べましょう。最初の二つは公表された事案です。三つ目は、事実関係を変えましょう。なぜな ら、それは公表された事案ではなく、私は公式には記録に載っていないからです。一つ目は、政府が、何らか の奇妙な理由により、北東部の麻薬の密輸がメイン州から行われていると信じた あまり賢い考えではない ですが1事案です。陸まで辿り着くのにごつごつした海岸があり、多くの身分秘匿捜査官が送り込まれまし た。捜査官自身も廉潔なわけではなく、マリーナの持ち主に対して、麻薬が届けられ、そこから運び出される 間、実質的に﹁目を瞑っている﹂ことに対して、前払いで現金一〇万ドル、全部で一〇〇万ドルを提示しまし た。陪審は、マリーナの所有者は金銭的にひどい財政難にあったが、一〇〇万ドルの現金がなければ、彼は決 してそれを行わなかったであろうということに関して何の疑いもありませんでした。二つ目はニューヨークで 行われた金融詐欺です。この事件では、被告人はかなり欲深く、もう少し金を儲けたがっていましたが、どの ようにすれば良いかを全く知りませんでした。彼らはどのように金融商品を交換すればよいか、そしてどのよ うに取引を書き上げればよいか知りませんでした。しかし、そこに、それらをどのようにすれば良いかを正確 に知っており、するべきこと全てを彼らに見せた政府職員︵捜査官等︶がいたのです。またもや、陪審は、そ れに対して眉をひそめ、罠と判断し、すべての起訴事実について無罪としました。さらに、私は数年前に、民 兵︵日痒包が関連した事案−危険で凶暴な犯罪である について検察官を補助する形で事案に関与しま した。これは通常の罠の事案の例外であり、彼らは民兵の内部に誰かを送り込み、そうすることによって将来 の犯罪について知ったのです。罠の抗弁は実際には提起されなかった事案です。私は初期に関与しましたー どこまで彼らが行動することができるかについて身分秘匿捜査官を指導しようとする過程です。彼らは、グ ループの受け入れられた一員としてみなされるために、十分に参加する必要がありますが、一線を越えてしま 200
東洋法学 第52巻第1号(2008年9月) い、積極的に関与しすぎると、罠の抗弁が成功裏に提起される恐れがあります。それを行うのは非常に困難で す。なぜなら、捜査官は、何週間、あるいは何ヶ月も離されたところにいる︵貰Φ曽妻電Vのであり、犯罪に 向かう行動がどこで関与してくるかを厳密には知らないからです。私のアドバイスは、グループに同調する が、自ら新しい試みを開始しようとしたり、それ以前には行かなかったであろう領域に人々を仕向けたり、彼 らが解決できなかった問題の解決策を提案したりしないというものでした。 ︵1︶ω合¢ω■一臼︵一〇認︶■ ︵2︶缶・一一一躍箸・﹃讐ダ¢巳8αω鼻ΦρN弟。。2一8︵刈9Ωり一。8。 ︵3︶寅8げω8ダd巳8αω聾①ωぴ○ωq¢匁。︵一。ΦNy ︵4︶缶○臣お馨・昌Fミ劉o 。α田江NO一−8 ︵5︶原文は、。ξ琶⇒という用語を使用しているが、8辞毘の誤植であると思われる。そこで、訳中では、 いる。 ︵6︶Hα●>江NO一 ︵7︶冒8σω・POO。。dφ跨鰹9 ︵8︶留震Bきダd嘗8ω蜜叶①ωる㎝①dφG。$︵H3。 。y ︵9︶○①。蒔ΦO毫①一二。。 。“︵2睾︾59。きロ99憂一8一︶, ︵10︶ωΦΦ¢鼻①αω聾①ωダζ聾9Nる逡コω看P一。額︵PO唇一8①︶如まレ旨霧釦H①H︵・爵Ω︻H8刈y ︵n︶H傘讐一8ρ ︵12︶犀 ︵13︶冨8ぴωOP8G 。qω●讐総ρ oξ琶一として訳出して 201
︵14︶浮RB蝉PωαOdφ簿ω$● ︵15︶ζ讐冨誤ダd旨9ω舅Φω層恥。 。qdφ㎝。 。︵一。o 。G 。︶● ︵16︶原典の注にはないが、以下を付記しておきたい。豪州については、定かではないが、少なくとも近時の英国では、罠の事案に おける手続の打切りが認められている︵拙稿﹁イギリスにおけるおとり捜査の判断基準と法的効果︵一︶﹂東洋法学五一巻一号 ︹二〇〇七︺二五頁、﹁イギリスにおけるおとり捜査の判断基準と法的効果︵二・完︶﹂東洋法学五一巻二号︹二〇〇八︺一頁参照︶。 ︵17︶冒8げω・戸㎝。ωqω●讐経ρ ︵18︶評巳ζ震窪ω律≦。毎≦鎚ρ>湯霞餌冨彗α跨①d導aω鼻Φω為ぎ○・B日89一巨轟こq呂8琢路霧98BB・巳賓讐○まρ 一N↓巨旨H旨/一帥OOBPr︵8旨汀o邑鑛80鼻y ︵19︶ζマき鼠<,︾匡N8ρωO o“dφお①︵一8①︶。 ︵20︶d嘗&ω鼻8くも・魯目餌PN嵩国ωαふ8︵Φ3Ω播80。y 1みやき やすひろ・法学部講師1 202