著者
?澤 弘明
著者別名
TAKAZAWA Hiroaki
雑誌名
東洋法学
巻
61
号
3
ページ
319-331
発行年
2018-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00009683/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 研究ノート 》
技術者倫理と日本国憲法第13条
髙澤 弘明
1 はじめに 自動運転自動車や人工知能といった革新的技術の研究・開発が進められてい るなかで、現在、産業界や理工系教育においては、研究者・技術者の倫理問題 がクローズアップされている。それは、研究データの改ざんや不良製品の隠ぺ いなど、研究者・技術者が関係する不祥事がしばしば生じているからである。 また平成23(2011)年の東日本大震災における原発事故は、研究者・技術者に 計り知れない衝撃をもたらし、倫理問題はもちろんのこと、研究者・技術者の 在り方までも問われるようになってきている。そのため技術者の育成を図る理 工系教育機関では、以前にも増して技術者倫理教育を重視し、それに合わせ て、現在、多数の教本が出版されている。このような教本において興味深いの が、その論説のなかで、日本国憲法第13条の「公共の福祉」や「幸福追求に対 する国民の権利」の文言を用いて、技術者倫理を説く教本がいくつか見られる ことにある。そこで本稿では技術者倫理の分野において、日本国憲法及び第13 条がどのように扱われているのかを紹介し、併せてその論説の憲法学上の考察 を試みることを目的とする。 2 技術者倫理教本における日本国憲法第13条の用例 2 ― 1 消極的技術者倫理 技術者にとって最も忌避すべき事態は、ミスや手抜き作業などで事故を引き 起こし、市民生活にダメージをもたらすことである。このような事故防止の観点から技術者倫理研究を先行させたのがアメリカで、その契機となった事故の 1 つが、搭乗員 7 名が全員死亡した1986年のスペースシャトル・チャレン ジャー号の爆発事故である。 この爆発事故の原因は事故調査委員会の報告によると、燃料タンクの繋ぎ目 を密封する O リングとされ、調査ではこの O リングは低温状態に晒される と、密封性が劣化するという欠陥があったことが報告されている( 1 ) 。折悪しく チャレンジャー号の打ち上げ当日は寒波の影響で気温が著しく低下し、低温劣 化した O リングから、燃料タンク内のガスが漏れ出して事故に至ったと調査 委員会では結論付けている。このように O リングが低温劣化してしまう欠陥 や、打ち上げ当日に寒波が流れ込むという気象情報は、NASA・アメリカ航空 宇宙局はもちろんのこと、O リングの製造会社の経営陣や技術者も把握してい た。では、なぜ事故を防ぐことができなかったのか。これは技術者の判断より も、経営側の判断が重視されたからとされている。技術者らは、打ち上げ予定 日の寒波の予報を受けて、O リングの低温劣化の懸念から、打ち上げ延期を会 社に申し出ていた。会社はその申し出により急遽重役会議を開き、会議で改め て技術主任から打ち上げ延期の意見が出されている。しかしながら、NASA の 方では打ち上げを強く希望していたことから( 2 ) 、副社長は、NASA を失望させ ることは得策ではないと考え、延期を主張する技術主任に対して “Take off your engineering hat and put on your management hat(技術者の帽子(思考)を脱ぎ、 経営者の帽子(思考)を被りたまえ)” と批判し( 3 )
、重役会議の結論は打ち上 げの承認に至ったのである。
このようなチャレンジャー号の事件の原因や、技術者と会社(副社長)の動
( 1 ) See Rogers Commission. Report to the President by the Presidential Commission on the Space Shuttle Challenger Accident, Volume 1, chapter 4, p.72(1986).
( 2 ) チャレンジャー号の打上は当初予定より天候不良やアクシデント続きで遅れており、NASA 側 としては早期の打ち上げを要望していた。
( 3 ) 副社長が述べた “Take off your engineering hat and put on your management hat.” は、現在、技術者 倫理の分野では、安全性よりも経営効率を優先させた失敗事例の警句としてよく用いられている。
向について、アメリカの技術者倫理の標準的なテキストであるチャールズ・ハ リス・ジュニア氏(Charles E. Harris. Jr)の教本( 4 ) では、次のような批評を行っ ている。それによるとこの種の技術問題が絡んだ案件は、「最終的には、経営 者ではなく、よりむしろ技術者が決定的発言をすべき」( 5 ) であったとし、技術 主任の意見を退けた副社長の対応を批判している。とはいえ、このような状況 で、技術者が自身の信念に基づいて意見を述べ続け、それを実行させようとす る努力は、まさしく技術者倫理上の大きな難問が立ちはだかるという。それは 組織内における技術者の立ち位置の問題である。例えば全米プロフェッショナ ルエンジニア協会(National Society of Professional Engineers / 以下 NSPE と称 す)( 6 )
が掲げる技術者倫理の綱領(Fundamental Canons)には、その 1 条で「公 共(公衆)の安全、衛生、及び福利を最優先とする(Hold paramount the safety, health, and welfare of the public.)」( 7 )といった崇高な理念が謳われている一方で、
4 条で技術者は「自身の雇用主あるいは顧客のために、誠実な代理人または受 託者として行動する(Act for each employer or client as faithful agents or trustees.)」 とも規定している。そしてハリスの教本では、 1 条でいう公衆の健康、安全及 び福利に対する責務こそ、技術者にとって何ものよりも優先されるべきものと している( 8 )
。これをチャレンジャー号事故に例えれば、技術者は 1 条の「公共
( 4 ) Charles E. Harris. Jr. et al., Engineering Ethics: Concepts and Cases pp.138⊖168 (5th ed. 2013). なお、 本書は財団法人日本技術士会から翻訳が公刊されており、本稿では本翻訳本を用いる。Charles E. Harris. Jr 他著、日本技術士会訳編『第 3 版科学技術者の倫理』(丸善株式会社、2008年)211頁以 下。 ( 5 ) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、229頁。 ( 6 ) アメリカでは「エンジニア」と名乗って技術業に従事するためには、州による規制の違いや例 外もあるものの、基本的には PE(Professional Engineer)の資格を取得した者に限られている。 NSPE は各州の PE 協会を統括し、2015年時点で全米の PE 資格取得者の 1 割が加入している。 ( 7 ) NSPE の 綱 領 の 和 訳 は NSPE の HP を 参 照。https://www.nspe.org/resources/ethics/code-ethics/
japanese-translation
なお、同 HP では“Fundamental Canons”を「根源的規範」と訳しているが、本稿では日本 の技術者倫理の教本で、NSPE の Fundamental Canons を紹介する際に一般的に用いられている 「綱領」を使用する。なお NSPE の翻訳では、“public”を「公共」としているが、技術者倫理の
(公衆)の安全」を最優先にすべく、事故の防止や搭乗員の人命尊重の観点か ら打ち上げの延期に努め、 4 条のいう「自身の雇用主のための誠実な受託者と しての行動」、つまり副社長の意向は技術者の優先度としては落ちることにな る。ともかくハリスの教本では、技術問題が絡んだ問題は「技術者が決定的発 言をすべき」( 9 ) だったことを繰り返し指摘するのだが、とはいえ、現実的に技 術者が組織や上層部に対して、このような態度をとり続けることは非常に難し く、これこそが技術者倫理上の難問となっている。そこでハリスの教本では 「批判的忠誠(Critical Loyalty)」(10) や、「責任ある組織上不服従(Organization Disobedience)」(11) という概念を用いて、技術者が公衆の安全、衛生及び福利の ために上層部に抗い得る環境づくりや、理論的正当性の構築を試みている。例 えばチャレンジャー号事故の場合、使用者は、技術者が専門職として異なる意 見を出しても、報復されないような環境を整えるべきことの必要性を述べてい る(12) 。そして、抗う方法として最も劇的な効果をもたらすのが、公的機関や報 道機関を巻き込んでの内部告発(Whistle Blowing)とされる(13) 。ここでいう内 部告発は匿名ではなく実名で行うことであり、それにより告発内容が無私無欲 であることが強調され、社会的に受け入れやすくなる。しかしながらその一方 で、技術者本人へのダメージや家族への影響は図りしえないものがあり、教本 では、内部告発は最後の手段であると同時に極力避けるべきもので、組織はそ のような事態に至らぬよう、使用者は技術者を含む従業員との意志疎通のシス テムを整えるべきことの重要性を説いている(14) 。その代表例が、「倫理ホット ( 8 ) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、236頁。 ( 9 ) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、229頁。 (10) この批判的忠誠とは、使用者の意向に一方的に従う「無批判的忠誠(Uncritical Loyalty)」と対 置するもので、「従業員の個人的または専門職としての倫理の制約の範囲内で、使用者の利害関 係にできるだけ正当な配慮を行うもの」と、ハリスの教本では定義づけられている。前掲訳書、 Charles E. Harris. Jr 他、230頁以下。 (11) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、232頁以下。 (12) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、238頁。 (13) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、239頁。
ライン(Ethics Hot Line)」などであり、組織内での倫理部門の拡充が求めてい る。そして小規模な組織であれば、使用者が従業員らの意見を偏見なく聞く正 規のルートを確保するしかなく、このシステムを「オープンドアー方針(Open Door Policy)」といい、意志疎通のシステムのなかでこれが最も簡単で、最も 効果的としている(15) 。 このようにアメリカでは事故防止を図るために、過去の失敗事例を徹底的に 究明し、そこから得られた知見を生かそうとする努力が常に取られ続けてい る。そしてこの知見を生かすために技術者の思考パターンや行動に「~すべき である」、あるいは「~してはならない」といった教訓的なものを念頭に行動 することが求められ、期待されている。しかしながら昨今では、このような教 訓的思考・行動パターンは内向的なものであり、失敗事例を分析することの重 要性は認識しつつも、技術者としての職業意識の向上には十分に繋がらないと の指摘がある。逆に技術者としての誇りや職業意識を高め、社会に貢献すると いう「使命感」によって科学技術による事故を抑止し、公衆の福利を促進させ る方が、技術者倫理的に有効ではないかと考えられるようになってきている。 このように失敗事例の教訓から、技術者の行動規範として「~すべきである」、 「~してはならない」的な観点からの技術者倫理を「消極的倫理」とするのに 対し、技術者の「使命感」に訴えてその倫理性を高める方式を「積極的倫理」 とし、現在、アメリカはもちろんのこと、日本の技術者倫理領域においても、 この「積極的倫理」からの技術者倫理の考究が進められている。そして興味深 いのが、日本の技術者倫理の教本のなかでこの「積極的倫理」を日本国憲法13 条の「公共の福祉」や「幸福追求に対する国民の権利」と絡めて説くものがあ り、次項ではこの「積極的倫理」において日本国憲法13条がどのように位置づ けられているのかを取り上げる。 (14) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、241頁以下。 (15) 前掲訳書、Charles E. Harris. Jr 他、241頁。
2 ― 2 積極的技術者倫理 ( 1 ) 日本国憲法第13条と技術者倫理の “public” 技術者の使命感を喚起させて、その倫理感を高める方式を「積極的倫理」と いうが、この他にも「意欲的倫理(aspirational ethics)」(16) 、あるいは「志向倫 理(aspirational ethics)」(17) の表現もある。杉本泰治と高城重厚による技術者倫 理の教本(18) によれば、前項の「消極的倫理」における「~すべきである」、「~ してはならない」的倫理規範の順守を求めたとしても、それだけでは技術者と しての行動の原動力にはならないとしている。杉本らは、技術者の倫理的な行 動には次の 4 つの要素から構成され、これらが技術者の「積極的倫理」の原動 力として期待されるとしている。それは①モラルの意識、②職務上の責務(使 命感)③専門的な知識・経験・能力、④コミュニティの連帯であり、これらの 4 要素が一体となって技術者は倫理的な行動を行い得るとしている(19)。そし て、このうちの②の職務上の責務(使命感)は、そもそも技術者は科学技術の 危害を抑止し、公衆を災害から救い、公衆の福利を推進する者をいい、その責 務(使命感)は、「公衆」からの期待感に基づくもので、これこそが技術者の 使命感を喚起・増進させる淵源になるとされる(20) 。 ところで、技術者倫理におけるこの「公衆」の用語は、特別な意義を持たせ ている。この「公衆」は “public” を指すもので、“public” の訳語としては上述 の NSPE 綱領 1 条でみられた「公共」を初めに「人類」、「社会」、さらには 「現在および将来の人々」などのように意訳される場合もある(21) 。しかしなが らこの数ある “public” の訳語のうち、多くの技術者倫理の教本では “public” を
(16) Charles E. Harris. Jr. et al., Engineering Ethics: Concepts and Cases, 5th Edition, 14(2013). (17) Charles E. Harris. Jr., “Engineering Ethics : From Preventive Ethics to Aspirational Ethics”, Philosophy
and Engineering : Reflections on Practice, Principles and Process, Philosophy of Engineering and Technology. Volume 15, pp177⊖187(2013).
(18) 杉本泰治・高城重厚『技術者の倫理入門』(丸善出版・2016年)。 (19) 杉本他、前掲書、29頁。
(20) 杉本他、前掲書、19頁。
「公衆」とするのが一般的で、これについて杉本の教本によれば、技術者が使 命感を以て貢献すべき相手は、科学技術のことをよく知らないままにその影響 を受ける立場にある人々とし、例えば上述のチャレンジャー号事故の乗組員も 優れた頭脳を兼ね備えた科学者である一方で、O リングといった材料工学の分 野の福利を享受する人々として、この “public” に含まれることになる。このよ うな理解からすると、“public” の訳語を「公共」、「社会」、「人類」とするより は、「公衆」とした方が意味が通ると杉本は説明するのである(22) 。 さらに技術者倫理における「公衆」という用語に関し、杉本らから日本国憲 法第13条の「公共の福祉」の文言との関連で、興味深い指摘を行っている。杉 本らに言わせると憲法第13条で用いられている「公共の福祉」の文言が、技術 者倫理における “public”、“public welfare” の意味合いを、分かりにくくしてい るという。杉村らの教本には、 「第二次世界大戦後の1946年、連合軍の占領下で日本国憲法が制定された 際、「公共の福祉」が第12条、第13条に入った。草案づくりの段階で、英4 語の異なる4 4 4 4 4 54語がすべて4 4 4 4 4「公共の福祉4 4 4 4 4」とされた4 4 4 4(傍点筆者)。その後、 「最高裁判所の…努力にもかかわらず、その判例にあらわれたところで は、公共の福祉の統一的な意味内容はまだかならずしも明確にされたとい うことができない」(23) 。大切なことが、日本ではわかりにくいのである。 技術者倫理が4 4 4 4 4 4、日本の社会に広く理解されるためには4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、このような用語の4 4 4 4 4 4 4 4 障害がある4 4 4 4 4(傍点筆者)」(24) と、宮沢俊義の論説を引用しながら手厳しい批判を加えている。 特にこの杉村の指摘のなかで興味深いのが、技術者倫理における “public” や “public welfare” の概念を分かりづらくしたのは、憲法の起草段階で 5 語に使い 分けていた “public”・“public welfare” に類する英文用語を、現行憲法で「公共の 福祉」の訳語に統一したことがその要因としている。杉村らのいう 5 語とは、 (22) 杉本他、前掲書、29頁。 (23) 宮沢俊義『憲法Ⅱ』新版(有斐閣・1994年)227頁。 (24) 杉本他、前掲書、65頁。
そ の 教 本 の 注 書 き に よ る と、“common welfare”、“public welfare”、“general welfare”、“common good”、“public good” の 5 つとし、その出典根拠は、高柳賢 三らが編集した『日本国憲法制定の過程Ⅱ解説』(有斐閣・1972年)153頁に求 めている。確認のために高柳らが編集した文献の該当頁を抜書すると、 「この条文の第二次試案には、「共同の福祉」(common welfare)という文
言があり、総司令部案では、それが「共同の善」(common good)という 表現になり、また他の条文においては、以下にみるように、「公共の福 祉」(public welfare)、 一 般 福 祉(general welfare)、 公 共 の 利 益(public good)という文言も用いられているのであるが、日本政府に提示されてか ら、この条文をはじめとしてすべて「公共の福祉」という文言にされたの である」(25) と記され、共同編集者である田中英夫の訳語を用いて説明をしている(26)。この ように 5 つの「公共の福祉」関連の用語は、「第二次試案」と「総司令部案」 の 2 つの憲法草案に記載されていたもので、ここでいう「第二次試案」とは、 1946年 2 月 5 日から12日かけて GHQ 民政局内で起草された「総司令部案」の 原案の 1 つである。そして、この「総司令部案」とは、1946年 2 月13日に日本 政府に驚愕を以て手交された、いわゆる「マッカーサー草案」になる。 因みにこれら 5 つの用語は「第二次試案」で、それぞれ次のように用いられ ている。まず “common welfare”「共同の福祉」は、
The freedoms, rights and opportunities provided by this Constitution are maintained by the self-disciplined cooperation of the people. They therefore involve a corresponding obligation on the part of the people to prevent their abuse and to employ them always for the common welfare.
この憲法によって定められた自由、権利および機会は、国民の自律的協力 によって保持される。従って、これらの自由、権利および機会は、国民の
(25) 高柳賢三他編『日本国憲法制定の過程Ⅱ解説』(有斐閣・1972年)153頁。 (26) 高柳賢三他編『日本国憲法制定の過程Ⅰ原文と翻訳』(有斐閣・1972年)ⅴ頁。
側にこれに対応する義務、すなわち、その濫用を防止し、常に共同の福祉 のために用いる義務を生じせしめる。 とある。この条文は現行憲法12条に該当するが、「第二次試案」でいう “common welfare” 表現からは、人権の存在理由と限界が国民の自律によるもので、共同 利益のために存在するという共同体主義的要素の意味を読み取ることができ、 現行憲法12条の “public welfare” と比べて、その主張は強いものとなっていると いう指摘がある(27) 。 また、現行憲法13条に該当する「第二次試案」では “general welfare”「一般 福祉」が用いられ、
The feudal system of Japan shall cease. All Japanese by virtue of their humanity shall be respected as individuals. Their right to life, liberty and the pursuit of happiness within the limits of general welfare shall be the supreme consideration of all law and of all governmental action.
日本の封建的制度は、廃止さるべきである。すべての日本人は、人間であ るが故に個人として尊重される。生命、自由および幸福追究に対する国民 の権利は、一般の福祉の範囲内で、すべての法律およびすべての政府の行 為において、最大の尊重を受けるものとする。
と、「第二次試案」の段階では、現行12条・13条の「公共の福祉」(public welfare)に関し、“common welfare” と “general welfare” の使い分けが行われて いる。因みに現行憲法13条の「公共の福祉」の “public welfare” と、「第二次試 案」の “general welfare” の用語とのニュアンスの差は、筆者の能力の及ばぬと ころで、今後のさらなる考究を要する。何れにしても原案でそれぞれ用語の使 い分けがなされていたとするならば、現行憲法のように12条、13条、22条 1 項、29条 2 項の各条項で画一的に「公共の福祉」を用いることは、杉村らが指 摘するように、“public”、“public welfare” の意味合いを分かりにくくしていると の指摘は、再考する余地があるといえよう。 (27) 木下智史、只野雅人編『新・コンメンタール憲法』(日本評論社・2015年)140頁。
さらに、杉村らの教本には「公共の福祉」に関する興味深い言及がある。上 述した NSPE 綱領 1 条の「公共(公衆)の安全、衛生、及び福利を最優先とす る(Hold paramount the safety, health, and welfare of the public.)」の規程に関し、 ここでいう “welfare of the public” を憲法13条の “public welfare” と同じく「公共 の福祉」と表現するのは、技術者倫理の用語として適当ではないとしている(28) 。 その理由はこの「日本で「公」は元来、朝廷、幕府、政府など権力を握る勢力 のことだった。公衆を支配する側だから、“ 公共の福祉 ” は「公衆を…最優先 する」のではなく、国や自治体の利益が優先され、一般市民の福利が犠牲にな るのはやむを得ないという発想になる」(29) というのである。このような理解に ついては検証の余地があるが、確かに憲法学界では、これまで憲法12条・13条 の「公共の福祉」を人権制約の一般的根拠としてみる一元的外在制約説が展開 されたり、あるいは12条・13条の裁判規範性は認められないものの、「公共の 福祉」という概念は経済的自由権や社会権の制約根拠として作用するという内 在・外在二元的制約説、さらには「公共の福祉」は人権相互間の調整作用を果 たすとする一元的内在説などが存在し、いずれも人権制約の意味合いを帯びて いる。また、杉村らは welfare の訳語も技術者倫理上「福祉」とするのではな く、「福利」とすべきであるとし、現在、「福祉」は弱者保護の語であり、技術 者倫理では適当ではないとするのである(30) 。確かに技術者は科学技術の危害を 抑止し、公衆を災害から救い、公衆の福利を推進するという、技術者の職務上 の責務(使命感)を考慮すれば、憲法学上の用語のニュアンスと乖離するかも しれない。実際、憲法学の分野においても「公共の福祉」の概念については論 争が続いており、これを簡潔に定義することは困難とされているなかで(31) 、技 術者倫理的な “public welfare” 理解も一考の余地があるといえよう。 (28) 杉本他、前掲書、65頁。 (29) 杉本他、前掲書、65頁。 (30) 杉本他、前掲書、65頁。 (31) 長谷部恭男編『注釈日本国憲法( 2 )』(有斐閣・2017年)144頁。
( 2 ) 日本国憲法第13条の幸福追求権と技術者倫理 積極的技術者倫理のなかには、憲法13条の「幸福追求に対する国民の権利」、 いわゆる幸福追求権に関連付けて論じるものがある。これは札野順らを中心に 展開されているもので(32) 、科学的根拠に基づく「新」功利主義的な発想から、 技術者個人の「幸せ」を公衆の「幸せ」に結び付けるところに特徴がある。いわ ゆる消極的技術者倫理は、事故防止を図るために過去の失敗事例を究明し、そ こから得られた知見を今後に生かすものだが、この札野の積極的技術者倫理に おける論旨は、技術者に対して自身の仕事が公衆の福利に寄与していることを 認識させ、それよって技術者としての職業意識を高め、さらには優れた意思決 定とその実現を促進させようとするものである。これを「志向倫理(aspirational ethics)」(33) ともいう。この札野による積極的、または志向倫理のルーツは心理 学から派生したもので、精神疾患に苦しむ患者のネガティブ思考を改善させる ため、患者自身の優れた品性を認識させ、「よりよく生きること(well-being)」 の思考パターンへの転換を試みるという、第 2 次世界大戦以降の心理学で発展 した手法を応用したものである。このような手法を心理学の分野では「ポジ ティブ心理学」と総称しており、現在札野らはこの手法を技術者倫理に応用し て、心理学及び倫理学の側面からの実証的研究を試みている。 このように、技術者倫理における憲法13条の幸福追求権の引用は、憲法学 上、非常に興味深いものがある。というのも、札野のいうように、技術者個人 の「幸せ」も、公衆の「幸せ」も幸福追求権との関連があるならば、技術者と しての幸福追求権の保障は、公衆の「幸せ」に適合している限り認められると いうことになる。そして、もし、技術者の職務が公衆の「幸せ」に適合しない と判断された場合には、逆に技術者の幸福追求権は制約されてしまうことにな り、このことは、技術者という職務の性質上、学問・研究の自由を保障した憲 (32) 札野順「倫理的な技術者は「幸せ」か」『電気学会誌』電気学会135巻 5 号(2015年)283頁以下。 (33) Charles E. Harris. Jr., “Engineering Ethics: From Preventive Ethics to Aspirational Ethics”, Philosophy
and Engineering: Reflections on Practice, Principles and Process, Philosophy of Engineering and Technology. Volume 15, pp177⊖187(2013).
法23条の制約問題に波及してくることになるからである。もちろん、技術者を 23条の保障対象者に含めるかは議論のあるところだが、しかしながら技術者の なかには、研究機関で原子力技術や、AI(人工知能)といった最先端の科学 技術分野に携わる者もおり、それらの技術者が23条と全くの無関係状態にある とはいえない。その意味では、技術者個人の「幸せ」と公衆の「幸せ」と結び 付けて論じる札野の論旨は、13条の「幸福」の概念や、23条における学問研究 の自律的制約の問題にも関わる、示唆に富む論旨といえるのである。そのた め、札野理論における「幸せ」概念の精査が必要となるが、残念ながら札野の 著書・論文類では、この幸福追求権の内容について、わが国の最高法規である 憲法13条に保障されているという事実を紹介するのみで、技術者や公衆が享有 し得る「幸福」の概念についての論述は、管見の限り見いだせていない。一応 札野は、幸福追求権の「幸福」に関して、用語の使い分けを行っており、「幸 福」のニュアンスは英語の “happiness” にあたり、技術者倫理における「幸 福」、「幸せ」は “well-being” であるとしている(34) 。因みに13条の幸福追求権の 英訳は “the right to pursue happiness” で、アメリカ独立宣言文のなかでも使用さ れている表記である。この用語の意味的違いについて、筆者は十分に把握しき れておらず、今後の検討課題としたいが、何れにしても上述の「公共の福祉」 の多様な英文表記から見て分かるように、原語のニュアンスから概念把握の検 証作業は、技術者倫理の分野はもとより、憲法学における幸福追求権や、学問 研究の自律的制約に関する23条の問題を考える上で必須なものであり、今後の 検証作業が待たれよう。 3 まとめ 昨今、自動運転自動車の研究開発に社会の注目が集まるなかで、それに携わ る技術者から「道路交通法でいう「徐行」とは時速何キロをいうのでしょう か?」という質問を受けたことがある。これに対して筆者は「時速約10キロで (34) 札野、前掲論文、284頁。
は?」と答えたが、さらに技術者は「それは時速10キロちょうどですか?」と 聞き返してきたのである。この技術者の質問に偏屈さを感じなくもないが当の 本人は大まじめで、彼に言わせると自動運転自動車の機能ソフトをプログラミ ングする上で、「徐行」といった場合、明確な数値を組み入れないと有効に作 動しない、もしくはプログラミングが複雑化してしまうのだという。この点、 法の条文規定は、内容的にある程度の幅を持たせるのが常套で、特に憲法では その傾向が強く、条文内容の抽象度が強すぎて、裁判規範性が否定されている ものまである。本稿で取り上げた13条についても、その抽象性ゆえに憲法学で はこれまで多くの議論が繰り広げられてきた。そのような議論の積み重ねに よって、現行13条は「新しい人権」の根拠条文として、「幸福追求権」を中心 に個人の人格を益するための重要な役割をも担っている。その意味において、 技術者としての在るべき姿を追求するという技術者倫理の独自の視点から、 「公共の福祉」や「幸福追求権」が論じられていたことは興味深いものがあ る。特に、技術者倫理における “public” と憲法条文の「公共」の意味的問題 や、23条の学問研究の自律的制約に関する問題は、検証を要する箇所があるも のの、憲法学上、非常に示唆に富むものがある。IoT や AI(人工知能)といっ た新しい科学技術の登場によって、我々の生活が大きく変わることが予測され ている今日、本稿で紹介した技術者倫理における諸問題は大いに論究する価値 があり、それら問題点に対する憲法学上の提言が急がれよう。 ―たかざわ ひろあき・日本大学専任講師―