Title 海馬歯状回におけるニューロン新生を指標としたかび毒の脳発達リスク評価に関する研究( 内容と審査の要旨 (Summary) ) Author(s) 田中, 猛 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 甲第469号 Issue Date 2016-09-26 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/55532 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。
氏名(本(国)籍) 田 中 猛(静岡県) 主 指 導 教 員 氏 名 東京農工大学 教授 渋 谷 淳 学 位 の 種 類 博士(獣医学) 学 位 記 番 号 獣医博甲第469号 学 位 授 与 年 月 日 平成28年9月26日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第3条第1項該当 研 究 科 及 び 専 攻 連合獣医学研究科 獣医学専攻 研究指導を受けた大学 東京農工大学 学 位 論 文 題 目 海馬歯状回におけるニューロン新生を指標としたかび毒の 脳発達リスク評価に関する研究 審 査 委 員 主査 東京農工大学 教 授 下 田 実 副査 帯広畜産大学 教 授 古 林 与志安 副査 岩 手 大 学 教 授 御 領 政 信 副査 東京農工大学 教 授 渋 谷 淳 副査 岐 阜 大 学 教 授 柳 井 徳 磨 学位論文の内容の要旨 かび毒は農作物を汚染し,食物を介して人や産業動物に健康被害を引き起こすことが知られて おり,国際的に極めて重要な危険物質とされている。かび毒による健康被害を防ぐためには規格基 準の策定が急務であり,その根拠となる幅広い毒性学的情報が求められている。本研究では,未だ 知見に乏しい発達神経毒性について,かび毒の高感受性集団である胎児・乳幼児に対するリスク評 価を目的とし,神経毒性影響の懸念されるかび毒を対象としてげっ歯類動物を用いた発達期曝露実 験を行った。評価対象として,高感度エンドポイントとして既に確立している海馬ニューロン新生 を選択し,かび毒による発達神経毒性の標的,機序を明らかにするとともに無毒性量及び可逆性に ついて検討した。 第1 章では,穀物汚染が危惧されている T-2 トキシンを評価対象とし,1,3,9 ppm の濃度で妊 娠マウスに妊娠6 日目から生後 21 日目の離乳時まで混餌投与した。その結果,児動物では雌雄共 に3 ppm から離乳時の脳重量の低値,雄で胸腺においてリンパ球アポトーシス増加を伴う重量低値 がみられ,9 ppm で雌雄ともに離乳後も継続する体重低値がみられた。離乳時の雄児動物の脳海馬 歯状回では,顆粒細胞層下帯(SGZ)において,3 ppm から type-1 幹細胞あるいは type-2 前駆細胞 数の減少とTUNEL 陽性細胞の増加がみられ,9 ppm で type-1 幹細胞数の減少がみられた。歯状回 門では,9 ppm で顆粒細胞の移動異常を反映して代償的に増加したと考えられる RELN 陽性の γ-aminobutyric acid(GABA)性介在ニューロンの増加がみられた。遺伝子発現解析では,9 ppm で の解析でグルタミン酸のトランスポーター及び受容体であるSlc17a6,Gria2,ニコチン性アセチル
コリン受容体であるChrna4 及び Chrnb2 の発現量が減少し,type-1 幹細胞あるいは type-2 前駆細胞
に入力するグルタミン酸作動性,あるいはアセチルコリン作動性神経伝達が減少し,ニューロン新 生が抑制された可能性が考えられた。これらの変化はいずれも成熟時に消失した。離乳時の児動物 SGZ では,9 ppm での解析で過酸化脂質の蓄積を示す malondialdehyde(MDA)陽性細胞数の増加,
神経幹細胞,神経前駆細胞の分化,生存に関わるstem cell factor(SCF)陽性細胞数の減少がみら
れ,酸化ストレスの上昇及びSCF による幹細胞分化制御の低下が type-1 幹細胞ないし type-2 前駆 細胞のアポトーシスを誘導したものと考察された。児動物の無毒性量は脳重量の低値,ニューロン
新生障害及び胸腺のアポトーシス増加を伴う重量低値が3 ppm よりみられたことから 1 ppm と判断
され,FAO/WHO 合同食品添加物専門家会議(JACFA)による暫定最大 1 日耐容摂取量(PMTDI) を設定する根拠となったブタにおける造血器毒性発現曝露量(0.03 mg/kg BW/day)と比較して 5 倍から15 倍程度高い値であった。 第2 章では,遺伝毒性を有し,乳中に代謝物が移行することが知られているアフラトキシン(AF) B1を対象とし,0.1,0.3,1.0 ppm の濃度で妊娠ラットに妊娠 6 日目から生後 21 日目の離乳時まで 混餌投与した。その結果,児動物では全身毒性を示す変化はみられなかったが,母動物は肝臓重量 増加及び肝臓におけるDNA 傷害修復遺伝子(Ercc2)の発現量上昇が 1.0 ppm で認められた。離乳 時の雄児動物脳海馬歯状回では,0.3 ppm から doublecortin(DCX)陽性細胞(type-2b 前駆細胞~ 未熟顆粒細胞)数が減少し,1.0 ppm で細胞増殖活性が低下した。一方で TBR2 陽性細胞(type-2b
前駆細胞)数,beta III tubulin 陽性細胞(未熟顆粒細胞)数に影響がみられなかったことから,AFB1
によるニューロン新生障害はtype-3 前駆細胞を標的とすることが明らかとなった。遺伝子発現解析
では,1.0 ppm での解析でニコチン性アセチルコリン受容体である Chrna7,ドーパミン受容体であ
るDrd2 の遺伝子発現量が減少したが,DNA 傷害に対する修復系遺伝子の変動はみられなかった。
歯状回門では0.3 ppm から CHRNA7 を発現する GABA 性介在ニューロン数の減少が認められた。
また,ニューロン新生の活性化因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の受容体であ
るp-TRKB を発現する介在ニューロン数も減少した。確認された変動は生後 77 日目にすべて消失 した。これらの結果から,AFB1 の発達期曝露により介在ニューロンに対するアセチルコリン作動 性の入力,顆粒細胞からのBDNF-TRKB シグナルの入力が減少し,type-3 前駆細胞を標的とするニ ューロン新生障害が可逆的に生じたものと考察された。障害がみられた0.3 ppm における乳中 AFM1 濃度は約26 μg/kg であり,コーデックス委員会における規制値の約 50 倍の値であった。 第 3 章では,穀物を含む幅広い食品での汚染が検出されるオクラトキシン A(OTA)を対象と し,0.12,0.6,3.0 ppm の濃度で妊娠ラットに妊娠 6 日目から生後 21 日目の離乳時まで混餌投与し た。その結果,児動物では3.0 ppm で離乳後に一時的な体重の低値がみられた。離乳時の児動物に おけるニューロン新生に関して,SGZ における PAX6 陽性細胞数及び TBR2 陽性細胞数の減少が 3.0 ppm でみられたが,GFAP 陽性細胞数,DCX 陽性細胞数は変動しなかった。また,SGZ では過 酸化脂質の蓄積を示すMDA 陽性細胞数が増加した。歯状回門では 3.0 ppm でソマトスタチンを発 現するGABA 性介在ニューロン数とニコチン性アセチルコリン受容体である CHRNB2 を発現する GABA 性介在ニューロン数の減少が認められた。これらの結果から OTA 発達期曝露による影響は, アセチルコリン作動性入力の減少による歯状回門のGABA 性介在ニューロンの減少と SGZ におけ る酸化ストレスの上昇によるtype-2 前駆細胞の減少と考えられた。確認された変化は生後 77 日目 には消失した。遺伝子発現解析では,3.0 ppm の解析で脳由来神経成長因子(Bdnf),グルタミン 酸受容体(Gria1,Gria2,Grin2a),セロトニン合成酵素及び受容体(Tph2,Htr1a,Htr4)の発現 量が上昇しており,ニューロン新生障害に対応して,神経保護作用を示す複数の機序が活性化した と考えられた。児動物のニューロン新生における無毒性量は 0.6 ppm と判断され,JACFA による PMTDI を設定する根拠となったブタにおける腎毒性発現曝露量(8 μg/kg BW/day)と比較して 25 倍から50 倍程度高い値であった。 以上より,異なる3 種のかび毒を用いて,妊娠母動物を介した発達期曝露を行い,児動物の SGZ における顆粒細胞系譜及び歯状回における GABA 性介在ニューロンの分布を検索した結果,各か び毒はいずれも可逆的な発達神経毒性を示し,それぞれ異なる神経細胞が標的となることが見出さ れた。障害の機序として,酸化ストレスの上昇,顆粒細胞及び介在ニューロンへの神経伝達物質や 脳神経由来因子によるシグナル伝達低下が関与していると考えられた。本研究により発達期の海馬 におけるニューロン新生がかび毒による発達期神経毒性の新たな標的となることが明らかとなっ
た。その毒性は特に胎児・乳幼児における曝露を考慮した基準策定に際して留意すべきであり,か び毒に対する安全性を考慮した安全確保に資することが期待される。 審 査 結 果 の 要 旨 本研究では, かび毒の規格基準策定の根拠となる発達神経毒性に関する知見を得るため, かび毒の高感受性集団である胎児・乳幼児に対するリスク評価を目的とし,神経毒性が懸 念されるかび毒についてげっ歯類動物を用いた発達期曝露実験を行った。評価対象として, 高感度エンドポイントとして既に確立してある海馬ニューロン新生を選択し,かび毒によ る発達神経毒性の標的,機序を明らかにするとともに無毒性量及び可逆性について検討し た。 第1 章では,穀物汚染が危惧される T-2 トキシンを妊娠マウスに発達期曝露し,母動物 及び児動物の胸腺毒性と同時に離乳時児動物のニューロン新生障害を見出した。海馬歯状 回において,酸化ストレスの上昇,幹細胞因子の発現低下,神経伝達物質による入力の変 調が異なる作用発現量においてみられ,複数の機序が顆粒細胞層における神経幹細胞及び 前駆細胞の減少につながったと考えられた。 第2 章では,乳中に代謝物が移行することが知られているアフラトキシン B1を妊娠ラッ トに発達期曝露し,離乳時児動物の海馬ニューロン新生において,神経前駆細胞を標的と する可逆的障害を見出した。発現機序として,歯状回門におけるGABA 性介在ニューロン に対するアセチルコリンと脳由来神経栄養因子を介した神経入力の減少が関与することを 明らかとした。 第3 章では,穀物を含む様々な食品を汚染するオクラトキシン A を妊娠ラットに発達期 曝露し,離乳時における児動物の海馬ニューロン新生が障害されることを見出した。歯状 回における酸化ストレスの上昇と歯状回門での GABA 性介在ニューロンの減少が障害に 関与しており,複数の神経保護作用を示す機序の活性化を明らかにした。 以上より,異なる3 種のかび毒の発達期曝露実験ではいずれも離乳時のニューロン新生 が可逆的に障害されることが明らかとなり,かび毒によって異なる機序が関与することで ニューロン新生過程の異なる発達段階にある細胞が標的となることを明らかにした。本研 究により海馬ニューロン新生がかび毒の発達神経毒性の標的であることが見出され,その 毒性と発現機序は胎児・乳幼児における曝露を考慮した基準策定に際して留意すべきであ り,かび毒による汚染に対する安全確保に貢献することが期待される。 以上について,審査委員全員一致で本論文が岐阜大学大学院連合獣医学研究科の学位論 文として十分価値があると認めた。 基礎となる学術論文
1)題 目:Developmental exposure of aflatoxin B1 reversibly affects hippocampal
neurogenesis targeting late-stage neural progenitor cells through suppression of cholinergic signaling in rats
著 者 名:Tanaka, T., Mizukami, S., Hasegawa-Baba, Y., Onda, N., Sugita-Konishi, Y., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology
巻・号・頁・発行年:336:59-69, 2015
2)題 目:Developmental exposure to T-2 toxin reversibly affects postnatal hippocampal neurogenesis and reduces neural stem cells and progenitor cells in mice
著 者 名:Tanaka, T., Abe, H., Kimura, M., Onda, N., Mizukami, S., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Archives of Toxicology 巻・号・頁・発行年:in press 既発表学術論文
1)題 目:N-methyl-N-nitrosourea during late gestation results in concomitant but
reversible progenitor cell reduction and delayed neurogenesis in the hippocampus of rats
著 者 名:Itahashi, M., Wang, L., Shiraki, A., Abe, H., Tanaka, T., Murakami, T., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology Letters
巻・号・頁・発行年:226 (3):285-293, 2014
2)題 目:Promoter-region hypermethylation and expression downregulation of Yy1 (Yin yang 1) in preneoplastic liver lesions in a thioacetamide rat
hepatocarcinogenesis model
著 者 名:Abe, H., Ogawa, T., Wang, L., Kimura, M., Tanaka, T., Morita, R., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology and Applied Pharmacology 巻・号・頁・発行年:280 (3):467-474, 2014
3)題 目:Maternal exposure to hexachlorophene targets intermediate-stage progenitor cells of the hippocampal neurogenesis in rat offspring via dysfunction of cholinergic inputs by myelin vacuolation
著 者 名:Itahashi, M., Abe, H., Tanaka, T., Mizukami, S., Kimura, M., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology
巻・号・頁・発行年:328:123-134, 2015
4)題 目:Developmental hypothyroidism abolishes bilateral differences in sonic hedgehog gene control in the rat hippocampal dentate gyrus
著 者 名:Tanaka, T., Wang, L., Kimura, M., Abe, H., Mizukami, S., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicological Sciences
巻・号・頁・発行年:144 (1):128-137, 2015
5)題 目:Exposure to MnCl2 · 4H2O during development induces activation of microglial and perivascular macrophage populations in the hippocampal dentate gyrus of rats
著 者 名: Abe, H., Ohishi, T., Nakane, F., Shiraki, A., Tanaka, T., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Journal of Applied Toxicology 巻・号・頁・発行年:35 (5):529-535, 2015
6)題 目:Relationship between brain accumulation of manganese and aberration of hippocampal adult neurogenesis after oral exposure to manganese chloride in mice
著 者 名: Kikuchihara, Y., Abe, H., Tanaka, T., Kato, M., Wang, L., Ikarashi, Y., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology
巻・号・頁・発行年:331:24-34, 2015
7)題 目:Developmental exposure to cuprizone reduces intermediate-stage progenitor cells and cholinergic signals in the hippocampal neurogenesis in rat offspring 著 者 名:Abe, H., Tanaka, T., Kimura, M., Mizukami, S., Imatanaka, N., Akahori, Y.,
Yoshida, T. and Shibutani, M. 学術雑誌名:Toxicology Letters
巻・号・頁・発行年:234 (3):180-193, 2015
8)題 目:Maternal exposure to 3,3'-iminodipropionitrile targets late-stage differentiation of hippocampal granule cell lineages to affect brain-derived neurotrophic factor signaling and interneuron subpopulations in rat offspring
著 者 名:Itahashi, M., Abe, H., Tanaka, T., Mizukami, S., Kikuchihara, Y., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Journal of Applied Toxicology 巻・号・頁・発行年:35 (8):884-894, 2015
9)題 目:Cuprizone decreases intermediate and late-stage progenitor cells in hippocampal neurogenesis of rats in a framework of 28-day oral dose toxicity study
著 者 名:Abe, H., Tanaka, T., Kimura, M., Mizukami, S., Saito, F., Imatanaka, N., Akahori, Y., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology and Applied Pharmacology 巻・号・頁・発行年:287 (3):210-221, 2015
10)題 目:Developmental cuprizone exposure impairs oligodendrocyte lineages
differentially in cortical and white matter tissues and suppresses glutamatergic neurogenesis signals and synaptic plasticity in the hippocampal dentate gyrus of rats
著 者 名:Abe, H., Saito, F., Tanaka, T., Mizukami, S., Hasegawa-Baba, Y., Imatanaka, N., Akahori, Y., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Toxicology and Applied Pharmacology 巻・号・頁・発行年:290:10-20, 2016
11)題 目:Onset of hepatocarcinogen-specific cell proliferation and cell cycle aberration during the early stage of repeated hepatocarcinogen administration in rats
著 者 名: Kimura, M., Abe, H., Mizukami, S., Tanaka, T., Itahashi, M., Onda, N., Yoshida, T. and Shibutani, M.
学術雑誌名:Journal of Applied Toxicology 巻・号・頁・発行年:36 (2):223-237, 2016