二〇一六年度
第
一
回
国
語
(
50分)
< 注 意 > (一) 開始のチャイムがなるまで、この冊子を開いてはいけません。 (二) 問題は1ページから 31ページに印刷されています。 (三) 受験番号と氏名は解答用紙の定められたところに記入しなさい。 (四) 解答はすべて解答用紙の定められたところに記入しなさい。次の文章を読んで、以下の設問に答えなさい。 人間は肉体によって ⓐ テイギ されるものではなく、肉体を持っているからといって 圧 あっ 倒 とう 的に人間らしいわけではない。たとえ義足 や 義 手 を 持 っ て い て も、 十 分 に 魅 み 力 りょく 的 な 人 間 は 数 多 く 存 在 す る。 ゆ え に、 人 間 の 肉 体 を 持 つ こ と は、 圧 倒 的 に 人 間 ら し い と い う こ とではもはやなくなった。 肉体を持つことが最も人間らしいということでないなら、精神の方に人間らしさを 見 み 出 いだ すことになる。脳活動のどこかが、最も人 間らしいということになる。 脳活動は様々である。例えば、意識を持つとか感情を持つとか、思考するというように。こうした脳活動のいくつかはすでにコン ピューターに実装され、 それまでは人間らしい脳の活動とされてきたことも、 次 つぎ 々 つぎ にコンピューターに打ち負かされている。例えば、 チェスはすでにコンピューターの方が強い。 将 し ょ う ぎ 棋 もプロ 棋 き 士 し レベルでなければ、コンピューターに勝つことができない。 人 ひと 々 びと がテレ ビで楽しむクイズも、今やコンピューターの方が人間よりも早く正確に答えることができる。 こ う い っ た、 A で、 今 も な お 人 間 ら し い と 思 え る も の を あ え て 一 つ 選 ぶ な ら、 私 は「 信 じ る 」 と い う こ と を 選ぶ。 少 しょう 々 しょう 極 きょく 端 たん に表現すれば、人間はただ信じ合うことで社会を構成し、その中で生きているということだと思う。 人間は日常生活で 様 さま 々 ざま な人と 関 かか わるが、人と関わっていると信じているだけで、本当にその人が人間かどうかは確かめない。近い 将来、 アンドロイドが街中で仕事をするようになれば、 いつしか人間の中に、 かなり多くのアンドロイドが入り交じるかもしれない。 また人間は、人間と関わりながら「心」や「意識」といったものがあると信じている。しかし、実際に脳のどの部分がまさにその 機能を 担 にな っているかは、明確になっていない。また、自分を内省してそれが何であるか、説明することもできない。 しかし、他人を見ていると、まさに「心」や「意識」なるものを持ち合わせているかのように思える。そうして、みんなが 互 たが いに 互 い を ⓑ カ ン サ ツ し て、 同 じ よ う に「 心 」 や「 意 識 」 を 感 じ て、 ① そ れ ゆ え に 自 分 を 含 ふく め た 人 間 全 体 が、 「 心 」 や「 意 識 」 を 持 つ と
Ⅰ
まさに「信じている」 。 人間がもう一つ「信じている」ことがある。それは自分の体のことだ。人間の体は無数の感覚器と筋肉から成り立っており、人間 はそれらから 膨 ぼう 大 だい な情報を入手するとともに、その 超 ちょう 複 ふく 雑 ざつ な体を意図通りに操作している。 しかしながら、実は意図通りに操作しているのではなく、意図通りに操作していると「信じている」にすぎない。脳は、感覚器か ら得られる情報のすべてを 解 かい 釈 し ゃ く しているわけではなく、また直接すべての筋肉に指令を出しているわけではない。もしそんな仕組み になっていたら、ものすごく太い首が必要になってしまい、もはや人間の体ではなくなってしまう。 感覚器からの情報や筋肉への指令の多くは、 脊 せき 髄 ずい などで処理され、脳からは大まかな指令と、その結果どのように感覚器が動いた かだけが知らされる。例えば歩いているときに、足は地面に接地したり、太ももの 皮 ひ 膚 ふ は互いにこすれあったりして、非常に多くの 感覚器が働いている。また同時に、足の多数の筋肉はうまく 統 とう 率 そつ されながら動いている。実際にどの筋肉がどのように動いているか まったく説明できないが、ちゃんと足は歩いているのである。そして問題が起こらない限り、足は歩いていると脳は信じている。 遠 えん 隔 かく 操作型アンドロイドは、 ② そのような自分を「信じる」人間の性質を利用したシステム である。 遠隔操作型アンドロイド、 ジェミノイドは次のように操作する。 B 、 ジェミノイドと操作者のパソコンはインターネッ トでつながれている。そして、そのパソコンにはジェミノイドの体と、ジェミノイドと対面する訪問者を映し出すモニターの映像が 表示されている。操作者は、モニターの映像を見ながら、しゃべったり首を動かして視線を変えたりして、訪問者と対話する。その とき、操作者の声がインターネットを 介 かい してジェミノイドに送られるとともに、パソコンが操作者の声を 解 かい 析 せき し、操作者の 唇 くちびる の動き を 推 定 し て、 そ の 唇 の 動 き も ジ ェ ミ ノ イ ド に 送 信 す る。 C 、 パ ソ コ ン に 取 り 付 け ら れ て い る U S B カ メ ラ は、 常 に 操 作 者の頭部を 追 つい 跡 せき しており、その頭部の動きも同時にジェミノイドに送信される。 D 、 操 作 者 が モ ニ タ ー の 映 像 を 見 な が ら ジ ェ ミ ノ イ ド を 操 作 す る と、 操 作 者 は モ ニ タ ー を 通 し て、 ジ ェ ミ ノ イ ド が 自 分のしゃべった通りに唇を動かしながらしゃべり、また自分が首を動かした通りにジェミノイドの首が動くことを 確 かく 認 にん できる。
このように、自分の動きに同調するロボットを操作していると、操作する者はそのロボットを自分の体の一部であるかのように 錯 さっ 覚 かく する。 認 にん 知 ち 科学研究において 類 るい 似 じ の研究例が多くあるが、それらの研究では、人の腕と同調して動くコンピューター・グラフィッ クスの 腕 うで のように、同調するのは体の一部のみである。一方、このジェミノイドの研究では、それが体全体であっても、ロボットの 体を自分の体であるかのように感じることを実証している。例えば、操作者がジェミノイドを操作しながら訪問者と対話していると き、訪問者がジェミノイドの体に 触 さわ ると、操作者はまるで自分の体に触られたかのように感じる。ここで大事なのは、ジェミノイド の体には、センサーは取り付けられていないことである。操作者は、自分の体だと 勘 かん 違 ちが いしているジェミノイドが触られるのを視覚 的に確認することで、本来ないはずの触覚が反応した気分になるのである。 な ぜ こ の よ う な こ と が 起 こ る か は、 次 の よ う に 説 明 で き る と 考 え て い る。 人 間 の 脳 と 体 は 必 ず し も 密 に つ な が っ て お ら ず、 脳 は、 体が意図通りに動いていれば、 その細部の動きには注意を 払 はら わないで、 自分の体をちゃんと動かしていると信じている。 E 、実際の 触 しょっ 感 かん 覚 かく が届く前に (実際には届かないが) その感覚を予測し、 脳としては触覚の反応を無意識にシミュレーショ ンしてしまう。 人間が自分に関して信じているのは、複雑な感覚器や筋肉の動きだけではなく、 記 き 憶 おく も同様である。人間の行動を完全に記憶でき る脳はない。脳は、その限られた容量のもと、何がしかの ⓒ キジュン で選んだ記憶だけを 維 い 持 じ している。 それゆえ、私はどうしてあのような行動をとったのだろうか 等 など と、自分の行動の原因を忘れてしまうことは 頻 ひん 繁 ぱん に起こる。記憶は ど ん ど ん 薄 うす れ て い き、 そ の と き 自 分 が 正 し い 行 動 を と っ た か ど う か を 後 で 反 省 し て も、 そ の 理 由 が 分 か ら な い こ と が 多 い の で あ る。 また、自分のとった行動そのものも忘れてしまう。自分が一体何をしたのかわからないというように。 ③ そういったときも、自分を信じるしかない 。自分は正しい行動をとってきているはずだと信じるしかないのである。 た だ こ の 記 憶 に 関 し て は、 セ ン サ ー や コ ン ピ ュ ー タ ー・ ネ ッ ト ワ ー ク に よ っ て、 今 後 は 非 常 に 正 確 な 記 録 を 残 せ る 可 能 性 が あ る。 そして、自分の脳よりもコンピューターを信じることになる。
「人を信じる」という言葉があるが、 人を信じるということは、 単に人の言うことをまるまる信用するということではないだろう。 人には、正しい部分と 間 ま 違 ちが った部分が必ずある。またその人の好きな部分もあれば、 嫌 きら いな部分もある。 人を信じるということは、人の正しい部分を受け入れ、それを信用するということではない。それでは、その人が間違ったときに はその人を信じないということになる。 「人を信じる」というのは、人の可能性、人の本質的な性質を信用するということであって、そのときその人が正しい行動をとっ たかどうかではない。人のたった一つの間違った行動を見て、その人の人格を全否定する人はかなり多い。そう口にするだけで、時 間が 経 た てば関係を ⓓ シュウフク できる可能性は高いだろう。しかし一方で、そう口にされると、間違えない人間だけが許されるよう な気分にもなる。 大事なのは、 人には良い面も悪い面もあるということを 素 す 直 なお に受け入れ、 常にその人をより深いところで理解しようとすることだ。 ただ一方で、人に対する好き嫌いを持つことは、そんなに悪いことでもない。他人に対する好き嫌いは、自分に対する好き嫌いで あって、他人に腹を立てるのは自分に腹を立てることでもある。他人の気になる 行 こう 為 い というのは自分も気にする部分で、そうした部 分が少しでも 違 ちが うと嫌いになる。しかし、そもそもそんなことに ⓔ キョウミ がなければ、そこに好き嫌いは生まれない。 ま た、 他 人 の 気 に な る 部 分 と い う の は、 自 分 で も 修 正 し な け れ ば な ら な い と 常 に 気 に し て い る 部 分 で あ る た め に、 当 然 気 に な る。 自分でも気になっているから、他人の行為においても気になるのだ。 人徳者とは、他人に対して好き嫌いを言わないように思う。自分の行為に自己責任を持ち、それに対して特段の好き嫌いがなかっ たり、どんなことでも自分の理想通りに実行できるから、気になる行為がなく、他人に対しても非常に 寛 かん 容 よう になれるのではないだろ うか。 人 徳 者 と 言 わ れ な く て も、 自 分 が 理 想 と す る 自 分 に な れ て い る 者 は、 自 分 の ④ 些 さ 細 さい な と こ ろ に 注 意 を 向 け る 必 要 は な く、 様 さま 々 ざま な ⑤ よい面悪い面 を持つ、 様々な他人を受け入れられる。そして、 その人間関係を通してより一歩深いところで人とつながるとともに、
人間を、そして自分をより深く知ることができるのだと思う。 もっとも、みんなが人徳者になる必要はないしなることもできないが、逆に人の人格を全否定することは、いつかは周りの者すべ てを否定し、自分を全否定することにつながる。そうはせずに、人の可能性を信じて人と 関 かか わるようにしたい。人徳者は少ないかも しれないが、完全な悪人はもっと少ないはずだ。 他人のことをどれほど正確に知っているのかと改めて考えれば、ほとんど知らないことに気がつく。自分のことをどれだけ正確に 知っているのかと改めて見つめ直せば、ほとんど知らないことに気がつく。それでも 我 われ 々 われ は社会の一員であり、 日 ひ 々 び 互 たが いに様々に関 係し合いながら、助け合いながら生きている。 相手のことを知らないからといって、疑い出せば何も行動できない。関わるということは、その関係において互いに信じ合うとい うことである。たとえその人が悪い人だと 噂 うわさ されていて、常に 警 けい 戒 かい していたとしても、関わると決めた 瞬 しゅん 間 かん はどこかで信じる気持ち が生まれている。 人間が不思議なのは、人間のことも他人のことも、そして自分のことも知らないままに、他人と関わり、社会を構成しているとい う点である。 ⑥ すなわち、 「信じる」ということだけで構成されているのが、この人間社会であるかのようにも思える 。 【問1】 ‖ ‖ ‖ⓐ〜ⓔのカタカナを漢字に改めなさい( 楷 かい 書 しょ で 丁 てい 寧 ねい に書くこと) 。 ⓐ テイギ ⓑ カンサツ ⓒ キジュン ⓓ シュウフク ⓔ キョウミ
【問2】 A にあてはまる表現としてもっとも適当なものを選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) コンピューターに置き 換 か えられつつある人間の脳活動 (イ) 以前にはあった人間らしさを失いつつある人間の脳活動 (ウ) 自分の意識や感情を 制 せい 御 ぎょ できるようになった人間の脳活動 (エ) コンピューターと同等の力を持つにいたった人間の脳活動 【 問 3】 ――― ①「 そ れ ゆ え に 自 分 を 含 ふく め た 人 間 全 体 が、 『 心 』 や『 意 識 』 を 持 つ と ま さ に『 信 じ て い る 』」 と あ り ま す が、 そ の 具 体例としてもっとも適当なものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 自 分 の 中 で 迷 い が 生 ま れ た と き 、 長 時 間 ひ と り で 座 ざ 禅 ぜん を 組 む こ と に よ り 、 本 当 の 自 分 に 出 会 う こ と が で き る と 考 え る 。 (イ) 他 人 が 赤 信 号 で 道 路 を 横 断 し て い る の を 見 る と 、 そ れ が 良 く な い 行 い だ と わ か っ て い な が ら 、 自 分 も し て み た く な る 。 (ウ) 自分が悲しいと思う映画を見ているとき、 隣 となり の人も 涙 なみだ を流しているのを見ると、 その人は悲しんでいるのだと思う。 (エ) ボ ラ ン テ ィ ア 活 動 に 参 加 す る こ と を 通 じ 、そ れ ま で わ か ら な か っ た 相 手 へ の 思 い や り の 大 切 さ が 理 解 で き た と 感 じ る 。 【 問 4】 ――― ②「 そ の よ う な 自 分 を『 信 じ る 』 人 間 の 性 質 を 利 用 し た シ ス テ ム 」 と あ り ま す が、 筆 者 の 考 え と し て あ て は ま る も のを次の中から一つ選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 人間の脳は、非常に複雑な構造をもった肉体を操作しているので、自分の脳と直結しているジェミノイドを、操作 者は意のままに操ることができる、ということ。 (イ) 人間の脳は、自らの動きについては大まかな 把 は 握 あく をしているので、自分の動作を再現するジェミノイドを、操作者 はまるで自分の体のように感じる、ということ。
(ウ) 人間の脳は、 体の動作をそれぞれの感覚器にまかせているので、 自分と同じ動きを正確にし続けるジェミノイドを、 操作者は理解できずに混乱する、ということ。 (エ) 人間の脳は、体の動きをもとに自分が自分であるととらえるので、自分とそっくりなジェミノイドを、操作者はも う一人の自分であると 勘 かん 違 ちが いする、ということ。 【 問 5】 B ・ C ・ D に あ て は ま る 語 の 組 み 合 わ せ と し て も っ と も 適 当 な も の を 選 び、 ( ア ) 〜( オ ) の 記 号 で 答えなさい。 (ア) B=つまり C=そして D=なぜなら (イ) B=まず C=しかし D=なぜなら (ウ) B=つまり C=また D=けれども (エ) B=まず C=また D=すなわち (オ) B=つまり C=しかし D=すなわち 【問6】 E にあてはまる表現としてもっとも適当なものを選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) だから、目で見た情報の間 違 ちが いについて脳が正しく考えて (イ) しかし、体に 触 さわ られているのに脳はそのことを感じられず (ウ) なぜなら、目で見ていなくても脳は体に触られたととらえ (エ) ゆえに、体に触られたことを見るだけで脳は触られたと思い
【 問 7】 ――― ③「 そ う い っ た と き も、 自 分 を 信 じ る し か な い 」 と あ り ま す が、 ど う い う こ と で す か。 次 の 中 か ら も っ と も 適 当 な ものを選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 人は、自分の行動の結果に確かな自信が持てない場合でも、過去の自分を 信 しん 頼 らい して進んでいくべきである。 (イ) 人は、自分の行動の理由を明確に説明することはできないので、自分の感性に従って行動に移すべきである。 (ウ) 人は、自分のとった行動のすべてを再現することはできないので、今ある現実を受け入れていく必要がある。 (エ) 人は、自分のとった行動について覚えていなくても、過去に行ったことを自ら認めて反省をする必要がある。 【問8】 ―――④「 些 さ 細 さい なところ」 、―――⑤「よい面悪い面」とありますが、それらとほぼ同じ意味で用いられる四字熟語をそれ ぞれ選び、 (ア)〜(カ)の記号で答えなさい。 (ア) 一 いっ 朝 ちょう 一 いっ 夕 せき (イ) 一 いっ 進 しん 一 いっ 退 たい (ウ) 一 いっ 長 ちょう 一 いっ 短 たん (エ) 枝 し 葉 よう 末 まっ 節 せつ (オ) 竜 りゅう 頭 とう 蛇 だ 尾 び (カ) 針 しん 小 しょう 棒 ぼう 大 だい 【問9】 ―――⑥「すなわち、 『信じる』ということだけで構成されているのが、この人間社会であるかのようにも思える」とあり ますが、どういうことですか。その説明としてもっとも適当なものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 人間というものは、 遠 えん 隔 かく 操作型アンドロイドに対しても、人間が動かしていることを忘れて、本当に感情があるよ う に 考 え て し ま う。 そ の よ う に「 信 じ る 」 こ と を 本 能 と し て い る 人 間 は、 社 会 生 活 を 営 む 場 合 で も、 相 手 と 好 こう 悪 お や 善悪の感情を共有することを本質としているのではないか、ということ。 (イ) 人間というものは、だれにでも自分と同じように精神の働きがあると思い 込 こ み、自分の肉体を脳が思い通りに調節 し て い る と 思 い 違 ちが い を し て い る。 そ の よ う に「 信 じ る 」 こ と で 生 き て い る 人 間 は、 社 会 生 活 を 営 む 場 合 で も、 相 手
を 頼 たよ り、相手を認めることを基本としているのではないか、ということ。 (ウ) 人間というものは、理想的な人徳者になるためには、相手に対してつねにおおらかな態度を保ち続けねばならない と 思 い つ め て い る。 そ の よ う に「 信 じ る 」 こ と を 目 標 に し て い る 人 間 は、 社 会 生 活 を 営 む 場 合 で も、 相 手 の 心 に 少 しでも寄りそうことを生きる支えにしているのではないか、ということ。 (エ) 人間というものは、自分の感覚器の働きを意識することはないが、脳活動によってそれが保たれていることは理解 し て い る。 そ の よ う に「 信 じ る 」 こ と を 当 然 の こ と と 考 え る 人 間 は、 社 会 生 活 を 営 む 場 合 で も、 相 手 と の 関 かか わ り 合 いにまずは重きを置くことを前提としているのではないか、ということ。
【問 10】 筆者の意見や考えと 合 がっ 致 ち するものを次の中から2つ選び、 (ア)〜(カ)の記号で答えなさい。 (ア) 肉体を持っているということが人間とアンドロイドとを区別するための判断材料にならないのならば、 「心」を持っ ているかどうかということで人間とアンドロイドとを区別するしかない。 (イ) 人間の 触 しょっ 感覚と脳とのつながりは必ずしも 緻 ち 密 みつ ではないので、ジェミノイドの操作者は、ジェミノイドが触れられ ても自分が触れられたと感じる。 (ウ) 人間の脳は、自分に都合の良いことしか覚えていないという 傾 けい 向 こう が強く、後で自分の行動を反省しようとしても困 難なので、 記 き 憶 おく に関しては今後コンピューターに任せたほうがよい。 (エ) 人徳者とは、他人の小さなミスなどは気にせず、いつもおおらかな気持ちで他人に接しているが、自分自身に対し ては理想的な自分の姿をかかげて日夜努力を欠かさないものである。 (オ) 他人の 嫌 きら いな部分は実は自分自身の直したいと思っている部分であることが多いので、自分を成長させるためにも 他人の嫌いな部分には積極的に注目するべきである。 (カ) 人間は、自分の心身のこともよく知らないし、まして他人のすべてを知っているはずもないのだから、知っている 部分にこだわらず 相 そう 互 ご に 信 しん 頼 らい しあうことが大切である。
次の文章を読んで、以下の設問に答えなさい。 からからからから。 夜の郵便ポスト通りに 人 ひと 影 かげ はありません。道の両側では 稲 いね の 穂 ほ が重そうに首をたれ、その向こうにぽつぽつとわらぶき屋根が見え るだけ。朝が早い農家ばかりでしたから、 家 いえ 々 いえ の 灯 あかり は、とっくに消えています。 小さな郵便局と赤いポストを過ぎると、あたりはさらに 寂 さび しくなってきました。雑木林を 騒 さわ がす風の音が、たくさんの人の 囁 ささや き声 に聞こえます。 ざわざわざわ。 月の光に白く照らされたすすきの穂は、たくさんの 腕 うで が手招きをしているよう。 ゆらゆらゆら。 ① 私の胸もざわざわ、ゆらゆら 。しんちゃんの自転車の後ろで小さく体をまるめていました。荷台をぎゅっとつかみながら、やっ ぱり来るんじゃなかったと 後 こう 悔 かい しました。なにしろ 鎮 ちん 守 じゅ の森のおたま池は、ここに住む子どもたちにとって、それは 恐 おそ ろしい場所な のです。 人がいなくなって 荒 あ れ 果 は てた神社の中にある、ひっそりとした池です。池のまん中に 中 なか 洲 す があり、そこにぼろぼろに古びたほこら が建っています。 ほこらの中には五年前に 行 ゆ く え 方 不明になった 神 かん 主 ぬし さんがいる。子どもたちはそう 噂 うわさ していました。どういうふうに「いる」のかは 謎 なぞ です。ある子はミイラになっていると言い、別の子はすっかり 骸 がい 骨 こつ になっていると大人から聞いたと言い、雨水を飲み、ムカデを食 べてまだ生きていて、 誰 だれ かがのぞくと「見るな」と大声をあげる、なんていう恐ろしい話もありました。本当のところは誰も知りま せん。誰ものぞいたことがないのですから。
Ⅱ
昼間でも 怖 こわ いおたま池のことを考えただけで、体がぶるりと 震 ふる えます。しかもそこへたどりつく前には、もうひとつ、 恐 おそ ろしい関 門が
―
。 ざわざわざわ。 ゆらゆらゆら。 私の不安をよそに、自転車は夜の中をぐんぐん進みます。自転車に乗れない私は、いまさら一人で帰るわけにもいかない。 自転車に乗れなかった理由のひとつは、 激しい運動を禁止されていたため。もうひとつ理由があるとしたら、 五 歳 さい の時、 初めて買っ てもらった二十インチの補助輪付き自転車が、すでにほかの女の人のところにいた父から届いたプレゼントだったせいかもしれませ ん。私が喜んでそれに乗ると、母が悲しむ気がしたのです。 母の話だけを聞くと、父はひどい人ですが、大人になって事情をくわしく知った私の最初の感想は、 「どっちもどっち」 。私をどち らが引き取るかで、父と母は何年ももめていました。 どっちについていく? そう聞かれたこともありました。でも、八歳の私に答えろというほうが無理です。 ② その 頃 ころ の私はそれこ そ、自分がどこへ行こうとしているのかもわからず、人の自転車の後ろに乗っているようなものだったのですから 。 からからからから。 しばらく進むと左手に 桑 くわ 畑 ば たけ が見えてきます。その先には、子どもたちの夜歩きをはばむ恐ろしい関門。このあたりの墓地です。 桑 くわ の 葉 の 間 か ら に ょ き に ょ き と 顔 を 出 し て い る 卒 そ 塔 とう 婆 ば ( 注 : 墓 に 立 つ 細 長 い 板 で 戒 名 な ど が 書 い て あ る も の ) や 石 いし 灯 どう 籠 ろう が、 人 の 頭 に 見 え ました。その頭がみんなこっちを向き、私たちを 睨 にら んでいるように思えました。目を閉じてしまいたいのですが、目をつむると、開 けた時に目の前に何かが現れそうで、もっと怖い。 「なんだかこわい。 誰 だれ かがいるみたいだね」 私 は 口 に 出 し て 言 っ て み ま し た。 言 葉 に す れ ば、 少 し 恐 ろ し さ が 薄 うす れ る 気 が し て。 だ け ど、 し ん ち ゃ ん の ひ と 言 で、 そ の 努 力 も③ 水のあわ 。 「うん、いるんだ」 「………誰が?」 「坂田のおばあ。さっき来る時に見た。おそなえまんじゅうでお手玉してた」 坂田さんちのお 婆 ば あ さんはすっかりぼけてしまっていて、毎晩ふらふら出歩くから困っている、と坂田のお 嫁 よめ さんが母の実家のお嫁 さんにこぼしているのを聞いたことがあります。でも、坂田のおばあがいるはずがない。だって――。 「ね、坂田さんとこのおばあさんって、先月――」 「ああ、自分が死んだことも忘れちまってるんだよ」 当時、その土地ではまだ 土 ど 葬 そう でした。死んだ人は丸いオケのような 柩 ひつぎ に入れて、そのまま 葬 ほうむ るのです。死者が迷い出ないよう、盛 り土の上に大きな石を置くという 土 と 地 ち 柄 がら でしたから、 ④ なにがあっても不思議はないのです 。 「ほんとに?」 「ほんまちよこ」 しんちゃんのギャグはいつも古くて笑えません。いまはとくに笑えない。 闇 やみ のむこうから、坂田のおばあが歌う数え 唄 うた が聞こえて くる気がして、私は自分のこぶしだけを見つめ、指のつけ根にでこぼこができるまで荷台を 握 にぎ りしめました。 墓地を過ぎると、 いよいよ 鎮 ちん 守 じゅ の森。 熊 くま 笹 ざさ の中をいつまでもだらだら坂が続きます。しんちゃんは A のようにそり返っ て自転車をこいでいます。 「だいじょうぶ? 私、降りようか」 「うぎぎ」 「後ろで 押 お そうか」
「うぎぎぎ」 しんちゃんは意地になって返事をしません。 「手がもげちゃうよ」 本当にもげそうなんですもの。 坂 道 を よ う や く 登 り 切 る と、 し ん ち ゃ ん は 自 転 車 を 停 と め、 道 ば た に お 尻 しり か ら 座 すわ り こ み ま し た。 酸 素 不 足 の B み た い に 目をふくらませ、息をはずませて、 唇 くちびる をつき出しました。 「お前、重い」 いまの私だったら、そんなことを言われたら、 蹴 け とばしてやるところですが、八 歳 さい の私は 嬉 うれ しくて、荷台に乗ったまま声をはずま せました。 「 体 重、 一 キ ロ ふ え た ん だ よ 」 な に し ろ ダ イ エ ッ ト な ん て 言 葉 も な か っ た 頃 ころ の こ と で す。 病 弱 で や せ っ ぽ ち の 私 は、 学 年 の 標 準 体 重をこえるのが夢でした。 「ずっと 寝 ね てたからかな」 ずっと寝ていたのは、先週の木曜日のことがあったからです。 C 。 私 は 病 院 に 運 ば れ て、 何 時 間 も 意 識 不 明 の ま ま で し た。 退 院 し て か ら も 大 事 を と っ て、 学 校 を 休 み 続 け て い たのです。 「お前、もう後ろに乗るな。自分でこげよ」 しんちゃんの自転車で何度か練習したことはあったのですが、まったくだめでした。二十六インチなどいきなり乗れるはずがあり ません。 「 俺 おれ 、いつまでも乗っけてやれないぞ」 「うん、わかってる」
⑤ わかっていました 。 「 荷 台 っ て い う の は、 荷 物 を 置 く と こ で、 人 を 乗 せ る と こ じ ゃ な い ん だ。 父 ち ゃ ん が そ う 言 っ て た。 俺 おれ な ん か、 小 学 校 に 上 が る 前 から二十六インチに乗ってたんだぞ」 「練習するよ」 「ホジョリンなしでだぞ」 「わかった」 「だめだな」 「え、何がだめ」 「 返 事 が だ め。 迫 はく 力 りょく 足 ん な い。 そ う い う 時 は、 わ か っ た じ ゃ な く て、 こ う 言 う ん だ 」 し ん ち ゃ ん が 重 大 な 秘 密 を 打 ち 明 け る 顔 で 言 いました。 「がってんしょうたくん」 「なにそれ」 「いいから、言ってみ」 「がってんしょうたくん」 「なんか 違 ちが うな」 「がってんしょうたくん」 五回目くらいでようやくしんちゃんは、うん、まあいいか、とうなずきました。 「俺が教えたなんて 誰 だれ にも言うなよ。また先生におこられちゃうから。約束だぞ」 「がってんしょうたくん」 私は答え、きっぱりと口をむすびました。クラスの誰かが変な言葉を使うと、先生はしんちゃんを 叱 しか るのです。どうせお前が教え
たんだろ、と。かわいそうな、しんちゃん。半分は先生の言うとおりなのですが。 ここからは歩き。 鎮 ちん 守 じゅ 様の石段です。 石段の両側の 杉 すぎ 木 こ 立 だち に月が 隠 かく れて、あたりはいっそう暗くなってしまいました。頭の上の真っ黒な 杉 すぎ の枝が私にのしかかろうとし ているように見えました。それでなくても昼間でも一人で来るのは 怖 こわ い場所です。なんとか足が前へ動いたのは 隣 となり にしんちゃんがい たからです。 しんちゃんは 余 よ 裕 ゆう たっぷり。らららら〜。アニメの主題歌を歌っています。坂田のおばあを見ても 驚 おどろ かない、今夜のしんちゃんな ら、怖いものなしなのかも知れません。 らららら〜。 そうでもなさそうです。よく聞くとしんちゃんの歌声は 震 ふる えていました。 ⑥ わたしも震える声でいっしょに歌いました 。 らららら〜。 らららら〜。 ビブラートで合唱。 石段を登りつめた右手、杉木立の向こうに夜空より黒く見えるのが、おたま池です。真っ黒い水面に、空からぽとりと落ちたよう に月が映っています。 「月見うどんみたいだね」 「うん、でもまずそう」 しんちゃんが自分の言い出したことを 後 こう 悔 かい している声で言います。 緊 きん 張 ちょう のためか、おしっこを 我 が 慢 まん している時の顔になっていまし た。 小 島 の よ う な 中 なか 洲 す に、 ほ こ ら の 陰 いん 気 き な 影 かげ が 見 え ま す。 池 は 子 ど も の 背 せ 丈 たけ よ り 深 く て、 ふ だ ん は と て も 中 洲 へ は 行 け な い の で す が、
この夏の台風で古い杉の木が 倒 たお れ、ちょうど橋のようにかかっているのです。 D 。 杉の木に片足をかけてしんちゃんが言います。 「よし、いくぞ」 「がってんしょうたくん」 「こわくないぞ」 「うん、こわくない」 怖かった。月明かりしかない中で、 夜 よ 露 つゆ でつるつるすべる杉の橋を 渡 わた るのも、その向こうに見えるほこらも。 【 省 略 部 分 の 内 容 】 し ん ち ゃ ん と「 私 」 は、 な ん と か ほ こ ら に た ど り 着 き ま す。 「 私 」 が 止 め る の も 聞 か ず に、 し ん ち ゃ ん は、 ほ こ ら の 格 こう 子 し 戸 ど を こ じ 開けました。中には、ひからびた 蛾 が の 死 し 骸 がい があっただけでした。しんちゃんと「私」は「なあんだ」と声をあげました。 さっきまで 震 ふる えていたことなんて、お 互 たが いに忘れた顔をして。そして本当に、いつのまにかここが 恐 おそ ろしい場所であることを忘れ ていました。しばらく二人で池のほとりでどんぐりを拾ったり、並んで 座 すわ って 裸 は 足 だし になってぱしゃばしゃと池の水をかきまわしたり しました。 小石を投げて、水面にいくつ 波 は 紋 もん をつくれるかに熱中していたしんちゃんが、波紋が消えるのを見つめながら言います。 「このあいだは、ごめんな」 「え?」驚きました。しんちゃんが 誰 だれ かにあやまるなんて。 「お前のこと、おぼれさせちゃってさ。 俺 おれ 、泳げないから、つい足にしがみついちゃって」 「気にしてないよ、ぜんぜん」
「どうだった、死にそうになった時って」 ⑦ 私は 黙 だま って首をかしげました。うまく答えられなかったのです。どんぐりを数えるのに 忙 いそが しかったし 。 「苦しかった?」 「よく覚えてない。でも、夢の中でお花畑を見た。春の花も、夏の花も、秋の花も、いっぺんに 咲 さ いてるお花畑。きれいだったよ」 いつも死の 影 かげ に 怯 おび えていたくせに、あんなふうに花に囲まれて 眠 ねむ り続けていられるものなら、あんがい死ぬのも悪くないかも、な んて八 歳 さい の私は思ったものです。 「川がなかった?」 「 あ、 あ っ た。 お 花 畑 の 手 前 に。 広 い 川 だ よ。 で ね、 橋 が か か っ て る の。 牛 若 丸 の お 話 に 出 て く る よ う な 橋。 そ こ を 渡 れ ば、 お 花 畑に行けるのがわかったから、私、そっちへ歩いて行ったんだよ」 「金色でぴかぴか光ってただろ」 「そう、金ぴかの橋……あれ、なんで知ってるの」 「 俺 おれ も見たもん。花畑も見た。すげえきれえだった」 意外なことを言います。ふだんのしんちゃんにとって、おしろい花は 落 らっ 下 か 傘 さん 遊びの道具、サルビアの花は 蜜 みつ を吸うおやつです。 「不思議。同じ夢を見てたんだね」 「おどろきももの木さんしょの木」 「ブリキにタヌキに 蓄 ちく 音 おん 機 き 」 しんちゃんがまた石を投げる。今度はひとつしか 波 は 紋 もん をつくれませんでした。 「俺、川のこっちにいたんだ。向こうがわにお前が見えたんだよ。でも橋の手前で帰っただろ」 「うん、なんだか急にこわくなって、引き返しはじめたら、目がさめたの」
「やっぱりなあ」しんちゃんが言います。 「あの時、俺、お前のこと呼ぼうとしたんだよ。でも、やめた」 ⑧ なんと答えていいのか迷ってから、最初に思いついた言葉を口にしました 。 「ありがと」 E 。 退院して、 家に帰ってからです。 私と同じ病院に運ばれた時、 しんちゃんはもう息をしていなかったそうです。 「呼べばよかったな」 「もう 遅 おそ いよ」 「なあ、俺、 臭 くさ い?」 「なんで」 「だって、お前、さっきから、こんな顔してるもん」しんちゃんが給食のピーマンを 我 が 慢 まん して食べている時の顔をします。 「鼻の穴 が細くなってる」 「……別に」 「むりすんなよ。臭いんだろ」 「ちょっとだけ。でも気になんないよ。だって、しんちゃん、いっつも臭かったもん」 なぐさめるつもりだったのに、しんちゃんはかえって傷ついた顔をして、 泥 どろ だらけの白い着物のすその 匂 にお いをかいでいます。初め て気づいたように、頭に巻いた三角の布を手にとって、しばらく 眺 なが めてから、それで、ぷうとハナをかみました。 私はむりして、鼻の穴を広げてみせました。本当のことを言うと、しんちゃんは臭かった。生きている時よりずっと。あぜ道で見 かける 干 ひ からびたカエルのような臭いがしました。 ずりずり。しんちゃんがお 尻 しり を動かして私から体を遠ざけました。 ずりずり。私がむきになって近づくと、またお尻をずらす。
ずりずり。 ずりずり。 「ねえ、どうやって出てきたの」 そう聞くと、 しんちゃんはようやくお 尻 しり を動かすのをやめて、 空を見上げました。むずかしいことを考える時のいつものくせです。 「わかんないんだ、それが。自分でも。生命の神秘だな」 理科の時間に習ったばかりの言葉を使って、鼻の穴をふくらませます。 「でも、生命もうないよ」 「あ、そうか」 「お墓の中って暗いの?」 「 う ん、 暗 い。 真 っ 暗 い 中 で、 ず っ と 考 え て た ん だ。 お た ま 池 の ほ こ ら、 お た ま 池 の ほ こ ら っ て。 そ し た ら、 い つ の ま に か 外 に 出 てた。きっとどこかに穴が開いてたんだな。おととい、 地 じ 震 しん があったろ」 「うん」 「あれのせいかもしんない」 「じゃあ、もし大きな地震があったら」 「すごいや」 あちこちに穴の開いた墓地を想像しかけたのですが、 怖 こわ くなってやめました。本当のことを言うと、ずっと怖かったのです。さっ き、 し ん ち ゃ ん が 来 た 時 も、 息 が と ま る か と 思 っ た く ら い。 し ん ち ゃ ん だ か ら、 平 気 な ふ り が で き た の で す。 突 然 や っ て 来 た の が、 坂田のおばあだったら、とっくに気絶しています。 ⑨ だけど、もう怖くありません 。まっすぐ顔を見ることもできます。しんちゃんは前とちっとも変わっていないから。顔の色は冬
の畑の土みたいで、左の耳が何かにかじられたように欠けてしまっているけれど、しんちゃんはしんちゃんです。 「お墓の中ってどんな感じ?」 しんちゃんが首をあおむかせます。こきりと骨の音がして、もとに 戻 もど らなくなってしまいました。 「わたたた」 二人で大あわてで首をもとに戻しました。 「むずかしいことばっかし聞くなよ。首がとれちゃう」 「ごめん」 「 あ、 あ れ に 似 て る か も。 押 おし 入 い れ の 中。 俺 おれ 、 父 ち ゃ ん に 叱 しか ら れ て、 よ く 入 れ ら れ る ん だ。 真 っ 暗 で こ わ い け ど、 ふ と ん が つ ま っ て るからなんだか気持ちよくて、いっつも 寝 ね ちゃうんだよ。ま、そういう感じ」 「お 腹 なか はすかないの」 「ぜんぜんすかない」 食 く いしん 坊 ぼう のしんちゃんは、初めて 寂 さび しそうな顔をしました。 「明日、俺のおそなえまんじゅう持ってきてやるよ」 「いらない」 「 遠 えん 慮 りょ すんなって」 「ねえ、一人でさびしくない」 私が聞くと、しんちゃんがまた夜空を見上げます。今度は 慎 しん 重 ちょう に、ゆっくり首を動かして。 「お、満月だ」 「おだんごみたいだね」 しばらく二人で月を 眺 なが めていました。まんまるいきれいな月でした。それっきり答えを聞くのを忘れてしまいました。しんちゃん
も何も答えませんでした。きっと、答えるのが 嫌 いや だったのか、答えるのを忘れてしまったか、どちらかです。 「なあ、明日はどこ行く」 帰り道です。息をはずませて自転車をこぎながら、しんちゃんが言います。私はじっとしんちゃんの着物のえりから 這 は い 出 で てきた 蛆 うじ 虫 むし を見ていました。いつもなら悲鳴をあげてしまうところですが、蛆虫がしんちゃんのうなじを上り、耳の穴に入りこもうとする まで 眺 なが め続けていました。蛆虫を手でつまんで捨てたのは、あとにも先にも、この時だけです。 ⑩ なるべく明るい声で私は言いました 。 「コスモスのお花畑を見に行こうよ」 そんなのつまんない、と文句を言うに決まってる。そう思っていたのですが、 「あ、いいね。コスモス」 しんちゃん、お墓の中で、少し性格が変わったみたい。帰りは近道をしました。ちびり坂をいっきに 駆 か けおります。 「ひゃっほ〜」しんちゃんが 叫 さけ びます。 「ふわぁ〜」私も。 三十年たったいまでも思います。あれ以上 素 す 敵 てき なジェットコースターに乗ったことはないって。ぜったい自転車に乗れるようにな ろう、 怖 こわ いのか楽しいのか自分でもわからない悲鳴をあげながら、私はそう決めました。 「自転車、ちゃんと練習しろよ」 「 F 」 坂の下の曲がり角で、しんちゃんがちぎれるほど手を 振 ふ っています。月が雲に 隠 かく れてあれほど明るかった夜にカーテンが引かれて しまいました。しんちゃんの姿はもう 影 かげ 法 ぼう 師 し です。 私もいっしょうけんめい手を 振 ふ り 返 かえ しました。しんちゃんの右手が心配です。だって本当にちぎれそうだったから。
「もうやめなよ」と言いかけたとき、しんちゃんはくるりと背中を見せて自転車に乗り、ふいっと曲がり角の向こうに消えました。 追いかけて、後ろ姿を見送ろうかと思ったけれど、やめました。いくらしんちゃんでも、ちびり坂を最後まで自転車で登れるはず がありません。意地っぱりなしんちゃんは、自転車を歩いて 押 お して登るところを、私にはぜったい見られたくないはずだから。 でも追いかければよかった。 あとになって、何度もそう思いました。 次の日、私は母にないしょで、物置にあったいとこの古い小さな自転車をひっぱり出して、練習をはじめました。 誰 だれ か後ろを押し てくれる人がいれば上達が早いのだろうけど、私には誰もいないから、一人でころんで、一人で立って、またころんで。 乗れるようになったのは、 突 とつ 然 ぜん 。 日暮れ近くでした。 倒 たお れそうになるのをけんめいにこらえて、手足をふんばっていたら、急に体のまわりの重力が消え、私と自転 車が走りはじめたのです。 そのかわり、体中にすり傷。母からは ⑪ 大目玉 。 その夜は、ふとんの中でどきどきしながら、坂から下りてくる自転車の音を待ちました。 し ん ち ゃ ん に は 悪 い け ど、 臭 にお い が わ か ら な い よ う に 鼻 の 穴 ヘ メ ン ソ レ ー タ ム を 塗 ぬ っ て。 自 転 車 に 乗 れ る よ う に な っ た と い っ て も、 まだ 停 と まり方がわからないから、ぶっつけ本番です。 でも、いつまで待ってもしんちゃんは来ませんでした。だんだん 眠 ねむ くなってきて、まぶたの上にもメンソレータムを塗ったのです が、結局、翌朝、ひりひりとまぶたを 腫 は らして目を覚ましました。 何日かたった午後、だいぶ上達した自転車に乗ってしんちゃんのお墓に行ってみました。 小さなお墓の前で、 名前を呼んだり、 「お〜い、 起きろ」 「あそぼ」なんて声をかけてみたりしたのですが、 何の返事もありません。 お墓はお墓。
「もういないよ」 背中に声をかけられて、 驚 おどろ いて 振 ふ り 返 かえ ると、どこかのお 婆 ば あ さんが私を 睨 にら んでいました。 いたずらを見つかったような気持ちになって、あわてて自転車へ 戻 もど り、こぎ出してから気づきました。そのお婆さんが、坂田のお ばあだったことに。 いまではあの地方も、みな 火 か 葬 そう になったそうです。お墓も自動車部品工場になってしまったとか。高校を卒業してからの私は、結 局、母も父も選ばず、一人で暮らしはじめましたから、風の便りに聞くばかりですが。 そういうわけで、私は自転車に乗れるようになりました。いまでは二人の子どもを前と後ろに乗せ、ハンドルの両側にスーパーの 買 か い 物 もの 袋 ぶくろ をさげて走る。そんな芸当も ⑫ 朝飯前 。しんちゃんのおかげです。あれから 誰 だれ かの自転車の後ろに乗ったことは、一度もあ りません。 オートバイだけは別。夫はわが家の三 匹 びき の 猫 ねこ よりオートバイのほうが 可 か 愛 わい いという人で、ときどき言いわけがわりに私をタンデム (注:ここでは二人乗りをすること) に 誘 さそ うのです。 もういい年なんだからやめたら、と 呆 あき れ 顔 がお をしても、バイクでコーナーを 攻 せ めていると、生と死のはざまを 垣 かい 間 ま 見 み るような気がす る、なんて 偉 えら そうなことを言って。 ⑬ なんにも知らないくせに 。 「しっかりつかまってろよ」夫が言います。 答える私。 「がってんしょうたくん」 「なんだそりゃ」 「なんでもない」 それは言えません。約束だから。
【 問 1】 ――― ①「 私 の 胸 も ざ わ ざ わ、 ゆ ら ゆ ら 」 と は、 「 私 」 の ど の よ う な 状 態 を 表 し て い ま す か。 次 の 説 明 文 の a ・ b に当てはまる語として適当なものを、本文 11〜 12ページよりそれぞれ漢字2字で 抜 ぬ き 出 だ し、答えなさい。 「 私 」 が 自 転 車 の 荷 台 に 乗 っ て、 灯 あかり の 見 え な い 田 い 舎 なか 道 みち を 行 く 中 で、 得 体 の 知 れ な い も の に 対 す る a な 気 持 ち を 抱き、自分のとった行動について b している状態。 【 問 2】 ――― ②「 そ の 頃 ころ の 私 は そ れ こ そ、 自 分 が ど こ へ 行 こ う と し て い る の か も わ か ら ず、 人 の 自 転 車 の 後 ろ に 乗 っ て い る よ う な も の だ っ た の で す か ら 」 と あ り ま す が、 次 の 説 明 文 の a 〜 d に 当 て は ま る 語 と し て 適 当 な も の を 後 か ら そ れ ぞれ選び、 (ア)〜(コ)の記号で答えなさい。 「 私 」 が 自 転 車 に 乗 れ な か っ た 理 由 は 二 つ あ り ま す。 一 つ 目 は、 「 私 」 が a だ っ た か ら で す。 二 つ 目 は、 「 私 」 の持っていた自転車が、 「私」と母のもとを去っていった父親からの 贈 おく り 物 もの だったからです。 「私」は、自分がその自転 車 に 喜 ん で 乗 る こ と で、 母 親 に 悲 し い 思 い を さ せ る の で は な い か と 子 ど も な り に b し て い ま し た。 当 時 八 歳 さい の 「 私 」 は、 両 親 の c と い う 大 き な 問 題 を 前 に「 人 の 自 転 車 の 後 ろ に 乗 っ て い る よ う な も の 」、 す な わ ち、 自 分 の 身の振り方を自分の d で決定することができない状態にあったのです。 (ア) 不信 (イ) 意志 (ウ) 素質 (エ) 不和 (オ) 期待 (カ) 病弱 (キ) 幼少 (ク) 非力 (ケ) 思案 (コ) 技量
【 問 3】 ――― ③「 水 の あ わ 」、 ――― ⑪「 大 目 玉 」、 ――― ⑫「 朝 飯 前 」 と あ り ま す が、 言 葉 の 意 味 と し て 適 当 な も の を そ れ ぞ れ 選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア)無効になる (ア)ひどく 叱 しか られる (ア)よくあることだ ③ 水のあわ (イ) 無 む 駄 だ になる ⑪ 大目玉 (イ)激しく泣かれる ⑫ 朝飯前 (イ)いつものことだ (ウ)無用になる (ウ)とても 驚 おどろ かれる (ウ)たやすいことだ (エ)無関係になる (エ)大いに 呆 あき れられる (エ)目新しいことだ 【問4】 ―――④「なにがあっても不思議はないのです」とありますが、 「私」やしんちゃんが住んでいたのはどのような場所だと 考えられますか。もっとも適当なものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 古い習慣が 受 う け 継 つ がれていて、 迷 めい 信 しん じみたことが 真 しん 実 じつ 味 み を帯びて語られるような場所。 (イ) 各 おの 々 おの の家に伝わるまじないを 執 と り 行 おこな わないと、死者に 呪 のろ われると信じられている場所。 (ウ) 人々が昔からあるほこらに祈ることで、死んだ者をよみがえらせることができる場所。 (エ) 死者と寄りそうことを村のおきてとしているため、家の近くに墓が作られている場所。 【問5】 A ・ B に当てはまる語を次の中からそれぞれ選び、 (ア)〜(オ)の記号で答えなさい。 (ア) ヘビ (イ) エビ (ウ) カメ (エ) カエル (オ) キンギョ 【 問 6】 C ・ D ・ E に 当 て は ま る 文 を 次 の 中 か ら そ れ ぞ れ 選 び、 ( ア ) 〜( オ ) の記号で答えなさい。
(ア) しんちゃんが死んだという知らせを聞いたのは、先週の土曜日 (イ) しんちゃんが生き返ったことに気づいたのは、先週の土曜日でした (ウ) 先週の金曜日には、坂田のおばあが生き返ったことを知ったのでした (エ) 先週の木曜日、こっそりおたま池に行った私たちは、池に落ちて 溺 おぼ れてしまったのです (オ) 先週の木曜日には、その 杉 すぎ の橋を 渡 わた りはじめて、たった三メートルのところで落っこちてしまいました 【 問 7】 ――― ⑤「 わ か っ て い ま し た 」 と あ り ま す が、 こ の と き の「 私 」 の ど の よ う な 思 い が 示 さ れ て い ま す か。 も っ と も 適 当 な ものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) 病気が治って健康になると、しんちゃんとはもう会えなくなってしまうと思っていた。 (イ) しんちゃんとの直接的なかかわりは、もう長くは続かないということに気づいていた。 (ウ) 自転車の荷台は荷物を置くところで、人を乗せてはいけないところだと理解していた。 (エ) 幼い 頃 ころ から長く 患 わずら っている病が、少しずつ快方に向かっていることを感じとっていた。 【 問 8】 ――― ⑥「 わ た し も 震 ふる え る 声 で い っ し ょ に 歌 い ま し た 」 と あ り ま す が、 こ の と き の「 私 」 の ど の よ う な 思 い が 示 さ れ て い ますか。もっとも適当なものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) しんちゃんの手がもげそうであることを気持ち悪く思いながらも、元気づけてあげようと思った。 (イ) しんちゃんは声が出なくなるほど 疲 つか れているのだと感づいて、せめて歌うことで 励 はげ まそうと 気 き 遣 づか った。 (ウ) しんちゃんも「私」と同じような心情であることがわかって、 恐 おそ ろしさをともに 紛 まぎ らわせようとした。 (エ) しんちゃんは「私」と歌えなくなることを悲しんでいると気づき、 「私」も同じ思いだと伝えようとした。
【 問 9】 ――― ⑦ 「 私 は 黙 だま っ て 首 を か し げ ま し た 。 う ま く 答 え ら れ な か っ た の で す 。 ど ん ぐ り を 数 え る の に 忙 いそが し か っ た し 」、 ――― ⑧ 「 な ん と 答 え て い い の か 迷 っ て か ら、 最 初 に 思 い つ い た 言 葉 を 口 に し ま し た 」 と あ り ま す が、 こ の と き の「 私 」 の ど の よ う な 様 子 が 示 さ れ て い ま す か。 次 の 説 明 文 の a 〜 d に 当 て は ま る 語 句 と し て 適 当 な も の を 後 か ら そ れ ぞれ選び、 (ア)〜(ク)の記号で答えなさい。 普 ふ 段 だん のありようとは打って変わって、 しんちゃんは、 突 とつ 然 ぜん 「私」に「ごめんな」と言いました。 溺 おぼ れるしんちゃんが、 「 私 」 の 足 に し が み つ き、 「 私 」 も 溺 れ た こ と に つ い て、 何 も 言 え な か っ た こ と に a の か も し れ ま せ ん。 詫 わ び て 心 の 荷 が 下 り た の か、 し ん ち ゃ ん は「 死 に そ う に な っ た と き 」 の こ と を「 私 」 に た ず ね ま す。 「 私 」 が 質 問 に 答 え ら れ な か っ た の は、 死 に か け た と き の 記 き 憶 おく が b か ら で し ょ う。 ま た、 ど ん ぐ り を 数 え る こ と に 集 中 し、 答 え を 避 さ け る よ う に 見 え る「 私 」 か ら は、 死 者 で あ る し ん ち ゃ ん か ら「 死 」 に つ い て 問 わ れ る こ と に c 様 子 も 読 み と れ ま す。 し か し、 生 死 の 境 目 で し ん ち ゃ ん が「 私 」 を 呼 ば な か っ た こ と を 聞 い て、 「 私 」 は「 あ り が と 」 と 言 い ま し た。 こ の 言 葉 に は、 今 生 き て い る こ と に 対 し て「 私 」 が 素 す 直 なお に d 様 子 と、 し ん ち ゃ ん に 対 す る 感 謝 とが表れていると言えるでしょう。 (ア) 喜んでいる (イ) 驚 おどろ いている (ウ) 不明確である (エ) 心配りをする (オ) 心残りがある (カ) 分散している (キ) 心配している (ク) 戸 と 惑 まど っている 【 問 10】 ――― ⑨「 だ け ど、 も う 怖 こわ く あ り ま せ ん 」 と あ り ま す が、 ど の よ う な 理 由 が 考 え ら れ ま す か。 も っ と も 適 当 な も の を 次 の 中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) しんちゃんは自分が死んでいることを 隠 かく して、 「私」が怖がらないように気を 遣 つか ってくれたから。
(イ) しんちゃんは生前と比べると性格に多少の変化はあったものの、外見は変わっていなかったから。 (ウ) しんちゃんと「死」について話せたことで、二人のあいだにあったわだかまりが解消されたから。 (エ) しんちゃんに 関 かか わる不可解さが消えて、あるがままのしんちゃんと向き合えるようになったから。 【問 11】 ―――⑩「なるべく明るい声で私は言いました」とありますが、このときの「私」のどのような様子が示されていますか。 もっとも適当なものを次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 (ア) しんちゃんの 素 そ 朴 ぼく な問いかけに対して、できるだけ誠実に向き合おうとしている。 (イ) 実現性のとぼしい会話にうんざりしながらも、しんちゃんを 励 はげ まそうとしている。 (ウ) どんな 状 じょう 況 きょう も笑い話にしてしまおうとするしんちゃんに、いささかあきれている。 (エ) 無 む 邪 じ ゃ 気 き な提案に対して、しんちゃん同様に子どもらしく 振 ふ る 舞 ま おうと考えている。 【問 12】 F に入る「私」の発言として、適当なものを本文中より 抜 ぬ き 出 だ し、答えなさい。
【問 13】 ―――⑬「なんにも知らないくせに」とありますが、 「私」のどのような思いがこめられていますか。もっとも適当なもの を次の中から選び、 (ア)〜(エ)の記号で答えなさい。 ( ア ) 幼 少 の 頃 ころ 、「 私 」 に は、 死 ぬ ま ぎ わ の 友 だ ち と 遊 ん だ 経 験 が あ る と い う こ と を、 現 実 的 な 考 え 方 を す る 夫 が 信 じ る とは思えない。 (イ) 死んだ友だちといまも交流を続けている「私」にとって、夫の考える死の世界は、実際の姿からかけ 離 はな れたものだ としか思えない。 ( ウ ) バ イ ク で 体 験 で き る の は、 「 私 」 が 知 る よ う な 本 当 の「 生 と 死 の は ざ ま 」 で は な い と い う こ と に、 今 後 も 夫 が 気 づ くとは思えない。 ( エ ) 「 生 と 死 の は ざ ま 」 を 経 験 し た「 私 」 か ら 見 る と、 夫 の 発 言 は 気 が き い て い る よ う で い て、 そ の 実、 薄 うす っ ぺ ら な も のにしか思えない。 【 問 14】 次 の 説 明 文 を 読 ん で、 a 〜 f に 当 て は ま る 言 葉 と し て 適 当 な も の を 後 よ り そ れ ぞ れ 選 び、 ( ア ) 〜 (コ)の記号で答えなさい。 大 人 に な っ た「 私 」 は 結 けっ 婚 こん し、 二 人 の 子 ど も を 育 て て い ま す。 「 私 」 は、 自 転 車 を 自 在 に 乗 り こ な し、 た ま に 夫 の バ イ ク で 二 人 乗 り を す る ほ ど、 以 前 と 比 べ て 活 動 的 に、 ま た 元 気 に 生 活 し て い ま す。 「 私 」 は、 か つ て「 私 」 が 抱 かか え て い た a か ら 自 由 に な っ た の で す。 し か し、 ふ と、 幼 い「 私 」 に 不 思 議 な 体 験 を も た ら し た し ん ち ゃ ん に 関 す る 記 き 憶 おく がよみがえります。 「 私 」 が 八 歳 さい だ っ た 時 の あ る 晩、 し ん ち ゃ ん は「 私 」 を 訪 ね て き て、 お た ま 池 の ほ こ ら に 誘 さそ い ま し た。 結 局、 ほ こ ら に は 何 も い な か っ た こ と を 確 かく 認 にん し た あ と、 二 人 は 溺 おぼ れ た 日 の 話 を し ま す。 こ こ で、 し ん ち ゃ ん の b が 明 か
さ れ ま す。 し ん ち ゃ ん は、 自 身 が 泳 げ な い ば か り に「 私 」 を も 溺 れ さ せ て し ま っ た こ と に つ い て、 「 私 」 に 謝 あやま り に 来 た のでした。謝罪が済むと、しんちゃんは自身の 臭 にお いを気にし始めます。 「私」は、 そんなしんちゃんを前にして、 「しんちゃんはしんちゃん」だと思います。 「死」と 隣 とな り 合 あ わせに生きる「私」 に と っ て、 し ん ち ゃ ん は 生 き る こ と の 楽 し さ を 教 え て く れ る 相 手 で す。 「 私 」 が、 し ん ち ゃ ん の 身 体 に 湧 わ く 蛆 うじ 虫 むし を 愛 情 をもって取り除く場面からも、しんちゃんは c であることがわかります。 し ん ち ゃ ん と の 一 夜 の 冒 ぼう 険 けん で、 「 私 」 は 大 き く 変 わ り ま し た。 し ん ち ゃ ん の 最 後 の 言 葉 に 従 っ て、 翌 日「 私 」 は 自 転 車の練習をし、夕方には乗れるようになりました。自転車に乗れるようになったことで、 「私」は、 「自転車に乗れない ほど病が重い自分」ではなくなりました。また、しんちゃんという死者の存在を、生前と変わらずに受け入れられたこ と で、 そ れ ま で「 私 」 に お い て d は、 「 生 」 と 隣 り 合 わ せ の も の と 捉 とら え ら れ る よ う に な っ た と 言 っ て も 過 言 ではありません。それゆえ、 「私」は、一人でしんちゃんのお墓を 訪 おとず れて、 e を望むのです。 し ん ち ゃ ん と い う 死 者 と の 一 夜 の 交 流 は、 「 私 」 に と っ て、 f と な り ま し た。 「 私 」 は 死 者 に よ っ て 死 の 影 かげ に と り つ か れ た 生 活 か ら 解 放 さ れ た の で す。 だ か ら こ そ、 「 私 」 は、 生 き る 上 で の 基 点 で あ る し ん ち ゃ ん と の 思 い 出 を大切にいとおしみ続けるのです。 (ア) 「死」への切実な欲望 (イ) 「私」に会いに来た理由 (ウ) 「私」が生きる上で大切な存在 (エ) しんちゃんと再会するという夢 (オ) 生きることを楽しみ味わう原点 (カ) 自身の身体や父母の関係への不安 (キ) 友人関係や家族関係に対する不安 (ク) 「私」に打ち明けないでいた秘密 (ケ) 「生」の対極にあったはずの「死」 (コ) かなえられるはずのない死者との再会
【出 典】 Ⅰ 石黒浩「信じること」 (『 〝糞袋〟の内と外』朝日新聞出版、二〇一三年)より。 Ⅱ 荻原浩「しんちゃんの自転車」 (『短編工場』集英社文庫、二〇一二年)より。ただし、一部省略した箇所がある。