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若 年 者 に お け る 顎 関 節 円 板 前 方 転 位 症 例 に 対 す る治 療 法 の検 討
甲 斐 裕 之 ・山 崎 要 一*・甲 斐 貞 子 ・田 代 英 雄
Evaluation of the treatments in young people with an
anteriorly displaced disc of the TMJ
Hiroyuki KAI•EYouichi YAMASAKI*•ESadako KAI•EHideo TASHIRO
Abstract:The effects of methods which were intended to reduce the anteriorly displaced disc
and to maintain it in the correct position were investigated for young patients under 19
years of age with the anteriorly displaced disc of the temporomandibular joint(TMJ).Se-venteen patients were treated by means of an occlusal splint only,5 prosthodontic treatment
following splint therapy,and 4 Bionator following splint therapy.Those patients were observed
for more than 6 months.Discs in 10 patients of anterior displacement were reduced by
man-dibular manipulation before various treatments.The results were as follows;
1.Splint
All cases were treated with anterior repositioning splints.Although the effectiveness was
observed concerning the pain at the affected joint,there were no cases whose disc was still
reduced when the splint was removed.
2.Prosthodontic treatment following splint therapy
There were 2 cases whose disc was completely reduced and 3 cases whose reduced disc
was displaced again after the prosthodontic treatment. 3.Bionator therapy following splint therapy
There was decrease in over jet and over bite owing to the increase in the vertical
occ-lusal height in all 4 cases.The complete reduction of the disc was achieved in three cases
upon removal of a Bionator and one side in a bilateral case.There was no recurrence of
pain of the joint and masticatory muscles or displacement of the disc.
Although it was considered that splint treat ment is effective to eliminate pain and reduce the disc while the splint was applied,it seems necessary for the following final occlusal
recon-struction after splint therapy to prevent recurrence of displacement.The cause of the
re-currence of displacement in prosthodontic cases was thought to be the disharmony between
the occlusion and the function of the TMJ and it seems difficult to determine the occlusion by irreversible prosthodontic treatment during the growing stage in young patients.
On the other hand,Bionator resolved pain at the TMJ and masticatory muscles,and
maintained the proper position of the disc.It is thought that the Bionator can change the
occlusion continuously utilizing the inherent eruptive force of the teeth in young people in
harmony with the function of the TMJ. Furthermore, it seems to direct the disturbed
dento-九 州 大 学 歯 学 部 第1口 腔 外 科 学教 室 (主 任:田 代 英 雄 教 授)
* 九 州 大 学 歯 学 部 小 児 歯 科 学教 室 (主 任:中 田 稔 教 授)
First Department
of Oral Surgery,Faculty
of
Dentistry,Kyushu
University(Chief:Prof.Hi-deo Tashiro)
*
Department
of Pediatric Dentistry,Faculty
of
Dentistry,Kyushu
University(Chief:Prof.Mi-noru Nakata)
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maxillary development by various methods toward the proper one.
Key words:anteriorly displaced disc of the TMJ(顎 関 節 円 板 前 方 転 位),young Pcople(若
年 者),Bionator(バ イ オ ネ ー タ ー) 緒 言 顎 関節 症 患 者 のな か で は,閉 口時 の 関節 円板 の前 方 転 位 を示 す い わ ゆ る顎 関 節症III型(顎 関 節 研 究 会 の顎 関 節 症 分類 案1))症 例 が 大 きな比 率 を 占 め て い る とい わ れ て い る2∼5).そ の転 位 の 原 因 は ま だ あ き らかに され て は い な い もの の,咬 合 の関 与 が 大 きい こ とが指 摘 され て い る. 治 療 は,関 節 円板 を正 常 位 置 に 整 位 させ,安 定 させ た う え で 関 節 円板 転 位 の再 発 を 防 ぐた め に 咬 合 の 再構 成 が 必 要 で あ る こ とが 多 い.し か しな が ら20歳 未満 の いわ ゆ る 若 年 者 の 場 合,顎 骨 の成 長,歯 の萌 出 の 途 中 で あ る こ と が 多 く,補 綴 処置 な どに よ る顎 位 の決 定 が そ の 後 の成 長 に 調 和 して ゆ く保 証 は な く,非 可 逆 的 な 治 療 に よ る永 久 的 な 顎 位 の 決 定 は 困難 で あ る と考 え られ る.し た が って 若 年 者 に 対 して は これ らを 考 慮 した 治 療 が 望 まれ る.今 回,若 年 者 顎 関節 症 の うち関 節 円板 前 方 転 位 と診断 され た 症 例 に 対 し,関 節 円板 整 位 後,そ の状 態 を 維 持 安 定 さ せ る 目的 で 著者 らが行 った 各 種 の治 療 法 に つ い て 検 討 し た ので 報 告 す る. 対 象(表1) 1987年1月 よ り1989年12月 まで に 当 科 を 初 診 した20歳 未 満 の顎 関 節 症 患 者 の うち,臨 床 診 断,あ るい は 上 下 顎 関 節 腔 単 一 造 影 所 見,顎 関 節 矢 状 断CT撮 影 に よ り 関 節 円板 前 方 転 位 と診 断 され た 症 例 で,各 種 治 療 終 了 後 よ り6か 月 以 上 経 過 観 察 が 可 能 で あ った26症 例 で あ る.年 齢 は 最 低7歳,最 高19歳 で あ り,平 均 年 齢 は15.6歳 で あ った.性 別 は,男 性5症 例,女 性21症 例 で あ った.こ の うち 復 位 のあ る関 節 円 板 前 方 転 位 症 例 が16例,徒 手 的 円 板 整 位 術 に よ り関 節 円板 の整 位 が 可 能 で あ った 復 位 のな い 関 節 円板 前 方 転 位 症 例 が10例 で あ った. 治 療 方 法(図1,表2) 1.復 位 の あ る 関節 円板 前 方 転 位 症 例 1例 を除 く15症 例 に対 して,開 口時,閉 口時 と もに ク リッ クの 生 じな い 下顎 前 方 位 に て上 顎 に下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トを 装 着 させ,1∼2週 間 間 隔 で の再 来 の た び に そ の位 置 で の ク リッ クの 有無 を 調 べ少 しず つ 下顎 を 後 退 させ,ク リッ クが 発 生 しな い 位 置 で ス プ リン トを 調整 表1対 象 症 例 表2治 療 内容
Vol.38 No.1 若 年 者 に お け る顎 関 節 円板 前 方転 位 症 例 に 対 す る 治療 法 の検 討 129 図1治 療 法 した,そ の 結 果,も との 中 心 咬 合 位 に て 開 閉 口 させ て も ク リッ クの 生 じな い4症 例 に対 して は,そ の位 置 に て ス プ リン トを ス タ ビ ラ ィゼ ー シ ョン型 ス プ リ ン トに 変 更 し,さ らに 経 過 の観 察 を 行 い 装 着 時 間 を少 し ず つ 短 縮 し,最 終 的 に は ス プ リン トを装 着 させ ず に経 過 観 察 を 行 った.さ らに,も との 中心 咬 合位 に戻 す と ク リッ クの発 生す る11症 例 の うち3症 例 に対 して は,ス プ リン トに よ る関 節 円 板 が 整位 した 状 態 で の最 小前 力 下顎 位 を 決 定 し,最 終 的 に 補 綴 に よ る咬 合再 構 成 を 行 った.ス プ リン トに よ る治 療 を 行 わ な か った1例 は初 診 時,前 歯 部反 対 咬 合 で あ った た め.ま ず 上 顎切 歯 を リンガル ア ー チ を用 い,唇 側 へ 傾 斜 させ 正 被蓋 を得 た 後 に,バ イ オ ネ ー タ ー に よ る治 療 を 行 った.バ イオ ネ ー ター は,犬 歯,臼 歯 部 の歯 牙 の挺 出 を 生 じ させ,下 顎 の 前 方 移 動 を起 こさせ る 目的 で,上 下 中 側 切 歯 の み と接 触 す る レジ ン床 を 介 在 さ せ 犬 歯 以 後 の上 下 歯 牙 を 離 開 させ た.さ らに 上 下 中,側 切 歯 間 の レジ ン床 の後 方 に,頬 舌 的 に バ クチ ネ ータ ー ベ ン ドお よび 舌 側 板 を 付与 させ.頬 粘膜,舌 が 歯 牙 の 挺 出 を 妨 げ な い よ うに し,ま た オ ーバ ージ ェ ッ トの 減少 を は か るた め 上 顎 前 歯 部 に 唇 側 線 を 設 け た.装 着 時 の 下顎 の 位 置 は 関 節 円 板 の転 位 を 起 こ さな い 最 小 の 前 方 位 と し, バ イオ ネ ー タ ーの 装 着 は 夜 間 の み と した(写 真1) . 2.復 位 の な い 関 節 円 板 前 方 転 位 症 例 まず 徒 手 的 円板 整 位 術 で 関 節 円 板 の整 位 を 行 った 後, 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トを 装 着 させ た.再 来 時,顎 関 節 が クロ ー ズ ド ロ ック状 態 で あ れ ば.そ のた び ご とに 徒 手 的 円板 整 位 術 を 行 い 関 節 円板 を 整 位 した,再 来 時 に ク ロー ズ ド ロ ック所 見 が な け れ ば,そ の 後 の治 療 は 復 位 の あ る関 節 円板 前 方 転 位 の治 療 方 法 に 準 じて 行 った-内 容 は 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トに よ る経 過 観 察3例,下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リ ン トを 調 整 し もと の中 心 咬 合 位 に 戻 写 真1上:バ イ オ ネ-タ ー 装 置,下:バ イ オ ネ ー タ ー 口 腔 内 装 着 時 正 面 し,さ ら に ス プ リ ン ト非 装 着 に て 経 過 観 察 を 行 っ た 症 例 2例,ス プ リ ン トに よ る 下 顎 位 の 決 定 の 後,補 綴 処 置 を 行 っ た 症 例 が2例,ス プ リ ン トに よ っ て 関 節 円 板 の 整 位 維 持 を 行 っ た 後,臼 歯 部 の 歯 牙 挺 出 を 図 る た め に パ ィ オ
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表3ス プ リン ト治 療 群 に お け る治 療 前 後 の 変 化 * R:下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン ト S:ス タ ビ ラ イ ゼ ー シ ョ ソ ス プ リ ン ト ** W:復 位 の あ る関 節 円 板 前 方 転 位 WO:復 位 の な い 関 節 円板 前 方転 位 ☆:徒 手 的 円板 整 位術 施 行例 ネ ータ ー に よ る治 療 を 行 った 症 例 が3例 で あ った .な お 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トは,夜 間 就 寝 中 は もち ろ ん の こ と食 事 時 以外 可 能 な限 り長 時 間 装 着 す る よ うに 指導 し た が,特 に 関 節 円板 整 位 術 に よ り関 節 円 板 が整 位 した症 例 に 対 して は,少 な く と も3日 間24時 間 ス プ リン トを装 着 す る よ うに 指示 した. 結 果 1.ス プ リン ト治 療 後6か 月以 上 経 過 観 察 した17症 例 の 治 療 前 後 の 変 化(症 状,病 態 の 判 定 は ス プ リ ン ト非 装 着 時)(表3) 最 低 年 齢11歳,最 高 年 齢19歳 で,平 均 年 齢 は16.4歳 で あ った.男 性4症 例,女 性13症 例 で あ った.初 診 時 の病 態 は復 位 のあ る関 節 円板 前 方 転 位(以 下Wと 略 す る)12 例,復 位 のな い 関 節 円 板 前方 転 位(以 下WOと 略 す る) 5例 で あ った.観 察 期 間 は最 短6か 月,最 長26か 月 で, 平 均13.5か 月 で あ った.顎 関節 痛 は治 療 前7例 に 認 め ら れ た が,ス プ リン ト治療 中 に全 症 例 に おい て 消 失 した. 咀囑 筋 圧 痛 は 治 療 前7例 に認 め られ た が,そ の うち5例 で 消失 し,2例 で 不 変 で あ った .一 方,治 療 前 咀 嚼 筋 圧 痛 が認 め られ な か った 症 例 で ス プ リン ト治 療 中,3例 に 疼 痛 が 発 現 した.平 均最 大 開 口域 の変 化 は 復 位 のあ る関 節 円板 前 方 転 位 症 例 で は 初 診 時46.1mm,治 療 後47.2 mmで あ った .ま た,復 位 の な い 関節 円 板前 方 転 位 例 で は,再 発 の 認 め られ た1例 を 除 き平 均 最 大 開 口域 は 初 診 時32.3mmか ら最 終 観 察 時47.8mmと,15.5mmの 増 大 が 認 め られ た. 初 診 時 よ り最 終 観 察 時 の関 節 円板 の病 態 の変 化 は,変 化 な し12例(W→W),改 善4例(WO→W),再 発1例 (WO→W→WO)で ス プ リン ト非 装 着 時 に 完 全 に 関 節 円板 が 整 位 して い る症 例 は なか った.特 に 症 例1,5, 11,12,14は 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トを ス タ ビ ライ ゼ ー シ ョ ン型 ス フ.リ ン トに 変 え,さ ら に ス フ.リ ン ト非 装 着 状 態 で も関節 円板 の整 位 が得 られ た が,そ れ は一 時 的 で あ り,し ば ら くす る と患 側 の ク リッ ク音 が 生 じた た め, 再 び ス プ リン ト治療 を頻 回に 行 わ ざ る を得 なか った.ま た 症 例17は ス プ リン ト非 装 着 時 に も関 節 円板 の整 位 が 得 られ た が経 過 観 察 中 に患 側 の ク リッ ク音 が 生 じ,ま もな く関 節 円板 は復 位 の な い前 方 転 位 に 移 行 した. 2.補 綴 治 療 後6か 月以 上 経 過 観 察 した5症 例 の 治 療 前 後 の 変 化(表4) 最 低 年 齢13歳,最 高年 齢17歳 で,平 均 年 齢 は15.8歳 で あ った.ま た症 例 はす べ て女 性 で あ った.初 診 時 の病 態 はWが3症 例,WOは2症 例 で あ った.顎 関 節 痛 は治 療 前4例 に認 め られ,ス プ リ ン ト治 療 後 に 全 症 例 で 消 失 しVol.38 No.1 若 年 者 に お け る 顎 関 節 円板 前 方 転 位 症 例 に 対 す る治療 法 の検 討 131 表4ス プ リ ソ ト後 補 綴 治 療 群 に お け る 治 療 前 後 の 変 化 A:初 診 時,B:ス プ リ ソ ト治 療 後,C:補 綴 後 W:復 位 の あ る関 節 円 板 前 方 転 位 WO:復 位 の ない 関 節 円 板 前 方 転 位 N:関 節 円 板 の 転 位 な し ☆:徒 手 的 円 板 整 位 術 施 行 例 *:ス プ リン ト装 着 時 表5ス プ リ ン ト後 バ イ オ ネ ー タ ー 治 療 群 に お け る 治 療 前 後 の 変 化 A:初 診 時,B:ス プ リ ン ト治 療 後,C:バ イ オ ネ ー タ ー 後 W:復 位 の あ る 関 節 円板 前 方 転位 WO:復 位 の な い 関 節 円 板前 方 転位 N:関 節 円板 の 転 位 な し ☆:徒 手 的 円 板 整 位 術 施 行 例 *:治 療 前 両 側 ク リ ックが 認 め られ た が,治 療 中,片 側 の ク リッ クが 消失 した. た が 補 綴 治 療 後2例 に 再 発 した.逆 に ス プ リン ト治 療 中 に 出 現 し,補 綴 治療 後 に 消 失 した 症 例 が1例 認 め ら れ た.咀 嚼 筋 圧 痛 は ス プ リン ト治 療 後1例 の み に認 め られ た が,補 綴 治 療 後 に も認 め られ,そ の 程 度 は 増強 した. 初 診 時,ス プ リン ト治 療 後,お よび 補 綴 処 置 後 の 関 節 円 板 の病 態 変 化 は,関 節 円 板 完 全 整 位(以 下Nと 略 す る)2例(W→N→N),再 発2例(W→N→WO,WO → W→WO),増 悪1例(W→N→WO)で あ っ た. 3.バ イ オ ネ ー ター 治 療 後6か 月以 上 経 過 観 察 した4 症 例 の治 療 前 後 の 変 化(症 状,病 態 の 判 定 はバ イ オ ネ ー ター 非 装 着 時)(表5) 最 低 年 齢 は7歳,最 高 年 齢 は16歳 で,平 均 年 齢 は12.0 歳 で あ った.ま た 男 性1例,女 性3例 で あ った.初 診 時 の病 態 はWが1例,WOが3例 で あ った.経 過 観 察 期 間 は最 短6か 月,最 長26か 月 で あ った.顎 関節 痛 は初 診 時 3例 に 認 め られ た が ス プ リン ト治 療 中,全 例 で 消 失 し, バ ィオ ネ ータ ー治 療 中 も疼 痛 の発 現 は 認 め な か っ た.治 療 前 咀 嚼 筋 圧 痛 を有 す る症 例 は な く,ま た 逆 に治 療 中, 治 療 後 に 疼 痛 が 出 現 した 症 例 もな か った. 初 診 時,ス プ リン ト治 療 後,お よび バ イオ ネ ータ ー治 療 後 の関 節 円 板 の 病 態 変 化 は完 治3例(WO→N→N) で あ った.残 りの1例 も治療 前,両 側 の相 反 性 ク リッ ク が 存 在 した が,治 療 中,開 口域 の減 少 な しに 片 側 の ク リ ッ クが 消 失 した.セ フ ァ ロ分 析 に て全 症 例 で 咬 合 高径 の 増 加 が 認 め られ た(図2∼5).
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図 2 図 3 症 例 患 者:13歳 女 性. 初 診 日:1988年11月 日. 主 訴:間 欠 的 な 開 口障 害. 診 断:右 側 復 位 の あ る顎 関 節 円板 前 方 転 位(間 欠 的 ク ロー ズ ドロ ッ ク). 初 診 時 の 現 症 な らび に 治療 経 過:初 診 時 最 大 開 口域 は 上 下 中 切 歯 間 で50mmを 示 し,開 口40mmの 時 点 と 閉 口終 末 付 近 で 相 反 性 ク リッキ ン グを 認 め,右 側 咬筋 に 軽 度 の圧 痛 が 認 め られ た.上 下 前 歯 切 端 位 で ク リッキ ン グが 消 失す る こ とを確 認 し,そ の位 置 に て下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トを 装着 させ,再 来 のた び に ス プ リ ン トを調 整 した.1か 月 後,ス プ リン ト非 装 着 時 に も ク リ ッ クは 消 失 して お り,両 側 臼歯 部 に離 開 が認 め られ た.さ らに そ の 顎 位 を 保 持 す る よ うに ス プ リン トを調 整 した.関 節 円 板 の 再転 位所 見 が認 め られ な か っ た た め,初 診 時 よ り 3か 月 後,両 側 下顎 部 の 臼 歯 部 の う 蝕 治 療 を 兼 ね, 765│567の 歯 牙 に ア ン レーを 装 着 した(写 真2).ア ン レー装着8か 月 後 関節 円板 の 再転 位 所 見 は認 め られ な か った が,右 側 の 咬筋 痛 の増 大 が認 め られ,12か 月後, 右 側 咬 筋 の 圧痛 は不 変 の ま ま前 歯 部 の わず か な 開 咬 が 出 現 した(写 真3).Vol.38 No.1 若 年 者 に お け る顎 関 節 円板 前 方 転位 症 例 に対 す る治 療 法 の 検 討 133 図 4 図 5 患 者:16歳 女 性. 初 診 日:1989年6月 日. 主 訴:最 大 開 口時 お よび咀 嚼 時 の左 側 顎 関 節 部 の疼 痛. 診 断:左 側 復 位 の な い顎 関節 円板 前 方 転 位 初 診 時 の 現 症 な らび に 治 療 経 過:初 診 時 最 大 開 口域 は 上 下 中 切 歯 間 に て40mmで,最 大 開 口時 下 顎 は左 側 に わ ず か に 偏 位 した.同 時 に 左 側 顎 関 節 部 に鈍 痛 を 自覚 し た.顎 運 動 中 関 節 部 の 雑 音 は 触 知 しな か った.口 腔 内所 見 で は 閉 口時,オ ーバ ー ジ ェ ッ トは5.5mm,オ ー バ ー バ イ トは3.5mmで あ った(写 真4) .エ ッ クス線 所 見 で は 硬 組 織 の構 造 的,形 態 的 変 化 は 認 め な か った が,経 頭 蓋 撮 影 法 に て 両 側 下顎 頭 は最 大 開 口時,関 節 結 節 直 下 に 位 置 し運 動 制 限 が認 め られ た(写 真5).上 記 診断 に て 左 側 顎 関 節 部 に 対 し徒手 的 円板 整 位 術 を 行 っ た と こ ろ,整 復 音 と と もに最 大 開 口域 が55mmに 増 加 し,同 時 に 最 大 開 口時 の 左 側顎 関節 部 の疼 痛 が 消 失 した.下 顎 前 歯 切 端 位 に て 下 顎 前 方整 位型 ス プ リン トを1週 間24時 間 装 着 させ た と ころ,ス プ リン ト非 装 着 時 に も ク ロ ー ズ ドロ ッ クの所 見 は 認 め な くな った.ま た 同 時 に 下 顎 は や や 前 方 位 に て 固 定 され,両 側 臼歯 部 が 離 開 した,さ らに 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トを バ イ オ ネ ー ター に 変 更 し た.6か 月後,閉 口時 オ ーバ ージ ェ ッ ト2.5mm,オ ー バ ーバ イ ト1.5mmに 減 少 した(写 真6).ま た 臼 歯 部
134 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Jan.1992 写 真2上:下 顎 咬 合 面,765 567に ア ン レ ー 装 着, 下:ア ン レ ー 装 着 時 の 閉 口 時 口 腔 内 正 面 写 真3ア ン レ ー 装 着12か 月 後 の 閉 口 時 口 腔 内 所 見 上 下 中 側 切 歯 の 離 開 が 認 め ら れ る. の 挺 出 に よ り臼 歯 部 の咬 合 の 安定 も得 られ た(写 真7). 最 大 開 口域 は58mmと な り,顎 関節 部,咀 嚼 筋 群 の疼 痛 は認 めな か った た め,バ イオ ネ ー タ ーに よ る治 療 を 終 了 した.そ の時 点 で の セ フ ァ ロ分 析 では,治 療 前 と比 較 して 臼歯 部 の歯 牙 の 挺 出 に よる 咬合 高径 の増 加 のた め, 下 顎 の時 計 まわ りの 回 転 が起 こ り,オ ーバ ーバ イ トの 減 少 が 認 め られ た.ま たSNBは ほ とん ど治 療 前 後 で 差 が 写 真4初 診 時 の 閉 口 時 咬 合 正 面 観 オ ー バ ー ジ ェ ッ ト5.5mm,オ ー バ ー バ イ ト3.5 mm. 写 真5左 顎 関 節 部 の 規 格 経 頭 蓋 撮 影 エ ッ ク ス 線 写 真 右 が 閉 目 時,左 が 最 大 開 口 時. 硬 組 織 の 変 化 は 認 め ら れ な い が,最 大 開 口 時,下 顎 頭 が 関 節 結 節 直 下 に 位 置 し,運 動 制 限 が 認 め ら れ る. 写 真6バ イ オ ネ ー タ ー 治 療 終 了 時(治 療 開 始 よ り 6か 月 後)の 閉 口 時 咬 合 正 面 観 オ ー バ ー ジ ェ ッ ト2.5mm,オ ー バ ー バ イ ト1.5 mm.
Vol.38 No.1 若年 者 に お け る顎 関節 円板 前 方 転 位 症 例 に 対 す る治療 法 の検 討 135 写 真7ス タ デ ィ モ デ ル 左 側 面 観 上:初 診 時,下:治 療 終 了 時. な く,下 顎 の 回転 に伴 うB点 の後 退 を,下 顎 全 体 の前 方 移 動 に て補 っ て い る もの と思 わ れ た.オ ーバ ー ジ ェ ッ ト は上 下 切 歯 歯 軸 の傾 斜 と下 顎 のわ ず か な前 方 移 動 に よ り 減 少 が 認 め られ た(図4).そ の後9か 月 間 経 過 観 察 を 行 っ てい る が,関 節 円板 転 位 の再 発 は認 め られ ず,ま た 関節 部 の顎 運動 痛 も認 め られ な か った. 考 察 顎 関節 症 は そ の病 態 か らみ れ ば,関 節 円板 が 閉 口時, 前 方 に転 位 してい る ものが 頻 度 的に い ち ば ん高 い と され て い る2∼5).さ らに著 者 らが 調 査 した20歳 未 満 の顎 関 節 症 患 者 で は,関 節 円板 前 方 転 位 と診 断 され た ものが86.6 %を 占 め6),若 年 者 顎 関節 症 症 状 の ほ とん どが 関 節 円板 の転 位に 起 因す る とい っ て も過 言 で は ない と思 わ れ る. 若 年 者 の 関節 円板 転 位 症 例 に お い て も高 頻 度 に 顎 関 節 硬 組 織 の変 化 が認 め られ,高 度 の もの で は下 顎 頭 の低 形 成 を認 めた との報 告 もあ る7).し た が っ て,関 節 円板 前 方 転 位 と診 断 され た患 者 の 治療 に対 して は,関 節 円板 を ま ず 整 位 させ,整 位 した 状 態 を維 持 す る よ うに 努 め る こ と が 必 要 と思 わ れ る.こ の た め 保 存 的 療 法 の1つ と し て,ス プ リン ト療 法が ひ ろ く行 わ れ て い る8∼11).復位 の あ る 関節 円板 前 方 転 位 症 例 の多 くは,前 方 下 顎 位 に て 関 節 円板 を整 位 させ るこ とが可 能 なた め,下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リ ン トを用 い そ の状 態 を維 持 す る方 法 が 行 わ れ て い る.さ らに 関節 円板 が 転 位 しな い範 囲 で下 顎 を徐 々に 後 退 さ せ,も との 咬 合位 に戻 す か,あ る い は関 節 円板 が 転 位 しない 下 顎 位 を決 定 し,最 終 的 に 咬合 の 再 構 成 を 行 う.ま た 復 位 の な い関 節 円板 前 方 転 位 症 例 で は,徒 手 的 円板 整 位 術 を 行 い 関 節 円 板 を整 位 させ た うえで,復 位 の あ る関 節 円板 前 方 転 位 症 例 と同様 に治 療 を行 うと され て い る. 若 年 者 顎 関 節 症 の発 症 に つ い て は,顎 発 育 の途 上 とい う特 殊 性 よ り,さ ま ざま な 原因 論 が あ げ られ て い る が12∼ 17),そ の な かで も咬 合 状 態 と本症 発症 との関 係 が 最 も広 く理 解 され て お り,因 果 関 係 が強 い よ うで あ る.田 口 ら15),成 ら18)は,若 年 者 顎 関 節 症 の患 者 に は,不 正 咬 合 を有 す る症 例 が 高 頻 度 で み られ,そ の な か で も 上 顎 前 突,過 蓋 咬合,叢 生,下 顎 前 突 が 多 か った と報 告 して い る.し か しなが ら若 年 者 患 者 の 治療 に 際 して は,咬 合 に 問 題 が あ る と思 わ れ て も,歯 牙,顔 面 を 含め 成 長 期 に あ る こ とを念 頭 に 置 き,慎 重 な 対 応 と長 期 間 の経 過 観 察 が 必 要 で あ る と思 わ れ る.特 に 咬 合 に対 す る不 可 逆 的 な 方 法 は 後 の顎 発 育 の障 害 とな りえ るこ と も予 想 され,十 分 な計 画 の も とに 行 うべ きで あ り安 易に 行 うべ き では な い と思 われ る.田 口 ら19)は,咬 合 調整 な どの非 可 逆 的 な 治 療 は 第1選 択 とす べ きで は な く,関 節 円板 を 下 顎 頭 の上 に乗 せ た うえで の ス プ リン ト治療 に よる可 逆 的 な 治 療 を 第1と す べ きで あ る と述 べ て い る.成 ら18)は成 長 期 に あ る患 者 に 対 して は,な るべ く非可 逆 的 な処 置 は 避 け,薬 物 療 法,ス プ リン ト,理 学 療 法 な どの保 存 的 療 法 を 選 択 して い る.積 極 的 な 治 療 を 行 わ な くて も経 過 観 察 の み で 良 好 な予 後 の得 られ る もの も含 まれ て い る と思 わ れ る と 述 べ てい るが,顎 関 節 の 雑 音 が存 在 した 症 例 に つ い て は 予 後 調 査 で もか な りの 頻 度 で雑 音 が残 存 して い る.矢 崎 ら8)は ク リ ッ クに 関 して は ス プ リン ト療 法 のみ では 関 節 円板 は整 位 しえ な くな って い る の で は ない か と考 え,ス プ リ ン ト療 法 後 に は,関 節 円板 を維 持 安 定 させ るた め に 何 らか の処 置 を 行 い 咬 合 を 改善 しな けれ ばな らな い と述 べ て い る.こ のた め に 治 療 途 中 に 使用 してい た ス プ リン トの臼 歯 部 を 切 断 し,臼 歯 部 の歯 牙 の挺 出を は か る こ と に よ り関 節 円板 の位 置 を 正 常 に維 持 した 症 例 を 報 告 し た.著 者 ら も,田 口 ら19),矢 崎 ら8)と同様 に,ま ず は 関 節 円板 を 整 位 させ,下 顎 前 方整 位 型 ス プ リン トを 装 着 さ せ て い る.し か しな が ら,ス プ リン トの み の治 療 を 行 っ た17例 の経 過 観 察 で も示 され た よ うに,関 節 円 板 が整 位 した 状 態 で もと の中 心 咬 合 位 に戻 しえた 症 例 は6症 例 の み で あ った.そ れ らもス プ リン トを除 去 して しば ら く経 過 観 察 す る と,5症 例 に 関 節雑 音 の再 発,1例 に 復位 の な い 関 節 円 板 前 方 転 位 に よる と思 わ れ る開 口障 害 が生 じ た.残 りの症 例 は,常 に あ る程 度 下 顎 を 前 方 位 に維 持 し な けれ ば 関 節 円 板 の転 位 を 防 ぐ こ とが 不 可 能 で あ った. Lundhら9)は,相 反 性 ク リッキ ングを 有 す る復 位 の あ る 関 節 円板 前 方 転 位 症 例24例 に対 し,6週 間24時 間下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン トで 治療 を行 っ てい るが,ス プ リン ト 除 去 後11週 後 に 完 全 に 関 節 円板 が整 位 して い る症 例 は5 症 例(21%)に す ぎな か った と述 べ てい る.ま た 和 嶋 ら20)も関 節 円 板 転 位 症 例 に対 して,ス プ リン トを除 去 後
136 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌
Jan.1992
に 治療 前 の 咬合 位 に 戻 す とい う理 想 的 な治 療 は ご く限 ら れ た 症 例 に しか あて は ま らな い と述 べ て お り,ス プ リン ト除 去 後 の 関節 円板 転 位 の再 発 は 非 常 に 多 い よ う で あ る.こ の よ うに下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リン ト治療 で の 関節 円板 転 位 の再 発 が非 常 に 多 い 理 由 の1つ と し て,ス プ リン ト自体 は 咬 合 を 変化 させ る要 素 が な い こ とが 考 え ら れ る.つ ま りス プ リン トを除 去 した 段 階 で は,関 節 円 板 が 転 位 して い た も との 咬合 状 態 に 戻 って い る こ と に な る.こ のた め 関 節 円 板 は再 び も との咬 合 を 通 じて の 強 い 荷 重 下 に おか れ 下 顎 頭 と関節 円板 との間 の安 定 性 を 欠 く もの と思 わ れ る.し た が っ て ス プ リ ン トに よ る関 節 円 板 前 方 転 位 症 例 の治 療 は 根 本 的 な治 療 で は な く,最 終 的 な 治 療 へ の一 過 程 と考 え るべ きで は な いか と思 わ れ た.こ の考 え の も とに ス プ リン ト治療 の 後,さ らに 関 節 円板 を 安 定 させ るた め に 補 綴 的 対 応 を5症 例 に 行 った.こ れ ら の 症 例 はす べ て 補 綴 必 要 とす る歯 牙 に う蝕 が あ り,そ の た め の治 療 も必 要 で あ った た め で あ る.し か しな が ら症 例3,4は ス プ リン ト治 療 で 関 節 円 板 が整 位 して い る顎 位 を決 定 し,そ の顎 位 に て 治 療 を 行 った に も か か わ ら ず,補 綴 処 置 後 に 関 節 円 板 が 復位 不能 な転 位 を生 じた. また 症 例5は 初 診 時,復 位 のな い 関 節 円 板 前 方 転位 症 例 で あ った が,徒 手 的 円板 整 位 術 を 行 い,関 節 円 板 が 復位 可 能 な状 態 で 最 小 下顎 前 方 位 を決 め 補 綴 処 置 を 行 っ た が,処 置 後 に 再 度 関 節 円板 が復 位 不 能 な 転 位 を 生 じた. 残 りの2例 は処 置 後 も関 節 円 板 は整 位 状 態 に あ るが.そ の うち症 例2は 補 綴 治 療 後 に 咬 筋 の圧 痛 が 増 悪 し,前 歯 部 に わず か の開 咬 が 生 じた.咬 筋 の ス パ ス ム のた め 臼 歯 部 を 支点 と し,2次 的 に 前 歯 部 の 開 咬 が生 じた もの と思 わ れ る.こ の よ うに 処 置 後 の 問題 を 残す 症 例 が存 在 す る 理 由 は,補 綴 物 の形 態 と咀 嚼 筋 な どの 顎機 能 との調 和 を 術 前 に把 握 し,決 定 す る こ との 困 難 性 に あ る の で は ない か と推 測 され る.関 節 円板 整 位 のた め に 適 切 な 咬 合 高径 が 一 時 的 に得 られ て も,重 要 な 顎 運 動 要 素 で あ る咀嚼 筋 と の調 和 が とれ な い場 合,病 態,症 状 の 再 発 あ るい は増 悪 な どが 起 こ りえ る の では な い か と思 わ れ た. バ イオ ネ ー タ ーは 歯牙 を挺 出 させ,結 果 的 に 下 顎 頭 を 前 下 方 に 位 置 させ,関 節 円板 にか か る荷 重 を 減 少 させ る こ とに な る と思 わ れ る.さ らに夜 間 のみ に 装 着 させ る こ とに よ り,変 化 した 咬 合 関 係 を昼 間 の生 活 で機 能 的 に 適 応 させ る とい う特 徴 を 有 して い る.こ の点 は前 述 の補 綴 治 療 が 下顎 位 を一 時 点 で 決 定 す る こ と とは異 な り,若 年 者 の 適 正 な下 顎 位 を 機 能 的 に 決 定 す る もの で あ る と思 わ れ る.実 際,バ ィ オ ネ ー タ ーに よ る治療 を行 っ た4例 で は,す べ て 臼歯 部 の歯 牙 の挺 出 に よ る咬 合 高径 の増 大 が 認 め られ た が,バ ィ オ ネ ー タ ー非 装 着 時 に も関節 円板 の 再 転 位 は な く,ま た 咬合 の違 和 感,関 節 部痛,咀 嚼 筋 痛 を 訴 え る症 例 もな く,顎 機 能 と咬 合 の 調 和 は十 分 に保 た れ て い る と思 わ れた.歯 牙 の挺 出 量 は,顎 関 節 症状 お よ び 咀 嚼 筋 症 状 を 観察 しなが ら検 討 した. も と も とバ ィ オ ネ ー タ ーは,矯 正 科 分 野 で 臼 歯 部 の歯 牙 の 挺 出 を 図 りア ングルII級 咬 合 を 改 善 す る 目的 で 使 用 され る もの で あ り21),過 蓋 咬合 や 下 顎 後 退 咬 合 を 有 す る 円 板 動 態 異 常 の患 者 に は 被蓋 の改 善 の意 味 で も特 に 有 効 な もの と思 わ れ る.反 面,反 対 咬合 者 あ るい は切 端 咬合 患 者,前 歯 部 開 咬,前 歯 部 ガ イ ドの 弱 い患 者 で は,さ ら に そ の咬 合 状 態 を 悪 化 させ 適応 で は な い と思 わ れ る. 下 顎 位 の変 化 に 対 す る形 態学 的 な 適 応 に 関 して は,実 験 的 に 成 長 期 に 下 顎 を 前 方 位 に 維 持 す る と,下 顎 頭 の特 に 後 方 部 に 軟 骨 の著 明 な 増殖 が 認 め られ,そ の 下 部 に骨 の添 加 が 生 じ る こ とが 確 か め られ て い る22).バ ィオ ネ ー タ ーに よ る治 療 も臼 歯 部 歯 牙 の 挺 出 に よ り下 顎 を 前 方 に 押 し出す 働 きが あ り,下 顎 頭 も変 化 して ゆ く咬 合 に 同 調 しそ の形 態 を 変 化 させ,解 剖 学 的 に も適 応 して ゆ く可 能 性 の あ る こ とが 推 測 され る. 以 上 の よ うに バ イオ ネ ー タ ーは,咬 合 に 関 して ス プ リ ン トを代 表 とす る可 逆 的 方 法 と,補 綴 治 療 を 代 表 とす る 非可 逆 的方 法 の 中間 的 な位 置 に あ る もの と思 え る.著 者 らの顎 関節 症 に対 す る バ ィ オ ネ ー タ ー使 用 の意 義 は,顎 関 節 の 病 態 の 改 善 を 図 る と と もに 種 々 の原 因 で妨 げ られ た 咬 合,顎 顔 面 の 発 育 を正 常 な方 向へ と促 す こ とに よ っ て,さ らに 関 節 円 板 転位 の 再 発 を予 防す る とい う機 能 的 な 点 に あ る と現 時 点 で は と らえ て い る.今 回 は整 位 可 能 な 関 節 円 板 前 方 転 位 症 例 に 限 って バ イオ ネ ー タ ー を使 用 した が,顎 関 節 部 に か か る荷 重 負 担 の 減 少 を 図 る 目的 の た め,整 位 不 能 な 関 節 円 板 転 位 症 例,さ らに そ の 他 の 顎 関 節 症 患 者 に つ い て も適 応 に な るの で は な い か と思 わ れ る. 結 語 19歳 以 下 の顎 関節 症 患 者 で,関 節 円板 前 方 転 位 と診 断 され 関 節 円 板 の整 位 が可 能 で あ った 症 例 に 対 して,関 節 円 板 の 整 位 維 持 を は か る た め に行 っ た各 種 の治 療 法 の効 果 に つ い て 検 討 した.症 例数 は26症 例 で ス プ リン トのみ 17症 例(下 顎 前 方 整位 型 ス プ リン ト11例,ス タ ビ ライ ゼ ー シ ョ ン ス プ リ ン ト6例),ス プ リ ン ト治 療 の 後,補 綴 治 療 を 行 った 症 例5症 例,ス プ リン ト治 療 の 後,バ イオ ネ ー タ ー治 療 を 行 った 症 例4例 で あ った.ま た す べ て6 か 月 以 上 経 過 観 察 が 可 能 で あ った. 1.ス プ リン ト単 独 治 療 顎 関 節 部 の疼 痛 の除 去 に は 有 効 と思 わ れ た が,関 節 円 板 の完 全 整 位 を 得 られ た 症 例 は な く,関 節 円 板 を 安 定 さ せ る最 終 治 療 が 必 要 と思 わ れ た. 2.補 綴 治 療 関 節 円板 の完 全 整 位 が2症 例 に 認 め られ た.し か しな が ら2例 で再 発,1例 で 増 悪 が 認 め られ,こ の3症 例 は 咬合 と顎 機 能 との不 調 和 が 原 因 と思 わ れ た.Vol.38 No.1 若 年 者 に お け る顎 関 節 円板 前 方転 位 症 例 に 対 す る治療 法 の検 討 137 3.バ イオ ネ 上 タ ー治 療 す べ て の症 例 で 咬合 高 径 の増 加 が 認 め られ た.4例 中 3例 は関 節 円板 の完 全 整 位 が 得 られ,残 る1例 は 両 側 の 復 位 の あ る 関節 円板 前 方 転 位 で あ った が,片 側 で関 節 円 板 の整 位 が得 られ た.治 療 中,関 節 部,咀 嚼 筋 の疼 痛 を 訴 え る症 例 は な く,咬 合 と顎 機 能 は調 和 してい る もの と 思 わ れ た. 本 論 文 の 要 旨 は,第3回 日本 顎 関 節 学 会(1990年7 月,東 京)に お い て 発 表 した. 引 用 文 献 1) 顎 関 節 症 に 対 す る 小 委 員 会: 顎 関 節 疾 患 お よ び 顎 関 節 症 の 分 類 案. 顎 関 節 研 究 会 誌7: 135-136 1987. 2) 宮 島 智 房, 甲 斐 貞 子, 他: 顎 関 節 症 患 者 の 症 型 分 類 に よ る 臨 床 統 計 的 観 察. 日 口 外 誌37: 872-884 1991. 3) 迫 田 隅 男, 芝 良 祐, 他: 顎 関 節 症 の 臨 床 統 計 的 観 察 過 去10年 間 の 臨 床 統 計 と 予 後 調 査. 日 顎 誌2: 79-88 1990. 4) 村 上 賢 一 郎, 瀬 上 夏 樹, 他: 顎 関 節 症II型 へ の 臨 床 的 対 応 と 評 価. 岡 達, 藍 稔 編: 顎 関 節 症 治 療 の ポ イ ン ト50, 医 歯 薬 出 版, 東 京, 1990, 56-64頁 . 5) 成 辰 煕, 高 木 律 男, 他: 症 型 分 類(顎 関 節 研 究 会 提 案)か ら み た 顎 関 節 症 患 者 の 臨 床 的 検 討. 日 口 外 誌35: 2958-2963 1989. 6) 甲 斐 貞 子, 甲 斐 裕 之, 他: 若 年 者 の 顎 関 節 症 の 臨 床 統 計 的 観 察. 日 口 外 誌 投 稿 中.
7) Katzberg, R. W., Tallents, R. H., et al.:
In-ternal derangements
of the
temporomandi-bular joint:
Findings in the pediatric age
group. Radiology 154: 125-127 1985.
8) 矢 崎 篤, 和 嶋 浩 一, 他: 若 年 者 顎 関 節 内 障 (ク リ ッ ク)に 対 す る 下 顎 前 方 整 位 型 ス プ リ ン ト療 法 後 の 最 終 処 置. 口 科 誌37: 756-763 1988.