平成 23 年 10 月 28 日 第 84 回海洋フォーラム要旨
東アジアの海洋安全保障を巡る状況
南シナ海問題から東シナ海、西太平洋へ
海洋政策研究財団主任研究員 秋元一峰 【講演要旨】 今回対象とする海域は、南シナ海、東シナ海、西太平洋である。南シナ海の問題が、東ア ジア、西太平洋にどのような影響を及ぼしているのかについて、軍事的な側面から話をした い。 1. 南シナ海で生じていること (1)南シナ海の地理 南シナ海は、地理的には、中国、台湾、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネ シア、ブルネイ、フィリピンの 8 カ国が隣接している。出口が国際海峡に限られている一種 の閉鎖海域である。海上交通の要衝であり、世界でも十本の指に入るコンテナハブ港がある。 台湾海峡、マラッカ・シンガポール海峡などの国際海峡、200 を超える島嶼、岩礁があり、 生物資源が豊富である。 国家管轄海域が重なり合っており、近年は中国海軍の外洋進出が活発化していることから、 安全保障上の要衝ともなっている。 (2)南シナ海のシーレーン 仮に南シナ海が航行不能となるとどうなるか。必然的にマラッカ・シンガポール海峡を通 れなくなるので、スンダ海峡、ロンボク-マカッサル海峡などを利用してフィリピンを抜け ることになる(行程が 3 日増え、15 隻のタンカー補充が必要となる)か、極端な話、オース トラリアを迂回することになる(行程が 2 週間増え、80 隻のタンカー補充が必要となる)。 したがって、日本にとっても他人事ではない。 (3)南シナ海の紛争 島嶼の領有権をめぐる紛争としては、南沙諸島(Spratley)、東沙諸島(Pratas Island)、 西沙諸島(Paracel Island)、中沙岩礁群(Macclesfield Bank)のものが挙げられる。これらの紛争によって EEZ、大陸棚の境界が左右され、漁業、海底資源の開発を巡る紛争を生起 させる。 (4)域内諸国の対立の構図 中国対 ASEAN(Spratly 諸国)という構図である。中国の態度によってこの領域の紛争の歴 史は大きく変化している。 冷戦中は両陣営の対立の狭間で安定していたが、冷戦終了後の 1992 年(アメリカ軍がフィ リピンから撤退した年)に、「中華人民共和国領海及び接続水域に関する法律」で東・南シナ 海における領有権を主張、1995 年から 1998 年には、フィリピンが領有権を主張するミスチ ーフ環礁を占拠した。 1999 年から 2006 年までは、中国の柔軟姿勢への変化が見られた。2002 年、ASEAN 諸国と の間で「南シナ海行動宣言(Declaration on the Conduct of Parties in the Sourth China Sea)」を採択、2005 年には、フィリピンおよびベトナムとの間で紛争海域における資源共同 開発が合意された。 しかし、2007 年から再び強硬姿勢に回帰し、中国海軍艦艇による南シナ海におけるパトロ ールが増大した。2009 年には、フィリピンの「領海基線法」、ベトナムおよびマレーシアに よる「大陸棚外側限界延長申請」に抗議する口上書を出した。2011 年には、ベトナムの石油・ ガス調査船の探査用ケーブルを切断、フィリピンの石油探査線を妨害するなどした。 こうした中国の態度の変遷は、内政に影響されているものと考える。 (5)中国の 9 段線(U-Shape Line) これがいつ現れたかは定かではないが、1947 年の国民党作成の地図に現れたのが最初であ る。中国の主張自体も定かではないが、①内側の島嶼は中国領である、②歴史的にみて中国 に開発権がある、③中国の歴史的海域である、④伝統的な国境線である、などが挙げられる。 しかし、いずれも国際法的には根拠がないものである。 (6)南シナ海の戦略的重要性 以下は、軍事的な話になる。中国は、南シナ海を軍事的に排他的に支配する(制海する) 意思および能力を有している。歴史的に言えば、「制海」を達成した国家はその後、必ずそれ を足がかりとして外洋へと出て行こうとする。中国にとっての南シナ海は、アメリカにとっ てのカリブ海のようなものである。 アメリカの視点から言えば、もしそのようなことが起これば、中国と紛争になった場合の パワープロジェクションが困難となる。 (7)南シナ海の戦略構図 2001 年の E-P3 事件(アメリカの戦闘機の不時着事件)、2009 年のインペッカブル事件(海
南島で航行中に妨害を受ける)等から、アメリカは航行の自由(=アクセスの自由)を主張 して南シナ海問題に介入した。南シナ海は、「中国-アメリカ-ASEAN の構図」(ASEAN 諸国に よるアメリカへのバンゴワゴニング、アメリカから ASEAN 諸国へのキャパシティビルディン グ)である。 2. 中国の軍事戦略 (1)第 1・第 2 列島線(アチソンライン) 中国は、第 1・第 2 列島線でアメリカ海軍のアクセスを拒否しようとしている。アメリカ にとっては、もともとは防共ラインであった(ただし、中国の公開資料上では、第 1・第 2 列島線という用語は使用されていない)。 (2)第 1 列島線を越える中国海軍 中国が艦隊で西太平洋へ進出した最初の事例は、おそらく 2008 年と思われる。その後、2009 年、2010 年にも艦隊行動がなされている。 進出したのは東海艦隊で、沖縄本島と宮古島との間を通過している(2008 年 10 月は津軽 海峡を通った)。3 つの艦隊を合わせた大規模な演習が行われているのではないかと推測して いる。 中国海軍は、国防方針の通り、2011 年には第 1 列島線を越えて西太平洋に展開する能力を 得たと見ることができる。 (3)中国の A2/AD(Anti-access/Area-Denial)戦略 前述した 2001 年の E-P3 事件、2009 年のインペッカブル事件に加えて、2010 年には中国政 府高官が「南シナ海は核心利益」である旨を発言しており、中国は東アジアの海域を「排他 的軍事海域」にしたいと見られている。中国の A2/AD 戦略とアメリカの「航行の自由」の主 張の対立という構図である。 もっとも、A2/AD が中国の本当の戦略なのか、少し疑問を持っている。もっと大きな戦略 を持っているのではないかと考えている。 3. アメリカの戦略 2010 年 7 月、クリントン国務長官が「航行の自由」に言及し、南シナ海における国際法規 の遵守はアメリカの国益である旨を発言した。実際にも、ベトナム、フィリピンとの合同演 習、フィリピン、シンガポールへの艦艇提供など、南シナ海諸国へのキャパシティビルディ ングを行っている。 アメリカの軍事戦略構想について見ると、アメリカ国防省が 2010 年 2 月に公表した QDR2010
では、新たな空海統合戦闘構想(A joint air-sea battle concept)が策定されている。そ こでは、「アメリカの行動の自由に挑戦する、高性能の A2/AD 能力を備えた敵を打破するため に、空、海、地上、宇宙及びサイバー空間に及ぶ統合能力を発揮する空・海戦力の運用を検 討する」とされており、そのための方策として、日本にも関わる内容(基地施設の強化、在 外アメリカ軍のプレゼンスと即応態勢の強化、など)が盛り込まれている。 4. 域外諸国の動向 ロシアは、最近になって元気になっている。北極海航路からのシーレーン確保、それに連 動してのクリル開発計画で投資を促進している。それにからめ軍事力を増強している。 オーストラリアは、アメリカとの同盟関係の強化しており、アメリカもオーストラリアを 重視している。 インドは、中国のインド洋への進出を警戒すると同時に、南シナ海開発への参入を企図し ている。 5. 東アジアの海域の軍事バランス 東アジアの各海域の軍事バランスについて言えば、南シナ海は ASEAN 対中国、東シナ海は 中国対日本・韓国・アメリカ、という構図である(日本海はロシア対日本・韓国・アメリカ 対北朝鮮という構図)。
6. アメリカ;Resident Power or Offshore Power?
アメリカの AirSea Battle 作戦計画は未だ定まっていないが、それは何故か。要因として は、国防予算、前方展開基地問題(在日・在韓基地について、グアム・オセアニアに移そう という意見も)が挙げられる。日本・ASEAN 諸国の信頼性について疑義がある、といった不 確定要素のために、作戦計画が作れないという意見もある。
中国の弾道ミサイル作戦構想に関する論文(Toshi Yoshihara, “Chinese Missile Strategy and the U.S. Naval Presence in Japan: the Operational View from Beijing”, Naval War
College Review, Summer 2010, Vol.63, Nov.3.)では、中国の戦略ミサイル部隊による台湾
へのミサイル攻撃戦略が紹介され、それは在日アメリカ軍基地にも適用可能である旨が指摘 されている。
また、『中国の軍事力 2010』(Annual Report to Congress)によれば、中国の短・中距離 ミサイルによる地域の敵基地への攻撃能力について、日本は全て射程範囲内である旨が指摘 されている。
7. 中国;小さな戦争理論 龍韜という戦略アナリストの「環球時報」(人民網日本語版 09.29.2011)の記事では、南 シナ海における中国の戦略について、次のような議論が展開されている。 「小規模な戦争を恐れてはならない。…小さい戦争を数回行えば、大きな戦争を回避できる のだ。」 「米国は現在も対テロ戦争から抜け出せず、南中国海で第 2 の戦争を起こす力は全くない。」 8. 小さな戦争が大きな戦争に;危惧されるシナリオ しかし、南シナ海での小さな戦争が大きな戦争にエスカレートしないための条件は、「アメ リカ軍の介入がない」ということである。 その意味で、危惧されるシナリオとして、前方展開アメリカ軍基地への先制攻撃の可能性 が考えられる。 9. 東アジアの海洋安全保障環境の安定化のために パワーバランスの維持が必要であり、そのためには、在日米軍の維持、日米同盟の信頼性 の強化、ASEAN 諸国の能力構築支援、アクターの増大(オーストラリア、インド)などが必 要である。 また、信頼醸成の促進のためには、透明性の促進、海軍艦艇等の行動に関わる合意・協定 が必要である。 【質疑応答】 Q:中国の A2/AD 戦略との関係で、どのような国際情勢、どのような条件がそろえば、アメリ カは基地を後退させると考えられるか。 A:アメリカ、中国の最新兵器の射程などについては必ずしも詳しくないが、一般的に言って、 基地を後退させるとしてもグアムが限界ではないか。オーストラリアは遠すぎる(南シ ナ海まで到着する時間が、グアムと比較すると倍くらいかかってしまう)。加えて、心理 的な抑止効果の観点からも、グアムよりも東に退くべきではないと考える。 Q:東シナ海で活動している中国の艦艇(海軍にしろ国家海洋局にしろ)は、個別に活動して いるのか、それとも、きちんと中央からの統制のもと行動しているのか。インペッカブ ル事件などを見ると整合的に行動しているようにも見えるし、そうでないように見える 事例もあるが。
A:統制されているものもあればされていないものもあるのではないか。法執行機関が 2 つ以 上連携しているような場合には統制されているのではないかと思われる。インペッカブ ル事件では明らかに統制されていたのではないか(おそらく人民解放軍)。尖閣の問題な どについては疑問なところもある。 Q:中国の戦略の内容がよく分からないところがある。南シナ海に入れなくなったらという話 があったが、シーレーンが通れなくなるような戦略ということなのか、具体的はどうい うことになるのか。 A:確かに、現に船は自由に航行しているので、その意味でアメリカの「航行の自由」の主張 というのは、あまり的を射ていないところがある。ただ、中国が海域の排他的支配を船 舶の航行にまで広げるのではないか(特に「小さな戦争」状態の場合)、という懸念はシ ナリオとしては考えられる。 Q:①信頼醸成のための透明性の促進については、軍事組織については本質的に限界があり、 期待するのは無理ではないか。②日中間の海上衝突事故防止協定について、中国の現在 の国際法に対する態度から考えて、見通しはどうなのか。 A:①透明性については言われる通りだが、しかし程度問題である。中国の国防白書は、日米 のものと比較するとあまりにも不透明であり、例えば、空母が現に洋上に出ているのに 正式には未だに何も発表されていない。②海上衝突事故防止協定については、仮にアメ リカ海軍艦艇の南シナ海への進入を認めたくないのであれば、そもそも話し合いに応じ ないのではないか。 米中関係は、現在では不透明抑止(軍事力が非対称な国家間での抑止形態)だが、中 国側の軍事力の増強によっていずれ透明抑止(軍事力が対称な国家間での抑止形態)に なるかもしれない。その意味では、将来的には信頼醸成措置や海上衝突事故防止協定の 議論に乗ってくるのではないか。 Q:小さな戦争というのは、具体的にどういうものか。 A:龍韜の議論は私にもよくは分からないが、おそらく考えられるのは、西沙諸島をベトナム から、ミスチーフ環礁をフィリピンから奪取した事例などは、小さな戦争と言うことが できるのではないか。 少し理論的な話を付言しておくと、アメリカでは構成主義者(コンストラクティヴィ スト)が出てきており、これは、対抗する勢力ともケースバイケースで手を組むような 発想である。他方、現在の中国は攻撃的現実主義(常に相手よりも優位であれば安全が
保障されるとするミアシャイマーの立場)に立脚しているように思われる。基地問題な どを考える際には、こうした両国が東アジアでバランスをとろうとする時にどうなるの か、ということも含めて考えていかなければならない。 Q:中国の戦略についてより具体的に説明して欲しい。 A:領域主権国家的な発想ではなく、中華思想が海洋戦略にも入っており、それに基づいて戦 略国境線を拡大していくという発想があるかもしれない。とはいえ、現在のように他の 諸国家に包囲されているような環境では、防勢的な戦略になるのではないか。また、海 域ごとに戦略を分けているように思われる。東シナ海では日米同盟との間でのパワーバ ランスをとろうと模索しており、他方で、南シナ海ではアメリカが邪魔しなければ自国 が抑えられると考えているのではないか。 Q:ヒラリーの論文について言及があったが、「民主党が嫌になったから基地を退く」といっ たネガティブな表現までは読み取れないのではないか。 A:他の記者会見や分析記事などと混同したところがあるかもしれない。 以上