秋田県高等学校教育研究会情報統計教育部会研究大会
『野球における統計の活用』
E-Score:スポーツへの統計の利用 Part Ⅱ
秋田県立西仙北高等学校 藤 田 秀 明
1.はじめに 昨年のこの研究大会においてアメリカンフットボールにおける統計の活用についての取組みを紹 介させていただきましたが、今年は同じアメリカ生まれのスポーツの代表格とも言える野球におけ る統計の利用について取組みました。 2.野球における統計とは 現在、楽天の監督をされている野村氏がヤクルトの監督時代、名キャッチャーの古田選手を擁し てID野球を展開して黄金期を作り上げたのは有名な話ですが、野球もアメフト同様、統計が利用 しやすいスポーツの一つです。何故ならサッカーやラグビーのように選手がフィールド一杯に自由 に動き回れるスポーツと違って、野球はピッチャーが投げたボールをバッターが打ったら、1塁目 指して走らなければならず、1塁の次は2塁というように、一定の流れに従って選手は動かなけれ ばならず、守備もそれに沿った守りをするために統計がとりやすいからです。 さて、野球において統計はどのような利用が考えられるでしょうか。まずピッチャーの投球でス トライクが多いかボールが多いかということから、コントロールのいいピッチャーかどうかが分か ります。またバッターならば打率を計算すれば上手いバッターかどうかが分かります。 次にもう少し詳しく見ていくと、ランナーがいる時とそうでない時とで、コントロールに変化が 見られないかどうか、得点圏での打率がどうなのか、打球の方向はどうか等、状況によってどのよ うな攻撃、防御をしてくるかを読み取ることができます。 これらは個々の場面が何回発生し、そのうち特定のプレーが何回あったかを計算すれば%で表示 されますから、どの程度の頻度で発生するかという情報が分かりやすく得られることになります。 3.何を行ないたいのか 今回の取組みは、データを取るための手段の開発を行いました。つまりデータ収集の手段として スコアブックをどのようにしようかということです。 (図1:一般的なスコアブックの様式) 通常、野球においては紙ベースのスコアブックが多く利用されていて、標準的なスコアブック(図 1)は非常に細かく分類された表記方法により、分析を行う気ならば詳細に渡り分析することが可 2 8 9 1 4 5 6 7 1 2 3
能です。しかし紙ベースであるが故に、データ分析に要する負担は容易ならざるものがあり、ディ ジタル化が望まれるところです。また表記ルールが微細に渡っているため、記号とその記入上の解 釈も知らなければ正確に記録することが困難であるという難点もあります。勿論、標準形式のスコ アブックをパソコンで処理できるようにしたソフトも発売されておりますが、市場規模の点で高価 であることから誰もが手軽に利用できる訳ではありません。 そこで、機能的には市販の物に比べ劣りはするものの、誰もが手軽に利用でき、かつディジタル データとして即座に処理できることを目的として、広く普及している表計算ソフトのエクセルを使 ってスコアブックを開発することにしました。 4.どのようなスコアブックを考えたか スコアブックはデータを採取するための道具に過ぎませんから、当然のことながらそのデータを どのように利用したいのかを明確にしておかなければ何の意味もありません。そこでこのスコアブ ックによる分析目的を次のようにしました。 1)試合途中でも見れる自軍・敵軍の打撃成績及び守備成績 2)個々の投手及び打者毎の成績 3)走者の有無と打撃成績及び守備成績 4)走塁状況の分析 このシステムでは球種という項目は除いています。そもそも野球の統計ということを考えた直接 的な理由は息子が小学校で野球をしており、小学校では変化球が禁止されているために球種という 概念が必要ないということが最大の理由ですが、他に最初から複雑にしなくても必要に応じて徐々 に改良して行けばいいと考えました。 5.スコアブック(E-ScoreⅠ)の設計 以上のことを念頭に入れてエクセルによるスコアブック(E-ScoreⅠと呼ぶことにする)の設計 を行いました。 この E-ScoreⅠは従来の形式の様に打者毎にではなく、一球毎にデータを入力するのが特徴で、 一行中にその一球で何が起こったかを記録していきます。何故なら野球は投手が投球を行って初め て動き出すといった単純な仕組みから成り立っていることを考えると、投球という区分でデータ入 力を行うことが極めて効果的に思えたからです。また打者に視点を置いたスコアブックでは、一人 に何球投げるかが分からず記録欄の設定がしづらいということもあります。 設計にあたり、基本的にはデータベースとして後から検索が楽に行えるような形を意識しました。 具体的にどのような項目を設定したかについては、図2に実際の E-ScoreⅠの一部を載せてありま すので、そちらをご覧ください。 ここで各項目の設定理由や使い方は次の様になります。まず回や表裏は、試合の流れのどの部分
かを把握するのに役に立ちます。また投手も投手によって打撃内容の違いを比較する際に必要にな ってきます。打順と打者は2 重に入力しているような感じで一見無駄のように思えますが、打者が 各行に必ず入力するのに対して、打順はその打者が打席に入った際の先頭の行にだけ入力します。 こうすることによって、後から打者の人数を求める際にCOUNT関数を使えば簡単に求められま す。もちろん打者の右・左もその違いを比較するのに使えますし、コースはせめて高低くらいは打 者の得意や不得意を把握するのに使えると考えられたからです。 次に打撃と結果については単にストライクとかボールというだけでなく、スウィングを行ったの か見逃したのかといったあたりもチェックすることで攻略の手がかりを得られるかもしれないと判 断しました。 打球という項目では捕球した選手を、Outではその投球に関し何人がアウトになったかを記入 します。走塁では盗塁がメインになるとは思いますが、それ以外の走塁の傾向、例えば暴走が多い とかどうかも分かるようになっているのと、何時行ったかということが目立つようになっています。 さらに走者では、今、累乗のどこにランナーがいるかが直ぐに分かるようにしました。(図2) 自軍: 表 敵軍: 裏 球数 回 表裏 投手 打順 打者 左右 コース 打撃 結果 打球 Out 走塁 走者 得点 1 1 表 21 1 6 右 低め ウェイティング死球 1 2 1 表 21 2 1 左 低め ウェイティングボール 1 3 1 表 21 1 左 低め ウェイティングボール 盗塁 2 4 1 表 21 1 左 ベルト バント ファウル 2 5 1 表 21 1 左 ベルト ウェイティングストライク 盗塁 3 6 1 表 21 1 左 ベルト スイング 三振 1 3 7 1 表 21 3 2 右 高め ウェイティングボール 3 8 1 表 21 2 右 高め ウェイティング暴投 走塁 1 9 1 表 21 2 右 低め ウェイティング暴投 10 1 表 21 2 右 低め ウェイティング四球 1 11 1 表 21 4 3 左 低め ウェイティング暴投 盗塁 2 12 1 表 21 3 左 ベルト ウェイティングストライク 盗塁 3 13 1 表 21 3 左 低め ウェイティング暴投 3 14 1 表 21 3 左 高め ウェイティングボール 3 15 1 表 21 3 左 ベルト ウェイティング四球 13 16 1 表 21 5 9 右 高め ウェイティングボール 盗塁 23 17 1 表 21 9 右 ベルト ウェイティングストライク 23 18 1 表 21 9 右 低め ウェイティングボール 23 19 1 表 21 9 右 ベルト ウェイティングボール 23 20 1 表 21 9 右 低め ウェイティングボール 123 素データ入力表 vs ABC at T-グラウンド 2008/6/21 (図2:投球毎に記録する様式) このシステムの最大の特徴は、一般的なスコアブックの標記に関する約束事を知らなくても、一 般的な野球の知識さえあれば何とかなるということで、専門のスコアラー以外の人間でも簡単にデ ータの入力が可能です。 確かに標準的なスコアブックによるデータ最終よりは得られる情報の量や質に問題があるかも知 れませんが、何よりも誰でもある程度の情報分析が出来るという点を優先して考案しました。 6.スコアブック(E-ScoreⅠ)の検証
あくまでも投球毎に入力するので、あるバッターがファウルで何球も粘ったために投球数が増え ると、当然の事ながらその打者の行が何行も続くことになります。E-ScoreⅠでは打者の欄を見て もらえば、その打者の第1球目の行にのみ打順を入力していますから、打者ごとに球数の多い少な いが分かります。また結果の欄は実際にはストライク系の判定はセルが赤くなるようにしています から投手が楽に投げていたのか、それともストライクを取るのに苦労していたかどうかが分かりま す。またランナーが出たときのベースの埋まり具合といったものも分かりやすいと言えます。 一方、打者に視点を置いてない分、打線のつながりといった点は見えづらいかもしれません。特 に打席毎の比較や、そのイニングに何人の打者を送り込んだかはパッと見では分かりづらい欠点が あります。 何よりも最大の欠点は、塁に出た場合のランナーの動きがさっぱり分からないという点で、例え ばランナー自身の努力の結果の進塁なのか、それとも他力本願的な進塁なのかがよく分かりません。 またホームインした際、誰の打点になるかも分かりません。 このようにランナーというもう一つの重要な要素に関して分析ができないという欠点を指摘され た結果、これを改良することにしました。 7.E-ScoreⅠの改良(E-ScoreⅡ) これまで述べてきたように、ピッチャーの投球に視点を置いた分析をしようとするならば E-ScoreⅠはそれなりに使えるシステムですが、打線のつながりやランナーの動きが分かりづらい という欠点を持っています。 (図3:E-ScoreⅡ) そこで標準的なスコアブック同様に、打者毎に記録する様式のスコアブック(E-ScoreⅡ)の開 発に取り組みました。このシステムでは行は各打者の括りになっていて、その打席内の全てのイベ
ントはその行中に記録されます。(図3) また最大の欠点とも言える記入上のルールに関しては項目ごとに何を入力しなければならないか を別表にして手元に置いて、必要に応じ見ながら入力することを前提にし、また各項目毎に入力す る内容はできるだけ単純化し、絶対に性格の異なるデータの入力が無いように、リストから選択す るように作りました。(図4) (図4:入力リスト一部抜粋) このようにすることで、標準的スコアブックによる分析に近づけることが可能になった他、入力 の負担も軽減することができました。 入力する記号等については、標準的なスコアブックに使用されているものをベースに、パソコン 上で表現できない文字については別の文字で代用したり、データ検索の処理技術上のリクエストで 追加したものもあるので、必ずしも標準仕様のままではありませんが、データ取得のコンセプトは 基本的に大きな差はないので、かなり高度な分析が可能になっています。 このバージョンでは、試合中に必要な情報を即座に入手できるというコンセプトで考案したもの ですから、開発にあたっては本校野球部監督の鈴木先生からも貴重なアドバイスを頂きながら取り 組みました。 実際にデータを入力すると関数により自動的に球数やストライク・ボールの数、あるいはヒット 数等が集計されるようになっていて、さらにオートフィルタ機能により必要な条件での状況が即座
に分かるようにしました。試合中に必要な情報の項目にどんなものがあるかは、鈴木監督のアドバ イスが大いに参考になりました。 8.E-ScoreⅡで何ができるのか まず一番の大本となるデータ入力は、ちょっとレクチャを受けるだけで簡単に入力できるように なりますから、試合の流れに取り残されることなく十分に余裕を持って入力することができます。 すると表の右側の同じ行(打者に関して)には、その打席における打者にまつわるあらゆるデータ が自動計算され、同時に表の一番下には各列の値の合計値がSUBTOTAL関数で処理されます から、試合中でも、自分達の攻撃がどうなっているかを知りたければ、単に表の最下行を見ればい いだけです。 また打球の飛ぶ方向も実際に捕球した選手が表示されますから、途中で投手交代があった場合で も投手毎に打球の飛ぶ方向の違いといったものを比較することができます。 E-ScoreⅠで問題となったランナーの動きについては、標準的なスコアブック同様、ランナーの 進塁に関してどの打者の成果で進塁できたのか、牽制で刺された時の様子等を知ることができる他、 打者ごとの打点も計算してくれます。 9.ゲームシミュレーション では実際に E-ScoreⅡを使って試合中にどんな情報を得、それからどんな作戦を立てることが可 能かについてシミュレートしてみたいと思います。 試合は N 校との練習試合で、我が方はエースのT君が先発し、我が方の先攻ではじまりました。 初回、先頭打者がヒットで出塁しましたが、盗塁失敗で続く打者も内野ゴロや三振でチェンジにな りました。裏の守りはヒット及びエラーで2塁まで進まれましたが、三振や内野ゴロで事なきを得 ました。 2回はヒットでランナーをだすものの牽制でアウトになり、無得点。裏はエースの気迫の投球で 三者凡退に退けました。この段階ではまだE-ScoreⅡの活躍の場はありません。 3回になって試合が動き出しました。先頭打者のヒットを足がかりに送りバントで得点圏にラン ナーを進めました。続く打者はセンターフフライに倒れましたが、その次から3者連続の四球で押し 出しによる先取点を挙げました。この段階でスコアブックを見ると明らかにボールのマークの急増 に気がつきます。この投手はランナーを背負い込めばコントロールを崩す可能性が高そうだと。な らば送りバントでもいいからとにかく得点圏内にランナーを送り込んで、仮にそこでアウトカウン トが増えたとしても、プレッシャーを掛けるのが良さそうだということが見えてきます。裏の守り は無難に処理して3回を終えました。 4回の攻撃は単調なまま終えましたが、ここで気がつくのはあっさり攻撃が終えた回は三振を取 られ、ストライクの比率が高いという結果が得られています。この回の守備も投手の頑張りもあっ
て、エラーによる出塁があったにせよ、またもや無失点でおさえています。0行進が続きます。 続く5回の攻防では四球とエラーでランナーを2塁まで進めますが、3番打者がまたも三振です。 今日の試合ではブレーキになっています。また、相手のセンターはこの日2回目のエラーです。ど うやら外野の穴のようです。 裏の守備では、この回から投手が替わりました。左投げですが、登板機会は非常に少なくマウン ド捌きに不安が残ります。 先頭打者にいきなりセンター前に抜かれ、しかもボークで早速ピンチになりました。次の打者は セカンドゴロに仕留めましたがその次を四球で歩かせました。そして打順が1番に戻り、右中間に 運ばれ1点を返されます。2点目を狙ったランナーは三本間に挟まれアウト。この間に打者は2 塁 まで進みました。そして続く打者を三振に切り、この回を1失点で切り抜けました。 この回の投手交代では先発投手に比べ、球の威力が下がった分、長打を含めヒットを打たれだし ています。次の回も様子を見ていく必要がありそうです。 6 回の攻撃では先頭打者がサードエラーで 2 塁まで進むと、続く 5 番の送りバントで 3 塁へ。6 番三振の後、7番のレフト前ヒットで生還しました。この試合では送りバントは確実に決めていま す。充分、武器として機能しています。裏の守りでは無難に3 者凡退でいよいよ最終回です。 いきなり先頭打者によるランニングホームランが飛び出しました。三振を挟んで四球が続き、重 盗で2・3塁になったところに犠牲フライによる1 点を追加。 疲れからか、スコアブックにはボールが増えだしています。駄目押しとも言える1 点で投手の緊 張の糸が切れたのか、ボールが続くようになりました。ヒット、四球でランナーが溜まったところ でまたもやランニングホームランで、大量点と喜ぶはずだったのが、何と、ランナーのベースの踏 み忘れで1 点追加したのみ!あ~~~~! 気を取り直して最後の守りについて我が方は、3 人目の投手が登場しました。いきなりヒットで ピンチかと思いきや、牽制で刺しピンチ脱出かとホッとしたのもつかの間、続く打者にヒットを打 たれ悪いムードが漂いかけたところでしたが、そこはキャプテンの意地で後続を凡打に打ち取り逃 げ切ることができました。 この試合で我が方の3 人の投手のうち、右投げの2人はいずれもセンターからレフト方向に打球 が飛んでいるのに対し、2 番手で登板した左投手は逆の結果になっています。また右の2人が比較 的楽にストライクを取れているのに対し、左の彼はボールが多くなっていてコントロールが課題と 言えそうです。 各打者の打撃傾向に関しては、2番はボールをじっくり見てましたが、ストライクがなかなか入 ってくれず、球数が多くなりました。3 番も同様に球数を多く投げさせており、ボールも多い割に 大事な場面で2三振を喫しており、ここで1本もしくは四球で出塁できていればチャンスがさらに 広がったと思われます。 逆に6番には4打席で13球投げてきたうちボールはたった2球で、ストライクでがんがん押し
てきたのに気持ちで負けたのかは知りませんが、この試合では3 番打者と2人がブレーキになって しまいました。 早打ちが目立ったのが5番と7番で、どちらもファーストストライクを狙ったような打撃で、7 番はヒット2本で打点も2点と活躍しました。 10.まとめ 市販のものに比べ、機能的にも使い勝手の面でもまだまだ太刀打ちできない面は多々あることは 重々承知とは言え、手持ちのソフトでしかも最近ではほとんどの人が持っている(使っている)で あろうエクセルで処理できることは、それだけ多くの人に使ってもらえる可能性を持っているとい うことで、何よりも“使える”ものに仕上げることが最大の目標でもありましたから、そういった 意味では目的を達したかなという気分でいます。 データを取得し、それを元に分析することで打者の傾向、打撃の傾向、投手の投球の傾向が見え てくると、選手への対応もより具体的に的確な指示を出しやすくなるわけですから、指揮官の強力 なツールとしてこのE-ScoreⅡが役に立ってもらえれば幸せです。 過去の発表でも述べてきてますが、私にとって統計は学問のための統計ではなく、あくまでも実 利のためです。過去においてはワープロ検定を受検する生徒への指導のポイントを探るため、去年 の例ではアメフトのゲームプラン作成のため、そして今回は野球の試合の分析のためというふうに、 とにかく統計という手段で情報を得ることを目的に取り組んできています。 このような取り組みを紹介することで、これは便利だぞ、自分にもできそうだなと思って統計に 取り組む人が一人でも増えてくれることを願ってこれからも統計と付き合っていきたいと思います。