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ウェールズの初等教育における環境構成 : Newtownの実践事例についての一考察

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Academic year: 2021

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(1)41. 学校教育学研究, 2003,第15巻, pp.41-49. ウェールズの初等教育における環境構成 Newtownの実践事例についての一考察-. 佐藤哲也田中亨胤 (兵庫教育大学) 本研究は, 16世紀前半に法的にはイングランドに統合されながらも,独自の言語・文化を堅持してきたウェールズに注目し て,その初等教育実践を考察するものである。はじめに,ウェールズの歴史風土,多文化主義と基礎学力向上に力点を置い た現代ウェールズの教育政策を概観し,続いて,北ウェ-ルズNewtownのLadywellGreen Nursery & Infant Schoolで行ったフ-ルドワークの成果を紹介する。当校の学校組織,学級編制,教育課程などを整理するとともに,教育・ 学習環境という観点から,その実践的意義について検討する。特に,プラウデン報告(1967年)以降,英国の初等教育にお いて推進されてきたインフォーマルな教育について,学びを誘発する環境作りという観点から論考して,わが国の初等教育 実践向上に示唆を与える視点を析出していく。 キーワード:幼児教育,幼児学校,ウェールズ,環境構成,カリキュラム. 佐藤哲也:兵庫教育大学・幼年教育講座・助教授, 〒673-1494兵庫県加東郡社町下久米942-1 E-mail: [email protected] 田中亨胤:兵庫教育大学・幼年教育講座・教授, 〒673-149兵庫県加東郡社町下久米942-1 E-mail: [email protected]. The Formation of Educational Environment of the Primary Education in Wales: A Study of the Educational Practices in Newtown Tetsuya Sato and Yukitane Tanaka (Hyogo University of Teacher Education) The purpose of this paper is to examine the practices of primary education in Wales, where the traditional language and culture have been maintained firmly in the United Kingdom in the present day. We introduce the history and culture of Wales, and policies of school education in contemporary Wales. Then we introduce the results of the fieldwork at Ladywell Green Nursery & Infant School, which is in the center of Newtown, Powyth. We pigeonhole the aims, the organization, and the curriculum of the school and examine the practical meaning from the point of view of educational and learning environment. Finally we suggest some important points to create rich environment which promotes the interests of the students and leads their effective learning.. Key Words: early childhood education, infant school, Wales, formation of environment, curriculum. Tetsuya Sato is an Assistant Professor of Hyogo University of Teacher Education, 942-1, Shimokume, Yashirocho, Kat0-gun, Hyogo 673-1494 JAPAN, E-mail: [email protected] Yukitane Tanaka is a Professor of Hyogo University of Teacher Education, 942-1, Shimokume, Yasmro-cho, Kat0-gun, Hyogo 673-1494 JAPAN, E-mail: [email protected].

(2) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 42. はじめに 英国は,イングランド,ウェールズ,スコットランド, 北アイルランドという, 4つの地域から構成される「連 合王国」である。本稿は, 16世紀前半に,法的にはイン グランドに統合されながらも,独自の言語・文化を堅持 してきたウェールズに注目して,ウェールズの初等教育 に関するフィールドワ-クに基づいて,その実践的意義 について考察しようとするものである(1)。特に,プラウ デン報告(1967年)以降,英国の初等教育において推進 されてきたインフォーマルな教育について,学びを誘発 する環境作りという観点から考察を進めてみたい。 図2 Newtown Town Map and Guide produced by Newtown Partnershipより転載. Newtownは,人口1万人弱の風光明姫な町であり, ウェールズにおけるフランネル産業の発祥地であるとと もに, 19世紀に活躍した社会改革家ロバート・オウエン (Robert Owen, 1771-1858)の生誕にして臨終の地とし て有名である。町の中心部には,彼が生まれた建物や墓 が残っており,町議会の建物の1階には,ロバ-卜・オ ウエン博物館が開館している。環境が性格形成に与える 影響を重視したオウエンにとっても,当地は模範とすべ き理想的コミュニティーでありCl)その雰囲気は200年 図1ウェールズの位置. を経過した現在でも変わらない。歴史と自然に恵まれた. Wales Tourist Boadホームページ(http://www.tourism.wales.gov.uk/りより転載. 素晴らしい土地に,実直で温かな気質の人々が暮らして. 周知の通り,英国では, 1979年にサッチャーによる保. いる(5)。. 守党政権誕生以降,新自由主義,新保守主義の理念の下,. 我々は, 2001年11月下旬,研究調査のために渡英した. 教育改革が断行されてきた。 1988年の教育改革法. 際に,ニュータウン秘書官Steve Geary氏の紹介によ. (Education Reform Act)制定以降,学校の自立性と. り,市庁舎に隣接するcombinedschool (1つの敷地内. 競争原理が称揚される一方で,ナショナル・カリキュラ. に数種の異なった学校が設置されている)形態の初等学. ムのような教育内容の中央集権化も実施されている。こ. 校群を訪問した。 2001年11月26日(月)のことである。. れらの改革路線は, 1997年に成立したブレア労働党政権. そこには,英語で授業が行われるLadywell Green. においても,継承されている(2)。ウェ-ルズにおいても,. Nursery & Infant SchoolとHafren School, Hafren. 国家的な教育改革プロジェクトのインパクトを受けなが. schoolのウェールズ語ユニットのYsgol Dafydd. ら,ウェ-ルズ省(Welsh Office)や地方分権政策の. Llwyd (Ysgolはウェールズ語で学校を意味し,. 一貫として設立されたウェールズ議会(National. Dafydd Llwydは, 15世紀,当地にあってウェールズ 文化の興隆に尽力した領主の名前である)の3校が設置. Assembly for Wales ‥ 1999年設立)を中心に,独自の 教育政策が策定され,地域的・文化的アイデンティティを全面的に打ち出した学校教育改革が進められている(3'。 本稿のフィールドとなったニュータウン(Newtown). されていた。それぞれ独立した校舎・施設を有する公立 学校であり,各学校の副校長(deputy head teacher) の案内により,学校の様子を参観した。. は,中部ウェールズ,旧モントゴメリ-シャー. 以下の行論では,ウェールズの歴史風土,昨今の教育. ( `Montgomeryshir': 1997年からの新行政区によりポウィ. 政策を概観した後に,フィールドワークを行った各学校 のなかでも,我が国の幼児教育実践を考える際に示唆に. スPowysとなった)の中心に位置する小都市である。 ロンドンからバーミンガムまでインター・シティ. (Inter City)と称される時速200キロの特急電車で2時 間,そこからディーゼル車に乗り換えて約1時間半の道 程である(図1 ・図2参照)。. 富むLadywell Green Nursery & Infant Schoolに注 目して,学校組織,学級編制,教育課程などを整理しな がら,教育・学習環境という観点から,教育実践につい て検討を試みていきたい。.

(3) ウェールズの初等教育における環境構成. 43. 1ウェールズの歴史風土(6) ウェールズはブリテン島南西部に位置し, 20,720平方. 現在では日系企業約60社をはじめ,世界各国からの企業 を誘致することに成功している。ウェールズは,ヨーロッ. キロメートルの面積(英国全体の国土の約9%,日本の. パにおいても最も高い経済成長を示す地域として,発展. 四国と東京都を合わせた面積と同等)である。国土の4 分の1は300m以上の高地であり,北ウェールズにはス. を続けている。. ノードン山(1,085m)を中心とした国立公園がある。. 2ウェールズにおける近年の初等教育政策 ウェールズにおける学校教育制度は, 1944年教育法以 来,イングランドのそれと同様のものが整備されてきた。 義務教育は, 5歳から16歳までの11年間であり,満5歳 の誕生日後の学期に入学するのが原則である5・6歳 児が学ぶinfant school (幼児学校), 7歳の誕生日後の 新学期(秋)に入学して11歳までの4年間を過ごすIunior school (下級学校)が初等教育を担っている(7)。 一方,就学前教育・保育は次のようになっている。 ① 地方当局が運営する2歳児から4歳児を対象とする nursery school, ②財政上の問題から独立した建物を. ウェールズの人口は約290万人、広島県のそれに匹敵す る.その約70%が首都カーディフ(Cardiff)を中心と する南ウェールズに集中しており,この地域が政治・経 済・文化の中心地となっている。その一方で,中部・北 部ウェールズは牧歌的雰囲気のたたずまいを残し,近年 では豊富な観光資源が注目されている。 ウェールズ文化の基礎を築いたケルト人は,元来ライ ン川中部とドナウ川上流の間に発祥した民族であった。 紀元前600年頃から鉄の知識を携えて四散し,その一部 がドーバー海峡を渡って,紀元前500年頃にはブリテン 島に達したという。その後,ローマによる支配,東から のサクソン人,ノルマン人,沿岸地域からはバイキング の侵攻に対抗しつつ,民族的独立を維持していた。. 持たずjunior schoolに附設されているnursery class, ③義務教育年齢に達していない4歳児や3歳児を義務教. `1桁alasとは5世紀に大陸から渡来したアングロ・. 育年齢の5歳児とともに受け入れるjunior schoolの reception class,福祉的な託児所的機能を担うday. サクソン人が,先住ケルト人のことを呼んだ言葉であり,. nursery,インフォーマルな保育サービスとして,地域. 「異邦人」を意味していた。 1294年,ウェールズはイン. のボランティアによって運営されるplaygroup,自分の 家で他人の子どもを世話する保育サービス. グランド王エドワード1世によって制圧され,同王はウェー ルズ融和政策として1301年に長男エドワード(Edward of Caernarfon:後のエドワード2世)を皇太子. childmindingである(8)。 1988年の教育改革法以降,ウェールズにおける初等教. (Prince of Wales)に叙した。ウェールズ生まれのヘ. 育政策は, 「ナショナル・カリキュラム(National. ンリー・テユーダー(Henry Tudor)が, 15世紀末に 王朝を興すと,その息子ヘンリー8世は, 1536年,ウェー. Curriculum)」の実施とその評価を軸として展開してき. ルズ併合令(The Act of Union)を発布,ウェールズ. Curriculum Council for Wales : CCW)やウェールズ. を名実共にイングランドの傘下に収めた。. 教育行政長官省(the Office of Her Majesty s Chief. イングランドの強い影響下にありながらも,ウェ-ル. た。なかでも,ウェールズ教育課程審議会(the. ズの伝統文化が衰退しなかったことは注目に値する。そ. Inspectorate : OHMCI)が中心となって,ウェールズ 版"ナショナル''ヵリキュラムが策定されてきた。ウェー. の要因を幾つか挙げるならば,宗教改革期にウェールズ. ルズ大学スウォンジー校(University of Wales. 語訳聖書が普及を見たこと, 18世紀後半のメソジスト運. Swansea)の教育学者フィリップス(Robert Phillips) とサンダース(Sue Sanders)によれば, 1988年以降の. 動台頭によって英国国教会(Anglican church)からの 離脱が進んだこと,大衆教化のためにウェールズ語が重. ウェールズの教育政策をめぐる議論は,復興主義. 視されたことなどが指摘できよう。現代でも,北部や西. (restorationism),市場化(marketization),コミュニ. 部ではウェールズ語が日常語として残存し, 1991年のEg. ティー(community)という観点から整理できるとい. 税調査では,住民の18.5%がウェールズ語を話すことが できるという。. う(9)。. 産業革命期には,豊富な天然資源を背景に,石炭,鍋, 秩,スレート関係の産業が発展し,ウェールズは飛躍的 な経済発展を遂げた。しかし, 20世紀前半の石炭から石 油へのエネルギー革命のあおりをうけ,ウェールズは経 済の衰退と人口の減少を余儀なくされた。そうした事態 を打開するために, 1976年に英国政府によって設立され た英国ウェールズ開発庁(Welsh Development Agency)がウェールズの経済復興と雇用創出に尽力し,. 復興主義とは,ウェールズの文化的伝統の復興を目指 す動きである。ウェールズ省のみならず上記の各審議会 が中心となって,ウェールズ史を教育課程に入れ込み, ウェールズの歴史文化を英国のみならずヨーロッパ文明 のなかに位置づけようとする努力が払われている。こう した動きの中で,英語とウェールズ語のバイリンガリズ ムも軌道に乗り,学校教育を通じてのウェールズ文化復 興に力が入れられている(10)。市場化はサッチャリズム (Thatcherism)の代名詞でもあり,ウェールズにおい.

(4) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 44. ても,教育にける競争(conpetition),規制緩和 (deregulation),私事化(privatization)などについて 活発な議論がなされた。しかしその具体化となると,ウェー ルズはイングランドとは異なった方向を示した。例えば, イングランドでは積極的に導入されている国庫補助金維 持学校(grant一maintained status school ‥ GMS)( は,ウェ-ルズではなかば黙殺され,代わりに英言吾とウェー ルズ語のバイリンガル学校が増加した(12)。 GMSを拒絶 する発想は,ウェールズの人々のコミュニティ-意識の 高揚と無関係ではない。イングランドのナショナル・カ リキュラム協議会(the National Curriculum Council : NCC)が市民性(citizenship)を学習するためのクロス・ カリキュラムを開発していた時,ウェールズ・カリキュ. 写真1 Ladywell Green Infant&Nursery School クラス構成は,第1学年2クラス,第2学年2クラス. ラム協議会(Curriculum Council for Wales: CCW). の計4クラス,それにreception classが1クラス,. はそれとは趣を異にした「コミュニティー理解 (community understanding)」と称するカリキュラム. nursery/reception classが1クラス設置されている。 校長の他, 6人のティーチング・スタッフ,教育上特別. を開発していた。保守回帰の時代にあって,それは革新. な配慮を有する子どものためのスタッフ,ウェールズ語. 的なものであり,生徒たちに,階級,ジェンダー,人種, 年齢などが異なる人々が共生するコミュニティーの複雑. の巡回教師(Ysgol Dafydd Llwydの副校長)の8名 が教育にあたっている。その他に,アシスタント・スタッ. な問題を理解させ,多様性,不平等,偏見について学び. フが5名配属されており,各クラスは,クラス担任教師. ながら, 「なぜ,そしていかにして,富みや資源が個々. とアシスタントによるティーム・ティーチングによる指. 人,集団,国家,大陸などの問で不平等に分配されてき. 導が行われている。その他,毎週水曜日の2時から3時. たのか,生徒たちは知る」ことが目指されていた(13)。. 15分まで,両親と就学前乳幼児のためのグループ活動が. 1997年6月にウェールズ省が出したBuilding. 学校のホールで行われている。生徒数については,定員. Excellent Schools Together (BEST)は,ウェールズ. に関する規定はないが,我々が訪問した際には, 1クラ. 政府によるウェールズ住民のための教育白書であり,向. ス20名から25名であった。 1日の時間割は次のように定. こう5年間の教育政策のフレームを示していた。そこで は,ウェールズにおける教育システムの効果と弱点が検. められている。. 討されており,読み書き算数の基礎学力の向上が当面の 課題であることが確認されている。特に初等教育におい ては,読み書き能力と基本的計算能力の基礎力を固める と共に,学習への積極的態度を育成することが求められ ている(14)。我々が訪問したinfant schoolとjunior schoolでも, BESTプログラムの一部として発行された. THE SCHOOL DAY MORNINGSESSION 9.00A.M.. 12noon AFTERNOON SESSION 1.15 p.m. - 3.30 p.m. 3.20 p.m. Nursery MORNING BREAK 10.20 a.m. - 10.40 a.m.. 「初等学校における読み書き能力の水準の向上」(15)とい. LUNCH BREAK 12.00 noon - 1.15 p.m.. うパンフレットに基づいて,英語とウェールズ語教育に. AFTERNOON BREAK 2.20 p∬ 2.35 p.m.. 力が入れられていた。. 日本の幼稚園が1日4時間の保育を原則にしているの 3 Ladywell Green Nursery 良 Infant School の概要(16). に対して,この幼児学校と保育学校では6時間半の教育・ 保育が実施されている。午前・午後の20分休みのうち,. Ladywell Green Nursery & Infant Schoolは,. 午前の休み時間に間食が許されており,生徒たちはそれ. Ysgol Dafydd Llwydの西側に隣接する学校であり, 就学前教育としてのnursery schoolとreception class,. ぞれの家庭から持ち寄ったスナックや果物を余している。. 義務教育段階のinfant schoolが統合されている教育施. 位で食堂に移動して,給食を支給される。特筆すべきは,. 設である。本校は, 1952年にNewtown Nursery and. セキュリティーの厳重さである。犯罪とはおよそ無縁に. Infant Schoolとして開校したが, 1978年に学校が設置. 思われる片田舎であるにもかかわらず, 9時から3時30. されている敷地が"TheGreenと呼ばれ親しまれていた. 分までの授業時間中は,校舎内へのすべての入口がオー. ことから,現在の校名に変更されたという(写真1)。. トロックで施錠される。施錠を解除するためには,入口. 昼休みは1時間15分と余裕があり,生徒たちはクラス単.

(5) ウェールズの初等教育における環境構成. のキー・パッドに暗証番号を入力しなければならず,ス タッフ以外の者が校舎内に立ち入ることができないよう になっている。正門は開けられているが,その他の門は 閉ざされており,不法侵入者に対する警戒が徹底してい る。登校時問は8時45分から9時までの15分間,付き添 いの保護者は子どもが無事に入校するまでは学校を立ち 去らないことになっている。下校時は,保護者は校舎外 で子どもを待つように指示されている。翻って子どもた ちも,教師の許可がなければ,校舎の外には出られない。 クリティカルな教育研究者たちによって,近代学校は子 どもの「囲い込み機関」 「封じ込め機関」であると榔旅 されたことは周知のところであるが,上記のように徹底 した管理体制を目の当たりにして,彼らの批判がリアル に感じられた。 さて,本校の教育目的に目を転じてみよう。学校便覧 には, 「配慮の行き届いた安全な環境を通じて,生徒個々 人の自尊心(self-esteem)と有用感(each persons own worth)を高めること」が原則とされた上で,次 の7つの柱が立てられている。. 45. 幼稚園教育と英国のinfant schoolの制度的・質的違い を理解するうえで重要な点である。 infant schoolは, 制度的にはjunior schoolと接続する義務教育機関であ り,物理的にもjunior schoolと同一敷地内にある。ま た,歴史的・思想的にも, kindergareten対schoolのよ うな段差,対抗関係は存在せず,schoolという枠組 みにおいて共通している。これらの要因によって, infant schoolとjunior schoolとは「連携」ならぬ「連 続」が自明祝され,あらゆる面での系統性・連続性が保 障されている。この点は,カリキュラムの在り方に顕著 に現れている。 Ladywell GreenNursery & InfantSchoolのカリキュ ラムは,ボウイス郡が定めたカリキュラム(the Powys County Curriculum Statement for Nursery and InfantSchool)に従って編成されており,ナショナル・ カリキュラムの規定を充たすことがねらわれている。カ リキュラム編成上の目的を列挙すると, ○刺激的で興味を呼び起こす環境を創造すること。 ○生徒たちが相互に難なく結びつき,寛容になるよう. ○子どもたちが自分自身と世界に対して示す生来の好 奇心を育成して,学習への積極的な態度を育成するた めに,彼らの好奇心を利用すること。 ○幅広い高品質な経験を提供することで,彼/彼女の 潜在能力を,個々人のうちに開発していくこと。 ○学習における社会的場面を通じて,社会的関心,莱 団への責任と共感を発達させること。 ○子どもたちが,自分自身,自分たちの文化,彼らが 暮らす世界について理解することを促すコンセプトや スキルを獲得できる直接体験を提供すること。 ○健康を意識した環境を促進すること。 ○家庭,学校,コミュニティーの間の積極的な関係を 開発すること。 ○すべての子どもたちに,幅広く,バランスの取れた, 様々なカリキュラムを提供すること。. に援助すること。 ○生徒たちが計算と読み書きのスキルを獲得し,閥達 かつ探求的な精神を開発するよう援助すること。 ○生徒たちが自分たちの暮らす世界について理解でき るよう援助すること。 ○将来,満たされた,幸福な生活を築くための確固た る基礎を彼らに与えること。 こうした理念に基づいて,次のような分野(curriculum areas)が用意されている。 *言語的分野と読み書き*科学的分野 *美的分野と創造的分野*技術的分野 *身体的分野とレクレーション的分野 *社会的分野と環境的分野*数学的分野 *霊的分野と道徳的分野. これらの目的のいくっかには,日本の幼稚園教育実践と 通底する諸原理が散見される。環境を通しての教育,幼 児の好奇心に基づく自発的な活動の尊重,直接体験,社. 子どもたちがこれらの分野の知識・理解・スキルを修得 するために,トピック学習が取り入れられている。その. 会的経験を通じて道徳性の芽生えを培うこと,様々な経 験・学習を媒介とした幼児の全面発達を促すこと,ある いは,学校・家庭・地域の連携など,現代幼児教育の不. 一方で,音楽や数学的学習については,独立した教科と. 易流行を窺うことができよう。しかしその一方で「日本 では平成10年告示の「幼稚園教育要領」で明記され,教. めの基礎固め,例えば3R'sや日常生活を構成するため. 育現場で様々な実践努力が蓄積されつつある「幼稚寵と 小学校との連携(幼小連携)」については, Ladywell Green Nursery & Infant Schoolでは,教育目標・実 施要項において,何の言及もない。この点こそ,日本の. 史,家族,貨幣,文化etc.)の修得が図られるように工. して実施されている。これらの分野はjunior schoolに 連動していくものであり,その後の学習を容易にするた の様々な知識(曜日,月,季節,色,形,重さ,普,歴 夫されている。こうした基礎学習が集団あるいは個別学 習を通じて行われる点において, infant schoolはまさ しく「学校」である。日本幼稚園教育が重視する「遊び」.

(6) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 46. に相当する`play'という言葉すら,学校便覧の中には 見あたらない。この点も,幼児教育に対する考え方を同. (1)地域文化への愛着と愛校心を育成し,説明責任を果 たすための掲示物. じくしながらも,教育課程や教育方法において,日本の. 廊下や出入り口などの公共スペースには様々なものが掲. 幼稚園と英国のinfant schoolとが著しく異なっている. 示されている。ウェ-ルズのシンボルであるドラゴンのパッ. 点なのである。. チワーク,地域の芸術家と一緒に作成した学校のシンボル マーク,卒業記念トロフィー,学校用品(ポロシャツ,. 4教育環境としての壁面. セ一夕-,ズボン,ワンピース,カバン)など,地域・. Ladywell Green Nursery & Infant Schoolの校舎は, 平屋建ての簡素な造りであり,各部屋には採光のために. 学校生活と関わりの深いものが掲げられている(写真3)0. 大きなガラス窓が設置されている。全生徒に開かれたオー プン・スペースとして,ミュージカルやアスレチック, 全校集会に利用されるホール,大がかりなプロジェクト・ 製作活動のための製作室,読書コーナー,様々なトピッ クスによって構成されるコーナー(たとえば, 「喫茶室」 「ままごと」 「計ってみよう」 「数えてみよう」 etc.)が 集まった部屋などがある。その他に食堂や音楽室がある。 日本の幼稚園のような固定遊具や大型遊具,飼育動物が 「環境」として用意されていなかったことが印象的であっ た。 各クラスの教室はオープン・スペースであり,コーナー にはコンピューターが設置されていた。学習に際しては,. 写真3制服の展示. 対面座席のような机の配列は行われず, 1つのテーブル. また,学校便覧をはじめ様々な写真によって,教師と生. を取り囲むように男女3, 4人ずっの混交グループがつ. 徒の学校生活が紹介されている。本校を訪れた訪問者が,. くられていた。教師やアシスタントが机問巡視をしなが. これらの掲示物によって,年間の教育活動や学習成果に. ら個別指導を行う場合もあれば,課題を達成した生徒が. ついて,容易に理解できるように工夫されている。. 教師のもとで個別指導を受ける姿も見られた(写真2)0. (2)生徒の製作物の掲示 様々なトピックスを通じて生徒たちが学習したことが, 絵画や造形作品として,展示されている。特に,廊下や ホールなどの公共スペースには, 「私たちの友達」 「私た ちの家族」 「私たちの町」など,生徒の生活世界や人間 関係をめぐる学習成果が掲げられ,学習教材としても再 利用されている。例えば,製作室には「家族」をテーマ にしたボードが設置されており,生徒たちが持ち寄った 家族の写真が掲示されていた(写真4)。. 写真2担任教師による個別指導 教室の壁面には各生徒のロッカーがあり,これまでの学 習成果がポートフォリオ式ファイルに整理されている。 Ladywell Green Nursery & Infant Schoolにおいて. 特に通日すべきものは,生活・教育環境としての壁面構 成である。各教室の壁面のみならず,公的スペースや廊 下の壁面にまで,教師によって構成されたパネルや生徒 たちが製作した作品や学習成果がところ狭Lと掲示され ている。それらは大別するとの次の3つのカテゴリ-に 整理することができる。.

(7) ウェールズの初等教育における環境構成. 副校長のRoberts女史によると,これは,離婚や家庭 崩壊の危機に瀕している英国においてC17) 「家族」の本 来あるべき姿, 「家族」の価値について,生徒たちが学 習するための教材として活用されているとのことであっ た。 Ladywell Green Nursery & Infant Schoolにも,. 両親が離婚した子ども,親の再婚による複合家族に属す る子ども,事情があって親元を離れて生活している子ど も,養父母によって育てられている子どもなど,様々な 家庭的背景を持った生徒たちが在学する。女史によると, それ放,このボードに掲示されている「家族」の姿が刺 激となって, 「家族」をめぐってディスカッションが誘 発され, 「家族」に対する健全なイメージと価値観が育 成される機会となることが大切であると考えられている. 写真6 「色」. そうである。その他にも, 「家族」をテーマにした製作. 訪問時には17世紀の「ロンドン大火災」がテーマとなり,. 物がいたるところに目に付いた。最も身近な人間関係・. 幾っかの質問事項「火事はどこから始まったの」 「なぜ. 生活圏である「家族」をトピックにすることで,幼児の. 火事は広がったの」 「どうやって彼らは火事から逃れた. 社会性や道徳性の基礎を培っていこうとする教育的意図. の」 「どうやって彼らは火事を消し止めたの」といった. が窺えた。また,各クラスには,生徒個々人の自己紹介. ストリップも添付されていた(写真7)。テーマは定期 的に更新されるという。. (「私の好きなおもちゃ」 「私の好きな詩」 「私がお誕生日 に創った詩」 etc.)を掲載するコーナーがあり,個人が 集団となってクラスを形成していることをアピールする 掲示物(「わたしの友達」 「わたしたちのクラス」 etc.) が必ずあった(写真5)。. 写真7 「ロンドン大火災」. これらの掲示物は,〈過去) - (現在) - (未来)の体 験や学習活動を繋いでいくことが意図されている。それ. 写真5 「私自身」. らによって,生徒たちは,過去に経験したり学んだりし たことについて,いっでも自己確認したり復習すること. (3)教師によって作成された学習教材. できる。また,現在の学習に際しては,補助教材として,. その一方で,各教室には,生徒によって作成された作 品もさることながら,教師の手による学習教材が目に付 いた。どのクラスにも1から10までの数字をテーマにし たポスターが貼られ,曜日・月・季節の名前,度墨衡,. 生徒の好奇心を刺激して学習にリアリティーをもたせる. 負,動植物など,基本的生活に付随するあらゆる概念や 事物の名称・記号・文字が教室の壁面を彩っていた(写 真6)。. 在やこれからの学習をアフォーダンス(affordance)す. 特に,事物については「実物教授(object lesson)」 の原理が貫かれており,言葉や文字の学習が実物や絵画, 写真等を通じて展開されるように配慮されていた。歴史 的事件についてのペーパークラフトも掲示され,我々の. とともに,学習達成度や進度が優れた生徒たちには,学 習内容の応用を促す情報を提供している。これら教室内 の掲示物は,過去の学習活動の履歴であるとともに,覗 る機能を果たしているのである。まさに, 「環境を通し ての教育」が学校の生活・学習空間のなかに実現されて いるのであり,学びを誘発する環境が用意されているの である。これらの環境的要因から刺激を受けて,生徒た ちの興味・関心が喚起され,自発的な学習が展開される。 しかもその学習は,自学的な要素を保障しながらも,壁.

(8) 48. 学校教育学研究, 2003,第15巻. 徒たちが集団で学び,集団で考え,集団で表現していく ことで,経験や知識が社会的に構築され,その成果がク. 本論文においては,ウェールズ政府が推進する多文化 主義的実践については,詳細に論考することができなかっ. ラスや学校集団に共有されているのである(18)。. た。我々の滞在中も,ボランティアによるウェールズ語. このように, Ladywell Green Nursery & Infant Schoolでは,校舎内の壁面を効果的に活用することに. での絵本の読み聞かせが行われており,実践の一端を垣. より,地域文化やスクール・アイデンティティーを環境. ルズ語の絵本が置かれていたこ,とも印象的であった。現. として取り入れ,学習活動の履歴を公開することで説明. 荏,新しい取り組みとして緒に就いたばかりのウェール. 責任を果たし,学習教材・補助教材を効果的に提示して 生徒たちの興味を刺激し,学習を誘発することに成功し. ズ語による多文化教育は, Ysgol Dafydd Llwydで展 開されていた。その実際と教育的意義については,稿を. ているのである。壁面構成によって,学校全体が活力あ. 改めて論じたいと思う。. 間見ることができた。また,学校のあちこちに,ウェー. る生活・学習空間として演出されているといえよう。 おわリに. 読 (1)本邦におけるウェ-ルズの教育に関する研究は,非常に. Ladywell Green Nursery & Infant Schoolの環境 構成は,簡潔に表現するならば, 「学びを誘発する環境」. 少ないと言わざるを得ない。本稿を準備するにあたり,. 「学習成果を蓄積する環境」 「学習活動を表現する環境」. 要にしてすべてといっても過言ではない。佐々木毅「ウェー. ということができるであろう。開放感あれるオープン・. ルズ中間学校の研究」 『新潟大学教育学部紀要人文・社. スペースは,ともすれば学習活動に対する生徒たちの集. 会科学編』第20巻, 1978年pp.ll-18,佐々木毅「英国. 中力,意欲をそいでしまう危険性がある。様々な工夫を こらした壁面は,何よりも学校は学習する場であるとい. 教育史におけるウェールズ問題-1889年ウェ-ルズ中間 教育法をめぐって-」 『日本比較教育学会紀要』第5巻,. うメッセージをそこで生活する者に伝えている。壁面環. 1979年pp.86-92.. 以下の研究論文を参照したが,管見の限り,それらが主. 境から,幼児の発達段階・生活経験に即した様々な情報. (2)最近の英Egにおける教育改革の動向については,次の論. が発信されることで,生徒たちは自然に学習活動へと誘. 文を参照のこと。大田直子「英国の教育改革「福祉国家」. われていく。個々の生徒は周辺環境のなかから様々な知 識を構成し,自学自習に役立てるとともに,教師やクラ. 青土社, 2002年pp.220-232. スメートとの対話や共同を通じて,環境から構成した知 識を社会的なものへと再構成していくのである。 知識が社会的に再構成されると,その成果が学習表現 として掲示物やオブジェとして壁面環境へと還元されて いく。こうして,教室内には学びの履歴が形成されてい くのである。それはまた,履歴作成に関わった生徒個々 人が,自己の学習成果を確かめ,自己有能感と自己貢献. から「品質保証国家」へ」 『現代思想』, 2002年4月号, (3) Richard Daygherty et al., eds., Education Policy-making in. Wales: Explorations Devolved Governance, University of Wales Press, 2000.. (4)丸山武志『オウエンのユートピアと共生社会』ミネルヴァ. 書房, 1999年p.74. (5)我が国におけるオウエン研究の草分けとも言える五島茂. 感を醸成していく契機となるものでもある。おのずから,. 氏は, 1971年のオウエン生誕200年祭の折にNewtown. 個々の教室には,そのクラスを構成する成員一人一人の. を訪問し,当時の町の様子を報告している。五島茂『ロ. "らしさ"が現れ,個性的な趣を呈していくのである。 西ドイツを代表する教育学者であったポルノウ. バアト・オウエン』家の光協会, 1973年pp.25-41. (6)本節を執筆するに当たり,下記の文献並びにその訳者で. (Otto Friedrich Bollnow)は, 『人間と空間』という. ある吉賀憲夫教授のホームページ(http:/. 著書のなかで, 「住みごこちのよさ(Wohnlichkeit)」. aitech. ac. jp / - yoshiga / WALES / index, html:. についての諸条件について考察している。彼によるなら. 2002年7月24日アクセス)が非常に参考になった。ここ. ば,住みごこちのよい空間を構成する要素とは,そこに. に謝意を表したいA.H. Dodd, A Short History of. 住んでいる人の表現があること,その人自身の空間と化. Wales : Welsh Life and Customs from Prehistoric. した区画となること,人間の共同生活において初めて共 同の生活史の沈殿物が居住空間のなかに形成されそれが. Times to the Present Day, Bats ford, 1977,吉賀憲 夫訳『ウェールズの歴史先史時代から現在までのウェー. わが家にいるような快適さを与えること,などである(19)。. ルズの生活と文化』京都修学社, 2000年. Ladywell Green Nursery & Infant Schoolの環境構成 は,ポルノウが指摘する「住みごこちのよさ」の条件を 備えた学習空間を構成して,子どもたちの「居場所」と して機能しているのである。. (7)沖原豊編『世界の学校』東信監1981年pp.31-32. (8)日本保育学会『諸外国における保育の享別犬と課題』世界 文化社, 1997年pp.20-25. (9) Robert Phillips & Sue Sanders, "Contemporary.

(9) ウェールズの初等教育における環境構成. Education Policy in Wales : Theory, Discourse and. 49. (16)本節の執筆にあたっては,当校において入手した学校便. Research Richard Daugherty et al. eds., op. cit.,. 隻(School Prospectus)およびフィールドワークによっ. p.13.. て収集したビデオ,教師へのインタビューを参照した。. (10) Ibid, pp.13-14.. (ll) 1988年教育改革法に基づき,地方教育当局から独立して. (17)イングランドとウェールズの離婚率は, 2000年度において は過去20年間で最低の141, 135件, 1, 000件の結婚中12.7人と. 中央政府から直接国庫補助金を得ることで運営される準. 減少傾向にあるが,それでも日本の離婚率の約2倍である。. 私立的学校。. The Office for National Statistics, Divorces in. (12) Phillips & Sanders, op.cit. pp.15-16.. 2000 : England and Wales.. (13) Curriculum Council for Wales, Advisory Paper. http://www.statistics.gov. ul/pdfdir/div 0801.pdf. ll; Community Understanding : A Framework. (18)こうした取り組みは,学習における「社会的構築主義. for the Development of Cross-Curnculuar Theme. (social constructivism)」として, 21世紀の学習モー. m Wales, Cardiff, 1991, p.9.. ドとして近年注目されている。詳しくは下記の文献を参. (14) Welsh Office, Building Excellent Schools Together, 1997, Chapter 3.. 照のことAndrew Pollard, An Introduction to Primary Education, Casssel, 1996, pp.9-14.. (15) Welsh Office, Raising Standards of Literacy in. (19) Otto Friedrich Bollnow, Mensch and Raum, W.. Primary Schools : A Framework for Action in Wales,. Kohlhammer, 1963,大塚恵一,池川健司,中村浩平訳. 1998.. 『人間と空間』せりか書房, 1988年pp.141-145. (2002.7.31受稿, 2002.9.17受理).

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参照

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