論 文 内 容 の 要 旨 論文提出者氏名 田添 潤 論 文 題 目 拡散強調画像による温度計測法を用いた軽度頭部外傷患者における脳室温度の検討 論文内容の要旨
近年、軽傷頭部外傷(mild traumatic brain injury (mTBI))患者に関して様々な報告が なされている。例えば、脳代謝の一過性の低下や長期経過での認知症の発症などである。 また、非侵襲的な脳温度測定法に関しても近年、いくつかの手法が考案されている。拡 散強調像(Diffusion Weighted Image (DWI))を用いた脳温度測定法(DWI-thermometry) もその一つである。この DWI-thermometry の利点は日常臨床で撮像されている DWI か ら温度を算出できることである。著者は、mTBI 患者では脳代謝の低下に伴い脳温度も 低下する可能性を考え、DWI-thermometry を用いて、mTBI 患者の脳温度を検討するこ とで、その病態把握や患者の臨床管理などに寄与できないかと考えた。本研究は mTBI 患者の脳温度を評価することを目的とした。 本研究は後ろ向き研究である。当院で、2008 年 4 月から 2011 年 6 月の期 9 間に、 Glasgow Coma Scale (GCS) 13 以上で頭部外傷後 20 日以内に当院で頭部 MRI を撮像さ れた 23 症例を抽出した。除外基準として、DWI は磁場の不均一さの影響を受けるため、 脳室内に出血がある、すなわち T2*WI で低信号がある場合とし、最終的に患者群として 21~85(63.0±15.8)歳の 20 例(男性 15 例、女性 5 例)を対象とした。このうち 4 例の患者 で経過観察目的で mTBI 発症から 30 日以降に MRI が施行されており、これを経過観察 群とした。健常者群は、健常者ボランティアおよび脳ドック受診者で異常所見を認めな かった 14 例(男性 3 例、女性 11 例)とした。年齢は 28-75(56.4±15.3)歳であった。全症 例 が 当 院 MRI(1.5-T whole body imager (Philips Medical Systems, Best, the Netherlands))にて DWI(TR 6,000 ms.、TE 88 ms.、b 値 1,000 s/mm2、MPG 15、スラ イス厚 3mm、gap なし)が撮像された。
DWI からの温度計測法は以下のようである。Kinetic theory によると temperature (T) と diffusion coefficient (D) には直接関連がある。Mills 及び Nagy et al.によると以下 の関係が成り立つ。 Equation 1: b S S D=ln( 0/ ) D は diffusion constant (mm2/s)、S0 及び S は測定された信号強度である。 この D より次の式(Arrhenius の式)を用いて温度へ変換する。 Equation 2: 15 . 273 39221 . 4 ln 74 . 2256 − = D T DWI から側脳室を抽出し、上記の計算式を使用可能なソフトウエアを用いて拡散係数、 引いては脳温度を算出した。 また、温度の指標として、体温を使用した。ボランティアは鼓膜温を使用し、患者や ドック受診者は腋窩温を使用した。鼓膜温は腋窩温よりも 0.2℃温度が高いとする報告が あり、これの基づき、腋窩温に 0.2 を加えて比較した。 脳室温度は、患者群では平均±SD 36.9 ± 1.5°C、経過観察群では 38.7 ± 1.8°C、 健常者群では 37.9 ± 1.2°C であり、患者群と健常者群で温度差は統計学的に有意であ った(P = 0.017)。しかし、患者群と経過観察群(P = 0.595)、経過観察群と健常者群(P = 0.465)では有意差は認められなかった。 体温は、患者群では 36.9 ± 0.4°C、健常者群 36.6 ± 0.3°C であり、統計学的有意 差があり(P = 0.006)、患者群では健常者群よりも 0.3℃高い結果をえた。尚、経過観察群 は外来での撮像であったため、測定されていなかった。 以上の結果より、mTBI 患者では脳温度が低下することが示された。また、有意差は 示されなかったが、経過観察群は患者群よりも脳温度が高く、温度が上昇する傾向が考 えられた。 過去の報告で、重篤な頭部外傷患者(GCS < 8)では脳温度が上昇することが知られてい る。これは頭蓋内圧上昇による脳血流量の減少が原因とされている。この脳温度の測定 は開頭術時に直接頭蓋内に温度計を挿入して測定するなど侵襲的な手法であり、mTBI 患者では適応できない。mTBI については病態生理も依然解明はされていないが、MR spectroscopy などでの研究によれば mTBI 患者では N-アセチルアスパラギン酸酸(NAA)、 クレアチンとグルタミン酸塩グルタミン・レベルの低下することが示されている。また、 NAA に関して外傷後 3-15 日の間は低下し、30 日で正常範囲に回復したとする報告もあ り、脳代謝の低下が今回得た結果である脳温度の低下に関連している可能性が考慮され た。脳温度の回復傾向に関しても代謝の回復と合致することが考えられたが、本研究で は症例数が少なく、また、有意差は認められていないことから更なる検討が必要である。 一方でラジエーターとして機能する脳血流量の mTBI に関する報告は様々であり、一定 の見解を得ていない。脳温度を規定する因子として脳血流の変化は重要であり、今後の 検討が必要である。 体温は患者群で 0.3℃高い結果を得た。このことは患者群での脳温度低下が体温変化に よるものでないことを支持すると考えられた。