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病 院 図 書 室 15(3):68−69,1995病院から見た阪神淡路大震災
西宮市立 中央 病院副院長
1月17日 に救 急 室 に搬送 さ れ た患 者で 死亡 さ れ た人 は81人 、 1月18日 は11人 で 2日 間で 92人で あ っ た。 1月17日で は地 震 発生 後 6時 間 以 内 に68人(84%)と多 く集 中 し て い た。 ほ と んど の 患 者 は家 屋倒壊 に よ る圧 死 と考え ら れ た。 年 齢 別 に 見 ると O∼19歳 は18人(19.6%)、 20∼39歳 が17人(18.5%)、40∼59歳 が 9人 (9.8%)、60∼79歳 が32人(34.8%)、80歳 以 上 は16人(17.4%)で 、 高 齢者 と 若 年 者 に集 中 し て お り 、 倒壊 し た建 物や 家 具か ら脱 出で きな か った た めと 考え ら れた。 以 上 の こと か ら、災 害 発生 時 に、 災 害 の種 類と 災 害 の大 きさ に 応じ た患 者を 救 出 す る手 段 が 何 より もまず 必 要であ る 。 こ れら はあ ら かじ め シ ステ ムと して 確立 し てお か な けれ ば 迅 速 に 作動 し ない 。 また災 害 が 限局 的で あ れ ば 、 患者 を 病 院に 搬送 す る前 に救 命 救急 処 置 を 行 う ため 、災 害 医療 専門 医を 含 む 医療 班 が 現 場 に急 行 す る必 要があ り 、早 け れ ば早 い ほ ど 救 出で きる患 者 が増 加す る と考 え られ る。 地 震 発 生後 に 入 院し た患 者数 は 1月17日∼ 20日 で107人 で 、 そ の うち17日 は72人 、18日 は23人 で あ っ た。107人 中 骨 折47人 、打 撲37 人、 挫 創 5人 で 計89人(83%)と な り 、 ほ とん どが 外 科的 、 整形 外 科的 疾患 で あ っ た。 その 他胸 部 外 傷、 気管 損 傷、 脊椎 損 傷 、右 下肢 麻 岸、 心 破裂 が 各 1人づ つで あ り 、 産科 的疾 患 で は、 妊娠 、 切迫 流 産が 4人 、 分娩 1人、 小 児科 で は、 哺 乳不良 1人、 熱 性 け いれ ん 2人、 十 口本
崇彦
内 科 で は 、 脱 水 1 人 、 上 室 性 頻 拍 1人 、 脳 梗 塞 1 人 、 上 気 道 炎 1 人 で あ っ た 。 病 院 に お い て は 災 害 発 生 後 5∼ 6時 間 以 内 に で き る だ け 多 く の 医 師 、 看 護 婦 を 集 め る 必 要 が あ る 。 と り わ け 救 急 医 療 、 災 害 医 療 の 経 験 の あ る 医 師 が 必 要 で あ り 、 居 な け れ ば 応 援 医 師 が 急 行 で き る シ ス テ ム 作 り が 必 要 で あ る。 ま た 外 科 、 整 形 外 科 医 だ け で な く 、 産 婦 人 科 、 小 児 科 、 内 科 医 も 必 要 で あ る 。 当 病 院 は 救 急 病 院 で は な か っ た が 、 震 災 発 生 後 3月 末 ま で24時 間 の 救 急 体 制 を 施 行 し た 。 そ の 後 内 科 的 疾 患 が 増 加 し 、 日 常 は100床 前 後 で あ っ た 病 床 が 、 救 急 体 制 下 で は120∼140 床 と な っ た 。 疾 患 と し て は イ ン フ ル エ ン ザ 後 の 肺 炎 、 胃 潰 瘍 や 十 二 指 腸 潰 瘍 に よ る 吐 下 血 、 急 性 胃 炎( ス ト レ ス 性 、 感 冒 性 )、 脱 水 、 脳 梗 塞 、 糖 尿 病 の コ ン ト ロ ー ル 不 良 、 気 管 支 喘 息 発 作 、 不 安 神 経 症 、 反 応 性 う つ 状 態 な ど が あ っ た 。 半 年 後 の 現 在 、 疾 患 数 は 減 少 し て い る が 同 様 の 傾 向 は 続 い て お り 、 心 療 内 科 的 、 精 神 科 的 疾 患 に 対 す る 専 門 医 も必 要 で あ る 。 地 震 発 生 後 病 院 に 緊 急 避 難 的 に 、 ロ ビ ー や リ ハ ビ リ 室 に 収 容 し た 人 は 、 1月 17日 に 63人 、 18日 3 人 で 、 そ の う ち20人 が 3日 以 内 に 入 院 し た 。 1月22日 ま で に 避 難 者 は す べ て 、 学 校 、 公 民 館 な ど の 避 難 所 に 収 容 さ れ た 。 入 院 患 者 の う ち 搬 送 転 院 し た 患 者 数 は 、 1 月 17日 ∼ 31日 で 69人 で あ り 、17日 4人 、18日 6 人 、19日24人 、20日 5 人 と 最 初 の 4 日 間 に 多 く 、 ほ と ん ど が 尼 崎 市 内 や 大 阪 市 内 の 病 院 68病 院 図 書 室 Vol.15 Na3,1995 へ の転 送であ った。 3 日目 に多 いの は通 信 ・ 交 通事 情に よ ると考 え られ 、す べて 車 によ る 搬送で あ った。 当 病 院で は 震 災 に よ る 建物 の 被 害 は 少 な かっ たが 、電 気、 水道 、ガ スの 供給停 止 によ り、 病院 機能 維持 に難 渋 した。 電 気 は1月17 日の 午前 中 に回 復し た。フ片道 は高 架水 層 が 2 基 と も破 損、 水道 管 破損 、 院内給 水管 破 損、 ま た水道 供 給停止 の ため 、全 面 復旧 は 2月 3 日 とな った。 ガ ス は供給 停 止とガ ス管の 点 検 の ため 2月 3日 に、 エ レベ ー ター は2月 5日 に、 手 術室 の機 能 は2月 9日に そ れぞ れ復 旧 し た。 1月17日 当日 は電 話 など の通 信が 麻 庫 状 態で あり 、 その 後の 交通 事情 の悪 化 のた め、 物 資 の搬 出、 搬入 に困 難を 極 めた。 以 上 のよ う に災 害医 療や 災害 後 の医 療を 行 う上で 、病 院 の構 造面 や設 備面 で の早 急 な機 − 69 能回 復が必 要で あ る。 第 1に重 要 な もの は、 建 物 、 水 道(飲 料 水、 冷 却 水 、 水 洗 ト イレ、 風呂 、 調 理な ど )、電 気( エ レ ベ ー ター など )、 ガ ス( 調理 、滅菌 など )、で あり 、 食 料 、薬 剤、 医療 器 具の 備蓄で あ る。 第 2に通 信 手 段、 交 通手 段( 車、船 、ヘ リ コプ タ ーな ど)の 確保 で あ る。 第 3に院 内の レ ント ゲ ン機 器、 臨床 検 査 機器 、手 術室 の耐 震性 や、 カ ル テ庫 、 レ ン ト ゲ ンフ ィル ム庫、 図書 室 の耐 震 性 も必 要で あ る。 当 院で は震災 後、 院 内災害 対 策 委員 会 が設 置さ れ、 病院 がで きる 災害対 策 の マニ ュア ル 作り が進 行中で あ るが 、自 治体 レ ベ ル、 国 レ ベ ルの マニ ュア ル作り も必 要で あ る。 最 後 に震災 で亡 くな ら れた方 々 のご 冥福を 心よ りお 祈り 申 し上げ ま す。