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グローバリゼーション下における開発戦略の可能性

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グローバリゼーション下における

開発戦略の可能性

は じめに 80年代以降,グ ローバ リゼーシ ョン過程 において,国 家の政策 自律性の喪失 が進んでいる。資本移動の 自由化が進展 した世界経済においては,各 国の政策 運営が国際金融市場 によって評価 され圧力 を受けることは,私 達が 日常的に目 にすることとなっている。 さらに,従 来国家が独 占的に権力 を行使 してきた国 際関係 において も,国 際的な格付会社や会計法人が,そ の各企業に関する財務 状態の評価が市場での尊重 されるべ き情報 として信用 を獲得 していることで, 世界経済の管理の重要な一翼 を担 っている。さらに国家です ら,格 付会社によっ 握猪】呈督豪;,「 母父岳啓磐F株 兵】う玖晶8;貫 魯梁骨揚層1号 を民そ8 国家的歴史的ヘゲモニーブロックの形成 とい う特徴づけがなされているところ である。既存の国民国家の一元的な権力 としての地位の動揺 と民間主体への部 分 的委譲が進行 しているのである。 発展途上国の場合,そ れら新 しい権力主体から排除されていることによって, 一層国家 (政府)の 権力の侵蝕は大きい。グローバリゼーション過程は階層性 のある世 母F進 んでお り,そ こでは途上国は常に秩序 ・価値の受容者であった からである。ただ,第 二次世界大戦後の冷戦 という枠組みのもとでは,ア メリ 1)S.ス トレンジ 〔1999〕。このことは必ずしも国家に要請される役割が縮小しているこ とを意味するわけではない。 2 ) サ スキア ・サ ッセン 〔1999〕。サ ッセンにおいても国家の役割の縮小ではないことは同 様である。排他的主権をもつ国家間の関係によって処理 されてきた国際経済問題 という領 域において, 民 間主体による権威が出現 してきているのである。 3)Cox〔 1987〕。 浩 明 倉

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力を中心 とする資本主義の国際経済秩序の他 に,社 会主義 とい う経済 システム の選択 的代替物が存在 していた。 この ことはUNCTADの 運動 な どの大 きな力 の源泉 となっていた。 しか し,社 会主義が弱体化 した80年代,そ してそれが崩 壊 した90年代 =冷 戦後の世界では,経 済 システムが専一化 し,途 上国のバーゲ エ ング ・パ ワーの源泉が消失 した。国際秩序形成の上で受容者 としての途上国 が,そ の修正 を求めるあるいは異議 申立てをお こなう可能性が失われたことを 意味する。80年代以降,発 展途上国国家の権力の侵蝕,特 に 「開発戦略」 にお けるの権威 の喪失が進行 している。 発展途上諸国は,そ の経済開発 ・発展のために積極的に市場 に介入 して きた。 その戦略の構成の軸 は,工 業の経済全体への動態的効果 を重視 し,そ の育成の ために保護やインセ ンティブの供与 を通 じて市場 に歪みを創出することと,世 界経済へ の統合の され方の選択 にあつた。 ラテンアメリカ諸国が採 った輸入代 替工業化戦略,東 アジア諸国が採 った輸出指向工業化戦略,両 者 ともその二つ の軸の選択か ら構成 されていたといえよう。 しか し,80年 代 には,累 積債務危機 に陥った諸国においては,IMF・ 世銀の 4)そ の ことは,現 代 におけるグローバ リゼーシ ヨンの進展の仕方の特殊性,自 由化進展速 度 における二つ の格差 に も現 れてい る (UNCTAD〔 1997〕)。第一 に,国 際間の資本取引 と労働集約的財貿易 ・労働力移動の規制 (専門サー ビス産業 における人材の移動の 自由 と 単純労働 の移動規制)の 相対 的な進展速度の格差,す なわち先進国が豊富 に有す る資源の 市場 の 自由化が急速 に進 め られているの に対 し,途 上国が豊富 に有す る資源の 自由化 の進 展が抑制 されて生 きている。労働力 とい う資源 において も,熟 練 ・専 門性 をもつサー ビス 貿易 の体現者 とい う範疇が設定 され (単純労働 との 「差別化」),そ れについての移動 は 自 由化 されている。 この ことは,ス トルパー ・サ ミュエルソン定理の考え方 を適用すれば, 途上 国の所得 に不利 に働 く可能性 を もつ。第二 に,先 進国の 自由化 と途上国の 自由化 とい うことで考 えれば,先 進国の 自由化が貿易 自由化 においてはウルグアイ・ラウン ドとい う ような双務的 自由化の枠組みによつて進め られて きたのに対 し,途 上国の多 くは累積債務 危機後の構造改革 としてあ るいは資本流入促進のための政策 として一方的自由化 を進めて きた。 さらに,製 造業品の障壁引 き下げの停滞,特 にアンチ ・ダンピング措置 に見 られる ような裁量的 (contingent)輸入制 限の残存 は途上国 に とって大 きな脅威である。それ に 対 し,サ ー ビスなどが貿易 として概念化 され貿易 自由化交渉に組み入れ られるとともに, 二国問協定 などを通 じて投資障壁の 自由化 も進め られている。つ ま り,先 進国資本 にとっ ての途上国市場へのアクセスの改善 (それは同時にに途上国にとつての資本へのアクセス の可能性の高 ま りをも示すのだが)の 一方,途 上国製品 ,労働力の先進国市場へのアクセ スの懸念が高 まっているのである。

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コンディショナリテイによって独自の開発戦略を否定された。そして今また, 97年のアジア通貨 ・金融危機の過程を通 じて,東 アジア各国において,か つて の称賛を忘れ去 られたかのように,政 府 ・企業 ・金融システム間の不透明な関 係が非難 され,開 発戦略の推進者 (オーガナイザー)と しての政府 という考え 方が否定されようとしている。途上国の開発についても市場の支配が完遂 しよ うとしているのである。 本稿では,以 上のような世界経済の環境変化のもとで,発 展途上国の経済開 発問題 を考える視点を探求 していきたい。グローバ リゼーションが進展 しつつ ある現代 において,「開発戦略」の余地はもはや存在 しないのか,あ るいはそ のような余地は必要ないのだろうか。市場による支配力を強めるグローバリゼー ションの現在のような進展方向は,途 上国の経済発展をもたらしうるのか。そ れらの問題の答えを探っていきたい。開発政略否定への経過 と,現 在の焦点で あるアジア通貨 ・金融危機をめぐる諸議論を見ることで,そ れらの問題への接 近を試みる。 Ⅱ.開 発戦略否定への第一波 1 9 8 2 年メキシコのデ ・フォル ト宣言か らひろがった累積債務危機は開発政策 の破綻の表れであったことは否定 しようがない。 しか し,そ れが危機 として発 現 し,長 期 にわたる途上国の経済停滞 につなが ったことには,国 際金融 システ ム と資金移動の流れの変化が背景にあると 1 9 7 8 年末か らのアメリカの低 インフレ政策への転換 と金融規制緩和 は,そ の 自由な国際資本取引への意図を示す とともに,国 際的な資金のアメリカヘの流 入 を引 き起 こした。そ して,こ のアメリカの政策転換 によって,1970年代以来 の開発資金の市場化が徹底 されてい くのである。そ もそ も70年代 における債務 の累積 には,ア メリカの経常収支赤字の増加や石油 シ ョック後の膨大なオイル グラーの還流 による途上国への民間銀行信用の拡大があった。特 に中所得国以 5)累 積債務問題については,中 村 〔1987〕,ま た開発金融の市場化の展開については,神 沢 〔1994〕を参照。

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102 彦 根論叢 第 322号 上 で は,援 助 とい う非市場 ベースの資金か ら間接信用 にその開発資金が移行 し たので あ る。 ところが政策変更 を通 じ,高 金利 ,規 制緩和 ,セ キユ リタイゼー シ ョンによつて よ り安全 かつ優位 な市場 としてアメリカが活性化す ることによつ て,市 場 ベ ースでの資金獲得 が 困難 になった こ とが,途 上 国経 済のBrL弱性 を顕 在化 させ たのであった。その ような意味で,危 機 の揺釜 と発生 には,国 際金融 秩序 の移行 (特にアメ リカによる過剰 な ドルの管理,国 際通貨化の戦略)が 決 定的 に影響 していると そ して危機 は市場 における開発政策の選好 をIMF・ 世銀 が規格化 し強制 してい く槌子 として利用 されていった。その後,IMF・ 世銀 に よる債務返済管理体制 を経 て,90年 代 に入 ると,ポ ー トフォリオ投資や,海 外 民 間 と国内民間間 (銀行 ・非銀行 を含 む)の 信用供与 とい うよ り市場性の高い 資金が,開 発金融の主役 となっていつた。 この過程では,特 にIMF・ 世銀 とい う国際金融機関が果た した役割は大 きい。 それ らの債務危機支援 は新 たな開発資金の供給 とい う性格 は薄 く,債 務返済が よ り重視 されていた。 まず返済資金 を搾 り出すために,マ クロ経済安定 と緊縮 を通 じたI一Sバ ランスの改善政策が義務づけ られた。膨大 な債権の不良化 によ る国際金融界の混乱 を避 けるとい う選好が より反映 した形のコンディシ ョナ リ 7 ) ティであったのである。 また,債 務国の経済構造を改革 し債務支払能力を形成 してい くという面,す なわち経済開発 においては,そ れまでの広範な産業において自国企業の育成 を目指す型 (輸入代替型)の 開発政策が全否定され,市 場の機能を活用できる 経済構造への改革が重視 された。市場の制度条件整備 (民営化 ・規制緩和) 重視の 「開発政策」が支配的な位置を占めた。市場指向 (友好的)開 発政策で 8 ) , 9 ) ある。 6)Helleiner〔1995〕, pp323-4. 7)IMFに よる債務危機管理のあ り方についてはLoxley〔1998〕を参照。また,世 界銀行な どの国際金融機関が,国 際金融界の利害をより反映する形での政策展開を行 う傾向がある という点については,Wade〔 1998〕があ り,本 山 〔1998b〕は,ウ ェー ドの主張を検討 し なが ら国際金融機関批判を展開している。近年では,た とえば東テイーモール問題におい てIMFが インドネシアに対する資金供与の凍結 を警告 したように,金 融支援の条件 とされ る問題の範囲が,経 済 ・市場の枠外にまで範囲が拡大する傾向がある。

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このようなアプローチが国際金融機関によって採 られたこと,ま たそれが実 際の政策 として採用 されていったということは,開 発問題が世界経済の構造問 題であるという視点が決定的に後退 したことを意味する。開発の失敗は一義的 には各国政府の政策の誤 りが原因であ り,各 国は自助努力によりI―Sバランス を改善するとともに,市 場の正常な機能が確保されるための条件整備をおこな うことが要請されるのである。 Ⅲ.東 アジアの経済成長 しか し,サ ハ ラ以南 アフリカ諸国やラテンアメリカにおける小国の例 にも見 られるように,規 制緩和 とい う面での 「市場経済化」力S,直 ちに日覚 しい成長 を もた らしたわけではない。む しろ90年代 に入るまではIMF・ 世銀の処方箋に 従 った諸国は 「市場経済化」 に苦闘 していただけといって もよい。それに対 し て80年代 か ら90年代前半 にかけて日覚 しいパ フォーマンスを達成 した諸国があ る。 アジアNIES,ASEAN,中 国な どの東 アジア地域の諸国である。 このことは,支 配的地位 を占めるようになった市場指向開発政策に対 して, 8)World Bank〔1987〕および 〔1991〕. 9)た だ し,こ の 「政策」転換受容過程では国内政治経済の混乱を経験せざるをえない。ラ テンアメリカの場合,80年代はその受容をめぐるせめぎあいの時期であり,失 われたlo年 といわれように,転 換は容易には実施 しえず経済の混乱 と停滞が続いた。結果として,市 場志向政策による改革が進展 し,ま た国際金融環境の変化 もあ り資金の流れが回復 したこ とから経済成長の改善が現れて くるのは,199o年代に入つてからのことである。つまり転 換の受容には,た だ単に危機 という外圧では十分ではなかった。長期にわたる経済の崩壊 と高インフレによる既存の国内パワーバランスの焼 き払いを経て受容されていったのであ る (小倉 〔1995〕)。その意味においては,支 援の条件 としてIMF流 の厳格な構造調整が要 求されつづけたことは,既 得権益破壊 という 「プラス」の側面 ももつことは否定できない。 危機の結果,国 内階級利害から独立 し強力に改革を推進できるという,い わゆる 「強い国 家」が,ア ジアの権威主義体制 とは違 う形で,新 自由主義改革を推進するベルータアルゼ ンチン,の ような特殊な民主主義体制が成立 している (遅野井 〔1997〕)こ とに,そ の点 が示 されている。余談になるかもしれないが,ア ルゼンチンにおいては改革は結果として の長期にわたる高失業率など必ず しも経済の飛躍的成長をもたらしてはいない。そのこと は1999年秋の大統領選挙において政権党の交代を招いたが,そ れは与党候補が債務支払い の停止など国際金融秩序に逆 らう脱出方法を示唆 したことが,混 乱の再来を嫌う国民の指 示 を失わせたという面があるのであ り,長 期にわたる受容過程の教訓はいままだ深 くす り こまれている。それほどに80年代におけるIMFな どによる一貫 した強い政策は自由主義秩 序 を浸透 させる力を及ぼしたといえよう。

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二 つ の点 で問題 を提起 した。第一 に,選 択 的介入 ,つ ま り政府 が市場 (国内 ・ 1 0 ) 国際 ともに)の 資源配分機能 に歪みをつ くってい く役割の評価 の問題がある。 一般に,東 アジアの経済成長は製品輸出市場 を先進国に依存 したゆえに,ラ テ ンアメリカなどと比較 して相対的に市場指向的であ り,ま た健全 なマクロ政策 運営がなされていた と評価 されている。実際,輸 出製品の競争力確保が重要で あったために,そ の基盤 となる部品などの低価格 ・高品質 を確保する必要があ り,そ れらについては輸入が 自由化 されていた り,相 対的に適性水準の為替 レー トが維持 されていた。 また,財 政収支 も安定 していた。 さらに,80年 代後半か ら急成長 したASEANの 場合,直 接投資への出資比率 ・貿易関連規制の緩和が 1 1 ) 成 長 率 の上 昇 前 に は見 られ る。 その ように東 アジアが相対的に市場競争力 を意識 した政策 を採 っていたこと は確かである。 しか し,植 民地であつた香港 を除けば,政 府は外資や外貨 を含 む資源の市場の配分機能 には介入 していた。直接投資部門の規制,外 貨配分, 政府 による金融部門のコン トロール,直 接投資対する合弁の要請,自 国市場の 保護 も開発政策の不可欠の要素 として存在 していたのである。 これ らは市場指 向的開発政策 においては当然否定 されるべ きものである。それ らの成長への貢 献の評価が問題 となるのである。 市場指向開発政策 を推進す る世界銀行 自体 において も,97年 以前 にはその評 価 には揺 れが見 られる。93年の F東アジアの奇跡』 においては,金 融抑制や選 択 的介入の評価 において肯定的な論調がみ られた。 また,『世界 開発報告1997 年版』 は 「国家再考」 をテーマ として,市 場 と政府の関係 を考察 している。た だ後者の場合,そ の主張 には市場 を制度的に整備 しうる強い政府の要請が含 ま 10)こ の点が世界銀行 によって評価 されるには, 日本の働 きかけがあった (本山 〔1998b〕)。 11)た とえばマ レー シアは,86年 に1000/0所有子会社 の設立条件 な どについて,外 資への規 制緩和 を実施 した。 また輸 出産業育成のために,そ れにマ イナス となる輸入規制 を緩和す る とともに,輸 出促進政策 を採用する。イン ドネシアも85年に輸入規制の関税化 と関税率 を引 き下げを実施 した。 さらに87年に外資への規制緩和 を行 っている。 この ような政策転 換 は,外 資 にとって国際的な企業内 ・企業間の分業 ネ ッ トワークの一部 としてこの地域 に 生産基地 を立地 させ ることを容易 に した。国産部品使用義務や輸出義務 などの直接投資ヘ の規制や,部 品 ・中間品輸入かかる関税 などは,企 業 にとって大 きな障害であったか らで ある。貿易 自由化 の役割 については,浦 田 〔1995〕を参照。

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れ てい るが, 市 場へ の介入 の効果 の認知 にはい ったってい ない。 また,個 々の 国の歴卑的な制度的発展 に応 じた市場整備のあ り方の多様性への示唆があるが, その ことは土台 としての文化 ・社会に応 じた 「市場」の多様性の認知にまでは つ なが っていない。つ ま り単一の 「市場」制度への収敏プロセスの多様性を認 めている として も,そ のプロセスは早期 に終 えられるべ きものであると考えら れている と思われる。 第二 に,非 市場経 由の企業間関係,非 市場的取引関係の評価の問題がある。 ASEANの 成長 にいては, 日本,ア ジアNIESか らの直接投資が果た した役割が 大 きい ことが知 られている。85年プラザ合意以降の円高の進行 に対応 しようと した 日本企業や産業 を高度化 し低賃金依存か ら脱却するための産業構造転換 を 進 め ようとしていた成熟 したアジアNIESは ,低 賃金の利用可能性 を得 るため に周辺 アジアヘの直接投資 を活発化 させたのであった。先にも述べたように受 けて側の規制緩和 もタイ ミングよ く実施 されたことにもよる。このことは,特 に 日本企業 に対 しては,メ ーカー (大企業)とそのサプライヤー (下請け ・協力 企業)が一体 となって進 出す ることも容易 に した。いかにアジア地域が低賃金 であるとして も,日 本の主力輸出品であった機械 ,電気機器のような資本 ・技 術集約的な製品の場合,そ れに投入 される部品や中間品について も低い賃金で 製造 され,低 コス トで供給 されることが重要である。 日本企業の競争力の重要 な源泉の一つは,サ プライヤー との地理的近接性 ・情報共有関係,企 業内特殊 な労働者の熟練化 などのいわゆる日本的生産 システムがあ り,そ のような企業 特殊優位 を低賃金 とい う立地優位 と結 びつけるためには,日 本のサプライヤー が現地 にともに進出で きることが必要であったをっ ま り,東 アジア諸国への輸 出主導経済成長の拡散 には,日 本多国籍企業の面的,重 層的進出とその生産シ ステムの適用が重要な役割 を果た したのである。 また華人ネ ッ トワークの存在 も東 アジアの一つの特徴 として挙げられる。同 郷 な どの人的関係 に依存 した独特のインナー ・サークルが形成 され,情 報の共 有や経済的判断を度外視 した融資 などの特別 な企業間関係やヴェンチャー ・育 12)このような面的 ・重層的進出の必要性は櫻谷 〔1997〕,小 澤 〔1999〕に指摘されている。

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成 システムが存在 している。 日本 ,NIES企 業の直接投資 に主導 された東 アジアの発展 は, もともとのア ジアにおける多様性 (経済水準 の違いを含 む)が 日本 (NIES,華 人)多 国籍企 業 によ り包摂 され,日 本的生産 システムや華人ネ ッ トワークのような排他的 ・ 非市場経 由の経済関係 の拡散 をもた らした。欧米型 「市場」 とは異 なる類型 し てのアジア型が勢力 を拡大 したのである (ただ 日本企業です らアジアにおいて 文化摩擦 を免 れてはいない ことは注意 しなければな らない)。この ことは,こ の タイプの市場が外部者の参入 にとつて障壁の高い ものであるがゆえに,域 外 資本 に とつてある程度脅威 となる。APECが 格上げ され,貿 易 自由化・市場開 放のための利用 されねばな らない理由はそ こにあつた。市場指向開発戦略が想 定す る市場 とは異質の市場が将来の選択肢 として存在す る可能性がそこには示 されていたのである。 IV.開 発政策への攻撃の第二波…アジア通貨。金融危機 ァじケ豊富化R倉ヰ各ユ旨暑退]塩塩も]R;醤 皆盆]元 ぞ法岳「缶長と?旨 稼そ猷暑 市場において投資先の多様化の必要性が,エ マージング ・マーケットとしての ブームづ くりと,タ イのBIBF創設のような途上国自らの外資流入促進をねらっ

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替 ペ ツグ制 ない し ドル に対 して相場 を安 定 させ よう とす る政策 を採 つてい たた め に,こ れ らの流入 は為替ヘ ッジが採 られてい なか つた。結果 として,投 資方, 13)アメリカを中継拠点とする世界規模での巨額の資金の流れが指摘される。95。96年でい 象鮭 番をもご=艦 。 2世 盪 錨 聰 縄 碁 す ブ 告官軍拙 鑑 塾 景 アメリカか らの資本流出の源泉 となってお り, そ の額は6 0 0 0 億ドルに及ぶ ( 若月 〔1 9 9 9 〕, ゴ ・ ザ撃レヘの綾 本麒 はЮ拠年か 斑 9 年田 ま年端 巾レであっれ それ州 粥6 年口 ま 1 , 0 0 2 億ドルに拡大 している。そ してこれが9 7 年には, そ の他投資 ( 長短の貸 し出 しなど によつて構成) の 流出への逆転によつて2 1 5 億ドルヘ と収縮 し, 9 8 年 には総額で1 8 0 億ドル の流出に転 じたのである ( I M F 〔1 9 9 8 b 〕) 。

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受 け手方双方 ともに,為 替相場の変更 に対 して多大なエ クスポージャーをもつ ことになっていた。為替変動 リスクの評価の逆転 に弱い構造が形成 されていた のである。特 にタイにおいては95年以降経常収支の悪化 とそれにともなって, 準備 に対する短期性対外債務規模の比率の増大が生 じていたが,97年 には為替 相場の維持可能性 に疑間が高 ま り,リ スク回避 しようとする資本のみならず, 為替変更 を利益獲得機会 に しようとする投機性資金 によるバーッ売 りにさらさ れることで,為 替相場変更 に追い込 まれた。これによって資金の引 き上げと流 入の激減 に見舞われ,国 内企業 ・金融機関の外資依存のファイナンスが破綻 し た結果,経 済が大 きく混乱することになったのである。そ してこの通貨危機は 為替変動 リス ク評価の逆転 を引 き起 こす ことで周辺 アジア諸国に伝染 していっ 1 6 ) たのである。 この危機 によって東アジアの多 くの諸国 もIMFの 支援への依存 に追い込 まれ た。そこでIMFが 支援の条件 として課 したことは,第 一に累積債務危機以来の マ クロ経済安定 と緊縮 を通 じたI―Sバ ランスの改善政策であ り,第 二に危機 を 醸成する原因 となった と考 えられた市場 にとって見 えに くい制度 ・政策の排除 が要求である。 IMFが 金融危機の原 因 として指摘することは,危 機のたび毎に異なっている が,ア ジアの場合 は国内金融 システムの脆弱性 にあるとされるとその脆弱性は 政府 による政策金融や金融機関への介入によって形成 された政府 と銀行 ・企業 の特殊関係や,非 市場経由の企業間関係 に基づ く投融資判断によって,正 常 に システム リスク評価が行われていなかったことにある。国内民間主体 によって 対外借入への リスク評価が適正 になされず,ま た政府 による規制 も有効 に機能 15)タ イの場合,1991年 には171%の 準備 によってカバーされていたが,徐 々に低下 し, 1995年段階では約60%しかカバーされなくなっていた。インドネシアも同様の動 きをして いる。それに対 しマ レーシアは95年時点での2000/0を超えるカバー率をもっていた。(小倉 〔1997〕) 16)国 際金融市場による評価 とその結果 としての金融危機であ り,こ のような危機の特徴は オブスフェル ドによって自己実現的通貨危機 としてモデル化 されている。金融危機への諸 アプローチについては小川 〔1998〕が詳 しい。 17)IMF〔 1998a〕.

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しなか つた。 さらにその ようなシステムでは夕ヽ資 にとつて リスクが見 えに くく 外資 もリスク評価 を失敗 し,適 正水準 をはるかに超 える為替相場変動 ・資金 フ ロー逆転の リスクに対するエクスポージャーが形成 されたと考えられているの である。 ここでIMFが 要求 している改革は,先 に 『東 アジアの奇跡』 として微妙 な評 価 を下 したアジアの特殊 な政府の市場へ の介入,「市場」の型の否定である。 つ ま り,国 際金融市場はコスモポリタン (特殊な歴史制度的前提 をもたない) でなければならない とい うとい うたてまえの上で,各 国金融市場間において リ ス ク管理や情報開示のシステムを収敏 させ ようとするものである。グローバ リ ゼーシ ョンは,さ まざまな文化 。社会的背景 をもつ各国の経済主体が,世 界経 済 において対等 の競争条件 (レベル・プレイング ・フイール ド)を 保証 される ため に,経 済制度 ・市場のスタンダイゼーシヨンを要請するのである。特にグ ローバ リゼーシ ヨンが急速 に進む国際金融市場 においては,そ の実現が リスク 管理の面か らも要請 されることは確 かではあると ただ し,そ こでは金融市場で の グローバ リゼーシ ヨンの急速 な進展ペースその ものの適否は問われることが な く,資 源配分の適正化 を促進す るものであることが前提 されていることを忘 れてはな らない。そのことを疑間の余地のない前提 とした上で,各 国はそれに あわせ た急激 な制度改革が要求 されているのである。先 にラテンアメリカ諸国 の市場への介入が否定 され,そ して今 またアジアの政府一市場間関係が否定さ れ ようとしている。両者 において,そ の経済運営失敗の原因は十分 に市場指向 的でなかつたことにある とされているのである。 V.通 貨 。金融危機へのlMFの処方箋をめぐつて 市場指 向開発 政策 は,グ ローバルな市場 システムヘの統合 に対 して,政 策 的 ・文化的に抵抗す ることが停滞 をもた らす とい う理念 を含 む ものであ り,現 在進行 中の グローバ リゼーシヨン (グローバル金融市場の論理)の 要請に適合 的な開発政策である。殊 に,現 在のグローバ リゼーシ ヨンが金融面に偏 って進 18)こ の方向への適合を推進すべきとするものに,浦 田 〔1999〕,長 岡 〔1999〕がある。

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F グローバリゼーション下における開発戦略の可能性 109 行 してお り,ま たその制度が実質上 は規制緩和 ・自由化 を先行 して実施 して き た とい う競争優位 を保持 している米英的制度であることを考慮すれば,グ ロー バル金融市場 における強者の論理 を浸透 させるものであるという倶J面をもつこ とは否みがたい。 これに対抗 して,国 際資本移動の自由化や制度 ・市場のスタンダイゼーショ ンの必要性 を批判する見解 もある。第一に,改 革のシークェンシー (順序)の 問題 に関するもの,第 二にアジアにおける為替相場制度のあ り方に関するもの, そ して第三に,現 在の国際経済秩序 ・開発政策の収敏方向自体への批判である。 第一の ものは,国 内金融制度が未整備であったにもかかわ らず,内 外の資本 移動 を自由化 したことに問題 をにするものであると過剰 な資金流入による為替 相場過大評価化 に対処する政策能力や民間の短期債務急増への リスク管理面か らの規制能力が欠如 したままに自由化が行われたことに問題が見出されている。 ただこれ らの見解では,資 本移動の自由化の時期 は問題 とされているが,自 由 化 とい う方向 自体や世界でのその進展ペースにに適合するように各国が調整 を 進めるべ きである とい う点では,IMFの 見解 とそれほど差はない。 第二の ものは,変 動為替相場制 とい う国際通貨 システムの不安定性への批判 2 0 ) である。 この見解では,プ ラザ合意後の為替 レー ト (特に円 ・ドル相場)の 急 激 な変動 によるアジア経済の動揺 に通貨 ・金融危機の源泉が求め られる。85年 以降の円高 に日本か らの生産拠点の移動 によって成長 して きたアジア経済が, 9 5 年か らの円安への転換 によって, 日本国内の生産拠点 との輸出市場 と投資 に おける競合関係か ら経済成長の鈍化 に見舞われた とい う考え方である。円 ・ド ル為替相場 と東 アジアの成長率 との間に相関関係があることが見出されている。 変動為替相場制下の急激 な為替変動が,対 ドル ・ペ ッグない し対 ドル価値安定 を重視 して きた東 アジア諸国の為替相場政策 を通 じて経済のか く乱要因 となっ 19)国 内金融制度が未整備のまま自由化が行われたことによって,短 期債務の急増 (大和 〔1999〕,大 塚 〔1998〕)や 過剰な資金流入 (吉富 〔1998〕夕伊藤 〔1997〕)が 生 じ,そ のこ とが危機発生の起源 となったとされる。 20)こ の見解についてはとりあえず,関 〔1999〕,近 藤 〔1998〕を参照。特に関 〔1999〕は, 円一 ドル相場 とアジアの成長の連関を重視 している。

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たのである。そこには日本 ・アジア ・アメリカの国際経済相互依存関係 とアジ ア諸国の対 ドル相場安定政策 との ミスマ ッチがある。つ ま り,東 アジア諸国は 日本 との間に競争関係や資本 ・中間財依存関係があるにもかかわらず,輸 出市 場 として依存す るアメ リカに対 してのみその為替相場の安定 をはかっていたこ とに問題があるとされる。換言すればアジア域内での依存関係の深化 にもかか わ らず,各 国通貨が ドル と結び付 けられ,大 きく変動する円 。ドル相場 に運動 して東 アジア諸国間の経済関係が動揺することに危機の源泉があると考 えられ るのである。その論理的展開の帰結 としてアジア通貨圏構想 につながる議論で ある。その意味で,現 在の国際通貨制度 における ドルの地位 を前提 とした金融 のグローバ リゼーシ ヨンのあ り方 に異議 を唱えようとするものだ ともいえる。 しか し,現 状では東 アジアはアメリカ市場 に依存 してお り,ア ブソーバー不在 の通貨圏は円高恐怖症のアジアヘの拡散につながるだけではないだろうか,ま た膨大な経常収支黒字をもつ日本の円に結びつけられることによる潜在的な為 替高騰圧力にアジア諸国は耐えられるのだろうか,さ らには,戦 後の日米関係 におけるようなアブソーバーとしての役割 と負担 (対アジア収支の調整手段 と しての為替調整をおこないにくくなる)こ とに日本は耐えられるのか,な どの 疑間がある。アジア通貨圏構想については,い ずれにせよ日本の対東アジア関 係の見直 しとその可能性についての評価なしには,現 行の国際通貨制度批判 と 2 1 ) しての有効性 を云々することは難 しい。 21)現 在進行す る ドルの支配 としての国際金融秩序 に代 わる選択肢 としてのアジア通貨圏 (円圏)を 追求 を主張す る根拠 としては,ア ジア的価値 を重視す る (市場制度いわゆるア メリカナイゼーシヨンの防波堤 としての役割の期待)こ とや,地 域経済統合によってグロー バ リゼーシ ヨンヘの調整能力の獲得 と他地域 に対する競争力強化 とい うことが考えられる。 しか しこれ らの議論 には,米 英の制度支配パ ワー (グローバル金融市場のパ ワー)へ の対 抗 とい う視点が強 く見 ることがで きる。つ ま り既存 の十分 に成功 して きたアジア型 システ ムを不安定化 し調整 コス トを強いるグローバル金融市場,と い う構図の描 き方があるよう な思 われる。 この ことは一面 において正鵠 をえている と考 えるが,そ の主張 においては, アジア型 システムの成功 とい う前提が,公 正や平等性 とい う観点か らのアジア各国の政治 経済構造へ の批判や 日本 とアジア間の国際関係 における階層性への批判 を後景 に退かせ て しまう。国際経済秩序 とい うネ ッ トワーク外部性 をともなう 「カッコ」つ きの公共財のス ンダー ドは,ど の秩序 ・制度が よ り開放 的であ り,多 くの経済主体 にとって参加 しやす いか とい う競争 によって定 まって くる,デ ・ファク ト・ス タンダー ドであるとい う面 を/

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第三の現行の秩序収敏方向への批判には,二 つの焦点がある。一つは,「市 場」 という制度の国際的の画一化 という方向への批判,あ るいはその方向への 進み方への批判である。先に見たように金融危機後のIMFの コンディショナリ テイは東アジア各国の国内金融制度の構造改革を要求 している。これは,国 内 金融制度がグローバ リゼーションに対応 しうるようなリスク管理システムや透 明性 を有 していなかったことが危機の原因となったという認識に基づ く。 しか し,こ の批判の論者によれば,こ こにはIMFに よる危機の原因のす りかえがあ 2 2 ) るとされる。そこでは,危 機は急速な資金の流れの変化によって各国の対外流 動性が喪失 して しまったことにあるのであって,国 内金融システムの構造問題 は主因ではないと考えられる。にもかかわらず構造問題 として,グ ローバリゼー ションに対応 した国内金融市場制度の改革が強力に要求され,そ のことが多大 な調整コス トの負担を強いてお り,国 内経済をオーバー ・キルしてしまってい ることが批判されるのである。 この見解の背景にはグローバ リゼーションとそれによるアメリカ的 「市場」 制度の世界標準化への批判がある。アジアにおける 「高負債/資 本比率経済」 として特徴付けられる金融システムは,そ れが高経済成長を支えてきたことか ら示 されるように,そ れ自体 として機能不全に陥ったものではなぼ告問題はそ れとグローバル化する金融市場の秩序の間に不整合性であったという点にある。 その意味で,ア ジア的金融システムとグローバル金融市場 とのゲームのルール の差が認識されずに金融自由化 (境界の開放)が 行われたことからくる危機 と いう側面をもつ。そうであれば,解 決の道としては,現 下進行 しているアジア が世界標準秩序への収敏が強いられるというものだけではなく,金 融を核に急 速に進むグローバ リゼーションのあ り方の見直 しや,ル ールの相互承認 ・相互 2 4 ) 理解 とい う道 も考慮 されなければならない。グローバ リゼーシ ョンが避け られ \もっている。そのような意味からは,ア ジア通貨圏構想は秩序をめ ぐる競争における日本 型 ・アジア型の強化 (アジアの囲い込み)の ための主張 とも見ることができる。 22)本 山 〔1998a〕,p。297. 23)ア ジア的システム自体のもつ合理性については本山 〔1998a〕。 24)原 〔1999〕,p141.

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ない もの と して も, 現 状 で はそれ は, 本 来非西欧的 なアジア社会 の基層 システ ム とアメ リカ的 「市場」 の接合 に必 要 な時 間的余裕 や, そ れ を受 け入 れ る側 の 2 5 ) 主体性が確保 されず に行 われている。異 なる秩序 ・制度の受容 にはより長い時 間,つ ま り受け手が主体的に世界標準化 している市場 システムの機能 を取捨選 択 し基層社会 に適応 した ものに変容 してい くプロセスが必要 になるとい うこと が,IMFの 構造改革要求 には理解 されてお らず,そ の ような構造改革は,経 済 2 6 ) の動態性 を生み出す もの とはならない。そのような議論展開か ら,グ ローバ リ ゼーシ ョンのあ り方の見直 し,調 整が必要であると主張 されるのである。 もう一つの現行の秩序収敏方向への批判の焦点は,資 本移動の自由化 を進め る とい う方向についてである。 この見解の背景 には,第 二次世界大戦前の自由 な資本移動 による国際経済秩序が世界恐慌 を防げなかった とい う歴史的経験の アナロジーがある。世界恐慌前 には,当 時の途上国である東欧やラテンアメリ カヘの金融は市場化 された ものであったことはよく知 られている。 しか しその システム下では農業恐慌や債務危機が発生 し,世 界的な有効需要の不足 を解決 で きなかった。現在のグローバ リゼーシ ヨンの もとで,国 際経済秩序は再び開 発資金の市場化 を促進 し,途 上国の経済開発 を市場のみにゆだねる方向に進ん でいる。 この ような現在のグローバ リゼーシ ヨンの方向は世界的な生産力の拡 大,特 に発展途上国での拡大つ ま り経済発展 を実現的で きうるものなのか,そ れを実現する需要 を形成 していけるものなのか とい う点への疑間が主張 されて いる。そ こでは,(自 由な国際金融)市 場 による資源配分が,そ れ らの問題 を 2 7 ) 解決す る能力 を有す るのか とい う点が問われているのである。 25)大 野 〔1999〕,p.363. 26)や や観点が異なるが,小 池 ・西島編 〔1997〕は,世 界銀行などによる市場指向開発政策 の方向性 を認めた上で,つ まり政府の役割 として市場の制度条件整備が重要であることを 認めた上で,急 激な転換の押 し付けは政治的に持続可能な転換の遂行過程を保障 しないと いう観点から,ラ テンアメリカにおけるその過程が検討 されている。 27)こ のような主張は原 〔1999〕,羽 鳥 〔1999〕,ス トレンジ 〔1999〕,ロ ドリック 〔1999〕 などによって行われている。歴史的な経験からの演繹 という点では説得的であるが,命 題 としては実証困難である。 しか しその意味では,市 場の資源配分機能の世界的な開放に よる経済効率の改善を主張するIMFな どの議論 も同様である。どちらがより受け入れられ るかは時代の経済状況によるのではないか。資本自由化をめぐる対立する見解について/

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V l . 開 発 戦 略 の 可 能性 第二次世界大戦後 において,多 くの発展途上諸国は,政 府が市場 とい う制度 の整備 ・維持の役割 を超 えて,特 定産業の育成 ・保護や金融 ・貿易への介入 に よって資源配分 にバ イアスをつけることを通 じて経済の発展 を促進するための 開発戦略 を採用 して きた。 しか し今 日,累 積債務危機 とアジア通貨 ・金融危機 とい う二つの危機 を経 て,後 者の機能は否定 され ようとしている。市場指向開 発政策 は,政 府 は市場の整備 ・維持 を担 うべ きであるとい う,あ る意味で先進 国に も途上国にも共通す る当然の政府の役割 を要請する ものである。 もちろん 途上 国ではその ような機能が不充分であったことは否定で きない し, したがっ てその整備が経済発展のために必要であることは確かである。 しか しそれは市 場 と政府の関係 において,先 進国 と途上国 との間に何 ら違いがあ りうることを 認めず,一 つの 「市場」制度 に収敏することを要求 している。その意味で開発 に特別 な政策の必要性 は求め られていない し,市 場指向 「開発戦略」 と呼ぶ こ とは適当ではない。 その ような否定への傾向にもかかわ らず,こ れまでの各国の経済発展の経験 は,開 発 とい うある種の構造変動 (低水準均衡 ・貧困の民の突破)を 実現 させ る起動力が生 じるには,政 府 による市場の資源配分機能の歪曲が意味 をもつこ とを示 している。完全競争市場 とは異 なって,規 模の経済や集積の利益,ま た 地理的距離のコス トが存在する現実の市場では,市 場 は歪みを矯正する方向の み ならず拡大する方向にも働 く。そのことが構造変動 を引 き起 こす力 となるの 2 8 ) である。そのような政策が機能するためには,政 策的自主権をもつ単位 として の国家が必要となる。それに要求されるのは,単 に,個 別歴史的前提を調整 し, \はフィッシャー他 〔1999〕を参照。 28)た だ, どのような歪みが適切であるかは自明ではない。その意味ではアジアの経験の一 般化は困難である。アジアの経験 自体が多様であるからである。また現在の韓国のケース は歪みの破綻 とも見たほうがよいかもしれない。歪みによる変動が結局破綻 したラテンア メリカの経験 もある。また歪みと結びついた政治構造が,そ の国のシステムが停滞に陥っ たときに,構 造改革にとって大きな障害となりうることはも明らかである (01son〔1982〕)。

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2 9 ) 世界的に一様 な市場制度の整備 をするためだけではない。 しか し,グ ローバ リゼーシ ヨンはそのような自主権 を否定する方向に作用 し てお り1特 に金融面 において急激 に世界的な市場のス タンダイゼーシ ヨン,世 界標準への収敏への圧力が強 まっている。個別各国の歴史的制度的前提 を最低 限の調整 をす るために必要な時間さえ与 えない方向に動いている。その ような 調整 な しには,ラ テ ンアメリカ諸国のコンディシ ョナ リテイによる構造調整実 施過程が示す ように,経 済は混乱 し政治 ・社会構造は不安定化するとい う経験 を経 ざるえない。 しか し,調 整 を強いる側のグローバルな金融市場 にとつてそ の ような不安定化 はどれほどの問題 となるのだろうか。混乱の中か らも利益獲 得機会 をつ くりだす グローバルな金融資本 に とって, 世 界的なシステム崩壊 は どこまで意識 されているのか。 もし途上国の混乱や不安定化が,現 状の ような 形でグローバ リゼーシ ヨンが進み形成 される世界経済 にとつて, そ のシステム の安走性 を確保する上で憂慮するに値 しない事象であるならば,開 発戦略 とい う概念 は消滅 していか ざるをえない。 Ⅶ。結論 にかえて 現状 では,途 上国の経済発展の 目標 となるのは先進国の経済 システム しかな い。環境問題 などの否定要因はあるがその消費生活の魅力は抗い ようのない力 をもつ。開発がその 目標への接近 と到達 を目指す ものである以上,そ の ような 経済 システムの中心か ら進 む国際経済秩序変革の波動 に応 じて,対 外 開放 と規 制緩和 を通 じて国内制度の国際的新秩序への収敏 を図つていかざるをえない。 その意味で途上国にとつてその経済のグローバ リゼーシ ヨンは不可避である。 けれ ども,市 場 と社会の調整の時間を与 えない とい う現状の進展の方向は,調 整期 (国によってその長 さはさまざまであろうが)における途上国経済の混乱 ・ 停滞 と政治的不安定化 をもた らさざるをえない。 しか も,困 難 な調整がその結 果 としての生活改善 を保証 しえない とい うことが世界の大多数の人々の上 に生 29)大野 〔1999〕は 「基層社会の連続性の保全」という″点を重視している (p.359)。 30)Mittleman〔1996〕p.7.

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じるようであれば,少 なくとも支配的経済システムとしての資本主義の正統性 がゆらぐことが懸念される。実際グローバリゼーションが進展 した80年代以降, 3 1 ) 世界経 済 において所得格差 は拡大 し,経 済力 とその利用 の意思決定 の中枢機能 3 2 )

が地理的に先進国へ集中しているといういう意味で階層性が強化されてきてい

る。 現状 では,グ ローバ リゼーシ ョンの披行的進展 によって,地 球的な貧富格差 拡大 による混乱か ら先進国は隔離 されているかに見 える。 しか し,他 の部面で の グローバ リゼーシ ョンも進 んでお り,そ の進展 を部分的に阻止することは困 難である。た とえば移民規制 などによって人の移動か ら先進国を隔離 しようと して も,よ りよい生活 を求める力 はそれを乗 り越 えるであろう。また,貧 困の 持続 ・拡大を放置すれば,民 主主義 ・核 ・環境 などの市場外の地球社会のイシュー とされていることと矛盾が生 じることは明かである。 グローバル化 した市場がその ような問題の解決 を果たせ ない とすれば,途 上 国が グローバ リゼーシ ョン ・プロセスの主体的管理 。選択 と資源配分の歪曲に よって経済の動態性 を創造する開発戦略 とそれを可能にするようなグローバル 金融市場 (資本移動の不安定化効果の管理,開 発資金のファイナンスの確保), 貿易 システム (先進国の保護主義)管 理の体制が必要 とされる。つ ま り現状の 国際経済 システムにおける秩序 ・制度収敏方向の修正が要請 されるのである。 3 1 ) U N C T A D に よれば, 世 界人口の うち富裕 な2 0 % の 所得が世界 の総所得 に しめる割合 は 大 き く増加 してい る。6 5 年には, そ れは世界G N P の 6 9 0 / 0 であ ったのが, 9 0 年 には8 3 0 / 0 に 達 した。 この変化 の多 くは先進国が新 自由主義へ と転換 して くる8 0 年代 に起 こっている。 所得分配の不平等 さをあ らわす ジエ係数 は, 6 6 年 の0 . 6 6 が, 8 0 年 には0 . 6 8 とわずかに悪化 した ものが, 9 0 年 は0 . 7 4 へと大 きく上昇 した。途上国間の格差 も拡大 し,60年 に最 も富裕 な途上国であつたヴェネズエ ラは一人当た り国民諸国6 3 3 8 ドル, 貧 しい レソ トは3 1 3 ドル で2 0 : 1 の 比率であったが, 9 0 年 には香港が1 4 8 4 9 ドル,チ ャ ドが399ドルで37:1に拡大 し てVヽる (UNCTAD〔 1997〕pp81-85)。 32)サ ッセ ン 〔1999〕pp.57-58.

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