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時代を映す仮名のかたち -『源氏物語』の古筆切の場合-(シンポジウム「源氏物語の古筆切」)

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Academic year: 2021

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しかし、今日のお話は一般的に古筆として考えられている近世前に書写された仮名書きのテキストということで考 えてみたいと思います。平安時代に作られた歌集や物語、例えば﹃古今和歌集﹂や﹁源氏物語﹂などは、それぞれの 時代に書写された古筆があります。そこで﹃源氏物語﹂の各時代の古筆を並べてみたのが、皆さんのお手元にある ﹁源氏物語の古筆切﹂コピー資料です。お断りしておきたいのは、現実には平安時代の一﹃源氏物語﹄の写本というも のは遣っておりません。ただ、﹁隆能源氏﹂といわれる﹁源氏物語絵巻﹂の訶耆は遣っていますので、これを平安の 書道の手本にはならないためです。 私が今日お話するのは、一源氏物語﹄の古筆切の害、そこに言かれている仮名の形に関する話です。古筆とは一般 的には近世前に耆写された、主に仮名書きのテキストです。ただ、書道や美術のほうで古筆というと、室町以降は含 めないのが普通です。これらの分野で対象とする古筆は、平安時代から鎌倉初期まで、ひいき目でも十四世紀初頭ま でです。何故かと言えば理由は簡単で、それ以降の古筆は美しくないとされ、美しくない古筆は美術の研究の対象や

時代を映す仮名のかたち

l﹁源氏物語﹄の古筆切の場合I

八一入宇 目ロ

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これが、さらに室町時代になると、重厚で立派な感じがしてきます。しかし、平安時代や鎌倉時代にあった楚々と した、つつましやかな美しさはなくなってしまいます。 各時代の仮名害について、ざっとした印象をお話しました。その印象はどこから生まれるのでしょう。言には色も 構図もありませんから、次のようなことが注目点になるかと思います。 一つは一字一宇の字形です。たとえば、整っているけれども堅苦しさのない形、整い方が活字のようで、明確で角 張った形、少し崩れた形、縦長な形、扁平な形、細身でスマートな形、豊満な形などです。 少しゆるんだという感じです、 これに比較すると、鎌倉時代の書は、整い方がかっちりとした印象です。活字に慣れている私たちからすれば、こ の整い方も心地よく、美しいと思われるかもしれません。しかし、書道や美術の世界ではこのきちんとした整い方は 美しいとは認めないようです。鎌倉時代の仮名というのは、整斉、謹直そして明確な印象です。これが南北朝時代の ものになると、その謹直な感じが少し崩れてきた印象があります。どうしようもなく崩れたわけではありませんが、 斗,|n ﹃源氏﹂の古筆として資料に入れました。 実際にご覧いただくと、初めて古筆を目にする方でも、平安時代の仮名、鎌倉時代の仮名、南北朝時代の仮名、室 町時代の仮名と、それぞれの仮名書きから受ける印象は、かなり違うと思われるでしょう︵図1︶。 平安時代の﹁隆能源氏﹂の訶耆は、たしかに大変に美しいものです。害の美しさはなかなか表現しにくいものです が、鎌倉時代のものと比較してみると、全体として書かれている様子が、ゆったりと優雅で、たおやかな感じです。 たおやかではありますけれど、だらしない感じはありません。優雅なのに整っているのが、平安時代の仮名の特徴で −40−

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『 源 氏 物 語 」 の 古 筆 切 の 場 合 一 時 代 を 映 す 仮 名 の か た

︺︽奄鍜晶稗 蕊吾晋鼬 嬢鞍 一驚 平安時代源氏物語絵巻﹁柏木二﹂詞書部分

各時代の源氏物語の古筆

鎌倉時代伝為家筆源氏物語﹁花宴﹂部分

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噂∼嘩厘淘鰯撫毎汎叫ぶ蹴孔蝉埒#鯵詞 ・蕊離啄蛾舜撫勧鳶列も溌鰄報私奪質

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室町時代伝公順筆源氏物語﹁行幸﹂部分 南北朝時代伝後光厳院筆源氏物語﹁賢木﹂部分 齊・︲︲︲︲︲ 箪謝蕊ぷ瀞溌溌護︽蕊

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(4)

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時代による変化︵字形、筆線︶

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鎌倉南北朝

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1

室町 図 2 連綿に流麗な連続感があるが、 行が右に傾く l文字が右へ右へ寄るため

連綿

平安

字形

柔らかな感じの整い方一謹直な感じの整い方 = −14諏劃巳 |字一宇が読みやすい、必ずし も繋がってないが、|行として 真っ直ぐに通った感じがある I各文字の中心が合ってる 1

5

鎌倉

い︶芦、111V︲v

、 図 3 −42−

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時 代 を 映 す 仮 名 の か たち − 『 源 氏 物 語 」 の 古 筆 切 の 場 合 一 の ﹁乃﹂という字を見ると、字形は鎌倉期には非常にスマートなのですが、南北朝時代には少し形が緩んできます。 さらに室町期になると、どかっと座ったような感じになります。﹁ひ﹂という字では、くるっと回す転折の部分が鎌 倉期には非常に鋭角なのに対し、南北朝期にはやや開くようになります。さらに室町期になると、すっかり巾広に開 いてしまうために、やはり座ったように見えます。﹁ぬ﹂という字では、鎌倉期は端正な形です。それが南北朝期に なると少し崩れた感じになって、室町期になるとさらに崩れた感じになります。また、﹁は﹂や﹁け﹂のような左右 の部分から成る仮名は、鎌倉期には左右の縦画が平行に縦長でスマートですが、それが南北朝期には、左右の縦画の 傾けて書く︶が多/ これが南北朝期、 時代が下るにつれ、 みました︵図2︶。 また、字を構成する筆線の様子というのも注目点です。線の太い、細い。書の本などにいう線の肥痩です。あるい は、起筆︵筆の入るところ︶や収筆︵出るところ︶の線質に鋭さが目立つというようなこともあります。 さらに、字と字のつながりである連綿の様子も大事な注目点です。連綿が伸びやかで流麗であるとか、停滞してい るとか、連綿が流麗なあまり一字一宇が読み取りにくいとか、連綿はあるが、一字一宇が川碓な形で読みとりやすい といったことです。以上のようなことに注意して、改めて﹃源氏物語﹄の古筆を見てみましょう。 字形を平安時代と鎌倉時代とで比べてみます︵図3右︶。例えば、﹁あやし﹂﹁あはれ﹂の言かれ方を比較すると、 平安時代は柔らかい感じの整い方で、鎌倉時代は禰字のように、謹直な感じの整い方です。 筆線はどうかというと、図lの平安と鎌倉の例を比べると、どちらも細いのですが、鎌倉時代の方が、側筆︵筆を 傾けて書く︶が多くなるために、太い線が所々に目立つようになります.平安時代の方が、均一に細い感じです。 これが南北朝期、室町期になると、まず字形はしだいに緩んで、でっぷりした感じになります。筆線については、 時代が下るにつれ、墨が黒々として太くなる傾向があります。同じ字を鎌倉期、南北朝、室町期で拡大して比較して

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作る形が横に膨らみ、室術 た座ったように見えます。 筆線も時代を下るにつれて、しだいに黒々と太くなっていきます。 連綿についても違いを見るために、﹁たまへど﹂﹁なれども﹂という文字列を平安期と鎌倉期で比べてみました︵図 3左︶。平安期の連綿は流麗で連続感があります。ただ、行が、何となく右に傾いていくように見えます。これは直 線的な連綿をするために、下の文字を右にずらして連綿してゆくためです。そのために、行の末尾が右にずれるので す。鎌倉期ではどうかというと、一行の中の各文字の中心が合っていて、一行の中心はずれることなく垂直に通って います。文字と文字とが連綿線で繋がっていなかったり、前の文字の右下から次の文字の左上にかけて斜めの連綿線 で繋がっていたりしますが、直線的な連綿のために、下の字を右にずらし、そのために行が右にずれてゆくことはあ りません。鎌倉の仮名の﹁きちんとした﹂印象は、この一行の中心線が垂直に通っていることに負う所が大きいと思 こうして見てみると、字形や線については、鎌倉期まではスマートさや細さは保たれていて、南北朝期くらいを境 に、字形はどかっと座ったような形に、線は黒々と太くなっていく傾向があります。ただ、連綿については、平安と 鎌倉の間で変化して、鎌倉期以降は一行の中心を垂直に通す耆写が意識されています。 書道や美術の世界で、平安期の古筆だけが評価されるのは、直線的で美しい連綿を評価するためで、ひいき目に見 を失っていきます。 下るにつれ、字間や行川を詰めた書写が行われるようになり、それにつれて、連綿はますます、伸びやかな美しさが下るにつれ、字、 鎌倉期以降の南北朝期、室町期も行が右にずれてゆくことはなく、一行の中心は垂直に通っています。また、時代 われます。 りません。 室町期になると、左右の部分が末広がりに下に広がるので、重心が下の方になって、これもま −44−

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時 代 を 映 す 仮 名 の か た ち 『 源 氏 物 語 」 の 古 筆 切 の 場 合 一 ﹃源氏物語﹂の各時代の古筆切の印象の違いは、和歌が書写された歌切でも同様です。平安期に書写されたものは、 連綿が伸びやかで直線的で、行は右にずれていきますが、鎌倉期になるときちんと、行の中心が垂直に通るようにな り、活字のような明確さがあります。さらに南北朝期になると、整った字形が少しゆるんできて、室町期になるにつ れ、文字はでっぷりとした形に、線は太くなっていきます。歌切のほうがさらにその傾向が強いといえます。 さて、では物語や歌集の古筆切の仮名の言風の印象の違いは、どんなところから生まれてきたのでしょうか。私は このような違いの背景には、各時代によって、和歌が主に詠まれる場が異なり、その場の違いによって和歌を記す仮 名の形が異なり、これが古筆のようなテキストの書写にも反映されたのではないかと考えています。 平安時代にはプライベートな場で、和歌が盛んに贈答されました。私的な場で詠まれたそれらは残っていません が、ある程度、その雰囲気を伝えてくれるのが仮名消息です。平安時代の消息を見ると、直線的で息の長い連綿が見 られ、その直線的な連綿のために、行は右へ右へと流れていきます。平安時代にプライベートで贈答された和歌もこ また、室町時代には、公宴歌会や公宴続歌のような儀礼的な場、歌会で和歌が詠まれることが主になります。この ような場でしたためられた和歌懐紙や短冊の仮名言は、睾色も黒々と立派で武張った印象があります。 っていキエ9。 のようであったと思われます。 られ、その直線的な連綿のた盛 しよ︾っ。 て十四世紀までを古筆と認めるのは、この時期までは、何とか字形と筆線にスマートさと細さが保たれているためで 一方、鎌倉時代には和歌が公的な場や文学的な場で詠まれることがメインになります。そのような場で詠まれ、吾 かれる和歌懐紙や定数歌の文字は、場にふさわしく明確できちんと整い、行が右に寄ることなく、中心線が垂直に通

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歌集や物語などの写本 平安 室 町 鎌 倉

優 雅 場 [MHⅡ]明確蕊目の 主月 日

蕊職;八

重厚

N

︾坪倉 儀 礼 的 な 場 プライベートな場 それに即した仮名 和歌がメインに詠まれる場と § 公宴歌会の懐紙や短冊等 典礼にふさわしい重厚、立 派 な 形 歌会の折の和歌懐紙、定 数 歌 等 緊張を伴う場で、表現内容 を 明 確 に 伝 え る 意 志 的 で 厳 格 な 形 図 4 男 女 間 や 親 密 な 人 同 士 の 贈 答 等 個人の心情を伝える情趣 あふれる優雅な形 いま挙げたのは、各時代に、和歌がメインに詠 まれた場と、それを記した文字である仮名の様子 です。それらは各時代の自詠の和歌とそれを記し た自筆の仮名の様子なのですが、この各時代にメ インであった自詠自筆の仮名のかたちと、それぞ れの時代の古筆、つまりおそらくは能書家がテキ ストを書写した仮名のかたちとは響き合っている のではないでしょうか。すなわち、平安時代は、王 にプライベートな場で、男女間や親密な人同士で 贈答されるものとして和歌が詠まれ、そのような 個人の心情を表現するために、息の長い連綿や睾 色の濃淡、細く消え入りそうな線質など、たおや かで、情緒あふれる耆式の仮名が書かれたと考え られますが、平安期の古筆が、歌集や物語のテキ ストであるにも拘わらず、長い連綿や、呈色の濃 淡など、優雅さやたおやかさを重視した書写は、 これらを反映していると思われます。 鎌倉時代になって、和歌が公的な場や文学的な −46−

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時代を映す仮名のかた』 「 源 氏 物 語 」 の 古 筆 切 の 場 合 一 場で詠まれることがメインになると、これを記す仮名の形は、緊張を伴う場で、表現内容を明確に伝える、意思的で 厳格なものになるでしょう。和歌懐紙や定数歌に、美しい連綿のために行が右に寄っていくことや、睾色の濃淡、消 え入りそうに細い線は必要のないことです。そのような緊張した場でのきちんとした害き方が、鎌倉期の明確で整っ た写本の仮名にも影響していると思われます。 室町時代には公宴歌会で懐紙や短冊が書かれるようになり、その文字は典礼にふさわしい、重厚で立派な仮名が求 められたのでしょう。また、懐紙の端作りにも、題にも、和歌本文にも漢字を多用するようになりますが、このこと が、仮名のかたちに与えた影響もあったと思われます。室町時代の写本の、重心が下にある、どっかりと座ったよう なかたちの仮名は、懐紙や短冊に記される仮名のかたちと響き合っているのではないでしょうか。 なぜ、このようなことを考えたかと言いますと、かたちという面からいえば、平安時代の古筆が美しく、評価に値 するのは確かなことでしょう。そう言ってしまうのは簡単ですが、では、その後の時代の古筆は全く美しくないのだ ろうか。とすれば、そのようなかたちになったのは何故だろう。文化として仮名のかたちを考えた場合、時代によっ てそれが変化をするのは、それを生み出した何かがあると考えたほうが面白いのではないかと思ったからです。私は 各時代の古筆のかたちを、このようにとらえているのですが、それを﹁源氏物語﹂の古筆を例に、お話してみまし 岸﹂○

参照

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