奈良教育大学学術リポジトリNEAR
へき地の英語教育
著者 佐藤 秀志
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 7
ページ 185‑189
発行年 1971‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/6240
へき地の英語教育
佐 藤 秀 志 (英語教室)
は じ め に
この10年町日本の英語教育の現場に拾いて常に強調されてきたのは,「英語の連用能力を仲は すには,どうしたらよいか」ということであった。一般に考えられている役に立つ英語の内容は,話 すとと,書くことに歩けるCo皿皿unicationとしての英語である。ところが実態はどうか。在る ほど中学入門期に拾いては,オーラルーワークに相当の時間が費されるが,1年も2学期をすぎる頃に は,読んで訳して進んで行く,言わば戦前の授業と変らぬ授業が慢性的に展開される。このよう庄方 法で教師を満足させる理論的根拠は次のような議論である。
「日本に拾いては話すことができるより,読むことができるほうがはるかに実際的である。したが って日本の英語教育の最終目標は読むことである。口頭訓線の重要性は認めるが,いつまでもこれに 拘泥していては,英語の実力はつかない。文字を媒介とし在いことばの力は永続性が住い。深い思索 は読書による。口頭訓練をいつまでも続けているわけにはいかない」と。
いったいことぱを習い斜まえたということはどういうことを意味するのか。それは聞き,話し,読 み,書くことが一応できることである。だいたい中学・高校で読むことに特にすぐれた生徒とか,話 す〜=とが抜群を人間などを作ることを目標とすることがまちがいである。4技能に拾いて普通の力を つけてやれぱ,目標は十分に達せられたとしなければならない。普通の力をオ}ルラウント.につける
だけでもたいへんな努力が必要である。
これだけ英語の「運用能力」を伸ばす要求が強いのは今までの英語教育が,あまりにも,読解と 文法に偏していたからである。都会の教師も,へき地の教師も,学生時代にオーラルで鍛えられた経 験は少ない。聞き話す訓練を学生時代に受けなかった教師が,教壇に立って,オーラルワークをやろ うとしても無理である。日本の英語教育の最大の問題は,教員養成制度の改革に帰着するといえよう。
へき地の英語教育に筆者が関心を持ち始めたのは昨年,本学に赴任してからである。「へき地の英 語教育」という時,ヨーロッパの諸国と異なり,外国蕗に接する機会も少なく,外国爵を掌ぷ必要が ほとんど感じられないという点から考えれば日本全体がへき地注のである。事栗英米では,われ
われが住む地域を Far晩8tと称している。夏期休暇を利用して,奈良県吉野郡天川村立天川中 学校を訪ね,また昭和45年10月23日に行われた同校に拾ける研究発表会伐部省・奈良県教委 天川村教委主催)に出席して先ず感じたのは,英語教育にはへき地教育といった特別の方法はない,
ということである。授業形態が複式学級である場合には,特別の工夫が必要であるが,天川中学校の 場合は,単式自然学級であり,生徒数が男女あわせて26名という,理想的庄人数である点では,東 京や大阪周辺の過大学級よりもむしろ恵まれている印象を受けたのである。
都会地の学級と比較して,へき地の英語教育の困難さは,授業方法よりもむしろ①適格な教員の確 一185口
保 ②英語授業への興味づけ ③貧困庄とによる家庭学習の困難さにしぼられよう。そのどれをとっ て見ても,悩みは都会・へき地の別なく全国公立学校共通の問題であるが,困難さの程度祈へき 地の場合とくにきびしいのである。
以下は,前述の研究発表会で発表された天川中学校教論大野充雄氏の研究授業と,研究資料,拾よ び昭和45年11月6日・7日に行なわれた第14回奈良県へき地教育研究振興大会の資料から得られ た中間研究報告である。本稿を草するに当り,奈良県教委指導主事灰藤忠雄氏に資料入手について御 助力を得たことに対し感謝申上げたい。
I 過疎地の教育問題と天川中学の地域・学習・現境
べさ地の教育問題は文教政策の貧困に由来するものである。へき地の英語教育が,もし都会地のそ れと比べて振わ長いとすれば,行政上の欠陥が根本問題として指摘されよう。授業技術の改善策を論 じても,そればどうにも在らない次元の問題である。東京大学の清水義弘教授は「へき地教育振興法」
がもはや実効性を失ったことを次のように論じているが,国の文教政策が改善され注い限り,へき地 の校長教員,そして生徒は,都会地てば想像もできない教育条件のハンディキャップを負い続ける
ことになるのである。
「… へき地学校ばl O年間に大きく変った。かってのへき地の学校は過疎地の学校になってい る。児童生徒数は急激に減少し,来年度は1人の就学者もい在いという分校もある。小規模学級はま ず童す零細化レ教育条件はいよいよ悪化し,平坦地や都市の学校との差は開くばかりである。そ1=
で問われるのが国の政策であるが,文教政策に関する限り,それは町村合併・電源開発・観光開発・
地域開発注とに拾んぶしてきたといってよい。昭和29年に公布された「へき地教育振興法」ぱ当時 としては画期的であっ走が,今日てば産業構造の急激な変化によって,実効性を失っている。また 1=の法律がへき地教育の振興を市町村の全責任とする考え方をとっているのは問題であろう。もとも とへき地学校をかかえた市町村の財政力は弱い。そして弱いからこそ,へき地学校をかかえているの である。このことが無視されている。県にしても財政力の弱い後進県てば,べさ地の解消は剖頁つか ない。となると,この悪循環を断ち切れるのは国をおいてほかにはないのである。」 (朝日新聞 昭和45年10月12日)
次に天川中学の地域環境を見よう。奈良県吉野郡天ハ肘は,女人禁制で知られる大峰山に源を発す る天ノ川に沿った人口4,O O O人ほどの山村である。小学校5夜 中学校3校がある。洞川・川合を中 心として東部地方は夏の観光で賑わうが,西部地区は.年々離村者がふ毛戸数・人r]が減少しつつ
ある。しかし研究発表会での地域住民の協力ぶりを目撃した筆者は,1=の山村の人たちが,人情に厚 く,教育についての関心が非常に高いことを感じたのである。
昭和45年度天川中学校要覧によれば,同校の教員は,校長を含めて14名(教員の年令和成は.
20才代と40才代が多く,30才代が少ないのは,他のへき地と同じ傾向である。3年勤務した後は,
どうしても山を下りたいと語る先生の表情には.複雑な気持がうかがわれた。)
生徒数は,男女計205名。学年別は次の通りである。この生徒数も毎年減少の傾向があるとのこと である。
1年 2年 3年 計
男 34 37 36
107
女
22
38 38 98計 56 75 74 205
全国的に見て,わが国の中学・高校生の英語掌習の直接の動機は上級学校受験が圧倒的である。し たがって高校進学率の高い中学てば教師の熱意と相重って,生徒の英語学習への参加意欲が旺んに なるのは当然であろう。昭和45年11月発表された文部省教育白書によれば,中学率業生の高校進学 率は全国平均82%である。天川中学校の場合はどうであろうか。次の表は.昭和35年度から44年 度までの進路状況を示しているが,へき地としては進学率は高い方ではないかと感じられるが,47%
の就職希望者をかかえる英語教師は,授業への特別在配慮が必要となる。研究主題も「教育機器の利 用により自主的な学習態度を育てるにぱどのようにすれぱよいか」であった。
35年 36 37 38 39 40 4I 42 43 44 進 学 31% 15% 24% 40% 51% 52% 54% 39% 47% 53%
就 職 64% 75% 66% 52% 45% 44% 43% 60% 50% 46%
家 事 5% 1O% 1O% 8% 4% 4% 3% 1% 3% 1%
最近は能力差に応じた教育ということが叫ばれ,一部には数学凌とと並行して,能力別学級編成も 試みられているが,これには生徒の心理に及ぼす悪影響や,ホームルーム経営上の困難もあって,賛 否両論がある。天川中学や室生中学では自然学級の中で.進んだ生徒が,遅れた生徒を助け,互いに 協力し合う指導がなされている。学校は社会へ出る定めの準備機関であり.その意味で,学校は社会 の縮図であることを考えれば,義務教育に於て,能力別編成をすることは,有害の面の方が多いであ
ろう。
刃神学や室生中学に共通する教師の態度は授業そのものへの興味をいかにして持続させるかとい うことである。I qが80以下の生徒が10%を占める公立学校てば英語を選択する資格の凌い生 徒も,むりゃりに英語を学習させられている現状である。このよう広状況では.教師が可能浸限りの 視聴覚教具を駆使して,教材の具体化に配慮する〜二とが必要である。中学では教師は道化の心を持つ
ことも大切である。ThθtθaChθr mu日t be目Omθthing O f a 8how皿an.といわれ る所以である。このようにして先生が授業に興味を持たぜることに成功すれば,英語学習そのものの 動機づけも容易になるであろう。
大野氏調査の学習興味調査によれば劣った生徒が英語が嫌いになるのは,主として読んだり,書 いたりすることができなくなるからである。とすれば,中学初期ではできるだけオーラルワークに時 間をかけて,話す内容と読みの内容を一致させて券く指導が望まれるのである一教育機器といっても.
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VTRや◎肥を使えるほどの財政力も広い学校てばテープレコーダ㌧1台をいかに有効に使用す るかを考えた方が賢明である。とくに大野氏は,出張などの際授業が欠け広いように,前もって1 時間分の授業過程を全部録音して,当番の生徒に託して,生徒だけの学習ができるように指導してい ることに深い感銘を受けた。手持ちの教育機器を生徒自らが使い,教師のやり方を重ね凌がら,自分 たちでも学習活動がやっていけるよう訓練している先生の努力には脱帽の他をい。これ〜=そ自主的学 習態度を育てる教育の実践例である。
天川中学校の研究授業は,前述の通り,授業形態そのものは,都市の中学校と一見何ら変らない 授業である。しかし授業過程の1こま1こまに,生徒1人1人への思いやりが感じられ,山村の中学 校の26人の生徒を相手の英語授業を始めて参観できた筆者は,改めて,全人教育の}環としての英 語教育一これはへき地の学校と,都市の学校を間わ往い一一・の意義を考えた次第である。
lI 研究授業について
研究授業は エknOw him (hor thθ皿).など人称代名詞の目的格の用法に慣れさせるのが イタ イタ イタ
そのねらいであった。
教材: Nθw Pr土noθRθade 1 Lθ8目。n12 DO YOU KNOW肌M?
Do you know Dr.Mi■■er?
Yeら工d−O.工knOWhi工1ユ.
]⊃C y−Ou knOW Mr8.Mi■ユθr ? YG斗工d−O.工knOw hθr.
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]⊃o The Mi■ユθr日 haVθ anア d−Og日 ? YθS, Thθy aO.TheアhaVθtwO aCg日.
Do アOu ユikθ thθir d−og目 ? Yθ目, I dO、エ ユikθ thθ皿.
授業の展開:
ll〕テキストに入る前に,大野氏が作成し,テープ録音した24コの帥θ日ti汕P1ttθm8を 用いてのqu e日t i on−An8wθr8を行う。リーダーに即したPa ttθrnであるから,毎時の始 めにこのようなドリルを行なうことは記憶の定着の上からも望ましいことであろう。しかし,慾を 一書.えば,Quθs ti onを生徒にもさせたい。またせっかくテープに録音するのであれば,nati7θ 8p舳kθrに録音させた方がずっと効果的である。1=のような方面で,県教育セニ/ターの施設の 利用を現場教師はもっと考えるべきではなかろうか。また県に1人ぐらい専任のnativθ 臼peak・・を傭い,学校を巡回指導させるような制度ができることを切望する。
ω復 習
壁絵を見て,エknow RO y(Pθar1)・など次々と口頭練習。Pθar■をba:]〕のように 発音する生徒もがな妙いたが,思ったよりよく言える。
(3〕エknow RoyのRoア を代名詞にかえて言うドリル.hi里hθ、thθ皿 の説明・理解 つぎに人称代蕊用いて各自間答。
(4〕新出単語と基本文型 ヵ一ト.に単語と文型を脅さ入れる。教師は机問巡視して点検する。ヵ 一ト.作りは家庭の作業にまかされることが普通であろうが,1年の段階では,大野氏のように教室 で指導することも必要になろう。ただし作業になれれば.をるぺく早めに,カート 作りは宿題と したい。そのぷんをオーラルワークにまわせるように。
(引 読 み
DOア◎u kn.ow him?の強勢をhi掘にお伽て読む生徒がいた成都会の中学校でも同じ ことが言える。一般に,新出重要項目を強調ナるあまり,教師の方で.音声までストレスを拾く傾 向があるのは注意すぺきことであろう。機能語は原則として強勢がないことを,テープ漬どによっ てくりかえし理解させたいものである。
(6)本文の内容理解
いわゆる英文和訳でなしに,先生が日本文を言って,生徒には英語で言わせる。非常によく答え られ,へき地の生徒のイメージは完全にこわれてしまった。
(7〕 セタ{/ヨンEXθrCi目θ
口で言ったあとノートに書く。机間を巡視して,理解不十分な生徒に個別指導をする。
(8)復習課題
1.本文を5回以上読んでくる。
2 単語カート.で新出単語を覚える。
3.テキストの文をノートに書いてく私
4技能にバラニ/スのとれたよい授業であった。英語簾いをI人でも少在く,皆が参加する授業を心 がける大野氏の誠意がにじみ出る授業であった。しかしへき地の中学の生徒が,皆このような教師の 指導を受けていると考えたら大まちがいである。英語以外に他教科を担任させられることは,普通の 状態である。奈良県ではこのほか同和教育の問題が切実と聞く。英語教育以前の問題が英語教師を日 夜悩ませるのである。若い教師も.中年の教師も,安んじて山村の子弟の教育に専心できるような施 策を政府に要望すること切なるものがある。
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