時代に要請される東アジア公共空間 : 人々の「アジ ア共同体」総括セッション報告
著者 吉原 功
雑誌名 PRIME = プライム
号 24
ページ 65‑71
発行年 2006‑10
URL http://hdl.handle.net/10723/632
1990年代以降、 「グローバリゼーション」 が喧 伝され急速に世界に拡大した。 ヒト、 モノ、 ジョ ウホウが国境を越えて自由に行き来し、 世界は平 準化され人々は共により幸福になれるというイメー ジをふり撒きながら進行したこのプロセスは、 実 際には世界的に格差を拡げ、 環境破壊をすすめ、
あらゆるものを商品 (売り物) とすることによっ て人間の尊厳まで喪失させる状況を世界各地に生 んできた。 9.11 「同時多発テロ」 事件とそれにつ づくさまざまな非平和的な事態は、 こうした世界 を象徴する典型的な事象である。
一方で、 こうした方向に抗し、 人々が共生し連 帯する世界を作ろうという運動も各地で生まれ活 発な活動が展開されている。 このような世界のな かで東アジアはどのような状況にあるのだろうか、
アジアに暮らす人々が共に連帯し平和に生きるこ とは可能なのだろうか。 可能性を切り開くには何 が必要なのだろうか。 とりわけ市民社会には何が 求められ何が可能なのだろうか。 克服すべき課題 は何なのだろうか。 2005年度のPRIME国際シン ポジウムは、 このような問いをもって開催された。
シンポジウムは次のように進められた。 (詳細 121頁参照)
基調報告 「東アジアの平和と公共空間―市民社 会の持つ可能性」
セッション1 (現状分析1 中国・韓国から見 た東アジア認識―市民社会の実 践を手がかりに)
セッション2 (現状分析2 先行事例から学ぶ 東アジア認識)
セッション3 (総括セッション 東アジア共同 体構築の課題)
基調報告からセッション2までの報告はすべて 本特集に納められており、 本稿はセッション3 (総括セッション) の報告である。 総括セッショ ンの諸報告と討論は当然ながらそれまでのセッショ ンを受けて行われているので、 必要に応じてそれ らにも触れることになる。 全体の議論は多岐にわ たっており触れられない論点もあることをはじめ にお断りしておきたい。
1. 公共空間とはなに?
「国家の中に政治社会、 営利社会、 市民社会が あり公共空間はこれら三つのエイジェンシーから なるスフェアである。」 西川潤さんは基調報告で 公共空間をこのように定義し、 「政治社会」 や
「営利社会」 が 「市民社会」 をコントロールしう るし、 逆に 「市民社会」 がボトムアップして 「公 共空間」 の公共性を高める可能性があることを確
認する。 J・ハーバーマスをもとにしたこの議論
を、 セッション3では寺田俊郎所員が次のように 追加説明した。
「国家」 (政治社会) と 「市場」 (経済=営利社 会) はシステムと化しその固有の論理 (前者は権 力、 後者は貨幣) に従って機能するので 「そこに 生きている人々」 の感覚、 欲求、 倫理観を反映し
時代に要請される東アジア公共空間
人々の 「アジア共同体」 総括セッション報告
吉 原 功
(国際平和研究所所員)
にくくなる。 それに対し 「市民社会」 はコミュニ ケーションを通じて機能する 「生活世界」 であり、
人々が相互に自分の意見を伝え合うことによって 成り立つ。 この市民社会が自立性・独立性を保ち つつ、 しかも国家や市場に影響を与え続けること が 「公共空間」 の 「公共性」 を高めるためには必 要である。
コミュニケーションに関しては、 日中韓共同の 歴史教材編纂事業についての齋藤報告 (セッショ ン1) でも 「対話の質」 という形でその重要性が 強調されていた。 対話で重要なのは相手を説得す ることではなくむしろ自己点検であることを齋藤 一晴さんは力説したが、 それに近い形で寺田所員 も 「対話の倫理」 の重要性を指摘する。 それは
「相互に対等な人と認め、 尊重しあい、 暴力・権 力ではなく、 ただ理性や根拠の力によってのみ問 題解決を目指し」 「自分とは違う仕方で世界を見 ている人がいること、 自分もそうした一人である ことを認めること」 などを内容とする。 この 「対 話の倫理」 を失えば 「市民社会」 もシステムに転 落してしまうのである。 寺田所員によればこの倫 理は普遍的=ユニバーサルであり、 具体的な問題 をめぐる現実のコミュニケーションがこの倫理の もとに展開されてはじめて意味をもつ。 普遍的な
「対話の倫理」 をもって特定の地域の問題に取り 組む人が 「世界市民」 (cosmopolite) であり、 そ の 「世界市民」 の横断的・重層的ネットワークが
「世界市民社会」 と定義される。 シンポジウムの メインテーマである人々のアジア共同体 (公共空 間、 公共圏) は、 この 「世界市民社会」 の一部と して構想・提起された。
無論、 このような定義にそってシンポジウム全 体の議論が展開されたわけではない。 西川さんも 指摘するように、 「市民社会」 はブルジョワ社会 を意味することもあり、 アルマンド・マーレイさ んからはフィリピン社会における 「営利社会」 と
「市民社会」 の密接な関係が報告され、 ベネズエ
ラの特権的 「市民社会」 にたいするチャベス政権 の断罪が紹介された。
しかし 「市民社会」 「公共空間」 「コミュニケー ション=対話」 の関係についてはおおよその合意 が成立していたといっていいであろう。 なお、
「共同体」 概念についてはさまざまな定義があり、
今回のシンポジウムでも多義的に使用されたが、
多くは 「公共空間」 と近似的な含意をもって言及 されたといっていいだろう。
2. 時代が要請するアジアの公共空間―人々の
「アジア共同体」
フランスを拠点にジャーナリスト・市民運動家 として活躍しているコリン・コバヤシさんは現代 世界が遭遇している大問題として、 民主主義への 再問、 新自由主義経済による産業のあり方、 地球 規模の気象変動・環境問題の3点を挙げた。 はじ めの2点については、 ベルナール・モレルさんが セッション2で、 ヨーロッパ市民の対応を報告し ている。 EU憲法条約はフランスとオランダでは 国民投票にかけられたが、 結果はノンであった。
なぜか。 それは平和構築という当初の目的から逸 脱し、 「ヨーロッパを新自由主義的な市場にしよ うとしている」 からに他ならないとモレルさんの 説明は明快だった。 市民のノンは統合やグローバ リゼーションに向けられたものではなく、 その非 民主性、 非連帯性に対してであって、 間接民主制 と参加型民主制についての検討も進んでいるとい う。 市民社会の成熟度をとてもよく示している報 告であった。
さて、 アジアではどうであろうか。
寺西俊一さんがセッション1で提起した 「環境 こそアジア共同体の基本的基盤」 というテーゼは 参加者全員の共有する認識となっていたといって いいであろう。 人間に限らずすべての生命体にとっ て生存の基本条件である地球環境は、 近代的生産 様式によって悪化の道をたどってきたが、 グロー
時代に要請される東アジア公共空間
バリゼーションによってまさにグローバルに悪化 した。 寺西報告では 「世界環境問題のキーエリア」
となってしまったアジアの状況が紹介され、 「東 アジアコモンズ」 として捉える必要性が示された (本特集寺西論文参照)。 中国が世界の工場と化し つある現状 (涌井報告) を考えても緊急の解決課 題である。 それに取り組めるのは誰か。 「市民社 会」 であることはいうまでもない。 「営利社会」
と 「政治社会」 は悪化の張本人であるからである。
環境問題に関する 「アジアの共同体」、 「人々の 公共空間」 の萌芽として、 寺西さんは自身が中心 的役割を担うアジア太平洋NGO環境会議を挙げ た。 この会議を通じて専門家中心のネットワーク が形成されつつあるという。
環境問題を含みつつ、 かなり総合的に 「時代の 要請」 を挙げたのがピースボートの櫛渕万里さん であった。 セッション1につづいて総括セッショ ンでも報告された氏は、 「東アジア共同体」 は時 代の要求であり、 市民社会の要求であること、 そ の担い手はそこに生き暮す人々であることを強調 した。 要求とは 「100年の分断からの脱却」 であ る。 東アジアは、 日本による侵略・植民地化によ る分断 (加害者と被害者)、 冷戦時代の分断 (西 側、 東側)、 グローバリゼーション時代の分断 (勝ち組、 負け組み、 格差社会) が混在している 状態であり、 この3つの分断をどのように脱却し 新しい平和なアジアをつくっていくかが課題とし て提起されたのである。
この課題への 「市民社会」 側からの接近として 櫛渕さんは、 GPPAC (Global Partnership for the Prevention of Armed Conflict, 武力紛争予防のた めのグローバル・パートナーシップ) をあげる。
アナン国連事務総長が2001年、 紛争処理ではなく 予防のためのプラン作りを、 と市民社会に呼びか けてできたNGOのネットワークで、 世界を15地 域に分け、 地域ごとの紛争の火種の洗い出し作業 をし、 解決方法を議論し、 行動提言を行っている。
東北アジア地域では日本、 韓国、 中国、 台湾、 香 港、 モンゴル、 極東ロシアのNGOが参加 (日本 からはピースボート) し、 2005年7月までに 「東 北アジア地域提言書」 (東京アジェンダ150項目) をまとめた。 同年9月には15地域からの提言書を もとにまとめられた 「世界提言書」 が国連に提出 された。
東京アジェンダの150項目は 「平和共存」 「平和 的関与」 「平和文化」 「平和のための経済」 という 四本の柱で構成されているが、 櫛渕さんがそこか ら抽出したポイントは次の2点であった。
1) 市民社会は、 国家への提言や、 すでに起こっ てしまった事件や事故の事後処理という形で 機能する場合もあるが、 紛争予防の活動 (移 民、 難民、 歴史の清算、 環境問題など) も日 常的にすることができる。
2) 日本の平和憲法を東北アジア構築の土台に という合意ができたこと。 東北アジア地域の プロセスのなかで憲法9条が東北アジアの平 和と安定のメカニズムとして機能してきたの だというリアリティ。
ポイント1はセッション1のコメント発言で JVCの熊岡路矢さんがその重要性を指摘した点 である。
ポイント2は、 日本国憲法第9条が東北アジア コモンズとして機能しうることを示したものとい える。 櫛渕さんはさらに次の可能性を提示する。
すなわち憲法9条があるために日本政府はさまざ まな言い訳 (専守防衛、 他国の軍事脅威とならな い、 武器輸出の禁止、 集団的自衛権禁止、 海外で の武力行使を行わない等々) をせざるをえず、 実 際に武力行使の歯止めになってきた。 これを東北 アジア共通のものとする。 そうすれば現に軍隊を 持っている国々でも 「9条」 をもてることになり、
紛争の予防に役立ち、 平和の構築へ前進できると いう構想である。
日本国憲法9条の有効性については 「世界提言
書」 にも言及されている。 GPPACは安全保障問 題での東北アジア地域初の市民ネットワークであ り、 人々の公共空間づくりに大きく貢献している ことが確認された。
3. 韓国からの視線 日本の課題
韓国と日本の市民運動、 農民運動、 労働運動の 連携のために活動しているイ・ヨンチェさんによ れば、 韓国の当面の課題は南北の統一であり、 東 北アジア共同体を展望するにしても 「南北」 中心 と考えているという。 「東北アジア共同体」 とい う形では、 日韓の市民のネットワークを形成する のは現在困難であり、 まず相互の違いを認識すべ きとの状況判断を示した。
韓国では文化、 食料、 軍事の主権を主張して FTA反対の運動がさまざまに展開されていて、
映画俳優たちも文化の分野で連帯しているという。
ハリウッド資本の侵入を拒否すべくスクリーン クォーター制を守る運動を展開しているのである。
ところがスクリーンクォーター制のない日本は意 外と多様性があってハリウッドの占有率は低くア フリカなどの映画まで見ることができる。 この例 に示されるように両国には文化、 制度の違いがあっ て、 労働法や農民のあり方も違う。 「共同体」 と いう普遍的価値を形成すると同時に各論の認識 ギャップを縮小していくべきだという。
イ・ヨンチェさんが、 日韓の市民社会の違いに ついて浮き上がらせたのが香港WTO閣僚会議 (05年12月) への取り組み方であった。 韓国から は2,000人の農民がコメ開放に反対して香港に押 しかけた。 韓国農民は6ヶ月前から研修会を開き 資料を作って参加したのに対し、 日本からは市民 運動家200名が参加したに過ぎず、 しかも個人個 人バラバラでヨンチェさんの目には会議参加なの か観光なのか目的がわからなかったという。 韓国 から参加した若者たちは香港にメディアセンター を作りインターネットを通じ現地の様子をリアル
タイムで韓国、 世界に伝えたのに、 日本からの 200人はなぜ伝えようとしなかったのか。 意思の 問題か、 能力の問題か、 と氏は鋭く問う。
日本の市民運動、 労働運動の実情に詳しい氏は、
日本の運動組織が日本社会の矛盾、 労働者・農民 の問題、 自らの活動についてほとんど情報発信し ていないという。 メインストリームのメディアが
「政治社会」 「営利社会」 に掌握されている現在、
サイバースペースは唯一残された空間なのにそれ に対する戦略がなく、 IT時代に 「チラシと機関 紙」 の活動をしているとの批判だ。 「世界メディ ア活動者ネットワーク会議」 には韓国、 米国、 ラ テンアメリカ、 ヨーロッパから参加しているが日 本の参加はないという指摘は衝撃的であった。
韓国のメディアセンターでは毎年200名の若者 にメディア教育・編集技術教育をし、 大メディア が扱わない労働者、 農民、 市民の状況を報道して いる。 日本も情報発信能力のある活動家を5年、
10年とかけて育ててほしい。 市民メディアセンター を作って、 ベトナム戦争時のように日本の市民運 動がアジアの架け橋の役割を果たしてほしい。 激 しい批判は、 このようなメッセージのためであっ た。
イ・ヨンチェさんに限らず、 韓国の市民運動家 たちは、 血のにじむような努力をして自ら軍事政 権を打倒し民主社会をつくったという自信と誇り に満ちている。 金大中政権以来市民運動家たちが 社会のさまざまな分野で要職につき民主化に貢献 している。 韓国メディアセンターの実現や活動も そうした流れの一環である。 戦後一貫して保守政 権下にある日本を韓国と同列には論じられないで あろう。 しかし韓国の運動家たちはよく言う。
1980年代までは日本の運動が韓国の運動を励まし 導いてくれた。 それなのに今はなぜ、 と。 1990年 代以降、 韓国市民社会が 「ボトムアップ」 して公 共性を高めたのにたいして、 日本市民社会は全体 として 「政治社会」 「営利社会」 のコントロール
時代に要請される東アジア公共空間
強化を許し 「システムによる植民地化」 を余儀な くされている。
イ・ヨンチェさんからは、 「平和憲法が、 アジ ア民衆の血と命の上に立っているものだと、 本当 に日本の市民は考えているのか」 というもう一つ の重い問いがあった。 氏が問題にするのは植民地 支配、 侵略戦争だけでなく戦後も含まれる。 アジ ア諸社会の民衆は、 戦後も内戦、 軍事独裁、 新自 由主義経済等々を通して大きな被害を被り、 多く の命を失ったが、 いずれも日本と無関係ではない、
と。 「戦後アジアの民衆の生活についてどのよう に認識しているのか」 と問われて、 太平洋の向こ う側にばかり目の向く日本社会が照射されるので ある。
4. 市民と民主主義 フランス・沖縄からの問い 韓国においてなぜ民主化が可能だったのか、 日 本においてなぜ 「システムの植民地化」 がすすん でしまったのかについては、 それぞれ多面的に検 討しなければならない重要な課題として残された が、 日本については根源的な要因の一つが提起さ れた。
提起したのはコリン・コバヤシさんである。
「日本において、 市民とは誰なのか」 と。 フラン スでは、 市民= 「社会的、 政治的義務と権利の意 識をもっている主体」 という明確な概念があると コバヤシさんはいう。 教育の目的はこのように理 解された 「市民を育てること」 であり、 「国民と は市民の統一的集合体」 であるから 「愛国心」 と は別次元の概念であるとも。 (本特集コバヤシ論 文参照)。
社会的、 政治的義務と権利の意識をもつ主体は、
当然のことながらその意思を民主主義の代表者た ちにぶつけていく。 表現手段にはデモ、 ストライ キ、 ピケも含まれ、 社会的にも認知されている。
デモは、 一時的に社会の機能をストップさせるも ので、 道路いっぱいに広がって歩くのが当たり前。
デモに参加しない人でもその権利は認めている。
日本ではどうであろうか。 デモは事前に警察に 届け出なければならない。 多くの場合、 参加者よ りも大勢の機動隊員に囲まれながら肩身せまく歩 かねばならない。 「政治社会」 「営利社会」 ではな く 「市民社会」 に属するはずの多くの国民までが デモは迷惑なものしてはいけない行為と考えてい る。 近年はもっと市民的自由が狭められてきた。
市民が戦争に反対するビラを、 政党員が自分の政 党の活動報告を、 団地のポストに入れたときに逮 捕され起訴されるケースが増えてきたのだ。
コバヤシさんが指摘するように、 市民社会を形 成していくための 「公共空間」 が非常に狭く、
「市民社会」 の意思を社会全体に反映させる手段 が極めて乏しいのである。
戦後民主主義を経ながらなぜこのようなことに なってしまったのか。 これもいろいろな角度から 多面的に解明しなければならないが、 コバヤシさ んの指摘との関連でいえば、 教育の問題が大きく 作用しているだろう。 教育基本法は教育の目的を
「市民を育てる」 とほぼ同義に規定しているけれ ども、 実際には 「社会的、 政治的義務と権利の意 識を持つ主体」 を育ててはいない。 「ヨミ、 カキ、
ソロバン」 は重視するけれども、 自ら考え、 社会 を批判的に検討し、 その結果を表明するという訓 練はないに等しいのではないだろうか。 仮にその ような教育現場があると 「政治社会」 や 「営利社 会」 さらには 「市民社会」 までもが、 それを断罪 する。 「日の丸」 「君が代」 問題に典型的なように。
日本でも、 新自由主義が社会を荒々しく変容させ ているが、 その過程で 「市民社会」 からの大きな 抵抗にあうということはなかった。 その根本的な 要因の一つが 「市民」 を育てないことに徹した日 本の教育行政とそれを黙認した 「市民社会」 にあ ることは間違いなかろう。 新雇用法にたいするフ ランスの大学生・高校生・労働者の対応と比べれ ばそれは一目瞭然である。 EU憲法条約が、 平和
と民主主義という欧州連合の当初の理念から新自 由主義へとスライドしていることを見抜いたフラ ンスやオランダの 「市民社会」 との落差は大きい。
コバヤシさんはフランスのアソシアシオン法や 日本のNPO法に触れながら、 個人と社会をつな ぐ中間項となりうる非営利的な活動の重要性を強 調した。 新しい市民の結合には 「地縁や血縁に根 ざさない、 全く他者同士が集まった組織の形成」
が必要と。 寺田所員も同様の発言をしている。 戦 前の日本の隣組や班などが戦争に組み込まれていっ たことを考えれば当然の指摘といえる。 しかしこ れは現実の運動の中で極めて困難な場面に直面す ることも多いであろう。 この点を示唆したのは竹 尾茂樹所員であった。
沖縄離島のリゾートホテル建設反対運動で、 地 域の共同体と外部からきた活動家との対話、 共通 の土台作りの困難性を氏は指摘した。 その中にこ の問題が内包されている。 環境・文化の保全の担 い手は誰か、 話せば話すほど違いが際立ってしま う、 という現実。 これは、 沖縄の運動が、 長い間 展開され本土からも多数参加しながら、 全国に広 がらないことと通底する問題をはらむ。 伊波宜野 湾市長に 「米軍基地の縮小・撤廃は可能。 むしろ 沖縄問題を日本全体の問題と捉えることのできな い日本の問題の方が深刻」 と指摘されたことを想 起しつつ、 「沖縄問題を主体的に全体化する、 こ れができなければ東アジアの人々との結びつきは 困難ではないか」 と竹尾所員は発言したのである。
地縁や血縁に根ざさない運動が、 地縁・血縁や共 同の利害によって結びついている (あるいは分裂 を強要されている) 人間集団とどのような関係を 築きうるのか、 という重い問である。
5. 共同体・公共空間構築と記憶の役割
フィリピンから参加されたアルマンド・マーレ イさんは、 東南アジアにおいては西洋による植民 地化という歴史的共通性があるだけで、 民族、 言
語、 宗教、 歴史の違いが大きく共同体概念はまだ 抽象的という。 それでもミクロレベルではメコン 川流域の開発、 環境、 歴史、 政治、 社会など流域 を一つの社会空間とする学際的研究があり、 国レ ベルでは慰安婦問題、 海外労働者問題、 人身売買、
児童・女性問題などの市民組織が充実していると いう。 マクロレベルでは南シナ海領域問題でスプ ラトリー諸島をめぐる対立を平和的に解決し共同 利用するプロセスも進んでいることを指摘した。
またASEANについてこれはエリートないし国家
の共同体であるとしたが、 アジア憲章を作成しつ つあり、 いくつかの労働組合が労働者の基本的権 利―団結権、 集団交渉権、 児童労働の禁止などを 盛り込むキャンペーンを展開していることが紹介 された。 (櫛渕さんは、 ASEANが1976年に 「武 力行使と威力の放棄」、 1995年に 「非核地域化」
を条約によって定めていること指摘した。) 戦争については、 とくに若い人々に直接的な記 憶がなく第二次世界大戦を公式の歴史書で知るだ けと指摘した。 日本でも同じプロセスが進行して いるが、 人々の公共空間を構想するうえではやは り大きな問題だろう。 ベルナール・モレルさんに よれば 「歴史を形づくっているもの、 形づくって きたものを一つ残らず思い起こす」 ことが必要で ある。 なぜならば 「歴史とは歴史なきものの歴史 であり」 「記憶を、 時には表立って時には沈黙の うちに、 担っているのは民衆と市民社会である」
からである。
記憶が薄れるとき、 個別の記憶が国家 (政治社 会) によって公式の歴史に仕立てあげられる危険 がある。 それは国民意識の浮上につながり、 国境 を越えた 「公共空間」 の阻害要因になりかねない。
ここに専門家としての歴史家の役割がある。 歴史 家もまた 「国民」 であることから逃れられないけ れども、 対等な市民として国境を越えた歴史の究 明作業が、 人々の公共空間つくりには不可欠であ る。 すでにヨーロッパではいくつかの実践例が報
時代に要請される東アジア公共空間
告されているが、 齋藤さんの報告された日中韓共 同歴史教材の編纂事業は東アジアでの三カ国にま たがる共同作業としては初めてであり先導的な活 動の一つといえるだろう。 報告で明らかなように 共同の編纂作業そのものが、 緊張感あふれる濃密 な 「公共空間」 であったことが推察できる。
近年ヨーロッパでは苦い記憶=植民地支配の歴 史の掘り起しが積極的にすすめられている。 韓国 では、 盧武鉉大統領のもとで戦前の歴史とともに 戦後の暗い記憶、 軍政やベトナム戦争で何がなさ れたのか、 起こったのかという問題の究明作業が 大々的に展開されている。 日本の 「市民社会」 は このこともしっかりと認識すべきだろう。 植民地 支配・戦争・戦争責任・加害・環境加害などを究 明して和解のプロセス (例えば北朝鮮問題では拉 致問題と強制連行問題の同時並行的な究明) に進 まない限り開かれた 「人々の公共空間」 を構築す ることは困難だ。
6. 結びにかえて
以上の論点の他、 涌井報告では、 中国をはじめ とするアジア経済発展について、 資本・技術・設 計のすべてが外国から導入され、 生産物は外国に 輸出される 「外生的再生産循環構造」 であるとい う興味深い提起があった。 コンピュータリゼーショ ンによる生産の普遍化が進み資本主義的生産の止 揚も準備されているということだが、 これについ
ては時を改めて詳しい内容をきき議論する必要が あろう。 中国については一部に検定教科書が使わ れだし固定教科書にぬりつぶされているわけでは ないことも確認しておきたい。
シンポジウムでは 「市民社会」 の具体的な実践 例として、 環境問題への取り組み、 共通歴史教材 の編纂、 ピースボートの独特な活動、 GPPACの 活動が紹介され討論された。 これらはいずれもそ れぞれの分野で先進的な 「人々の公共空間」 をつ くっているといえるだろう。 東アジアにはこのよ うな試みが無数にあるに違いない。 それらは将来 への希望を表すものである。
問題は日本においてこれらの活動を財政的に支 援するシステムが整備されていないことであり、
「市民社会」 での精神的支援も弱いことである。
「市民」 概念が確立しておらず、 「お上」 意識が依 然として強いという状況を克服しなければならな い。
上記の環境専門家、 歴史家、 平和運動が相互に 全くネットワークされていないことも明らかになっ た。 これは日本の社会運動全体についてもいえる ことであろう。 指摘されたようにそれぞれの運動 が自己の活動を情報として広め、 ネットワークを 横断的重層的に組み、 「市民社会」 の全員が全体 としての鳥瞰図をみることが出来るようになれば 状況はがらりと変わるのではなかろうか。