軍機保護法とスパイ(防諜・間諜)論議
著者 我部 政男
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 第75号
ページ 153‑218
発行年 2015‑01‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00003172/
論
軍
説機 保 護 法 と ス パ イ
︵ 防 諜 ・ 間 諜
︶ 論 議
我 部 政 男
一 まえ がき
│問 題と 視点
│ 二 軍機 保護 法の 制定 とス パイ 規定 論議 三 軍機 保護 対策 の強 化 四 国策 標語 の作 成と 雰囲 気 五 内務 省・ 地方 長官 会議
・警 察部 長会 議 六 むす びに 補注 記 注記
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一 まえ がき
│問 題と 視点
│ 情報
量が 無制 限に 自由 にと びか う社 会は
︑権 力を 握る 支配 者に とっ て最 も好 まし くな い状 況で あろ う︒ この 自由 な社 会に 何ら かの 制限 を加 える こと にな ると 言論
・出 版を 統制
・弾 圧す るし か手 段は ない
︒言 論統 制は
︑表 現の 自 由を 著し く制 限し
︑権 力の 欲す る方 向に 状況 を誘 導す る︒ その 具体 的な 展開 のあ り方 の一 部に 目を 向け るの が︑ 小 論の 目的 であ る︒ その 方法 の一 つと して
︑考 案さ れた 過去 の一 例が
︑こ こに 掲げ た題 であ る︒ 確か に︑ 小論 の題 目 が︑ 軍機 保護 法と スパ イ︵ 防諜
・間 諜︶ 論議 とな って おり
︑論 文の 名称 とし ては
︑何 をイ メー ジし てい るの か︑ 正 直な とこ ろア プロ ーチ する には
︑な んと も馴 染み にく い︒ 軍機 保護 法と いう 法律 の一 つを 取り 上げ みて も膨 大な テ ーマ であ るし
︑こ れま でに も多 くの 研究 成果 の蓄 積も ある
︒ス パイ
︵防 諜・ 間諜
︶に つい ても
︑多 様な 内容 を持 つ 概念 であ るだ けに
︑歴 史的 には
︑多 くの こと が語 られ てき てい る︒ そも そも
︑こ の複 雑な 相貌 をも つ二 つの 顔を な んと か関 連つ けて 論じ るこ とは
︑あ る意 味で は︑ 無謀 に近 い試 みで ある かも しれ ない
︒ とこ ろが 両者 には
︑内 的に 深い 関係 を有 して いる
︒軍 機保 護法 の目 的と する とこ ろは
︑軍 事情 報の 遺漏
︑流 出を いか に防 ぐか にあ り︑ また
︑ス パイ
︵防 諜・ 間諜
︶の 役割 はそ の情 報の 調査
︑収 集す るこ とに あっ て︑ 全く 相反 す る関 係に 力は 働く はず であ る︒ まさ しく 紙の 裏表 が同 時に 存在 する 関係 であ ると もい えよ う︒ もっ とも
︑軍 機保 護 法は
︑第 一義 的に はス パイ
︵防 諜・ 間諜
︶の 行為 を取 り締 まる 法律 でも ある
︒そ の法 律は
︑ど のよ うな 仕組 みを 通 して
︑貫 徹し てい るの かを 明ら かに する 必要 が︑ ある よう に思 われ る︒ しか し同 時に
︑そ れに 名を 借り て︑ 戦争 の
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時代 の国 民の 内面 をも 取り 締ま る役 目を も担 って いた
︒政 治に おけ る国 家と 国民 の支 配服 従関 係を 極め て象 徴的 な 形で 示す こと にな る︒ はじ めに
︑問 題を 限定 する と︑ 大つ かみ にい えば
︑秘 密情 報の 遺漏
︑流 出を 保護 する には
︑情 報の 流れ を遮 断し
︑ 断ち 切る こと にあ る︒ しか し︑ その 論理 とは 反対 に︑ 情報 収集 のた め︑ 情報 の流 れを 意識 的に 促進 する のが スパ イ
︵防 諜・ 間諜
︶の 役割 であ ろう か︒ 情報 の完 全な 管理 を担 う勢 力と 対立 する かの よう に閉 ざさ れた 扉に 風穴 を開 け るス パイ とは
︑正 面か ら相 対立 する 関係 を創 るこ とに なる
︒ もち ろん 戦争 に突 入す るこ とに なれ ば︑ 敵対 関係 にな る両 国は
︑自 国に とっ て必 要で 且つ 有利 なる 情報 収集 に奔 走す るで あろ う︒ 同時 に︑ 国内 では
︑情 報の 遺漏
︑流 出を くい 止め るあ らゆ る可 能な 手段 が講 じら れる であ ろう こ とは 予想 でき る︒ そこ に存 在す る両 者の 関係 を殊 に国 内に 限り
︑さ らに
︑軍 機保 護法 に視 点を 限定 して
︑若 干の 考察 を試 みて みた い︒ 軍機 保護 法の 法学 的な 分析 を目 的と する ので はな く︑ 法律 の社 会的 な機 能に 注目 し︑ 歴史 的な 考察 を眼 中に お いて 捉え てみ たい
︒小 論の はじ めの 構想 は︑ 軍機 保護 法と 沖縄 戦と の内 的な 関連 を究 明す るの が目 的で あっ たが
︑ その 方は
︑別 に準 備す る小 論に 譲る こと にす る︒
︵﹁ 沖縄 戦争 時期 のス パイ
︵防 諜・ 間諜
︶論 議と 軍機 保護 法﹂
︵﹃ 沖 縄文 化研 究﹄ 第四 二号
追悼 特集
︑二
〇一 五年 三月
法政 大学 沖縄 文化 研究 所︶
︒繰 り返 しに なる が︑ ここ での 小 論で は戦 争時 期の 秘密 保持 に関 心を 示す
︒ 今の 日本 の政 治・ 外交 は︑
﹁戦 後七
〇年
﹂目 のあ る転 換期 を迎 えて
︑大 きな 変貌 の声 が谺 する
︒最 も象 徴的 な変 化の 兆し は︑ すで に多 くの 指摘 がな され てい るよ うに 憲法 を条 文の 改正 を経 ずに
︑解 釈で 条文 の内 容を 改正 する い
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わゆ る﹁ 解釈 改憲
﹂の 手法 であ る︒ 少な くと も民 主的 な立 憲政 治の 下で の話 であ る︒ 政府 の特 定秘 密保 護法 の制 定も その 流れ の一 つで あろ うか
︒そ の言 論統 制の 潮流 に刺 激さ れて か︑ 戦前 期の
﹁軍 機保 護法
﹂と 戦後 の特 定秘 密保 護法 とは
︑単 なる 名称 の類 似性 のみ なら ず︑ いか なる 関係 にあ るの か等 の関 心も 国 民の 間に 高ま って いる
︒軍 機保 護法 違反 だと して 処罰 され た︑ 北海 道大 学の レー ン・ 宮沢 事件 への 関心 は︑ その こ とを 如実 に表 現し てい る︒ この 事件 に関 連し て︑ 北海 道大 学大 学文 書館 年報 に調 査報 告が 掲載 され てい る︒ 逸見 勝 亮﹁ 宮澤 弘幸
・レ ーン 夫妻 軍機 保護 法違 反冤 罪事 件再 考│ 北海 道大 学所 蔵史 料を 中心 に│
﹂は
︑こ の事 件の 詳細 な 報告 書で ある
︒ 戦前
︑戦 後と いう 歴史 的時 間の 位相 が異 なる ので
︑単 純な 比較 は出 来な い筈 だが
︑そ の法 制を 必要 とす る社 会の 支配 服従 関係 のあ り方 は︑ ある 程度
︑抽 出で きる 筈で ある
︒と かく 外交 上︑ 重要 であ る国 家の 安全 保障 の秘 密情 報 を漏 らし た公 務員 や民 間人 に厳 罰を 科す とい う法 律で
︑は たし て国 民の 知る 権利 を制 限す るこ とに なれ ば︑ 日本 社 会の 将来 はど うな るの か︑ 不安 に思 う国 民の 声も 少な くな い︒ 沖縄 地域 では
︑そ の以 前か ら沖 縄戦 争時 期の 犠牲 者と 軍機 保護 法の 施行 とは 内律 的に いか なる 関係 にあ るの か︑ その 文脈 が注 目さ れて きて いる
︒冷 戦の 終焉 後も 米軍
︑自 衛隊 の基 地を 多く 抱え てい るこ とも あっ て︑ 秘密 保護 法 の成 立に 関し ても 高い 関心 が払 われ てき た︒ この 小論 は︑ 焦点 を明 確に する ため に︑ 基本 的に は戦 前期 の軍 機保 護 法の 考察 に向 けら れ︑ 特定 秘密 保護 法へ の言 及は 意識 的に 避け るよ うに して いる
︒こ の点 は予 めお 断り して おき た い︒ 終わ りの 章で 地方 長官 会議
︑警 察部 長会 議を 取り 上げ るが
︑こ こで は機 密保 持と 戦争 協力 をい かに 推進 する のか
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をめ ぐり
︑内 閣情 報局 およ び内 務省 によ る国 策の 地方 への 浸透 の過 程に 迫っ てみ たい
︒ 戦時 から 敗戦 の時 期に つい て︑ 示唆 的で 興味 ある 著書
︵坂 井達 朗訳
︶が 刊行 され た︒
﹃敗 北し つつ ある 大日 本帝 国│ 日本 敗戦 カ 月前 の英 国王 立研 究所 報告
│﹄
︵刀 水書 房︐ 二〇
〇七
︶で ある
︒そ の著 書の 記述 によ れば
︑近 代 日本 の官 僚制 の性 格を 的確 に捉 える
︒近 代日 本国 家の 特徴 と性 格が
︑短 い言 葉で 的確 に捉 えら れ表 現さ れて いる
︒
﹁日 本の 行政 機構 は︑ 念入 りに 組織 化さ れて おり
︑国 全体 を対 象と する 単一 の制 度が 形成 され てい る︒ その 基礎 は競 争試 験で あり
︑最 も有 能な 人材 の多 くを 大学 から 官界 へ引 き入 れて いる
︒そ の最 も顕 著な 特徴 は︑ 役職 につ けら れた 公的 な格 付け であ るが
︑そ れと 部分 的に ずれ なが ら︑ 親任 を最 上級 とし て︑ 勅任
︑奏 任︑ 判任 と下 がっ てく る格 付け があ る︒ この 格付 けの 体系 は︑ その 形態 こそ 近代 のも ので ある が実 際に は明 治以 前か らの 伝統 であ る︒ これ は公 的資 格を もっ て天 皇に 奉仕 する すべ ての 人間 を網 羅し てい るの で︑ 格付 けは 首相
・枢 密院 議長 から 狭義 の文 官を 含み
︑政 府と 官僚 機構 との 融合 させ る作 用を 果た す︒
﹂ ここ で注 目す べき は﹁ 国全 体を 対象 とす る単 一の 制度 が形 成さ れて いる
﹂と いう 指摘 であ る︒ これ に類 似す るよ うな 学術 上の 指摘 は︑ 敗戦 後に もな され る︒ この 小論 のよ うに
︑単 一の 全体 性か らご く一 部を 切り 取り
︑そ の分 析 の結 果を こと さら に︑ 全体 性へ と提 言す る意 味が
︑は たし てど こに ある か︒ この よう な疑 問が
︑派 生し てく るの も 当然 であ る︒ しか しこ こで は︑ その 問い かけ には 応え ず︑ 当分 その まま にし てお く︒ なお
︑占 領軍 側の 史料 では ある が︑ 終戦 連絡 中央 事務 局政 治部 内務 課編
﹃警 察に 関す る連 合国 指令 集﹄
︵ニ ュー ス社 刊︑ 昭和 二二
︶の
﹁行 政警 察関 係﹂ の記 述箇 所︑ 特に
﹁言 論︑ 新聞
︑出 版﹂
︑は
︑小 論の 対象 とす る課 題と も 関連 し︑ その 見方 は︑ 敗戦 直後 の社 会に 引き 戻し てく れる だけ でな く︑ 昭和 一〇 年代 を鳥 瞰で きる 意味 で大 いに 参
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考に なる
︒ 以上 に述 べた ごく 簡単 なこ とが
︑小 論に 取り 組む ささ やか な姿 勢で ある
︒
︵小 論は
︑部 分的 に﹁ 戦時 体制 下の 沖縄 戦│ 軍民 一体 化論 と秘 密戦 を中 心に
│﹂
﹃沖 縄戦 と米 国の 沖縄 占領 に関 す る総 合的 研究
﹄山 梨学 院大 学︑ 二〇
〇六
︑を 分割 し︑ 加筆 し大 幅に 書き 改め
︑新 しく した
︒︶ 注記
宮澤 弘幸
・レ ーン 夫妻 軍機 保護 法違 反冤 罪事 件に 関し て︑ 上田 誠吉
﹃戦 争と 国家 機密 法﹄ イク オリ ティ
︑一 九八 六︒ 上田 誠吉
﹃あ る北 大生 お受 難│ 国家 機密 法の 爪痕
﹄朝 日新 聞社
︑一 九八 七︒ 上田 誠吉
﹃人 間の 絆を 求め て│ 国家 機密 法の 周辺
﹄花 伝社
︑一 九八 八︒ 戦後 の機 密法 に関 連し て︑ 以下 に二 つを あげ てお く︒ 上田 誠吉
・坂 本修 編﹃ 国家 機密 法の すべ て﹄ 青木 書店
︑一 九八 五︒ 藤原 彰・ 雨 宮昭 一編
﹃現 代史 と﹁ 国家 秘密 法﹂
﹄未 来社
︑一 九八 五︑ 参照
︒
二 軍機 保護 法の 制定 とス パイ 規定 論議 軍機
保護 法は
︑如 何な る理 由で スパ イ禁 止の 条項 を必 要と する のか
︑こ の二 章で は︑ この 基本 的な 疑問 から 出発 する こと にす る︒ 軍機 保護 法が 制定 され たわ ずか 数年 後の こと であ る︒ 沖縄 地域 の大 きな 転換 の時 期を 迎え る︒ 戦争 状態 への 突入 する ため の準 備体 制の 形成 期で ある
︒
﹁沖 縄防 衛の 第三 十二 軍は
︑ア メリ カ軍 上陸 の一 年前
︑す なわ ち昭 和一 九年 三月 二二 日に 誕生 した
﹂と は︑ 南西
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