日本製狂犬病ワクチン皮内接種法による曝露前免疫の有効性の検討
1)
大分大学医学部微生物学講座,
2)同 総合診療部,
3)大分大学総合科学研究支援センター
塩田 星児
1)2)Kamruddin Ahmed
3)三舟求眞人
1)西園 晃
1)3)(平成 21 年 3 月 27 日受付)
(平成 21 年 9 月 9 日受理)
Key words : rabies, vaccine, intradermal regimen
要 旨
狂犬病に対する曝露前免疫法として WHO では,組織培養型不活化狂犬病ワクチン 1 回量(2.5IU 以上の 力価を有するもの)の筋肉内接種,あるいは 0.1mL の皮内接種で 0,7,28 日に行うことを推奨しているが,
わが国では 1 回量 1.0mL を皮下接種にて 0,28,180 日で行う方法のみが能書上記載されている.この接種 法では 3 回接種終了まで半年もの期間を要するばかりでなく,供給が充分とはいえないわが国の狂犬病ワク チンの現状に対応するのは困難である.このため短期間に終了し,より少ない量のワクチンの接種で充分な 感染防御免疫を賦与できるかを検討することは,今後の日本における狂犬病ワクチンの接種法を世界標準に 近づけるためにも有用な知見を提供すると考えられる.
今回,同意を得た健常人ボランティア 50 名を対象に,日本製組織培養不活化狂犬病ワクチン 0.1mL を 0,
7,28 日のスケジュ―ルで両上腕に皮内接種し,その後 0,14,28,42,56,84,208 日目に得られた血清 中の狂犬病ウイルスに対する中和抗体価を,迅速蛍光フォーカス抑制試験より測定した.その結果 3 回接種 後 42 日目には 50 名全員で中和抗体価は,感染防御に充分な 0.5IU ! mL 以上(幾何平均 3.21IU ! mL)の上昇 が確認できた.0.5IU ! mL 以上の中和抗体価はほぼ全員で 84 日目に至るまで持続的に維持された.使用し たワクチンのロットの違いにより,中和抗体価の上昇には若干の差があったが,いずれも接種後 42 日目で の中和抗体獲得率は 100% であった.副作用は数名に色素沈着などを認めたが,いずれも軽微なものであっ た.
WHO の推奨する曝露前皮内接種法は日本製狂犬病ワクチンにおいても有効であることが確認され,より 少ない量でかつ短期間に感染防御免疫を賦与しうる,有効性,安全性ともに優れた方法であると考えられた.
〔感染症誌 84:9〜13,2010〕
序 文
狂犬病は狂犬病ウイルスにより引き起こされる致死 性の人獣共通ウイルス感染症であり,狂犬病感染動物 から咬傷を受けることにより感染する
1).狂犬病の臨 床的特徴は,ひとたび発症すればほぼ 100% 死亡する こと,潜伏期が通常 1〜3 カ月と長いことである.一 旦発症した場合有効な治療法はないため,咬傷後定め られた間隔で繰り返し狂犬病ワクチンを接種する曝露 後発症予防が狂犬病死を免れるための唯一有効な手段 である.一方,狂犬病ウイルスの取り扱い者,獣医師,
狂犬病侵襲地への旅行者などリスクの高い者には予防 的なワクチンの接種,つまり曝露前接種も行われる
2).
曝露前接種において,世界保健機関(WHO)では 組織培養狂犬病ワクチン 1 回量(2.5IU 以上の力価が 含まれるもの)を 0,7,28 日に筋肉内接種または同 じスケジュールで 0.1mL の皮内接種を行うことが推 奨されている
2)が,日本国内で使用されている狂犬病 ワクチンの曝露前予防においては,能書上 1.0mL を 4 週間隔で 2 回皮下接種し,さらに 6〜12 カ月後に 1.0 mL を追加接種することとなっており,世界標準とは 大きく異なっている.また Arai ら
3)は 0,28 日の 2 回 のみの接種では 76% しか充分な中和抗体価を獲得で きなかったと報告しており,海外渡航前に 6 カ月もの 接種スケジュールをかけて狂犬病ワクチン接種を完了 できる場合は通常少ないと思われる.このようなこと から,現行の日本方式曝露前免疫法では渡航前に充分 な免疫を賦与させることは困難な場合があると危惧さ
原 著別刷請求先:(〒879―5593)大分県由布市挾間町医大ヶ 丘 1―1
大分大学医学部微生物学講座 西園 晃
Fi g. 1 To as s es s t he ef f ec t of i nt r ader mal PCEC- K vac c i ne s ubj ec t wer e vac c i nat ed i nt r ad- er mal l y at t wo del t oi d s i t es r egi on us i ng 0. 1 mL of PCEC- K vac c i ne on days 0, 7, and 28.
Among s ubj ec t s , 20 was admi ni s t er ed RB02 and 26 RB04. To det er mi ne vac c i nat i on ef - f ec t s , s er um s ampl es wer e c ol l ec t ed on days 0, 28, 42, and 56. (a)Neut r al i zi ng ant i body l evel
(b)Pos i t i ve :per c ent age of s ubj ec t s whos e neut r al i zi ng ant i body t i t er exc eeded 0. 5 I U/mL.
れる.また日本国内で使用可能なワクチンは唯一,化 学及血清療法研究所(化血研)製のみでその供給量に は限りがあり,2006 年の 36 年ぶりの輸入狂犬病例の 報告後はワクチン備蓄が底をつき,必要な対象への接 種もおぼつかなくなっている
4).これらのことからよ り少ない量で,より短期間に充分な防御免疫を獲得で きることが狂犬病ワクチン接種には求められる.先に 日本製狂犬病ワクチンを WHO のスケジュールに則 り,1 回量 1.0mL を 0,7,28 日に皮下接種法で接種 することの有効性についての報告がなされた
5).我々 はこれまで日本製狂犬病ワクチン 1 回量 0.1mL を 2 カ所 0,7,28 日に皮内接種することで,効果的にウ イルスに対する感染防御抗体(中和抗体)を誘導でき
ることを報告した
6).そこで今回,さらに被験者を増 やすことで皮内接種法の有効性と安全性を検討した.
対象と方法
1.対象者
狂犬病ワクチン接種既往のない健常人ボランティア 50 名で,内訳は男性 27 名,女性 23 名,平均年齢 23.4 4.3 歳であった.
2.接種方法
化血研製組織培養不活化狂犬病ワクチンを WHO の スケジュールを参考に,0.1mL ずつ両肩に 2 ヶ所 0,
7,28 日に皮内接種を行った.接種されたワクチンの
ロットは RB02 が 20 名,RB03 が 4 名,RB04 が 26
名であった.血清の採取は 0,14,28,42,56,82,
Tabl e 1 Ser um neut r al i zi ng ant i body l evel s af t er i nt r ader mal PCEC- K vac c i ne admi ni s t r at i on 208 84
56 42
28 14
0 Day
12 16
35 47
50 19
38 Subj ec t s
Neut r al i zi ng ant i body
0. 48 1. 71
1. 71 3. 21
2. 16 2. 9
0. 11 GMTs ( I U/mL)
0. 14- 7. 03 0. 60- 21. 65
0. 29- 19. 02 0. 59- 27. 30
0. 32- 11. 33 1. 14- 8. 02
0. 07- 0. 21 Range
5/12 16/16
32/35 47/47
47/50 19/19
0/38 n> 0.
_5 I U/mL
42 100
91 100
94 100
0 Pos i t i ve ( %)
GMTs : geomet r i c mean t i t er , r ange: l owes t - hi ghes t , pos i t i ve: per c ent age of s ubj ec t s wi t h neut r al i zi ng ant i body t i t er ex- c eedi ng 0. 5 I U/mL
208 日目で行われ狂犬病ウイルスに対する中和抗体価
(後 述)を 検 討 し た.RB04 接 種 者 は 0,28,42,56 日目でのみ血清の採取が可能であった.クロロキン内 服者,薬剤過敏症のもの,妊娠しているもの,免疫不 全のあるもの,免疫抑制剤内服者は本研究から除外し た.研究は大分大学医学部倫理審査委員会の承認のも と行われ,インフォームド・コンセントは口頭ならび に文書にて行われた.
3.血清中和抗体価の測定
中和抗体価の測定は迅速蛍光フォーカス抑制試験:
rapid fluorescent focus inhibiting test(RFFIT)に て行った
7).すべての血清はあらかじめ 56℃,30 分で 補体の非働化を行った.MEM(2% FBS)培地にて 血 清 を 96 穴 プ レ ー ト で 2 段 階 希 釈 し,そ の 後 100 TCID
50相当の狂犬病ウイルス Challenge virus stan- dard(CVS)-11 株を加え 37℃ 5% CO
2にて 90 分イン キュベーションした.この後 1×10
5個の BHK-21 細 胞をそれぞれの well に加えさらに 24 時間 5% CO
2存 在下で培養を行った.その後,各 well を 90% アセト ンで固定し,FITC 標識抗狂犬病モノクローナル抗体
(FujiRebio,TFB)で 37℃ 30 分染色し,蛍光顕微鏡 にて感染細胞数を計測しその抑制率を算定した.すべ てのサンプルは duplicate にて評価し,中和抗体価は 国際標準との比較により求められた
8).WHO,国際獣 疫事務局(OIE)によれば充分な中和抗体価は 0.5IU!
mL 以上と定義されている
9).
4.使用したワクチンロット間の比較
化血研製狂犬病ワクチンのロット毎の接種者におけ る中和抗体価について比較検討を行った.各ロット接 種者における男女比や平均年齢に有意な差は認めてい ない.RB03 接種者は 4 名と参加者が少なく,ロット 間での統計学的な比較は困難であったため,RB02 接 種者と RB04 接種者の中和抗体価について Student t 検定にて比較を行った.
結 果
1.血清中和抗体価
化血研製狂犬病ワクチンの皮内接種法の効果を示す
(Table 1).0 日と 7 日の 2 回接種により 14 日目には
中和抗体価は有効なレベルにまで上昇していた(幾何 平均 2.90IU! mL).28 日目に は 50 名 中 3 名 で 0.5IU!
mL を下回っていたがいずれも 0.4IU! mL 付近であっ た.しかしながらその日に 3 回目の接種を行うとすべ てのもので 42 日目には充分な中和抗体を獲得できて い た(幾 何 平 均 3.21IU ! mL).56 日 目 で は 35 名 中 3 名では 0.5IU! mL を下回っていたが,84 日目では 16 名中全員で充分な中和抗体価が維持されていた.なお 56 日に中和抗体価が 0.5IU! mL を下回っていた 3 名 は 84 日目のサンプルに含まれていない.接種半年後 の 208 日目で RB02 接種者 12 名の追跡ができ,5 名 では充分な中和抗体価が維持されていた.
性・年齢の差はなかったにも関わらず,ロット間の 比較においては,最も高い割合で中和抗体が獲得でき ていると考えられる 42 日目(3 回接種 2 週間後)に おいては RB02 接種者で幾何平均 4.46IU! mL,RB04 接種者で 2.34IU! mL と,RB02 接種者の方が有意に高 い中和抗体を獲得していた(Fig. 1 p=0.01).しかし ながらいずれのロットでも 42 日目で 0.5IU ! mL を下 回ったものはいなかった.
2.副作用
皮内接種法による副作用の点では 15 名で軽度の色 素沈着を接種部位に認めたが徐々に改善した.また 3 名では接種部位の軽度の疼痛を認めたがこれも徐々に 改善し,後遺症として残ったものはなかった.
考 察
2006 年わが国で 36 年ぶりに 2 例の狂犬病症例が報 告された.いずれもフィリピンで犬に咬まれたことに よる輸入発生例であった.以前はわが国においても狂 犬病は存在していたが,狂犬病予防法に基づいた犬の 登録制度やワクチン接種の徹底により国内における発 生は過去 50 年近くみられていない
10).そのため日本,
オーストラリア,ニュージーランドなどの狂犬病清浄
地域では,国内の動物に対する免疫に加え,むしろ狂
犬病感染のハイリスク者に対する感染予防が重要な課
題となっている.近年日本人の海外渡航者は増加の一
途をたどっているが,海外で犬に咬まれたもののうち
狂犬病ワクチンを適切に接種されていたものは半分以
下であったとも言われている
11).またわが国において 犬に対する狂犬病ワクチン接種率は低下しており,登 録している犬の数からみても約 75%,登録されてい ない犬の数を含めると約 40% の接種率であるとも言 われている
12).このことからも日本へ狂犬病が侵入し,
人においても再興する可能性も否めない.
化血研製組織培養不活化狂犬病ワクチンは狂犬病ウ イルス固定株である HEP-Flury 株をニワトリ胚初代 培養細胞にて増殖させたものであり,1980 年以降こ の化血研製狂犬病ワクチンが日本国内で唯一ヒトに対 し接種できる狂犬病ワクチンとなっている.現在のわ が国では,ワクチン供給不足を解消するために,海外 の狂犬病ワクチンの輸入することは認められておら ず,国内で狂犬病に対する曝露前免疫を行うためには 化血研製のワクチンに頼らざるを得ないのが実情であ る.化血研製狂犬病ワクチンの接種は,能書上接種が 終了するまで半年を要することが記されているが,大 抵の海外渡航予定者の場合,渡航前準備に充分な準備 期間を充てられないものが多い.狂犬病予防以外でも 事前のワクチン接種には,渡航が迫ってから医療機関 を訪れる場合も多く,充分な抗体獲得を困難とする原 因の一つと考えられる.これらのことから化血研製狂 犬病ワクチンがより短期間に,かつより少ない量で充 分な中和抗体価を獲得できるかを評価しておくこと は,今後我が国における狂犬病 ワ ク チ ン 接 種 ス ケ ジュールを考える上においても重要であると考えられ る.
先に我々は健康人ボランティア 20 名を対象に,化 血研製狂犬病ワクチン皮内接種法の有効性を報告し た
6).今回さらに新たな参加者を加えて検討を行った.
その結果これまで同様充分な中和抗体をこの接種法で 獲得できることが確認できた.2 回の接種までは 28 日目で数名が 0.5IU! mL を下回っていたが,3 回目の 接種を行うことで全員有効なレベルの中和抗体の獲得 が確認された.56 日目以降では数名で 0.5IU! mL を 下回っていたが,これらに関しても追加接種により充 分な中和抗体を獲得できると考えられている
13)ため特 に問題はないと考えられる.また副作用についても重 大なものは認められなかった.
これまでに報告された化血研製狂犬病ワクチンの有 効性についてはロットが異なるため一概に比較はでき ないが,Arai ら
3)は通常の皮下接種法 0,28 日の 2 回 のみの接種では 76% しか充分な中和抗体価を獲得で きなかったと報告しており,180 日目に 3 回目の接種 を行うことで抗体獲得率は 100% であったとしてい る.その中和抗体価についても 2 回目接種後で 1.9IU!
mL,3 回目接種後で 4.0IU ! mL であり,今回のわれ われの結果と大きな差は認めていない.また,1 回量
1.0mL を 0,7,28 日に皮下接種法で接種した柳澤ら の報告
5)では,中和抗体価を ELISA 法で測定してい るため一概に比較はできないが,3 回接種後の 2 週間
(42 日目)で 4.6EU! mL であり,われわれの皮内接種 法と大きな差は認めないと考えられる.彼らの報告で も長期的経過は検証されておらず,またわれわれの検 討でも RB02 でのみ半年後までの追跡が可能であっ た.中和抗体価の持続性について今後のさらなる検討 が必要である
今回使用した 3 つのロットでは各ロットで中和抗体 の誘導能は若干異なっていたがいずれのロットでも 42 日目で中和抗体価が 0.5IU! mL を下回ったものは いなかった.RB02 接種者と RB04 接種者で性別や年 齢に差は認めていなかったが RB02 接種者で中和抗体 価が高かった.化血研製狂犬病ワクチンの具体的な potency については公表されていないが,2.7〜3.6IU ! mL であったとの報告
8)14)があり,ロッ ト 間 で の po- tency の差が中和抗体価の誘導に差を生じさせたと考 えられる.本来 WHO が推奨している皮内接種による 曝露前免疫は,1 回接種量 0.1mL で行うとされている.
しかしこの場合 1 回接種量 0.1mL 中に有効抗原量 0.7 IU(つまりワクチン 1 バイアル最低 7.0IU! mL)の po- tency が必要であると言われている
15).今回使用した 化血研製狂犬病ワクチンを使用した場合,WHO の推 奨する 0.1mL の 1 箇所のみの接種では充分な中和抗 体誘導を得ることが危惧されたため,2 カ所接種(計 0.2mL)するに至った.今後 0.1mL を 1 カ所皮内接種 での検討も行っていく計画である.
また我々は過去に狂犬病ワクチンの皮下接種を受 け,その後中和抗体価が 0.5IU! mL を下回ったものに 対し,皮内接種の追加接種でも充分な中和抗体を獲得 できたことを報告しており
6),皮内接種で免疫された ものに対する皮内接種での追加接種の有効性について も検討を行っているところである.
今回の研究から化血研製狂犬病ワクチンは WHO の 推奨する皮内接種法においても充分な中和抗体を獲得 できることが確認された.
文 献
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1)2), Kamruddin AHMED
3), Kumato MIFUNE
1)& Akira NISHIZONO
1)3)1)