はじめに
中国からの生産移転あるいは
「
チャイナプラスワン」
の動きが注目されるようになっている︒しかし︑それでもなお様々な工業製品の生産が中国に集中し︑依然として「
世界の工場」
であることも事実である︒二〇〇七年段階では二一〇品目が生産量において世界一であるとさ ﹀1︿れ︑多くの工業製品が中国で生産され内外に供給されてきた︒
ただ︑
「
世界の工場」
としての輸出の過半は外資系︵含台湾・香港系︶が担ってきた︒殊に先進国向け輸出の場合︑中国企業は先進国の製造・流通資本の生産管理を受 け︑ブランドにおいても︑品質管理においても︑あるいは流通においても︑自らは先進国向けの輸出のイニシアティブを持たないことが多い︒他方︑中国は世界の市場にもなりつつあるが︑多くの消費財︑特に耐久消費財は先進国で先に普及し︑中国では遅れて普及する過程を辿っている︒ ところが︑世界の工場であり市場になりつつある中国において︑主に中国企業によって担われ︑中国で先行して大量に普及したものがある︒それが電動二輪車である︒車輪の数を無視すれば︑中国は世界の電動車両生産の九割以上を占め︑電動車両の利用という点でも世界を圧倒している︒にもかかわらず︑われわれがそれに気づきにくいの中 国 企 業 の 実 力 を ど う み る か
──内需主導型産業としての電動二輪車産業からの試論──駒形哲哉
●●●●● 論 説 ││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││中国の産業競争力
は︑それがもっぱら中国企業によって生産され︑国内市場に供給されているからである︒ 産業の発展は︑一面では後発国が先行国を追いかける単一化の方向をもつと考えられるが︑他方︑各国に固有の制度や市場環境の条件により独自性をもちうる︒中国における制度改革のあり方は︑産業の形成と発展の方向に影響を与えているし︑中国国内市場の規模の巨大さは︑内需に依拠した産業発展の可能性を与えている︒ 活発な参入と競争は産業の発展をもたらすだろうが︑そこに固有の制度や市場環境の条件が加わった時︑競争を通じた産業の
「
発展」
とは︑どのようなものになるだろうか? 本稿では︑主に内需に依拠し中国に独特の発展を遂げた電動二輪車を主な事例として︑制度および市場環境と企業のパフォーマンスとの関わりについて論じた ﹀2︿い︒
一 本稿で扱う
「
電動二輪車」
の範囲と製品化の経緯㈠ 本 稿 で 扱 う 「 電 動 二 輪 車 」 の 範 囲
本稿において以下に記述する
「
電動二輪車」
とは︑基本的に中国の現行国家規格︵一九九九年制定の「
電動自行車通用技術条件」
︶に従う「
電動自転車」
と呼ばれるもので ある︒これは日本の「
電動アシスト自転車」
とは異なり︑電動自走機能を有し︑以下の技術的要件を備えたものである︒ すなわち︑⑴最高時速二〇㎞以下︑⑵制動距離四m以下︑⑶重量四〇㎏以下︑⑷脚漕ぎ推進機能があり︑ペダルの脚漕ぎで三〇分間に七㎞以上走行できること︑⑸フル充電で二五㎞以上走行できること︑⑹モーター定格出力二四〇W以下︑⑺バッテリー標準電圧四八V以下等である︒「
電動自転車」
は二〇〇四年施行の「
道路交通安全法」
により軽車両に区分され︑運転免許を必要としない︒ 最高時速五〇㎞︑定格出力四のであるといえ 3﹀
「
機動車運行安全技術条件」
は︑この線引きを確定するも ついては議論があったが︑二〇一二年九月に施行された る︒「
電動自転車」
と「
電動軽オートバイ」
との線引きに 転車」
の間のカテゴリーは「
電動軽オートバイ」
とされ「
電動オートバイ」
とされ︑「
電動オートバイ」
と「
電動自kW
を超える電動二輪車は︿る︒同時に電動三輪車についても線引きが確定した︒
「
電動自転車」
を超えるカテゴリーの運転には運転免許を要する︒ただし︑この線引きについては「
電動自行車通用技術条件」
の改定に際してなお調整の可能性がある︒ 本稿において「
電動自転車」
のカテゴリーを中心に扱うのは︑時系列の生産統計を目安程度であれ把握できるのが︑軽車両に区分される電動二輪車に限られているからである︒しかし︑理由はそれだけでない︒比較的低い技術条件で軽車両の領域において発展したことに意義を見出しているからであり︑むしろこの点に重点があるとさえ言える︒
㈡ 中 国 に お け る 電 動 二 輪 車 製 品 化 の 経 緯
電動車両の開発研究は︑一九八〇年代以前にすでに始まっており︑八〇年代には自転車メーカー等が関わる形で︑上海︑江蘇︑天津その他の地域で電動二輪車が製品化された︒例えば山東省では上海の電動二輪車に触発され︑開発︑生産が始まっ ﹀4︿た︒九〇年代初頭にもオートバイの発展に触発され︑一部で製品化された︒ただ︑いずれも価格︑技術面の課題から普及には至らなかった︒ 量産化の起点は一九九五年である︒九四年より大学︑研究機関との連携︑海外展示会での情報収集を経て︑九五年に上海市の投資会社の傘下にあった専業メーカーが量産化を実現した︒天津︑江蘇︑浙江においても研究開発が進み︑上海とほぼ同じ頃︑製品の開発に成功した︒そしてわずかに遅れ︑山東でも量産化が実現し
﹀5
︿た︒ このうち︑天津の場 ﹀6
︿合は︑天津航空機電公司が一九八三年から市政府の計画の下で電動車両の開発に着手しており八六年には試作車が完成している︒そして九四年に当時の市長が電動車両の研究開発の加速を提起し︑市の科学技術 委員会が電動車両の研究開発に助成を行った︒九七年になると︑市政府はまた専門家の会議を開き︑そこで入札を行い︑電動車両の開発促進を目的に補助金を出すことになった︒そして国有企業で電動車両の開発に直接従事してきた退職者が創業した企業等が九〇年代末に政府部門の開発助成を受け︑生産し始めた︒ 一九八〇年代に天津市が電動車開発に着手する契機となったのは︑日本のナショナル自転車工業︵現パナソニックサイクルテック︶が自走式の電動自転車を製品化したことであり︑また︑九〇年代に開発助成を受けて製品化に成功した企業が開発の参考にしたのはヤマハ発動機の製品であった︒九〇年代以降の量産期初発企業は︑各地いずれも多かれ少なかれ日本の電動アシスト自転車を参考にしている︒しかし︑アシスト機能はニーズがなく︑コストもかかることから量産過程では採用され ﹀7
︿ず︑ハンドグリップ方式に収斂した︒
二 電動二輪車普及の理由
電動二輪車の生産は︑以下の要因が相互に関連し合いながら︑一九九八年の五・八万台から一〇年余りの間に三〇〇〇万台以上に増加した︵図
1
︶︒輸出 内需 ,
, , , , ,
(万台)
(年)
図1 電動二輪車(電動自転車)の生産台数 出所:Cycle Press各年版、中国自行車編輯部各号により作成。
(台)
(年)
図2 電動二輪車都市部100世帯平均保有台数 注:「助力車」の保有台数。
出所:国家統計局編各年版により作成。
㈠ 需 要 要 因
経済改革が職住分離をもたらし︑通勤・通学・通園等の生活圏が拡大した︒にもかかわらず︑公共交通手段の整備が追いつかなかったことから︑従来の自転車よりも楽に移動できる手段が求められた︒経済改革がもたらした経済成長で可処分所得が増加し︑乗用車には手が届かないが一般の自転車よりも高価な移動手段を購入できる層が形成された︒また︑オートバイの走行が環境︑交通混乱を理由に一部大都市で制限・禁止され︑その代替手段が求められた︒さらに︑二〇〇三年にSARS︵非典型肺炎︶が流行した折には︑公共交通手段の利用を避ける目的で電動二輪車の需要が拡大した︒このような理由から︑電動二輪車はまず都市部で急速
(台)
年 年 年
年
年
年 年 年 年 年
最低所得層
(%) 低所得層
(%) 中の下所得層
(%) 中の中所得層
(%) 中の上所得層
(%) 高所得層
(%) 最高所得層
(%)
図3 電動二輪車(電動自転車)
都市部所得階層別100世帯平均保有台数 注:「助力車」の保有台数。
出所:国家統計局編各年版により作成。
に普及した︵図
2
︶︒所得階層別の一〇〇世帯平均電動二輪車保有台数の推移︵図 なお平均保有台数が増加していることである︵図 所得階層別平均保有台数の形状が逆U字型に変化しても︑ の変化を示している︒ただし︑オートバイと異なるのは︑
3
︶をみると︑オートバイのそれから数年遅れた形状実用︵移動︑運搬︶に特化してきたということである︒ とは︑電動二輪車の用途が︑都市部にせよ農村部にせよ︑ 大しており︑総保有台数は増加趨勢にある︒注意したいこ さらに近年では︑都市部と隣接する農村部での需要が拡 大している︒ 考えられる︒加えて都市部では宅配業務用途のニーズが拡 得層では実用用途の自転車からの代替が進んでいることが 所得階層についてはマイカーに代替されても︑中・低位所
2
︶︒高㈡ 制 度 ・ 法 規 要 因
⑴ 軽車両への分類 電動二輪車が普及した理由の一つは︑フル電動推進力をもちながら上記のように運転免許を要さなかったことである︒道路交通管理条例︵一九八八年公布︶では自転車・三輪車に動力装置を付けることが明確に禁止されていたにもかかわらず︑上海で電動二輪車が製品化された際︑市公安局軽車両管理部門がこれに対し自転車と同じ軽車両として