アカデメイア
インド産業調査ノートから
商学部長 石 上 悦 朗
インド経済は近年、目覚ましい発展と変貌を示し ているが、開発経済学、産業発展論に対しては検討 すべきいくつかの「謎」も提示している。その一つ は、今日先進国と括られている諸国や東アジア諸国 の経験とは大きく異なる産業発展の経路をたどって いるように、少なくとも現時点では、見えることで ある。即ちインド独立後60余年をみると、付加価値 および就業構造の双方において農業−工業−サービ スの順に産業構造が変化、高度化するのではなく、
付加価値レベルでは農業のシェア減少とサービスの 増大が相補する形で現れ、工業の構成比は1980年代 以降停滞的である(2011年度
GDP
構成:農業14%、工業27%、サービス59%)。工業の構成比が拡大し ないということはその中核である製造業の発展が サービスに比べ緩慢であることを示す。農業の経済 活動に占める地位は
GDP
で見ると、このように存 在感を低めているが、農村は今日でも約3分の2の 人口が居住している。サービス部門の拡大とその一部を構成するソフト ウェア産業に着目して「インドは工業ではなく、サー ビスの発展によって、しかも
IT
サービスでは高学 歴の人材による世界経済への参入という点できわめ てユニークである」という趣旨の議論も見られる。インドの経済発展に見られるもう一つの特徴は経 済成長にも関わらず「雇用」の増大が伴わないこと である。ここで言う雇用とはインド政府の用語法に よる組織部門(10人以上雇用の事業所ないし政府部 門)および正規雇用を指す。雇用者数はたしかに増 大しているのであるが、その中身は家内・自営を含 む零細事業所や契約・請負・短期などの非正規雇用 が大半である(雇用者全体の92%、農業を含む)。 後者は大規模な企業においても近年ますます顕著に なっており、インドに進出している日系企業も例外 ではない。わが国においても非正規雇用、ワーキン
グプアといわれる雇用者の大量出現が大きな社会問 題となっている。インドがわが国と根本的に異なる のは正規雇用が大量化し、しっかりした中間層を創 出する前にセーフティネットをもたない非正規雇用 が一般化しているという点である。このような事情 もあり、インド人口のなんと76%が国際機関の「貧 困および脆弱な人々」(一日の所得が購買力平価で 2ドル未満)というカテゴリーに属する。
製造業の裾野が何故に速やかに拡大しないのか、
企業・工場における雇用と生産管理、出稼ぎ労働者 を通じた工業(都市)と農業(農村)の連関につい て、さらには企業家の出自・プロフィールなどにつ いて実際に現場を訪問して聞き取り調査をする必要 性を強く感じるようになった。幸い、科研費(基盤 S「インド農村の長期変動」、基盤B「インド成長 産業のダイナミズムと空間構造」)およびアジア経 済研究所「インド農工連関研究」などに分担者とし て参加できたので、筆者がこれまで調査を進めてき た鉄鋼業に関して、大手一貫製鉄所ではなく地方の 中小メーカーを初めて研究対象として取り上げるこ ととした。2010年、2011年に北インド、パンジャー ブ州のルディアーナーと周辺の鉄鋼クラスターの調 査を実施した!。今年度は南インド、タミルナドゥ 州のコインバトールを訪問調査する。
調査を通じて、地方においては経済活動における 伝統的な、広い意味でのカーストがいまだ根強く残 存し、地域や出自を異にする企業家および商人がモ ザイク状に活動領域を展開しているということを再 認識した。インドの資本主義化、市場経済には実に 多様で複雑なアクターが存在する。
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アジア経済研究所の調査報告(中間成果)は以下を見 られたい。http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2011/
pdf/103_ch 3.pdf
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