上高地西部,善六沢および玄文沢源頭の地すべり移動体における線状凹地埋積物(SMA-2019 コア)の層序と年代

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上高地西部,善六沢および玄文沢源頭の地すべり移動体における

線状凹地埋積物(SMA-2019 コア)の層序と年代

Geological description and chronological estimation of a drilling core recovered

from a linear depression on a landslide body in the upper Genbun-zawa and

Zenroku-zawa Basins, Kamikochi Valley, the northern Japanese Alps

苅谷 愛彦 専修大学文学部環境地理学科1 高岡 貞夫 専修大学文学部環境地理学科2 要 旨 北アルプス南部,上高地の梓川支流である善六沢と玄文沢の流域では,岩盤の重力変 形が進行し,線状凹地や低崖などの重力変形地形や,地すべり・崩壊地形が発達する.両沢の 源頭における斜面変動の過程と環境変化を論じるための基礎資料を得る目的で,地すべり移 動体上に生じた線状凹地でハンドオーガー掘削を行った.その結果,長さ(深さ)168 cm に 達するコアを回収できた.このコアから14C 年代試料とテフラ試料を採取し,編年を行った. 両沢の源頭では 7500 IntCal20 BP ころまでに地すべりが起きて移動体と線状凹地が形成され, 6250 IntCal20 BP ころには線状凹地内とその周辺に植生が成立して腐植や泥炭が集積した.こ れは近接する別の線状凹地でなされた先行研究の結果と調和的で,両沢の源頭における斜面 変動は完新世前半にすでに生じていたこと,すなわち線状凹地は形成から 7500~10000 年程 度経過していることが一層明確となった. 1. はじめに 北アルプス南部の上高地一帯は国の特別名勝・特別天然記念物に指定され,中部山岳国立公園特別保護地 区に含まれるなど,卓抜した山岳景観や豊かな自然環境で知られる.上高地の自然を将来にわたり継承する には環境の保護や保全が必要であるが,それらを適切に進めるには,上高地の自然史とその特性を具体的か つ詳細に明らかにしておく必要がある. こうした背景のもと,筆者らは上高地一帯の山地に発達する線状凹地底の水域や湿地に着目し,それらの 地形発達史と植生史,生物自然史の解明を進めている.線状凹地を埋積する土層の特質を明らかにすること は,線状凹地を形成する駆動力でもある山体重力変形(千木良,2013)の過程や斜面上の環境変遷と,それ らに規定された動植物の分布や盛衰を解明する鍵になると考えられるためである.これまでに,筆者らは梓 川右支の玄文沢と善六沢の源頭において,線状凹地底に存在する「きぬがさの池」と「西穂池」で掘削を行 い,埋積物の層序と年代を明らかにした(苅谷・高岡,2019;苅谷ほか,2020).その後,これら 2 地点に近 接する別の線状凹地でも掘削を行い,コアを得ることができた.本稿では,この 3 本目のコアについて層相・

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3.3 年代測定およびテフラ同定の試料 SMALD 埋積物の年代を決めるため,年代測定試料として SMA-2019 から大型植物遺体(枝葉や球果の破 片など)や腐植質シルトを採取した. 年代試料の前処理と年代測定は加速器分析研究所に委託した.前処理の手順は苅谷ほか(2020)が述べて いるものと同様とした.処理後の試料について,同社の加速器により13C 濃度の測定と14C の計数を行った. 14C の半減期は 5568 年とし,測定値に同位体分別補正を施して14C 年代(1σ)を計算した.14C 年代は IntCal20

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山ガラスは一部褐色を帯びた泡壁状・平板状を特徴としており,北アルプス各地で発見される鬼界アカホヤ の火山ガラス片に似る.今後,屈折率測定や化学組成分析を行い,SMA-2019 の深度 127~128 cm で発見さ れたこの火山ガラスの起源や混交の可能性を検討する余地がある.また肉眼所見の限り,SMA-2019 では Ykd-TNkb にあたるテフラ層やテフラ粒子は確認できなかったが,推定堆積年代からは,S2 帯上限付近から S3 帯にかけて含まれる可能性がある. 4.4 線状凹地の地形変化・環境変化 SMA-2019 の地質記載とその解釈および編年に基づくと,SMALD の地形発達や環境変化は以下のように 推定される. SMALD は遅くとも 6250 IntCal20 BP ころには存在しており,凹地の底部に砂礫を堆積させていた.S1 帯 がそれにあたる.また堆積速度の外挿に基づくと,SMALD の初生的起源は 7500 IntCal20 BP ころか,それ 以前に遡る可能性もある(図6).SMALD と同様に,「きぬがさの池」や「西穂池」でも9000~10000 cal BP, もしくはそれ以前に線状凹地が形成されていたとみられる(苅谷・高岡,2019;苅谷ほか,2020).したがっ て,善六沢や玄文沢の源頭に存在するこれら3 つの線状凹地は,その当初の形成がどれも完新世前半にまで 遡り,形成後7500~10000 年程度経過していると判断される.

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始まり,約 6250 cal BP 以降に腐植を含むようになり,この時代には SAMLD の周囲に植生が成立していた と判断される.6250~2270 IntCal20 BP にかけての 4000 年間は腐植の集積が続いた(S2 帯)が,この期間に 何度か土砂流入があった.それらはグローバルな気候変動に関係していた可能性がある.また 3700~3800 IntCal20 BP には焼岳下堀沢溶岩流の流出に関係したテフラが降下堆積したことが考えられる.同様の土砂 流入は2020~2350 IntCal20 BP ころにも生じた(S3 帯)が,これには気候変動や斜面変動のほかに,約 2300 cal BP の焼岳中尾テフラ群の降下が影響を及ぼした可能性がある.その後,現在に至るまで SMALD では腐 植質シルトや泥炭の集積が続いている(S4 帯). 謝辞 本稿は科研費(17H02033,20H01390;研究代表者 高岡貞夫)と平成 31 年度専修大学研究助成個別研究 「中部日本の山地における大規模斜面崩壊と自然環境変動との関係解明」(研究代表者 苅谷愛彦)の研究成 果の一部である.現地調査では徳本直生さん・木村恵樹さん・丸山正睦さん(専修大学大学院生・学生)と 粟澤 徹さん(西穂山荘)の協力を得た.掘削と試料採取は関係機関から許可を得て行った.ここに記して, 各位に感謝申し上げます. 参考文献

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参照

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