通訳実務能力涵養に向けた実習指導方法の考察
内藤 稔
はじめに
1. 実習の準備指導
1.1. 用語集
1.2. 事前打ち合わせ
2. 実習後の学習指導
2.1. 書き起こし
2.2. 報告書
2.3. ログシートと個人学習カルテ
3. 今後の課題
3.1. 希望する実習の通訳形態とテーマ
3.2. 期待される指導方法とまとめ
はじめに
本稿は、東京外国語大学大学院総合国際学研究科国際コミュニケーション・通訳専修コース
(以下、通訳コース)における、同時通訳および逐次通訳形式に則る日英・英日通訳実習に向 けた事前準備指導、並びに実習後の学習指導で導入されている自学自習による通訳学習法を考 察し、実践的な通訳能力を涵養する上で必要な実習の指導方法を検討するものである。
通訳コースでは、文部科学省・大学院教育改革支援プログラムにより採択された「即戦力通 訳者養成のための高度化プログラム」を平成19年度より実施・運営している。本プログラムで は、確実にスキルを身につけさせる段階的かつ集中的な通訳実践教育を主眼のひとつに謳って おり、一般的な通訳にかかわる指導だけでなく、「高度職業人養成」をキーワードとし、実践教 育の一部をなす実務体験(On the Job Training)を強化し、通訳現場で即時に活躍可能な通訳 者養成を図っている。
具体的には、主として通訳コースの最終学年度に在籍する学生を対象に、学内外で開催され る各種講演会や会議、ワークショップなどの場において、日英・英日両言語方向による逐次通 訳あるいは同時通訳を行う実習の機会を提供している。実習では、多様なスピーカーを招き、
学生に異なるアクセントを体験させること、またスピーチスタイルもアドリブ形式や原稿付の
ものなど複数のパターンを提供することが重要だと考えられており[Macintosh 1995:119-133]、 実際の現場さながらの緊張感を与えるよう設計がなされている[Tsuruta 2000:96]。このような 実際の講演会や会議をもととした実習は、市場の需要をカリキュラムに組み込む上で有用な方 法と考えられており[Lee 2005:115]、通訳コースでは、平成20年度において、外交・国際関係、
学術、スポーツ、法律、金融など幅広い分野で、それぞれの業界で通訳者として業務を遂行す るのに必要とされる実務体験教育を充実させた。以下に同年度に実施した実習テーマの一部を 報告する。
z 第7回TICAD外務省・NGO定期協議会
z 新時代のアフリカ・日本間交流促進に向けた官民連携懇談会 z People’s TICAD
z ジョアキン・シサノ元モザンビーク共和国大統領特別講演会:アフリカの平和のために 我々は何をすべきか~大学生へのメッセージ
z Insights into Effective Communication
z 第3回温暖化セミナー「低炭素社会の実現に向けて―世界の都市を例に―」
z CFA(Chartered Financial Analyst)の世界 z Traditional vs. Non-traditional Security z シティの素顔とその魅力
z Japan's Soft Power-Hard Power Balancing Act z The New York Yankees and Japan: A Rich History
z The HIV/AIDS Epidemic and Regional Cooperation in East Asia
z 企業のコンプライアンスとCSRの実務~法的責任と社会的責任の交錯~
z "China" in the Contemporary Nationalists' Reconstruction of "Japan"
z 神田外語大学 市民のための文化講座「源氏物語における美について」
z 通訳翻訳研究の過去・現在・未来
z TICAD市民社会フォーラム
z 暴力とジェンダー
通訳コースでは、これらの実習に加え、米国の非営利独立系ニュース番組であるDemocracy Now!の傘下であるDemocracy Now! Japanと協力し、ニュース吹き替え通訳演習を実施した。
Democracy Now!は北米500局以上で放送されており、各種コミュニティ・ラジオ局や衛星放送、
ケーブルのパブリック・アクセスTVチャンネル、インターネットなど、さまざまな形態の非
営利の公共放送が協力した全世界配信ネットワークのさきがけであり、最大のものである。通 訳コースでは平成20年度を通じて、コースに在籍する全学生25名を対象に実習を行い、近年 メディアの国際化と多角化に伴い、需要が拡大するとともに要求水準が高まっている放送通訳 者の養成に向けた指導を行った。生徒が実際に通訳した音声は動画に組み込まれる形で全世界 に配信されるなど、本格的な実践の場となった[内藤 2008:265-266]。
また平成21年度においては、在日米国大使館の外交官であるJamie Roane氏を招き、「African American Journeys: Struggle, Progress, and Hope」というテーマで講演会を開催し、英日同時 通訳実習の機会をすでに設けている。この実習では、新たに学内に設置された同時通訳専用ブ ースを活用するなど、通訳者として第一線の現場で活躍するのに肝要な実務能力向上を目指し た取り組みの機会となった。
1. 実習の準備指導 1.1. 用語集
通訳コースの実習における準備方法の指導を以下に示す。まず学生は、教員から提示された 講演会などのタイトルやスピーカー名から、インターネットなどを活用して独自の情報収集を 行うことが求められている。たとえばスピーカーが過去に行った関連分野における講演や著作 物をもとに当日の講演会で頻出されると考えられる用語を抽出し、エクセルファイルにまとめ、
用語集を作成するよう指導を行っている。
その際、用語集は1人の学生のみが使用するのではなく、実習にあたる全学生が共有できる よう、通訳コースが独自に設定したアップローダーに各々ファイルをあげるよう義務付けてい る。講演会によっては、開催までに時間的な制約が厳しく、また講演で扱われるトピックが多 岐にわたる場合もある。このような場合、学生は自主的に作業分担を行い、自身に割り振られ たトピックについてのみ用語集をまとめ、ファイルをアップローダーにあげることになる。こ うした分業により、講演会で扱われると想定される用語のすべてを網羅することが可能となっ ている。そのほか、アップローダーを活用することのメリットとして、当日、通訳時に使用す ることばの統一を図ることが挙げられる。たとえ訳出に誤りはないとしても、通訳全体を通し てひとつのことばが異なる用語で通訳されていては聞き手の混乱を招くことになる。実際の通 訳現場でも、本番前に通訳者同士でことばの統一を図るのは慣例となっており、この習慣を通 訳学習時から体得させるのも、準備の指導にあたっては重要な要素となっている。
指導に際しては、1時間の講演会につき、平均で100単語以上を用語集に収めるようアドバ イスを行っている。訳出を行う言語にもよるが、英語から日本語への通訳の場合、用語集の左 側の項目に英語、その右側に日本語で用語を羅列するよう指導している。また用語自体の並べ
方は個々の自主性に任せているが、アルファベット順、あるいは講演会でスピーカーが使用す る資料の順番に沿って羅列させるようにしている。
またアップローダーは用語集のみに使用されるにとどまらず、スピーカーが当日の講演会に 備え、事前に教員側に送付するパワーポイントやワードによる講演資料の受け渡しにも活用さ れている。学生は教員からの連絡を受け、各自アップローダーを確認し、通訳資料として印刷、
準備にあたるよう指導がなされている。この資料をもとに学生は教員からのアドバイスを受け ながら、講演会当日の割り振りを討議、決定している。講演会は授業の一環として実施される ため、通常1時間の講演部分、30分の質疑応答、計1時間半の時間構成となっているが、アッ プロードされた資料と担当人数をもとに通訳担当表を作成することになる。たとえば学生 10 名で1時間半の講演会に当たる場合、時間を平等に切り分け、ひとりにつき9分の担当時間と することもあるが、アップロードされた資料をもとにディスカッションを行った結果、時間単 位ではなく、資料の枚数単位で分担を決定するなど、学生の自主的な発想や意見を取り入れた 形で実習を行う例もある。
学生は演習に備え、上記の方法で用語集や事前資料の準備にあたることになる。共有した用 語集については各自が読みやすいようにその後編集を加えることもある。また事前資料につい ても、スピーカーが読み上げる原稿が用意されている場合は、授業内外においてサイト・トラ ンスレーション(視訳)を行い、当日に備える学生も多い。学生によっては自分の担当する分 野を複数回サイト・トランスレーションするだけではなく、資料全体を数度にわたり練習する ことで、講演会自体の内容把握を心がける例も少なくない。その際、スピーカーが読み上げる 原稿をテープや IC レコーダーに吹き込み、同時通訳の練習を繰り返し行うなど、自主的な準 備方法の取り組みもみられている。
1.2. 事前打ち合わせ
講演会当日については、実際の通訳現場と同様、スピーカーとの事前打ち合わせ(ブリーフ ィング)の時間も実習の一部として設定している。事前打ち合わせの時間は、スピーカーによ り10~30分程度と幅があるものの、学生はこの機会を活用し、個々の事前準備あるいはグルー プによる勉強会で明らかになった不明点や疑問、質問などをスピーカーに確認することを求め られている。たとえば辞書に掲載されているままに直訳しては訳出がうまくいかないと判断さ れる箇所などについて、各学生がスピーカーに質問を行い、詳しい説明を求めることで、正し い語彙の理解とそれにもとづく正確な訳出を全員が共有することができる。これにより統一感 の図れた表現を用いながら、実習を行うことが可能となっている。
またこの事前打ち合わせは、単に学生からの質問にスピーカーが答えるためだけに設定され
ているものではない。学生は事前打ち合わせを通し、スピーカーが持つ話し方の癖やスピード を把握することにより、演習時の訳出向上が期待されている。
2. 実習後の学習指導 2.1. 書き起こし
通訳コースでは準備方法の指導だけではなく、実習実施後にも授業内外を通じた学習指導を 行っている。この場合においても、演習用のアップローダーの活用を図っている。
まず実習終了後ただちに、教員側がICレコーダーに録音したスピーカー音声ファイル(mp3 形式)をアップローダーに公開する。同時に、学生もまた IC レコーダーに録音した通訳全体 音声ファイル(mp3形式)を同じアップローダーにあげる。これによりインターネット上に揃 った2種類の音声ファイルをもとに、学生は各自が担当した講演会部分の書き起こしを行うこ とになっている。書き起こしは共通のフォーマットに則り作成され、ワードファイルの右側に スピーカーの音声、左側に通訳音声を記入するよう指示している。通訳コースでは実習ごとに 毎回学生代表を設けており、各学生が書き起こしたものを学生代表が通訳担当表にあわせてひ とつのファイルにとりまとめる役割を課している。学生代表は後日ファイルをアップローダー に流し、通訳を担当した学生全員が共有する仕組みになっている。
教員もまたこのアップローダーにアクセスし、実習後の授業開始時までに、取りまとめられ たファイルについて、個々の学生に必要な反省点や改善点、あるいは訳出上の注意点などのコ メントを用意しておく。一方、学生も授業時までにファイル全体に目を通し、自分自身のみな らず、ほかのクラスメイトが行った通訳実技についても適宜フィードバックを与えることがで きるよう指導している。これは個々の学生が抱える課題や問題点を的確に把握するため「気付 き」の場となっており、またその後クラス全体でそれぞれのケースについてディスカッション を重ねることで、問題解決の手段や方法を導き出す論理的思考力を養う機会も兼ねている。
またディスカッションを行うにあたり、自分以外の学生による書き起こしにも目を通すこと で、自己批評能力だけではなく他者批評能力も同時に養うことが期待されている。ピアレビュ ーとも称されるクラスメイトからの批評は、時として厳しいものにもなり得るが[Tsuruta
2000:96]、これらの機会を活かし、さらに訳出に対する意識を高めていくことが可能となる。
また通訳のスキルやパフォーマンスを向上させる際において、グループ形式による演習や同僚 通訳者からのフィードバックに大きく依存する[Hartley, Mason, Peng, Perez. 2003:2]ことから も、書き起こし作業を通じて学生間で行われる相互批評の果たす役割は有益なものであると考 えられる。
書き起こしは、実習時以外にも、通訳コースの通常授業の一部で取り入れられている。通訳
コースでは平成21年4月に東京外国語大学通訳特化コース(以下、特化コース)に在籍する学 部生を含む、全28名を対象に無記名式のアンケート調査(以下、本アンケート調査)を実施し たが、過去に書き起こしを行った経験のある回答者の84.6%が「書き起こしは役立っているか」
の問いに対し、「役立っている」と答えた(図1)。
84.60%
15.40%
役立っている 役立っていない
図1:書き起こしは役立っているか
本アンケート調査では、書き起こしを経験することで得られた事柄として、以下表1に挙げ る5項目のうち、当てはまるものすべてにチェックを入れるよう質問を設定した。
表1:書き起こしに関する質問項目 自分の通訳の癖に気付いた
フィラーを意識するようになった 冗長さが減った
デリバリーにより配慮するようになった
表現や訳語の選択により気をつかうようになった
このうち、書き起こしを行ったことにより「自分の通訳の癖に気付いた」が100%ともっとも 多く、それに続いて「デリバリーにより配慮するようになった」、「表現や訳語の選択により 気をつかうようになった」が共に 76.9%で同位となった。それに続き「フィラーを意識するよ うになった」が69.2%、「冗長さが減った」はもっとも低く、15.3%であった。このことからも、
書き起こしが「気付き」のきっかけとしてさまざまな効果をもたらしており、また自己評価能 力の涵養にもつながっていることが考えられる。以下、結果を図2に示す。
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
書き起こしは役立っているか 自分の通訳の癖に気付いた フィラーを意識するようになった 冗長さが減った デリバリーにより配慮するようになった 表現や訳語の選択により気をつかうようになった
(%)
図2:書き起こしを通して得られた事柄
2.2. 報告書
書き起こしに加え、通訳コースでは学生による自己評価能力の向上を目指し、実習後に「通 訳・翻訳業務報告書(以下、報告書)」の提出を義務付けている。報告書は業務を遂行した全学 生に対し、主として通訳業務を通して学んだ点や反省点を記述させることで、内省を促すため のものである。これは学生本人が自分の通訳者としての行為が、コミュニケーションの成功に つながっていたかどうかを評価することが、通訳者としての成長につながると考えられる[鶴田 2004:201]ためである。
報告書では、記入項目として「事前準備」や「通訳業務(声、態度、内容、発音)」、「依頼者 とのコミュニケーション」を5段階で自己評価させるほか、「準備段階で行ったこと」、通訳技 術に関する点を中心とする「通訳業務で気づいたこと・学んだこと・反省点」、「次回へ向けて の課題」などの項目を各学生が自由に記述する形式となっている。
報告書は、実習終了後48時間以内に電子メールにて教員側に提出することを必須としている。
これは通常の通訳現場においても、業務の発注を受けた通訳・翻訳エージェントに対し、業務 終 了 後 た だ ち に 業 務 内 容 の 報 告 を 行 う と い う 慣 例 に 基 づ く も の で あ る 。 こ れ は
Kurz[2002:65-72]が指摘するように、通訳学習者に対して行われるトレーニングは雇用市場の実
態に応じるべきであるとする実践教育の一環である。
提出された報告書は教員が確認、また実習後の授業においてもクラス内ディスカッションの 題材として活用されている。各学生からの自己評価をもとに、教員が個々にフィードバックを
提供し、共通する課題について適宜討論および検討を行っている。また報告書は後述する個人 学習カルテに含むことで、学生が大学院修了後にフリーランスおよび社内通訳者などの道を選 択し、活動を開始する場合において、就職希望先あるいは通訳・翻訳エージェントへの登録の際 に提示する業績一覧表に添付可能な資料としての役割も担っている。学生には実習後に毎回提 出を求められている報告書をまとめ、そのほか、先述した用語集などとあわせて、ひとつの自 己PR材料とすることが期待されている。このような実践的な取り組みを平素から義務付ける
ことが、[Kurz 2002:66]も言及するように、(雇用主からの)需要と(大学からの)供給との一
致に向けて通訳者養成を行う教育機関が果たすべき役割であると考えられている。
以下に、本アンケート調査で行った報告書に関する調査結果を示す。報告書については通訳 コースおよび特化コースに在籍する全回答者26名のうち、過去に報告書の記入を行った経験の ある14名を対象とした。その際、報告書記入により得られた事柄として、表2に示す以下の5 項目のうち、当てはまるものすべてにチェックを入れるよう質問を設定した。
表2:報告書に関する質問項目 反省することで自分の弱点を把握することができる
準備方法の改善につながる 今後の課題点が明確になる 自身の実績の記録となる 客観的な自己評価が可能となる
ここでは、報告書を記入したことで「自身の実績の記録となる」とした答えが 85.7%ともっ とも多いことが明らかになった。それに続いて「反省することで自分の弱点を把握することが できる」、「今後の課題点が明確になる」が共に 78.5%で同位となった。このことからも、学 生は報告書が今後通訳実習に携わる上での問題点を把握し、より優れた訳出を行うための適切 な機会として捉えているだけでなく、将来通訳者として活躍する際に有効な記録となると考え ていることが示唆された。以下、結果を図3に示す。
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
反省することで自分の弱点を把握することができる 準備方法の改善につながる 今後の課題点が明確になる 自身の実績の記録となる 客観的な自己評価が可能となる
(%)
図3:報告書により得られた事柄
2.3. ログシートと個人学習カルテ
そのほか、実習後の指導として通訳コースで取り入れられているのが「ログシート」と呼ば れる自己学習管理記録表である。ログシートは、学生が、個人あるいはグループで実習に向け 学内外で費やした準備時間および練習時間、講演会の依頼主との電子メールを通じたコミュニ ケーション、そのほか、報告書といった自身の訳出を振り返る文書を作成するのに要した時間 などを時間単位で記録していくものである。特に授業のみならず、それ以外の学内外での練習 や研鑽が強く求められる通訳コースにおいては、学生が定期的かつ詳細にログシートを記入す ることで、目標管理を含む自己学習管理が促進されることを狙いとしている。ログシートでは、
主に以下に羅列する項目がログ可能な事項として指定されている。
授業以外の教材を利用した個人またはグループによる自主練習 通訳コース主催講演会の準備、連絡、打ち合わせ、通訳、出席 日本通訳翻訳学会関連行事への出席
東京外国語大学通訳研究会主催・学生通訳コンテストへの参加、観覧 通訳コースが依頼した学内外での通訳・翻訳業務
報告書の記入
他方、以下に挙げる項目については、別途教員からの特別な指示がない限りにおいて、ログ
可能な事項として認められていない。
z 通常の授業への出席 z 通常の授業の予習や復習
z 一般知識を得るために新聞や雑誌を読む時間
このログシートには最低記入必要時間数が設定されている。時間数は各学年により異なって おり、通訳コースのプログラム設計上、実習にあたる時間数が年間でもっとも多い修士2年生 および特化2期生は、1学期につき最低150時間分のログを記入することが求められている。
一方、修士1年生および特化3期生は120時間、また特化4期生については100時間を個人・
グループ練習などといったログ可能な学習や活動に費やすよう定められている。
以下、ログシートに関する本アンケート調査の項目を表3に示す。ログシートについては、
通訳コースおよび特化コースに在籍する全学生28名を対象とした。その際、ログシートを記入 することにより得られた事柄として、表3に示す以下の5項目のうち、当てはまるものすべて にチェックを入れるよう質問を設定した。
表3:ログシート記入に関する質問項目 通訳学習の動機づけとなる
日々の練習時間の把握に役立つ
どのような通訳訓練を行っているか把握できる 自己学習管理につながる
スケジュール管理にプラスとなる
本アンケート調査では、ログシートを記入することが「自己学習管理につながる」と考えた
学生が85.7%と最多数を占めることがわかった。それに続き「日々の練習時間の把握に役立つ」
が82.1%、「通訳学習の動機づけとなる」が71.4%となった。以下、結果を図4に示す。
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
通訳学習の動機づけとなる 日々の練習時間の把握に役立つ どのような通訳訓練を行っているか把握できる 自己学習管理につながる スケジュール管理にプラスとなる
(%)
図4:ログシート記入により得られた事柄
そのほか、ログシートは用語集、実習に備え用意された講演会のポスター、事前準備の段階 で使用した各種資料などとあわせてバインダー形式にまとめられ、個人学習カルテとして、各 学期末に教員に提出される。あわせて、カルテには各自が設定する通訳スキルの向上を目指す 上での中長期的目標、並びにそれを達成するための手段も報告するよう求められている。提出 されたカルテは教員側が内容を確認、また詳細なフィードバックを書き加えた上で返却される 流れになっている。これにより教員からの直接的かつ個人的な指導が付加された「双方型学習 カルテ」が作成されることになる。学生は教員側のアドバイスをもとに、次の学期で達成され るべき目標を再設定し、その上で必要となる自学自習方法を模索し、取り組むことが期待され ている。
同様の取り組みは、通訳者養成プログラムを有する海外の主要な大学院でも取り入れられて いる。たとえば米国・カリフォルニア州にあるモントレー国際大学通訳翻訳大学院(Monterey Institute of International Studies, Graduate School of Translation and Interpretation)においても、
修士2年生を対象としたPracticum in Interpretationと呼ばれる授業で、ポートフォリオと称さ れる形で自己の学習管理能力を養う試みがカリキュラムの一部に組み込まれている。現在通訳 コースにおいては、個人学習カルテの作成は履修単位の対象外であり、あくまでも自己学習管 理を促すための手段にとどまっている。大学院生のみならず学部生も在籍するという通訳コー スの独自性をふまえ、今後は自学自習の動機付けとなるよう、通訳教育の初期段階から個人学 習カルテをカリキュラムに取り入れることが望ましいと考えられる。
3. 今後の課題
3.1. 希望する実習の通訳形態とテーマ
通訳コースでは、引き続き即戦力となる通訳者養成を目指し実施する実習の計画にあたり、
本アンケート調査の一環として「今後実習で取り組みたい通訳形態」および「希望する通訳実 習のテーマ」をたずねた。通訳形態の調査にあたっては、「放送通訳」、「ウィスパリング通訳」、
「逐次通訳」、「同時通訳」を挙げた。一方、希望するテーマについては、「スポーツ・エンタ ーテイメント」、「文化」、「時事問題」、「外交・国際関係」、「IT」、「経済・金融(IR を含む)」の各テーマを調査の対象とした。学生は両調査ともすべての項目に対し、5 段階で 評価を行った。両質問事項において「1(関心がない)」、「2(あまり関心がない)」、「3(普通)」、
「4(希望)」、「5(強く希望)」と設定した。以下、各質問事項の結果を図5、図6に示す。
0 1 2 3 4 5
同時通訳 逐次通訳 ウィスパリング通訳 放送通訳
(ポイント)
図5:今後実習で取り組みたい通訳形態
0 1 2 3 4 5
経済・金融(IRを含む)
IT 外交・国際関係 時事問題 文化 スポーツ・エンターテイメント
(ポイント)
図6:希望する通訳実習のテーマ
図 5 に示されるとおり、通訳形態としては、特に「同時通訳」、「逐次通訳」がそれぞれ4.4 ポイントと学生からの希望が強いことが明らかになった。また図6からは、今後通訳実習で扱 いたいテーマとしては「時事問題」が4.5ポイント、「外交・国際関係」、「文化」がそれぞれ4.5 ポイントとなっており、学生からのニーズが高いことが分かった。すでに平成20年度において も、同時通訳および逐次通訳形式に重きを置いた実習を運営しているが、引き続きこの両形態 を中心に据え、また講演会のテーマについても、時事問題に対する理解を深めることを軸とし ながら、さまざまな分野を網羅する実習の展開が望ましいことが分かった。
3.2. 期待される指導方法とまとめ
通訳コースでは本アンケート調査において、コースに在籍する学生からの要望やニーズを把 握することを目的として、「実習・実技を行うにあたり望む指導方法」および「通訳コースで得 られることとして何を一番重視しているか」とする質問事項を設定し、自由記述形式で回答を 求めた。
その結果、学生からは「通訳技術の習得を通して、総合的な思考力の向上を目指す」、「プレ ゼン力や論理的思考力を鍛えたい」、「相手の話のメッセージを掴む力などのコミュニケーショ ン力」、「通訳スキル向上はもちろん、英語力向上・教養を身につけることを一番重視している」
「英語力、英語の文を組み立てる上での英語的思考法を学びたい」などの意見がみられた。そ の一方、「具体的、実践的訓練の積み重ね。背景知識構築のための戦略」、「様々なジャンルのス
ピーチの実習があると、知識の蓄積ができて良い」など、通訳者にとって必要不可欠な背景知 識の増強を視野に入れた実習を強く求める声も聞かれた。これらの回答をふまえ、通訳コース では引き続き通訳実習を実施するにあたり、通訳形態や適切な講演会テーマの設定のみならず、
通訳技術に付随する実践的かつ総合的な言語運用能力、並びに幅広い分野の実習にも対応でき る豊富な知識力を涵養する指導が期待されていることが示唆された。
あわせて、本稿で取り上げた用語集や事前打ち合わせを含む準備指導、並びに書き起こしや 報告書、ログシート、個人学習カルテなど、自己および他者評価能力向上に向けた実習後の取 り組みも通訳コース全体で継続して実施し、自学自習にもとづく通訳学習法の体得を指導して いくことが望ましいと考えられる。その際、すでに先述したMonterey Institute of International StudiesのPracticum in Interpretationでも取り入れられているように、職業的な知見に立った 上での最終的な達成目標を早期段階から学生に討議させることも適切かつ必要な行為であると 考えられる[Donovan 2008:39]。
また学生からは通訳技術を習得する上で現在自分にもっとも欠けている点として、「語彙力」、
「訳語の選択に対する配慮」、「情報処理能力」、「デリバリー能力」などを主たる学習課題とし て挙げており、実習に先立つ通常授業の場においても、特にこれらの問題点に留意した演習内 容を学習の初期段階からさらに体系化して展開していく必要があると考えられる。
参考文献
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Kurz, I. 2002
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Lee, M. 2005
“Benefits of Creating “Actual Conference Setting” in Interpretation Pedagogy.” Conference Interpretation and Translation, 7 (1)
Mackintosh, J. 1995
“A Review of Conference Interpretation: Practice and Training.” Target 7(1): 119-133.
内藤稔 2008
「放送通訳学習者におけるエラーの分類ニュース吹き替え演習の実例から」 『東京外国語大学論集』第77号、pp.
265-266.
Tsuruta, C. 2000
“Interpreter Education and Training at the Graduate and Undergraduate University Level in Europe (What
Interpreter Training Courses in Japan Can Learn from Them).” Journal of Humanities, Mejiro University [Language and Culture] 6: 96.
鶴田知佳子 2004
「大学院における通訳実技指導の評価の枠組み」『東京外国語大学論集』第69号、pp. 201.
Examination of Practicum Training Methods for Developing Practical Interpreting Skills
NAITO Minoru
This paper attempts to examine a series of self-study interpreting approaches taken in the International Communication and Interpreting Course at the Tokyo University of Foreign Studies by students aspiring to be professional conference interpreters and to discuss methods required for effective instruction in order to develop their practical interpreting skills.
During the course of self-study approaches, the interpreting students receive a number of practical training opportunities in a practicum, and serve as a simultaneous or consecutive interpreter at a live event. Prior to the event, the students are expected to prepare through voluntary means such as leveraging Internet tools, preparing glossaries and setting up briefings with the speaker(s). The self-study is then followed by filling in a self-evaluation report that is aimed to measure factors such as advance preparation, self-performance or client communication.
Further, by transcribing their own rendition together with the original speech, their performance is later discussed in a classroom setting with instructors to develop self and peer assessment ability.
The above-mentioned challenges are all recorded on a log sheet for the entire academic year and compiled in the format of portfolio or personal achievement history to serve as factual evidence to be submitted to future employers in the interpreting/translation market.
The questionnaires conducted on these self-study approaches showed that the students found the self-study approach effective in the ascertainment of interpreting skills. The questionnaires also indicated that, in addition to a guided self-study approach, students were looking for various learning opportunities to enhance their overall linguistic ability and background knowledge in the course of their training.