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解説★★★ (1)
★★★★ (2)
★★★★ (3)
★★★★★ (4) 慣れない洋服を着て、ダンスをする日本人の姿は、西洋人の目にはこっけいに見えることもあった。
★★★★★ (5)
★★★★ (6)
★★★★ (7) 1894年に日清戦争が始まり、日本はこの戦いに勝利し、1895年4月、下関条約が結ばれた。
★★★ (8) ア平壌、イ遼東半島、ウ膠州湾(こうしゅうわん)あたり、エ上海あたり
★★★★ (9) 日本は住民の抵抗を武力で抑え、植民地支配を推し進めるため、台湾に台湾総督府を設置したか。
★★ (10)
★★★ (11) 1900年に伊藤博文は、立憲政友会をつくり、これ以後の政党の中心となった。
朝鮮では1894年、民間信仰をもとにした朝鮮の宗教、東学を信仰する団体を中心とした農民が、朝鮮半島南部 一帯で蜂起した。このことを「甲午農民戦争」という。
対抗できる力のなかった日本は三国干渉を受け入れ、その後ロシアは、日本が返還した遼東半島の旅順と大連 を租借して、自らの根拠地とした。
資本主義の発展とともに、フランスやロシアを加えた欧米の列強は、資源や市場を求めてアジアやアフリカへの 経済的な進出を強めていき、やがて軍事力によってこれらの地域を植民地としていった。こうした列強の動きを帝 国主義という。
日清戦争直前の1894年、陸奥宗光外務大臣は、領事裁判権を撤廃した日英通商航海条約を結んだ。
1886年、イギリス船ノルマントン号が和歌山県沖で沈没し、日本人乗客全員が水死する事件がおきた。しかし、イ ギリス領事裁判所は、イギリス人船長に軽いばつをあたえただけだったため、不平等条約改正を求める世論が高 まった。
目標時間
30
分★・・・簡単 ★★・・・少し簡単 ★★★・・・標準 ★★★★・・・少し難しい ★★★★★・・・難しい ★★★★★★・・・かなり難しい 合計
日付
3節 日清・日露戦争(解答)
第4章 開国と近代日本の歩み
1 (3)
位置
イ
(9)
台湾総督府
(10)
三国干渉
(11)
立憲政友会
語句
遼東
(8)
(6)
甲午農民戦争
(7)
B C
日清戦争 下関条約
帝国主義 陸奥宗光 イ
(4)
不平等条約の改正を実現させるため、 日本が近代化した姿を 見せようとしたから。
(5)
日本が領事裁判権を認めていたこと。
(1) (2)
遼
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解説★★★ (1)
★★ (2)
★★★ (3)
★★★★ (4)
★★★★ (5)
★★★★★ (6)
★★★★ (7) 東京では、暴動をともなう民衆の運動にまで発展した。この事件を「日比谷焼き打ち事件」という。
★★★★ (8)
★★★★ (9) 初代の統監に就任した人物イ 伊藤博文である。
★★★ (10) 清をたおして民族の独立と近代国家の建設をめざす革命運動の中心人物は孫文で三民主義を唱えた。
★★★★ (11) 1912年、南京を首都とする、アジアで最初の共和国である(D中華民国)が建国された。これを(E辛亥革命)という。
★★★★ (12) 清の実力者であった袁世凱は孫文と手を結び、清の皇帝を退位させたため、清はほろんだ。
与謝野晶子は歌人の立場で主戦論に疑問を投げかけ、日露戦争に出兵した弟を思って「君死にたまふことなか れ」という詩を発表した。
戦争に反対した社会主義者はイ 幸徳秋水とウ 内村鑑三である。ア 井上馨(外務省)は鹿鳴館で舞踏会を開く など欧化政策をとり条約改正をめざした。エ 陸奥宗光は1894年に領事裁判権を撤廃した日英通商航海条約を結 んだ。オ 中江兆民は岩倉使節団とともにフランスに留学し、「東洋のルソー」と呼ばれた。
日本の国内では、戦争による犠牲の大きさに比べて、賠償金が得られないなど、日本の得た権益が少なかったと して、国民が激しく政府を攻撃した。
1910年に日本は韓国を併合し、武力を背景とした植民地支配をおし進めるために、日本は韓国に朝鮮総督府を 設置した。
1899年に「扶清滅洋」を唱えた義和団の蜂起は、清がひそかに助けたこともあり、またたく間に中国北部一帯に 広がり、翌年北京にある各国の公使館を包囲した。
ロシアの勢力拡大をみて、韓国での優位を確保したい日本と清での利権の確保に日本の軍事力を利用したいイ ギリスとは1902年に(A日英同盟)を結びロシアに対抗した。
1904年2月、(B日露戦争)がはじまった。日本軍は苦戦を重ねながらも戦争を有利に進め1905年5月の日本回線 で勝利をおさめたのを機に、アメリカの仲介により、9月に(Cポーツマス条約)が結ばれた。
2
(9)
(4) (5)
与謝野晶子 イ、ウ
(6)
戦争による犠牲に比べ、賠償金が得られなかったから。
(1) (2)
義和団事件 日英同盟
(3)
B C
日露戦争 ポーツマス条約
(11)
D E
中華民国 辛亥革命
(12)
袁世凱
(7)
日々谷焼き打ち事件
(8)
朝鮮総督府
(10)
中心人物 主義
孫文 三民主義
イ
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解説★★ (1) 日本の経済は、1886年ごろから、紡績、製糸などの(A軽)工業が発展した。
★★★ (2) 日露戦争後の最大の貿易相手国はアメリカである。
★★★★ (3)
★★★★ (4) 採掘地から産出された資源は石炭である。
★★★★ (5) 日露戦争後に、12歳未満の就業禁止、労働時間の制限などを定めた法律を「工場法」という。
★★★ (6)
★★★ (7) 近代文化の人物名、種類、作品名について下表にまとめたので参考にしよう!
★★★ (8)
★★★ (9)
★★★ (10)
★★★ (11)
★★★ (12)
★★★ (13) 足尾銅山を示した場所は栃木県(エ)である。
産業革命が進む中、三井、住友、三菱、安田などの資本家は、金融、貿易、鉱業などさまざまな業種に進出して 日本の経済を支配する(B財閥)に成長した。
八幡製鉄所は日清戦争で得た賠償金をもとに建設され、1901年に操業を開始した。国内の鉄鋼生産の大部分を しめ、日本の重化学工業の発展の基礎となった。
3 (3)
(13)
(5)
工場法
夏目漱石
(1) (2) (4)
(6)
軽 アメリカ c 石炭
財閥
(11) (12)
森鴎(鷗)外 野口英世 エ
(7) (8) (9)
(10)
横山大観 黒田清輝 樋口一葉
【近代文化について】
人物 種類 作品名 人物 種類 作品名など
横山大観 日本画 無我 樋口一葉 小説 たけくらべ
狩野芳崖 日本画 悲母観音像 夏目漱石 小説 舞姫
高村光雲 彫刻 老猿 森鴎外 小説 坊ちゃん
黒田清輝 画 湖畔 北里柴三郎 科学者 破傷風の血清療法を発見
滝廉太郎 音楽 荒城の月、花 野口英世 科学者 黄熱病の病原体を発見
与謝野晶子 短歌 君死にたまふことなかれ