育児 を機 に残 して きた問題 と向 き合 う女性 との関わ り

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育児 を機 に残 して きた問題 と向 き合 う女性 との関わ り

村   由 美子

Yurniko Mura:Psychotherapy of a her own problems manifesting

woman facing with during child care

1.は じめに

"これ まで に出会 った統合失調症患者 とはどこ か違 う"と

違和感 を感 じなが らの面接 であ った。

その中で、描画を通 して内界の深 い領域で関わる ことがで き、Th.も救われ ることになった。特 に、

これまでは心理査定 の道具 として行 っていた風景 構成法を、や り取 りの一つの方法 と してプ ロセス の中で機能 させ ることがで きたことが、 クライエ ン トの深 い領域へ続 く扉 を開 けるきっかけになっ た。 この クライエ ン トとの出会 いで、初心 の Th.

には相当のダメー ジと深 い体験 との両方 を経験す ることがで きた。 ともに歩んだ 5ヶ 月を振 り返 る。

2.事 例の概要

クライエ ン ト:Aさ ん 30歳  専 業主婦 家族構成 :夫、長男 (Bく ん 4歳 )

同居家族 :母方祖父、両親 (姉と兄 は独立) 現病歴 :大学生の時に、抑 うつ状態 との診断で精 神科 に通院す るが、薬を飲む とす ぐによ くなるの で継続 しなか ったとい う。X‑7年、大学卒業 と同 時 に結婚 し、X‑4年 に男児 を出産、X‑3年 に C市 に新居を構え る。X‑3年 よ り再 び精神科 に通院す るよ うにな り、子育てが負担 にな っているため子 供 と離れた方が良 いとのア ドバイスを受 け、 日中 は Bく んを夫の実家 (C市 )に 預 ける。X‑2年 12

月、 Aさ ん のみ他 県 にあ る Aさ ん の実 家 に戻 る。

X‑1年 1月 〜X年 8月 の間 に精 神 病 院 に6回 の入 退 院 を繰 り返 す。 入 院5回 目 まで の診 断 は抑 うつ状 態 で、6回 目は統合失調症疑 い とな る。6回 の入退 院 を繰 り返 す も良 くな らな い、 主治 医 と合 わ な い との理 由で、 X年 8月 よ り Th.の 勤務 す る精 神病 院 に転 院 し、X年 10月 〜X+1年 2月 に統合失調症 の診断で医療保護入院 となる。医療保護入院 とな っ たの は、 「自分 は死 なな けれ ばいけない」 「誰 か を 殺 さな けれ ば な らな い」等 と言 うので家 で見 て い られ な い と家 族 が入 院 を希 望 したが、 Aさ ん は 拒 否 した ためで あ る。

3.面 接過程

面 接 まで の経 緯 :入 院 1週 間後 に主 治 医 か ら心 理 検 査 を依 頼 され た。病棟 内 に は面接 室等 の検 査 が で きる部屋 はな く、検査 は外来 の診察室 で行 わな けれ ばな らな い。 医療保護入 院 のため、病棟 の外 に出 られ る状態 か ど うか判断 す るため会 いに行 く と、 Aさ ん は さま ざ ま な思 いを一 気 に話 して く れ、検査 はまだ無理 な状態 と判 断 した。数 日後 に 再 び様子 を見 に行 くが前 回 と同 じ様子 で あ り、検 査 は無理 と判 断 した。翌週、再度様子 を見 に行 っ た と きの様子 が印象的で、面接 を開始 す ることに な る。

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面接構造 :相 部屋 であ る Aさ ん の病室 で ベ ッ ド に2人並んで座 った状態で行 った。 1週間 に2回の 間隔で始めたが、後半 は外泊のため 1週 間 に 1回

とな った。

以下 に面接過程 を示す。「」 は Aさ ん、 <>

は Th.の言葉 とす る。

#l X年 10月18日

検査がで きるか様子 を見 に行 く (この日で 3度 目となる)。椅子 に座 ったまま足踏 みをす るよ う な感 じで落 ち着かない。

薬が効 いている気が しない とか本当は子供が 嫌 いとい うことを、診察で正直に話す と、一生入 院 しなければな らな くなるか ら本当の ことは言え ない。退院 しないと借金 (家の ロー ン)が かさん で破産 して しま う」「子供 はきっと中学生 にな っ て、問題 を起 こして、私 は PTAか ら呼 び出され るんだ。子供 なんて欲 しくなか った」 と、 これま で と変わ らない様子である。「私 は一生 ここにい なければいけないんだ。一生 って長 い、長す ぎる」

とい うAさ んに対 し、Th。が <一 生 は長 い。子供 の一生 も長 い。4歳 の子供 の中学生 なんて10年も 先 の話。随分先 の ことだ とは思えないかな ?>と 尋ねるが、「先のことだけど、 これはセ ッ トになっ ているんです !」 と耳 をかさない。 この後、立 ち 上が って は座 る、 とい う動作 を何度 か繰 り返 し

子供 の ことを思 い出すだけで こん なに も混乱 し て しまう」 と苦 しそ うに言 う。 <正 直に話 してあ う薬を出 して もらって、落 ち着かない感 じを解消 しま しょう。 そ して残 りの 1つ のセ ッ トになって いることについて一緒 に考えていきませんか ?>

と提案す ると、考えている様子で返事 はな く、代 わ りに、Th.の手を握 りしめ抱 きつ き 「お母 さん、

助 けて、 お母 さん。 そ うだ、PTAも 全部、 お母 さんに代わ りに行 って もらえばいいんだ。そうだ」

と答え る。

こうい ったや り取 りの中で、Th.は正式 に面接 を行 う覚悟 を決 め、主治医の許可 を得て面接 を開 始す る。 また、 この様子では検査 も無理ではない

か と思 い、面接を行 いつつ、検査ので きる日を待 つ ことにす る。

#2 X年 10月21日

「ここにいるのが嫌で退院や子供の ことを話す と、薬が増えて、ず っと入院 していなければいけ な くなる。ず っと入院 していよ うか。お母 さんに 面倒 を見て らって、 お母 さんが死んだ らお兄 ちゃ んに見て もらう。 ず っとたか ってや る ぅ」「実家 のお母 さんが C市 に来 るのが一番良 い と思 う。

で も、 それだ と、お父 さん もお祖父 ちゃん もいる か ら、私、みんなを巻 き込んでいる」 と葛藤を語

る。

義理のお母 さんやお姉 さん、私の本物のお母 さん とかは、病気が治 った らまたで きるよ うにな るよって言 う。病気が治 った らってなにそれ」 と 言 い、病気のためにうま くいかないのではな く、

育児 のあ る C市 での生活が うま くいか ないのだ とい うAさ んの思 いを確認す る。

子供、因縁があるんです」 と、子供の誕生 日 "満月 の反対 の月のない日"というようなことを 言 う。Th.は、大 きな力で守 られているか ら大丈 夫 だ と確信 し、 また、 Aさ ん 自身 も同 じよ うに 思 っていると感 じ、 <神 秘的な ものを感 じます。

私達 には見えない、何か不思議 な力でつなが って いると思 います >と 伝えるが 「つなが っている。

因縁だ。離れ ることはで きないんだ」 とうつむい て暗 く言 う。

#3〜 #5は 、薬のためぼんや りしてお り、面 接時間を20〜30分といつ もより短 くす る。

#3 X年 10月25日

Bは おばあちゃんの四十九 日の日がリリロ日だっ た」 と、祖母の四十九 日の様子 を話す。Th.には、

Aさ んが

おばあち ゃん は死んで しま ったけど、

代わ りに子供が側 にいるよと神様が遣わせて くれ "と

言 っているよ うに感 じられた。

#4 記 録 な し

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#5 X年 11月1日

病室での人間関係 を説明 し、似 た体験を した中 学 ・高校時代を思 い出す。Bく ん も同 じ道を辿 る に違 いないと心配 している様子。

#6 X年 11月5日

「車 の運 転 が で きな い」 とい う Aさ ん に、

<誰 だ って最初 は上手 く運転で きないと思 う>と 伝 え ると、 「私 はいつ も極端 に思 い込 んで、 だめ だ って思 って しまうんです」 と言 い、 これまで堅 く閉 ざされていた Aさ んの扉が少 し開 いたよ う な感 じが した。 また、「私が働 くことで、お金で、

Bを 育て られないのを許 して もらお うと思 う。 そ して、誰か他のいい人 に育てて もらえばいいと思 う。離婚 はで きない」「前 はす ぐに死 にたい って 思 っていたけど、今 は、 どうや って生 きてい くか を考えるようにな った。 どうや って働 いていこう か と思 うようになった」 と前向 きな言葉が聞かれ、

これまでの面接の手 ごたえを感 じた。

また、落ち着 いて面接がで きるようにな って き たこともあ り、Th.は、検査の 日程を考え始めた。

#7 X年 11月8日

「この前 お母 さんが面会 に来て、『もうC市 の ことは忘れて しまいなさい。腹を くくりなさい。

仕事 も何 もしな くていい』 と言われま した。私 ど うした らいい ?」 「死んで しまいたい。 で も、 自 殺 は皆 に迷惑 をかける し、良 くないことだか らし ない。 自然死がいい。癌 になる。定期検診 も受 け ない」 と駄 々 っ子 のよ うに言 う。他 に も、「C市 の家 に Bと 2人 でいると、Bを 殺 しそ うになる。

帰 った らまた鬼 にな って しまう。Bは もう恐が っ て、私 に近付 こうとしない。だか ら、離れないと いけないんだ。Bは 絶対にヤクザになる。だか ら、

そ うならないように、殺 して しまえばいいって思 っ て しまう」 と、前回 と印象が大 きく変わっている。

その ことについて尋ね ると、「お母 さん に忘れな さいとか言われて、わか らな くな った」 と言 い<

自分でいいこと考えていたのに、お母 さんの言 う

通 りに しなければ いけない ? > に は 「うん」 と答 え る。

T h . は迷 ったが、 これ以上待 て な い と も思 い、

明 日心理検査 を受 けて欲 しい ことを伝 えて面接 を 終 え る。

# 8   X 年 1 1 月9 日

外 来 の診 察 室 で M M P I を 行 う。 終 了後 「もっ と私 の ことを知 って欲 しい !」 と言 い、20分の面 接 とな る。

「3年 間、不妊治療 を受 けて いた。誰 に も話 し て いない」 とそれ まで に聞 いた ことのない悲 鳴の よ うな大 きな声 で叫ぶ。 Th。は母親 に も話 して い な いのだ ろ うと思 う。 この告 白によ り、 これ まで 語 られ た、 Aさ ん の Bく んへ の思 いが浮 き彫 り にな る。Aさ ん の これ まで の語 りが、 Th.に 了解 で きるよ うにな る。

しか し、 この 日の面接終 了後、Th.は Aさ ん に 付 き合 って い け るのだ ろ うか、 さ らに苦 しみを増 し、状態 を悪化 させて しま うので はないか、 この 告 白 はなぜ Th.に な され、 この タイ ミングだ った のか を考 え、 Th.自 身 が混乱 した状 態 とな って し ま う。翌 日よ り lヶ 月、Th.は 病気 で休職 す る。

Th.の 体職 につ いて病棟 内 の患者 には伝 え られ て お らず、 Aさ ん は lヶ 月 の空 白 につ いて 「検 査 の結果が悪か ったか ら、来て くれないのか と思 っ た」 と言 う。 これ に対 し Th.は <Aさ ん とは関係 のないところで、私 の個人的な問題で来 られなか っ た >と 伝 えて い る。後 日、MMPIの フ ィー ドバ ッ クを行 う。 Th.の 伝 え る結 果 に、 少 し驚 いたよ う な表情 を見 せ るが、黙 々 とただ聞 いて い るだ けと い う Aさ ん の反応 が印象 的で あ った。

MMPIの 結 果 :妥 当性 尺 度 の結 果 か らは、 混 乱 が強 く、援助 を求 め る気持 ちがか な り強 く表 れ て い る。 臨床尺度 のプ ロフ ィール は、 ほ とん どの 尺度 が正常範 囲 を超 え る高 い値 を示 して い る。

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#10 X年 12月24日

母 親 が面 会 に来 て い る。 「一 度 Th。と話 を して み たか った」 と言 う母親 を断 る ことが で きず、3 人 で面接 をす る ことにな る。母親 の話 を聞 き、A

さん の中で は、Bく ん は一緒 に生活 して いた 2歳 の ままで止 ま って い る ことに初 めて気付 く。

MMPIの 結 果 もあ り、Th.は 、 これ まで のよ う に Aさ ん が語 る世 界 に浸 か るよ り も、 日の前 の 事実 を確認 し、現実 的 な対応 を考 えて い くよ うな 面接 へ と方針 を変更 す ることに した。 その結果、

#11(X年 12月27日)と #12(X+1年 1月4日 ) で は、他患 の カ ウ ンセ リングを してあげて欲 しい

と面接 を切 り上 げ るよ うにな る。面接 の方針 を変 え たため と判断 し、 しば らくの間、面接 を中断 し て再 開で きる時 を待つ ことに した。 この間、 2泊

3日 の外泊 に 2度 出掛 けて い る。

#13 X+1年 1月 17日

昨 日、外泊 か ら戻 って きていた。 いつ面接 が再 開 で きるか と様子 を窺 って いたが、 この 日は 「ど うぞ」 と Th.に 座 るよ う勧 めて くれ る。 久 しぶ り に以前 のよ うな雰 囲気 に包 まれ る面接 とな った。

外 泊 で は小学生 に戻 ったみ たいな豊 か な生活 で した。 そ して、私 の帰 る場所 は この家 だ って思 い ま した。 だか ら、 ここに戻 ってか らは、 また地 獄 だ。早 く退院 したいけど、 そ した ら、C市 に戻 らない とい けな い。私一人 で家事 とかで きない。

だか ら、 お母 さん と一緒 にや りたい」 と穏 やか な 様子 で面接 は始 まるが、 や は り辛 く重苦 しくな っ て しま う。言葉 で語 る ことの限界 を感 じ、次 の面 接 で は言葉 で はな く絵 を用 い る ことを思 う。

#14 X+1年 1月21日

Aさ ん の状 態 を把 握 す る こ と も考 え、 風 景 構 成 法 を描 いて も らう (図 1)。 「理想 の風景 です」

と。

風景 構成 法 :自 分 の生 まれ故郷 の風景 で 6月 の 早朝。遠 くに立 山が見 え る。真 ん中 に田 に水 をや るための用水路があ り、その両脇 に田植えが終わ っ

たばか りの田が広が る。 その隣に道路があ り、田 と道路 との境 には" 石ころ" が

ある。道路 の脇 には 家々が並 び、山がある。左側 に並ぶ 3つ の家の う ち中央 が生家 で、 左 は本 当 は C市 にあ る家 であ る。Aさ ん は C市 の家の 2階 で寝 てお リゴ ミ出 しを しなければと思 っているところ。人物 は 2人 で、 2 人 と も A さ んの母親。 田には白い鳥が遊 びに来 て い る。Aさ ん は白い色が好 きで、 鳥が 遊 びに来て くれるとうれ しいと思 うと。右側の道 路 には車が走 っている。

川の先端 を閉 じた形で描 き始 めるが、風景の中 にうま くまとめていることと、 2人 の母親、 白い 鳥が印象 に残 る。構成 にまとま りがあること、生 まれ故郷 の風景であること、色使 いなど、Th.は ホ ッとす る。 このまま面接を進めてい く自信が う まれ る。 風景構成法 の後、 葛藤が あ ると話 し、

帰 ります」 と。Th.には、C市 に帰 る決意 のよ うに聞 こえ る。「絵 を描 いて楽 しか った」 と言 う Aさ んの表情 は少 し緩んで見える。

図 1 風 景構成法

#15 X+1年 1月25日

同室 患者 のベ ッ ド移動 が あ った。病室 で はか な り落 ち着 かない感 じにな り、話 しに くそ うなので、

デイル ー ムに移動 す る。 デイル ームで は落 ち着 き を取 り戻 し、移動 して きた向か いのベ ッ ドの患者 を見 て い る と Bく ん を思 い出 して しまい、 落 ち 着 か な くな るのだ と教 えて くれ る。 これで は 「外

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泊 もうま くい くよ うにな ったのに、 また外 に出 ら れな くな って しま う。だか ら、診察の時、何 も考 えな くな りま したとか、落 ち着 いてい られます と 言 う」のだ と。 <少 しの間だけで もそ うい うフ リ がで きるのはいいことだ と思 う。少 し余裕が出て きたん じゃないかな>と 伝え る。

「手相 を読 め る」 のだ と、Aさ ん は自分 の手 相 につ いて説明 して くれ る。手相を見 なが ら考え た後 に、「もしか した ら、 しば らく離れ離れで も、

B が 高校生 とかにな った ら、 3人 で一緒 に住める よ うになるのかな って思 う」 と。希望を もてた。

列け自 (27白 3日 )

#16 X+1年 1月28日

外 泊 か ら帰 って きた所 に Th。が声 をか ける。

何 に もしなか った ら、 いろんな ことを考えて し ま うか ら、写経 を しようと思 いま した。浄土真宗 はただ神様 に祈れば救 って くれ るか ら、祈 ろう、

助 けて もらお うと思 って」 と言 う Aさ ん は これ までよ りもい くらか穏やかな様子 に見える。 しか し、「子供 は育てていけないけど ・・・。 このま までいると、 また Bを 殺 めよ うとして しまう。B がかわいそ う。側 にいてや りたい。で も、私 なん かが側 にいると ・00」 と苦 しそ うで もある。

#17X+1年 1月31日

退院 した ら、 しば らくお母 さんの ところで様 子 をみ る。少 しずつ慣 らしてい って、 それで、B が小学校 にあが るころまで に C市 に帰 ることを 考 え る。 そ う思 っている」 と言 うものの、「お母 さんに、婚家のお墓 に入 りた くない、実家のお墓 に入 りたいって言 った ら、覚悟 はできているって。

・00。 で も、そんなことした ら、旦那 さん一人 に全部押 し付 けて しまうことになる。 いけないと 思 う。Bも かわいそ う。旦男Бさんは悪 くない。悪 いのは全部私」と苦 しそう。話 しているときは座 っ ているが、面接の後半では、話をす るよりも立 ち 上が って駆 け足のような足踏みを し、息を切 らし ている。「Bの ことを考 え ると、パ ニ ックにな っ

て しま う」 「こん な ところを主治 医 に見 られ た ら、

外 泊 も退 院 もダメだ って言 われ る」 と叫 びを押 し 殺 した、 絞 りだ したよ うな小 さな声 で言 う。 Th.

は ど うす る こと もで きず、持 って いた描 画 の道具 を 出 して勧 め る。 そ こで描 かれ たのが 自由画 1で あ る。

自由画 1:赤 の ク レパ スを飛 びつ くよ うに手 に 取 り、一気 に画用紙全体 を塗 って い く。 その上 を、

緑 の ク レパ スで い くらか丁寧 に塗 りつぶ してい く。

最後 に小 さな声 で 「鎮火」 と呟 く。息 を切 ら しな が ら作 品 を じっと見 つ めて い る。 Th.は 声 をか け る こ とが で きない。

#18X+1年 2月 1日

#17で の 自由画が気 にな り、翌 日で あ ったが様 子 を見 に行 く。 デイル ームで窓 の外 を眺 めて い る と ころに声 をか け、 2人 で並 ん で外 を見 なが ら話 す。 「昨 日、 わ 一 って 出 したか らか、 ス ッキ リし ま した。 今 日は落 ち着 いて い ます。 グ ラグラ して いたのが、 固 ま った感 じが します」 と柔 らか い表 情 で話 す。 また、 「離 婚 しよ うか と思 い ます」 と 引 き締 ま った表情 であ る。20分程度 の短 い面接 で、

初 めて雑談 が で きる。

2度 の外 泊 (2泊 3日 と 3泊 4日 )を 順調 に こ な して い く。 その間 の面接 #19(X+1年 2月7日) は、 非常 に穏 や か で 「暖 か くな った ら C市 に帰 ろ うと思 う」 と話 して い る。退 院が近付 いて い る よ うに感 じられ た。

#20 X+1年 2月14日

Th.の 顔 を見 る と泣 きそ うな表情 を見 せ る。 話 しに くそ うな感 じで あ ったため、 デイル ァムヘ移 動 す る。 「今 月 の終 わ りごろに退 院 で きる と言 わ れ た」 と切 羽詰 った よ うな暗 い表情 で話 す。 「退 院 した ら何 しよ う。何 を した らいいんだ ろ う。私 にで きる ことは、毎 日図書館 に行 って、本 の虫 に な る ことだ。C市 に戻 ってせん なん ことが い っぱ いあ る。 で もで きない」 と、退 院 が決 ま りつつ あ る ことで、不安 が強 くな る。 その後、 デイル ーム

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を使用す るとのアナウンスが流れ、ナースセ ンター ヘ移動 す る。 ほとん ど2人 き りの よ うな状況 で あ り、 いつ もよ り大 きな声 で叫ぶ よ うな感 じで次 ぎ の よ うなや り取 りをす る。

「悪 い ことばか りだ。」 <つ いつ い、 悪 い方 に 考 えて しま うのか な ?>「 悪 い方 に考 え るん じゃ な い !」 <現 実 は悪 い ことばか り、悪 い こと しか 待 って いな いのね。 >「 現 実 は悪 い ことばか り。」

<こ れ まで は、 とにか く退 院 したい って思 って、

隠 して頑 張 って きた。一 つ 叶 った じゃない。 これ か らは、退 院 してか らの ことを考 え よ う。 >「 で も、そんなことを した って、現実 は変え られない !」

<家 で過 ごす時間 は、 ただ、C市 に帰 るのを延 ば す だ けの よ うに思 うん だね。 >「 そ う。 ただ、延 ばすだけで、何 も変わ らない」「・・・」「赤 を塗 っ て、緑 を塗 る。赤赤赤赤赤、緑緑緑緑緑 ・00」

と ク レパ スで色 を塗 る真似 をす る。 Th。が描 画 の 道 具 を出 して勧 め ると、図 2の よ うな 自由画 2を 描 く。

自由画 2(図 2):黒 で笑顔 を描 く。 その笑顔 を、大 きな朱色 の丸 で塗 りつぶ し、 その丸 を さ ら に赤 で塗 りつぶす。赤 の上 を今度 は深緑 で塗 りつ ぶす。す ると、大 きな黒 くな った丸が出来上 が る。

「ど う した ら白 くな ります か !色 を重 ね た ら黒 に しか な らな いん です !」 と叫ぶ。 (Th。は Aさ ん の側 にい る こ と しか で きな い。)黒 くな った丸 を しば ら く じっ と見 つ め る。 赤 で黒 い丸 の周 りを

「な もあみだぶ つ」 とい う文 字 で囲 み、 文字 も同 じ赤 で ぐる ぐる と塗 りつぶ す。 (こ こで なぜか T h.はひ まわ りの花 に見 え、 これ な らうま くい くと 確 信 す る。)し ば ら く眺 めた後、 爪 で黒 い部 分 の ク レパ スを削 り取 って い く。最初 に描 いた笑顔 が ぼん や りと浮 か び上 が る。画用紙 を胸 に抱 き じめ 涙 を流 し 「どん な貧乏 で も生 きて いか な ければ」

と言 う。 これ まで少女 のよ うに しか見 えなか った Aさ ん が初 めて母 親 に見 え る。 色 鉛 筆 を取 り、

右上 と左上 の空 いたスペ ースにい ろい ろな色 ・大 きさの丸 を描 きこんで ゆ く。描 きなが ら 「世 の中 に はいろん な色が あ るの に、私 には赤 と緑 しか な いんです」 と言 う。 出来上 が った作 品 を じっと見

っ め、 「もう見 た くな い」 と Th.の 前 に置 く。 大 きな仕事 を し終 え たか の よ うな、精魂果 てた表情 で あ るが、病室 に戻 る姿 は、背筋 が伸 びて、少 し 体 が大 き くな った よ うに見 え たのが印象 的 で あ っ た。

#21 X+1年 2月15日

#20で の自由画が気 にな り、翌 日様子を見 に行 く。 「昨 日か らず っとこんな感 じで落 ち着かな く て、体が震えている。 もう死んで しまいたい。消 えて しまいたい。 お母 さんが死んだ ら私 どうしよ う、 どうした らいい ?っ て聞いた ら、お母 さん は

『もうあんたなんかか ま っとられん !こ っちまで おか しくなって しまう !』 って。お母 さんに私を 殺 して って言 った ら、『そんな こと した らお母 さ ん どうなると思 う !』 って言 われた」 「私、教育 学部 に行 ったのは、小学校の先生 にな りたか った か らじゃな くて、イヽ学生 に戻 りたか ったか ら」 と、

終始苦 しそう。Th.は、声 も出せず、ただ隣に座 っ ていることしかで きない、最 も苦 しい面接 とな っ た。

#22 X+1年 2月18日

「もう嫌 になった。Bを 殺 して、私 も死にたい。

私が こんなおゝうにな って いること、Ns.に見 られ て知 られている。退院で きな くな って しまう。20 日か ら外7自です。外泊に行 った ら、 もう戻 らない」

と立 ち上が って駆 け足のよ うな足踏みを して息を 図 2 自 由画 2

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育児 を機 に残 して きた問題 と向 き合 う女性 との関わ り

切 らしている。

あ くびを何度かするので横 になるか と尋ねると、

布団の中に入 る。布団の中で も、体がガクガクと 動 いている。 「誰か にすが りたい」 と Th.の手 を 取 るので握 り返 し、 <も う少 しで外泊だか らね。

もう少 しで帰れ るよ。 >と 伝 え る。 「ず っとここ にいて下 さい。行 かないで下 さい」 と言 う Aさ ん に<こ こか らいな くな って も、私 は消えた りし ないか ら。姿 は見えな くな って も、 ちゃん といる か ら。外泊か ら戻 って きた らまた会いま しょう>

と伝えて別れる。外泊 は 3泊 4日 か ら 1週 間へ と 延長 され、帰院 した足でそのまま退院 とな り、T h。との面接 はこれが最後 となる。

その後

約 lヶ 月後 に外来 の待合室で会 い、Th.か ら声 をか ける。 入院中 はぼや けて見えていた Aさ ん の顔がはっきり見えるよ うになった。す っきりと

した印象 も受 ける。

半年程経 った頃に、事例発表の了解を得 るため 連絡 したところ、C市 で生活 していることを報告 して くれ る。 しか し、「人間 は、 自 ら生 きるので はな く生か され るのだ というが ・・・」 と辛そ う な様子 も窺えた。

4.考 察

Aさ ん との出会 いは、 主治医か らの心理検査 (MMPI)の 依頼が きっか けで ある。 いつ ものよ うに、 まず は、 カルテと看護者か らの情報収集を 行 い、 それか ら直接患者 と会 って検査の 日程 など の相談を してか ら施行す るつ もりであった。 しか し、 Aさ ん はそのよ うな流 れ に沿 って会 って い くことがで きなか った。 ここでは、面接 の方針や 流れを左右 した、統合失調症 とい う診断、MMP I、描画 (風景構成法 ・自由画)に 分 けて考察す

る。

(1)診 断をめ ぐって

病棟担 当者 で あ る Th.は 、 最初、 外来 で の A さんの様子 を知 ることがで きなか った。それは、

入院中の主治医は外来の担当 とは別の精神科医で あ ったことや、院内 システム上 の問題であった。

わか っていた ことは、「統合失調症」 で 「医療保 護入院」 であること、「幻聴」があ った ことのみ であ った。 こうい った"急

性期の患者"に

検査 など で きるのか と、疑間を持 ちなが らの初顔合わせで あ ったが、 それまでに Th.が出会 って きた統合失 調症患者 とは異なる印象を受 けた。理由の一つは、

面接 中の Aさ んの語 りにズ レはな く、 また、A さんの混乱 の理由は Th.に とって了解可能 な範疇 で、一貫 して 自立 と子育てがテーマとして感 じら れた ことである。 もう一つは、入院中、統合失調 症の診断基準 に当てはまる症状がみ られなか った ことにある。統合失調症の重要 な症状である妄想 は、一次妄想 (真性妄想)で あ り、 これは、妄想 の起 こり方がりЁ理的に了解不能 な ものをい う (榎 戸1998、倉知1998)。「破産 して しま う」 (#1) や 「子供がヤクザになる」 (#2)と い うAさ ん 語 りを妄想 ととらえるな らば、二次妄想 (妄想様 観念)に 分類 されると考え られ る。二次妄想 (妄 想様観念)と は、「反応的 に生 じた了解可能 な気 分やあるいは葛藤状況か ら導 きだされ うる妄想類 似 の反応」 (笠原 0藤 縄1978)で ある。Aさ んの

破産」 や 「や くざ」 などの語 りは、誤謬 か らく る罪業感や将来の不安が関係 していたと思われ、

Th.には了解可能であ った。面接 を重ね るに伴 い、

Aさ ん は将来 を心配 してはいるものの、「破産」

や 「ヤクザ」などの問題 として語 ることはな くなっ た。

しか し、処方 されていた薬 は相当量の ものであ る。 それで もなお葛藤 を語 っていた Aさ ん は、

やはり、精神病圏の病態水準 にあったと思われる。

Th。自身の病気 について、経過中は 「Aさ ん とは 関係 のないところで、私 の個人的な問題で来 られ なか った」 と思 っていた。 しか し、意味のある偶 然 と して関連づ けることも可能である。 3年 間の 不妊治療 を経 てや っと授か った子 どもとの間で、

Aさ んは精神病 レベルの混乱 を呈 し、Th.は身体 レベルの混舌Lを呈 したのだ、 と。

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(2)MMPIの タイ ミングについて

本来 な ら、心理査定 を基 に面接を進 めるもので ある (名島2000)。しか し、本事例で は面接 の開 始が先 とな り、Th.の中で治療者 と検査者 の役割 を統合で きていなか った。 そのため、面接の流れ か らは不 自然 な タイ ミングで MMPIが 施行 され ている。終了後の 「もっと私 のことを知 って欲 し い !」 (#8)と 言 うAさ んか らも、適切 な タイ ミングで はなか った ことが推察 され る。 Aさ ん の 告 白"は

、 MMPIに よ り面接 の流 れが一時的 に中断 されたことによると考え られ る。 しか し、

実際 に、Th.の休職で面接 は中断す ることになる。

再開後 の #10〜 #12で は、Th.は 「Aさ ん も大 事だが 自分 自身 も大事だ」 と感 じ、 それが、真剣 に聴 くことをやめて しまったことにつなが った。

この頃の面接 は、時間は同 じであるのに、面接記 録が ほとん ど残 っていない。 そんな面接 な らと言 わんばか りに、Aさ ん 自身 が面接 を拒否 して く れたとも考え られる。

(3)描 画の機能 について

再度 の中断を経 て再開になるが、Th.は言葉 で 語 ることの限界を感 じ、描画の導入 となる。 #14 の風景構成法で、Aさ ん もTh.も共 に癒 され、言 語以前 の段階で共感す ることがで きた。「理想 の 風景」を内的イメー ジと して持 ち続 け られ るよう になることが、Th.の中のぼんや りと した目標 と な った。 2人 いる母親 は、良 い母親 と悪 い母親で もあ り、母親 と Th.の像が投影 された もので もあ ろ う。 Aさ ん に とっての母親 は、 良 い時 の母親 と悪 い時の母親 とに分離 して語 られていた。 それ ぞれの極 に触 れて は、Aさ ん は 「わか らな く」

(#7)な ってお り、特 に#18以 降の面接では、

外泊 を通 して Aさ ん も共 に振れ る、 とい うこと を繰 り返 している。一方、C市 の家の前 にいる母 親が Th.のイメージであるとす るな ら、Aさ んの 夫 と Bく ん との暮 らしを、 山々や木 々 と共 に見 守 る存在 として置かれているよ うに見え る。 これ らの守 りの中で暮 らしてみよ うとい う Aさ んの 思 いが表れているように も考え られ る。 その中か

ら出て きた 「帰 ります」 (#14)と い うAさ んの 言葉 が、Th.に は C市 へ帰 る決意 に聴 こえた。 こ の作品 に触れたことで、Th.に面接 を続 ける自信 が生 まれ、以降、描画の道具を持 って臨むように な った。

#17と #20の 自由画では、言葉 にな らない (言 葉 になる前の)叫 びが表現 された。Th.の描画道 具の携帯 に表れているように、表現で き、それを 守 る治療関係が形成 された。 自由画 102は どち らも赤の上 に深緑を重ねている。 自由画 1で は、

すべてを焼 き尽 くし命を も奪 う炎を、新 しい生命 が芽吹 く木々の緑で覆 い 「鎮火」 させている。T h.には山火事のあ と再生 した森 に見えた。実際に は深緑であるが、緑 は慰安であ り永遠の生の希望 を象徴 している (西川1972)。自由画 2で は、過 去 の Aさ んで もあ り Bく んで もあ る笑顔 を、血 で染め、 さらに燃や している。次 に、鎮火 させ る よ うに土の中に埋 め、成仏す るようにと 「な もあ みだぶつ」の祈 りをこめる。そ して再生 したのは、

実 は元 々存在 していた Aさ ん 自身であ り、Bく んの笑顔 であ った。 この作業 を終 えた後 の Aさ ん は、Th.に は紛れ もない母親 に見えた。 また、

病室 に帰 ってゆ くAさ んの姿 もいか に も一人で 立 っているとい う、 もしか した ら、 自立 とはこう い うことではないか とさえ思え る姿であった。角 野 (2003)は 「分裂病者 にとってのイニシエーショ

ンとはヽ ・ ・・、 自分の今の状況 に対 して 自分 な りに納得 し、 自分 らしく生 きてい く自分 に大 きく 変化す ることである」 と述べている。 「どんな貧 乏 で も生 きていか なければ」 (#20)と い う言葉 や、Th.が感 じた Aさ んの姿に表れているように、

この描画 をめ ぐる一連 の作業 は、 Aさ ん に とっ てイニ シエーションとなる体験であ ったと考え ら れる。

風景構成法 は、 Aさ んの状態把握 とい う査定 的な意味を持 っていた。 しか し、それだけではな く、Aさ ん と Th.に とって、描画 とい う表現手段 と、や り取 りの手段の一つ とい うことを知 るきっ か けとな った。言葉での語 りだけでは葛藤や混乱 は増すばか りであった ものを、描画 は、言葉 にす

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育児 を機 に残 して きた問題 と向 き合 う女性 との関わ り

る前の段階で、葛藤を画用紙 とい う枠 の中で一つ にまとめる手助 けを した。言葉以前の段階である ため、内界の深い領域まで降 りてゆ くことがで き、

そ こでの表現 を Aさ ん と Th。は共 に体験 す る こ とがで きた。Th。とクライエ ン トとの間 に描画 と い う回路がで き、表現 したいとい う欲求がその回 路 を伝 うことで、Th.と クライエ ン トの深 い体験 の共有が可能 にな ったと思われ る。

謝辞

本論文作成 にあた りご指導 いただ きま した斎藤 清二先生、面接を進める指針を与え支えて くださっ た岸本寛史先生、臨床心理士研修会 において貴重 な コメ ン トと励 ま しを くださった皆藤章先生 に深 く感謝 申 し上 げます。 また、貴重 な体験を共 にさ せて くださり、多 くの ことを教えて くださった A さんにも感謝致 します。 この経験を糧 に、 日々の 活動 に精進 していきたいと思 います。

文献

榎戸秀昭 1998 精 神障害の症状学 秋 元波留夫 ・ 山口成良 (編) 第 2版 神経精神医学 創 造 出版 Pp.40‑42

笠原嘉 ・藤縄昭 1978 妄 想 大 橋博司 ・保崎秀 夫 (編) 現 代精神医学大系 3A 中 山書店

Pp.233‑338

角野善宏 2003 分 裂病の心理療法 横 山博 (編) 心理療法一言葉/イ メー ジ/宗 教性 新 曜社

P p . 3 5 ‑ 5 1

倉知正佳 1998 分 裂病,妄 想性障害 および急性 一過性精神病性障害 秋 元波留夫 ・山口成良

(編) 第 2版 神経精 神 医学  創 造 出版 Pp.296‑297

名島潤慈  2 0 0 0 心 理 アセスメ ン ト  鑢 幹八郎 0 名島潤慈 ( 編)  新 版心理臨床家の手引 誠 信書房  P p.5 7 ‑67

西川好夫  1 9 72   新 ・色彩 の心理  法 政大学出版

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参照

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