ヒステ リーの事例研究 一社会 ・文化精神医学 の立場か ら一

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一社会 ・文化精神医学 の立場か ら一

中 村

Tsuyoshi Nakamura:

A Case Study of Hysteria;frorrl the Standpoint of Socio―Cultural Psychiatry

< 索 引用語 : ヒステ リー, 社 会 ・文化精神医学, 県 民性 >

<Keywordl:hysteria,socio― cultural psychiatry,prefectural traits of personality>

岡1

I 。 は じめ に

神 経症 の発現 や病 像 は, 社 会 ・文化 的背 景 と密 接 な か か わ りを もつ。   イ ム,   L a t a h , A m o k な ど のculture― bound syndromeは 特 定 の民 族 と地 域 に限 って発生す る し,第 一次世界大戦中の ヨ ー ロッ パ で は両軍 の兵士 に ヒステ リーが多発 した。

先 進文化 圏 で は,今 世 紀 初 頭 か ら ヒステ リ ー病 像 の変遷 が問題 に され て お り,多 くの著者 が演 示 的 な症 状 の減 少 を指 摘 して い る 2,11,12)。 新 垣 1)は 昭和 6年 か ら同34年 まで の29年間 につ いて ヒステ

リー病像 の時代 的変遷 を調査 し,① ヒステ リ ー精 神病 は戦争 末 期 か ら終 戦 直後 にか けて 一 時的 に増 え たが,転 換 ヒステ リーは戦前 か ら 一 貫 して減少 傾 向 にあ り,心 気 的訴 え を主 とす る もの は戦 後 急 速 に増加 の傾 向 をみせ て い る こと,② 客観 的 に捉 え られ る症状,た とえば視野狭窄,け いれん,失 立失歩,角 膜咽頭反射 消失 な どは減 り,振 戦 ,吐 気 ,心 悸 克進 ,呼 吸 困難 感 ,全 身倦 怠 感 ,浮 上 感 な ど 自律神経 支配領域 の主観 的 な症状 が増加 す る 傾 向 にあ る ことを見 出 して い る。 この よ うに,神 経 症 ,と りわ け ヒステ リ ー は,あ る社会 0文 化環 境 とそれ に捕 らわれ なが ら生 活 す る人 々の生 きざ

まを鋭敏 に反映 す る病理事象 で あ る。

さて,北 陸 に住 む筆者 に課 せ られ た テ ー マは社 会 ・文 化精 神 医学 の立場 か らみ た ヒス テ リ ーの事 例研 究 で あ る。 北 陸地 方 ,   こ とに富 山県 で は農 耕 社 会 の伝 統 が い まだ に根 強 く残 って い る。 家 は直 系 男子 を中心 に団結 が求 め られ, 冠 婚 葬 祭 を は じ め,家 の成 員 にかか わ る重要 な問題 に対 処 す ると き, 親 族 会議 の結論 を無視 す るわ けに はいか ない とい う。

本稿 で は,   自己の進 路 を め ぐって親族 の圧 力 に 屈 した結 果,   ヒス テ リ ーを発症 した一事例 と,同 様 な状 況下 で 自己の意 志 を貫 徹 した対 照 事 例 とを 紹 介 し, 両 者 の た ど った軌 跡 の異 同 につ いて若干 の比較検討 を試 み たい。

Ⅱ.富 山 県 の 地 域 性 と県 民 性

事 例 を紹 介 す る前 に, 富 山県 の地 域性 につ いて 簡 単 に言 及 して お きた い。

雪 深 い北 陸地方 ( 富山 ・石川 ・福井 の三 県) は 年 間 を通 じて降水量 が多 く, そ れ に伴 い 日照 時 間

も全 国 で最 も短 い ( 「 気 象 庁 年 報 」 昭 和 5 7 年) と

い う,ま ことに陰 うつ な土地柄 で あ る。戦後 の高

度 成長 期 に新 産 業都 市 の指 定 を受 けた地 区 もあ る

に はあ るが, 伝 統 的 な産業基盤 は稲作 中心 の集約

著者所属 :富 山大学保健管理 セ ンター,The Department of Health Services,Toyama University

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的農業 にあ り, そ れ はなによ り も住民 の意 識 の底 を流 れ る農耕社 会 的思 考形態 に色 濃 く反 映 されて い る。 また宗教 感情 は強固 で,浄 土系仏教 に帰依 す る人 が多 く,「 真 宗 王 国」 の名 は現 在 で も揺 る が な い。

この よ うな均質 的風土 を背景 に,質 実剛健,堅 忍不抜 の精神が北陸人 の共通特性 とされて いるが, 三 県 の県民性 をた とえ た但諺 に 「越前詐欺 ・加賀 乞 食 ・越 中強盗 」 ( 貧乏 の どん底 に落 ちた と き, それ ぞれ の県民 が た ど るで あ ろ う道 筋)と い うの が あ るよ うに,三 者 の間 には意 外 に大 きな差異 が 認 め られ るの で あ る。

N H K が 行 った 日本 人 の県民性 に関 す る調 査 5 ) ( 以下 , N H K 調 査 ) と 政 府 の統 計 資料 を参 照 す る と,富 山県民 は ほぼ次 の よ うな特性 を もって い る (表 1参 照)。

N H K 調 査 で は富 山 は山口,福 島,宮 崎,徳 島, 愛 媛 とと もに 日本 の伝統 的価値観 を残 す とい う意 味 で もっ と も強 い特徴 を示 す県 の一 つ とされ る。

人 々 に は権威 を尊重 す る気持 ちが強 く, た とえ ば 個 人 よ り も公益 が優先 す る ( 2 位 ; 以 下, 括 弧 内 はN H K 調 査 の全 国順位) と 考 え る。 また禁欲 的 で 自己抑制 に徹 す る。暴 力 を振 る うこと ( 3 位 ) , 夫 婦以 外 の性 的関係 はど う して も許 せ な い悪 い こ と ( 2 位 ) で あ り,   自分 が主 張すべ きことで も, 不利 にな る と きは黙 って い る ( 1 位 ) し , 多 少 自 分 の考 え に合 わ な くて もみん なの意 見 に合 わせ る ( 3 位 ) と い う人 が非常 に多 い。

しか し, 富 山県民 は背 をかが め じっと耐 え なが ら, 胸 中 に強烈 な活 力 を秘 めて い る。黙 って い る の は 「不利 にな るのを恐 れての こと」 で眼前 の, それ も衣 食住 に直結 した危機 に瀕 す れば断然行動 に移 る。 「越 中強盗」 はその辺 りの警 なので あ り, 近 代社会運動 史上 画期 的 な米騒動 も越 中の女性 に

と って は決 して例外 的 な偶発事 で はなか った。

昔 か ら売 薬 に代表 され る出稼 ぎな ど, 裸 一貫 か らこつ こつ と働 いて大 を築 く富 山県民 の勤勉 力行 の精神 は有 名 で あ るが, 今 日で も, 「生 活 の心 配

表 1 富 山県民の意識調査 (NHK調 査よ り) 設 問番号

1 1 0 0 C 100E 130C 15 16 18 2 4 ・B 2 7 ・  A 2 7 0 B 2 9 0 C 3 6 0 B 3 8 0 B 3 8 ・ C 3 9 0 D 4 0

順   位

3 ( 1 6 ) 3(40) 1 ( 1 5 ) 3 ( 3 4 ) 1 ( 6 ) 1 ( 6 ) 1 ( 3 ) 2 ( 1 7 ) 3 ( 1 0 ) 2 ( 3 7 ) 2 ( 4 1 * ) 3(26) 3(44*) 2(43) 3 ( 1 6 ) 1 ( 6 ) 富山県民が, 4 7 都 道府県中 3位 以内の高率で肯定 した設間の内容を表示 した。 いずれ も全国平均に比べ有意に高い。

なお,( )内 は隣県石川の順位で *印 は全国平均に比べ有意に低いことを しめす。

今住んでいるところは,住 みよい所だ と思 っている

多少 自分の考えに合わない点があって も皆の意見に合わせたいと思 う

本来 自分が主張すべ きことがあって も,自 分の立場が不利 になる時は黙 っていることが多い 隣近所の人 とのつ き合いは多い

今の世の中では,実 力のないものがおいてゆかれるのはやむをえないことだ 人間には優れた人 と,そ うでない人がいるものだ

男 と女では,全 体 として能力に差がある

「 富山」県の人々の ものの考え方 には,他 の県の人々と違 った特徴がある (今住んでいる)市 ,町 ,村 の政治に満足 している

(今住んでいる)市 ,町 ,村 の政治 は, 自分たちが動か しているという感 じをもっている 公共の利益のためには,個 人の権利が多少制限 されて もやむをえない

生活の心配がないとして も働 きたい

暴力を=、るうことは, どうして も許せない悪いことだ 夫婦以外の性的関係 は, どうして も許せない悪いことだ

この世の中のどんな もの も,人 の心 も,す べて滅びやす く変 りやすいものだ

仏教を信仰す る

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が な い と して も働 きた い」 (3位 )と 思 う人 が多 い。 全 国 1位 の持 ち家 比 率 85.1%(「 国勢 調 査報 告」総理府統計局,昭 和55年)は 彼 らの勤倹貯 蓄 して無駄 のない生活ぶ りが生 んだ果実 といえ よ う。

勤 勉 な県民 は,ま た現実 的 な生 き方 と割 り切 っ た人 間観 を もって い る。 「人 間 に は優 れ た人 とそ うで な い人 が い る」 (1位 ),「 男女 に は能 力 に差 が あ る」 (1位 ),「 実 力 の な い ものが お いて ゆか れ るの はや む をえ な い」 (1位 )を 肯 定 す る人 は 全 国 で もっと も多 く,「 受 験競 争 は子 ど もの能 力 を のばす の に必要」 (4位 )と み る人 も多 い。

県 立高校 の定 員 を職 業科 7,普 通 科 3の 割合 に した富 山 の いわ ゆ る七 ・三体制 は,就 職 の ための 勉学 とい うその現実優先 の合理主義 が論議 を呼 ん だ こと もあ った。 つ いで にいえ ば, この県 で は県 立 高校普通科 の生徒 には修学旅行 が許 されて いな い。 「商業科 は商業 活動 を,工 業科 は工場 の現 場 を見学 す る ことで修学 の意 図 が達成 で きるが,普 通科生徒 に は,旅 行 によ って修学 す るにふ さわ し い場 が な いか ら」 と, こん な ところに も合理 的発 想 が顔 をのぞかせて い る。

禁欲 的 で勤勉 な生活 態度 と現 実 を直視 した合理 的 な生 き方 を もって して も,遠 い以前,富 山の人 々 の生活 は決 して恵 まれ た もので はなか った。 その 一 因 は河川の氾濫である。富山県 には 「川千本」

と呼 ばれ るほど急流 の大河 が多 く,融 雪期 や梅雨 期 に は しば しば大 洪水 を起 こ し,人 々 は水 との戦

い に苦労 を重 ね た。

明治 の初 め石 川 ・富 山 の県境 はめ ま ぐる し くか わ ったが,石 川県時代 に越 中側 が猛烈 な分県運動 を展 開 した背景 には水害復 旧予算 に対 す る不満 が あ った といわれ て い る。 水 を治 めて灌漑 に利 し, 古 くは加 賀百 万 石 の苛 敏誅 求 に耐 え,暮 ら しを支 え るために人 々は協働 に励み,連 帯 を強化 してい っ たので あ る。 その伝統 はNHK調 査 に も表 れて い る。 まず 「富 山県 の人 々の ものの考 え方 に は,他 の県 の人 々 とは違 った特 徴 が あ る」 (2位 )と す る もの は沖縄 に次 いで多 く,「 自分 を富 山県 人 だ と思 う」 (4位 )人 も高 い率 で存在す る。 したが っ て,県 民性 に強 い特徴 のあることが住民 自身 によ っ

て 自覚 され て県 人意識 の強 さに連 な り,そ れ は富 山県人会 の強固 な団結 力 に具象化 され て い るので あ る。 また,種 々の悪 条 件 に もめ げず に,「 今 住 ん で い る所 は住 み よい所 だ」 (3位 )と 思 い,「 今 住 ん で い る市,町 ,村 の政治 は 自分 た ちが動 か し て い る」 (2位 )と い う感 じを もち,「 (その)政 治 に満 足」 (3位 )し て い る人 が全 国 的 にみ て も

きわ めて多 い。 これ は,人 々の 日常生 活 の場 で あ る地域社 会 に対 す る理屈抜 きの強 い愛着心 と,お らが地域 の問題 に積極 的 にかか わ ろ うとす る気概 とを示 す もので あ る。

富 山県 で は,血 縁 ・地 縁 の人間関係 は非常 に重 要 視 され る。 家 庭 で は 「ひ と りひ と りが好 きな こ とを して過 ごす よ り も,家 族 の団 らん を大切 に し た い」 (5位 )し ,男 女 はそれ ぞれ 「自分 の父母 を手本 に生 きて ゆ きたい」 (8位 )と 思 って い る。

こ うい う考 えが反 映 してか,一 世帯 当 た り人員 は 山形県 に次 いで多 く,高 齢者 の い る世帯比率 も全 国 3位 で あ り (「国勢 調 査 報 告 」 総 理 府 統 計 局 , 昭和 55年 ), し たが って老 人 ホ ー ム普 及 率 は全 国 平 均 の 1/2に 満 たず,47都 道 府 県 中 の最 下 位 で あ る (「厚生 省報告」 厚生省,昭 和58年 )。 また,

「親戚 に は信頼 で きる人 が多 い」 (4位 ),「 隣近所 の人 との付 き合 いは多い」 (3位 ),「隣近所の人 には 信頼 で きる人 が多 い」 (5位 )な どか ら,富 山県民 の親戚 や隣人 との親密 な交流ぶ りが うかがわれ る。

以上 要 す るに,富 山県 は血縁 ・近 隣 の人 間関係 か ら県 の レベル に至 るまで濃厚 な同胞意 識 に貫 か れ,伝 統 的価 値観 の支配 す る,特 色 の強 い県 の一 つ で あ る。 人 々 は 自己を抑制 して権 威 を尊 び,他 者 を意識 して 日々 その生 活 を律 し,よ く働 く。

そ して, こ う した社 会 の中でわれわれが神経症 を通 してか い ま見 るの は,住 民 の特性 の一部 が拡 大 した形 で展開 され る家族力動 にほか な らないが, 次 節 で はその辺 りの問題 を具 体 例 につ いて なが め てみ たい と思 う。

Ⅲ。 事   例

以下 に ヒステ リーの事例 (A男 )を 紹介す るが,

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これ に一人 の健常者 を対照事例 (B男 )と して追 加 す る。 両者 は と もに本家 の長 男 で境 遇 が似 て い る うえ,大 学への進学 に際 し,進 路の選択 をめ ぐっ て家族 や親族 と対 立 した経験 が あ るな ど,生 活 史 に も共通 した面 を もって い る。

な お,プ ライバ シー保護 の観点 か ら,両 例 の記 述 に多少 の改変 を加 え る ことを許 して いただ きた

い 。

< 事 例 >   A 男   男 子

A 男 の父親 は裕福 な農家 の長男であ ったが, 祖 父 の 時代 に零 落 し, 一 家 は家屋敷 と田畑 を売 り払 って富 山 県西部 に位置 す る町 に移 り住 んだ。父親 は この町 の運 送店 に勤 め た。 彼 は普段 は控 え めで ほ とん ど自己主張 な ど しな い人 で あ ったが,   アル コール嗜癖 が あ り, 毎 夜 の よ うに酔 って は裕福 な農家 の惣領 にあ るはずの身 をか こち, 母 親 に乱暴 を はた らくほか, 時 には 1 週 間 ほど も勤 めに出ず に昼夜 を分か たず酒 びた りにな るこ と もあ った。 このよ うな状態 はA 男 が生 まれてか ら以 前 に もま して ひ ど くな って い った とい う。 A 男 は 2 人 兄弟 の兄 と して生 まれ た。弟 とは 3 歳 違 いで あ る。 幼 い ころのA 男 はお とな しく, な にか につ けてす ぐにび くび くす る神経過敏 な子 ど もで あ り, 不 器用 で身辺処 理 の 自立 が遅 れ母親 によ く甘 えた。父親 には一応 なつ いて いるよ うで あ ったが, 顔 色 を うかが い,夜 にな る と玄関の脇 に母親 と自分の履物 を用意 して 「母 ち ゃん, ぼ くいつで も逃 げれ るよ」 と言 った り した。

家庭環境 には恵 まれ なか ったが, 小 ・中学 校 を通 じ て A 男 の学業成績 は常 に上位 にあ り,   と くに作文 は小 学校 の ころか ら得意 で よ くコ ンクール に入選 した り し た。 また読書 を好 み, 部 屋 中を本 で い っぱいに し, ね だ る ものは本 ばか りであ った。

中学 2 年 の秋, 父 親 は急性心 不全 で死亡 したが, A 男 は 「片親 が いな いよ うな顔 を した くない」 と言 い, かえ って勉強に精を出 し, 母 親の手伝い も積極的に行 っ た。 中卒後, A 男 は公立高校 に入学 したが,   この時 は

「母子家庭 だか らす ぐに働 きにで るべ きだ」 と, 父 方 の叔父 たちの反対 にあ って いる。高校 でのA男 は学業 成績 はまず まず で, 学 級委 員 に選 ばれ るな ど, 適 応状 態 も悪 くなか ったが, 帰 宅後 は もっぱ ら読書 に耽 り, 将来戯 曲作家 にな ることを夢 見 るよ うにな った。高卒 後 の進路 につ いて は, 母 親 は教 師 にな る ことを前提 に して 自宅通学可能 な C 大 学 の受験 を承諾 したが A 男 は

自分 の夢 を実現 しよ うとひそか に関東 の D 大 学 文学科 を受験 し, 双 方 に合格 した。驚 いた母親 の要請 で早速 親族 会議 が開 かれ たが, 母 子家庭 の長男 が家 を離 れて 戯 曲作家 を志 す な ど とい うことは親戚 の大人 た ちには と うて い容認 で きぬ ことで あ り, 集 ま った人 たちの心 理 的強制 の下 で彼 はD 大 学 への入学 を断念せ ざるを得 なか った とい う。

C 大 学 に入学 したA 男 は教養課程 を終了 し, 専 門課 程 に移 行 した ころか ら胸部 の強 い圧迫感 と呼吸困難 の 発作 に襲 われ るよ うにな った。 発作 は授業 中 に起 こる ことが多か ったが,   これに加 えて, 大 学 のキ ャンパ ス を歩 いてい ると建物 が突然 自分 に向か っての しかか っ て くるよ うな異常感覚 に見舞 われ るよ うに もな った。

そのため, A 男 は卒業 まで に長期間を要 す ることにな るが, 家 に居 るときは自室 に こもり年 に数篇 の戯 曲を 雑誌 に投稿 して いた。 ところが, 留 年 3 年 目ころか ら それ までお とな しか ったA 男 の言動が変化 しだ した。

すで に専門学校 を卒業 して就職 して い る弟 に暴力 を振 るい, 「一 人で金 をため こんで家 で も興 す気 で い るの か」 と言 った り, 母 親 に対 して 「( C 大 学 に在籍 した) この数年間の ブラ ンクを返 せ。  1 0 0 万 円出 して東京ヘ 戯 曲の勉 強 に行 かせ るのな ら許 してや る」 と怒 鳴 り散 らす。 しか し, 平 静 な時 には, 「女 の細腕 で一家 を支 え るの は大変だ ろ う」 と母親 に慰 めの言葉 をか けると い う優 しい一面 もあ った。 そ こで, 粗 暴 な時 のA 男 の 状態を弟 は 「ムカヮレが きた ( 祖先の霊が戻 って きた) 」

と表現 してお り,   このよ うなA 男 の状態 には二重人格 のそれ と一脈通ず るところが あ った。

予想 され た とお り, A 男 との治療関係 の維持 は容易 で はなか った。初め, 彼 は親 と親族 を回汚 くのの しり, 教職 につ いて は理論 と実践 の背反 を厳 しく批判 して い たが,   しだいに自己の未熟 さと依存傾 向 に気付 くよ う にな り, 「ぼ くはまるで中学生 の登校拒否 だ」 と自嘲 の笑 ぃを浮かべ るよ うにな った。 しか し, 家 庭 での態 度 はあま り変 わ らず, 戯 曲作家への夢 は衰 えないため, 母親 は治療者 と相談 の結 果, 彼 の独立 独歩 を促 す とい う願 いを込 めて東京 への遊学 を認 め ることに した。 A 男 の上京 を前 に母親 の 「ひ とに頼 るばか りの幼稚 な子 が うま くや ってゆけるで しょうか」 とい う言葉が印象 的であ った。

< 対 照事例 >   B 男   男 子

B 男 は富 山県東部 にあ る村 に農家 の長男 と して生 ま

れ た。実父 は B 男 が 3 歳 の時 に病死 したが,   B 男 の家

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が本家であ るために実父 の弟 ( 同胞1 0 人中の三男) が 義父 とな って後 を継 ぐことにな った。 B 男 には妹 が 3 人 い るが下 の 2 人 は義父 の子 であ る。

幼 い ころの B 男 はやや気が弱 く, 内 向的であ ったが, 小 ・中 ・高校 を通 じて学業成績 は優秀 で スポー ツ もよ く し, ク ラス委員 にたびたび推 され もした。 B 男 は父 親 が義父 で あ ることを ま った く知 らず,   ご く平凡 な少 年時代 を過 ご した。

ところが, 高 校生 にな った B 男 は自身 に とって人生 の転機 とな るよ うな体験 をい くつか重 ね る。 まず,高 校 2 年 生 の春, 彼 はた またま入手 した住民票 の保護者 の欄 に義父 と記 されてあるのを見て激 しい衝撃 を うけ, その一方 で妹 たちに厳 しい父が 自分 には寛大 なわ けが 分か ったよ うな気が した とい う。つ いで,   この年 の夏, B 男 の所属す る卓球部が姉妹校である県外の E 校 と行 っ た合同合宿 を契機 に, 彼 は E 校 の F 子 と交際 を始 め, やがて 2 人 は互 いの家 へ遊 びに行 き来 す るよ うにな っ た。 しか し, F 子 の住所が特別な地区にあることを知 っ た大人 たちによ って 2 人 の仲 は裂 かれ,   この交際 は禁 じられて しま った。 また,   B 男 の部落 には彼 が物心 の つ いた ころか ら肢体不 自由のために悲惨 な生活 を送 っ て い る一 家族が あ り, そ れを取 り巻 く村人 の態度 にそ の ころ彼 はよ うや く疑間を感 じ始 めて いた。

多感 な青春前期 にお け る以上 の よ うな生活体験 は鮮 烈 な記憶 とな って今 もB 男 の心 に残 って い る。 その こ ろの彼 は家庭, 学 校 など, お よそ 自己の行動 を制約す るよ うなすべての もの に逆 らい, 期 末 テス トに自紙 を 提 出す るな どとい つた 自虐 的 な反抗 も試 みて い る。 し か し, 彼 は じだいに冷静 にな って い った。 そ して未熟 な 自分 を顧 み るとと もに, 自 分 の 自由な意思 によ って 生 きる人間 と して, 将 来 は社会 の一 隅を照 らす存在 に な りたい と思 うよ うにな った。

大学進学 に臨 んで, 彼 は関東 の G 大 学 で社 会福祉 を 専攻 しよ うと考 え たが,   ここで親族 の猛反対 にあ う。

小学校長 の職 にあ った父方 の叔父 は, 家 屋敷 と田畑 の 維持管理 は本家 の長 男 の使 命 で あ り, そ れ には教 師 に しくはない と して, 地 元 の C 大 学 を半 ば強制 し, ほ か の親族 もこれ に同調 した。 しか しB男 は遂 に屈せず, 義父 の と りな しもあ って, 一 応彼 の希望 はか なえ られ た。大学 での B 男 は勉学 に精 を出す 一方で未解放部落 問題 な どの フ ィール ド ・ワー クに も参加 し,積 極的に 知識 を吸収 した。 この よ うな勉学姿勢 が評 価 され た ら しく,   B 男 は主任教授か ら卒業後, 研 究室 に残 るよ う に勧 め られた。彼 は喜んでその勧 めに応ず ることに し

たが,   これを知 った郷里 の両親 の狼狽ぶ りは並大抵 の もので はなか った とい う。旅慣 れ ない両親 が うち揃 っ て なん ど も下宿 を訪 ね,   B 男 の帰郷 を懇願 す るに及ん で, 彼 もやむな く両親 の意 に従 ったが, 村 に帰 った彼 を待 って いたの はや は り抜 きが たい血縁 の絆 と以前 と 同様 の処世訓 で あ った。前 出の校長 はH 市 役所職員採 用試験 の願書 を持参 した。 その試験 を拒否 は しなか っ た ものの, 大 学 で得 た知識 を ケース ・ワークに活か し たい と思 って いた彼 はひそか に隣県 の私立総合病院 に も願書 を提 出 しておいた。 H 市 役所か らの採用通知 を 破 り捨 て, 病 院 の ケース ・ワーカーにな った彼 は現在 の仕事 に生 きが いを見 出 して いる。

A 男 と B 男 に つ い て そ れ ぞ れ の 家 族 と親 族 が 描 く将 来 像 は ま った く同 じ もの で あ った。 周 囲 の威 圧 的 な要 請 に屈 した A 男 は, そ の未 熟 な性 格 の た め に発 病 す る こ とで現 実 か ら逃 避 し,   さ らに時 日 を経 て 自身 の欲 求 を身 近 な環 境 へ の神 経 症 的 行 動 化 の 中 で 表 現 す る よ うに な った。 一 方 ,   自我 の よ り成 長 した B 男 は, 進 学 や就 職 選 択 で は あ くまで も 自己 の意 志 を貫 き, 家 を継 ぐ こ とで周 囲 と妥 協 しなが ら精 神 の調 和 を保 って い る。

Ⅳ .考   察

富 山県 の方言 に 「こ うり ゃ く」 と 「み あ ら くも ん」 とい うのが あ る。前者 は,『 富 山県方言』 (図 書 刊 行 会 ,大 正 8年 )に よ る と 「(富 山県 で)特

に制作 せ りと覚 しき もの」 で,合 力 の な ま りとさ

れ,手 伝 いを意 味 す る。 これ を実 際 に用 い る とき

は,親 戚 や近 隣が家屋 の新 改築,田 仕事,冠 婚葬

祭 な どを行 う際 にその手 伝 い に行 くこと指 し, も

う少 し広義 に用 いて, 自 分 の家屋 や 田畑 の維持管

理 を手抜 か りな く行 うことを併 せ意 味す る こと も

あ る。 「み あ ら くもん」 は 「み (見)あ ら く (歩

くの な ま り)も ん (者)」 の こ と ら し く,用 事 も

な いの に方 々を うろ うろ と見 て歩 く道 楽者 とい っ

た意 味 10)で ,普 通 「み ゃ 一 らくもん」 と発音 さ

れ る。 ただ, こ の 「み ゃ一 ら くもん」 は単 な る道

楽者 を指 す だ けで な く,た とえ ば B男 が 「病 院 の

仕 事 で帰 宅 が遅 くな り, こ う りゃ くの方 が少 しお

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ろそか にな る とみ ゃ一 ら くもん に見 られ る」 と苦 笑 す るよ うに, こ う りゃ くを しっか り しな い人 を 軽 蔑 す る と きに も用 い られ る。

旧民法 に成 文化 されて いた伝統 的 な家族 は,家 長権 の強 い,直 系 家族 を主 軸 と し,家 族 成 員 は個

と して よ りも家 の一 員 と して意 識 され て いた。 し たが って家族成 員 は独立 して家庭 を もったあ とで も自身 の家庭 を超 え た 「家」 の意識 に支配 され る こ とにな るが 4), この よ うな意 識 によ って家 の成 員 が果 たす主 要 な行為 の一 つ が富 山 で は こ う りゃ くで あ り,そ れ を怠 れ ばみ ゃ― らくもんの烙 印が お され る。

従 来富 山県 の若者 , と くに長男 の立場 にあ る若 者 が,家 の後継 と伝統 的地縁 ・血縁紐帯 の維持 を いか に強 く求 め られ て きたか は,「 こ う りゃ く」

とい う方言 の存在 が それ を象徴 的 に示 して い ると いえ るので はなか ろ うか。 もちろん若者 の多 くは 自己 に課 せ られ た役割 を肯定 し伝統 を継承 して い くので あ って,そ の限 りで は彼 らが事例性 を帯 び て われわれの前 に浮か びあが って くることはない。

しか し,彼 らの中 には大人 た ちの要請 と自身 の希 望 との は ざ まに苦悩 す る者 もい るはずで あ る。 A 男 と B男 の場合 が それ にあた る。

郷 里 を離 れ,自 己の志望 す る大学 へ進 もうとい う若者 に対 して,親 と親族 は彼 が再 び家 に戻 らな くな る ことを極度 にお それ,そ の よ うな慣 習 的社 会規 範 か らの逸脱行為 は悪 で あ ると して強硬 に反 対 した。威圧 され そ うにな りなが らもB男 はただ 頑 な に首 を横 に振 るのが精一杯 の抵抗 だ った とい うが,そ の彼 に して も大学卒業後 は家 を継 ぐこと で周 囲 と妥協 しな ければ な らなか ったので あ る。

B男 に比 べ る と人格 の成熟 が遅 れ母親 に依存 的で あ ったA男 は,母 子家庭 とい う不利 な条件 もあ っ て,親 族 の圧 力 に抗 しきれ なか った。

幼 少年期 を不遇 な家庭環境 の下 で過 ご したA男 に と って同一 化 を企 て うる父母 の像 は希 薄 な もの で しか なか った。毎夜 のよ うに酔 って乱暴 を はた ら く父親 を幼 いA男 は恨 んで いた し,夫 の病 的酪 酎 に悩 まされ なが ら世間体 を重 ん じ,日 さが ない 親 戚 や隣人 の 目か ら家庭 を守 るの に必 死 で あ った

母 親 は哀 れ な犠 牲者 にみ え た とい う。 こ う した状 況下 で母子 は互 いに依存 し,母 親 はA男 に過度 の 愛 情 を注 いだ。 小学校 に入 った ころか らA男 は読 書 に夢 中 にな るが,そ こに は彼 に とって現実 か ら の逃避 とい う意 味が あ ったのか も しれ ない。彼 の 未 熟 で依 存 的 な性 格傾 向 と多少 と も夢想 的 な人生 観 は, この よ うな生育史 を背景 に して形成 され た もの と考 え られ る。彼 には,周 囲か らの圧迫 に対 抗 で きるほ どの遅 しさはな く,そ の結 果葛藤状況 の中で ヒステ リーを発症 したので あ る。

さて, この事例 には,未 熟 で依存 的 な性格傾向, 葛 藤 を象徴 的 に表現 す る転換症状,お よび疾病 ヘ の意 志 (Wille zur Krankenheit,Bonhoeffer 3)) な い しは 目的 指 向 的 (goal― oriented)色 彩 (西 園 8)),な

どが明 らか に具 わ ってお り, ヒステ リー とい う病態 を認 め る立場 に立 つ限 りその臨床診 断 に さほどの疑義 はない と思 う。 ただ,筆 者 は臨床 症 状 の うち,転 換症状 に後続 す るか た ちで発現 し た神経症 的行動化 に注 目 したい。

周 囲 の圧 倒 的 な力 の前 に,抑 圧 され た欲求 は転 換 症状 に象徴 され たが,そ れ は情緒 的孤立状態 で の学業達成 困難 に対 す る合理化 であ ると同時 に, A男 の消極 的意思表示 で あ った。留年 を重 ねて A 男 は25歳にな ったが,そ の間 に友人 ばか りで な く 弟 も社 会 に巣立 って い った。 周囲 の干 渉 は じだ い に少 な くな ったが,反 面彼 の孤立感 と焦燥感 は増 大 して い った と思 われ る。 こ う した状況下 で A男 の家庭 内暴力が始 ま ったので あ る。

西園 は神経症 につ いての因子分析 の結果,家 出 ・ 徘 徊,か ん じゃ く,暴 力 な どの非 ・反社会 的行動 障害 が ヒステ リー転換症状 と 1つ の群 を な して い る ことを明 らか に しつ,そ れ を もとに思春期,青 年 期 の神経症性 行動 障害 の多 くは ヒステ リー機制

に もとづ く反応 であ ろ うと推定 して いる8)。また,

青 年 期 神経 症 の時代 的変遷 を調 べ た西 田 6)は, ヒ

ス テ リーの数量 的減少傾 向 とともに病像全体 の変

化 を指 摘 して い る。 す なわ ち近年 の青年期 ヒステ

リー は,転 換症状以外 に さまざまな行動化 を伴 う

例 が多 い とい う。 したが って A男 の行動 も ヒステ

リーの単 な る一症状 と して理解 す ることがで きる。

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しか し,本 来 ヒステ リー とい う病 態 には疾病逃避 (第一 次 疾 病 利 得 )と 症 状 を楯 に周 囲 を動 か す第 二 次疾病利得 の特徴 をみ るのが一般 的 で あ る。 そ の場 合,後 者 には受動 的 に装 いなが ら周 囲 に影響 を行使 す る タイプの ほか に, 自 己の本意 を直接言 動 に表 出す る能動 的 な タイプを含 めて もよい と思 う。 この能動 的 自己表 出 は厳 しい抑圧 的社 会状況 下 で は二 重 人格,憑 依状 態 を隠 れ蓑 に して行 われ る。 厳格 な戒律 を強 い られ た中世 の尼僧 院 で尼僧 た ちが憑依状態 にお いて種 々の要求 を したの はそ の好 例 で あ ろ う 13)。反 対 に抑 圧 的社 会 構 造 の後 退 は病者 の 自己表 出を容 易 にす る。 この よ うにみ て くる と,二 重 人格 は現 代文化 と親和性 が な い 9) とか,行 動化 を伴 う青年 期 ヒステ リーが増加傾 向 にあ る6)とぃ った提言 もご く自然 に首肯 し得 る。

A男 の臨床像 はまさ しく今 日的 ヒステ リーのそ れで あ るが,家 庭 内で暴 力 を振 る うA男 は弟 によ る とあ たか も人 が変 わ ったか のよ うだ とい う。 し たが って,環 境条件 だ けを半世紀前 に戻 す ことが で きると した ら,A男 は,彼 に憑依 した何者 か〜

たぶ ん親鸞 か蓮如 〜 の 口を借 りて東京 へ の遊学 を 要求 したので はな いか と筆者 は考 えて い る。

V 。 ま と め

血 縁 関係 を重視 す る社会 で高卒後 の進路 をめ ぐ り親 ・親族 と対立 した本家 の長 男 A 男 ( 事例) と B 男 ( 対照 例) を 提示 した。

1 ) 情 緒 的 に未熟 なA男 は周囲 の圧 力 に屈 し, 葛 藤状 況 の中で転 換 症 状 を,   さ らに時 日を経 て家庭 内暴 力 を発呈 した。 他方,自 我 の よ り 成 長 した B 男 は周 囲 と妥協 しなが ら自己の意 志 を貫 き, 心 身 の健康 を保 った。

2 ) A 男 にみ られた家庭 内暴力の観察 を通 じて, ヒス テ リーにお ける第二次疾病利得 と神経症 的行動 化 との関連 につ いて検討 した。

文     献

1 ) 新 垣 元 武 : ヒ ス テ リーの時代 的変 遷 。 九 神 精 医, 10;71‑95, 1963.

2)Baeyer,w.v.:Zur Statistik und Form der abnormen ErlebnisreaktiOnen in der Gegenwart. Nervenarzt, 19;402‑408, 1948.

3 ) B o n h o e f f e r , K . : W i e   w e i t   k o m m e n   p s y c h o g e n e Krankheitprozesse vor, die nicht der Hysterie zuzurechnen sind?Allg. Z. Psychiat., 68;371‑386, 1911.

4)福 武  直 :日 本 社 会 の構 造 .東 京 大 学 出版 会 ,東 京 , 1981.

5)NHK放 送 世 論 調 査 所 :日 本 人 の 県 民 性 一 NHK 全 国県民 意 識調 査 。 日本 放 送 出版 協 会 ,東 京 ,1953.

6)西 田博 文 :青 年 期 神 経 症 の時 代 的変 遷 ―心 因 と病 像 に関 して 。 児 童 精 神 医 学 とそ の近 接 領 域 ,9;225

‑252, 1968.

7 ) 西 園 昌 久 : 神 経 症 の分 類 を め ぐ って 。 治 療 , 5 ; 2431‑2437, 1971.

8 ) 西 園 昌久 : ヒ ス テ リーの臨床 . 臨 床 精 神 医学 , 9 ; 1145‑1156, 1980.

9 ) 荻 野 恒 一 : 文 化 構 造 と精 神 疾 患 . 懸 田編 『現 代 精 神 医 学 大 系 2 5 , 文 化 と精 神 医 学 』 所 収 , 中 山 書 店 , 東 京 , 1 9 8 0 .

1 0 ) 大 田栄 太 郎 : 越 中 の方 言 . 北 日本 新 聞 社 , 富 山, 1970.

11)Schilder,P.:The concept of hysteria. Amer.」 . Psychiat。,95;1389‑1413, 1939.

12)Windlinger,U.M.:Zum Wandel der kindlichen Hysterie.Acta Paedopsychiat.,42;9卜 108,1976.

1 3 ) 吉 益 脩 夫 : 1 7 世紀 に お け る ヒス テ リー性 集 団現 象 の流 行 につ いて。 犯 罪 誌 , 2 0 ; 3 ‑ 5 , 1 9 5 4 .

* 謝 辞 : こ の論 文 は 「社 会 精 神 医 学 雑 誌 , 9 ; 1 2 卜 1 2 7 ,

1 9 8 6 . 」 に掲 載 され た もの で す 。 本 誌 へ の転 載 を認

め て い ただ い た星和 書 店 に感 謝 いた します。

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