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南アジア研究 第21号 015書評・篠田 隆「三宅博之『開発途上国の都市環境─バングラデシュ・ダカ 持続可能な社会の希求─』」

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Academic year: 2021

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三宅博之『開発途上国の都市環境

─バングラデシュ・ダカ 持続可能な社会の希求─

東京:明石書店、2008年、307頁、3800円+税、ISBN: 978-4-7503-2716-7

篠田 隆

都市環境研究における問題設定や分析枠組みは、今世紀に入り大きく変 化した。「持続可能な開発」概念がようやく研究に結実し始めるとともに、 グローバル化や民営化の流れのなかで都市環境問題の位置づけや環境改善 のための戦略の見直しが行われ、「ガバナンス」(国、自治体、企業、住民、

NGO

、国際機関などの異なる価値基準や行動原理を有する多様な主体(ア クター)が、相互に関連しあい(ネットワーク化)、共通の課題や問題の解 決に参加する仕組み)の概念や視点に基づく都市環境研究が台頭し始めた。 本書はこの新たな潮流のなかで、バングラデシュ・ダカの都市環境の問 題と課題を論じた労作である。バングラデシュの個別都市を分析対象とし た都市環境研究は、英文の刊行物についても非常に少ない。本書は、先行 研究が乏しいなか、ダカの都市環境についての基礎的かつ体系的な情報を 得ることのできる貴重な研究成果である。 本書の目的は、著者によると「開発途上国の都市像として『環境共生が 可能な都市』『持続可能な開発によって築かれた都市』とは具体的にどの ような特徴を有した都市を指すのか、そのことをダカの都市分析を通して 検証すること」(

12

頁)にある。副題に「バングラデシュ・ダカ 持続可 能な社会の希求」と付されているのもその関連である。 本書は3部構成をとっている。第1部(第1章∼第2章)ではダカの都 市形成とその過程での都市環境の変動をいくつかの都市環境問題の事例に 即して概観している。全体の導入部分にあたる。続く第2部(第3章∼第 6章)では都市環境問題のなかで著者が最大の関心をもつ廃棄物管理問題 が実態調査結果を交えて考察されている。清掃労働者や環境

NGO

など清 掃労働に直接あるいは間接に関わる主体についても検討している。本書の なかでもっとも読み応えのある部分となっている。そして、第3部(第7 章∼第9章)では、地域社会に関わる都市環境の課題として、開発の受益 者や都市住民の都市環境に関する意識や行動が所得階層差に注目して分析 書 評

(2)

されている。以下、章別に要点をまとめておこう。 第1章では、独立(

1971

年)以降の首都ダカでの人口増加の趨勢を概 観し、この過程で生起した都市環境問題として、大気汚染と電力供給不足 問題をとりあげている。電力については、違法行為によるシステムロスの 大きいことを指摘している。また、環境に配慮した開発のためには、都市 環境に関わる環境法令と行政機関の整備が政策の最優先事項であると強調 されている。 第2章では、他の都市環境問題として、屎尿処理の歴史と下水処理問題 を考察している。イギリス植民地期におけるダカでは、土着の清掃労働者 のカーストが少人数しかいなかったので、北インドや南インドから清掃労 働者を契約労働者として受け入れたこと、また、自治体が条例や屎尿処理 税を導入しながら、当時一般的であった井戸式便所から屎尿回収型便所へ の移行を先導したことが明らかにされている。また、現在の下水道につい ては、

JICA

の下水道プロジェクトの報告書と著者の聞き取りに基づき、 施設と管理双方の問題点が指摘されている。 第3章では、ダカ市の廃棄物管理の現状と課題を

JICA

の報告書に基づ き明らかにしている。廃棄物処理過程は他の南アジア諸都市と共通してい るが、

1990

年代半ば以降、第1次回収については

NGO

CBO

の担う個 別回収も進展している。回収人は受益世帯から回収した手数料で雇用され ている。回収人のなかには回収ゴミのなかから有価廃棄物を分別販売し利 益をあげるものもいる。ただし、民間委託による戸別回収が展開している のは一部地域のみであり、基本的には自治体雇用の清掃労働者が道路清掃 を行っている。ダカ市雇用の清掃労働者数は他の南アジアの大都市に比較 すると少ない。財政難が制約要因になっている。第1次回収から最終処分 までの間に、

JICA

調査団によると廃棄物処理量の3分の1がリサイクル されているという。その

JICA

報告書にみられる廃棄物管理の問題点を紹 介した後、清掃関連部局の一本化、財源確保、学校や地域での環境教育の 必要性が説かれている。 第4章では、廃棄物管理の社会配慮的視点として、偏見や差別の対象に なっている清掃労働者の社会的偏見の撤廃や有価廃棄物回収人の活動の フォーマル部門化などが検討されている。清掃人への偏見を除去する方策 として、不衛生な労働環境の改善や環境教育の企画実施を提言している。 清掃労働者はインドから流入してきたヒンドゥー教徒の清掃人カーストが

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主体をなしていたが、近年、農村から流入する貧しいイスラーム教徒が清 掃労働者の過半を占めている。自治体雇用の清掃労働者の雇用条件はイン フォーマル部門の職業に比較し安定しているが、ヒンドゥー教徒の清掃人 カーストはそこからもはじき出されている。 有価廃棄物回収人については、排除から共生に切り替わっており、フォー マルな廃棄物管理システムへの取り込みが必要だと強調され、その具体策 として、組合設立や有価廃棄物流通ルート確立への支援、衛生教育の提供、 子弟への教育機会の提供などがあげられている。さらに、フォーマルな廃 棄物管理システム作りの留意点として、人権意識の向上や女性・子供への 配慮などがあげられている。 第5章では、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の清掃労働者の社会経済 的背景を比較検討している。ダカ市役所に雇用される清掃労働者数は、独 立時は

1000

人ほどであったが、

2004

年には

7000

人ほどに増加した。現 在ではイスラーム教徒の清掃労働者が過半数を占めている。清掃労働者が 集中的に居住する主要な清掃労働者コロニーでのリーダー格回答者からの 聞き取り調査から、ヒンドゥーコロニーは植民地期にイスラームコロニー は独立後に形成されたこと、イスラームコロニーでは露天商、警備員、リ クシャ引きなど清掃労働以外の副業もあるのに対して、ヒンドゥーコロ ニーでは副業も清掃関係に限定される傾向にあること、とりわけ屎尿処理 は北インドから移動してきた清掃人カーストが専従していることを明らか にしている。職業選択幅に相違があること、一部ヒンドゥー教徒は今でも インドの出身地と婚姻関係を継続していることも指摘している。 第6章では、ダカ市で活動している4つの環境

NGO

をとりあげ、彼ら の環境保全と廃棄物管理の取り組みを紹介している。そのうち、廃棄物の 戸別回収を行う3つの

NGO

については、活動理念を中心とした概略のみ が示されている。もうひとつは戸別回収に加えて回収廃棄物のコンポスト 化まで行う

NGO

であり、「持続可能な廃棄物管理」の観点から、この環境

NGO

の活動が詳細に紹介されている。この

NGO

は、中間層居住区とスラ ム地区の双方でコンポスト事業を展開している。著者はコンポスト化の意 義として、資源としての活用、廃棄物の減量化、衛生問題の解決、作業員 の雇用機会の創出、の4つをあげている。 第7章では、ダカ市の洪水対策の一環として日本政府の経済協力により 実施された洪水制御プロジェクト(

1993

年完成)の事後評価を通して、

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地域開発と国際協力のあり方を検討している。ちなみに、上記のプロジェ クトはコッランプル地区の排水路整備とポンプ場建設を事業内容とした。 著者は、この事業は同地区の地域開発を一定程度促進したことを認めつつ も、施設の維持・運営に大きな課題が残されていることを指摘している。 また、受益者のなかで中間層がより大きな利益を享受する階層差に注目し、 「公共の利益の確保」という概念がいかに曖昧で漠然としているかを指摘 している。これらの課題が生じた背景には、社会分析の欠如、多様な利害 を持つ住民・関係者の参加の度合いの低さ、地区の総合的開発の視点に欠 けた洪水制御に限定された狭隘な開発構想、の3点の問題があったと主張 している。 第8章では、都市環境改善についての地域住民の意識と行動を階層差に 注目して検討している。中間層居住区の住民は環境に関する知識をもち市 役所の廃棄物管理サービスに不満をもっているが、住民組織が形成されず、 戸別回収に対する態度も受動的である。一方、低所得層居住区ではコンポ スト作りの共同作業が行われ、一定の結束をはかることができる住民組織 は存在しているが、近隣社会への関心度は低く、ともに「環境共生を実現 するための可能性」は低いと概括されている。 第9章では、都市住民の隣人関係を中間層と低所得層の階級差に着目し て検討している。著者は隣人関係の現状を、居住区内隣人との会話、飲食 物授受、相互訪問、金銭貸借、祭祀行事への参加、地域社会組織への参加 などの有無や程度を基準に比較している。聞き取り調査の結果は、低所得 層の居住区では住民は会話による日常的な交流をよく行っているが、移動 率が高いために濃い隣人関係が定着していないこと、中間層居住区では隣 人と協力して環境保全に取り組むほど隣人関係は濃くないとまとめられて いる。 最後に、「おわりに」でこれまでの議論を整理総括している。都市環境 課題別に、大気汚染、下水処理、廃棄物管理、洪水の問題を概観し、次に アクター別信念・行動として、行政機関、

NGO

、地域社会住民、

JICA

の 活動や現状を概観し、最後に持続可能な都市環境の構築に向けての展望を アクター別に示している。 評者は以前にインドのアーメダバード市など若干の諸都市の清掃労働者 および都市環境改善運動の歴史と現状について研究したことはあるが、バ

(5)

ングラデシュの都市環境問題に詳しいわけではない。ただ、本書の著者と 清掃業や都市環境についての関心は共有しているので、以下、若干のコメ ントを率直に記してみたい。 まず、本書が文献研究と実態調査を組み合わせ、バングラデシュ・ダカ の都市開発の現状と課題の解明を試みた貴重な研究成果であることを強調 しておきたい。文献調査では、政府・自治体の報告書や統計類、

JICA

な どの国際機関の報告書や現地自治体と共同で作成したマスタープラン、英 語やベンガル語の関連研究文献や新聞記事などが分析されている。実態調 査では、清掃労働者、環境

NGO

、中所得層および低所得層住民からの聞 き取りに基づき、彼らの就業構造、環境活動、環境意識構造などが分析さ れている。とりわけ、著者が最大の関心をもつという廃棄物管理に関して は、ダカ市における屎尿処理・清掃業の歴史から現状にいたるまで、文献・ 実態調査で収集した豊富な情報が手際よく整理分析され、廃棄物管理の全 貌が明らかにされている。そのなかには、実態の把握しにくい廃棄物のリ サイクルに関する分析やコンポスト化に関わる環境

NGO

の分析なども含 まれている。 さらに、廃棄物管理のほかに、大気汚染、下水処理、洪水の問題も都市 環境課題として検討しているので、バングラデシュの都市環境問題入門と しての本書の貢献も大きい。

JICA

の報告書類の内容も随所で紹介されて いるので、環境だけではなく、開発や援助に関心のある人々をも引き付け る一書である。 他方、いくつか気になった点もあるので述べておきたい。まず、本書の 目的である「持続可能な開発」や「環境共生」の可能な都市像をダカの都 市分析を通して検証する件についてである。本書では都市環境分野におけ るアクターの活動を個別に吟味する傾向があり、アクター間のネットワー ク化(連携の試み、経緯、結果)の分析が乏しい。そのために、「持続可 能な開発」や「環境共生」の展望が見えづらくなっている。たとえば、戸 別回収の導入などネットワーク化を考察するのに適した事例について、ア クター間の交流や確執の経緯が分析されていれば理解がより深まっていた と考える。 自治体は廃棄物管理のなかで、清掃労働者や運搬労働者を多数雇用し、 廃棄物の回収、運搬そして処理を担うきわめて重要なアクターである。自 治体の清掃労働者雇用政策の一端については言及されているが、雇用政策

(6)

を含めた廃棄物管理政策の変遷や財政基盤の変動について踏み込んだ検討 を行うことにより、自治体のアクターとしての役割と課題がより明確に評 価できたのではないか。 隣人関係は地域社会のまとまりや組織だった環境配慮行動の核となると の想定で、聞き取り調査に基づく隣人関係の検討が行われ、中間層と低所 得層の居住区ではともに濃い隣人関係はみられないとの結論が示されてい る。はたして、濃い隣人関係は環境配慮行動の核になりえるのだろうか。 むしろ、住民組織の形成に関わりうる地縁組織、血縁組織あるいはリーダー シップを調査対象にしたほうがよかったのではないか。この点でも、戸別 回収を導入した地区での合意形成過程と既存の住民組織やリーダーシップ 形成との関連についての分析がほしかった。 著者は、都市環境改善の展望として、

JICA

とダカ市役所が共同で作成 している廃棄物管理分野のマスタープランを参考に、行政については職 員能力の向上、

NGO

については地球環境保全の視点をもち住民の組織化 や行政と協働できる能力の向上、住民については環境教育の普及や低所得 向け住宅政策の見直しなどが必要であると提言している。はたして調査し た事例のなかに提言とかかわる新たな方向性の萌芽や教訓をどれだけ見出 すことができたのであろうか。そのことを明示しておかなければ、不足リ ストの羅列や現実と交差しない提言の羅列に終わってしまうのではなか ろうか。 都市環境の現状と課題双方にわたり、ダカ市は他の南アジア諸都市と多 くの共通点をもっている。自治体の行政制度や財政構造、廃棄物の組成、 清掃労働の位置づけなど廃棄物管理に限定しても、きわめて類似している。 このため、南アジア域内での情報、技術、経験の交流は相互の都市環境改 善のためにきわめて有用であると評者は考える。本書ではデリー近郊の廃 棄物回収の事例など少数の事例紹介はあるが、より積極的体系的に他都市 事例との比較ができていれば、ダカの事例そのものの位置づけと課題もよ り明確になったのではないか。 以上、若干の疑問点と要望を記したが、それにより本書のもつ価値が減 じるわけではない。本書は、邦文でのバングラデシュ都市研究の第1歩と して、後続の研究者はもちろん、一般読者にも広く読まれていくであろう。 しのだたかし ●大東文化大学国際関係学部教授

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