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2011 年東北地方太平洋沖地震津波と土地利用

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The Great East Japan Earthquake and Tsunami of 2011 and land use 氷見山 幸夫

Yukio HIMIYAMA 北海道教育大学教育学部

Faculty of Education, Hokkaido University of Education

摘  要

 2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震により引き起こされた巨大津波 は,1,000 km 以上におよぶ東日本の太平洋沿岸部に甚大な被害をもたらした。この 津波と土地利用との関わりを,津波詳細地図,土地利用図,地域別土地利用種別浸水 面積等の統計,現地調査などにより,安全安心で持続可能な土地利用を追求する立場 から検討した。その結果,安全安心への認識の不十分さ,地形や土地利用・土地被覆,

事物の分布や位置関係などの地理的諸条件に対する無関心と無理解やそれらを改善す るための教育の不十分さ,社会経済的な条件を重視するあまり災害危険性を軽視した 土地利用の選定などがあいまって甚大な被害が発生したことが明らかになった。それ は,3.11 級の巨大地震と津波により大きな被害が発生することは避けられなかったに しても,適切な備えがあれば被害は相当程度軽減できたということを意味する。

キーワード:土地利用,東日本大震災,GLP,LUCC,SLUAS

Key words:land use, Great East Japan Earthquake, GLP, LUCC, SLUAS 1.はじめに

 大規模自然災害がさまざまな地球環境問題と関連 しつつ,世界的に増大している。わが国において も,それを象徴する未曾有の大災害が起こった。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖を震源とする マグニチュード9.0の大地震とそれに伴う大津波 は,北海道から関東までの太平洋岸1,000 km以上 に及ぶ長大な沿岸域を奈落の底に突き落とし,さら に東京電力福島第一原子力発電所の事故を引き起こ した。また広域にわたる地盤沈下と比較的新しい干 拓地や埋立地における液状化による建物や道路への 甚大な被害が出た。東日本大震災と総称されるこの 大災害を機に,大規模自然災害と地球環境問題を別 個のものとして扱う傾向が強かった世界の学術コミ ュニティにおいても,ようやくそれらを統合的に扱 うことの重要性が認識され始めた。それを実践する ことは決して容易ではないが,徐々に世界的な流れ になりつつある。

 この大地震と大津波は,さまざまな土地利用が営 まれていた広大な地域を瞬時に廃墟と化し,あるい は機能不全に陥らせた。それは狭い意味での被災地 だけではなく,それを遥かに超える広い地域の人々 の生活と土地利用に大きな影響を与え,またその影 響は非常に長期にわたることが予想されている。自

然災害が人と自然との間の抜き差しならぬ関わり合 いの中で世界的に増大していることを考慮すれば1), 東日本大震災を従来型の災害研究や防災研究の枠組 みだけでなく,GLP(Global Land Project,全球陸域 プロジェクト)などの地球環境研究の枠組みで捉え ることには大きな意味がある。それは日本学術会議 の提言「陸域-縁辺海域における自然と人間の持続 可能な共生へ向けて」2)や氷見山3)などが指摘した ことでもある。GLPは,1996年にIGBP(国際地圏・

生物圏研究計画)とIHDP(地球環境変化の人間的側 面研究計画)が共同で立ち上げたLUCC(土地利用・

土地被覆変化研究計画)が,2006年に陸域生態系を 研究するGCTE(全球変化と陸域生態系研究計画)と ともに発展的に再編されてできたものであり4),地 球環境研究の中で取り組みが遅れていた土地利用・

土地被覆変化に関する研究を強化することが期待さ れた。東日本大震災は,わが国でこのGLPに呼応 し てSLUASプ ロ ジ ェ ク ト(Towards Sustainable Land Use in Asia,「アジアにおける持続可能な土地 利用の形成に向けて」)が2009年に筆者を代表とし てスタートし,土地利用・土地被覆変化研究の立場 から災害研究に取り組み始めた矢先に起きた5)-7)。  本稿は,SLUASプロジェクトの東日本大震災と 土地利用との関わりを明らかにする研究の成果の一 部であり,特にこのたびの巨大津波と土地利用との 受付;20121025日,受理:201318

 〒070-8621 北海道旭川市北門町9丁目,e-mail:[email protected]

(2)

関わりに焦点を当てて論ずるものである。被災地が 非常に広大で地域的に多様であること,大災害地域 であるために必要なデータが入手しづらいこと,課 題が多く複雑であることなどのため,研究は容易で はないが,入手しうる限られたデータと現地調査の 結果をもとに,現在垣間見える実態とその背景を考 察する。

2.津波浸水域の土地利用の概観

 国土交通省国土地理院は,2011年東北地方太平 洋沖地震津波直後に撮影した空中写真と衛星画像に より津波浸水範囲の判読を行い,その結果と国土数 値情報の土地利用細分メッシュデータとを組み合わ せ,浸水範囲の土地利用図21面8)と土地利用別浸 水面積表9)を作成した。土地利用種は

 ①建物用地・幹線交通用地,

 ②その他の用地,

 ③田・その他の農用地・森林・荒地・ゴルフ場,

 ④河川地及び湖沼,海浜,海水域

に大きく4分類されている。少なからぬ被害が出た 北海道がカバーされてない点は残念であるが,以下 に示すように大変貴重な資料である。

 表 1は県別に見た津波の土地利用別浸水面積で ある。これから明らかなように,浸水面積は宮城県

(327 km2)が全体の58%を占めて突出しており,福 島県(112 km2),岩手県(58 km2)がそれに次ぐ。岩 手県宮古市以南の沿岸部はリアス式海岸が卓越し,

多数ある湾の奥にあるわずかな低地とその周辺に人 口と都市機能が集中しており,津波浸水域はその低 地部を飲み込んでいる。数ある津波襲来の動画で明 らかなように,この狭隘な低地に津波のエネルギー が集中しており,その激しさが際立っていたが,浸 水面積では岩手県は宮城県の18%に満たない。宮 城県は県土面積2,002 km2の実に16.3%が浸水して おり,浸水率でも突出している。市町村別に見る と,宮城県石巻市の73 km2が最大で,仙台市の 52 km2が続く。

 図 1は市区町村別津波浸水範囲の土地利用別面 積である。このグラフから明らかなように,岩手県

宮古市から福島県南相馬市にかけての市町で浸水面 積が広く,津波の被害が大きかったことがわかる。

そこで本稿では,この地域を中心として以下の論を 進める。この広大な地域の全容を概括的に把握する ため,次章では,三陸リアス式海岸地域(図 1の宮 古市から南三陸町まで),仙台以南の海岸平野地域

(仙台市宮城野区から南相馬市まで),牡鹿半島周辺 地域(女おながわ川町から多賀城市まで)の3地域に分け,そ れぞれにおける土地利用への被害の特徴を検討す る。

 原口・岩松10)の「東日本大震災津波詳細地図」

は,いくつか独立して行われた津波浸水域の調査の 成果の1つである。この地図は著者自身による詳細 な現地調査により作成されたもので,A4版上下巻 計250ページ余りの地図帳として市販されている。

この地図帳は浸水域が2万5千分1地形図上に適切 な色使いで示されているため,津波によりどこでど のような土地利用が被害を受けたのかが大変わかり やすく,地域の状況を把握する上で大変有用であ る。以下,津波浸水高の数値はすべてこの地図によ る。

3.地域別の土地利用への被害の特徴 3.1 三陸リアス式海岸地域

 青森県南東部から岩手県を経て宮城県北東部の牡 鹿半島に至る海岸は三陸海岸と呼ばれ,特に岩手県 宮古市以南のリアス式海岸は風光明媚な所が多く,

一部は陸中海岸国立公園となっている。現在,この 国立公園を含む三陸海岸の広い範囲にまたがる「三 陸復興国立公園(仮称)」の設置準備が進められてい る。この仮称からも知られるように,三陸海岸のも つもう1つの顔は,これまで幾度となく大津波に襲 われてきた所だということである。過去百年余りを みても,明治三陸(1896年),昭和三陸(1933年),

チリ地震津波(1960年),それに今回と4回の大津 波を経験している。

 この地域の基幹産業はカキ,ワカメ,ホヤなどの 養殖を含む水産業であり,観光産業への依存度も高 い。平地に恵まれないこの地域の市や町の中心市街

その他 の農用 地 

森林 荒地 建物 用地

幹線交 通用地

その他 の用地

河川地 及び湖

海浜 海水域 ゴルフ

全体

青森県 1 <0.5 2 1 2 <0.5 5 2 8 1 <0.5 24

岩手県 9 2 5 1 20 2 9 6 2 2 <0.5 58

宮城県 135 22 23 4 69 6 27 32 7 4 <0.5 327

福島県 59 3 5 1 13 2 10 7 4 8 <0.5 112

茨城県 2 1 1 <0.5 4 <0.5 5 1 7 3 0 23

千葉県 4 1 2 <0.5 3 <0.5 1 <0.5 4 2 0 17

合計 208 29 38 7 110 10 58 49 31 20 <0.5 561

表 1 県別に見た津波の土地利用別浸水面積(km29)

(3)

地はほとんどが湾奥の狭隘な低地にあり,その前に 広がる湾には多くの養殖用の筏が設置されている。

このたびの震災ではこれらの中心市街地と養殖用筏 が甚大な被害を被った。湾奥の市街地の沿岸部はほ とんどの場合港になっており,船が係留されている が,これは津波への備えという点では極めて危険と いわざるをえない。水面と陸上の施設との間にほと んど波を防ぐものがない上に,係留されている船が 津波により内陸に流され,まちを破壊する凶器とな るからである。

 市区町村別津波浸水範囲の土地利用別面積を示し た図 1の,岩手県宮古市から宮城県南三陸町まで の8市町がこの三陸リアス式海岸地域に該当する。

これらの市町の浸水範囲のうち35%を建物用地が 占め,田とその他の農用地の20%を大きく超えて いる。これらの浸水した建物用地は湾奥の港に隣接 し,諸々の都市機能が集積しており,周囲の台地や 丘陵,河川沿いの谷などの周辺地域を束ねる扇の要 のような場所である。図 2は宮城県女川町の中心 市街地だった低地部と,周囲の住宅や学校を示して

いる。この扇の要が津波により極めて深刻なダメー ジを受けたことはいうまでもない。このような地域 では,住宅や一部の都市機能の高台への移転が進む であろうが,漁業関係の施設やまちの機能の多くを 高台に移すことは,用地の確保やまちの機能の維持 の面で難しいこともあり,各地域で慎重な検討がな されている。低地には津波の時に避難できる頑丈で 高い建物を配する,避難路を整備するなどの対策も 含め,各地域の実情を踏まえた復興計画が追求され ている。

 気仙沼市ではまちのシンボルともいえる巨大な魚 市場が,大きなダメージを受けながらも津波を耐え ぬ き, そ れ を 中 心 と し て 活 気 が 戻 り つ つ あ る

(図 3)。なおこの魚市場の海に突き出た角のところ の 津 波 浸 水 高 は11.20 mで あ っ た が, そ れ か ら

200 m手前の眼下に見える建物では浸水高が4 mで

あった。このように津波の高さは,わずかしか離れ ていない所でも,ローカルな条件次第で大きく異な る。これは防災上も復興計画上も留意すべき点であ る。気仙沼では低地部のほとんどで深刻な地盤沈下 図 2 女川の中心市街地跡とその周辺.

(2012 年 10 月,筆者撮影) 図 3 気仙沼魚市場.

(2012 年 6 月,筆者撮影)

図 1 市区町村別津波浸水範囲の土地利用別面積9)

(4)

が起こって水が溜まりやすくなっており,堤防を応 急修理してポンプで水をかい出しているものの,復 旧作業の足かせとなっている。低地を都市的利用に 付する場合は,地質地盤の状態をしっかりと見極め る必要がある。

3.2 仙台以南の海岸平野地域(仙台平野東部とその 南に連なる平野)

 仙台市宮城野区から南相馬市に至る仙台平野に位 置する市区町では,浸水範囲のうち建物用地が占め

るのは11%に過ぎず,田とその他の農用地が60%

と非常に高い割合を占め,三陸リアス式海岸地域と の違いが際立っている。図 1に見られるように,

仙台市の市街地は,仙台港周辺を除き,もともと低 湿で水害が多かった平野東部を慎重に避けていたた め,浸水域にはわずかしかない。この地域の北端に は掘り込み港湾である仙台港があり,その南には海

岸平野が50 km余りにわたって続いている。図 4

は仙台市東部の2万5千分1土地利用図である。2 万5千分1土地利用図は1970年代末に全国的に整 備されたが,ここに示した図は1992年に発行され た特別の図である。この図に一部見られるように,

仙台港の南の海岸砂丘には幅200~500 mの防潮 林が連なっている(図 4の緑色の範囲)。この防潮 林は今回の大津波で甚大な被害を被ったが,津波の 被害を軽減する上で大きな役割を果たしたことは,

津波浸水高がこれにより低下していることからも明 らかである。この防潮林の内陸側には広大な農業地

帯が広がるが,3.11の津波による東日本全体の農業 被害の大半はこの地域に集中している(表 1)。そこ では低い浜堤列と堤間低地列が卓越し,前者は畑,

集落,道路に,後者は水田になっているところが多 い。なお宮城県における農地の浸水被害面積は 157 km2で,これは被災6県における面積の約3分 の2を占める11)

 広い海岸平野とリアス式海岸の湾奥の狭隘な平地 とでは,津波の挙動に大きな違いがある。波高 10 mを超える3.11の津波では,仙台以南の海岸平 野における津波の海岸からの到達距離はおおむね 5 km以内,標高は3 m程度までであった。ただし 河川を㴑上した場合は内陸に深く入り込むことがあ るので,注意を要する。

 図 5は名取市閖ゆりあげ上の稠密な住宅地の跡である。

見渡す限り建物が1棟も残ってないことから,津波 の凄まじさが知られる。この地区の津波浸水高は 7~8 mで,近傍の地点と比べ2 m程高い。これは この地区と外海との間に漁港があり,防潮林がその 分狭くなっていることによると考えられる。皮肉な ことに,防災上は本来防潮林があるべきところに位 置するこの住宅地は,津波の勢いをそいだという意 味では,防潮林と同様の効果を有した。それは防潮 林の内陸側と閖上集落の内陸側とで津波浸水高と津 波到達距離において有意な差が見られないことから 推察される。

 図 6は仙台市荒浜の潮害防御保安林である。写

図 4 仙台東部道路付近の 2 万 5 千分 1 土地利用図.

(国土交通省国土地理院)

(5)

真左手が海で,津波により木々が根元に近いところ で折れ曲がり,なぎ倒されていることがわかる。松 を主とするこの防御林は500 mほどの幅がある。

最も内陸側には津波の圧力に耐え抜き立ったままの 木々が見られるが,塩害のために枯死しているもの が多い。別の場所では緑の葉を蓄えている木々も多 いので,木々の生死は津波の威力の差というより は,土壌の塩類濃度の低下の度合い等,別の要因に よると考えられる。なお,防潮林の木々が流木とな り住宅等を破壊したとの言説が聞かれることがある が,この地域の防御林から流亡した倒木は極めて少 なかった上に,枝葉を付けた状態のために住宅の周 囲の植え込みに絡みつくなどして,強い破壊力をも って住宅等を損壊したケースは確認できなかった。

3.3 牡鹿半島周辺地域

 上の2つの地域の間にある牡鹿半島周辺に位置す る女川町から多賀城市にかけての市町における浸水 域は,建物用地が30%,田とその他の農用地が38%

であり,前述の2地域の中間的な性格をもつ。この 地域は人的,物的,面積的にも被害が極めて大きか った。この地域は3地域中で震源に最も近いが,そ れだけでこの地域の被害の甚大さを説明することは できない。図 7はこのたびの大震災で最も大きな 人的・物的被害を出した石巻市の中でもとりわけ被

害が甚大だった南浜町の状況である。この地区は市 内を流れる旧北上川の右岸にあり,砂浜と高台に挟

まれた800 mほどの幅の低平な土地に稠密な市街

地が形成されていた。海岸部で7.50 mほどの浸水 高だった津波は高台の下でも7.00 mほどの浸水高 を維持しており,この地区に卓越していた2階建て 木造住宅の屋根付近まで達していた。この地区の浸 水高は周囲よりも2 m程も高いが,それは地形条 件からある程度想定できたはずである。しかし海岸 には防潮林もなく,津波に対する備えをほとんど欠 いていた。

 図 8は北上川の河口近くに位置する石巻市長ながつら面 の壊滅的惨状である。こちらも津波をほとんど想定 していなかったと思えるほど防備が甘かった。海が 山に遮られて見えづらかったからであろうか,河口 からわずか1 kmほどしか離れていない所にある低 平な土地でありながら,海と川からの浸水に対する 備えがほとんどなかった。津波被害で知られるリア ス式海岸地域が近くにありながら,それとは海岸の 形状が異なることからくる油断が住民にも行政にも あったのであろうか。後述の石巻市立大川小学校 は,この地区から川沿いに3 kmほど内陸に入った ところにある。

図 6 仙台市荒浜の潮害防御保安林.

(2012 年 3 月,筆者撮影)

図 5 名取市閖上の稠密市街地跡.

(2012 年 10 月,筆者撮影)

図 8 北上川の河口に近い石巻市長面.

(2011 年 4 月,筆者撮影)

図 7 石巻市の日和山と海の間の住宅地.

(2011 年 6 月,筆者撮影)

(6)

4.都市・集落

 広い地域の土地利用を見るとき,地域を分けてそ れぞれの地域を総合的に詳しく見る視点(地域地理 学的視点)と,特定の土地利用種に注目して地域横 断的に見る視点(系統地理学的視点)とが欠かせな い。本章では都市・集落に焦点を当てる。3.11の巨 大津波は都市・集落に極めて大きな被害をあたえ た。しかし巨大津波と土地利用災害とがどのように 関係するかはあまり簡明なことではない。「土地利 用から見た復興計画」(氷見山12))はこれについてい くつか重要な視点を提示している。

 浸水した都市・集落の今後をどうするかを考える 上での判断基準の1つは,建物とりわけ住宅の浸水 と損壊の程度である。図 9は三陸リアス式海岸地 域最南部に位置する宮城県南三陸町の志津川病院の 3.11後1カ月の惨状である。この建物は左手が4階 建,右手が5階建であり,病院の患者とスタッフの うち難を逃れたのは右手の建物の5階に避難できた 人々だけであった。この場所の浸水高は15 m前後 にも達した。この頑強な耐震補強を施した鉄筋コン クリート造りの病院も2012年夏に取り壊され,こ の病院が位置する南三陸町の中心集落は,ほとんど ゼロからの再出発となる。

 図 10は仙台空港から少し内陸に入ったところに ある新興住宅地である。この地区の浸水高は2.50 m 程度,浸水深は住民への聞き取りによれば1.50 m 程度であった。この住宅地では,津波で被害を受け 改修した家と津波後新築した家とが混在しており,

津波から1年後の調査時には,あたかもすべての家 が建てられたばかりのような景観であった。このよ うに,1階が浸水した程度では,次の津波に対する 不安はあっても,人々はそこに住むことを普通は諦 めない。この写真に見るような新しい住宅の場合,

特にその傾向が強い。仙台以南の浸水地域では,津 波から1年半余りが経過した現在,被害が特に大き かった海岸に近い集落を除き,全体としては住宅の 改築・新築ラッシュの様相を呈している。この地域 で広く見られる「いぐね」と呼ばれる屋敷林は,も ともとは津波に対する防御ではなく,冬の寒風を防 ぐためのものであるが,このたびの津波に対して家 屋敷を防御し,また津波の勢いをそぐ役割を果たし たことにより,その価値が再評価されている。

5.災害時における公共施設としての学校の役割  自然災害が頻発するわが国において,学校は学び の場であるにとどまらず,災害時の避難場所や地域 のイベントや住民の交流の場としても,その重要性 が社会に広く認知されている。それはまた,多くの 児童生徒の安全と安心を保障すべき場所でもある。

学校をどうするかは地域コミュニティをどうする か,さらにはその地域の土地利用をどうするかと深 く関係する。

 文部科学省の2011年5月の調査によれば,岩 手,宮城,福島の被災3県には3,127校の小学校,

中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校が あり,それらすべてに震災に関する調査票を送った ところ,2,617票(83.6%)の回収率であった13)。津 波による被害は,対象校149校に対して,児童生徒 等に人的被害のあった学校は30校,20.1%を占め ている。

 仙台以南の海岸平野で近くに高い土地のない所に 建つ学校は,いずれも鉄筋コンクリートの立派な造 りで,児童生徒は上層階に逃げることにより難を免 れている。これらの学校に避難して助かった付近の 住民も多い。一方三陸海岸にある学校は,ほとんど がやや高いところに建っており,津波は到達しなか ったか,到達した場合も,より高いところに避難す ることにより,犠牲となる児童生徒は少数に抑えら れた。児童と教員の大半が犠牲となった石巻市立大 川小学校の場合は,大河である北上川に隣接する低 地に位置していたにもかかわらず2階建の低い建物 で,津波に対して全く無防備であった11)(図 11)。

 このような児童生徒の人的被害を減らすには,防 災教育の充実とともに,学校の位置と周囲の環境,

図 9 南三陸町志津川病院.

(2011 年 4 月,筆者撮影)

図 10 仙台空港付近の新興住宅地.

(2012 年 3 月,筆者撮影)

(7)

それに校舎の構造についての検討が欠かせない。そ こで,三陸リアス式海岸北端の岩手県宮古市田老地 区を含む2万5千分1地形図「田老」図幅から,約

300 km南の東京電力福島第一原子力発電所北方

20 kmの地点を含む「大おおみか甕」図幅までの50葉の沿 岸地域の図葉に示されている小・中・高等学校のう ち,津波浸水域に立地する全90校の校舎の階数と 浸水最上階を,Google Earth,Street View,各校ホ ームページ,現地調査等により調べた。結果は表 2 の通りである。

 校舎内部に浸水した学校87校のうち,実に半数 近い42校で最上階まで浸水していたことがわか る。それらの学校すべてで人的被害があったわけで はないが,慄然とする数字であり,近くに安全な避 難場所がない学校の場合,これは看過できない。図 12 は山元町立中浜小学校である。この学校は2階建 で,2階上部まで浸水したが,屋根裏部屋に避難し た児童と教職員,それに近くに住む住民たちは全員

助かった。なお仙台以南の浸水域の学校の多くは3 階建であったが,浸水が3階に及んだケースは見ら れなかった。これは,この地域において,学校を3 階建以上にしてかつ海側に防潮林をしっかりとつく るなど種々の安全策を講じれば,低地での学校の立 地が不可能ではないことを意味する。一方仙台より も北の地域では,津波が3階まで達したケースが多 く,高台への移転か4階建以上にした上で種々の安 全策を講じることが強く望まれる。

6.幹線道路と鉄道

 幹線道路と鉄道はそれぞれの地域をその他の地域 と結ぶ重要な役割をもつだけでなく,それ自体が土 地を占有し,分断し,また周囲の環境や社会に影響 を与えるなど,土地利用と深い関係にある。東日本 大震災では,この幹線道路と鉄道にも大きな関心が 集まった。

 東日本大震災は東北地方の高速道路に多くの損傷 をもたらした。東北自動車道をはじめとする東日本 の主要な高速道路を管理する東日本高速道路(株)の 場合,東日本大震災による高速道路の損傷は東北 道,常磐道など22路線約1,200 kmの区間で5,800 カ所に及んだが,阪神・淡路大震災の経験から耐震 補強工事を実施していたことが幸いし,致命的な被 害は発生しなかったとされる14)。なお被害のほとん どが地震によるものであり,津波の被害は極めて軽 微であった。それどころか,仙台平野の海岸から3

~4 kmのところをはしる仙台東部道路の場合,津 波に対する防波堤や付近の人々の避難場所としても 役立ったと称賛された。この道路を除き,東日本の 高速道路はほとんどが内陸をはしっている。

 前出の原口・岩松10)の「東日本大震災津波詳細地 図」および2万5千分1土地利用図(図 4)を用い,

現地調査で仙台東部道路(図13)の効果を確認した。

その結果,この道路は仙台市の市街地の東端をかす めるようにして南北に約25 km続いており,その 大部分で津波はこの道路の下を横切る道路や水路な どを通って内陸側に浸水していた。この高速道路が 浸水を防いだと見られる個所は七な な き た北田川右岸の

1.5 kmほどの範囲1カ所のみであった。それ以外

の場所では,津波はこの道路よりも内陸に300 m

~1 km程度侵入しており,逆に海側でも津波が浸 水してない所が見られた。仙台東部道路はもともと 津波や水害の可能性の高いところを避けるように造 られており,このたびの津波による被害も軽微であ 図 11 石巻市立大川小学校.

(2012 年 10 月,筆者撮影)

図 12 宮城県山元町立中浜小学校.

(2011 年 4 月,筆者撮影)

校舎階数 2階建 3階建 4階建

浸水最上階 校庭 1 2 校庭 1 2 3 校庭 1 2 3 4

学校数 1 3 16 2 14 17 24 0 4 7 0 2 90

表 2 岩手県宮古市田老~大甕の 2 万 5 千分 1 地形図にある学校の浸水状況.

(8)

った。この高速道路は浸水域の縮小にはほとんど影 響していないが,一方で,この道路の海側のたもと に張られた侵入防止のためのフェンスには,津波に 流されてきた自動車やがれきが大量にかかってお り,それらが内陸に流されるのを防いでいた。これ は津波の後の復興作業には好都合だったであろう。

 このたびの震災で津波による高速道路への被害が ほとんどなかった最大の理由は,津波浸水域にほと んど高速道路がなかったからである。しかし復興事 業の円滑な遂行を名目として,これまで断片的に各 地で行われていた高速道路整備事業の迅速化が現在 進められている。

 東日本大震災により被災した鉄道は東北6県,関 東4県,中部2県の計12県に及び,運行不能に陥 った鉄道の総延長は5,064 kmに達する15)。当初復 旧のスピードは速く,3.11から2カ月後の2011年 5月14日までに実に90.3%もが復旧している。し かしその後スピードは急速に鈍化し,3.11から1年 後の2012年3月17日の復旧率は93.5%,その半年 後の9月9日には94.0%,復旧総延長4,759 kmで 復旧作業はほぼ止まっている。未復旧の鉄道のほと んどが東日本太平洋岸で津波により破壊されたもの で,津波被害の凄まじさと復旧の困難さを物語って いる。2012年10月現在,太平洋沿岸をはしる常磐 線,仙石線,石巻線,気仙沼線,大船渡線,南リア ス線,山田線,北リアス線の8線のすべてまたは一 部が不通となっており,復旧の見通しは大変厳し い。沿岸域では鉄道は幹線道路よりも海寄りをはし っているところが多く,津波の被害を受けやすかっ た。これらの鉄道はいずれも経営的に苦しかった が,海岸沿いに南北に連なる市町村を結ぶ地域の足 として大切である。三陸の鉄道の場合観光資源とし て,また常磐線の場合は産業用鉄道としても,価値 の見直しが必要であろう。

7.農業的土地利用

 津波に洗われた農地のがれきの除去と除塩は,多

くの人手と時間それに予算を要する大仕事であり,

津波から1年半余り経った今でも,大半の農地が未 だに使用できない状態にある。図 14はボランティ アによるそのような除礫作業の一例である。途方も なく根気のいるこのような作業がボランティアによ って行われていることの意味は,各種の災害が増大 しているわが国の将来を考える上で,小さくないで あろう。図 13に見られるように,2012年春までに 作業が済み田植えができた田では,稲が見事に実っ たところもある。今夏の少雨は多くの地点で田の塩 類濃度を高める結果となり,一部の復興田では稲の 実入りが悪かったと報じられたが,視認した限りで は,実入りはおおむね良好であった。

 仙台南方の海岸平野部の農地は,自然堤防や浜堤 上に分布する普通畑やハウスと堤間湿地を利用した 田に大別される。畑の場合,野菜が一般的に稲より も塩に対する耐性が強いこともあり,復旧が容易で ある。また微高地にある畑の方が水が引きやすかっ たことも,復旧を後押ししたと思われる。そのた め,これまでのところ田よりも畑の復旧の方が先行 しているが,多くの場合露地ではなくハウスを用い ている(図 15)。

 農業の再建は,農業そのものの技術的な課題の克 服やインフラの整備が重要なことは言うまでもない

図 14 畑の瓦礫の除去作業.

(2012 年 3 月,筆者撮影)

図 15 仙台市若林区における野菜のハウス栽培.

(2012 年 7 月,筆者撮影)

図 13 海側から見た仙台東部道路.

(2012 年 10 月,筆者撮影)

(9)

が,それ以上に,農家の自立支援やコミュニティの 再建,さらにはそれらを可能にする農業政策などの 社会経済的な課題への取り組みが復興の大きなカギ を握っている。

8.防潮林(潮害防備保安林)の効用

 岩手県のリアス式海岸地域では湾奥の狭い低平地 に都市的土地利用の大半が高密度で集中しているた め,防潮林(潮害防備保安林)はあまり発達していな い。しかし仙台市から福島県南相馬市にかけて南北 に延びる海岸平野においては,海岸近くの砂丘上に

幅200~500 m程の防潮林が整備されていた。こ

れらの防潮林のほとんどが松の純林を企図している ことについて,津波防御効果の弱さを指摘する向き もあるが,これらの松林が津波の勢いをそぎ,津波 の襲来を人々に知らしめ,また引き波による車など の流亡を防ぐことに寄与したことは明らかである。

海岸砂丘の防潮林は海から離れるほど丈の高い木が 多い。海に近い低木はほぼ壊滅状態だが,内陸側の 高木には生き延びたものも多い。倒木は低い位置で 折れたり曲がったりしたものがほとんどで,流亡し たものは全体のごく一部である。倒木の間では若木 が育っている(図 16)。倒木を除去したあとを図 6 のように整地することは,せっかく根付いた植生を 破壊することとなり,好ましいことではない16)。な お,宮脇17)をはじめ,多くの人々が震災がれきを盛 り土の材料として用いて植林することを推奨してい るが,それを実践する場合も,既存の植生を破壊し ない配慮が必要であろう。

 海との間に幅の広い防潮林がない仙台市荒浜地 区,名取市閖上地区のように防潮林による海からの 防御が不十分な海岸集落は,津波による住宅等の破 壊がとりわけ激しかった。港とそれらに隣接する集 落の場合,防潮林の防御がまったくないか,あって もわずかしかないことが多く,建物の損壊が激し い。加えて,港から船やコンテナ,駐車中の車など が内陸に流され,建物にダメージを与えたり陸地の

随所に取り残され,撤去に多大の費用と労力を要し ている。これは仙台港において顕著に見られた。

 図 17は仙台港付近の幅30 m程の防潮林に津波 で流されてきた多数の車が引っ掛かっている光景で ある。このように,防潮林はがれきなどの流亡を防 ぎ,防災効果が大きい。この防潮林は仙台港の海面

の内陸500 m程のところにある。海に面した所は

公園になっているが,そこに防潮のための樹木が植 栽されていなかったことが悔やまれる。

9.おわりに

 本稿は東日本大震災と土地利用との関わりを,

3.11の巨大津波と土地利用との関わりに絞り,安全 安心で持続可能な土地利用を追求する立場から検討 したものである。世界的に人口が著しく増大し,経 済活動が活発化している現在,自然的・社会経済的 な条件の良い土地の需要は高まる一方であり,土地 の利用はさまざまな制約条件のもとで考えざるをえ なくなっている。平地が少ない上に地震,津波,台 風,洪水などの脅威にさらされることが多いわが国 では,その制約はとりわけ厳しいものである。3.11 の巨大地震と津波は,社会経済的な条件を重視する あまり災害危険性を軽視した土地利用の選定が自然 の猛威の下で大きな災害をもたらしうるという厳し い現実を,私たちに無慈悲にも突きつけた。しかし 一方,このたびの大震災の教訓の1つは,3.11級の 巨大地震と津波により大きな被害が出ることは避け られなかったにしても,適切な備えがあれば,被害 は相当程度軽減できたということである。

 この研究を通じ,安全安心への認識の不十分さ,

土地利用・土地被覆や事物の分布や位置関係などの 地理的諸条件に対する無関心と無理解,それらを改 善するための学校教育や自治体職員の教育の不十分 さなどの問題点が浮き彫りになった。本稿がそれら の改善への一助となり,また持続可能な土地利用の 実現を目指す研究のあり方に一石を投ずることにな れば,望外の幸いである。

図 16 名取市の潮害防御保安林.

(2012 年 10 月,筆者撮影) 図 17 仙台港付近の防潮林.

(2011 年 4 月,筆者撮影)

(10)

謝  辞

 本研究は科学研究費基盤研究(S)「アジアにおけ る持続可能な土地利用の形成に向けて」(代表:氷見 山幸夫)の一部として行ったものである。なお,地 理学の授業の中で3.11地震・津波と土地利用との 関わりについてともに考えた学生諸兄の名を記し,

労をねぎらいたい。阿部和輝,佐々木唯衣,高瀬 慧,中井優太郎,長谷川孝雄,伊藤成希,高松開,

藤間迪宏,船越雄人,輪島聖也。

引 用 文 献

1) Munich Re(2012)Topics Geo Natural Catastrophes 2011. Munich Re Group, Munich.

2)日本学術会議(2008)提言「陸域-縁辺海域におけ る自然と人間の持続可能な共生へ向けて」.

3) 氷見山幸夫(2011)日本の国土の変化(土地利用変 化).砂防学会誌,63(5), 62-72.

4) Moran, E. and D. Ojima eds. (2005)Global Land Project - Science Plan and Implementation Strategy, IGBP Secretariat, Stockholm.

5) Himiyama, Y., ed. (2010)SLUAS Science Report 2010 : Towards Sustainable Land Use in Asia (I). SLUAS Project Office, 239 p.

6) Himiyama, Y., ed. (2011)SLUAS Science Report 2011 : Towards Sustainable Land Use in Asia (II), SLUAS Project Office, 190 p.

7) Himiyama, Y., ed. (2012)SLUAS Science Report 2012 : Towards Sustainable Land Use in Asia (III). SLUAS Project Office, 176 p.

8)国土交通省国土地理院(2011a)津波浸水範囲の土地 利用.

  〈http://www.gsi.go.jp/chirijoho40022.html〉

9)国土交通省国土地理院(2011b)津波浸水範囲の土地 利用別面積について.

  〈http://www.gsi.go.jp/common/000060371.pdf〉

10)原口強・岩松 暉(2011)東日本大震災津波詳細地 図,上巻・下巻.古今書院.

11) 氷見山幸夫(2012)東日本大震災を踏まえた安全安 心で持続可能な国土利用への課題.学術の動向,

17(8), 38-45.

12)氷見山幸夫(2011)土地利用から見た復興計画.歴 史と地理,648, 8-17.

13) 文部科学省(2012)東日本大震災における学校等の 対応等に関する調査研究報告.

  〈http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/

  1323511.htm〉

14)板倉義尚(2011)東日本大震災による高速道路の被 災状況と復興について.建設マネジメント技術,

10月号, 11-15.

15) TETSUDO.COM(2012)鉄道復旧状況.

  〈http://www.tetsudo.com/special/disaster2011/〉 16)鷲谷いずみ(2012)震災後の自然とどうつきあうか.

岩波書店.

17) 宮脇 昭(2012)森の長城が日本を救う.河出書房新 社.

氷見山 幸夫

Yukio HIMIYAMA  1949年新潟県柏崎市生まれ。北海道 教育大学教授。東北大学物理学科卒,同 大学大学院理学研究科博士課程前期課程

(物理学)修了,カリフォルニア大学ロサ ンゼルス校物理学修士課程修了,ロン ドン大学キングズカレッジ博士課程(地理学)修了,1980

Ph.D.(地理学)。198012月より北海道教育大学に勤務,

198910月より現職。現在国際地理学連合副会長,日本学 術会議会員,日本地球惑星科学連合地球人間圏科学セクショ ンプレジデント。土地利用変化,地球環境問題,防災,環境 地図教育に関する著書・論文多数。

参照

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