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承継的共同正犯と同時傷害の特例 ──

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(1)

専修大学法学部准教授

 森住 信人

[事実の概要]

 1 本決定に際して最高裁が判断の前提とした事実は,以下の通りである。

 (1)AおよびBは,被害者に対し暴行を被害者に対し暴行を加えることを共謀 し,平成 29 年 12 月 12 日午後9時 23 分頃,被害者のいるマンションの部屋に突入 し,被害者に対し,カッターナイフで右側頭部および左頬部を切り付け,多数回に わたり,顔面,腹部等を拳で殴り,足で蹴るなどの暴行を加えた。

 (2)被告人は,Aらが突入してから約5分後に,自らも同部屋に踏み込んだ。被 告人は,被害者がAらから激しい暴行を受けて血まみれになっている状況を目にし て,Aらに加勢しようと考え,台所にあった包丁を取り出し,その刃先を被害者の 顔面に向けた。この時点で,被告人は被害者に暴行を加えることについてAらと暗 黙の共謀を遂げた。

 その後,同月 13 日午前0時 47 分頃までの間に,同部屋において,

被告人及びA

は,脱出を試みて玄関に向かった被害者を2人がかりで取り押さえて引きずり,リ ビングルームに連れ戻し,こもごも,背部,腹部等を複数回蹴ったり踏み付けたり するなどの暴行を加えた。また,Aらは,被害者に対し,顔面を拳で殴り,たばこ の火を複数回耳に突っ込み,革靴の底やガラス製灰皿等で頭部を殴り付け,はさみ で右手小指を切り付けるなどの暴行を加え,Aが,千枚通しで被害者の左大腿部を 複数回刺した。

 (3)被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行の結果,被害者は,全治 まで約1か月間を要する①右第六肋骨骨折,全治まで約2週間を要する②右側頭部 切創,③左頬部切創,④左大腿部刺創,⑤右小指切創,⑥上口唇切創の傷害を負っ た。これらの傷害のうち,②右側頭部切創及び③左頬部切創については,被告人の

承継的共同正犯と同時傷害の特例

── 最高裁判所令和2年9月30日第2小法廷決定・刑集74巻6号669頁 ──

判例研究

(2)

共謀加担前のAらの暴行により,④左大腿部刺創及び⑤右小指切創については,共 謀成立後の暴行により生じたものであるが,①右第六肋骨骨折及び⑥上口唇切創に ついては,いずれの段階の暴行により生じたのか不明である。なお,被告人が加え た暴行は,①右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る危険性があったと認められる が,⑥上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められない。

 2 これらの事実について,第1審は,①右第六肋骨骨折,④左大腿部刺創,

⑥上口唇切創について,「被告人とAらとの間における共謀成立の前後いずれの時 点で生じた傷害であるか,証拠上必ずしも明らかではないものの,共謀成立の前後 にわたる同一機会における一連の暴行により生じたものであることは明らかである から,同時傷害の特例(刑法207条)の適用により,被告人もこれらの傷害につい て刑責を負うと解するのが相当である。」とし,本件傷害事実の他に,傷害,強盗,

窃盗の事実との併合罪を認め,被告人に懲役5年6月を言い渡した。

 第2審は,同時傷害の特例は例外的な規定であり,適用範囲を狭く解すべきとの 被告弁護人の主張に対して,「先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担した が,被害者の負った傷害が加担前の暴行によるものか加担後の共同暴行によるもの か不明な場合においては,加担前の先行者による暴行と加担後の共同暴行を観念す ることができるから,この各暴行の間に同時傷害の特例を適用することは妨げられ ないというべきである。この場合に先行者が同時傷害の特例の適用の有無に関わら ず被害者の傷害について責任を免れないことは,後行者について同時傷害の特例の 適用が認められるかどうかを左右する事情ではない。」とした上で,「被告人の加担 前のAらによる暴行と加担後の被告人らの共同暴行は,いずれも原判示…各傷害

(後記の左大腿部刺創及び原判決が加担後の暴行により生じたと認めた右小指切創 を除く。)を生じさせ得る具体的危険性を有するものであると認められ,これらが 同一の機会に行われ,上記各傷害はいずれの暴行によるものか不明であるとして同 時傷害の特例の適用要件を肯定した原判決の認定,判断に不合理な点はない。」と して,控訴を棄却した。

 これに対し,被告弁護人は,事実誤認と同時傷害の特例に係る解釈に誤りがある などと主張して,上告した。

 最高裁は,被告弁護人の主張は刑訴法405条の上告理由に当たらないとして上告 を棄却したが,因果関係が不明である①右第六肋骨骨折と⑥上口唇切創への同時傷 害の特例の適用について,以下のように職権で判断を示した。

(3)

[決定要旨]

 「同時傷害の特例を定めた刑法 207 条は,二人以上が暴行を加えた事案において は,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに 鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとし ている。同条の適用の前提として,検察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危 険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価でき るような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものである ことを証明した場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせてい ないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れない(最高裁平成27年(あ)

第703号同28年3月24日第三小法廷決定・刑集70巻3号1頁参照)。

 刑法207条適用の前提となる上記の事実関係が証明された場合,更に途中から行 為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって,同条が適用できなく なるとする理由はなく,むしろ同条を適用しないとすれば,不合理であって,共謀 関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって,他の者 が先行して被害者に暴行を加えこれと同一の機会に後行者が途中から共謀加担した が被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない 場合であってもその傷害を生じさせた者を知ることができないときは同条の適用に より後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。先行者 に対し当該傷害についての責任を問い得ることは,同条の適用を妨げる事情とはな らないというべきである。

 また,刑法207条は,二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において,その 傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定である こと等に鑑みれば,上記の場合に同条の適用により後行者に対して当該傷害につい ての責任を問い得るのは後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有 するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上 記危険性がないときには,その危険性のある暴行を加えた先行者と の共謀が認め られるからといって,同条を適用することはできないというべきである。

 これを本件訴訟手続の流れに即していえば,本件は,検察官が先行者と後 行者 である被告人との間に当初から共謀が存在した旨主張し,被告人がその 共謀の存 在を否定したが,証拠上,途中からの共謀が認められるという事案 であるところ,

このような被告人について刑法 207 条を適用するに当たって は,先行者との関係

(4)

で,その傷害を生じさせた者を知ることができないか否かが問題となり,検察官に おいて,先行者及び被告人の各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するもの であること並びに各暴行が同一の機会に行 われたものであることを証明した場合,

被告人は,自己の加えた暴行がその 傷害を生じさせていないことを立証しない限 り,先行者の加えた暴行と被告 人の加えた暴行のいずれにより傷害が生じたのか を知ることができないという意味で,『その傷害を生じさせた者を知ることができ ないとき』に当たり,当該傷害についての責任を免れないのである。

 本件において,被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行は,同一の機 会に行われたものであるところ,被告人は,右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る 危険性のある暴行を加えており,刑法207条の適用により同傷害についての責任を 免れない。これに対し,被告人は,上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性のある 暴行を加えていないから,同条適用の前提を欠いている。そうすると,原判決に は,被告人が同傷害についても責任を負うと判断した点で,同条の解釈適用を誤っ た法令違反があるといわざるを得ないが,この違法は判決に影響を及ぼすものとは いえない。」

[研究]

1 本決定の意義

 本決定1は,先行者が犯罪行為を行い始めた後に,後行行為者が先行行為者に共 同して犯罪を行う,いわゆる承継的共同正犯の事案において,被害者が負った傷害 について後行行為者が加担する前の先行行為者の行為によるものか,後行行為者が 加担してから生じたものかが不明な場合に,同時傷害の特例(刑法207条)を適用

1 本決定の評釈として,和田俊憲「『承継的共犯』と同時傷害の特例」法学教室 484 号 131 頁,

前田雅英「刑法 207 条の解釈」捜査研究 842 号2頁,北原直樹「他の者が先行して被害者に暴 行を加えたのと同一の機会に,途中から共謀加担した者がいる場合において,被害者の負った 傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められないときの刑法 207 条の適用の在り方につ いて」研修 871 号 17 頁,小林憲太郎「被害者の負った傷害が先行して暴行を加えた者との共謀 成立後の暴行により生じたとは認められない場合と刑法 207 条適用の可否」令和2年度重要判 例解説 120 頁,阿部英雄「刑法第 207 条の適用に関し,先行者の単独暴行と同一機会に後行者 が加わってなされた共同暴行のいずれにより発生したか不明な傷害結果につき,当該傷害結果 につき先行者が罪責を負う場合でも後行者に 207 条を適用することができるとした事例」創価 ロージャーナル14号151頁などがある。

(5)

することを認めたものとして,重要な意義を有する。また,本決定は,承継的共同 正犯において実行行為と結果との間の因果関係が不明な場合において,同時傷害の 特例の適用を認める条件と範囲を示している点にも意義が認められる。

 承継的共同正犯の場合に同時傷害の特例の適用するかどうかをめぐっては,下級 審において争いがあり2,本決定はこの点について指針を示したといえる。

2 承継的共同正犯の帰責範囲

 本決定の前提として,承継的共同正犯における後行行為者が,犯罪に加担する 前に先行行為者が行った行為について責任を問われるべきかについて,検討して おこう。

 かつて大審院時代には,強盗殺人罪について承継的従犯の成立を認めたものがあ る3。その後,最高裁時代になると,下級審において,承継的共同正犯を認める判 断が示された。例えば,強盗傷人罪について承継的共同正犯を認めたもの4や,監 禁罪について承継的共同正犯を認めたもの5,強姦致傷罪について承継的共同正犯 を認めたもの6,傷害罪について承継的共同正犯を認めたもの7などである。他方,

下級審では,承継的共同正犯を否定するもの8も現れ,承継的共同正犯を肯定すべ きか,否定すべきかが争われていた。

 しかし,傷害罪については,最高裁平成 24 年 11 月6日決定によって,因果共犯 論の立場から承継的共同正犯の成立が否定され,後行行為者の行為と因果関係のな い傷害結果については後行行為者が責任を負わないことが明らかにされた9。この

2  承継的共同正犯に同時傷害の特例の適用を肯定したものとして,大阪地判平成9年8月 20 日・判例タイムズ 995 号 286 頁がある。傷害致死の事案であるが,名古屋高判平成 27 年4月 16 日・高等裁判所刑事判例集 68 巻1号1頁がある。適用を否定したと考えられるものとしては,

大阪高判昭和62年7月10日・高等40巻3号720頁がある。

3 大判昭和13年11月18日・刑集17巻839頁。

4 札幌高判昭和28年6月30日・高刑集6巻7号859頁。

5 東京高判昭和34年12月7日・高刑集12巻10号980頁。

6 東京高判昭和34年12月2日・東京高裁判決時報(刑事)10巻12号435頁。

7 名古屋高判昭和50年7月1日・判例時報806号108頁。

8 大阪高判昭和62年7月10日・高刑集40巻3号760頁。

9  最決平成 24 年 11 月6日・刑集 66 巻 1281 頁。本決定の評釈として,豊田兼彦「傷害罪の共同 正犯の成立範囲」法学セミナー697 号 133 頁,前田雅英「承継的共同正犯」警察学論集 66 巻1 号 139 頁,丸山嘉代「共謀加担後の暴行が共謀加担前に他の者が既に生じさせていた傷害を相 当程度重篤化させた場合の傷害罪の共同正犯の成立範囲」警察学論集 66 巻2号 151 頁,高橋則

(6)

最高裁決定は,傷害罪の承継的共同正犯を否定したのであるが,傷害罪以外の犯罪 についても承継的共同正犯を否定することまでは意味していない。というのも,そ の後,最高裁平成29年12月11日決定は,詐欺罪について承継的共同正犯を肯定し ていることから理解できる10。このことから,最高裁は,承継的共同正犯を全面的 に否定するわけではないことが明らかである。承継的共同正犯が否定される犯罪 と,肯定される犯罪とを整合的に解釈・説明する必要がある。

 ともあれ,傷害罪が問題となっている本決定は,先の最高裁平成24年決定から,

承継的共同正犯を否定することが前提となっており,後行行為者である被告人の行 為と因果関係が認められない傷害結果については,被告人に帰責させていない。つ まり,被告人の共謀加担前のAらの暴行により生じた②右側頭部切創と,③左頬部 切創については被告人に帰責されない。他方,被告人が共謀加担した後に生じた

④左大腿部刺創と,⑤右小指切創は,被告人に帰責される。その上で,先行行為者 の行為によるものか,被告人が加担した後の行為によるものかが不明な①右第六肋 骨骨折と,⑥上口唇切創傷害結果について,同時傷害の特例(207条)を適用する か検討している。通常,因果関係の立証ができなかった場合には,当該結果を帰責 できなくなるが,傷害罪の承継的共同正犯の事案においては,同時傷害の特例が適 用される可能性を示したといえる。

3 同時傷害の特例の適用と承継的共同正犯

 本決定は,最高裁平成28年3月24日決定11を参照して,同時傷害の特例は,「二

夫「傷害の事案について承継的共同正犯の成立を否定した事例」刑事法ジャーナル 39 号 85 頁,

松宮孝明「『承継的』共犯について:最決平成 24 年 11 月6日刑集 66 巻 11 号 1281 頁を素材に」

立命館法学352号355頁,水落伸介「共謀加担後の暴行が共謀加担前に他の者が既に生じさせて いた傷害を相当程度重篤化させた場合の傷害罪の共同正犯の成立範囲」法学新報121巻3=4号 327 頁,石田寿一「共謀加担後の暴行が共謀加担前に他の者が既に生じさせていた傷害を相当 程度重篤化させた場合の傷害罪の共同正犯の成立範囲」最高裁判所判例解説刑事篇平成24年度 433頁,小林憲太郎「承継的共同正犯(1)」刑法判例百選Ⅰ総論[第8版]164頁などがある。

10 最決平成29年12月11日・刑集71巻10号535頁。

11  最決平成 28 年3月 24 日・刑集 70 巻3号1頁。本決定の評釈として,豊田兼彦「同時傷害の 特例の趣旨・適用条件・適用範囲」法学セミナー737 号 123 頁,安田拓人「傷害致死の事案に 関する同時傷害の特例における暴行と傷害の因果関係」法学教室 430 号 150 頁,松下裕子「同 時傷害の特例を定めた刑法 207 条について,傷害致死の事案への適用の在り方が判示された事 例」研修816号13頁,前田雅英「同時傷害の特例と共同正犯の因果性」捜査研究65巻9号50頁,

水落伸介「同時傷害の特例を定めた刑法二〇七条の法意 二 共犯関係にない二人以上の暴行に

(7)

人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定する ことが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であって も,例外的に共犯の例によること」を趣旨として,「同条の適用の前提として,検 察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴 行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,

すなわち,同一の機会に行われたものであることを証明した場合,各行為者は,自 己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害につ いての責任を免れない」として同時傷害の特例の適用条件を明らかにしている。

 この点について,被告弁護人は,「同時傷害の特例が二人以上の者が同一の機会 に被害者に暴行を加え,傷害の結果を生じさせた揚合において,傷害の結果がいず れの暴行によって発生したのか不明である揚合には,いずれの者も暴行の限度で処 罰されることになるという不都合を解消するためのあくまで例外的な規定であると 解されることからすると,基本的な発想として,同時害の特例の適用は限定的であ るべき」と上告趣意で主張したが,これに対して「刑法207条適用の前提となる上 記の事実関係が証明された場合,更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実 が認められるからといって,同条が適用できなくなるとする理由はなく,むしろ同 条を適用しないとすれば,不合理であって,共謀関係が認められないときとの均衡 も失するというべき」としている。

 本決定の理論は,最高裁平成28年決定の基準を維持し,検察官が ⑴ 各暴行が当 該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであることと,⑵ 同一の機会に行われ たものであることの二つを証明すれば,(被告人において傷害結果を生じさせてい

よる傷害致死の事案においていずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定された場合と刑法 二〇七条の適用の可否」法学新報123巻3=4号213頁,松尾誠紀「同時傷害の特例を定めた刑 法 207 条の法意/共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死の事案においていずれかの暴 行と死亡との間の因果関係が肯定された場合と刑法 207 条の適用の可否」刑事法ジャーナル 49 号 185 頁,高橋則夫「2人以上の暴行のいずれかと死亡との間に因果関係が肯定された場合と 同時傷害の特例の適用の可否」平成 28 年度重要判例解説 172 頁,小林憲太郎「刑法 207 条を傷 害致死罪にも適用した事例」判例時報 2323 号 169 頁,杉本一敏「傷害致死の事案における同時 傷害の特例(刑法 207 条)の適用方法」論究ジュリスト 28 号 182 頁,清水俊佑「同時傷害の特 例の法意と適用範囲」専修大学今村法律研究室報70号19頁,細谷泰暢「1 同時傷害の特例を 定めた刑法207条の法意 2 共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死の事案においてい ずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定された場合と刑法 207 条の適用の可否」最高裁判 所判例解説刑事篇平成28年度1頁,豊田兼彦「承継的共同正犯(2)」刑法判例百選Ⅰ総論[第 8版]166頁などがある。

(8)

ないことを証明しない限り)同時傷害の特例が適用され,承継的共同正犯が認めら れる場合であっても,同時傷害の特例が「適用できなくなるとする理由はな」いと いうものである。さらに,被告弁護人の主張である,同時傷害の特例の適用を限定 的に解し,承継的共同正犯の場合に同時傷害の特例を認めないことの方が「不合理 であって,共謀関係が認められないときとの均衡も失する」と述べている。本決定 は,同時傷害の特例の適用条件として最高裁平成28年決定を踏襲し,承継的共同正 犯の場合であっても,それを理由として同時傷害の適用を除外する必要がないとす る結論は明快である。本決定によって示された根拠は,同時傷害の特例の適用条件 を満たした事案が,途中で行為者間に共犯関係が成立したことによって同時傷害の 特例が適用されず,傷害結果が帰責されないことになると解すると,不合理な結論 とも考えられるし,均衡を失しているとも言えるかもしれない。とはいえ,それだ けを理由として,承継的共同正犯の事案において同時傷害の特例を適用する根拠と して十分であるかは,少々疑問もあろう。本決定のいう「均衡を失している」のは,

共犯関係のない同時傷害の特例が認められる場合に,二人以上の当事者全員に傷害 罪が成立するはずであったものが,承継的共同正犯の場合には後行行為者に当該傷 害結果について帰責されないという点で不均衡なのであって,被害者の傷害結果に 対する帰責対象が存在しないという意味ではない。同時傷害の特例が,傷害結果に ついての帰責対象が存在しなくなることを回避するために設けられたものであると 解すると,少なくとも先行行為者には傷害結果が帰責される点で,同時傷害の特例 を積極的に適用しなければならない根拠とはいえないかもしれない。

 とはいえ,承継的共同正犯の場合においても,本件のように暴行と傷害結果との 間の因果関係が確定できない場合があり,実務にとっての難問である。その解決と して,本決定が一定の条件の下で同時傷害の特例を適用することを明示した点につ いては,その当否を検討する必要があるものの,評価すべきであろう。

4 同時傷害の特例の適用条件

 本決定は,承継的共同正犯の場合であっても,同時傷害の特例の適用を肯定して いるが,その条件として,207条の「適用の前提として,検察官が,各暴行が当該 傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実 行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会 に行われたものであることを証明した場合,各行為者は,自己の関与した暴行が その傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れ

(9)

ない」としている。本決定が示した同時傷害の特例の適用条件は,簡潔に示せば,

検察官が,⑴ 各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること,

⑵ 各暴行が同一の機会に行われたものであることという二つの点を証明すること に求められる。

 まず,第1の条件である,⑴ 各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有する ものであることの証明は,各行為者のある暴行が特定の傷害結果を生じさせるもの と推定される必要があることを意味すると解される。反対に解すれば,ある行為者 が行った暴行から当該傷害結果が生じないことが明らかな場合には,同時傷害の特 例を適用しないという趣旨と考えられる。同時傷害の特例が因果関係の立証を簡易 にさせる効果があるとはいえ,同一の機会に何かしら暴行を行っていれば,共同正 犯における一部実効全部責任までを認めるとは考えていないようである。

 本事案において,第1審,第2審では,因果関係が不明である①右第六肋骨骨折 と⑥上口唇切創のいずれについても同時傷害の特例を適用したのに対し,最高裁 は,①右第六肋骨骨折については,これを生じさせる危険性のある暴行が行われ たとして同時傷害の特例の適用したが,⑥上口唇切創についてはその危険性のある 暴行は行われていないとして,同時傷害の特例の適用を否定している。こうしてみ ると,本決定は,同時傷害の特例の適用条件を厳格なものと解しているように思わ れる。207条には因果関係の立証について「共犯の例による」とあるが,本決定の 文言からは,各行為者が当該結果を生じさせる危険性のある行為を行っていなけれ ばならず,実行行為の一部を分担していれば,他の共犯者の行為によって生じた結 果も帰責される共犯における因果関係の立証よりも厳格な基準であると考えられ よう。本決定では,⑥上口唇切創については同時傷害の特例の適用を否定したが,

「⑥上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められない」とするだ けである。当該結果を生じさせる危険性が全くない場合に同時傷害の特例の適用が 否定されるとしても,具体的にどの程度の危険性のある行為で同時傷害の特例の適 用を認め,あるいは認めないのかについては,今後の判例の集積が待たれる。

 第2の条件である ⑵ 各暴行が同一の機会に行われたものであることは,従来,

学説でも議論のなされてきた要件である。本件では,先行行為者による暴行が行わ れてから,5分後に現場に突入した事実から「被告人が共謀加担した前後にわたる 一連の前記暴行は,同一の機会に行われたものである」として結論が示されている が,機会の同一性の基準が示されているわけではない。

(10)

5 本決定の位置づけ

 以上の検討によると,本決定は,最高裁平成 24 年 11 月6日決定に従って,傷害 罪の承継的共同正犯を否定することを前提とし,最高裁平成 28 年3月 24 日決定の 同時傷害の特例の適用条件である,検察官によって ⑴ 各暴行が当該傷害を生じさ せ得る危険性を有するものであることと,⑵ 各暴行が同一の機会に行われたもの であることという二つの点が証明されることを条件として,同時傷害の特例が適用 されうることを明示したものといえる。この同時傷害の特例の適用は,承継的共同 正犯であることを理由として否定されることがないことを明らかにしている。近年 の傷害罪に関する承継的共同正犯の判例に従い,さらに同時傷害の特例の適用趣 旨・条件を明らかにしており,今後の下級審判例に与える影響は大きいものと思わ れる。特に,同時傷害の特例の適用条件の一つを,⑴ 各暴行が当該傷害を生じさ せ得る危険性を有するものであることとしている点は,従来の基準よりも厳格なも のとして捉えているように考えられる。この点については,同時傷害の特例の適用 において,その成立範囲を限定するものと考えられることから,今後の判例の動向 が注目される。

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