Venerable Dr. Hammalava Saddhatissa (1914〜1990) 123
〈
追 悼
〉
Venerable
Df
.Hammalava
Saddhatissa
(
1914
〜1990
)
桂
紹
隆
サ ッ ダーテ ィ ッ サ 先生に初め て お会い し たのは , 1968年秋の こ とで あっ た。 ト ロ ン ト大学の東ア ジ ア学科 (後に イ ン ド 学科とし て独立)の 博士 課 程 に 入学 した 筆 者を先生の下 宿まで連 れて い っ て紹介 して くだ さっ た のは , すで に 同大 学で博 土課 程を終え,論 文を準備 中で あっ た渡
辺文麿 氏で あっ た。 ユ990年3 月、 渡辺 氏 の 余 りに も早 く訪 れた死に動 転 した筆者 は, その前 月13
日に サ ッ ダーテ ィ ッ サ先 生が亡 くな ら れ た とい う報に接 して , 二 重の悲しみ をお ぼえ たこ とで あっ た。こ こ に先生の簡 単な プロ フ ィ ール と主 な研 究業 績 を紹 介し て,今世紀におけるa − P ッ パ ・ブ ッ デ ィ ズ ム発 展の立役 者の 一 人で あ り, 日木のパ ー リ学 仏教 学 界お よ び仏 教 界に も友人 知 己の多いサ ッ ダーテ n ッ サ長 老を共にお偲び した い と思 う。 サ ッ ダーテ ィ ッ サ長老は, ユ9エ4年ス リ ー ・ラ ン カー (当時セイ ロ ン)に 生 ま れ,12
才で僧籍に入 り, 仏 教の教義 と実 修を学び,若 くし て卓越し た学 者 ・布教 者 と し て知 られる よ うに なる。 ユ950
年 代 に 「法の 使 者 」(DhammadUta
) と し て イ ン ドに 招か れ, ハ リジ ャ ン の有名な指 導者で あ っ た B .R .ア ン ベ ドカル 博:ヒの 仏 教改宗:こ関与し,その 宗 教顧 問と して 活躍し た。 同時に ベ ナ レ ス 大学 に学び, 1956 − 57年に は同大学で パ ーリ語 と仏 教 学を教えて い る。 その 頃ベ ナ レ ス に留 学し て お られ た宇 野惇先生所蔵の 一枚の貴重な 写 真が あ る。 そ れは1955
−56
年 当時の ベ ナ レ ス大 学 仏 教青 年会 (Buddhist
Brotherhood
) の記 念写 真で ある。 中央に会長のP
.S
. ジ ャ イ ニ 教授 (現 在カ リフ t ル ニ ア大 学 パ ーク レ イ校)と副 会長の サ ッ ダーテ ィ ッ サ師が坐 り, ま わ りに イン ドだけでな くセ イロ ンや 東南ア ジア諸 国か らの留学 生に ま じっ て, 宇 野 先生やD
.マ ル ヴァ ニ ヤ教 授 (アーメ ダバ ド,L
.D
研究 所)の 顔が見え る。の ちに ウ ィ ス コ ン シン 大学 の仏 教学教授, 国際 仏教 学会の実質的な 組 織 者 として活躍するA
.K
。ナ ライ ン教授 は , 同会の顧問格であっ た との こ とであ る。 ま た,T
.R
.V
.ム ル テ ィ教授を 慕 っ て ベ ナ レ ス に 集まっ て い たス タール (パ ー ク レ イ), リン ハ ル ト(ス トッ ク ホ ル ム), ペ ッ ツ ァ リ (ボ ロ ーニ ア)
な ど現 在 肚界 各 地で活 躍する イ ン ド学 者た ち との交 流 も, こ の時 始まっ たの で あろ う。 ユ957 年 ,サ ッ ダーテ ィ ッ サ師は招かれ て ,英 国に移住 する。 1920年代に ア ナ ー ガ リカ ・ダル マ パ ーラ に よ っ て 創始され た P ン ドン 仏教 協会 (LondenBuddhist
Mission )は ,第二 次世 界大 戦中に活動 停止 を や む な く さ れ, 1954 年に活動を再 開し た もの の, 適 切な 指導 者を必要 とし て い た か らで ある。 師は着 任する と直ち に,当時西 欧世 界に おける唯一の仏 教セ124 Velユerable Dr . Hammalava Saddhatissa (1914〜ユ990)
ン タ ー として ロ ン ドン 仏教精 舎
(
Lon
−don
Buddhist
Vih
温ra)を創設 し.そこを中心に精力的な布教 活動を展 開し た。 同時に , ロ ン ドソ大 学で研究を継続し, 1958−
60
年に は 同大 学の シ ソハ ラ語 講師 も勤めて い る。 1963年に はA
.K
.ウォ ー ダー教授の 指導の 下に エ デ ィ ン バ ラ火学 でUpasakajanalafikara
の研究に よっ て博士号 を取得して い る。 1966 − 69年, カ ナ ダ に移動し た ウ ォ ー ダー教授に よっ て トP ン ト大 学のパ ーリ 語お よ び仏教 学の教授とし て招かれ, 同 大 学に お ける イ ソ ド学仏教学 研究の 創設 に尽 力 し た。 また , 当時 ウォ ーダー夫妻 が担 当し て いたP
配 ゴ7
’砂蜘 肱 勉Con
− cordance 第 皿巻の編集に協力して い る。 その 成果は1968− 71年に PTS よ り出版 されてい る。 渡辺氏や筆者が親 し く先生 の薯 咳に接し た の も, こ の時期で ある。 一年 閭ウ ォ ーダー教授のTntroduction
to
Pali
(PTS
1963
;19742
)々こ よっ て, パ ー り語の手ほ ど きを して いた だ い た の が,筆者の 第一の思い 出で ある。 奇し く も客員 教授 とし て来て お られ た,上述の マ ル ヴ ァ ニ ア先生か らは, ダル マ キ ール テ ィ の 『プラ V 一ナ ・ヴ ァ ール テ ィ カ』 第/章を講読し て頂いた。 お二人に ,ベ ナ レ スか らヒ ンデ ィ ー語の客員 教授 と し て来てお られ た シ ャ ル マ 先生 を加えて , 四人で一緒にパ ーテ ィに で か けた こ と な ど, 今は楽 しい 思い 出と なっ て し ま っ た。 英 国帰 国後 もサ ッ ダーテ ィ ッ サ 長 老 は, ロ ン ドン 精舎の長と して熱心に信徒 たちを指導し, その 敬愛の的とな っ た の み な らず, 自ら が再建した 英 国大菩 提会(
British
Mahabodhi
Society
)の 会長 ,また英 国サ ソ ガ評議会 (
Sangha
Coun
− cil of GreatBritain
)の会 長とし て, 西洋に お ける仏教理解の増 進に大き く貢 献 した。 毎年の コ モ ン ・ウ ェ ル ス ・デイ に は, 英国仏 數界の代表とし て女王陛下 の拝 謁を受ける長老の 姿がテ レ ビ で放 映 されるのが常であっ た。 度々 ロ ーマ 法王 庁に招か れ, 歴 代の ロ ーマ 法王 とも交 流
があっ た。 ま た,
Pali
Text
Society
副会長の…汰 とし て ,戦後英 国にお け るパ ーリ仏 教研 究推進の大 きな力と な っ た。 晩年に至 るま でス リー ・ラ ソ カ ーへ しば しば旅を し, 母 国の仏 教界との交流を保 つ と共に , ケ ラ ユ ヤ, ヴ ィ デ ィ ヨ ーダヤ, ペ ラデ ニ ヤ各大 学の名 誉博士 号 を授与さ れ て いる。 また , オ ッ クス フ ォ ー ド大 学 な ど英 国の諸大学の講 師を勤め,欧 米の 諸 大学で招 待講演を行っ て い る。
1978年秋に は, 渡 辺 氏の尽 力に よ り長 期間の 来日 が実 現した。 サ ッ ダーテ ィ ッ サ 長 老は, 近畿大 学所 蔵の パ ー リ語文 献 の 整 理に あた る一方 ,東京 ・名古屋 ・京 都 ・広 島な ど各地の大 学へ 講 演 旅 行 さ れ, 日本の パ ー リ学 者 ・仏 教学 者との 親 密な交流が可能となっ た。 その 講演の 一
っ , The Saddha Concept
in
Buddh
−ism
(仏教における信の 概念)はThe
Eastern
Buddhist
(new series ),Vo1
.XI
No
.2
(October
1978)}こ掲 載さ れて い る。 ユ979 − 80年, 筆者は ブリ テ ィ ッ シ ュ ・ カ ウソ シル の奨学 金を得て.オ ッ クス フ t 一 ド大学のB
.K
.マ テ ィ ラル 教 授の とこ ろへ 留 学する こ とに な り, サ ッ ダーテ n ッ サ 長老の ロ ソ ドン における活動をつ ぶVenerable Dr . Ham ]nalava
Saddhat
〒ssa (1914〜1990) ユ25
さに 見るこ とが出来た。 チ ス ウ ィ ッ ク の 旧精舎に泊めて頂い たある 日, 当時 ミル トン ・ケ イン ズにおける パ ゴ ダ建 設 推 進 の た め英国に来て お られた藤井日達師一 行が, P ン ドン精舎を表敬 訪 問された こ とが ある。 突 然の訪 問に もか かわ らず, 一行を暖か く迎 え た後,長 老が 「た とえ 教義や信仰,活動 形態は違っ て も, 同 じ 仏教徒で ある以上 , 助け あわ ねぽな らな い の だ」とお っ しゃ っ たのが,西 欧社 会 に おける仏教 伝道の困難さ と重要性を率 直に表 明さ れた言葉と して 印象的で あっ た。 オ ッ クス フ ォ ー ド郊外の精 舎を訪ね る途 中,わ が家に た ち よ り, 2 才になっ た ぼか りの娘をかわい がっ て下さ るこ と もあっ た 。 1982年夏,筆者は第 5 回 国際 仏教 学会に参加 する ため , オ ッ クス フ t 一 ドを再 訪 し た 。 それが, 同会議の名誉 顧 問として参加 して お ら れ たサ ッ ダーテ n ッ サ 長老にお会いする最後となっ て し まっ た の は残 念で な ら ない。 英国仏教界はサ ヅ ダーテ ィ ッ サ 長 老の 突然の 死を大 きな悲し み を もっ て迎えた が, 死の直前に長老が創設し た 「国際仏教 協 会」 (
The
International
BuddhistAssociation
) は,癰たにThe
Vener
−able
Saddh5tissa
lnternationalBuddh
_ist
Centre
とい う名 前の 下に その 活動拠 点の設立 を計画して い る。現在借用中の 土地 ・建物を購入 し, 適 当な修復を施す に は , 約12
万ポソ ド必要とい うこ とで あ り, その ため の基 金を募集 中で ある。 同 協会か ら,亡くなっ た渡 辺皮に, 日本に お ける サ ッ ダーテ ィ ッ サ長 老 の友 人知 己 へ の募 金の依 頼 状が届いて い る が, 心あ る人は筆者 もしくは下記に直接御連 絡頂 け れば幸い で ある。Ven
.Galayaye
Piyadassi
,International
Buddhist
Centre
,373Kenton
Road
,
Harrow
,Middlesex HA30XS , England
次に , サ ッ ダーテ ィ ッ サ長老の 研究 業 績の 一端を紹 介し たい 。 長老のパ ー リ研究に お ける第一の功 績 は,パ ー リ ・テキス ト の校 訂 ・翻 訳 出版 で ある。 長老のエ ディ ソ バ ラ大 学に提 出 し た 博士 論文は,ひρδS碑 αノα笳観 磁 緬 γα J
ACritical
Edition
andStudy
と して 1965年
PTS
よ り出版さ れ た。 同 テ キス ト は , 在俗の仏教徒 (優婆塞)を扱 う唯一の パ ー リ文 献で あ り , 伝道 者とし て の 長老の関心の所在を よ く示 して い る。 次に ,1975
年 ,The BirtJt StOf’ieso∫
the
Ten
Bodhisattva
andI
)asa −bodhisattlzu
♪attikathd をPTS
よ り出 版 してい る。 これ は中世ス リー ・ラ ン カ ーにお い て著わ された,メ ッ テ ィ ヤなど 十 人の将 来仏の 物語のパ ー リ語テキス ト の校 訂 ・翻訳で ある。 サ ッ ダーテ ィ ッ サ長 老は , ア ビ ダ ソマ に特に強い関心 を持ち, 長年期待されて い たAbhidhammatthasa
血gaha の 新 しい校 訂 本 を, つ い に 1989 年, 注 釈Abhidhammatthavibhtivini
−tika
と共 にPTS
か ら出版し て い る (Cf
.H
.Sad
− dhatissa , “The
Abhldhammattha
−safigaha and
its
Tika
, ”
Studies
in
lndian
PhilOsoPhy
:amemOrial vol ”b{mein
k
.onour ofPandit
Sukhalaiji
San
−gl2avi, Ahmedabad 1981 )。 また , ア ビ
/26 Venerable Dr . Hamma1 蔓饕 Saddhatissa (191.
4
〜ユ990
)の英 訳と
N
葱macarad 亙paka
の校訂をそれ ぞれ
fournal
(ゾ the P配 ゴTextSoci
− etyVol
. X1 (1987),Vol
.XIV
(ユ99D)に発表 して い る。 一方, Buddhist
Qffarterty
に長年 連 載さ れ たSuttanipata
の 英訳}ま, ユ985 年CurzQn
Press
か ら出版され , 1987年 に は再版された。 サ ッ ダーテ ィ ッ サ長老の第 二 の 功 績 は, 東南アジア諸 国に現 存 するパ ーリ文 献の調査 ・紹 介で ある。 以下 ,この主題 に関 する筆者が知 る 限 りの 関連 する長老 の論 文をあ げてお く。L
‘‘Pali
Literature
inThailand
, ”BZtddhist
Studies
in leoneuγ ofL
B
.fforner
, ユ974 .2 . “
The
dawn of
Pali
literature
in
Thailand
,”
Atfalalaseleera
Com
− memorationVotume
,1976
.3
. “Pfili
Buddhist
Studies
inThai
−
1and
Today
,”N
砂dnatilohaCente
− nary1
ノねZ
〜4蹴 6, ユ978. 4. ‘‘Literature
in
P
測i
fromLaos
.”Studies
in
I)k言li and Buddhism :ahomage
voltime to the memOry of丿「agdish
K
αshニソaP . 1979 . 5. “PEIi
studies
in
Cambodia
,”Bzad
−dhist
Stordies
in
henocar (ゾ IVat−Pola
Rahula
, 1980 .
6
・‘‘
Pali
工iterature
in Cambodia
, ”
∫Ot{rnal of
the
Pati
TextSociet
丿,
lX
, ユ981 .7。 ‘‘
ASurvey
of the Pali Literature
of
Thailand
,”Amala
P
γの% JAs
Pects
of BuddhistStudies
,
P
.v
.BaPat
Felicitation
Valume
,
Delh
三 1989 . これ らの論文は, 将来 一冊の本 にま とめ るつ もりで 書き続けて い るの だ と,サ ッ ダーチa ッ サ長老か ら聞か された こ とが ある。 御 遺志の い か さ れ る 日 が来れ ば, パ ー リ学仏教 学研 究に と っ てユ ニ ークで 重 要な出版 と な るt とは 間違い ない。な お,長 老の ため の記念論文 集は,Buddh −isi
Studies
in
flonour
〔ゲHamma
−1αva
Saddl2atissa
, ed .Gatare
Dham −mapala et a1.,
Nugegoda
1984 として 出版されて い る。 同書 に は , 1983 年ま で の長老の 主 な出版物の 目録があ り, 著 書17 ・英 文 論文 56 ・ヒ ン デ ィ ー語 論文 9 ・シ ンハ ラ.語論文27
があげら れてい る。 こ の文 献 口録の編者であるW
.B
.ドー ラ クンブ ラ氏は, 長 老の 主 要英 文論 文を 一冊に ま とめ て ,Facets
ofBtlddhism
とい うタイ ト ル で 出版する 予定で ある と 聞い て い る。最後に, サ ッ ダーテ ィ ッ サ 長老が,西 欧の読 者の ため に著 し たや さしい仏 教の 啓蒙書をあげて お こ う。
1
・Buddhist
Ethics
:Essence
ofBu4
−dhism
.London
:Allen
&Unwin
,
1971 .
2・
T
んθ Bzaddha ’s Wa ツ, London :Allen
& UnwiT1 , 1971.3. The Life げ the
Buddha
,Lon
−don
:Allen
&Unwin
, 1976 .(
桂紹隆 ・宥 子訳 ,平山郁夫 装画 『ブ ッ ダの 生 涯 』 立 風書房 ユ984) 4 .
A
Buddhist
, s Manual (w 二thRussell
Webb
) ,London
:British
Ma
−habodhi
Society
, 1976,19822 , 19903.本稿を執筆する にあた り, 渡辺文麿 夫
Venerable Dr . Harnmalava Saddh 翫tissa (1914〜1990) 127
人 よ りお借 りし た
ACommemorative
Volume
Pμbl
∫shedby
T 海e Jntθ7natio −nal
Buddhi5t
Cenire
o% theOcca
霞sion
Of
thθT
鳶γ θθMonth
Memorial
Service
May
12th
to ヱ3th
, ヱ990
∫orVen
’ヱ)「.27
・Saddhatissa
中のKarl
(}oonesena の Foreword , K . R .
Nor
囀man の Ven . Dr .
H
.Saddhatissa
’sContribution
toP
且1i
Studies
,W
.B
.Dorakumbura
のPublicaitQns
ofVen
.H
.SaddhEtissa
を参 照し た。 ま た, 引田弘道 氏を通 して, ロ ン ドソ の