連絡先:〒 112-0012 東京都文京区大塚 3-29-1 筑波大学東京キャンパス文京校舎 Ⅰ.はじめに 2016 年に実施された国民生活基礎調査1)の 自覚症状調べでは、手足の関節に痛みがある と回答した有訴者の順位は、男性で 5 位、女 性で 3 位という結果になっている。また、吉 村2)は 2008 年から 2011 年に行った調査研究で、 参加者 3,040 人のデータベースから、Kellgren-Lawrence法3) grade2以上を変形ありとした場 合の変形性膝関節症(以下:膝 OA)の有病率 を検討したところ、40 歳以上でみると、膝 OA の有病率は男性 42.6%、女性 62.4%であった としている。これを日本の人口構成に当ては めると X 線検査上の膝 OA を有する者は、男 性 840 万人、女性 1,560 万人、合計で 2,400 万 人いると推定されている。 著者が所属する筑波大学 理療科教員養成施 設 理療臨床部 はりきゅう治療室においても膝 関節に関する自覚症状を主訴として来院され る患者は、2018 年で運動器系愁訴の中で、腰部・ 頸肩部・下肢についで 4 番目に多い結果となっ 要 旨 鍼治療に効果を期待して来院する変形性膝関節症を有する患者は多い。その主訴の中心をなす ものは“痛み”であるが、その痛みに対する主観的データは歩行時痛・階段昇降時痛といった動 作時痛、または正座時痛・就寝時痛などの静止時痛と様々である。鍼治療は中枢性・末梢性など種々 の鎮痛機構を有していることから、変形性膝関節症患者の“痛み”には効果が期待できる。しか し施術の結果、鎮痛機構の発現により侵害刺激の伝導が一時的に遮断されたのみでは根本の解決 にならないことは明らかである。退行性変化に対し鍼治療が効果を上げられるか否かは不明であ るが、関節構成体に負荷が加わった結果の痛みであれば、その負荷の軽減をはかることは一時的 な鎮痛ではなく持続可能な効果につながると考える。この場合の“負荷”の責任部位・病態は可 逆的な変化によるものが、より効果的であると考える。鍼通電療法の対象別分類の一つである筋 パルスには、筋内循環の促進と伸張性向上が期待できる。膝関節の動きに係わる周囲筋が、生活 習慣の影響を受け短縮した状態になっていると、膝関節の可動性が制限を受け、可動域の最終段 階で伸張性の低い関節構成体に過度の負荷が加えられることが推測できる。このような場合に短 縮した骨格筋が特定でき、主訴との関わりが明らかであれば施術対象とする。近年、大腿の伸筋 に新しい筋肉が発見されたとの報告があり筋パルスのバリエーションが増える可能性がある。膝 関節周辺の圧痛情報を収集する際にも、骨格筋の圧痛であるか否かも詳細に観察をする。膝関節 内側面の圧痛であれば、屈曲位と伸展位では筋の存在位置が変化をするため比較を行う必要があ る。そして膝関節は足関節・股関節に挟まれていることから、両関節の可動性の影響も受けるこ とになる。また Hip-Spine-Knee syndrome といった観念があることから、膝痛であっても観察範囲 を拡大することが重要であると考える。鍼通電療法の中の神経パルスの可能性であるが、変形性 膝関節症の痛みについて侵害受容性疼痛以外に神経障害性疼痛による痛みの存在が証明されてい ることから、今後は神経パルスの膝痛に対する影響の検討も必要となると考える。本稿ではタイ トルの通り、解剖学的知識などを鍼通電に応用するための基礎的な解説を試みる。 キーワード:変形性膝関節症、鍼通電療法、運動連鎖、解剖学
変形性膝関節症の鍼通電療法
- 解剖学と運動連鎖からの情報収集に基づいて -
徳竹 忠司
筑波大学理療科教員養成施設 シンポジウム 「変形性膝関節症に対する治療の最前線」ている。 高齢化社会といわれることからも、膝関節 に自覚症状を持って、鍼治療を受療される患 者の数は増えることが予想できる。 本稿では、解剖学的知識などを鍼通電に応 用するための基礎的な解説を試みる。 Ⅱ.筋骨格系愁訴に対応する思考(図 1) 筋骨格系の愁訴に対応する思考の形式とし ては、POS(Problem Oriented System)が適し ていると考える。膝 OA 患者の初診時には、当 該患者の抱えている主訴(膝痛)以外の問題 点も聴取し、主訴の改善に関わりそうな項目 は、充分な情報収集を行う。POS の第 1 段階 は POMR(Problem Oriented Medical Record: 問題志向型診療記録)の作成である。重要な 部分に優劣はないが、鍼治療を行うに当たり、 Subjective date(S:主観的データ、主訴に対す る思い)を充分に聞き出すことである。 膝 OA 患者の主訴の中心をなすものは“痛 み”であるが、その痛みに対しても、歩行時痛・ 階段昇降時痛といった動作時痛、または正座 時痛・就寝時痛などの静止時痛と様々である ので、医療面接の段階で問題表象を行うに当 たり、詳細に聴取することが重要である。例 えば「階段がつらい」という訴えを、そのま ま受け入れては不十分であり、もう一歩踏み 込んだ質問をする必要がある。上りと下りで 違いがあるのか、愁訴側が一側の場合は、患 側を先に出したときに痛むのか、患側が残っ ているときに痛むのかということである。 S の 聴 取 を 入 念 に 行 う と、 次 の 段 階 の Objective date(O:客観的データ)で収集の 効率が上がることになる。つまり、日常生活 の中で、膝痛を発現させている因子がどのよ うな負荷によるものかを聞き取ることで、身 体診察で行う情報収集の内容が絞り込まれる ことになるからである。そして、S と O から Assessment(A:評価)を行うことになる。医 療機関で画像検査を受けており、変形を指摘 されている場合は、その内容も A の一つとし て採用する。我々が行える臨床推論は、あく までも理学的な情報収集によるものであるた め、完璧というものはないが、問題表象から 考えた O のなかに、「症状の再現」ができた項 目があると、A の内容は深いものとなる。次は Aに基づきどのような治療を行えば患者の症 状が解決できるのか、病態を踏まえて検討し Plan(P:計画)を作成する。患者の愁訴の改 善が最も期待できそうなものから始めること になる。経過観察となった後でも、SOAP の内 容は変化をさせて行かなければならない。考 えを固定させないように PDCA サイクルを取 り入れて、よりよい方向を目指すことが重要 である。 Ⅲ.膝 OA 患者の訴え 1. 膝関節周辺の感覚に関係した訴え 1) 重い感じ 2) 違和感 3) 動きが良くない 4) 痛み (1) 動作開始時痛 (2) 歩行時痛(平地・坂道・階段 昇時/降時) (3) 同一姿勢持続時痛(座位 立位 臥位) (4) 就寝時痛(仰臥位) 2. 膝関節の動きに関係した訴え 1) 曲げにくい 2) 伸ばしにくい Ⅳ.鍼通電療法 1. 鎮痛の考え方 鍼治療は中枢性・末梢性・局所性4)など種々 の鎮痛機構を有しており、鍼通電療法にも刺 激部位5)あるいは通電周波数6)により鎮痛機構 が異なることが知られていることから、膝 OA 患者の“痛み”にも効果が期待できると考える。 また、痛みや不快感を取り除くことは QOL 上、 図1 筋骨格系愁訴に対応する思考
POMR:Problem Oriented Medical Record: 問 題 志向型診療記録
SOAP:経過記録の項目
PDCA サイクル:Plan 計画、Do 実行、Check 評価、 Action 改善
図 1 筋骨格系愁訴に対応する思考
POMR:Problem Oriented Medical Record:問題志向型診療記録
SOAP:経過記録の項目
PDCA サイクル:Plan 計画、Do 実行、Check 評価、Action 改善
図2 角度により位置が変化する
とても大切なことである。しかし施術の結果、 鎮痛機構の発現により侵害刺激の伝導が一時 的に遮断されたのみでは根本の解決にならな いことは明らかである。膝関節に係わる各組 織は、関節に発生している異常に対して、反 射性に、負荷が増大しないように動きやアラ イメントを変化させているからである。この 防御機構を無効にしてはならないと考える。 2. 負荷の軽減 退行性変化に対し鍼治療が効果を上げられ るか否かは不明であるが、関節構成体に負荷 が加わった結果の痛みであれば、その負荷の 軽減をはかることは、一時的な鎮痛ではなく 持続可能な効果につながると考える。この場 合の負荷の責任部位・病態は可逆的な変化に よるものが、より効果的であると考える。鍼 通電療法の対象別分類の一つである筋パルス には、筋内循環の促進と伸張性向上が期待で きる。膝関節の動きに係わる周囲筋が、生活 習慣の影響を受け短縮した状態になっている と、膝関節の可動性が制限を受け、可動域の 最終段階で伸張性の低い関節構成体に過度の 負荷が加えられることが推測できる。このよ うな場合に短縮した骨格筋が特定でき、主訴 との関わりが明らかであれば施術対象とする。 負荷の軽減を考えるときのキーワードとし て以下の事項がある。 1) 骨格筋の伸張性を高める 2) 筋膜張力伝達の緩和 3) 二関節筋が係わる ROM の拡大 Ⅴ.膝関節周囲の構造物 鍼通電療法は組織選択性であることから、 膝関節周辺の構造物の存在位置を把握してお く必要がある。 治療に当たり、骨格筋や靱帯・神経・血管 は意識しやすいが、正常な状態では触察が不 可能なものもある。それは滑液包である。膝 蓋上包のように大きいものは、部位として理 解できるが小さな滑液包は腫脹してからでな いと存在を意識することが困難である。 解剖学書7)によると以下の 15 の滑液包が記 載されている。部位は各滑液包の名称から想 像ができる。膝周辺、特に腱の周辺などへ刺 鍼する場合は注意が必要である(図 2)。 膝蓋前皮下包・膝蓋前筋膜下包・膝蓋前腱 下包・膝蓋下皮下包・深膝蓋下包・大腿二頭 筋下腱下滑液包・脛骨粗面皮下包・縫工筋腱 下包・鵞足包・膝窩筋下陥凹・腓腹筋外側腱 下包・腓腹筋内側腱下包・腓腹筋半膜様筋包・ 外側側副靱帯下包・腸脛靱帯下包 Ⅵ.圧痛について(図 2) 膝周辺の圧痛がどの組織のものかを確認す るときのコツとして、膝関節の角度を変化さ せて行う方法がある。図 2 は右下肢の屈曲位 と伸展位を内側面・外側面と表したものであ る。伸展位の図は筋肉を書き込んでいないが、 想像をして頂きたい。 膝関節の屈曲位では大腿骨の内側顆・外側 顆の表面を通過する筋は少ないが、伸展位と すると屈筋以外は内側顆・外側顆の表面を通 過する。例えば図 2 下段の内側面では、屈曲 時に縫工筋と薄筋は大腿骨内側顆の表面を通 過しないが、伸展位とする内側顆後方寄りの 図2 角度により位置が変化する
図 1 筋骨格系愁訴に対応する思考
POMR:Problem Oriented Medical Record:問題志向型診療記録
SOAP:経過記録の項目
PDCA サイクル:Plan 計画、Do 実行、Check 評価、Action 改善
図2 角度により位置が変化する
表面を通過する。皮下脂肪が少ない患者では、 膝関節内側面で縫工筋も薄筋も触察が可能で あるので、筋の圧痛であるのか、側副靱帯の 圧痛であるかは判別できる。しかし、肥満気 味の患者の場合で筋を明確に触察できないと きは、術者が意図的に内側顆・外側顆の表面 に筋を乗せたり外したりをしながら圧痛を確 認する。 また、関節周囲の圧痛と疾患を関連付けて いる情報があるので参考にして頂きたい8)。 Ⅶ.筋パルスの応用 膝関節に係わる骨格筋を全て列記すること は困難であるので、例として大腿四頭筋と膝 窩筋を取り上げて解説を行う。 1. 大腿四頭筋パルスの応用 1) 屈曲時に膝蓋部に痛みが出現する症例 (1) 膝蓋大腿関節に問題がある可能性を示唆 する所見 a) X 線検査 医療機関での膝関節 X 線検査の際に、 膝蓋大腿関節の異常を評価できる軸位撮 影法が行われたかの確認をする。軸位撮 影法が行われていない状態で、「変形があ る」と説明を受けたとしても、それは大 腿脛骨間の問題の指摘と言うことになる。 b) 徒手的検査 ① 膝蓋骨の動きの確認:患者仰臥位、 膝関節伸展位の状態で、施術者が他動的 に患者の膝蓋骨を頭方・尾方・内側・外 側に動かして抵抗感や健側との違いがあ るかを確認し、患者に痛みや違和感があ るか確認をする。この段階では大腿骨に 向けた垂直方向の力は入れない。 ② 膝蓋骨の関節面と大腿骨を軽くこす り合わせる:膝蓋骨の関節面は平らではな く、大腿骨の外側顆に対向する面と内側 顆に対向する面、そしてその中央に垂直 稜がある。そこで患者の膝蓋骨の手前側 (術者側)の端に術者の左右の手母指をあ て、反対側の端に左右の手示指を当てる。 母指で膝蓋骨の手前側を大腿骨に向けて 押すと、反対側の示指で触れている端が 浮き上がってくる。同様に示指で膝蓋骨 を押しつけると母指側が浮き上がってく る。これは、前述の膝蓋骨関節面が平ら でないために起こる現象であり、膝蓋骨 と大腿骨外側顆・内側顆の関節面が擦れ 合っていることになる。 この時、術者の手にクリックが感じら れることがあり、そのクリックの際に患 者に主訴の感覚と位置と質が同じである かを確認する。 クリックのみで患者が痛みや違和感を 訴えない場合はクリックが明確になるよ うに少しずつ圧迫の力を強くしてみる。 クリックと違和感あるいは痛みが一致し、 愁訴の再現になっていれば、それ以上の 負荷は必要ない。 この作業を丁寧に行うのであれば、膝 関節伸展位のみではなく、膝蓋骨が他動 的に動かせる状態の屈曲位でも行っても 良い。それは、膝蓋骨の関節面の膝蓋骨 底に近い部分は屈曲時に大腿骨と対向し やすく、膝蓋骨尖に近い方は伸展位で大 腿骨と対向しやすいからである。 ③ 膝蓋大腿関節面を強くこすり合わせ る:②で異常所見が得られなかった場合 に、もう少し強い圧迫を試みる。ただし、 これからの作業は手順を間違えると痛み を作ってしまう可能性があるので、手順 を間違えないようにして頂きたい。行う 行為は「術者が患者膝蓋骨を大腿骨に向 けて手掌で圧迫をし、患者が四頭筋を収 縮させ膝蓋骨を引き上げる」というもの である。 まず患者に四頭筋の収縮練習をして頂 く。できるだけゆっくりと膝蓋骨を引き 上げるように指導をしながら、数回練習 する。ゆっくり行う事の意味は、膝蓋骨 を引き上げている際に痛みが出現した場 合に、ゆっくりであれば、その場で動作 を停止できるが、早い収縮による膝蓋骨 の引き上げでは一気に痛みの出る部位を 通過してしまうためである。患者が上手 に膝蓋骨をゆっくりと引き上げられるよ うになれば、術者の手のうち、患者の頭 方にある手を用い、膝蓋骨底を手掌でしっ かりと意識して包み込む。1回目は圧迫 に力を入れずに患者に膝蓋骨を引き上げ て頂き、2回目・3回目と少しずつ力を 強くしていく、愁訴の再現があれば膝蓋 大腿関節の問題があると判断する。ただ し本法は、正常膝でも違和感が出現する ため、愁訴の再現になっているか否かが 重要である。
④ 四頭筋の伸張性の確認:四頭筋の伸 張性が低下していると、膝関節屈曲時に 膝蓋大腿関節がつよく擦れるために痛み の原因となる。②・③で陽性となった場 合に、四頭筋の伸張性低下があれば施術 対象となる。 まず患者伏臥位で膝関節の他動屈曲を 行う。この際に四頭筋をしっかりと伸張 するため,股関節で回避動作が起こらな いようにする。四頭筋短縮の際に尻上が り現象が起こることは周知であるため、 殿部はベッド面に対し垂直に圧を加えて 固定しておく必要がある。また尻上がり 以外にも股関節の外旋+外転も回避動作 となるので、術者の膝を用いて患者の大 腿部が動かないように固定も行う。下腿 の前面を持ち、膝関節を屈曲していくが、 このとき脛骨の回旋にも注意を払う必要 がある。膝関節が伸展するときに脛骨は 外旋し、屈曲するときには内旋をする。 よって他動的であってもこの規則は無視 せずに脛骨を内旋させながら屈曲をする ことで、膝関節に余分な負担を掛けない ように心がける。四頭筋の伸張性は殿踵 間距離あるいは伸張痛の程度で評価をす る。単なる膝関節の屈曲で陽性所見がな い場合は、股関節を軽度伸展位として膝 屈曲を行うと二関節筋である大腿直筋が より伸張されるため、四頭筋の伸張性の 確認には二段階行う必要がある。 ⑤ 大腿四頭筋パルス:大腿四頭筋のう ち中間広筋は、通電に際し確実に収縮を しているか否かの判断が困難である。単 体での通電は可能ではあるが、中間広筋 そのものが深層筋であるために、異常所 見などの収集が困難で有り、積極的に中 間広筋パルスを実施する目的の確認が現 時点ではできていない。大腿直筋、内側・ 外側広筋は表層のため、通電技術に特別 なものはないが、留意点を記載する。 ・ 大腿直筋:通電による収縮の確認は大 腿部ではなく、鼠径部で行う。厳密に は下前腸骨棘上で収縮があればよい。 ・ 内側広筋:刺鍼に際しては、筋腹の最 も充実している部で行う。筋腹を確認 せずに大腿の内側にあるのが内側広筋 として刺鍼をするとハンター管内を通 る伏在神経を刺激してしまうこともあ るので、しっかりと筋腹を確認してか ら刺鍼を行う。 ・ 外側広筋:四頭筋の中で最も大きな筋 腹を有しているために、どこで刺鍼を しても通電が成功するようにイメージ できるが、外側広筋には、筋腹の全体 像の他に斜線維があるため、意識をし て刺鍼を行わないと外側広筋全体の通 電にはならない。指標としては大腿中 央から少し膝関節よりで腸脛靱帯の前 方に刺鍼し通電を行うと膝蓋骨外側角 につながる腱に収縮が伝わるのが確認 できる。外側広筋の斜線維以外は大腿 中央から少し股関節寄りの腸脛靱帯後 方に刺鍼し通電を行う。 ⑥ 負荷の軽減:膝蓋大腿関節の変形に 基づく症状に鍼通電で寄与できる部分は、 四頭筋の伸張性を向上させ膝屈曲時の膝 蓋骨と大腿骨の擦れ合わせの程度を軽く することである. c) 筋膜張力伝達 一つの骨格筋は、筋線維・筋内膜・筋束・ 筋周膜・筋外膜といった構成要素により できている。隣接する筋は腱・筋膜・筋 間中隔・関節包・靱帯を介して筋線維が 接続をしている。この状態を河上ら10)は 筋連結と表現しており、ストレッチの際 には目的とする筋を単体でストレッチす るのではなく、隣接筋にも施行すること が効果的であるとしている。 また、石井ら11)は、カエルの内側広筋 と外側広筋を用い、生体そのままの条件 (連結条件)とハムストリングスおよび股 関節内転筋群から切り離した条件(切離条 件)で収縮張力を測定した結果、切離条 件が連結条件よりも 10%低下したとして いる。これは筋力を発揮する際には、周 辺筋との関係が重要であることを示して おり、伸張性を高める際にも目的として いる筋のみではなく周辺筋へのアプロー チも必要であることを示しているものと 考える。 大腿四頭筋の伸張性を高めることを目 的とする場合にも、上記のことを参考に し、通電対象を増やすことも必要である。 しかし、筋連結や筋膜連結を追いかけ すぎると、結果的には全身が接続されて いることになるため、治療時間・患者へ
32 の負担を考慮しながらプラスすることが 望ましいと考える。 2) 関節水腫への対応 (1) 膝関節の水腫に対しては四頭筋パルスが 有効な場合がある。その作用機転は不明 であるが、炎症の徴候のうち自発痛があ る場合は実施を避けることが望ましい。 関節部の腫脹と軽度の温度上昇であれば、 患者に説明をした上で実施は可能である。 ただし、通電後に温度上昇やだるさがみ られることがあるので、初対面の患者に は充分な説明をするか、次回からという 姿勢で行う。 (2) 作用機転の考察(図 3 文献 9 より一部 引用):膝関節の滑液の代謝には関節包 内での滑液の循環が必要といわれている。 膝関節の可動域が正常な場合、屈曲時に は四頭筋が膝関節包と連絡のある膝蓋上 包を大腿骨に押しつけることで、そこに ある滑液が関節包に移動する。伸展位の 時には腓腹筋などが後方から関節包を圧 迫して滑液を前方に押し出す。このサイ クルが可動域制限のある膝関節では充分 に行えずにいるため、四頭筋などの筋パ ルスが外力となって滑液の循環に影響を 与えている可能性があるが、あくまでも 推測でしかない。 3) 新たな筋腹の発見(図 4 文献 12 より一 部引用) 近年、大腿の伸筋に新しい筋腹が発見さ れたとの報告があり、筋パルスのバリエー ションが増える可能性がある。著者はこれ までに筋パルスの実習指導を行ってきてい るが、大腿前面の通電練習において、判別 不能な収縮を起こしている場面に何度とな く出会ってきている。この文献からその時 の状況を考えると、中間広筋張筋が収縮し ていた可能性があると思っている。実際に 大転子の高さで大腿直筋と外側広筋の間の 深部に刺鍼をして通電を行うと、過去の体 験の再現ができた。 中間広筋と同様に異常所見を取得しづら い筋のためどのような場面で応用が可能で シンポジウム 図3 膝蓋上包・膝関節腔
図 1 筋骨格系愁訴に対応する思考
POMR:Problem Oriented Medical Record:問題志向型診療記録
SOAP:経過記録の項目
PDCA サイクル:Plan 計画、Do 実行、Check 評価、Action 改善
図2 角度により位置が変化する
図3 膝蓋上包・膝関節腔
図4 大腿四頭筋にもう一つの筋腹 上段 体表からのイメージは大転子の高さで外側広 筋と大腿直筋の間の深部にある。 下段 大腿部横断図 1:大腿筋膜張筋 2:外側 広筋 3:中間広筋張筋 4:中間広筋 5:大腿直 筋図4 大腿四頭筋にもう一つの筋腹
上段 体表からのイメージは大転子の高さで外側広筋と大腿直筋の間の深部にある。
下段 大腿部横断図 1:大腿筋膜張筋 2:外側広筋 3:中間広筋張筋 4:中間広筋 5:大腿直筋
図 5 膝窩筋のイメージ
図 6 膝窩筋の大腿骨付着部
33 日本東洋医学系物理療法学会誌 第 44 巻 2 号 あるか、今後考察をしてみたいと考える。 2. 膝窩筋パルスの応用 1) 屈曲時の膝窩部痛 正座あるいはしゃがみ込みといった膝関 節を深く屈曲した際に膝窩に生じる痛みの 原因については①ファベラの存在、②ベー カー嚢腫、③腓腹筋内側頭・足底筋・膝窩 筋の脛骨 - 大腿骨間での挟み込み、④膝窩筋 の伸張痛などがあげられる。③④は筋の問 題であるので鍼通電を試みる意義はあると 考える。実際に深屈曲時の膝窩部痛に対し て、腓腹筋内側頭・足底筋・膝窩筋への鍼 通電の有効例を経験している。 膝窩筋は深層筋のイメージがあるかもし れないが、腓腹筋の次の層に存在している (図 5 文献 9 より一部引用)。直接触れるこ とのできる筋ではないが圧痛の左右差確認 くらいは可能である。 金子14)らは遺体解剖により膝窩筋の起始 部には5種類ほどの形態が有るとしている。 また江玉15)らは一般的にいわれている膝窩 筋の作用である膝関節の屈曲と脛骨の内旋 について、大腿骨外側顆における膝窩筋の 起始部と軸心との位置関係で、膝窩筋が膝 関節の伸展作用を有するとしている(図6 文献 15 より一部引用)。膝窩筋の大腿骨 外側顆起始部が軸心よりも下方から後方に ある場合は屈曲作用をあらわすが、軸心よ りも前に起始した場合には、膝屈曲時には むしろ伸展されることになる。膝関節の構 造上のことで膝窩筋の起始部によっては深 屈曲時に伸張され痛みなどの症状につなが るケースがあると言うことである。 2) 膝窩筋の鍼通電のイメージ (1) 患者肢位:膝窩筋にできるだけ直接刺鍼 をするためには、膝窩筋と体表面の間に 他の筋肉が介在しないことである。屈側 にある筋であるから伏臥位をとらせるの は間違いである。伏臥位となると腓腹筋 内側頭が脛骨内縁を覆い隠すように塞い でしまうためである。仰臥位または患側 を下にした側臥位が適している。仰臥位 の場合は大腿の下部に巻いたタオルなど を挿入する。このとき膝窩に置くと腓腹 筋内側頭を脛骨よりに持ち上げてしまい、 伏臥位と同じ環境となってしまう。膝窩 は空虚な状態になっていることが重要で ある。大腿を軽度持ち上げ膝が軽度屈曲 位となると、腓腹筋内側頭は下腿の後面 にぶら下がるような状態となる。下腿の 太さにより大腿下部に挿入するタオルの 厚みも調整する必要がある。 (2) 刺鍼位置の決定:膝窩筋パルスを実施す る前の学習として、脛骨の形状を確認す る必要がある。特に膝窩筋の筋腹が付着 する脛骨後面の形状である。わずかにふ くらみを有していることをイメージして おく。膝窩筋は脛骨後面で内側面との角 まで付着をしているが、この角に近づき すぎた切皮では、そのまま刺鍼すると、 すぐに脛骨に鍼尖が当たってしまうので、 後面と内側面のなす角よりも腓腹筋より に少しだけ離れた部分に切皮をすると良 い。刺入方向は腓骨頭に向かうイメージ 図5 膝窩筋のイメージ 図6 膝窩筋の大腿骨付着部
図4 大腿四頭筋にもう一つの筋腹
上段 体表からのイメージは大転子の高さで外側広筋と大腿直筋の間の深部にある。
下段 大腿部横断図 1:大腿筋膜張筋 2:外側広筋 3:中間広筋張筋 4:中間広筋 5:大腿直筋
図 5 膝窩筋のイメージ
図 6 膝窩筋の大腿骨付着部
図4 大腿四頭筋にもう一つの筋腹
上段 体表からのイメージは大転子の高さで外側広筋と大腿直筋の間の深部にある。
下段 大腿部横断図 1:大腿筋膜張筋 2:外側広筋 3:中間広筋張筋 4:中間広筋 5:大腿直筋
図 5 膝窩筋のイメージ
図 6 膝窩筋の大腿骨付着部
34 シンポジウム で行う。筋パルスの刺鍼の原則は筋線維 に直角であるが、膝窩筋の場合線維に直 角に刺鍼するのは困難であるため上記の 方向を選択している。刺入深度は患者の 脛骨内面の幅の 2/3 程度で充分であるが、 皮下脂肪などがある患者では、状況は変 化する。ただし、深度を取り過ぎること もリスクが高くなるので、膝窩の中央ま では到達しないようにすることが重要で ある。鍼治療の過誤に膝窩動脈破損の報 告があるので注意を要する16)。 (3) 通電の確認:膝窩筋パルスが成功すると 脛骨が内旋を起こすので、それを確認す る。刺鍼位置が遠位となってしまうと後 脛骨筋パルスとなり足部が内反するので、 見た目は同じようであるが後脛骨筋が収 縮しても脛骨は内旋を起こさないので、 そこをしっかりと確認する。 Ⅷ.膝関節の神経障害性疼痛 1. 膝 神 経(genicular nerve)( 図 7 文 献 21 より一部引用) 膝関節には周辺組織に分布する末梢神経が 入り込んでいる。 2. 神経パルスの可能性 Ferdinand17)らは膝神経に対するラジオ波焼 灼療法による膝痛の経過観察の結果、有効性 と発展性を述べている。鍼通電療法の中の神 経パルスの可能性であるが、変形性膝関節症 の痛みについて侵害受容性疼痛以外に神経障 害性疼痛による痛みの存在が証明されている ことから、今後は神経パルスの膝痛に対する 影響の検討も必要となると考える。現時点で は腰痛に対する椎間関節部パルスの効果は、 おそらく脊髄神経後枝内側枝に何らかの影響 があり、鎮痛が起きていると考えている。こ のような現象が膝関節でも可能であるかは、 今後の検討による。痛みの原因が侵害受容性 疼痛であるか、神経障害性疼痛であるかの判 断基準が日本ペインクリニック学会のホーム ページ18)にあるので参考までに紹介する。 Ⅸ.PeriostealDryNeedling(骨膜刺鍼) 1. 骨膜刺鍼の提案(図 8 文献 19 より一部 引用)
Felix Mann19) は Reinventing Acupuncture と いう著書の中で骨膜刺鍼という技術を提案し ている。骨膜には多くの受容器があるために 生体への鍼刺激の入力部位としてあげている。 刺鍼法は日本でいう刺鍼転向法の様なものと 思われる。 2. 骨膜パルス(仮称)
James Dunning20)らは、Mann の提案した骨 膜刺鍼に鍼通電を組み合わせ、膝痛患者に対 して一般的な運動療法と徒手療法に加え、骨 膜パルスを含めたグループと含めないグルー プで効果の検討を WOMAC と 11 段階の痛みの 数値尺度を用いて行った結果、骨膜パルスを 加えたグループに 6 週後と 3 ヵ月後の段階で 有意差があったとしている。 骨膜パルス、別の表現をすれば「骨に鍼尖 を当てた状態での鍼通電」ということである と思うが、これまでに実践は行っていないの で、今後の検討が楽しみである。 図7 膝神経のイメージ 骨以外のものが膝神経をイメージしている。 膝神経:内側広筋枝、外側広筋枝、中間広筋枝、伏 在神経、伏在神経膝蓋下枝、総腓骨神経、反回腓骨 神経、閉鎖神経、上外側膝神経、下外側膝神経、上 内側膝神経、下内側膝神経.
図 7 膝神経のイメージ
骨以外のものが膝神経をイメージしている。
膝神経:内側広筋枝、外側広筋枝、中間広筋枝、伏在神経、伏在神経膝蓋下枝、総腓骨神経、反回腓
骨神経、閉鎖神経、上外側膝神経、下外側膝神経、上内側膝神経、下内側膝神経.
図 8 骨膜刺鍼の技術(文献 19 より一部引用)
図 9 膝関節の動きに関与する筋
図 7 膝神経のイメージ
骨以外のものが膝神経をイメージしている。
膝神経:内側広筋枝、外側広筋枝、中間広筋枝、伏在神経、伏在神経膝蓋下枝、総腓骨神経、反回腓
骨神経、閉鎖神経、上外側膝神経、下外側膝神経、上内側膝神経、下内側膝神経.
図 8 骨膜刺鍼の技術(文献 19 より一部引用)
図 9 膝関節の動きに関与する筋
図8 骨膜刺鍼の技術(文献 19 より一部引用)35 日本東洋医学系物理療法学会誌 第 44 巻 2 号 Ⅹ.運動連鎖を考える(図 9) 膝関節は足関節・股関節に挟まれているこ とから、両関節の可動性の影響も受けること になる。また Hip-Spine-Knee syndrome といっ た観念があることから、膝痛であっても観察 範囲を拡大することが重要であると考える。 下肢は、立位での動作時には閉鎖運動連鎖 の状態にあるため、筋の作用に対するイメー ジも少し変わってくる。ハムストリングスは 股関節の伸展、膝関節の屈曲が一般的である。 腓腹筋は足関節の底屈と膝関節の屈曲である。 しかし、足底を床面に接地した立位ではどう であろうか。つま先立ちは足関節の底屈にな るため腓腹筋も参加はしていることになるが、 立位では膝関節の屈曲位から伸展位になると きに、ハムストリングスと腓腹筋は膝の伸展 を行っていることになる。 二関節筋の働きにも目を向ける必要があり、 股関節・足関節の角度により動作の制限因子 になる可能性があるので、情報収集の際には 股関節・膝関節も含めて行うことが重要と考 える。 Ⅺ.まとめ 膝 OA 患者に対する鍼通電療法は、可逆的な 病態に対しては治療法として試行する価値の あるものと考える。膝 OA であっても骨格筋 の異常が症状を作り出しているケースは稀で はないので、系統解剖学の知識に機能解剖学、 局所解剖学の知識を加えておくと鍼通電療法 の幅が広がると考える。 文献 1)厚生労働省.平成 28 年 国民生活基礎調 査の概況. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ k-tyosa/k-tyosa16/index.html.(2019 年 3 月取得) 2)吉村典子.科学研究費助成事業研究成果 報告書.骨粗鬆症および変形性膝関節症 の発症要因の解明-長期観察住民コホー トの統合と追跡-. https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-20390182/20390182seika.pdf. (2018 年 12 月取得).
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図 7 膝神経のイメージ
骨以外のものが膝神経をイメージしている。
膝神経:内側広筋枝、外側広筋枝、中間広筋枝、伏在神経、伏在神経膝蓋下枝、総腓骨神経、反回腓
骨神経、閉鎖神経、上外側膝神経、下外側膝神経、上内側膝神経、下内側膝神経.
図 8 骨膜刺鍼の技術(文献 19 より一部引用)
図 9 膝関節の動きに関与する筋
図9 膝関節の動きに関与する筋a n d Re h a b i l i t a t i o n o f t h e Po p l i t e u s Musculotendinous Complex. J Orthop Sports Phys Ther. 2005; 35(3): 165-79. 14)金子勝治.膝窩筋の形態学的研究-特に 膝窩筋腱について-.日医大誌.1966; 33(4): 29-35. 15)江玉睦明,大西秀明,影山幾男,他.膝 窩筋機能の肉眼解剖学的検討.J sports Injury. 2013; 18: 47-9. 16)中西直彦,松尾あきこ,松尾清成,他. 鍼治療後に膝窩動脈に仮性動脈瘤を形成 しステントグラフトによる血管内治療が 成功した 1 例.J Cardiol. 2007; 50(3): 213-8.
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