本稿は 3.11 以降の秋田県の風力発電事業を対象として,再生可能エネルギー(再エネ)の導入 によってどのような社会変動が起こるのかを検討した。再エネの導入が進めば地域コミュニティが 主導するエネルギーの地域自主管理システム(コミュニティパワー)が広がるという議論があるが, 3.11 以降の秋田では確かに再エネの導入は大幅に進んだものの,コミュニティパワー型の事例は ごく一部に過ぎず,大部分は現在の産業構造やエネルギー需給などをそのままにして,新たな再エ ネ産業を 出しようとする「再エネの産業化」の事例であった。しかし,従来の研究で議論されて きた地域外資本による「外来型開発」はむしろ減少傾向を示し,県内企業が参画する事例が飛躍的 に増加していた(地元企業参画による再エネの産業化)。その要因としては,以前から活動してい た市民運動(風の王国プロジェクトと市民風車)の影響,県内金融機関による積極的な風力発電事 業への参画,および県や市町村による地元企業支援対策などが関連して影響を与えたと思われる。 興味深いことに,地元事業が高度に参画した再エネの産業化の事例ではコミュニティパワーに近い 事業形態が生まれていた(風の松原自然エネルギー)。以上から,産業化とコミュニティパワーは 二項対立的なカテゴリーではなく,現実の関係者の戦略と交渉の中で複雑かつ変化に富んだ形で扱 われる「要素」として考えられるべきだという研究上の示唆が得られた。 キーワード: 再生可能エネルギー,再生可能エネルギーの産業化,コミュニティパワー,市民風車, 秋田県
1.は じ め に
2011 年 3 月 11 日に起こった東京電力福島原子力発電所事故によって,原子力や化石エネルギ ーから再生可能エネルギー(以下,再エネ)に転換すべきだと考える人が非常に増えた。翌 2012 年には再エネの固定価格買取制度(以下,FIT)が導入され,日本でもエネルギー転換が一気に 進むものと期待された。ところで,原発や火力発電とは違って,再エネ資源は薄く広く存在し, かつ地域ごとに異なる種類のエネルギー資源が偏在するという特性があるため,再エネを活用す るシステムは小規模・分散・自立的な地域自主管理型になると考えるのが自然である。実際,世 界の再エネ先進事例として紹介されてきたデンマークやドイツなど欧州各国では,発電事業の主 体・所有・利益配分等はおおむね地域コミュニティ主導となっているようである(丸山,2014)。 このような理念を簡潔に定式化したものが,2011 年に世界風力エネルギー協会が発表した 「コミュニティパワーの 3 原則」である。 1.地域の利害関係者がプロジェクトの大半もしくはすべてを所有している。エネルギー転換と社会変動
─3.11 以降の秋田県における「再生可能エネルギーの産業化」と「市民風車」の展開─
谷 口 吉 光
* * 秋田県立大学地域連携・研究推進センター教授 [email protected]2.プロジェクトの意思決定はコミュニティに基礎を置く組織によって行われる。 3.社会的・経済的便益の多数もしくはすべては地域に分配される。 この 3 つの基準のうち,少なくとも 2 つを満たすプロジェクトは「コミュニティパワー」とし て定義される(丸山ほか,2015:181─182)。 このような議論の影響で,日本でも原発や火力発電から再エネへのエネルギー転換が進めば, エネルギー管理システムは小規模・分散・自立的な地域自主管理型に転換していくだろう,その 動きを主導するのは市町村規模の地方自治体と市民の力であるという主張は非常に多かったよう に思われる(長谷川,2011;新妻,2011;室田ほか,2013;田畑,2014 など)。実際に,日本でも地域 分散型の再エネ活用事例が数多く生まれていることは前出の室田ら(2013)や田畑(2014)など に示されている。 こうした議論は持続可能な社会への転換を見すえた指導的指針としては意味があるし,再エネ 資源に恵まれた地方都市や農山漁村の自治体職員や住民の啓発を促すという点では大きな意義が ある。私自身の再エネに関する立場もこうした議論に近い。しかし,現実を見れば,すべての再 エネ導入事例が小規模・分散・自立的な地域自主管理型システムを志向しているわけではないの も歴然とした事実である。言い換えると,3.11 以降のエネルギー転換が,地域分散型とは異な るタイプの社会変動を引き起こしている事例がある。それは再エネへの転換が地域分散型システ ムの 出に向かわず,現在の産業構造,大都市への人口集中やエネルギー需給などをそのままに して,再エネを活用した新たな産業を 出しようとする動きである。本稿ではそれを「再エネの 産業化」と呼ぶことにする。私が住む秋田県は日本有数の再エネ資源の豊富な地域であるが,資 源が豊富であるが故に,3.11 以降県外企業による大規模開発事業が押し寄せ,圧倒的な「再エ ネの産業化」のうねりに翻弄されてきた。 興味深いことに,3.11 に先だって,秋田県には再エネ導入を推進しようとする市民運動が 2 つ存在していた。後述する「風の王国プロジェクト」(以下,風の王国)と「市民風車」である。 大きく分ければ「風の王国」は「再エネの産業化」を志向し,「市民風車」は「コミュニティパ ワー」を志向してきたと言える。いずれも秋田県で 10 年を超える歴史を持ち,3.11 まで独自の 展開過程をたどってきたが,2011 年から 17 年までの期間を見る限り,両者とも着実に事業を拡 大してきたものの,県行政や企業などに対する影響力については「風の王国」が主張した「再エ ネの産業化」の展開が「市民風車」が主導する「コミュニティパワー」の展開を大きく上回って いると言わざるをえない。本稿の第一の課題は,なぜ 3.11 からの数年間について,「再エネの産 業化」が「コミュニティパワー」を上回る影響力を持ったのかということである。 ところで,再エネの産業化は,風力資源が賦存する地域の外部にある企業・資本が主導する例 が多い。このことの問題点については,「外来型開発」や「植民地型開発」などの言葉で研究者 の間で議論されてきた(西城戸,2015:214─216)。一例として,茅野は 2012 年から 14 年にかけて 岩手県内の 3 市町で実施した住民意識調査を通時的に分析した結果を踏まえて,「エネルギーシ フトへの関心が徐々に薄れ,人びとの参加意欲も減退している」と述べ,その原因として「再生 可能エネルギーの賦存量が豊富な地域では,主に地域外の企業が各地に進出し,大規模な事業を 展開している。固定価格買取制度の政策的効果が顕著に表れている中で,地域社会においては, 従来型かつ外来型の開発を支えてきた社会構造と,中央と地方の社会関係が維持されている側面
を見出すことができるのではないだろうか」と述べている(茅野,2016:45)。 秋田における「再エネの産業化」においても,茅野が指摘するように,地域外企業に圧倒され て地域主体の取り組みが進まないという事例は存在する。しかし,逆に 3.11 以降においては, 圧倒的な外部企業の襲来に対抗して,地元企業が新規発電事業に参画し,程度の差はあれ主導権 を確保し,発電による利益を地元に還元しようという事例が増加している。そして,後述する 「風の松原自然エネルギー」のように,地元の主導権を高度に確保して,コミュニティパワーの 条件を満たすような事例も生まれているのである。本稿ではこのような傾向を「地元企業参画に よる再エネの産業化」と呼ぶことにする。興味深いのは,このような傾向がもともとコミュニテ ィパワーを志向する「市民風車」の系譜から生まれてきたのではなく,「再エネの産業化」を志 向する「風の王国」の系譜から生まれてきたという点である。「地元企業参画による再エネの産 業化」には市町村行政や市民が活躍した事例はほとんどなく,主役はもっぱら地元企業と県行政 であった。 3.11 以降のエネルギー転換を扱った社会学的研究で,再エネの産業化やそこにおける地元企 業の参画の意義を分析したものはほとんどない。その意味で本稿には独自の意義があると考える。 地元企業が参画する再エネの産業化はどのような社会的要因によって可能になったのだろうか。 これが本稿の第二の課題である。以上を踏まえて,再エネ研究における「再エネの産業化」と 「コミュニティパワー」のとらえ方を再考する。
2.言葉の定義と調査の概要
2. 1.「地元企業参画による再生可能エネルギーの産業化」とは? 事例の分析に先立って言葉を定義しておきたい。本稿では,「再エネの産業化」を,現在の産 業構造,大都市への人口集中やエネルギー需給などを問題にすることなく,それを前提として原 発や火力発電を再エネに代替することから新たな産業を 出しようとする傾向と定義する。コミ ュニティパワーの理念では,再エネに向かうエネルギー転換が自立分散型社会への社会転換を産 み出すという前提(あるいは期待)があるが,再エネの産業化においてはこうした前提は存在せ ず,再エネの普及は単にエネルギー資源を原子力や火力から再エネに代替するだけと考えられて いる。この違いを強調するために,「エネルギー代替」という言葉を適宜使うことにしよう。 ちなみに「再エネの産業化」という言葉をインターネットで検索してもほとんどヒットしない (2018 年 1 月時点)。九州地域戦略会議がまとめた提言書「再生可能エネルギーの産業化をめざす アクションプラン(九州モデル)」に見られるくらいである(九州地域戦略会議,2015)。その理由は, この言葉が新奇だから誰も使っていないのではなく,むしろ日本のほとんどの企業や経済人にと って,再エネの導入が新たな産業化につながるのは自明であってそれをことさら「産業化」など と言い立てる必要がなかったからだと思われる。たとえば,秋田県の再エネ政策は「秋田県新エ ネルギー産業戦略」,青森県では「青森県エネルギー産業振興戦略」と呼ばれ,「再エネ」と「産 業戦略」が当然のごとく一体として扱われているのがその端的な例である。 この事実が示しているのは,経済界では再エネを産業化推進の文脈で考えるのが普通だという ことである。これはコミュニティパワーとは異なる考え方であるが,3.11 以前には,再エネの産業化に関する議論は少なく,再エネに関する文献の大多数はコミュニティパワーの系譜に属す るものだった。その理由は,3.11 以前の日本において再エネ導入の国内事例が少なかったため, それに関する議論がどうしても海外の先進地である欧州各国の経験を元にした理念的・指導的な ものにならざるを得なかったためと,「エネルギー転換が分散型社会に向かう社会変動を引き起 こすものであってほしい」という期待があったためだと思われる。しかし,3.11 以降,再エネ 導入がにわかに現実味を帯びるようになって,多くの企業がこれに注目して取り組み始めたこと から,にわかに「再エネの産業化」が現実となってきたのである。ほとんどの企業はエネルギー 転換による分散型社会への社会転換などに関心はなかっただろう。彼らが関心を持ったのは「再 エネ事業は利益になるか」「どうしたら再エネ事業に参入できるか」という,それぞれの企業に とっての実際的問題だけであり,現実に 3.11 以降の秋田県で再エネに関して議論されたのは資 金調達(ファイナンス)から風車の保守管理(メンテナンス)に渡る広範な技術的・経営的課題だ けであった。しかし,こうした産業化の動向はコミュニティパワーに関心を持つ研究者の興味を 引くことがなかったために,「再エネの産業化」の実態はほとんど調査研究されてこなかったの だろう。 さて,「再エネの産業化」を以上のように定義した上で,「地元企業参画による再エネの産業 化」について説明したい。秋田県の再エネ発電事業は,後述する「市民風車」を除けば,その多 くが県外企業主導で進められてきた。しかし,一口に「県外企業主導」と言っても,たとえば風 力発電事業の場合,用地買収,地元住民への説明,環境アセスメント,資金調達(ファイナンス), 風車の製造,風車の建設,保守管理(メンテナンス)などさまざまな要素があり,そのすべてを 県外企業が行うことはない。必ず地元企業との役割分担がある。「地元企業参画」というのはこ うした事業要素のうち,地元企業がどの要素にどのように参画するかということを指している。 たとえば建設会社であれば,風車建設予定地の用地買収や風車建設の部分に参画できる可能性が あるし,金融機関なら発電事業会社への出資や融資を通じて参画できる可能性がある。目下,風 力発電事業で地元参画が有望視されているメンテナンスについても,通常の保守点検,修理,部 品交換や人材育成などの細かい事業要素について,どんな企業がどの要素にどう参画すれば地元 に利益が還元されるかが議論されてきた。このように,どの事業要素にどのように参画するかに よって地元企業が得られる利益が決まるので,一言で「利益の地元還元」と言っても,その実態 は参画のあり方と企業間の駆け引きによって,非常に複雑で興味深い多様性を示している。後述 する「風の松原自然エネルギー」は地元企業と自治体が連携して,発電事業に高度に参画した事 例と言える。 2. 2.研究対象と方法 本稿は私が研究代表を務めた科研費「エネルギーの地域自主管理システムの構築に関する環境 社会学的研究」(基盤 C, 2012 年∼2016 年)の研究成果の一部である(共同研究者は丸山康司,西城戸 誠,小松田儀貞,小笠原正)。この研究では「3.11 によって日本にも本格的なエネルギー転換が起 こるのではないか」との想定に立って,秋田県における再エネ(主として風力発電)に関連する企 業,自治体および市民団体の活動を調査した。秋田県を選んだのは,再エネ資源が豊富なため新 たな発電事業開発が増えると見込まれたこと,「風の王国」と「市民風車」という興味深い市民
運動が存在していたこと,それに加えて私と共同研究者の小松田および小笠原が居住する地域で あり,いわゆる「レジデント型研究者」(佐藤,2008)のメリットを活かせると考えたからである。 実際,私と小笠原は 3.11 直後に設立された「あきた新エネルギー研究会」という産学官連携の 研究会の幹事として,秋田県における再エネの導入の様子をつぶさに実見してきたばかりでなく, さまざまなセミナーや研修会の企画にも携わり,関係者相互の意見交換の現場にも数多く立ち会 った。こうした参与観察的な関わりから得られた知見も本稿に生かされている。この共同研究の 主たる研究課題は ⑴ FIT 導入によって地元金融機関および企業の行動様式がどう変化するか, ⑵ 市民が発電事業に出資する「市民出資」がどう展開するか,⑶ エネルギーの地域自主管理の 仕組みがどう形成されるのかなどであった。 結果を先取りしていえば,この研究を通じて私たちが目撃したのは「コミュニティパワーの本 格的出現」でもなければ,県外資本が新規発電事業を席巻するという光景でもなかった。原発事 故と FIT 導入が重なって巨大な「再エネブーム」が急速に生まれ,秋田県には新たな大規模発 電事業計画が次々に持ち込まれた。社会的受容性の観点から再エネ事業のあり方を研究していた 丸山康司からは「ゾーニングによって自治体が新規事業を規制するルールを作る」ことや,「再 エネを活用する人材を育成する仕組みを作る」必要性が提案されたが,すでに新規事業の大波が 押し寄せていた状況では,地元側にはそうした「事前の備え」を用意する時間的余裕はなかった。 「市民風車」の実績も蓄積されていたが,市民出資を募り風車を 1 基ずつていねいに建てていく 方法では,規模の点でもスピードの点でも「再エネブーム」に対応することはできなかった。 私たちの研究当初の想定はほとんど実現しなかったため,目の前の現実を理解するために枠組 みを一から考え直さざるをえなくなった。その時に注目したのが県行政や地元企業の対応だった。 「風の王国」の影響を受けて,彼らは再エネブームを逆手に取って「秋田県を再エネの産業化の 先進地にする」という共通目標を早い時期から共有していた。2011 年からの数年間,新規事業 案件の処理や再エネの産業化のための基盤構築に追われながらも,「再エネは地域の資源だ。い かにして再エネの利益を地元に還元するかを考えなければならない」という問題意識は産官学の 関係者の間では深く共有されていた。この姿勢が,たとえば県の「秋田県内事業者への総合的な 支援メニュー」,あるいは秋田銀行と北都銀行の迅速で積極的な再エネ事業への参入,あるいは 能代市の「再生可能エネルギービジョン」などの個別の取り組みに結実し,それらが結びついて 「植民地型開発」とは違う「地元参画」の事例を生みだしていった。「地元企業参画による再エネ の産業化」という着想はこのような現実を調査しながら得られたのである。
3.3.11 以降における「再エネの産業化」と「市民風車」の展開
3. 1.秋田県における再生可能エネルギー資源の概要 再エネの産業化の展開に入る前に,秋田県における再エネ資源の特徴を見ておこう。第一の特 徴は資源量が豊富なことである。主な再エネ資源には風力,太陽光,地熱,バイオマス,小水力, 雪氷熱などがあるが,秋田県は特に風力と地熱に恵まれている。表 1 は 2009 年度の秋田県にお ける再エネ資源の賦存量・期待可採量・導入量・導入可能量を示したものである。ここで言う 「賦存量」とは「土地用途や法令,経済性などの制約要因とエネルギーの採取・利用効率は考慮せず,理論的に算出できるエネルギー資源量に対応した発電施設を設置した場合の設備容量」の ことであり,「期待可採量」とは「経済性は考慮せず,土地用途と法令及びエネルギーの採取・ 利用効率等の物理的制約要因を考慮した上で,エネルギーとして利用が期待される量に対応した 設備容量」のことである(秋田県,2011:10)。「導入量」はその時点ですでにエネルギーが供給さ れている量のことだから,期待可採量から導入量を引いた「導入可能量」が今後新たに開発可能 なエネルギー量となる。このデータは 2009 年度末のものなので,3.11 以前の秋田県の再エネ導 入の実情を知るのに役に立つ。この時点で風力発電の導入量は全国 5 位,地熱は 3 位であったか ら,3.11 以前の段階でも秋田県は再エネ導入の先進地だったと言っていい。しかし,風力につ いて見ると,この時点で期待可採量が 1,032 MW,導入量が 124 MW,導入可能量が 908 MW と なっている。この時点で期待可採量の 12% しか実現できていなかったことになるので,この潜 在資源をねらって多くの県外資本が参入したのである。 第二の特徴は,再エネ資源が種類によって県内各地に偏在していることである。図 1 は秋田県 内の再エネ資源の分布をおおまかに示したものだが,風力は日本海からの風が強い沿岸部に適地 が多く,地熱は火山活動が活発な県北の鹿角地域や県南の湯沢地域に適地が広がっている。逆に 太陽光,木質バイオマス,小水力発電と雪氷冷熱などは県内全域に分布している。再エネ資源の 地域分布が偏在していること自体は再エネ資源に恵まれた地域に共通していることだが,秋田県 の特徴と言えるのは風力資源が沿岸部に集中している点である。このことが「風の王国」の構想 を生みだし,3.11 以降の沿岸市町村における風力発電ブームを引き起こすことになった。 3. 2.「風の王国プロジェクト」と「市民風車」の概要 3. 2. 1.「風の王国プロジェクト」 前述したように,3.11 以前から秋田県には風力発電に関する 2 つの市民団体が活動していた。 「風の王国」は NPO 法人環境あきた県民フォーラム理事長である山本久博氏が 2008 年から提唱 してきたもので,日本海の海岸沿いに風車 1000 基を建てて,風車本体や部品メーカーなどの関 連産業を誘致し,秋田県を風力発電産業の一大拠点にしようという壮大な構想である(風の王国 プロジェクト,2008)。山本氏は秋田市で美容室を経営する傍ら,1990 年代に大潟村で開催された ソーラーカーラリーに参加するなど,秋田県で最も早い時期から再エネに関わってきた(伊藤, 2012:96─108)。国のエネルギー基本計画における再エネの位置づけすら定まっていない時期にこ れほどの構想を呼びかけた山本氏の先見の明は,秋田県における再エネの生みの親と呼ぶにふさ わしい。山本氏はこの構想を実現すべく全国および海外の関係者への働きかけを続け,2009 年 表 1 秋田県における再生可能エネルギー資源の賦存量・期待可採量・導入量・導入可能量(2009 年) 単位:MW 賦存量 期待可採量 導入量 導入可能量(c−d) 風 力 55,050 1,032 124 908 地 熱 1,110 393 88 305 太陽光 ─ 1,810 6 1,804 小水力 ─ 37 7 30 (出所) 秋田県,2011:10.
と 2012 年に「環太平洋自然エネルギ ー国際フォーラム」を 2 度開催したり, 2010 年 8 月には飯田哲也氏や JST 地 域エネルギー・ファイナンス研究チー ムなどと連携して「地域のお金とエネ ルギーを地域と地球に活かすフォーラ ム」を開催するなど,スケールの大き な活動を精力的に続けてきた⑴。 「風の王国」はその事業効果として 「秋田が一大資源供給地域であること を示して県威発揚」や「CO2排出量削 減に貢献することで秋田県の国家戦略 における地位の向上」などを明記し, 狭い意味の産業化を超えたスケールを 持っていたため,関係者の多くは山本 氏の構想を実現するのは難しいと思っ ていただろう。しかし,大規模風車建 設や企業誘致という狭義の産業化に関 する部分については,県や関連企業は 条件さえ許せば実現の可能性はあると 受け止めていたのではないだろうか。 実際,3.11 直後の 2011 年 6 月 15 日に開会した秋田県議会で佐竹敬久知事は再生可能エネルギ ーによる発電推進に一層力を入れる考えを表明し,国に申請予定の特区構想のなかで日本海沿岸 約 20 キロに「大規模な風力発電事業を公有地を中心に導入したい」と発言しているが,この時 点でこのような具体的発言が出てきたのは「風の王国」の理念が知事はじめ関係者に浸透してい たからだと思われる(伊藤,2012:107)。「再エネの産業化」に向けて最も機敏に動いたのは県の 産業労働部と建設・機械など製造業関連企業だったし,FIT 導入を受けて県内の地方銀行であ る北都銀行と秋田銀行が相次いで再エネ事業への参入を決めた背景にも,「風の王国」の影響が あったと思われる。 3. 2. 2.「市民風車」 市民風車とは「風力発電事業を展開するための資金の一部を『出資』という形で一般市民が拠 出し,事業主である関連 NPO が風車を建設,風力発電事業を運営するという風力発電の事業形 態」のことである(西城戸,2008:209)。飯田哲也は「市民出資型の自然エネルギー事業には,既 存の企業の資金調達による事業にはない多面的な付加価値がある」と述べて,コミュニティパワ ーにおける重要な資金調達の方法と位置づけている(飯田,2014:132)。 日本における市民風車の展開を見ると,生活クラブ北海道が母体となって設立された NPO 法 人「北海道グリーンファンド」が主導して,2001 年に北海道浜頓別町で第 1 号「はまかぜ」ち ゃんを稼働させたのを皮切りに,各地で風車建設を進めていった。秋田県では 03 年に潟上市で (出所) 佐々木,2011 より筆者作成。 図 1 秋田県における再生可能エネルギー資源の分布 バイオマス発電 バイオエタノール (木質) バイオエタノール (稲わら) バイオマス発電 油・天然 ガス田 油・天然 ガス田 雪氷冷熱 風力発電 風力発電 地 熱 地 熱
「天風丸」,06 年に秋田市で「風こまち」と「竿太朗」,12 年ににかほ市で「夢風」(これは首都圏 にある 4 つの生活クラブ生協が出資して建設した「生活クラブ風車」である)と「風民」,13 年に秋田市 で「向浜風力発電所」,由利本荘市で「西目風力発電所」の合計 7 基が稼働している⑵。秋田県 における市民風車については,西城戸(2008:207─257;2015:211─250)に詳しいので,それを引 用する形で概要を紹介しよう。 3.11 以前,秋田県では 3 基の市民風車が稼働していたが,その取り組みを支援するために「市 民風車の会あきた」が活動していた。「天風丸」建設の時には,市民風車への愛称募集,オープ ニングセレモニーの実施,その後地球温暖化や再エネのセミナー開催などを行ってきた。06 年 には風車周辺の公園整備を行ったが,その際には地元住民に市民風車を身近に感じてもらうため に公園整備の募金活動を実施した。それによって誕生した風車立地点は「風車のひろば」として, コンサートなどが開かれるようになった(西城戸,2008:237─238)。地元住民からの出資を募るこ との難しさや自主財源が乏しいなどの課題を抱えながら,1 基 1 基と風車建設を続けて風力発電 に関わる幅広い経験と技術を蓄積してきたことが,3.11 以降の「市民風車」のユニークな展開 を産み出す基盤になった。例えば,生活クラブ生協が出資した「夢風」がきっかけとなって,生 協組合員が風車の建つにかほ市を定期的に訪問したり,にかほ市の生産物が生活クラブの消費材 に取り入れられたり,にかほ市の生産者が首都圏に出かけて交流するなど「対等互恵の精神に基 づいた都市─ 農村交流」が生まれている(西城戸,2015:234─237)。あるいは,「市民風車」の発 電事業を担ってきた株式会社「市民風力発電」は 2012 年に北都銀行など県内企業 3 社と共同出 資して「株式会社ウェンティ・ジャパン」を立ち上げたが,ここでは市民風車の実績とノウハウ がウェンティ・ジャパンの多彩な事業展開を支えている(後述)。 3. 3.3.11 以降の風力発電導入量の伸び 以上のように,3.11 以前の秋田県において「風の王国」が提唱する「再エネの産業化」の流 れと「市民風車」が志向する「コミュニティパワー」の流れが存在していた。3.11 以降,この 2 つの流れはどのように展開したのだろうか。図 2 は,3.11 以降の秋田県における風力発電導入 量全体の伸びを示している。大型風力発電所の建設に当たっては環境影響評価が義務づけられて いるため,導入量が急激に増加するのは評価作業が終了した 2014 年度以降である。2011 年度に は 130 MW だった導入量が 16 年度には 355 MW(見込み)と 5 年間で約 3 倍の伸びを示している。 355 MW という導入量は北海道を抜き,青森県に次いで全国第 2 位であるが,14∼16 年度の導 入量は 3 年連続して秋田県が全国第 1 位である。原発事故と FIT 導入によって秋田県にどれほ ど多くの新規開発案件が持ち込まれたか想像できるだろう。なお県の推計によると,導入量は 2020 年度には 16 年度のなお 2 倍近い 620 MW に増加する見込みである(この推計値は陸上風力の みで洋上風力は含まれていない)。 ところで,秋田県は風力発電の個々の事業ごとに事業者名,風車の数,開業年度と導入量を公 表している。また,その資料にはそれぞれの事業に県内企業が参画しているかどうかも明示され ている(秋田県,2017)。したがって,この資料を加工すれば,3.11 以降「再エネの産業化」と 「コミュニティパワー」の伸びがどの程度だったのかを示すデータが得られるだけでなく,産業 化の内部において県外企業が参画した事業がどのくらいあるのかを示すこともできる。そう考え
て,再エネの産業化に該当する事例とコミュニティパワーに該当する事例について,2010 年以 前と 2011 年以降の事業数,風車の数および導入量を比較してみた。 表 2 を見ると,2010 年以前において,「再エネの産業化」と「コミュニティパワー」は事業数 で 14 事 例(87.5%)対 2 事 例(12.5%), 風 車 の 数 で 100 基(97.1%)対 3 基(2.9%), 導 入 量 で 120,140 kW(96.4%)対 4,500 kW(3.6%)となり,「再エネの産業化」が大多数を占めていること が明らかになった。次に,2011 年以降について同様の比較をすると,事業数で 25 事例(86.2%) 対 4 事例(13.8%),風車の数で 94 基(95.9%)対 4 基(4.1%),導入量で 223,251 kW(96.9%)対 7,200 kW(3.1%)という結果になり,やはり「再エネの産業化」が大多数を占めるという実態に 大きな変化は見られなかった(表 3)。最後に,2010 年以前と 2011 年以降の伸び率を比較したと ころ,事業数で 178.6% 対 200%,風車の数で 94.0% 対 133.3%,導入量で 185.8% 対 160.0% と 「再エネの産業化」も「コミュニティパワー」も大きく伸びていることがわかった(表 4,再エネ の産業化における風車の数が減少しているのは大型風車が増えたためである)。 次に,「県外企業のみで運営される事業」と「県内企業が参画する事業」を比較してみた。 2010 年以前において,「県外企業のみの事業」と「県内企業が参画する事業」は事業数で 12 事 業(75.0%)対 4 事業(25.0%),風車の数で 80 基(74.8%)対 27 基(25.2%),導入量で 85,590 kW (71.2%)対 33,800 kW(28.8%)という結果になった(表 5)。どの項目についても,「県外企業のみ の事業」がほぼ 4 分の 3,「県内企業参画の事業」が 4 分の 1 という比率であった。次に,2011 年以降において同様の比較をすると,事業数で 11 事業(44.0%)対 14 事業(56.0%),風車の数で 42 基(44.7%)対 52 基(55.3%),導入量で 109,506 kW(49.1%)対 113.745 kW(50.9%)という結 果になった(表 6)。どの項目についても,「県外企業のみの事業」と「県内企業参画の事業」の 比率が逆転したことが明らかになった。最後に,2010 年以前と 2011 年以降の伸び率を比較した ところ,事業数で 91.7% 対 350%,風車の数で 52.5% 対 192.6%,導入量で 127.9% 対 336.5% と 「県外企業のみ事業」の伸び率は事業者数と風車の数で大幅に減少している反面,「県内企業参画 の事業」の伸び率は 2∼3 倍以上と飛躍的に伸びていることが明らかになった(表 7)。 以上の結果をまとめると,第一に,「再エネの産業化」と「コミュニティパワー」の比較では, 2010 年以前と 2011 年以降ともに再エネの産業化が大多数を占めている。その原因として考えら れるのは,「コミュニティパワー」は市民出資に依存する比率が高いために複数の風車を短期間 (出所) 秋田県,2017 より筆者作成。 図 2 秋田県における風力発電の導入量の推移(単位:MW) 124 126 130 132 152 208 277 355 620 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2020 年度 700 600 500 400 300 200 100 0
に建設するのが難しく,どうしても 1 基または 2 基ずつていねいに事業を進めるという事業スタ イルになる。それに対して「再エネの産業化」は,資金調達ができればひとつの事業で複数の風 車を建設する事例が多い(秋田県では最大で 3 MW の風車を 17 基建設した事例がある)。近年風車の 大型化の傾向が顕著であるが,このような大型事業になると資金調達力で優位に立つ「再エネの 産業化」の伸びが大きくなるのは当然であろう。 第二に,「県外企業のみの事業」と「県内企業参画の事業」を比較した結果では,2011 年以降 表 2 2010 年以前の風力発電における再エネの産業化と市民風車の比較(実数(%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 再エネの産業化 14(87.5%) 100(97.1%) 120,140(96.4%) 市民風車 2(12.5%) 3 (2.9%) 4,500 (3.6%) 小計 16(100%) 103(100%) 124,640(100%) 表 3 2011 年以降の風力発電における再エネの産業化と市民風車の比較(実数(%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 再エネの産業化 25(86.2%) 94(95.9%) 223,251(96.9%) 市民風車 4(13.8%) 4 (4.1%) 7,200 (3.1%) 小計 29(100%) 98(100%) 230,471(100%) 表 4 2010 年以前と 2011 年以降の風力発電事業の伸び率の比較((%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 再エネの産業化 178.6 94.0 185.8 市民風車 200.0 133.3 160.0 小計 181.3 98.0 184.9 表 5 2010 年以前の風力発電における県外企業のみの事業と県内企業が参画した事業の比較(実数(%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 県外企業のみ 12(75.0%) 80(74.8%) 85,590(71.7%) 県内企業参画 4(25.0%) 27(25.2%) 33,800(28.3%) 小計 16(100%) 107(100%) 119,390(100%) 表 6 2011 年以降の風力発電における県外企業のみの事業と県内企業が参画した事業の比較(実数(%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 県外企業のみ 11(44.0%) 42(44.7%) 109,506(49.1%) 県内企業参画 14(56.0%) 52(55.3%) 113,745(50.9%) 小計 25(100%) 94(100%) 223,251(100%) 表 7 2010 年以前と 2011 年以降の風力発電事業の伸び率の比較((%)) 事業数 風車の数(基) 導入量(kW) 県外企業のみ 91.7 52.5 127.9 県内企業参画 350.0 192.6 336.5 小計 156.3 87.9 187.0
では,「県内企業参画の事業」が飛躍的に増加した。もちろん一口に参画と言っても,実際の出 資比率は 100% から数% までの幅があるので,この結果から県内企業が主導する事業がどの程 度増加したかを判断することはできないが,大きな傾向としては県内企業が参画する事業が大幅 に増加したことは間違いない。次節ではその要因について検討しよう。 3. 4.県内企業の参画を促した要因 3. 4. 1.県内金融機関の動向とプロジェクトファイナンスの展開 このように県内企業が風力発電事業に参画する事例が増加した要因として,FIT 導入を契機 に秋田県の地方銀行である秋田銀行と北都銀行が積極的に風力発電事業に参画するようになった ことが大きい。風力発電事業における金融機関の役割として資金調達が挙げられる。FIT 導入 以前は,新規事業の事業性を評価して資金調達をするプロジェクトファイナンスに金融機関が消 極的だったが,FIT 導入によって発電事業全体の収入が見通せるようになったために,プロジ ェクトファイナンスに取り組むハードルはかなり下がったものと思われる。しかし,秋田県の地 方銀行はより積極的かつ多彩な方法で風力発電事業の開発と経営に乗り出している。たとえば, 北都銀行は「市民風車」の発電事業を担ってきた株式会社「市民風力発電」を含む県内企業 3 社 と共同出資して「株式会社ウェンティ・ジャパン」(以下,ウェンティ)を 2012 年 9 月に立ち上げ ている。ウェンティの社長佐藤裕之氏は北都銀行ではなく,共同出資している羽後設備株式会社 出身である。秋田銀行も,同様に 2013 年に県内企業 5 社と共同出資して「株式会社 A─WIND ENERGY」(以下,A─WIND)を立ち上げている(前述したように,市民風力発電も同社に出資してい る)。ウェンティの役割について佐藤社長は次のように述べているが,地元金融機関が参画する 風力発電会社の可能性を考える上で興味深い。 (ウェンティの役割は)風車ごとに変わってくる。いろいろなバリエーションがあると考 えている。「地域でエネルギーをどうする」という視点があることが重要だ。農業再生で野 菜工場などをやるのに電力が原発ではシャレにならない。地域起こしという視点から,風力 事業も地元出資から管理まで一貫して地元でやっていきたい。自分たちの役割は,秋田を中 心とした日本の再生可能エネルギーの「アレンジャー」だ。開発からメンテナンスまで全体 をコントロールするビジネスをめざしている。売電で利益を出すという方向性ではない。 SPC(特定目的会社)の形を取るなどして,複合的な要素を持ったトータルな企業体として, 特定分野を決め撃ちしないでやっていきたい⑶。 ここからわかるように,事業の上では「再エネの産業化」の形を取っているが,ウェンティの 事業精神にはコミュニティパワー的要素もかなり含まれている。引用は省略するが,A─WIND へのインタビューでも,同様の見解が語られた⑷。実際,両行はその後県内の大型風力発電事業 に参画している。後述する「風の松原自然エネルギー」においては両行が出資しているし,現在 秋田県の保安林で建設が進んでいる大型案件では,エリアを半分に分けて,北側の事業は A─ WIND(約 39 MW),南側はウェンティ(約 66 MW)が出資するというケースも見られる。いずれ にしても,FIT 導入以降,県内金融機関による積極的かつ多彩なプロジェクトファイナンスが 展開されている。
3. 4. 2.行政の動き 秋田県は 2011 年 3 月に「秋田県 新エネルギー産業戦略」を,2016 年 3 月に「第 2 期秋田県新エネルギ ー産業戦略」を策定し,風力と地熱 を中心に再エネ導入の方向性を打ち 出してきた。そこには「再エネの産 業化」に対して,どのように地元企 業が参画できるかという視点が貫か れており,それが表 8 にある「県内 事業者への総合的な支援メニュー」 として示されている(土谷,2014: 71)。主要な事業を紹介しよう。 1)県が管理している保安林における規制緩和:農水省が 2012 年に出した保安林解除の方針に基 づいて,それまで保安林での風車建設を「原則認めない」としてきた方針を緩和し,特に風力発 電に適した日本海沿岸部における風力発電事業を可能にした。 2)メンテナンス事業への参入促進:県外製造業の風力発電メンテナンス事業への参入を促進す るために,講習会の開催やアドバイザーの派遣などを行っている。 3)人材養成:秋田県内には再エネに特化した教育課程(学科やコースなど)がないため,人材育 成プログラムを開発して,風力発電事業で働く技術者を養成している。 4)産業拠点の形成:風力発電が増えてくるにつれて関連産業の集積が見込めることから,関連 企業のマッチングフォーラムなどを開催している。 3. 5.ひとつの到達点:「風の松原自然エネルギー」の事例 能代市で進められている大規模風力発電事業である「風の松原自然エネルギー」(以下,風の松 原)は,「再エネの産業化」において地元企業が相当有利な条件で参画を実現した事例だと言え る。事業の概要は次の通りである。 名称:風の松原風力発電所 総発電量:39 MW(2.3 MW×17 基) 事業主体:(風の松原自然エネルギー)地元企業 9 社+能代市 資本金:1 億円 事業費用:資金調達 182 億円 運転予定:20 年 「地元企業参画による再エネの産業化」という視点から見ると,「風の松原」は次のような特徴 を持っている。第一に全額地元企業と自治体が出資している。当然,事業の意思決定も地元企業 と自治体が行っていると考えられる。メンテナンスには県外大手企業 H 社が参画しているが, その分を考慮しても,発電による利益は最大限に地元企業に還元されていると言える。また事業 資金の一部を地元である能代市民を対象とした市民出資で集めている。こうした特徴を考慮する 表 8 秋田県内事業者への総合的な支援メニュー 項 目 支援策 進出意欲のある事業者の掘り起し 県による相談・情報提供 事業計画への助言指導 専門アドバイザーの派遣 風況調査への支援 風況調査補助金 (補助率 1/2,上限 400 万円) 設備資金等の融資 再生可能エネルギー導入支援資金 (限度額 2.8 億円), 同設備資金(限度額 2 億円)など 上記融資に係る利子補給 再生可能エネルギー発電事業資金利 子補給金 (平成 27 年度までの時限措置) メンテナンス技術者養成への支援 メンテナンス技術者養成支援補助金 (補助率 1/2,上限 50 万円) 出典:土谷,2014:71.
と,「風の松原」は「市民風車」の系列ではないものの,所有,意思決定と利益還元において 「コミュニティパワーの 3 原則」を満たしている事例と言える。「再エネの産業化」においても, 地元企業が高度に参画することによって,「コミュニティパワー」に近い事業を構築できるとい うという事実は大きな示唆に富む。 第二の特徴として,自治体(能代市)が出資している点が挙げられる。能代市は風力エネルギ ー資源に恵まれていることもあり,2013 年に「能代市再生可能エネルギービジョン」を策定し て「再エネの産業化」に積極的に取り組んでいる。風力発電事業に市町村が出資するという例は 当時なかったというが,「風の松原」に市が出資したのは「金融機関にとって市が出資すること は信頼の源泉だった」といい,市側としては「公共性の高い計画なので市が積極的に参画すべ き」と判断したという⑸。 第三に,秋田銀行と北都銀行がひとつの事業に出資しているのはあまり例がないという。それ に関連して,第四に資本金 1 億円の SPC が県内最大級の事業(182 億円)の資金調達をしたとい う点がある。このような「過小資本」でも資金調達が可能だったのは,もちろん FIT によって 事業全体の収支計画が見通せた点が挙げられるが,それ以外にメンテナンスを請け負っている県 外大手コンサルティング企業 H 社が保守契約において稼働率保証をしたために安定収入が見込 めるようになったことが大きかったという。地元企業と大手 H 社との役割分担と利益配分の関 係は県外企業と県内企業が「共存共栄」を目指した結果行き着いた形ということができる。こう した複雑な現実を見ると,再エネ事業を「内発的発展対植民地型」という二項対立で整理するの には限界があることがわかる。 「風の松原」の事例は,「再エネの産業化」においても,自治体の巧みな戦略のもとに,意欲あ る地元企業が結集して主導権を握り,地域金融機関が積極的に出資し,県外企業と共存共栄とい えるような利益配分を実現できれば,「コミュニティパワー」に近いような事業形態を作り出す ことができることを示している。
4.考 察
以上の分析をまとめると次のようになる。第一に,3.11 以前の秋田県においては「再エネの 産業化」を志向する「風の王国」と「コミュニティパワー」を志向する「市民風車」の歴史があ ったが,3.11 以降の数年間においては,「再エネの産業化」が圧倒的な伸びを見せた。その原因 は市民出資に依存する割合の高いコミュニティパワーはどうしても 1 基 2 基という小規模な事業 を丁寧に作り込むという事業スタイルになるため,短期間に大幅な事業拡大は難しかったためだ と考えられる。 第二に,とはいえ,市民風車もそれまでの実績を活かして,生活クラブ風車に関わってユニー クな都市─農村交流を実現する手助けをしたり,ウェンティに出資してその多彩な事業展開を技 術面・運営面でサポートするなど,その独自性を活かした事業を展開している。 第三に,3.11 以降の「再エネの産業化」の内部を見ると,「県外企業のみの事業」は減少し, 「地元企業参画の事業」が飛躍的に伸びた。これには県内金融機関が FIT 導入に迅速に対応して 風力発電事業に参画し,ファイナンスだけでなく多彩な事業開発を実現したことや県や一部市町村が地元企業支援対策を講じて,地元企業の参画を積極的に後押ししたことも大きかったと思わ れる。 第四に,最後に紹介した「風の松原」の事例のように,地元事業が高度に参画した「再エネの 産業化」の事例では「コミュニティパワー」に近い事業形態が生まれることを明らかにした。こ の事例の分析を通して,現実の再エネの事業においては産業的な要素とコミュニティパワー的な 要素が複雑かつ変化に富んだ形で混在しているということを明らかにできた。言い換えると,産 業化とコミュニティパワーを「対立するカテゴリー」としてとらえるのではなく,両者が「要 素」として現実の事例に含まれており,県外企業と地元企業がそれぞれの利益の最大化をめざし て戦略と交渉術を駆使していると理解するべきだろう。再エネの事例を「内発型」対「植民地 型」と二項対立的にとらえる見方も改めていく必要があるだろう⑹。 最後に,以上のような再エネ事業の地域的展開には,それまで地域にどのような歴史的蓄積が あったかが影響するという見方がある。戦前期秋田における電力事業の展開を分析した小松田儀 貞は,このことを「地域的履歴」と呼び,それが現在の状況に影響を及ぼす可能性があると述べ ている(小松田,2014:18)。小松田は戦前期を通じて資源県秋田県民には「資源をめぐる期待と 失望」というべき経験が積み重ねられてきたという(同:18)。「風の王国」の壮大な構想も,ウ ェンティの佐藤社長の構想も,長い歴史の中で繰り返されてきた「地域的履歴」の反復という側 面があるだろう。今後の再エネ研究において,事業に関する地域の歴史的経験がどのように蓄積 されてきたかという側面の研究も重要になるだろう。
注
(1) 「地域のお金とエネルギーを地域と地球に活かすフォーラム」には舩橋晴俊,丸山康司,西城戸誠ら の環境社会学者が参加していた。私自身が再エネの研究に関わるようになったのも,このフォーラム がきっかけである。 (2) 「市民風車」を「市民出資によって資金を調達した風車」と定義すると,秋田県にある 7 基の風車の うち,少なくとも生活クラブ生協が出資した「夢風」と居酒屋チェーンのワタミが出資した「風民」 は市民風車に該当しないことになるが,北海道グリーンファンドがこれら 2 基も「市民風車」に含め ているので,本稿ではそれにならった(北海道グリーンファンドウェブサイト,2018 年 1 月 28 日取 得,http://www.h-greenfund.jp/citizn/citizn.html)。 (3) 佐藤氏へのインタビュー(2013 年 9 月 24 日)より。 (4) A─WIND の担当者 N 氏へのインタビュー(2013 年 9 月 26 日)による。 (5) 能代市の担当者 H 氏へのインタビュー(2016 年 6 月 7 日)による。 (6) 西城戸が内発的発展論を脱却して,「地域外部から地域に働く力を利用し,地域内部の力と地域外部 の力の両者を地元地域で主体的に取り扱うことができる内的能力の必要性を論じた,ネオ内発的発展 論を参考にしたい」と述べているのはここでの主張と重なる(西城戸,2015:220)。文 献
秋田県,2011,「秋田県新エネルギー産業戦略」. 秋田県,2017,「秋田県における新エネルギー等の導入状況と産業戦略について」. 茅野恒秀,2016,「再生可能エネルギー拡大の社会変動と地域社会の応答」『信州大学人文科学論集』,3: 45─61.長谷川公一,2011,『脱原子力社会へ』岩波新書. 飯田哲也,2014,『コミュニティパワー』学芸出版社. 伊藤章治,2012,『風と風車の物語』論 社. 風の王国プロジェクトウェブサイト(2008 年 1 月 28 日取得,http://kaze-project.jp/post.html). 小松田儀貞,2014,「戦前期秋田における電力事業の展開」『秋田県立大学総合科学研究彙報』15:11─25. 九州地域戦略会議,2015,「再生可能エネルギーの産業化を目指すアクションプラン(九州モデル)」. 丸山康司,2014,『再生可能エネルギーの社会化』有斐閣. ─・西城戸誠・本巣芽美編,2015,『再生可能エネルギーのリスクとガバナンス』ミネルヴァ書房. 室田武ほか,2013,『コミュニティ・エネルギー』農文協. 新妻弘明,2011,『地産地消のエネルギー』NTT 出版. 西城戸誠,2008,『抗いの条件』人文書院. ─,2015,「再生可能エネルギー事業における内発的発展の両義性」丸山康司・西城戸誠・本巣芽 美編『再生可能エネルギーのリスクとガバナンス』ミネルヴァ書房,211─249. 佐々木誠,2011,「秋田県における再生可能エネルギーの取り組み」(「地域エネルギーフォーラム」配付 資料,2011 年 10 月 26 日) 佐藤哲,2008,「環境アイコンとしての野生生物と地域社会」『環境社会学研究』14:70─85. 田畑保,2014,『地域振興に活かす自然エネルギー』筑波書房. 土谷諄一,2014,「秋田県における風力発電の導入拡大を通じた産業振興について」『日本風力エネルギー 学会誌』38(1):70─72. (たにぐち・よしみつ)
This paper examines the social change brought about by the development of renewable energy (RE) in Akita Prefecture following the Fukushima nuclear power plant accident. Be-fore the Fukushima accident, many RE researchers argued that the introduction of RE would bring about the diffusion of small-scale independent local systems led by local communities (Community Power). Since the accident, Akita Prefecture, one of Japan s richest regions in RE resources, has witnessed a considerable growth in RE businesses and a huge expansion of RE industrialization. However, it is an economic and industrial trend that has created new RE businesses without promoting social transformations toward a sustainable society. It was also discerned that businesses conducted solely by external companies have declined whilst busi-nesses in which local companies participate have increased compared with the situation before the accident. These changes suggest ⒤ the influence of the two eminent citizen s movements related to RE (The Kingdom of Wind Project and The Citizen-Funded Wind Power Plant) was important, (ii) local banks were very active in financing new wind power businesses, something that was not common before the enforcement of a Feed-in-Tariff (FIT) policy, and (iii) policies adopted by local governments to urge local companies to participate in new wind power projects were effective. Interestingly, the case of a new wind power business owned and managed by local companies seems to display a similar type of business structure to those of the Community Power category. Based on research findings, it is argued that RE industrial-ization and Community Power should not be regarded as a dichotomic confrontation but as
components of the strategies and negotiations between stakeholders of RE businesses which reveal a complex and ever-changing nature within the different social contexts of RE busi-nesses.
Keywords : Renewable Energy, Renewable Energy Industrialization, Community Power, Citi-zen-Funded Wind Power Plant, Akita Prefecture
Energy Shift and Social Change :
The Development of Renewable Energy Industrialization
and the Citizen-Funded Wind Power Plant in Akita Prefecture
following the Fukushima Nuclear Power Plant Accident
TANIGUCHI Yoshimitsu Akita Prefrectural University [email protected]