Kobe Shoin Women’s University Repository
Title 「改訂」から「原作」への『近松全集』 ―逍遥・鴎外・露伴・篁村の序文など―
Author(s) 青木 稔弥
Citation 文林(BUNRIN),No.21:1-26
Issue Date 1986
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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﹁
改
訂
﹂
か
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﹁
原
作
﹂
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﹃
近
松
全
集
﹂
1 迫 遙 ・ 鴎 外 ・ 露 伴 ・ 篁 村 の 序 文 な ど ー青
木
稔
弥
「改訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松 全集 』 ﹃ 国 書 総 目 録 ﹄ 第 八 巻 所 収 の ﹁ 叢 書 目 録 ﹂ に は 以 下 の よ う に 記 さ れ て い る 。 原 作 近 松 全 集 二 冊 大 正 一 一 ・ = 一 共 益 社 出 版 部 ︹ 前 編 ︺ 天 鼓 ・ 根 元 曽 我 ・ 一 心 五 戒 魂 ・ 門 出 八 島 ・ 凱 陣 八 島 ・ 盛 久 ・ 主 馬 判 官 盛 久 ・ 世 継 曽 我 ・ 出 世 景 清 ・ 佐 々 木 大 鑑 ・ 源 氏 れ い ぜ い ぶ し ・ 天 智 天 皇 ・ 日 本 西 王 母 ・ 松 風 村 雨 束 帯 鑑 ・ 釈 迦 如 来 誕 生 会 ・ 鎌 田 兵 衛 名 所 盃 ・ 頼 朝 伊 豆 日 記 ・ 百 日 曽 我 ・ 当 流 小 栗 判 官 ・ 源 氏 ゑ ぼ し 折 ︹ 後 編 ︺ 浦 島 年 代 記 ・ 長 町 女 腹 切 ・ 淀 鯉 出 世 滝 徳 ・ せ み 丸 ・ 源 頼 義 平 師 氏 大 掛 物 十 幅 一 対 ・ 曽 我 五 人 兄 弟 ・ 大 磯 虎 稚 物 語 ・ 加 古 教 信 七 墓 廻 ・ 最 明 寺 殿 百 人 上 蕩 ・ 亀 谷 物 語 ・ 千 載 集 ・ 十 二 段 ・ 曽 根 崎 心 中 付 り 観 音 巡 り ・ 源 吾 兵文 林 二 十 一 号 衛おま ん さ つ ま 歌 ・ 追 善 重 井 筒 ・ 用 明天 王職 人 鑑 ・ 雪 女 五枚 羽 子 板 ・ 傾 城 反魂 香 ・ 源義 経 将 棋 経 三木 竹 二 ・ 水 口 薇 陽校 訂 、 伊 原 青 々園 補 助 ﹃ 鯨近松 全集 ﹄ に は数 多 く の異 版 が あ るが 、 そ の詳 細 は 後 述 す る こと に し て、 こ こ では、 ま ず 、 右 の ﹁ 叢 書 目 録 ﹂ の 記 載 内 容 に 一 致 す る 共 益 社 出 版 部 発 行 の 一 本 ( 松 蔭女子学院大学 特 別研 究 助 成 本、以下 ﹁特 ﹂ と略記する) 、前 篇 、 大 正 十 一 年 十 二月 十 五 日発 行 、後 篇 、 大 正 十 二年 三 月 二十 八 日発 行 を 取 り上 げ る こと に す る。 前 篇 には、 ﹁ 近 松 原 本 の縮 写 ﹂ 一 ペ ー ジ の後 に森 林 太 郎 の ﹁ 序 ﹂ 、饗 庭篁 村 の ﹁ 序 ﹂ 、 校 訂者 識 の ﹁ 緒 言 ﹂ が あ り 、 後 篇 に は、 饗 庭 篁 村 の ﹁ 序 ﹂ と薇 陽 の ﹁ 緒 言 ﹂ が あ る。 篁 村 の序 が 前 篇 後 篇 の双 方 にあ り 、重 複 す る と いう 不 手 際 と しか い いよ う が な い有 様 であ る が、 鴎 外 の ﹁ 序 ﹂ にし て も 序 近 松 門 左 衛 門 の 浄 瑠 璃 は 一 の 大 い な る 山 。 。 ロ 日 ① け ゲ ロ 日 亀ロ で あ る 。 儒 教 と 仏 教 と の 二 つを 併 せ た や う な 思 想 を 中 心 と し た . 一2一
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「改訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松全 集 』 徳 川 時 代 の 文 明 を 、 後 か ら 具 体 的 に 討 究 し よ う と す る も の は 、 こ れ を 措 い て 外 に 殆 ど 何 物 を も 有 せ な い で あ ら う 。 形 式 の 自 由 な 筈 の 小 説 を 書 い た 曲 亭 馬 琴 や 何 ぞ が 、 文 明 の 叙 述 者 と し て は 世 間 に 遠 く て 、 形 式 の 窮 屈 な 筈 の 叙 事 詩 的 浄 瑠 璃 を 書 い た 近 松 が 、 却 つ て 人 惜 世 態 を 写 し 得 て ゐ る の は 、 面 白 い 現 象 で あ る 。 兎 に 角 此 意 味 に 於 い て の 近 松 の 価 値 は 随 分 高 く 踏 ん で 好 か ら う 。 さ て 近 松 を 討 究 し よ う と 云 ふ に は 、 近 松 の 善 本 が な く て は な ら な い 。 此 書 も 其 善 本 を 公 衆 に 寄 与 し よ う と す る の で あ る 。 併 し さ う い ふ 企 は 容 易 な 事 で は な い 。 明 治 に な つ て か ら の 活 字 本 が 色 々 あ る が 、 仮 名 の 代 り に 真 名 を 填 め た 所 を 見 て 行 く と 、 甚 し い 誤 謬 が 多 い 。 余 り 学 者 で も な か つ た ら し い 近 松 が 、 当 時 の 普 通 智 識 と し て 知 つ て ゐ た 事 に 、 今 日 の 学 者 た る 校 訂 者 の 知 ら な い 事 が 多 い の で あ る 。 此 本 は 正 直 に 古 板 を 縮 刷 す る の を 目 的 と し て 出 す の で あ る 。 敢 て 訂 正 し よ う と は し な い 。 討 究 者 が 源 に 湖 ら う と す る の に 、 容 積 の 大 き い 大 字 本 を 持 ち 出 さ ず に 、 こ れ を 開 い て 昔 の 儘 の 悌 を 知 る こ と が 出 来 る 丈 で 、 校 刻 の 目 的 は 達 せ ら れ た の で あ る 。 亡 く な つ た 弟 篤 二 郎 が 、 此 本 を 校 刻 す る 企 を し た 一 人 で あ る と い ふ の で 、 頼 ま れ て 此 序 文 を 書 く 。 森 林 太 郎 三 木 竹 二 、 鴎 外 の 死 残 が そ れ ぞ れ 、 明 治 四 十 一 年 一 月 十 日 、 大 正 十 一 年 七 月 九 日 で あ る こ と を 考 え れ ば 、 少 々 不 自 然
↓
珊
文林
一4
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な 部 分 が あ る と い う べ き であ り 、 薇 陽 の ﹁ 緒 言 ﹂ に も ま た 問 題 が あ る 。 薇 陽 の ﹁ 緒 言 ﹂ は 四 ペ ー ジ に わ た っ て い る が 、 そ の 活 字 面 を 見 て み る と 、 一ペ ー ジ 十 二行 に 組 ま れ て い る と い う 点 で は 違 い は な いも の の 、 一 、 二 ペ ー ジ に 比 べ る と 三 、 四 ペ ー ジ で は 著 し く 行 間 が 狭 く な っ て い る 。 篁 村 ・ 鴎 外 ・ 薇 陽 の ﹁ 序 ﹂ およ び ﹁ 緒 言 ﹂ の不 自然 さ は、 ﹃ 鴇近 松 全集 ﹄ 成立 に関 す る特 殊 事 情 の介 在 を 思 わ せ る イ も の で 、 実 際 、 これ ら の文 書 は ﹃ 諏近 松 全 集 ﹄ に附 せら れ たも の に 細 工を 施 し たも のだ っ た の であ る。 「改訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松 全 集 』 ﹃ 誠近松 全 集 ﹄ は東 京 堂 書店 か ら上 巻 が 明治 四十 三年 六月 一 日、 中 巻 が 大 正 元 年 十月 十 日 に発 行 され て おり 、 上 巻 に 遣 遥 . 鴎 外 . 露 伴 の ﹁ 序 ﹂ と校 訂 者 識 の ﹁ 緒 言 ﹂ 、 中 巻 に篁 村 ・ 青 々園 の ﹁ 序 ﹂ と薇 陽 の ﹁ 緒 言 ﹂ が 掲 載 さ れ て い
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文林 二十一号 る 。 こ れ ら の う ち 、 趙 遥 . 露 伴 . 青 々 園 の ﹁ 序 ﹂ は ﹃ 傾 近 松 全 集 ﹄ に は 欠 け て お り 、 鴎 外 ・ 篁 村 の ﹁ 序 ﹂ 、 校 訂 者 識 の ﹁ 緒 言 ﹂ に お い て は 、 そ れ ぞ れ ﹁ 明 治 四 十 三 年 五 月 ﹂ ﹁ 大 正 元 年 晩 夏 ﹂ ﹁ 明 治 四 十 三 年 五 月 ﹂ の 日 付 が 削 除 さ れ て い る 。 ﹁ 改 訂 ﹂ か ら ﹁ 原 作 ﹂ の 過 程 に お い て 最 も 甚 だ し い 改 変 が な さ れ て い る の は 薇 陽 の ﹁ 緒 言 ﹂ で 、 二 ぺ ー ジ め ま で は 全 く 同 一 だ が 、 三 ペ ー ジ め 以 降 の 本 文 を 大 幅 に カ ッ ト す る と い う 大 胆 さ で あ る 。 意 外 に 発 行 期 日 に 後 れ た の は 此 等 の 事 情 の 為 で 、 下 巻 は 巳 に 準 備 も 大 半 整 ふ て 居 る か ら 譲 劉 薯 の 希 蜘 国 背 く こ と は 万 々 な い と 信 じ て 居 る 。 校 正 は 小 生 専 心 自 ら 当 つ た の で あ る か ら 、 く れ ム \ 粗 漏 は な い と 信 じ て 居 る も の ㌧ 如 何 な る 見 落 し が な い と も 限 ら ぬ 、 是 は 識 者 諸 彦 の 高 教 を 仰 い で 、 訂 正 す る に 吝 な ら ぬ こ と 勿 論 で あ る 。 本 巻 目 次 と し て 予 報 し た も の ㌧ 中 ﹁ 堀 河 浪 の 鼓 ﹂ 、 ﹁ 莇 と お 軸 卯 月 の 潤 色 ﹂ 、 ﹁ 傾 城 阿 波 鳴 門 ﹂ の 三 冊 は 原 本 の 都 合 に 依 て 後 廻 し に す る こ と ∼ し た 、 残 念 で は あ る が 節 附 の 完 全 剃 る も 爾 見 当 ら ん 為 に 外 な ,ら ぬ 。1 そ こ で 尚 他 の 作 を 以 て 其 欠 を 補 ふ た か ら 本 巻 に 収 め た 作 数 に 於 て は 決 し 溺 薗 周 ら ぬ ⊃ N 巻 .に は 巻 尾 予 糊 刎 調 個 倒 勢 ヤ 引 続 い て 残 余 四 十 有 余 種 の 浄 瑠 璃 其 他 脚 本 、 小 品 等 は 補 遺 と し て 未 曽 有 の 全 集 を 出 版 す る 筈 で あ る 。 ( 巾 略 ) 尚 本 巻 編 纂 に つ い て 青 々 園 君 の 補 助 あ り し は 云 ふ ま で も な く 、 饗 庭 篁 村 、 幸 堂 得 知 両 翁 が 秘 蔵 の 丸 本 を 貸 与 せ ら れ た る の み な ら ず 、 種 々 忠 言 を 辱 う せ し こ と を 弦 に 深 謝 す る 。 壬 子 の 歳 十 月 薇 陽 し る す 一6一
「改 訂 」 か ら 「原作 」へ のr近 松 全 集 』 大 阪 府 立 中 之 島 図 書 館 蔵 の ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ 中 巻 か ら の 引 用 だ が 、 傍 線 部 分 は ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ 後 篇 で 削 除 さ れ た 箇 所 で 、 傍 点 部 分 の ﹁ 巻 ﹂ は ﹁ 集 ﹂ と 改 め ら れ て い る 。 ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ の 成 立 に 関 連 す る 部 分 を 切 り 捨 て る 為 で あ る の は 明 ら か で あ ろ う 。 遣 遥 ・ 露 伴 ・ 青 々 園 の ﹁ 序 ﹂ が ﹃ 傾 近 松 全 集 ﹄ に 欠 け て い る 理 由 も 同 様 に 考 え る こ と が で き る 筈 で あ る 。 (1 ) ま ず 、 造 遥 の ﹁ 序 ﹂ を 松 蔭 女 子 学 院 大 学 青 木 専 用 図 書 の ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 か ら 引 用 す る こ と に し よ う 。 近 松 全 集 序 巣 林 子 が 作 は 準 楽 劇 の 脚 本 に し て 其 関 係 す る 処 文 学 上 の み に あ ら ざ れ ば 之 を 保 存 す る の 方 法 も 尋 常 一 様 の 稗 史 小 説 に 対 す る が 如 く に は あ る べ か ら ぎ る の 筈 な る に 、 在 来 の 翻 刻 本 に は 其 用 意 を 欠 き た る も の 多 し 。 批 評 家 、 研 究 家 の 中 に は 此 理 を 等 閑 に 附 し た る も の 無 き に あ ら ず 。 然 る は 謡 曲 の 文 章 を 論 ず る に 専 ら 修 辞 学 の 上 よ り し 、 オ ペ ラ の 名 高 き 台 帳 を 是 非 す る に 楽 譜 の 側 面 を 遣 却 す る に 類 す 。 か く の 如 き は 翻 刻 と し て も 批 判 と し て も 当 を 失 せ る も の な り 。 然 る に 本 全 集 は 斯 道 に 造 詣 深 き 諸 家 の 編 輯 に 係 り た れ ば 、 此 点 に 注 意 の 行 届 き た る は 論 無 く 、 印 刷 其 他 体 裁 の 美 し き は 甚 だ 喜 ぶ べ し 。 恰 も 好 し 、 水 谷 不 倒 氏 が 二 十 年 一 日 の 苦 心 に 成 れ る ﹁ 近 松 傑 作 全 集 ﹂ 時 を 同 う し て 発 兇 せ ら れ ん と す 。 彼 れ は 専 門 諸 家 の 精 厳 な る 選 択 を 経 て 作 の 粋 を 抜 き 解 題 を 附 し 周 密 な る 註 釈 を 下 し た る 点 に 空 前 の 特 色 あ り 、 此 れ は 在 来 諸 翻 刻 の 欠 点 を 補 ひ て 、 荷 も 近 松 が 作 と 称 せ ら る ∼ 限 り を 網 羅 し 尽 し た る 点 に ま た 長 所 あ り 。 思 ふ に 二 者 相 倹 つ て 近 松 の 研 究 者 に 満 足 を 与 へ 兼 ね て 将 来 の 文 芸 に 資 す る 所 多 か る べ し 。
文 林 二 十 一 号 四 十 三 年 五 月 下 旬 趙 遥 水 谷 不 倒 校 訂 註 釈 ﹃ 瀦 蝋 近 松 傑 作 全 集 ﹄ の 巻 之 一 が 早 稲 田 大 学 出 版 部 か ら 発 行 さ れ た の は 明 治 四 十 三 年 六 月 十 五 日 で 、 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 の 発 行 か ら わ ず か 二 週 間 後 の こ と で あ っ た 。 不 倒 が ﹁ 緒 言 ﹂ の 冒 頭 で ﹁ 明 治 二 十 三 年 の 秋 、 坪 内 氏 の 邸 に 同 人 相 会 し 、 近 松 の 世 話 浄 瑠 璃 を 論 評 し た る 事 あ り 。 こ れ 予 が 近 松 に 入 る の 始 め に し て ﹂ 云 々 と 回 想 し て い る よ う に 、 迫 遥 と 不 倒 の 関 係 が 密 な 事 は 世 間 周 知 の こ と で 、 実 際 、 ﹃ 近 松 傑 作 全 集 ﹄ の 為 に 篁 村 ・ 露 伴 ・ 抱 月 と と も に ﹁ 熱 心 な る 助 力 ﹂ (発 行 の 要 旨 ) を な し た 遣 遥 は 、 ﹁ 四 十 二 年 十 二 月 ﹂ 付 で 十 二 ペ ー ジ に も わ た る ﹁ 序 論 ﹂ 、 ﹁ 近 松 と シ ェ ー ク ス ピ ヤ ﹂ を 執 筆 し て い る 。 ﹃ 顯 近 松 全 集 ﹄ に 付 す る 序 文 と し て は ﹁ 水 谷 不 倒 氏 が 二 十 年 一 日 の 苦 心 に 成 れ る ﹃ 近 松 傑 作 全 集 ﹄ 時 を 同 う し て 発 兇 せ ら れ ん と す ﹂ は 不 適 切 で 、 も し 、 ﹃ 近 松 傑 作 全 集 ﹄ に 関 連 す る 部 分 を 削 除 し よ う と す れ ば 、 ﹁恰 も 好 し ﹂ か ら ﹁ 思 ふ に 二 者 相 侯 っ て ﹂ ま で を 削 除 す る し か な い わ け だ が 、 そ れ で は 、 続 き 具 合 が 不 自 然 な も の と な っ て し ま う の で あ る 。 ﹃ 惚 近 松 全 集 ﹄ に 先 行 し て ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ が あ る と 気 づ か せ な い 為 に は 、 適 遥 の 序 文 を 全 面 的 に 削 除 す る の が 最 も よ い 方 法 な の で あ る 。 引 き 続 き 、 露 伴 の 序 文 を 見 る こ と に し よ う 。 序 巣 林 子 の 曲 世 既 に 刊 本 多 し 。 其 の 旧 板 古 刻 に か ㌧ る も の は 、 姑 ら く 措 き て 言 は ざ る も 、 明 治 年 間 の 新 印 、 ま た 三 四 種 に 止 ま ら ず 。 近 者 水 谷 不 倒 氏 、 亦 校 訂 評 釈 を 加 へ て 之 を 刊 行 せ ん と す 。 予 未 だ 其 の 稿 を 賭 ず と 雛 も 、 私 に 謂 へ ら く 、 佳 本 成 る 有 ら ん と 。 亡 友 森 竹 二 氏 ま た 嘗 て 水 口 薇 陽 氏 と 共 に 巣 林 子 全 集 を 刻 せ ん と す る に 意 あ り 、 役 神 一8一
「改訂 」 か ら 「原 作 」へ の 『近 松 全 集 』 労 思 、 準 備 殆 ど 成 る 、 而 し て 経 営 緒 を 発 す る に 及 び 、 不 幸 忽 焉 と し て 易 賓 し 、 事 随 つ て お の つ か ら に 寝 み ぬ 。 予 之 を 憾 む こ と 久 し 。 今 歳 四 月 、 た ま く 書 扉 万 書 堂 と い ふ も の あ り 、 予 を 訪 ひ て 日 く 、 巣 林 子 全 集 、 二 氏 点 定 の 書 に 本 づ き 、 伊 原 青 々 園 氏 の 力 を 得 て 、 将 に 故 人 の 志 を 成 し 、 新 刊 の 業 を 卒 ら ん と す 、 乞 ふ ら く は 君 の 緒 辞 を 得 ん と 。 予 聞 い て 先 づ 大 に 悦 び 、 乃 ち 思 へ ら く 、 世 お の つ か ら 一 有 る 可 く し て 二 有 る 可 か ら ざ る の 事 あ り 、 又 二 有 る 可 く 、 三 有 る 可 く 、 乃 至 四 あ る 可 く 五 有 る 可 く 、 七 八 九 十 あ る べ き の 事 あ り 、 古 書 の 新 刊 の 如 き は 、 多 々 益 々 可 な る の み 、 校 訂 の 人 を 異 に す る 、 版 式 の 様 を 殊 に す る 、 彼 此 甲 乙 長 短 相 済 し て 、 世 愈 々 其 の 恵 を 受 く る を 得 ん と す 、 我 欣 ん で 我 が 森 氏 等 の 世 に 貼 る と こ ろ の 恵 を 世 と 共 に 倶 に 受 け ん と 欲 す る 也 と 。 即 ち 便 ち 此 を 書 し て 序 と な す 。 明 治 四 十 三 年 五 月 露 伴 学 人 識 ﹃ 近 松 傑 作 全 集 ﹄ に ﹁ 己 酉 初 冬 ﹂ 付 で ﹁ 序 論 ﹂ と し て ﹁ 古 典 新 釈 に つ き ﹂ を 書 い て い る 露 伴 に つ い て も 、 遣 遥 の 場 合 と 同 様 の こ と が い え る 筈 で 、 ﹁ 水 谷 不 倒 氏 ﹂ 云 々 は 削 除 す る 対 象 と な っ て い る が 、 よ り 問 題 な の は ﹁ 書 璋 万 書 堂 ﹂ の 話 で あ ろ 死 ﹃ 警 松 全 集 ﹄ 上 巻 奥 付 に ﹁ 万 書 堂 蔵 版 ﹂ と あ 戦 塾 と い う 朱 の 検 印 が あ る こ と か ら も 明 ら か な よ う に 、 ﹁ 万 書 堂 ﹂ の 一 語 は ﹃ 撤 近 松 全 集 ﹄ で あ る こ と の 証 明 と な っ て い る の で あ る 。 露 伴 の 序 文 も ま た 全 面 削 除 し か 道 が 残 さ れ て い な い こ と に な る の で あ る 。 で は 、 中 巻 に 掲 載 さ れ た 青 々 園 の ﹁ 序 ﹂ に つ い て は ど う い う こ と に な る の で あ ろ う か 。 序 最 も 正 確 に し て 最 も 完 全 な る 吾 が 近 松 の 全 集 を 伝 へ ん と す る 事 は 実 に 亡 友 三 木 竹 二 君 が 素 願 の 一 な り き 。 然 る に
文林 二十一号
一 ユ0一
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恒 「改 訂 」 か ら 「原作 」へ の 「近 松 全 集 』 其 の 第 一 巻 の 公 表 せ ら れ て よ り 幾 く な ら ず し て 竹 二 君 は 逝 き ぬ 。 幸 に 共 編 者 た り し 水 口 薇 陽 君 故 人 の 遣 志 を 継 ぎ て 今 や 第 二 巻 の 刊 行 を 見 る に 至 る 。 余 に 取 つ て は 私 か に 二 様 の 喜 び を 禁 ず る 能 は ず 。 即 ち 故 人 の 素 願 の 遂 行 せ ら れ し こ と 其 の 一 な り 、 日 本 の 文 芸 が 此 の 書 に よ り て 稗 益 せ ら る る こ と 其 の 二 な り 。 而 も 地 下 に 於 け る 竹 二 君 も 、 地 上 に 於 け る 一 般 の 公 衆 も 、 此 の 二 様 の 意 味 の 執 れ か に つ い て 必 ず 編 者 薇 陽 君 と 及 び 其 の 発 行 書 蝉 と に 感 謝 す る な ら ん 。 大 正 元 年 九 月 青 々 園 三 木 竹 二 の 死 は 明 治 四 十 一 年 の こ と で あ る か ら 、 三 木 竹 二 の 生 前 に 出 た ﹁ 第 一 巻 ﹂ は ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 で は な く 、 明 治 三 十 九 年 一 月 二 十 八 日 、 園 屋 書 店 発 行 の ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 の こ と で あ る 。 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ と ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ の 関 係 に つ い て は 後 述 す る と し て 、 こ こ で は 、 大 正 十 一 年 十 二 月 に 前 篇 、 大 正 十 二 年 三 月 に 後 篇 を 出 版 す る ﹃ 傾 近 松 全 集 ﹄ の 序 と し て は あ ま り に 不 釣 合 で 、 小 細 工 の し よ う の な い 文 章 で あ る こ と を の み 確 認 し て お き た い 。 以 上 の 記 述 に よ り 、 ﹁ 諏 近 松 全 集 ﹄ の 上 巻 と 中 巻 が ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ の 前 篇 と 後 篇 に 対 応 す る ら し い こ と が 明 ら か に な っ て き た が 、 実 は 、 そ う 単 純 に は 処 理 で き ぬ 問 題 が あ る 。 共 益 社 出 版 部 版 の 後 篇 、 大 正 十 二 年 三 月 二 十 八 日 発 行 の 末 尾 に ﹁ 続 篇 発 行 予 告 ﹂ が 掲 載 さ れ て い る 。 ﹁ 続 篇 所 載 目 次 ﹂ を 引 用 す る こ と に す る 。 O 本 領 曽 我 ○ 心 中 二 枚 絵 双 紙 ○ 兼 行 法 師 物 見 車 ○ 碁 盤 太 平 記 ○ 曽 我 扇 八 景 ○ 齢 躰 鶴 大 経 師 昔 暦 ○ 吉 野 忠 信 ▲ 今 川
文 林 二 十 一 号 了 俊 ○ 勃 肋 勧 卯 月 の 紅 葉 ○ 丹 波 与 作 O 酒 呑 童 子 枕 言 葉 ○ 紳 抽 鋤 心 中 万 年 草 O 瀧 櫨 脚 五 十 年 忌 歌 念 仏 ○ 穂 狩 剣 本 地 O 曽 我 虎 ケ 麿 ○ 齢 盟 徹 今 宮 心 中 ○ 大 原 問 答 青 葉 笛 ○ 百 合 若 大 臣 野 守 鏡 ○ 心 中 刃 は 氷 の 朔 日 ( ▲ 印 は 未 刊 の 珍 本 ) 冒 頭 に 引 用 し た 前 篇 、 後 篇 の 書 目 と と も に ﹁ 億 近 松 全 集 ﹄ に 収 録 さ れ る べ き 全 書 名 を 列 挙 し た こ と に な る わ け だ が 、 ﹃ 識 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 に 所 収 さ れ て い る の は 前 篇 の す べ て と 後 篇 の ﹃ 最 明 寺 殿 百 人 上 繭 ﹄ ま で で 、 中 巻 は ﹃亀 谷 物 語 ﹄ か ら ﹃ 心 中 刃 は 氷 の 朔 日 ﹄ ま で で あ る 。 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ の 二 冊 を ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ で は 三 分 冊 と し て い る の で あ る 。 後 篇 発 行 の 大 正 十 二 年 の 段 階 で は 既 に ﹃ 徳 川 文 芸 類 聚 ﹄ に 収 録 さ れ て い る ﹃ 今 川 了 俊 ﹄ を ﹁ 未 刊 の 珍 本 ﹂ と し て い る こ と か ら も 明 ら か な よ う に 、 ﹃ 簡 近 松 全 集 ﹄ は 全 面 的 に ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ に 依 っ て い る に も か か わ ら ず 、 何 ゆ え か ( 二 冊 よ り も 三 冊 に し た 方 が 口同 く 売 る こ と が で き る か ら で あ ろ う か ) 冊 数 を 増 や す こ と を し て い る の で あ る 。 た だ し 、 続 篇 が 発 行 さ れ た 形 迩 は 全 く な く 、 前 篇 に 限 定 し て 述 べ る と 、 少 く と も 大 正 十 四 年 四 月 二 十 八 日 の 六 版 (架 蔵 ) 以 後 、 上 巻 と 前 篇 の 内 容 量 を 一 致 さ せ る こ と を し て い る 。 六 版 以 前 の 版 で 閲 見 し え た の は 、 大 正 十 一 年 十 二 月 十 五 日 版 以 外 で は 、 国 会 ( 2 ) 図 書 館 の 大 正 十 一 年 十 二 月 十 八 日 版 ( ﹁ 八 ﹂ は ﹁ 五 ﹂ を 削 っ た 後 で 印 字 さ れ た も の の よ う で あ る ) と 大 正 十 二 年 三 月 一 日 の 再 版 ( 特 ) 、 大 正 十 二 年 六 月 十 日 の 四 版 (特 ) に す ぎ な い が 、 こ れ ら と 六 版 と を 比 較 し て み る と 、 定 価 が 四 円 五 十 銭 か ら 五 円 五 十 銭 へ 、 印 刷 所 の 共 益 社 印 刷 部 が 東 京 市 神 田 区 三 崎 町 三 丁 目 一 番 地 か ら 東 京 市 小 石 川 区 表 町 百 八 番 地 へ 、 印 刷 者 が 鈴 木 守 二 か ら 保 木 乙 彦 へ と 変 更 に な り 、 発 行 所 は 住 所 、 振 替 口 座 番 号 と も に 変 わ り は な い も の の 、 大 阪 市 外 天 王 寺 阪 堺 線 阿 倍 野 交 叉 点 東 へ 入 ル の 発 売 所 共 益 社 関 西 支 部 が 姿 を 消 し て い る 。 ∼12一
「改 訂 」 か ら 「原 作 」へ の 『近 松 全 集 』 共 益 社 出 版 部 発 行 の 六 版 以 降 は 、 上 巻 と 前 篇 、 中 巻 と 後 篇 の 内 容 量 が 一 致 す る ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ し か 発 行 さ れ て は い な い よ う で あ る 。 共 益 社 出 版 部 発 行 の 七 版 以 降 の 存 在 は 知 ら な い が 、 有 宏 社 発 行 の 後 篇 八 版 (特 ) が 大 正 十 五 年 二 月 ( 3 ) 十 一 日 に 、 同 九 版 ( 三 康 図 書 館 蔵 ) が 前 後 篇 と も に 大 正 十 五 年 五 月 十 六 日 に 、 同 十 版 (架 蔵 ) が 前 後 篇 と も に 大 正 十 五 年 十 二 月 十 八 日 に 、 昭 文 社 出 版 部 か ら 十 二 版 (特 ) が 前 後 篇 と も に 昭 和 二 年 三 月 三 十 日 に 発 行 さ れ て い る 。 共 益 社 出 版 部 版 の 発 行 者 が 佐 伯 三 郎 、 有 宏 社 版 の 発 行 者 が 佐 伯 光 俊 で あ る こ と 、 共 益 社 出 版 部 の 六 版 と 有 宏 社 の 八 版 九 版 の 印 刷 者 が 同 じ 保 木 乙 彦 で あ る こ と か ら 考 え れ ば 、 有 宏 社 が 共 益 社 出 版 部 の 後 継 と い う こ と に な り そ う で あ る が 、 直 結 さ せ て し ま う こ と に は 無 理 が あ る 。 有 宏 社 の 九 版 の ﹁ 序 ﹂ ﹁ 緒 言 ﹂ を 見 て み る と 、 篁 村 の ﹁ 序 ﹂ の 重 複 が な く な っ て い る も の の 、 鵬 外 の ﹁ 序 ﹂ に ﹁ 明 治 四 十 三 年 五 月 ﹂ 、 篁 村 の ﹁ 序 ﹂ に ﹁ 大 正 元 年 晩 夏 ﹂ 、 校 訂 者 識 の ﹁ 緒 言 ﹂ に ﹁ 明 治 四 十 三 年 五 月 ﹂ の 日 付 が 復 活 し て い る 。 も ち ろ ん ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ で の 活 字 を す べ て 生 か し た 形 に な っ て い る の だ が 、 こ の 現 象 が 初 出 を 重 ん じ る も の で な か っ た こ と は 、 即 ち 、 単 な る 編 集 上 の ミ ス で あ っ た こ と は 、 次 の 十 版 で そ れ ら の 日 付 を 削 除 し て い る こ と に よ っ て 明 ら か で あ る 。 こ こ で の 問 題 は 、 有 宏 社 が 共 益 社 出 版 部 の す べ て を 引 継 い で は い な い こ と で 、 実 際 、 有 宏 社 の 九 版 と 十 版 で は 性 質 を 異 に し て い る の で あ る 。 八 版 奥 付 の 発 行 年 月 日 を 引 用 し て お く と 、 大 正 十 二 年 四 月 廿 八 日 発 行 大 正 十 五 年 二 月 十 一 日 八 版 で あ り 、 同 様 に 九 版 の そ れ は 大 正 十 二 年 四 月 廿 八 日 発 行
文 林 二十 一一号 大 正 十 五 年 五 月 十 六 日 九 版 と な っ て い る 。 と こ ろ が 、 十 版 の そ れ は 各 版 の 発 行 日 を 列 挙 す る と い う 形 式 上 の 違 い ば か り で は な く 、 大 正 十 二 年 四 月 廿 一 日 印 刷 大 正 十 二 年 四 月 廿 八 日 発 行 大 正 十 二 年 六 月 十 三 日 再 版 大 正 十 二 年 十 一 月 五 日 三 版 大 正 十 三 年 三 月 十 八 日 四 版 大 正 十 三 年 八 月 廿 三 日 五 版 大 正 十 三 年 十 月 珊 日 六 版 大 正 十 四 年 三 月 六 日 七 版 大 正 十 四 年 十 一 月 七 日 八 版 大 正 十 五 年 五 月 十 六 日 九 版 大 正 十 五 年 十 二 月 十 八 日 十 版 八 版 が 三 ケ 月 ほ ど 早 い 発 行 日 と な っ て い る 。 他 の 版 に つ い て も 、 共 益 社 出 版 部 の そ れ と 比 較 す る と 、 初 版 の 発 行 月 が 三 月 で は な く 四 月 で あ る こ と は 国 会 図 書 館 蔵 後 篇 の 日 付 と 一 致 す る ゆ え に 問 題 は な い と し て も 、 六 版 七 版 が 共 益 社 出 版 部 の 六 版 よ り も 早 い と い う 不 自 然 さ が あ る 。 前 後 篇 共 通 の 奥 付 と い う 形 式 や 共 益 社 出 版 部 の 六 版 と 有 宏 社 の 八 版 九 一14一
「改 訂 」 か ら 「原 作 」へ のr近 松 全 集 』 版 の 印 刷 者 が 共 通 と い う 事 情 か ら 考 え て 両 社 が 競 合 関 係 に あ っ た 可 能 性 は 低 く 、 こ の 十 版 奥 付 の 記 載 は 信 頼 す る に 足 る べ き も の で は な い 。 お そ ら く 、 有 宏 社 版 の 印 刷 者 が 九 版 で の 保 木 乙 彦 か ら 横 山 重 喜 ( 二 喜 堂 印 刷 所 ) に 変 わ っ た こ と と 関 係 が あ る の で 、 有 宏 社 そ の も の も 東 京 市 牛 込 区 市 ケ 谷 船 河 原 町 十 四 番 地 か ら 東 京 市 小 石 川 区 指 ケ 谷 町 七 番 地 へ と 移 転 し て い る の で あ る 。 十 版 が 有 宏 社 に と っ て 一 つ の 区 切 り で あ っ た こ と は 、 そ の 販 売 方 法 か ら も わ か る 。 八 版 九 版 で は 各 冊 を 五 円 五 十 銭 で 売 っ て い た ら し い の に 対 し 、 十 版 で は ﹁ 定 価 金 拾 壼 円 ﹂ と し た 上 で ﹁ 特 価 九 円 五 拾 銭 也 ﹂ と 表 示 し て い た 。 も ち ろ ん ﹁ 特 価 ﹂ で あ る 限 り は 期 間 が あ る 筈 で 、 東 洋 大 学 蔵 の 後 篇 十 版 ( 昭 和 三 年 二 月 三 日 受 入 、 東 洋 大 学 蔵 の 前 篇 は 九 版 ) に は ﹁ 特 価 九 円 五 拾 銭 也 ﹂ の 上 に 紙 を 貼 る と い う 細 工 が な さ れ て い た 。 と こ ろ で 、 共 益 社 出 版 部 に つ い て 書 き 落 と し て い た こ と が あ る 。 そ れ は 大 正 十 二 年 三 月 二 十 八 日 の 後 篇 発 行 以 降 の 住 所 が 一 貫 し て 東 京 市 牛 込 区 市 ケ 谷 船 河 原 町 十 四 番 地 で 、 有 宏 社 の 八 版 九 版 の そ れ と 一 致 し て い る こ と で あ る 。 発 行 者 で あ る 佐 伯 三 郎 と 佐 伯 光 俊 の 住 所 が 一 致 す る と い う こ と に も な る わ け で あ る が 、 そ れ に も か か わ ら ず 、 先 に 述 べ た ﹁ 有 宏 社 が 共 益 社 出 版 部 の 後 継 と い う こ と に な り そ う で あ る が 、 直 結 さ せ て し ま う こ と に は 無 理 が あ る ﹂ と い う 事 情 に は 変 わ り が な い 。 と い う の は 、 大 正 十 四 年 十 一 月 十 五 日 印 刷 、 同 二 十 五 日 発 行 の 共 益 社 出 版 部 の 梅 沢 和 軒 校 訂 ﹃ 謙 西 鶴 全 集 ﹄ 上 巻 お よ び 下 巻 (特 ) の 奥 付 に は 、 印 刷 所 と し て 横 山 喜 助 の 二 喜 堂 印 刷 所 の 名 が 見 え る (喜 助 と 重 喜 の 二 人 ゆ え に ﹁ 二 喜 ﹂ で あ ろ う か ) か ら で あ る 。 大 正 十 四 年 四 月 二 十 八 日 発 行 の 六 版 の 印 刷 者 が 保 木 乙 彦 で あ り 、 ﹃ 諏 西 鶴 全 集 ﹄ 以 後 に 発 行 さ れ た 有 宏 社 八 版 九 版 の 印 刷 者 も 保 木 乙 彦 で あ る こ と は 、 共 益 社 出 版 部 と 有 宏 社 の 密 接 な 関 係 を 証 明 し て い る と は い え 、 共 益 社 出 版 部 か ら 有 宏 社 へ の 道 が 一 直 線 で な か っ た こ と を 示 し て い る か ら で あ る 。
文林 二十一 号 ( 4 ) 昭 文 祉 版 と の 関 係 は ど う な る の で あ ろ う か 。 十 一 版 以 降 の 有 宏 社 版 の 存 在 は 確 認 で き な い が 、 保 木 乙 彦 は 昭 文 社 十 二 版 の 印 刷 者 と し て 三 た び 登 場 す る 。 そ し て 、 注 目 す べ き は 、 そ の 所 属 す る 印 刷 所 が 共 益 社 印 刷 部 、 三 立 舎 印 刷 所 、 保 木 印 刷 所 と 独 立 度 を 強 め て い っ た こ と で あ る 。 念 の 為 に 付 け 加 え て お け ば 、 合 資 会 社 昭 文 社 出 版 部 の 住 所 は 東 京 市 牛 込 区 神 楽 町 二 丁 目 十 番 地 で あ り 、 そ の 発 行 者 は 山 本 勝 成 で あ っ た 。 以 上 、 ﹃ 源 近 松 全 集 ﹄ の 異 版 に つ い て 長 々 と 述 べ て き た が 、 そ の 全 容 を ま だ 十 分 に 明 ら か に し た い と は い い が た イ い 。 お そ ら く は ﹃ 糠 近 松 全 集 ﹄ の 異 版 に つ い て 唯 一 の 言 及 で あ る 佐 藤 彰 ﹁ 転 換 期 の 近 松 研 究 -大 正 か ら 昭 和 へ ﹂ ( 日 本 文 学 ㎜ ・ 7 ) の 注 19 に い う 1 二 巻 本 ・ 三 巻 本 ・ 増 補 二 巻 本 の 各 版 あ る か 。 架 蔵 二 巻 本 で は 大 正 十 二 年 四 月 初 版 同 十 五 年 四 月 に は 九 版 を か さ ね て い る 。 故 三 木 竹 二 ・ 水 口 薇 陽 校 訂 、 伊 原 青 々 園 補 助 。 広 文 社 出 版 印 刷 。 節 章 を ふ し た 初 期 の 一 つ と し て 珍 重 さ れ る 。 ﹁ 広 文 社 出 版 印 刷 ﹂ 版 を 閲 見 す る 機 会 に 恵 ま れ て い な い の で あ る 。 ま だ ま だ 様 々 な 異 版 が 存 在 し て い る の か も し れ な い 。 資 料 が 十 分 に 集 ま っ た 段 階 で 再 考 す る と し て 、 本 稿 で は 、 こ の あ た り で ﹃ 鯨 近 松 全 集 ﹄ の 異 版 に つ い て の 記 述 は 打 ち 切 り 、 ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ の 種 本 で あ る ﹃ 赦 近 松 全 集 ﹄ へ と 話 を 進 め る こ と に し た い 。 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ は 、 ﹃ 傾 近 松 全 集 ﹄ の 内 容 か ら 考 え て も 、 下 巻 の 発 行 は な く 、 重 版 と い う こ と に つ い て も 、 上 巻 が 、 中 巻 の ﹁ 新 刊 発 売 ﹂ と ほ ぼ 同 時 に 第 三 版 の 発 行 が 見 ら れ る の み (第 二 版 は 明 治 四 十 三 年 十 月 十 五 日 発 行 と い う が 、 背 表 紙 に 三 版 と 印 字 す る 天 理 図 書 館 蔵 本 の 奥 付 は 初 版 の ま ま で あ る ) で 、 中 巻 の 再 版 は 確 認 で き て い な い 。 た だ 、 下 巻 に ど の よ う な 一16一
「改訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松 全 集』 書 目 が 収 録 さ れ る 予 定 で あ っ た か を 明 ら か に す る こ と は 可 能 で あ る 。 大 正 元 年 十 月 十 五 日 発 行 の 上 巻 第 三 版 (大 阪 府 立 中 之 島 図 書 館 蔵 ) の 巻 末 ﹁ 総 目 次 ﹂ よ り 下 巻 の そ れ を 引 用 す る こ と に す る 。 ◎ 鎌 倉 袖 日 記 ◎ つ れ ん \ 草 ◎ 本 朝 用 文 章 ◎ 忠 信 廿 日 正 月 ◎ 甲 賀 三 郎 ◎ 新 い ろ は 物 語 ◎ 肺 兵 馴 冥 途 の 飛 脚 ◎ 吉 野 都 女 楠 ◎ 弘 徽 殿 鵜 羽 産 家 ◎ 姫 山 姥 ◎ 傾 城 吉 岡 染 ◎ 天 神 記 ◎ 孕 常 盤 ◎ 新 撰 大 職 冠 ◎ 相 模 入 道 千 疋 犬 ◎ 鵬 卸 蛾 歌 加 留 多 ◎ 嵯 峨 天 皇 甘 露 雨 ◎ 燦 静 胎 内 拷 ◎ 持 統 天 皇 歌 軍 法 ◎ 編 評 楯 生 玉 心 中 ◎ 国 性 爺 合 戦 ◎ 国 性 爺 後 日 合 戦 ◎ 鑓 権 三 重 帷 子 ◎ 聖 徳 太 子 絵 伝 記 ◎ 湘 矯 鮪 寿 の 門 松 ◎ 日 本 振 袖 始 ◎ 曽 我 会 稽 山 ◎ 日 蓮 上 人 記 ◎ 傾 城 酒 呑 童 子 ◎ 博 多 小 女 郎 浪 枕 ◎ 渤 鶏 鶴 心 中 天 網 島 (◎ 印 は 未 刊 の 珍 本 ) ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ の 知 名 度 は 低 い 。 鴎 外 の ﹁ 序 ﹂ は ﹃ 鴎 外 全 集 ﹄ 第 三 十 八 巻 (岩 波 書 店 昭 50 ・ 6 ・ 28 ) に 所 収 さ れ て い る が 、 遣 遥 の ﹁ 近 松 全 集 序 ﹂ は ﹃遣 遥 選 集 ﹄ は も と よ り ﹃ 坪 内 遣 遥 事 典 ﹄ 所 載 の ﹁ 著 作 年 表 ﹂ 等 の 書 誌 に も そ の 名 を 見 出 す こ と が で き な い 。 露 伴 の ﹁ 序 ﹂ に つ い て も ほ ぼ 同 様 の こ と が い え る 。 ﹃ 露 伴 全 集 ﹄ に 未 収 録 で 、 昭 和 62 年 2 月 号 で 24 回 を 数 え る 林 真 ﹁ 幸 田 露 伴 の 逸 文 ﹂ ( 日 本 古 書 通 信 ) に も 未 紹 介 で あ る 。 逐 次 刊 行 物 に 発 表 さ れ た も の よ り も ( 5 ) 他 人 の 書 に 与 え た 序 蹟 の 方 が 個 人 全 集 か ら 洩 れ や す い 傾 向 が あ る の は 事 実 だ が 、 近 松 研 究 史 上 で ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ が 忘 れ ら れ た 存 在 で あ る こ と の 証 明 と な っ て い る と い っ て よ い だ ろ う 。 ﹃ 敏 近 松 全 集 ﹄ に 比 べ れ ば ㍉ ﹃ 近 松 全 集 ﹄ の 方 が い く ら か 存 在 感 が 臥 屍 ・ 稲 垣 達 郎 ﹁ 近 松 研 究 文 献 年 表 ノ ー ト ﹂ ( 文 学 昭 26 . 7 . 10 ) の コ 九 〇 六 年 ( 明 三 九 ) ﹂ の 項 の 最 後 に ﹁ 拒 蛛 揃 彫 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 二 冊 ﹂ と あ る 。 た だ 、 発 行 月 が 明 記 さ れ て い な い こ と か ら 考 え れ ば 、 滝 田 貞 治 ﹃遣 遥 書 誌 ﹄ ( 昭 12 ・ 2 ) の ﹁ 序 蹟 篇 ﹂ の ﹁ 近 松 全 集 二 冊 剴 二 、 鞭 陽 校 脚
文 林 二 十 一 号 明 三 九 、 一 園 屋 書 店 ﹂ に 引 摺 ら れ た 記 述 と い え そ う で 、 正 確 な 記 述 と は い え な い の で あ る 。 既 に 引 用 し て お い た よ う に 、 ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ 中 巻 所 収 の 青 々 園 の ﹁ 序 ﹂ に は ﹁ 第 一 巻 の 公 表 せ ら れ て よ り 幾 く な ら ず し て 竹 二 君 は 逝 き ぬ 。 幸 に 共 編 者 た り し 水 口 薇 陽 君 故 人 の 遺 志 を 継 ぎ て 今 や 第 二 巻 の 刊 行 を 見 る に 至 る ﹂ と あ っ た 。 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ と し て は ﹁ 第 一 巻 ﹂ で あ る 上 巻 の み が 発 行 さ れ 、 ﹁ 第 二 巻 ﹂ は ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ 中 巻 が そ れ に 該 当 す る の で あ る 。 ま た 、 歌 舞 伎 第 六 十 八 号 (明 38 ・ 12 ・ -特 ) 所 載 の 広 告 に よ れ ば 、 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ は ﹁ 全 三 冊 ﹂ で 、 中 巻 は 明 治 三 十 九 年 二 月 、 下 巻 は 同 三 月 に ﹁ 出 来 ﹂ す る 予 定 で あ っ た 。 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 は 、 明 治 三 十 八 年 十 二 月 二 十 日 が 特 価 期 限 で 、 同 二 十 五 日 に ﹁ 製 本 出 来 ﹂ す る 筈 で あ っ た が 、 そ の 奥 付 に は 、 明 治 三 十 九 年 一 月 二 十 五 日 印 刷 、 同 二 十 八 日 発 行 と あ っ た 。 当 時 の 発 行 年 月 日 の 記 載 は 通 常 正 確 な も の で 、 高 潮 第 一 号 ( 明 39 ・ 2 ・ 25 ) に よ れ ば 、 内 務 省 収 受 は 一 月 二 十 七 日 で あ っ た 。 遅 れ 気 味 で 上 巻 を 出 版 し た ﹃ 近 松 ( 7 ) 全 集 ﹄ は 結 局 、 そ の 上 巻 の み で 中 絶 し 、 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ へ と 引 き 継 が れ て い く こ と に な る 。 両 者 が ど の よ う な 関 係 に あ る か を 、 上 巻 を 比 較 す る こ と で 見 て い く こ と に し た い 。 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 は 、 遣 遥 の ﹁ 近 松 全 集 序 ﹂ 、 校 訂 者 識 の ﹁ 緒 言 ﹂ 、 ﹁ 例 言 ﹂ 、 ﹁ 近 松 全 集 上 巻 目 次 ﹂ 、 ﹁ 解 題 ﹂ 、 本 文 、 奥 付 と い う 構 成 に な っ て い る が 、 ﹁ 解 題 ﹂ と 本 文 は ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ と 同 一 。 目 次 は 、 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ が 表 題 を 並 べ る だ け な の に 対 し 、 ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ は 著 作 年 月 を 明 記 し 、 通 し 番 号 を ふ る 。 ﹁ 例 言 ﹂ は ﹁ 附 言 ﹂ の 二 行 め 以 降 が 異 な る 。 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ で は 附 言 本 集 に 挿 入 せ る 外 題 (中 略 ) の 如 き 木 版 は 、 参 考 に 供 せ ん た め 、 凡 て 引 用 せ し 原 本 の 文 字 を 縮 写 せ る も の 一18一
「改 訂」 か ら 「原 作」 へ の 『近 松 全 集 』
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文 林 二 十 一 号 な り。 表 紙 は画 伯 久 保 田 米斉 氏 の 意匠 に成 れ るも の に て、 背 の ﹁ 丸 に 一 の字 つ な ぎ﹂ は近 松 の紋 を 崩 し 、 文 字 は 原 本 中 の文 学 を 一 々 写 取 し た るも のな り。 表 紙 松 形 の麻 の 葉 は 、 古浄 瑠 璃 本 の表 紙 の模 様殆 ん ど 麻 の 葉 に 一 定 せ るを 以 て近松 の松 に配 し 、 下 は中 に竹 本 、右 に井 上 、 左 に宇 治 の紋所 を 三筋 の糸 に て結 べ るも のな り 。 と あ る の に 対 し、 ﹃ 諏近 松 全 集 ﹄ では ﹁ (上略)縮 写 せ るも のな り 。﹂ の後 に ﹁ 此 書 体 に依 て略翻 刻 の 時 代 をも 窺 ふ の 一 助 とも 思 ひ て。 ﹂ と あ る の み で あ る。 ﹁ 緒 言 ﹂ は ﹃ 諏近 松 全集 ﹄ では著 しく 短 くな っ て い る。 緒 言 近 松 の 浄 瑠 璃 は既 に屡 ば翻 刻 せら れ 、 其 数 約 八十 種 を 過 ぎた れ ど も、 未 だ そ の全 部 を 悉 さず 。 書騨 園 屋 依 て これ が 全 集 発 行 を企 図 し、 余 等 にそ の完 成 並 に 校 訂 を乞 ふ 。 さ はれ 未 だ 世 に 翻 刻 せ られ ざ るも の ∼多 く は 、 敦 れ も得 一20一
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「改訂 」 か ら 「原 作 」へ のr近 松 全 集 』 易 か ら ざ る の 珍 本 に し て 、 偶 ま こ れ あ る も 、 井 上 、 山 本 、 宇 治 等 に 与 へ し も の は 、 都 て 作 者 の 署 名 な き を 以 て 、 そ の 鑑 定 に 苦 む の み な ら ず 、 名 の み 存 し て 、 実 な き も の 亦 勘 か ら ざ る を 以 て 、 確 実 に 近 松 浄 瑠 璃 全 部 の 範 囲 を 断 定 せ ん 事 は 容 易 の 業 に あ ら ず 。 幸 に 余 等 は 平 素 近 松 を 愛 読 し 、 彼 が 著 作 と 知 ら れ た る も の ∼ 大 方 を ば 蔵 し 、 無 署 名 の 古 浄 瑠 璃 申 に て も 、 近 松 の 著 作 な り と 、 断 定 し 能 ふ も の な き に あ ら ざ る を 以 て 、 遂 に 依 嘱 に 応 じ て 、 弦 に 近 松 全 集 を 公 に す る 事 と な り ぬ 。 本 集 は 従 来 の 翻 刻 と 異 り て 、 特 に 浄 瑠 璃 の 曲 譜 を 傍 註 せ り 。 元 来 近 松 の 著 作 は 、 竹 本 は 勿 論 、 井 上 、 山 本 、 宇 治 諸 流 の 大 夫 に 語 ら し め ん が 為 に 作 り た る も の な れ ば 、 編 者 も 亦 深 く こ の 点 に 意 を 注 ぎ 、 院 本 中 な る 一 切 の 符 号 を 、 活 字 に よ り て な し 能 ふ 限 り 保 存 し 、 当 時 に 於 け る 俗 曲 研 究 の 一 助 た ら し め ん 事 を 期 せ り 。 こ れ 蓋 し 我 俗 曲 の 大 半 は 、 竹 本 、 宇 治 、 井 上 等 に 関 聯 し 、 詞 章 の 多 く も 、 ま た 近 松 の 著 作 に 負 ふ 所 勘 か ら ざ る を 以 て 、 一 は 俗 曲 の 系 統 を 知 ら し め 、 一 は 詞 章 の 出 所 を 明 に せ ん と 欲 し た る に 外 な ら ず 。 文 辞 の 校 訂 、 曲 譜 、 符 号 の 範 囲 等 に 就 て は 、 凡 て 例 言 に 於 て 詳 説 し た れ ば 、 本 文 に 先 ち て 一 読 せ ら れ ん こ と を 望 む 。 こ こ ま で は 、 傍 線 部 分 が そ れ ぞ れ ﹁ 約 八 十 余 種 ﹂ ﹁ 依 て 是 ﹂ と な っ て い る 異 同 を 除 け ば 、 全 く 変 わ り が な い が 、 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ で は す ぐ に ﹁ 明 治 四 十 三 年 五 月 校 訂 者 識 ﹂ と 続 く の に 対 し 、 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ で は 以 下 の よ う に な っ て い る 。 校 訂 は 従 来 の 翻 刻 本 を 閲 す る に 、 浄 瑠 璃 一 種 中 誤 植 誤 字 の 箇 所 五 六 十 に 及 び 、 甚 し き は 一 行 を 脱 し 若 く は 重 ね た る と こ ろ さ へ あ り て 、 殆 ど 文 意 の 通 じ 難 き も の 少 か ら ず 。 斯 の 如 き も の に 比 す れ ば 今 回 の 校 訂 は 、 充 分 の 注 意 を
文林 二 十 一一号 払 ひ た る 事 を 自 信 す れ ど も 、 活 字 取 扱 の 上 に 就 て 、 必 ず し も 誤 植 な き を 保 せ ず 。 製 本 出 来 の 上 に て 心 附 き た る も の あ ら ば 、 中 巻 に 於 て 正 誤 す べ し 。 校 正 に 就 て は 、 鈴 木 春 浦 、 高 木 翠 燗 、 渡 辺 斬 鬼 三 氏 が 、 終 始 助 力 を 与 へ ら れ た る を 謝 す 。 明 治 三 十 九 年 一 月 校 訂 者 識 遣 遥 の ﹁ 近 松 全 集 序 ﹂ は 共 通 す る モ チ ー フ が あ る と は い え ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ の そ れ と は 全 く 異 な る も の で あ る 。 近 松 全 集 序 巣 林 子 が 作 は 明 か に 一 種 の 楽 劇 の 脚 本 な り 、 其 の 関 係 す る 所 文 学 の 上 の み に あ ら ざ れ ば 、 之 れ を 保 存 し 批 判 す る の 法 も 他 の 稗 史 小 説 と ひ と し な み に す べ く も あ ら ず 、 然 る に 在 来 の 翻 刻 は 皆 こ ∼ に 用 意 を 欠 き 、 研 究 者 、 批 評 家 も 此 の 理 を 等 閑 に 附 し た る が 多 し 、 さ る は 謡 曲 を 評 す る に 一 へ に 修 辞 の 上 よ り し 、 ワ グ ネ ル を 論 ず る に 楽 の 方 面 を 遺 却 し た る に 類 し 、 彼 の 天 才 が 殊 功 の 一 半 を 没 し 去 る に 幾 か ら ず や 、 こ と し 園 屋 書 店 、 斯 道 に 造 詣 深 き 三 木 、 水 口 両 君 に 乞 う て 前 記 諸 集 の 誤 謬 を 正 し 、 遺 漏 を 補 ひ 、 文 と 楽 と の 相 関 に も 注 意 し 、 巻 を 重 ね て 完 全 な る 近 松 全 集 を 出 さ ん と す 、 校 訂 の 精 到 な る は 更 に も 言 は じ 、 印 刷 其 の 他 体 裁 の う る は し き 甚 だ 喜 ぶ べ し 、 予 は 此 の 書 の 将 来 の 新 文 芸 に 資 す る 所 在 来 の 諸 版 の 比 に あ ら ざ る べ き を 信 ず 三 十 九 年 一 月 泄 遥 以 上 、 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ と ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ の 上 巻 を 比 較 し た 結 果 か ら い え る こ と は 、 序 文 を 除 け ば 、 両 者 の 間 に 意 味 の 一22一
「改訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松 全 集』 あ る 差 違 が 認 め 難 い と い う こ と で あ る 。 ﹃ 緻 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 の ね う ち は 遣 遥 ・ 鴎 外 ・ 露 伴 の 序 文 が あ る こ と に あ る と い っ て も 過 言 で は な く 、 ﹃ 微 近 松 全 集 ﹄ の 真 価 は 中 巻 に こ そ 求 め ら れ る べ き で あ ろ う 。 前 掲 佐 藤 彰 氏 の ﹃ 億 近 松 全 集 ﹄ に 対 す る 評 言 ﹁ 節 章 を ふ し た 初 期 の 一 つ と し て 珍 重 さ れ る ﹂ は 、 明 治 三 十 九 年 刊 の ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 が 担 う べ き 名 誉 で あ り 、 ﹃ 正 本 近 松 全 集 ﹄ 第 六 巻 ( 昭 53 ・ 9 ・ 30 ) の ﹁ 源 義 経 将 棋 経 ﹂ の 諏 訪 春 雄 氏 解 説 に い う は や く 大 正 十 二 年 三 月 に 共 益 社 出 版 部 か ら 刊 行 さ れ た 三 木 竹 二 、 水 口 薇 陽 校 訂 の ﹃ 原 作 近 松 全 集 後 篇 ﹄ は ﹁ 源 義 経 将 棋 経 ﹂ の 本 文 を 翻 字 し て 、 解 題 中 に ﹁ 義 経 将 棋 経 ﹂ と の 詳 細 な 対 照 表 を 掲 載 し て い る 。 両 者 の 本 文 の 異 同 を 知 り た い む き は こ の 表 に よ っ て み ら れ る と よ い 。 ﹁ は や く ﹂ は 大 正 元 年 刊 の ﹃ 轍 近 松 全 集 ﹄ 中 巻 に ま で さ か の ぼ る べ き だ っ た の で あ る 。 そ の 他 、 現 在 で は 所 在 を 明 ら か に し 得 な い 一 本 を 底 本 と し た ﹁ 薩 摩 歌 ﹂ や ﹁ 亀 谷 物 語 ﹂ の 例 も あ る が 、 存 疑 作 を も 含 め た 本 文 の 価 値 評 価 に つ い て は 、 す べ て ﹃ 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 も し く は ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ 中 巻 が 負 う べ き も の で あ り 、 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ に 全 面 依 拠 し た ﹃ 簡 近 松 全 集 ﹄ に は 全 く 関 係 の な い も の で あ っ た 。 ﹃ 傾 近 松 全 集 ﹄ を も し 評 価 す る と す れ ば 、 い か な る 形 で あ れ 、 三 木 竹 二 ・ 水 口 薇 陽 の 校 訂 本 文 を 普 及 さ せ る こ と に の み そ の 存 在 価 値 は あ る と い う べ き で あ ろ う 。
甥
林 文 ︿ 注 V ( 1) 水 口 薇 陽 の署 名 捺印 謹 呈本 。 ( 2) 国会 本 が 大 正 十 一 年 十 二 月十 八 日発 行 と 訂 正さ れ て いる の は、 それ が実 際 の 発行 年 月 日だ っ た か ら の よう であ る 。再 版 以 降 の 各版 が ﹁ 大 正 十 一 年 十 二 月十 八 日発 行 ﹂ と し て い ると いう こ とも あ る が、 実 は、 ﹁ 五 ﹂ を 削 って ﹁ 八 ﹂と した ので は な く、 最 初 か ら 大 正十 一 年 十 二 月十 五 日印 刷 大 正十 ﹁ 年 十 二月 十 八 日発 行 と あ る 帝国 教 育 研 究会 版 (架 蔵) が 存 在 し てい る の であ る 。 共 益社 出 版 部 版 と帝 国教 育 研 究会 版 と を 比較 し て み ると 、 後者 に ﹁続 篇 発 行 予告 ﹂ が な いこ とを 除 けば 、 内容 は 全 く同 一 で、 後 篇 にお いて は印 刷 、 発 行年 月 日 と も に 一 致 し て いる 。共 益 社 出 版 部版 の前 篇 が 大 正十 一 年 十 一 月 廿 五 日印 刷 であ る こと が 唯 一 の 異同 と い っ て よ いほ ど であ るが 、 共 益 社 出 版 部 と 帝国 教 育 研 究 会 と が全 く 同 一の組織 と いう わ け で は なか っ 一24一Rights were not granted
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「改 訂 」 か ら 「原 作 」 へ の 『近 松 全 集 』 た よ う で あ る 。 両 者 の 前 篇 に 押 さ れ た 検 印 が 同 一 で あ る こ と か ら 帝 国 教 育 研 究 会 版 の 編 輯 者 で あ る 佐 伯 天 涯 と 共 益 社 出 版 部 版 の 編 輯 兼 発 行 者 で あ る 佐 伯 三 郎 と が 同 一 人 で あ る こ と が 確 実 で 、 印 刷 所 名 こ そ 共 益 社 印 刷 部 と 株 式 会 社 共 栄 舎 と 異 な っ て い る も の の 、 住 所 も 印 刷 者 も 同 一 で あ る と い う 事 実 が あ る が 、 帝 国 教 育 研 究 会 版 の 発 行 者 は 行 武 善 平 で 、 住 所 、 振 替 口 座 番 号 と も に 共 益 社 出 版 部 版 と は 全 く 違 っ て い る の で あ る 。 ( 3 ) ﹃ 三 康 図 書 館 蔵 書 目 録 文 学 書 編 ﹄ (昭 艶 ・ 2 ・ 28 ) に は ﹃ 原 作 近 松 全 集 前 編 ﹄ の ﹁ 内 容 ﹂ が ﹁ 園 屋 書 店 明 39 刊 近 松 全 集 上 巻 同 ﹂ と あ る 。 不 十 分 な も の で は あ る が 、 お そ ら く 、 ﹃ 近 松 全 集 ﹄ か ら ﹃ 源 近 松 全 集 ﹄ へ の 流 れ を 指 摘 し た 唯 一 の も の で あ る 。 イ ( 4 ) 昭 文 社 の 十 二 版 、 昭 和 二 年 三 月 三 十 日 発 行 の 時 点 に お い て も 、 有 宏 社 は 出 版 活 動 を 続 け て い る 。 ﹃ 源 近 松 全 集 ﹄ の 発 行 は 確 認 イ で き な い が 、 ﹃ 諏 西 鶴 全 集 ﹄ の 有 宏 社 版 が 存 在 す る 。 閲 見 し た 本 の 上 巻 ( 特 ) は 、 大 正 十 四 年 十 一 月 十 五 日 印 刷 大 正 十 四 年 十 一 月 二 十 五 日 発 行 大 正 十 五 年 二 月 十 一 日 三 版 で あ り 、 印 刷 は 保 木 乙 彦 の 三 立 舎 印 刷 所 で あ る 。 下 巻 (特 ) は 、 以 下 の 通 り で 、 印 刷 は 横 山 重 喜 の 二 喜 堂 印 刷 所 で あ っ た 。 大 正 十 四 年 十 ↓ 月 十 五 日 印 刷 大 正 十 四 年 十 ↓ 月 廿 五 日 発 行 大 正 十 四 年 十 二 月 廿 三 日 再 版 大 正 十 五 年 二 月 七 日 三 版 大 正 十 五 年 三 月 十 一 日 四 版 大 正 十 五 年 四 月 十 五 日 五 版 大 正 十 五 年 十 二 月 十 三 日 六 版 昭 和 二 年 七 月 三 日 七 版 ち な み に 、 下 巻 の 奥 付 は 上 下 巻 共 通 の も の で 、 そ の 販 売 方 法 も 二 冊 で ﹁定 価 金 拾 壼 円 ﹂ ﹁ 特 価 金 九 円 五 拾 銭 也 ﹂ で あ っ た 。 ( 5 ) 筆 者 の 知 る 限 り で は 、 他 人 の 書 に 与 え た 序 の う ち 、 逸 文 と な っ て い る も の が 他 に 一 篇 存 在 す る 。 東 京 大 学 総 合 図 書 館 蔵 の 中 谷 無 涯 ﹃ す ひ か つ ら ﹄ ︹春 陽 堂 明 39 ; ・ 15 ) よ り 引 用 し て お く 。
号 一 十 二 文林 む み う ち 無 涯 君 、 脱 白 披 緬 の 後 、 杳 と し て 其 の 消 息 を 聞 か ず 、 一 別 十 余 年 、 時 に 夢 媒 の 中 相 会 ひ て 詩 を 談 ず る あ る の み な り し に 、 今 こ つ ね ん 春 雨 雪 の 日 忽 然 と し て 君 の 弊 盧 を 訪 ふ に あ ひ 、 欣 び 迎 へ て 談 を 交 ふ る こ と 数 刻 、 は じ め て 君 が 朝 鮮 に 派 せ ら れ て 一 院 を 創 し や な ら ま た 帰 つ て 峡 中 の 谷 村 に 長 安 寺 と い へ る ↓ 大 刹 の 荒 蕪 廃 滅 せ ん と す る を 興 復 し て 、 経 営 数 年 終 に 其 の 功 を 成 し た る の 後 、 功 成 つ て 居 ら ず 、 脱 然 と し て 今 都 門 に 雲 遊 せ る を 知 り 、 顧 み て 予 が 安 居 幾 歳 、 一 事 成 る 無 く し て 徒 ら に 筆 墨 の 間 に 老 い た る を を な ふ ち 漸 ぢ た り 。 後 ま た 数 日 、 君 一 詩 巻 を 寄 せ て 日 く 、 此 予 が 甲 斐 に 在 る の 日 、 浄 業 の 余 暇 、 山 中 の 一 深 潭 、 緒 名 の 淵 と 称 す る も の 、 伝 説 に 本 づ き て 作 れ る も の と 。 披 い て 之 を 読 む に 詞 藻 富 麗 、 神 気 簡 爽 、 大 に 時 流 と 異 な る も の あ り 、 予 又 愈 ミ 驚 き て 能 く 勤 む る も の 、 能 く 余 閑 あ る を 見 、 顧 み て 予 が 日 々 忽 忙 、 し か も 又 終 に 一 事 を も 成 さ ず し て 徒 ら に 神 を 耗 し 躯 を 枯 ら す に 止 ま れ る を 漸 ぢ た り 。 今 君 に 勧 め て 其 の 詩 を 公 に せ し む る に 際 し 、 柳 か 君 の 人 と な り を 叙 し て 以 て 君 を 知 ら ざ る も の に 告 げ 併 せ て 予 の 感 ず る と こ ろ を 記 し 以 て 引 を な す と い ふ 。 露 伴 ( 6 ) ﹃ 近 松 全 集 ﹄ は 、 後 述 す る 広 告 に よ れ ば 、 特 価 で 一 万 部 を 販 売 す る の に 対 し 、 q 政 近 松 全 集 ﹄ は 、 早 稲 田 文 学 第 五 十 五 号 (明 43 一一= 口 . 6 . -) 所 載 の 広 告 に よ れ ば 、 五 千 部 を 限 り 特 価 で 販 売 す る も の で あ っ た 。 ( 7 ) 早 稲 田 文 学 第 十 四 号 (明 40 ; ・ 1 ) の 彙 報 欄 ﹁雑 文 学 界 ﹂ 5 頁 で は 近 松 全 集 ( 三 木 、 水 口 両 氏 ) 園 屋 書 房 と し て い る の だ が 、 同 誌 第 二 十 号 (明 40 ・ 7 ・ -) 同 欄 同 記 事 35 頁 に は 、 ﹁未 刊 に 属 す る も の ﹂ の 一 つ と し て 近 松 全 集 ( 三 木 竹 二 、 高 野 辰 之 、 未 刊 ) 彩 雲 閣 の 名 が あ る 。 前 者 の ﹁ 園 屋 書 房 ﹂ は ﹁ 園 屋 書 店 ﹂ を 誤 記 し た も の だ が 、 後 者 の 記 載 を も 単 な る 誤 記 、 誤 植 の 類 と し て 処 理 で き る も の か ど う か 、 そ れ は 今 後 の 調 査 課 題 で あ る 。 一26一 付 記 本 稿 は 松 蔭 女 子 学 院 大 学 特 別 研 究 助 成 に よ る 秋 本 鈴 史 氏 と の 共 同 研 究 ﹁ 近 代 に お け る 近 松 作 品 受 容 の 其 礎 的 研 究 ﹂ の 一 部 で あ る 。