刑事判決理由の研究-判決理由の理論史的考察-著者
冨田 真
号
29
発行年
1995
赫
冨
た
田
賓
学 位 の 種 類
学 位 記 番 号
学位授与年月 日
学位授与 の要件
研 究 科 ・専 攻
学 位 論 文 題 目
論 文 審 査 委 員
博
士(法
学)
法 博 第29号
平成8年3月26日
学位規則第4条 第1項 該 当
東北大学大学院法学研究科
(博士課程後期3年 の課程)公 法学専攻
刑事判決理 由の研究
一判決理 由の理論史的考察一
(主査)
教
授
小 田中
聡
樹
教
授
川
崎
英
明
論 文 内 容 の 要
旨
本 論 文 は、 刑 事 手 続 に お け る事 実 認 定 の 合 理 化 とい う視 角 か ら、 判 決 理 由 の意 義 及 び機 能 に っ い て我 が 国 及 び ドイ ッ の比 較 法 的 、 理 論 史 的 検 討 を行 い、 大 要 以 下 の如 く述 べ て い る。 (1)① ドイ ッ の 糾 問 的 訴 訟 の 時 代 に お け る判 決 理 由 は、 法 定 証 拠 が 法 律 通 り に適 用 さ れ る こ と を 保 障 す る意 義 を も っ て い た が 、 そ の 後 「改 革 され た刑 事 訴 訟 」 へ の 移 行 過 程 に お い て 自 由 心 証 主 義 の採 用 が 現 実 化 す るな か で そ の 意 義 が 論 じ られ た。 当 初 は陪 審 導 入 と 同 時 に 自 由心 証 主 義 が 採 用 さ れ た と い う歴 史 的 経 緯 や 裁 判 官 の 判 断 を 法 律 の拘 束 か ら解 放 す る こ と に対 す る危 惧 な ど か ら、 自 由心 証 主 義 は 陪審 裁 判 所 に の み 適 用 さ れ る い う見 解 が 強 か った が 、 次 第 に 自由 心 証 主 義 と い って も恣 意 的 な 判 断 を認 め る もの で は な く経 験 則 等 に拘 束 さ れ 、事 実 認 定 に お け る精 神 作 用 は 陪 審 員 も裁 判 官 も同 じで あ る こ とが 承 認 さ れ る に 従 って 、 裁 判 官 に対 して も 自 由 心 証 主 義 が 適 用 さ れ る と い う見 解 が 有 力 に な っ た。 と 同 時 に、 裁 判 官 の認 定 を 合 理 化 す る制 度 と し て、 判 決 理 由 が 控 訴 な ど の上 訴 制 度 と並 ん で 自由 心 証 主 義 の下 で も不 可 欠 で あ る とす る 主 張 が 一 般 的 と な り、 判 決 理 由 は、 上 訴 制 度 との 関 連 に お い て もそ の 意 義 を認 め られ る よ うに な り、 ま た 再 審 手 続 に お け る再 評 価 の た め に も重 要 な 意 義 が 与 え られ た。 ② と こ ろ が 、 ライ ヒ刑 訴 法 は、 間 接 事 実 の摘 示 規 定 を 採 用 した に と ど ま り、証 拠 説 明 に つ い て 規 定 しな か っ た。 そ の後1908年 案 や1920年 草 案 な ど の 法 律 改 正 作 業 にお い て 、 自 由心 証 の 合 理 的 側面 を 強 調 す る者 は 、認 定 理 由 を 示 す こ とが 可 能 で あ る と し、 特 に 当 事 者 に対 す る説 得機 能 を 高 く 評 価 し、 法 改 正 を 求 め た が 、 実 現 さ れ な か っ た。 し か し、 特 にv.ヒ ッ ペ ル や ア ル ス ベ ル ク の よ う に、 証 拠 説 明 が 事 実 認 定 を合 理 化 し、 当事 者 に対 す る説 得 機 能 を 果 たす べ き こ と、 誤 判 防 止 の 観 点 か ら も不 可 欠 で あ る こ と を 強 調 す る見 解 が 存 在 し続 け た。 更 に、 判 例 は、 特 に1930年 代 以 降、 証 拠 説 明 の な い判 決 を実 体 的 鍛 疵 が あ る もの と して 扱 い、 事 実 上 上 訴 審 に よ る証 拠 評 価 の コ ン ト ロ ー ル を 許 す 方 向 へ と向 か っ た。 こ の よ うに 判 決 理 由 は、特 に上 訴 審 と の 関 連 に お い て そ の 意 義 が 高 く評 価 され る こ と に な っ た。 ③ こ う した 傾 向 は 現 行 法 の下 で も続 い た が、 多 数 説 は法267条1項2文 が 証 拠 説 明 、 証 拠 評 価 の 説 示 に も及 ぶ もの と しな が ら、 そ の 違 反 は上 告 理 由 と は な らず 、 た だ 実 体 非 難 に よ り上 告 審 に よ り破 棄 され るべ き もの と理 解 して き た 。 しか し、 特 に ペ ー タ ー ス ら は 、 証 拠 評 価 の 説 明 は 法267 条1項2文 の 解 釈 と して 必 要 で あ る と理 解 して い る。 判 例 は、1980年 代 ま で は 裁 判 官 の 心 証 と し て 主 観 的 確 信 論 に 立 ち な が ら も、 証 拠 評 価 の 不 備 を 実 体 法 違 反 と捉 え る こ と に よ り上 訴 審 に よ る 証 拠 評 価 の コ ン トロ ー ル を 行 い、 こ れ を 強 化 、 拡 張 して きた 。 こ う した 証 拠 評 価 へ の 介 入 を 認 め る こ と に は批 判 もあ るが 、 連 邦 裁 判 所 は、 現 在 で は心 証 を蓋 然 性 に支 え られ た 間 主 観 的 な も の と して理 解 す る こ とで 、 合 理 的 認 定 に 向 け コ ン トロー ル の道 を 強 化 す る方 向 へ と転 換 して い る。 (2)① 我 が 国 に お い て は 、 明 治 三 二 年 ま で の判 例 ・学 説 は、 判 決 理 由 と して 「証 拠 説 明 」 を 行 う こ と が 必 要 で あ る と の見 解 を取 らな か っ た。 これ は、 法 律 の規 定 の 仕 方 に も よ るが 、 自 由 心 証 主 義 概 念 に 関 し主 観 的 理 解 が 圧 倒 的 で あ り、 事 実 認 定 の 理 由 、心 証 形 成 過 程 の説 示 を判 決 理 由 に お い て 合 理 的 に行 う こ とは 不 可 能 で あ る と考 え られ た こ とが 強 く影 響 した。 こ の よ うな 状 況 の下 で 、 事 実 認 定 を 合 理 化 し、 被 告 人 へ の説 得 機 能 を 強 化 しよ う とす る動 き が 主 に 在 野 法 曹 の 間 で 生 じ、 明 治 三 二 年 に は、 証 拠 説 明 に関 す る規 定 が 新 設 さ れ た。 しか し、 こ の 規 定 は、 判 例 が そ の 解 釈 と して 「証 拠 内 容 の 引 用 」 で 足 りる とす る 見 解 を採 っ た こ と も あ って 、 そ の 後 十 分 な 機 能 を果 たす こ とが で きず 、 裁 判 所 負 担 軽 減 、 手 続 簡 易 化 を 求 め る動 き に よ っ て 攻 撃 され て き た 。 こ う した動 きが 具 体 的 に結 実 した の が 、 大 正 五 年 案 及 び 同七 年 案 で あ っ た。 しか し、 他 方 で は、 被 告 人 が 裁 判 に対 す る十 分 な納 得 を 得 る こ とを 可 能 にす る制 度 で あ る と し て こ れ を 擁 護 し、 更 に理 由付 け の 実 質 化 を 目指 そ う とす る在 野 法 曹 の動 き は、 判 決 理 由 制 度 の 形 骸 化 の動 き を 阻 止 し、 大 正 刑 訴 法 に お け る証 拠 説 明 規 定 を維 持 さ せ る こ とに成 功 した。 ま た 、 大 正 刑 訴 法 の解 釈 レベ ル で も、 こ う した証 拠 説 明 の実 質 化 を図 ろ う とす る見 解 が 存 在 し続 け た。 ② こ の証 拠 説 明 の 規 定 は、 第 二 次 大 戦 下 に お け る証 拠 標 目挙 示 の制 度 の 新 設 と い う特 殊 な 状 況 の 下 に置 か れ た が、 そ れ で も証 拠 説 明 の 実 質 化 に 向 け厳 格 な解 釈 を 行 お う とす る動 き は消 え な か っ た。 大 審 院 も証 拠 標 目で 足 り る とす る戦 時 刑 事 特 別 法 二 十 六 条 の 解 釈 につ い て 、 証 拠 説 明 の 有 す る意 義 を 確 認 した うえ で 、 認 定 事 実 と証 拠 との 関 連 が 理 解 可 能 な形 で の証 拠 標 目 の挙 示 を求 あ た。
しか し、 こ の解 釈 に は限 界 が 伴 わ ざ る を え ず 、 我 が 国 で は ナ チ ス ドイ ッ に もみ られ な か っ た 「証 拠 標 目挙 示 主 義 」 が 実 現 した の で あ る。 戦 後 、 現 行 刑 事 訴 訟 法 を 立 案 す る に あ た って は判 決 理 由制 度 の あ り方 に っ い て の慎 重 な 検 討 ・ 分 析 が 行 わ れ るべ き で あ った が 、 そ の 形 跡 は見 られ な い。 (3)① 第 二 次 大 戦 後 に お い て も、 我 が 国 に お い て 判 決 理 由 の 理 論 的 な 問 題 点 と して 繰 り返 し指 摘 さ れ て き た の は、 自 由心 証 主 義 、 口 頭 主 義 、 あ る い は現 在 の 我 が 国 の 刑 事 訴 訟 法 の 基 本 構 造 で あ る 当事 者 主 義 の も と で は、 判 決 理 由 と りわ け証 拠 説 明 を 示 す こ と は 出来 な い と い う点 で あ った。 しか し、 この 考 え 方 は ドイ ツ にお い て 既 に19世 紀 に 口 頭 主 義 、 自 由 心 証 主 義 を 採 用 す る過 程 で 批 判 さ れ た こ と、 第 二 次 大 戦 後 も特 に誤 判 研 究 に も とつ い て ペ ー タ ー ス が 従 来 の 見 解 を転 換 し、 現 行 法 上 も証 拠 説 明 を 行 う こ とが 被 告 人 の 弁 護 を受 け る権 利 、 根 拠 の 充 分 な有 罪 判 決 を 求 め る権 利 を 保 障 し、 上 訴 を 有 効 に行 うた め に も不 可 欠 で あ る と論 ず る な ど、 証 拠 説 明 を 要 求 す る見 解 が む し ろ多 数 説 とな って い る こ と、 事 実 認 定 は最 終 的 に は合 理 的 な 自 己 検 証 を踏 ま え て 行 わ れ る べ き こ と な ど を 考 慮 す る な ら、 口頭 主 義 や 自由 心 証 主 義 を根 拠 と して証 拠 説 明 が で き な い こ と を主 張 す る見 解 は 克 服 さ れ る べ きで あ る。 ② ま た 、 判 決 理 由 は評 議 を 慎 重 に さ せ 、 公 正 な裁 判 を可 能 にす る有 効 な 手 段 とな る。 こ の こ と は 評 決 が 全 員 一 致 制 を と る場 合 に よ り よ く機 能 す る。 ま た公 開 主 義 に よ り当 事 者 の裁 判 に対 す る信 頼 は保 障 さ れ るが 、 裁 判 所 が 証 拠 を ど の よ うに評 価 した の か を 明 らか に す る こ と に よ り当 事 者 に 対 す る説 得 作 用 が 強 化 され る。 ③ 上 訴 と の 関 連 に お い て も、 判 決 の ど こ に問 題 が あ る の か 、 上 訴 審 に お い て ど の 点 を 争 う こ と が 有 効 で あ る の か は、 判 決 理 由 を と お しそ 明 らか に され る。 再 審 の 場 合 に再 審 裁 判 所 が 証 拠 の 総 合 評 価 を 行 う に 当 り、 判 決 理 由 は証 拠 構 造 分 析 上 の 不 可 欠 の前 提 と な る。 ④ 更 に、 判 決 理 由 が 審 理 か ら の 印 象 が 新 鮮 な 段 階 で 作 成 され る 必 要 が あ り、 そ の た め 宣 告 前 に 判 決 理 由 を 書 面 に記 載 す る こ とが 要 請 さ れ る の で 、 宣 告 前 に判 決 書 を作 成 す る こ と が 義 務 づ け ら れ る べ き で あ る。 ⑥ 現 行 規 定 上 は証 拠 評 価 は必 要 と され て い な い が、 前 述 した判 決 理 由 の機 能 か らみ て、 証 拠 説 明 と して 証 拠 の 取 捨 選 択 を含 む 証 拠 評 価 の説 示 が 必 然 的 に 要 請 さ れ る と解 釈 され るべ きで あ る。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
わ が 国 で は、 判 決 理 由 に つ い て 従 来 は主 と して 実 務 的 関 心 か らの研 究 が あ るの み で 、 そ の 意 義 及 び 機 能 に つ い て 本 格 的 に理 論 的 究 明 を 行 った 研 究 は殆 ど な か った 。 本 論 文 は、 この 空 白 を 埋 め る意 欲 的 な試 み で あ り、 そ の 意 味 で 画 期 的 な もの と い っ て よ い。本 論 文 は、 上 記 テ ー マ に取 り組 む に 当 り、第 二 次 大 戦 前 は も と よ り戦 後 に お い て もわ が 国 刑 事 手 続 に 深 い理 論 的 影 響 を与 え続 け て きた ドイ ッ に お け る判 決 理 由論 の歴 史 的 展 開 過 程 を丹 念 か っ 緻 密 に フ ォ ロ ー し、 自 由心 証 主 義 の 合 理 化 、 裁 判 公 開 の 実 質 化 、上 訴 審 に よ る証 拠評 価 コ ン トロー ル の 強 化 の流 れ の な か で、 判 決 理 由 の 意 義 及 び機 能 に対 す る理 論 的 評 価 が 高 ま っ て き た 歴 史 的 趨 勢 を 析 出 す る。 そ の 上 で 本 論 文 は、 わ が 国 に お け る判 決 理 由 にっ い て も理 論 史 的 考 察 を加 え 、 事 実 認 定 の 合 理 化 を求 め る流 れ を 一 層 促 進 す る観 点 に立 って ドィ ッ及 び 日本 に お け る理 論 史 的 考 察 の成 果 に学 ぶ べ き点 を 具 体 的 に挙 示 し、 そ れ らにっ いて 解 釈 論 的 検 討 を交 え っ つ 、 そ の 実 現 の 方 途 を 探 る、 と い う手 法 を と っ て い る。 も と よ り判 決 理 由 は高 度 に技 術 的 側 面 を も って お り、 従 って そ の 現 実 的 機 能 を分 析 ・把 握 し た うえ で 解 釈 論 的 、訴 訟 技 術 的 考 察 を行 う こ と も必 要 で あ る。 しか し、 前 述 した よ う な研 究 上 の 空 白 に鑑 み れ ば 、 本 論 文 の と っ た 比 較 法 的 、 理 論 史 的 な研 究 手 法 は、 空 白 を 埋 め る た め の 第 一 段 階 的 作 業 と して 有 益 な もの と い っ て い い だ ろ う。 も っ と も本 論 文 が ドイ ッ及 び 日本 の判 決 理 由論 の比 較 法 的 、 理 論 史 的 分 析 を 行 う に 当 り、 職 権 主 義 ・当 事 者 主 義 と い う訴 訟 構 造 論 的 な 分 析 ス キ ー ム を 明 示 的 な 前 提 と して い な い 点 は、 刑 事 訴 訟 理 論 の一 般 的 な歴 史 的 展 開 と判 決 理 由 論 の 歴 史 的 展 開 との 間 の 内 的 関 連 性 を や や希 薄 な もの に し、 理 論 史 研 究 と して は物 足 り な さ を 覚 え さ せ る き らい な し と しな い。 しか し、 当 事 者 主 義(そ の コ ロ ラ リー と して の 直 接 主 義 ・口頭 主 義)を 強 調 す る考 え方 の下 で は判 決 理 由 の 意 義 ・機 能 が と もす れ ば 低 く捉 え られ が ち な 理 論 状 況 が あ り、 この 状 況 の打 破 を 志 向 す る 本 論 文 が前 述 の 分 析 ス キ ー ム か ら出 発 す る こ と を戦 略 的 に避 け る こ と に よ り論 証 を説 得 的 な もの に しよ う と意 図 した とみ る こ とが で き、 む しろ こ の 点 に本 論 文 の ユ ニ ー ク さ が あ る と も い え る。 以 上 の 通 り本 論 文 は、 判 決 理 由 と い う大 き な テ ー マ に比 較 法 的 、 理 論 史 的 分 析 を 加 え 、 従 来 の 研 究 の 空 白 を 埋 め た 業 績 と して 高 く評 価 さ れ て よ く、 博 士(法 学)の 学 位 を授 与 す る に価 す る と 認 め られ る。