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19世紀ドイツにおける社員権論の生成と展開 : 社員権論の歴史性と現代的意義

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(1)19世紀ドイツにおける 社員権論の生成と展開. 論. 社員権論の歴史性と現代的意義. 新 目 Ⅰ は じ め. 津. 説. 和. 典. 次. に. Ⅱ 株式の性質をめぐる今日的理解の伝統的理解からの乖離 1.現行法における一株一議決権原則の放棄 2.一株一議決権原則を支える伝統的な株式の本質的理解 3.一株一議決権原則の最近の研究による理解(政策説) 4.株式本質論との関係 Ⅲ 我が国における株式の本質論の整理 1.社員権否認論  田中耕太郎博士の社員権否認論  松田二郎博士の株式債権論 2.社員権否認論への対応 大隅博士の対応を中心として  社員権論の対応 ①共益権の非利己的性格について 主として田中耕太郎博士の見解に 対して ②株式の債権的構成について  服部教授の対応 ①共益権の権限性について. 松田博士の見解に対して 田中耕太郎博士の見解に対して. ②共益権の公権とパラレルの関係にあることについて. 松田博士の見. 解に対して ③共益権の倫理的性質について. 松田博士の見解に対して. ④共益権の人格権的性格について 法と政治. 松田博士の見解に対して. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 185( 250 ).

(2)  社員権否認論への対応の整理 3.社員権否認論の意義 その「企業の社会性の理論」としての展開 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開.  株式会社の構造変革  従来の株式会社観のもつ問題点  「企業の社会性の理論」の1つとしての社員権否認論とその提示する 現代株式会社 4.株式本質論の整理と課題. 社員権論は会社の公共性を否定する理論. か? Ⅳ 19世紀ドイツにおける社員権論の生成 1. 社員権論生成期の本質論をめぐる我が国の歴史的研究 . 田中耕太郎博士の歴史的研究 ①株式会社組合説 ②株式債権説 ③株式社員権説.  田中博士の見解の整理と課題 2.株式会社組合説 トライトシュケの理解をその典型として . 株式会社組合説. . 考察される株式会社の実体の同一性の検証. . 組合説の意義. ウーニヴェルシタース説批判. ①ウーニヴェルシタース説への批判 ②小括 . 組合説の問題点.  組合説の歴史的再評価 3.株式会社社団説 . 株式会社社団説. シュトッペの見解を典型として. ①法人の概念 ②株式会社の社団性 ③社団説の整理 . 社団的把握の必要性. クンツェの見解を典型として. ①固有の本質としての株主全部の無責任性 ②絶対原則としての会社財産の不可侵性 ③社団的把握の必要性 ④小括 . 社団的把握の許容性. . 社団説の意義. 186( 249 ). 法と政治. 59 巻 1 号. クンツェの見解を典型として. ( 2008 年 4 月).

(3) 4.社員権論生成期における株式の本質的議論. 社員資格説から社員権説. へ展開 論.  株式社員資格説 ①クンツェ説 ②ルノー説 ③株式社員資格説の整理  社員資格説に対する批判とその対応としての社員権説  株式社員権説 5.社員権論生成期における本質論の整理と社員権論の歴史的意義 Ⅴ まとめにかえて. Ⅰ. は. じ. め. に. 本稿は, 社員権(株主権)をめぐる論争をその起源である19世紀ドイ ツの議論にまで遡って再検討する。株式の性質論は, 我が国では, 社員権 論と社員権否認論とを対立基軸として, 営利法人である会社をどう捉える のか(会社内部の意思決定・執行・監督のあり方をめぐる, いわゆるコー ポレート・ガバナンスの議論から, 会社ないし企業を社会においてどのよ うに位置づけるべきかといった, 企業の社会的存在論に至る議論と関係す る)という根本的な問題とも繋がりをもつものとして展開されてきた。そ して, この株式の性質論は, ここ数年の議決権規制改正の1つである, 無 議決権株式の例外的許容から一般的許容への変更が象徴するような規制緩 和, 事前規制から事後規制へという会社法改正の方向性とも関連しており, 解釈論だけではなく立法論としても会社法をどう捉えるのか, どう評価す るのか, という問題とも大いに関連性があると考えられる。我が国におけ る株式本質論は, とくに会社の公共性をどのように担保するのかという課 題を中心に議論されてきた。しかし, 現在では規制緩和の中で株主権を会 社利益最大化のための手段であるとして政策的に捉える理解(政策説)が 大きな流れとなっており, 従来から論じられてきた本質論は必ずしも考慮 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 187( 248 ). 説.

(4) されていないように思われる。そこで,株式の本質論を今日的なテーマと 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. して捉えるという意味において,社員権論と社員権否認論を対立軸とする 株式の性質論を再検討する。 我が国での株式の性質論をめぐる論争において,社員権論は株主の利己 主義を積極的に評価する反面,とくに株主以外のステークホルダーの利益 を考慮しないという意味において,会社の「公共性」を無視したものとも 言われてきた。しかし,はたして社員権論はそのような狭い視野で展開さ れてきたのであろうか。本稿では,社員権論が形成されたと考えられる近 代株式会社生成期(19世紀中・後期)におけるドイツの株式論を検討す る。. Ⅱ. 株式の性質をめぐる今日的理解の伝統的理解からの乖離. 今日では, 株主の議決権規制をめぐって課題となっている。従来まで議 決権規制は一株につき一個の議決権を与えることが原則とされてきたが, 最近の法改正によってこの一株一議決権原則は放棄された。とくに無議決 権株式の例外的許容から一般的許容への規制緩和は, 同原則の放棄を典型 的に示している。また, この法改正を端緒として, 議決権は「会社の利益 最大化」の観点から立法者が自由に配分することが許されるとして, 議決 権規制を政策的に捉える有力な研究さえ現われている(以下, 本稿ではこ の理解を「政策説」と呼ぶ)。議決権規制は, 周知のとおり, 従来から株 式の性質と深くかかわるものとして論じられてきた。伝統的な理解によれ ば, 株式の性質は社員権であって, したがって議決権と株式は本質的に結 合しているとされ(社員権論), この理解から一株一議決権原則が導き出 されていた。現行法や最近の政策説は伝統説である社員権論から乖離して いる。しかし, 政策説は, 議決権規制の根底にある株式本質論に言及する ことなく展開されている。そこで, 議決権規制が課題となっている今日に 188( 247 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(5) おいて, 株式の本質論を現在的なテーマと捉え, 我が国において従来から 展開されてきた株式の性質をめぐる諸研究をもう一度整理する必要性があ. 論. ると考える。. 1.現行法における一株一議決権原則の放棄. 説. 我が国においては株主の議決権に関する法規制をめぐって, 伝統的に一 株一議決権原則が比較的厳格に堅持されてきた。一株一議決権原則は, 各 株主がその所有する株式1株につき1個の議決権を有することを原則とす るものである。そして我が国の法規定は, 従来から平成13年改正前まで, 各株式につき一個の議決権をあたえることを原則とし, その唯一の例外と して利益配当に関する優先株式についてのみ無議決権株式とすることを許 (1). 容してきた。この原則の唯一の例外である無議決権株式について, 法はこ (1). 我が国における無議決権株式制度の変遷は, 次のように整理される。. 加藤貴仁「株主間の議決権配分(1). 一株一議決権原則の機能と限界. 」法学協会雑誌123巻1号 (2006年1月) 138頁以下参照。 無議決権株式制度は, 我が国では昭和13年改正によって初めて導入され た(旧商法242条)。その発行限度については, 無議決権株式の株金総額は 資本の4分の1を超えることができないと規定された(同条2項)。 昭和25年改正では, 利益配当に関する優先株式についてのみ無議決権株 式とすることができるとされた。この改正により無議決権株式は, 会社の 経営に参加しない代わりに投資の確実性を求める制度であることが確認さ れたのである。すなわち, 昭和13年改正後の規定では, 文言上, 普通株式 や劣後株式も無議決権株式とすることが可能であり無議決権株式の制度趣 旨と矛盾するとの主張がなされ, 昭和25年改正はこの点を考慮したのであ る。さらに, 昭和25年改正では, 優先的な利益配当が支払われない場合に は議決権を復活させることが強制された(同条1項但書)。これは, 無議 決権株式の制度趣旨が会社の経営に参加しない代わりに投資の確実性を求 めることにあるとされたことにより, 無議決権株式には議決権放棄の代償 として優先的な利益配当が必要と考えられたからである。なお, 発行限度 については実質的な変更はなされていない(同条2項は, 昭和25年改正に 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 189( 246 ).

(6) れをあくまで例外的なものとして位置づけ, これを厳格に規制していたと 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. いえる。平成13年改正前商法では, 無議決権株式は利益配当に関する優 先株式についてのみ無議決権株式とすることができるとされてきた。また このような優先的な利益配当が支払われない場合には議決権を復活させる ことを強制する, いわゆる議決権復活条項も強制されていた。無議決権株 式は優先配当の代償として議決権を剥奪した株式であるとされていたから より授権資本制度および無額面株式制度が採用されたことに対応させるた めに, 無議決権株式は発行済株式総数の4分の1を超えることができない とされたにとどまる)。 平成2年改正では, 無議決権株式の発行限度が従来の4分の1から3分 の1までに引き上げられた。 平成13年改正では, 議決権制限株式制度が採用され, 無議決権株式はこ れに吸収された。従来の無議決権株式制度では, すべての決議事項につい て議決権がないものとすることしか認められなかったが, 議決権制限株式 制度の下ではこれに加えて, 株主総会の決議事項ごとに議決権の有無を定 めることができるようになった(旧商法222条1項5号)。なお, 従来から 無議決権株式として認められてきた一切の事項につき議決権がない株式は 完全無議決権株式と呼ばれる。また平成13年改正では, 従来の無議決権株 式は利益配当に関する優先株式についてのみ認められていたが, 議決権制 限株式は必ずしも利益配当に関する優先株式である必要はなくなり, それ 自体で株式の種類を構成することとなった(同条同項同号)。さらに, 議 決権制限株式の発行限度は, 発行済株式総数の2分の1に拡大された (222条5項)。加えて, 昭和25年改正により設けられた優先的な利益配当 が支払われない場合の議決権復活規定は削除された(なお, このような議 決権復活規定を定款中に設けることは許される。というのも, このような 議決権復活規定は平成13年改正後の222条1項55号の「株主総会ニ於テ議 決権ヲ行使スルコトヲ得ベキ事項」に該当すると解されるからである)。 そして, 会社法制定によって, 株式譲渡制限会社については議決権制限 株式の発行限度が撤廃された(会社法115条, 2条5項)。また単元株式制 度を採用する公開会社に関しては, 議決権制限株式の発行限度が総単元数 (旧商法222条6項)ではなく発行済株式総数を基準に規制されることと なった(会社法115条)。 190( 245 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(7) である。さらに, 無議決権株式の発行限度についても, 平成2年改正前商 法では発行済株式総数の4分の1と規定され, 平成13年改正前商法でも. 論. 発行済株式総数の3分の1と比較的厳格に規制されてきた。このように, 我が国では平成13年改正前までは, 株主の議決権規定について一株一議 決権原則を厳格に運用されてきたと言える。. 説. しかし, 平成13年・14年改正と会社法制定によって議決権規制は大幅 (2). に緩和され, 一株一議決権原則を放棄したものと評価し得る。現行法では, 従来からあくまで一株一議決権原則の例外として位置づけられ, したがっ て利益配当に関する優先株式に限定されてきた無議決権株式が, 普通株式 一般に広く認められることとなった。また, 従来は禁止されていた1株に. (2). もっとも, 最近の議決権規制の変更が一貫して緩和の流れにあると言. い得るかどうかについては, 厳密に考察する必要がある。それは, 旧有限 会社制度が非公開会社として株式会社制度に統合されたことによって, 部 分的には規制強化が図られたとも考察し得るからである。会社法制定前は, 有限会社については定款の定めによって議決権の数等を自由に設計するこ とができ, 頭数主義, 複数議決権などを定めることが許容されていた(旧 有限会社法39条但書)。江頭憲治郎『株式会社法・有限会社法』(有斐閣, 第4版, 2005年)299頁参照。しかし, 会社法制定によって, 従来の有限 会社に該当する株式会社についても定款によって一株一議決権原則を排除 することができなくなり, したがって定款で正面から複数議決権等を設け ることはできなくなったとも考えられる。江頭憲治郎『株式会社法』(有 斐閣, 2006年)158頁参照。この立場に立てば, 旧有限会社に関しては規 制が強化されたと言える。しかし, これに対して, 非公開会社については なお依然として定款自治が妥当するとの見解がある。この立場は, 非公開 会社においては, 株主間の議決権配分に関する事前規制は完全に撤廃され たと解釈している。加藤貴仁「議決権・支配権に関する種類株式の規制方 法」商事法務1777号(2006年9月)4頁参照。この立場では, 定款の定め による複数議決権や頭数主義等の設定は依然として認められることになる と考えられる。この見解によれば, 最近の議決権配分規制の改正は一貫し て規制緩和の流れにあると言い得る。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 191( 244 ).

(8) つき1個よりも多い議決権を認める複数議決権が, 現行法では事実上認め (3). 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. られるとさえ指摘されている。本稿では, 同原則の放棄を示す典型的なも のとして, とくに無議決権株式制度の変更に焦点を当てる。平成13年商 法改正によって, 無議決権株式に関する規制は大幅に緩和され, 従来から 無議決権株式を一株一議決権原則の例外として位置づけ, かつこれを厳格 に規制してきた規定が破棄された。まず無議決権株式を利益配当に関する 優先株式に限る旨の制約が撤廃され, 普通株式についても無議決権株式と (4). することが許容された。これにともなって, 優先株式を無議決権株式とし て発行する場合であっても, 優先的な利益配当が支払われない場合の議決 (5). 権復活規定が強制されることはなくなった。現行法においては無議決権株 式を, 優先配当の代償として議決権を剥奪した株式であると, 伝統的に解 かれてきたように理解することはもはや許されないこととなった。さらに, (6). 無議決権株式の発行限度は, 発行済株式総数の2分の1に拡大され, かつ, 会社法制定によって株式譲渡制限会社については議決権制限株式の発行限 度自体が撤廃された。このように現行法上の無議決権株式は, 必ずしも従. (3). 当初は事実上の複数議決権の発行可能性が指摘されるにとどまってい. た。加藤貴仁「株主間の議決権配分(1) 界. 一株一議決権原則の機能と限. 」法学協会雑誌123巻1号(2006年1月)149頁参照。しかし最近で. は, 立法担当者の解説中にこの事実上の複数議決権の発行可能性が明示さ れるに至っている。相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔『論点解説新・会社法』 (商事法務, 2006年6月)116頁参照。 (4). 会社法108条1項3号, 旧商法222条1項5号。. (5). もっとも, このような議決権復活規定を定款中に設けることは許され. る。というのも, このような議決権復活規定は会社法108条2項3号ロの, 「当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは, その条件」 (旧商法222条1項5号の「株主総会ニ於テ議決権ヲ行使スルコトヲ得ベキ 事項」)に該当すると解されるからである。 (6). 会社法115条, 2条5項, なお旧商法222条5項。. 192( 243 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(9) 来のように例外的なものとして扱われているわけでもなければ, 厳格に規 制されているわけでもない。現行法では, 極端な場合には, 公開会社の発. 論. 行済株式総数の半分を無議決権普通株式とすることさえ許容されるのであ る。このように, 現行法は伝統的に説かれてきた株主の議決権規制に関す る大原則としての一株一議決権原則を放棄していると言わざるを得ない。. 2.一株一議決権原則を支える伝統的な株式の本質的理解 そもそも一株一議決権原則は, 株式の本質を社員権であると捉える我が 国における伝統的理解(社員権論)に支えられてきた。株式の本質を社員 権であると理解する場合, 株主の権利は株式会社という社団法人における 社員権にほかならないのであって, したがって株主権は自益権と共益権の 両方を包含するものと捉えられる。この理解によれば, 共益権と自益権は 不可分に結合しているものとされているので, 共益権の中核である議決権 と株式の結合は本質的なものとされる。したがって, 株式には議決権が当 然に伴うものなのであって, 無議決権株式は原則的には許容されないもの と位置づけられる。そして, 株主権は, 会社の経済的・実質的な所有者で ある株主の会社に対する観念的分け前であって, したがって自益権は所有 権の収益権能の変形物であり, 共益権は所有権の支配権の変形物であると 評価し得る。つまり, 共益権は自益権の価値の実現を保障するために株主 に与えられたものと言えることとなる。そこで, 法はこのような共益権の 中核である議決権について一株一議決権原則を採り, 資本参加と議決権の (7). 均衡を確保しようとしているのである。このように一株一議決権原則は,. (7). 大隅健一郎『新版 株式会社法変遷論』(有斐閣, 1987年)(以下, 大. 隅『変遷論』として引用する)169頁以下。大隅博士は, 議決権が株主の 自己の利益を保証するためのものであることについて, アメリカ法では議 決権が株式という財産権の価値を保障するための不可欠の手段とされ, 議 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 193( 242 ). 説.

(10) 株式の本質を社員権であると理解することから根拠付けられてきた。 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. もっとも, この伝統的な立場からは, 無議決権株式制度は原則として認 (8). められないものの, 近時にみられる株主の分化という実態を前提として, (9). 企業者株主の支配権の維持・獲得や資金調達の容易化を図るために, もっ ぱら厳格な制約のもとで例外的にのみ許容されると説明されてきた。株主 の中でも株式を取得する目的が確実に利益配当を受けることにあるような 者は, もともと会社企業の経営については格別の興味や関心を有するわけ ではないのから, その財産的権利, とくに利益配当請求権さえ十分に確保 (10). されるのであればこのような株主は満足しうると理解されていたのである。 この理解は上で見たように平成13年改正前商法が無議決権株式を厳格な 制約のもとで例外的に許容していたことと合致する。かつて法は無議決権 株式を優先株式に限って例外的に許容し, このような議決権の剥奪は優先 配当の代償として許容されるのであるから, 所定の優先配当がなされない (11). 場合には議決権の復活を強制し厳格に規制していたのである。 しかし, 現行法は無議決権株式をもはやかつてのように厳格かつ例外的 なものとして扱っていない。上で見たように平成13年改正によって無議 決権株式は, 優先配当の代償として議決権を剥奪した株式とみることはで きなくなった。無議決権株式が利益配当に関する優先株式に限られず, 普 通株式についても認められることとなったからである。さらに,法が少な くとも理論上は発行済株式の半分を無議決権普通株式とすることを認めて 決権自体を財産権とされていることに興味を抱かれている。 (8). 服部栄三『株式の本質と会社の能力』(有斐閣, 1964年)(以下, 服部. 『株式の本質』として引用する)4243頁。大隅『変遷論』154頁以下。 (9) 山口幸五郎=加藤徹・会社法概論 [補訂版] 131頁。 (10) (11). 大隅『変遷論』166 167頁。 山口幸五郎=加藤徹『会社法概論』(法律文化社, 補訂版, 2000年). 131頁。 194( 241 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(11) いることからしても, 法はもはや議決権を中心とする共益権と株式が本質 的に結合していると捉えているとは考えられない。議決権の剥脱された株. 論. 式が普通株式についても広く認められたことは, ただ単に議決権配分規制 が変更され法が一株一議決権原則を破棄したことを示すにとどまらず, 一 株一議決権原則よりもさらに根本的な理念である株式の性質, つまり株式 には議決権が伴うとする株式の性質の伝統的理解から法が乖離したことを も顕著に示している。. 3.一株一議決権原則の最近の研究による理解(政策説) 現行法が伝統的な株式の本質的理解から乖離したことから,前述のよう に, 株主権を政策的に捉える学説(政策説)が有力に唱えられるに至って いる。政策説は, 平成13年・14年商法改正による議決権規制の変更を端 緒として, 規制緩和の妥当性を説き, 会社の利益最大化の観点からあるべ (12). き議決権「配分」規制を検討しようとしている。 この政策説は, 一株一議決権原則を, 会社利益に対する残余権の割合に 従って議決権を配分する原則(Cash flow と Control の比例関係を要求す る原則)であり, 同原則は理論的には, 会社のあらゆる利害関係人にとっ て望ましい形で議決権を行使するインセンティブが大きいものに多くの議 決権を与えることを要求しているに他ならないと捉えている。つまり, 一. (12) 界. 加藤貴仁「株主間の議決権配分(1). 一株一議決権原則の機能と限. 」法学協会雑誌123巻1号(2006年1月)(以下, 加藤貴仁「議決権. 配分(1)」として引用する)121頁以下, 同「株主間の議決権配分(2) 一株一議決権原則の機能と限界. 」法学協会雑誌123巻7号(2006. 年7月)1219頁以下, および同「議決権・支配権に関する種類株式の規制 方法」商事法務1777号(2006年9月)(以下, 加藤貴仁「規制方法」とし て引用する)2頁以下。なお,「株主間の議決権配分」は, 加藤貴仁『株 主間の議決権配分』(商事法務, 2007年)に収容されている。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 195( 240 ). 説.

(12) 株一議決権原則は, 会社の利益最大化の観点から認められる議決権配分規 (13). 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. 制の一つであると捉えられているのである。そしてこのような政策説を, ドイツ法とアメリカ法における同原則の歴史的研究から導き出されている。 政策説では, まず同原則は, アメリカ法においてもドイツ法においても濫 用的な議決権行使に対する事前規制としての機能が期待される点で共通し ているとされる。そして, このような目的は必ずしも一株一議決権原則で しか達せられないものではないのであるから, 一株一議決権原則を根拠と して議決権配分を規制する場合には, 追加的根拠が必要となる。そこで, 政策説は, アメリカにおいては, 同原則が支配権分散のために用いられて (14). いること, またドイツにおいては会社支配権市場の枠組みを政策的に整備 (15). するために用いられていることを両国の特殊事情(追加的根拠)として位 置づけられる。ところが, このような議決権分配規制を厳格に規制する特 殊事情が存在しない我が国においては, 一株一議決権原則を根拠に議決権 配分を規制する場合には, なんらかの追加的な根拠が必要であるとされ (16). る。つぎに,政策説は, 議決権行使のインセンティブの多様性, とくに株 (17). 主としての利益の多様性を指摘し, 同原則が絶対的なものでないとされ, 会社の利益最大化の観点から望ましい議決権行使のインセンティブを付与 するという点を突き詰めていくと, 単にすべての株式に完全な議決権を付 与することでは十分でないとして同原則の限界を説かれている。 以上のように,政策説は, 一株一議決権原則は政策的なものにすぎず, 会社の利益最大化を図るための議決権「配分」規制の一つの可能性にすぎ. (13). 加藤貴仁「議決権配分(1)」160頁以下。. (14). 加藤貴仁『株主間の議決権配分』(商事法務)311頁。. (15). 加藤貴仁『株主間の議決権配分』(商事法務)437頁。. (16). 加藤貴仁『株主間の議決権配分』(商事法務)455頁。. (17). 加藤貴仁「規制方法」8頁。. 196( 239 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(13) ないと解され, 同原則はこの目的を達するための唯一の規制手段ではなく, また同原則には限界があることを指摘される。. 論. この政策説に立てば, 会社の利益最大化を図るために, ないし議決権行 使の濫用の防止のために必要であるのならば, 必ずしも一株一議決権原則 (18). は堅持されるべきものではないこととなろう。つまり, この見解は, 議決. (18). もっとも加藤貴仁先生は別稿で, 議決権配分規制の根本的な考えとし. て, 一株一議決権原則を示すべきとも主張されている。加藤貴仁「規制方 法」4頁以下。加藤先生は現行法において議決権配分に関する会社法の基 本的な考えが不明確であることを指摘される。加藤貴仁「規制方法」9頁。 現行法は, 議決権制限株式の発行限度を規制し, 少額の出資しかしない株 主によって会社が支配されることを防止しようとしているとされる(議決 権制限株式の発行限度につき, 改正前商法では単元数が基準とされていた が, 会社法では株式数が基準とされている。改正前商法222条5項・6項, 会社法115条参照。会社法は, 議決権制限株式の発行限度を総単元数の2 分の1とすると少額しか出資しない株主による会社支配を防止しようとす る制度趣旨が没却されるとの批判を受けて, 単元数による規制を廃して株 式数によって規制することで, 議決権が制限されていない株式の所有者が 議決権制限株式を利用して自己の支配権を確保できる範囲を狭めた。加藤 貴仁「規制方法」4頁。しかし, 同様の弊害をもたらす事実上の複数議決 権の利用については明文で規制されていない。したがって, 議決権配分に 関する会社法の基本的態度が曖昧になっている。そして, 先生は議決権行 使のインセンティブに着目して議決権配分の規制を再構築するべきとされ る(もっとも加藤先生は議決権分配規制に意義は議決権行使のインセンテ ィブ付与以外にも見いだし得るともされる。たとえば, 現行法の議決権制 限株式の発行限度規制に議決権制限株式を少数者による会社支配への懸念 を示すシンボルとしての意義を見出すことも可能であり, 公開会社は種類 株式の利用に慎重であることはこのように解していることのあらわれであ るとされる。加藤貴仁「規制方法」10頁)。議決権制限株式の発行限度を 規制する趣旨は, 事業活動のリスクを負担しない株主による議決権濫用の 防止にあると考えられるからである。そして先生は, 議決権のある株式と 剰余金の配当または残余財産の分配に対する権利の結びつきを立法論, 解 釈論として要求することを主張される。株式の種類にかかわらず, 議決権 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 197( 238 ). 説.

(14) 権規制について, 会社利益の最大化の観点から立法者が判断しえるとする 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. ことが前提となっている。この政策説は, 議決権と株式の本質的結合を謳 う社員権論を正面から否定している。とするならば, 社員権否認論を踏襲 (19). しているのであろうか。たしかに, 政策説は, 株式の性質の伝統的な理解 を批判し, そして議決権規制について社会的, 経済的事情の進展に伴って 立法者が判断するべき問題であると有力に主張される松田博士の社員権否 (20). 認論に類似しているとも思える。しかし, この政策説は, 社員権論と社員 権否認論を対立軸として展開された株式の本質をめぐる議論との関係につ (21). いては不明確であることを自認されており, 従来の株主権の本質をめぐる 議論を必ずしも十分には考慮していないようにも思われる。 政策説は, 株式の性質に言及することなく, もっぱら一株一議決権原則 それ自体の運用だけに着眼することによって直ちに同原則を政策的なもの であると結論付けている。少なくとも我が国では同原則は, 議決権と株式 の本質的結合という株式の本質的理解に支えられてきたことからすれば, 議決権規制をめぐる問題は, 株式の性質をめぐる問題として扱われなけれ. のある株式の経済的機能に着目するのである。すなわち, 一株一議決権原 則を Cash flow に対する権利と Control に対する権利の比例関係を要求す るものと解するべきとされるのである。加藤貴仁「規制方法」9頁注(52)。 (19). 加藤先生は, 議決権配分レベルで規制するよりもむしろ議決権行使レ. ベルで規制することの方が適切か否かを検討される際に, 一方で議決権行 使の自由を否定する松田博士を中心とする社員権否認論に一定の評価をな され, 他方で株主が株主の利益のための議決権行使を認める大隅博士の見 解が現行法上妥当するかについて疑問を投げかけておられる。加藤貴仁 「議決権配分(1)」158159頁。 松田二郎『株式会社の基礎理論』(岩波書店,1942年)(以下,松田. (20). 『基礎理論』として引用する)683頁。 (21). 加藤貴仁「議決権配分(1)」194頁(注)202。議決権規制と株式本質論. との関係は不明確であると明言されている。 198( 237 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(15) ばならない。つまり, 株式の性質論を歴史的に検討することなくして一株 一議決権原則を政策的なものであると結論付けるのは必ずしも説得的とは. 論. いえない。. 4.株式本質論との関係. 説. 議決権規制をめぐる最近の改正やそれに対応する有力な研究は, 株式の 性質を法的にどのように捉えるのかといった株式の本質的理解と深くかか わるものである。我が国における株式の本質をめぐる議論は, 株主権を社 員権であると捉える伝統的な見解と, これを否定する社員権否認論を対立 基軸として展開されてきた。この伝統的理解である社員権論に対しては従 来から有力な批判が複数なされてきたのであるが, これら有力な諸批判は 共益権と株式の結合を否認する点で共通しており, 社員権否認論と呼ばれ る。共益権と株式の結合を否認する社員権否認論は, 自説を基礎づける社 会的事実の一つとして無議決権株式制度の存在を挙げてきた。この立場は, 無議決権株式制度を, 議決権を中心とする共益権と株式との本質不可分な 結合関係を否定するものであるとして捉え, 共益権を株式の内容からはず し, 株主権が社員権であることを否認する。たとえば, 社員権否認論をお し進めて株式債権論を唱導される松田博士は, 無議決権株式制度の存在は 博士の立論の根底にある企業の所有と経営の分離傾向のあらわれとされて, 無議決権株式制度の存在は株式と議決権の結合の必然性, 本質性を否定す (22)(23). ることを示しているとされる。また, 松田博士とは異なり株式会社の社団 (22). 松田『基礎理論』173頁。松田博士は, 無議決権株式が利益配当に関. する優先株式に限定されず, 現行法と同様に少なくとも法文条は無議決権 株式普通株式が許容されていた昭和25年改正前当時の無議決権株式制度に ついて本文のように述べられている(なお, 当時はいまだ議決権復活規定 も強制されていなかった)。したがって, 博士が念頭におかれている無議 決権株式制度は, 現行法上の制度と類似する。ただし, 当時は発行限度が 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 199( 236 ).

(16) 的構成を棄てたうえで株式債権説を主張される服部教授も, 無議決権株式 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. の存在を取り上げられて, 自益権と共益権が不可分に結合すると考える社 員権説の立場からは, 共益権のもっとも重要な権利である議決権が奪われ (24). ている無議決権株式を説明することは困難であるとされている。このよう に従来から無議決権株式制度は株式の本質を社員権と捉える伝統的理解に 対する批判を支える社会的事実の一つとされてきた。ただし, 無議決権株 式が平成13年改正前商法下のように優先配当の代償として議決権を剥奪 したものであるとされる場合には, 無議決権株式も必ずしも株式の社員権 的理解と矛盾せず, 社員権論に立つ場合でも無議決権株式を例外的のもの と位置づけることで十分に説明することができた。しかし, いまやその無 議決権株式に関する規制は大幅に緩和され, 無議決権株式は優先株式に限 られず, 普通株式についても認められている。現行法が採用するこのよう な無議決権株式制度はもはや株式を社員権とする伝統的理解からは説明で (25). きない。むしろ否認論に近接するものであるといえる。 資本総額の4分の1までとされていた。博士は, 発行限度が現行法上の2 分の1よりもはるかに厳格な4分の1とする規定であっても, 無議決権株 式を例外的なものとは言えないとされている。 (23). 松田二郎『株式会社法の理論』(岩波書店, 1962年)(以下, 松田『理. 論』として引用する)6頁。もっとも博士は, 昭和25年改正後の無議決権 株式制度も同様に自益権と共益権の分離を示すものとされている。当該改 正によっていわゆる議決権復活条項が定められたが, それは偶発的なもの (アメリカ法でいう偶発的議決権 contingent voting right) にすぎないから である。 (24). 服部『株式の本質』80頁。服部教授は, 無議決権株式が利益に関する. 優先株式に限定された昭和25年改正後の無議決権株式制度について本文の ように述べられる。 (25). なお, かつて松田博士は, 発行限度が4分の1とされた無議決権株式. 制度について, これを例外的なものとは言えないと指摘された。松田『基 礎理論』 173頁。 しかし, 現行法ではそれがさらに緩和され2分の1とな 200( 235 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(17) このように今日の議決権規制のありようは, 従来さかんに展開された社 員権論と社員権否認論を対立基軸とするこれまでの株式本質論と密接に関. 論. 連するものである。そして, とくに現行法や政策説などの最近の流れは社 員権論から明らかに乖離し, むしろ否認論に近接するものでもあるにもか かわらず,これまでの否認論を必ずしも踏襲しているわけでもなく, この 意味では株式本質論をめぐるこれまでの議論を十分には考慮していないよ うに思われる。 以下では,このような認識の下に,我が国における株式の本質をめぐる 議論を振り返りながら,現在の会社法のあり方および政策説の妥当性を検 討することにする。. Ⅲ. 我が国における株式の本質論の整理. 我が国においては伝統的に株式の本質は社員権であると解されている (26). (社員権論)。社員権は, 社団法人の社員がその社員としての資格におい (27). て法人に対して有する権利であり, 剰余金の配当請求権(会社法453条) 等のような社員一個人の利益のために与えられた自益権 (       .  Rechte) と, 議決権(会社法308条1項)をはじめとする法人自身の目的 (28). を達するために社員に与えられた共益権 (.  .  . Rechte) の両方 っている。また, 服部教授は, 無議決権株式が利益配当に係る優先株式に ついてのみ許容されていた厳格な無議決権株式についてさえ, これを社員 権論からは説明できないと指摘されたが, 現行法ではそれがさらに緩和さ れ株式一般について無議決権株式が許容されている。服部『株式の本質』 80頁 (26). 服部『株式の本質』11頁。. (27). 松本烝治『人法人及物・第1巻』(巖松堂書店, 1910年)59頁。. (28). 自益権, 共益権の概念について現在では, 前者を株主が会社から直接. に経済的利益を受ける権利, 後者を株主が会社経営に参与しあるいは取締 役等の行為を監督是正する権利と説明されている。江頭憲治郎『株式会社 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 201( 234 ). 説.

(18) (29). (30). を包含する財産権の一種であるとされる。そして, この社員権論は, 共益 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. 権は株主個人の利益を図る目的で自由に行使することが許されないという 非利己的な性格をもつものであって, 利己的な性格が認められる自益権と ともに社員権を観念することはできないとして従来から有力に批判されて きた。この株式が社員権であることを否定する考え方は社員権否認論と呼 ばれる。もっとも, 社員権否認論は, 統一的な学説ではなくこの中に田中 (31). (32). 耕太郎博士の見解と松田二郎博士の見解の2つに区別することができると (33). される。もっとも, 田中博士も松田博士も, 共益権の非利己的性格という (34). 特殊性に着目して社員権を否認される点で共通している。 社員権否認論は, 田中博士によって提唱され, 松田博士によって株式債. 法』(有斐閣, 2006年)122頁。しかし, この説明はむしろ現在ドイツで株 主の権利をその内容にしたがって区別する際に用いられる, 財産的権利 (       . ) と管理的権利 (Verwaltungsrechte) の区別 (Friedrich

(19)    , Gesellschaftsrecht, 5. Aufl., S. 181 等) に近いものと考えられる。 もっとも自益権・共益権の区別はドイツの財産的権利と管理的権利の区別 と重なる面もある。しかし本稿では自益権・共益権の元来的定義において 問題となる共益権の私益性を問題とするため, 松本博士やレーゲルスバー ガー (Ferdinand Regelsberger, Pandekten, Bd. 1, 1893, S. 331 ff.) の定義を 取り上げている。 (29). Ferdinand Regelsberger, Pandekten, Bd. 1, 1893, S. 331 ff. 松本烝治. 『會社法講義』(巖松堂書店, 1916年)52頁以下, および松本烝治『會社 法. 上巻』(中央大學, 1924年)112頁以下も参照。. (30). 松本烝治『會社法 上巻』(中央大學, 1924年)119頁。. (31). 田中耕太郎「機関ノ観念」 商法研究. 第二巻』(岩波書店, 1935年). 399452頁, 同「我が国に於ける社員権理論 商法研究. 1939年)110頁以下。 (32). 松田『基礎理論』および同『理論 。. (33). 服部『株式の本質』24頁。. (34). 服部『株式の本質』28頁。. 202( 233 ). 社員権否認論. 一. 」. 第二巻』155頁以下, および同『改正会社法概論』(岩波書店,. 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(20) 権論として展開された。そしてこの否認論に対しては, 社員権論の立場か ら, とくに大隅健一郎博士を中心として有力な反論がある。そしてこれら. 論. 議論を単なる株式論ではなく, その背後にある株式会社自体の本質論とし て位置づけられ, 否認論とくに株式債権論を積極的に評価する研究が服部 教授によってなされている。. 説. 1.社員権否認論  田中耕太郎博士の社員権否認論 社員権否認論を提唱される田中耕太郎博士は, 共益権は株主が社員とし ての資格において有する権利ではなく, 株主ないし社員が会社の機関とし ての資格において有する権限に他ならないとされ, あくまで権限である共 益権はもっぱら団体自体の利益のために行使されなければならないもので あると主張される。つまり, 共益権は自己の個人的利益を図る手段として (35). 用いることができないものとされている。したがって田中博士は, 共益権 を権利関係から除外すべきこと, そして権利関係の中に残された自益権と 義務について社員権という概念を破棄して, 社員としての地位という概念 (36). を用いるべきであると主張される。.  松田二郎博士の株式債権論 松田博士は株式債権説を唱導される。博士は田中博士の社員権否認論を 出発点とされている。松田博士の見解は,「株式会社における企業所有と 経営の分離の事実に即して, 社員権としての株主権を否認し, これを共益 権と自益権とに解体する見地に立ち, 株式をもって利益配当請求権なる社 団法上の債権と解し, 議決権その他の共益権をもって一身専属的人格権と (35). 田中耕太郎・前掲書『改正会社法概論』112頁。. (36). 服部『株式の本質』2425頁。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 203( 232 ).

(21) (37). 解する」ものである。その要点としては, 第一に, 近時における株式会社 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. の企業所有と経営の分離の事実によるいわゆる株主の社債権者化なる社会 事実が立論の根底をなしていること, 第二に, 自益権と共益権の両者を含 めて株主権を理解する従来の株主権概念を否認する社員権否認論の立場を (38). とること, 第三に, 社員権否認論の見解をさらにおし進めて, 自益権は利 益配当請求権およびこれを確保する一団の権利からなり, 株式とはかかる 利益配当請求権なる社団法上の金銭債権自体を意味するものであるとする (39). と同時に, 共益権は国家における公権にも比すべき一身専属的かつ団体自 (40). 体のために行使されるべき人格的なもので, 株式譲受人は株式取得の結果 会社の構成員となることにより, 当然に原始的にこれを取得するとなすこ (41)(42). と, が挙げられる。以下, 博士の見解を概観する。 松田博士は, 株主権を共益権と自益権とに分離され, 株主権ないし株式 を一つの社員権とする社員権論を不当とされる。というのも, 博士は会社 という一個の社会を観念され, それを国家という社会とパラレルに捉えら れるからである。すなわち, 国家における生活を国民としての生活関係と. (37). 松田『基礎理論』1 頁, 大隅『変遷論 168頁, および服部『株式の本. 質』26頁。 (38). 松田『基礎理論』170頁以下。. (39). 松田『基礎理論』178頁以下。. (40). 松田『基礎理論』45頁以下。. (41). 大隅『変遷論』168頁。. (42). 大隅博士によれば, 松田博士は, 共益権の権限たる面を認めつつ, し. かもその権利性を承認されるが, しかし共益権は公権に比すべき人格的な もので, 株主の一身専属かつ団体自体の利益のために行使されるべき権利 であるとすることにより, 田中博士とほぼ同じ結論を承認されるとされて いる。大隅『変遷論』169頁。なお, 実方先生も松田博士の見解を支持し ておられるとする点について, 大隅『変遷論』173頁注(2), および服部 『株式の本質』29頁注(3)。 204( 231 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(22) 人類としての生活関係に二分され, 前者については公権が, 後者について は私権が存在するのと同様に, 一般私法団体における構成員の生活関係が. 論. 団体員としての生活と一私人としての生活関係とに二分され, 前者につい ては共益権が, 後者については自益権が存在するとされる。したがって, 共益権は公権に, 自益権は私権に該当し, とくに共益権の本質は, 公権の うち参政権の本質と同じであるとされる。国会以外の社会も社会としての 独自の存在を有することを肯定し, 公私の区別を超えた社会法に共通の原 理を認める場合には, 参政権と共益権は, ともに団体の構成員が団体の存 続, 維持, 発展のための権利という性質を有すると言え, 参政権と共益権 はともに機関構成権であるとされる。松田博士はこのように共益権を公権 ないし参政権, 自益権を私権とパラレルに捉えられる。したがって, この ような共益権と自益権の両方を社員権という一つの権利である社員権論を (43). 不当とされるのである。 そして, 共益権の性質を, 博士はこのように共益権を公権とくに参政権 とパラレルに捉える立場から説明される。共益権は, 第一に倫理的性質を 有するとされる。たしかに, 共益権は権利であるが, しかし共益権の行使 (44). は団体自体の利益のために行使する義務を伴うものであるとされる。第二 に, 共益権は一身専属権であるとされる。譲渡や相続の対象とはならない (45). とされる。第三に, 共益権は可侵性を有するとされる。というのも, 共益 権は団体自体の利益のために与えられ, またそのために行使すべきもので (46). あるとされるからである。 (43). 松田『基礎理論』39頁以下。. (44). 松田『基礎理論』46頁。. (45). 松田『基礎理論』54頁。松田博士は, 自らが担当された事件の反対意. 見中で, 有限会社の社員総会決議取消請求権の相続性を否定されている。 最判大昭45年7月15日(民集24巻7号804頁以下)。 (46). 松田『基礎理論』60頁。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 205( 230 ). 説.

(23) このような共益権に対して, 自益権について博士はこれを会社という社 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. 会における私権的権利であるとされる。そして, 株式は, 社員権たる株主 権または社員資格を意味するのではなく, この私権的権利である自益権の 一つである利益配当請求権を意味するとされる。博士は株式が意味するこ の利益配当請求権は, 抽象的な利益配当請求権であるとされ, この抽象的 利益配当請求権は配当金を発生させる基本債権としての金銭債権であると (47). される。そして, 株券の交付を求める権利や, 会社の書類閲覧請求権など (48). は株式の従たる権利であるとされる。 以上のように, 博士は, 自益権は財産権的なものであり, 共益権は人格 権であって, このような本質的・必然的な関連のない自益権と共益権を一 (49). つのものとする考えを否認されるのである。. 2.社員権否認論への対応 もっとも社員権否認論は, 批判されることとなる。ただし, 社員権否認 論が完全に否定され, また社員権否認論が指摘する問題点が完全に解決さ れたわけではないものとも考えられる。社員権否認論は批判の対象とされ てきたものの,社員権否認論, とくに田中博士の否認論を発展させられた 松田博士の株式債権説は, 株式会社企業における所有と経営の分離による (47). 松田『基礎理論』185頁。なお, 配当金が確定しないにもかかわらず,. この株式それ自体を債権とすることは, 匿名組合員や相互保険の基金醵出 者, あるいは利益配当に参加する享益証券の所持人が債権者であるとされ ることと同様であるとされる。 (48). 松田『基礎理論』186頁。. (49). 松田『基礎理論』188頁。そして, 自益権関係においては, 株式(つ. まり抽象的利益配当請求権), その従たる権利, そして出資義務(当時は 分割払込制度が採られていたため)の三者は有機的関係に立つとされ, し たがってこの有機的関係があるために株主は一つの地位に立つと観念しえ るとされている。 206( 229 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(24) 株主の社債権者化という社会的実態を基礎としており, 批判しつつもこの (50). 点について一定の理解を示されるものがあるからである。したがって, 社. 論. 員権否認論とくに松田博士の株式債権説に対して批判しつつも, それに一 定の意義を見出そうとされる大隅博士と服部教授の見解をつぎに概観する。 説.  社員権論の対応. 大隅博士の対応を中心として. ①共益権の非利己的性格について. 主として田中耕太郎博士の見解に. 対して たとえば, 大隅博士は, 社員権否認論が主張する共益権の非利己的性格 について反対される。田中博士も松田博士も, 共益権の利己的性格を否定 される。田中博士は, 共益権の権利性を否定され共益権は権限であるとす ることによって, 共益権は団体の利益のために行使されなければならない ものとされる。松田博士は, 共益権の権利性を承認されつつも, 共益権を 公権とくに参政権に比すべきものとされることによって, 田中博士と同じ く共益権は団体の利益のために行使されなければならないものとされる。 しかし, 大隅博士は, 共益権を団体の利益のために行使されなければな らないものとすると, 株式会社の営利法人性と抵触することとなるとされ, 共益権の非利己的性格を否定される。博士は, 株式会社の本質を営利法人 とされ,「株式会社は利益を得て, それを社員に分配するもの」とされる。 株式会社は, 企業の実質的所有者である複数人を一つの団体関係に結合し てその団体を法人化し, この法人に企業の所有権と企業の取引関係を単一 的に帰属させることを可能にする法技術であるとされる。これにより, 経 済的には株主(株主全体)の所有に帰属する会社事業が, 法律的には法人 である会社の所有に帰属することとなる。つまり, 大隅博士は, 会社事業 (50). 大隅『変遷論』166頁以下。服部『株式の本質』41頁, 47頁および48. 頁以下。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 207( 228 ).

(25) は, 法律的・形式的には法人たる会社の所有に属するが, 経済的・実質的 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. には株主(株主全体)に属するとされる。したがって, この経済的・実質 的に株主の所有に属する会社事業の観念的分け前が, 法律的には株主権と して現われ, 株式はこの観念的分け前を示すものであるとされる。すなわ ち, この観念的分け前に応じて, 株主が会社事業から生ずる利益の分配を 受ける権利, そして会社事業に対する支配に関与する権利が株主権と捉え られるのである。この意味において, 博士は, 自益権は所有権の収益権能 の変形物であり, 共益権は所有権の支配権の変形物であるとされるのであ る。 株式会社と株式をこのように捉えるならば, 共益権は, 自益権の価値の 実現を保障するために株主に与えられたものと言えることとなる。したが って, 大隅博士は自益権のみならず共益権もまた原則として株主自身の利 益のためにすることができるものと解さなければならないとされ, 否認論 の主張する共益権の非利己的性格に反対される。そして, 法が共益権の中 核である議決権について一株一議決権原則を採り, 資本参加と議決権の均 衡を確保しようとしているのは, 株主が議決権を自己の利益のために行使 することにより, 会社における自己の財産的利益の擁護を図ることを予定 しているからであり, 法は共益権を自益権の価値の実現を保障するために 株主に与えられたものであるという前提に立っていることの現われである とされる。もしも, 議決権が, 否認論が主張するように, もっぱら団体自 身の利益のために行使せねばならないものであるとするならば, 民法上の 公益法人の場合と同様に, 議決権につき頭数主義をとるべきであるとされ (51). る。 (51). 大隅『変遷論』169頁以下。大隅博士は, 議決権が株主の自己の利益. を保証するためのものであることについて, アメリカ法では議決権が株式 という財産権の価値を保障するための不可欠の手段とされ, 議決権自体を 208( 227 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(26) なお, 大隅博士は松田博士の主張される共益権の非利己的性格をとくに 批判的に捉えている。というのも, 松田博士は共益権の権利性を承認され. 論. つつも, 共益権を公権に比すべきものとされることによって, 田中博士と 同じく共益権は団体の利益のために行使されなければならないものとされ るからである。大隅博士は, この共益権を公権と類比させる根拠となる, 会社という一個の社会を観念し, それを国家という社会とパラレルに捉え られる松田博士の見解に反対される。国家における人の生活が, 人類とし ての生活関係と国民としての生活関係とに区別され, 前者について私権が, 後者について公権が妥当するのは, 近代国家の構造が, 生活関係の形成が 構成員の自由な意思決定にまかされる市民社会と, この市民社会の秩序を 維持・確保するための権力的統制を第一次的機能とする政治社会から複合 的に構成されているからである。これに対して, 株式会社は一元的な構造 の社会であり, 株式会社という社会における株主の権利義務関係はすべて, 団体と構成員との間の団体法的法律関係であるとされる。つまり, 株式会 社においては, 団体法関係を離れた株主の権利義務関係は観念し得ないと される。たしかに, 株主は株主たる資格とは無関係に会社と法律関係に入 る場合はある(たとえば, 売買契約や賃貸借契約にもとづく個人法上の法 律関係)。しかし, これら第三者的権利義務はもとより株主としての権利 (52). 義務の範囲の外にあるとされるのである。したがって, 博士は, 上のよう な近代国家構造と株式会社という社会構造をパラレルにみることはできな (53). いとされる。 財産権とされていることに興味を抱かれている。 (52). 大隅博士は, 株式会社という社会を国家という社会とパラレルの関係. として捉える場合には, 株主が株主の資格で会社に対して有する権利はす べて, 団体と構成員との間の団体法的法律関係であるとされるので, 共益 権のみならず自益権もまた公権とパレラレルの関係にあることとなってし まうとされる。大隅『変遷論』171頁。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 209( 226 ). 説.

(27) ②株式の債権的構成について 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. 松田博士の見解に対して. また, 博士は松田博士が主張される株式債権説の基礎となっている「企 業の所有と経営の分離」という社会事実によって株式会社の理解が一定程 度修正されねばならないことに対しては理解を示される。ただし, 株式を 金銭債権とすることには躊躇される。大隅博士は, 松田博士が指摘される 株式の金銭債権化に関連して,一般株主の地位が社会的にも経済的にも金 銭債権者の地位に接近しつつあることを否定しがたい事実であるとされる。 すなわち, 博士は, 株主が法律上は会社財産に対して所有権をもたないこ と, 株主が有する会社管理権はほとんどの場合まったく行使されず事実上 は形式的な存在に陥っていること, 証券市場の発達によって会社存続中の 投下資本の回収が株式の売却により容易になされ得ること, 配当率平均化 によって配当金が会社利益に連動せずほぼ一定額とされることを挙げられ, 株式が債権へ接近することを認められる。したがって, 博士はこの株式の 社債化が株式会社を理解する場合に様々な考慮を要請することを否定され ない。ただし, このような経済的・社会的事実から株式を法律的にも金銭 (54). 債権とすることには反対される。松田博士は, 株式を金銭債権とされるが, それは純然たる債権ではなく, 社団法上の債権であるとされる。というの も, 社団法上の債権としない場合には, なぜ株式という金銭債権の取得者 だけが, 社債などの他の金銭債権の取得者とは違って, 会社の構成員とな り, また危険を負担するのかについて説明がつかなくなるからである。し かし, 大隅博士は,「社団法上の債権」を観念することは, 社団法的法律 関係ないし株主としての地位の存在が前提となるのであるから,「社団法 上の債権」ということ自体が矛盾であると批判される。博士は, むしろ 「社団法上の債権」の前提となっている社団法的法律関係ないし株主とし (53). 大隅『変遷論』171頁。. (54). 大隅『変遷論』168 169頁。. 210( 225 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(28) ての地位こそが株式であるとされる。というのも, 株式の移転はこのよう な社団法的法律関係ないし株主としての地位の移転であって, 利益配当請. 論. 求権はこの核心部分として社団法的法律関係ないし株主としての地位の移 転に伴って移転するものとする方が合理的と博士は考えられるからであ (55). る。そして, 松田博士の株式債権論の弱点を, 株式会社を社団としつつ, 株式を債権とすることにあると指摘される。つまり, 株式を債権とみる場 (56)(57). 合には, 株式会社を財団と捉えねばならないとされる。このように大隅博 士は, 法律的に株式を債権とすることに躊躇される。ただし, 博士が所有 と経営の分離による株式の金銭債権への接近現象に注目されていることに ついては注目すべきであろう。.  服部教授の対応 服部教授は, これら社員権否認論のとくに共益権の本質を考察されるこ とにより, 社員権否認論の理論的意義を究明しようとされている。という のも, 田中博士の否認論も松田博士の否認論(株式債権論)も, 共益権の 特殊性に着目し, 共益権と自益権の両方を含む社員権を否認されているか らである。. (55). この意味で大隅博士は田中博士の否認論に理解を示される。田中博士. は, 松田博士と同じく否認論に立たれるが, 株式を利益配当請求権とはさ れず, 株式を自益権のみを内容とする社員の地位とされるからである。大 隅『変遷論』172頁。 (56). 大隅『変遷論』171頁以下。. (57). なお, 松田博士は共益権を株式取得の結果として会社の構成員になる. ことによって原始的に取得されるものとされ, 共益権の移転性を否定され る。しかし, 大隅博士は, 共益権は自益権を保障するために株主に与えら れたものと見る立場から, 共益権の移転性を肯定される。大隅『変遷論』 172頁。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 211( 224 ). 説.

(29) ①共益権の権限性について 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. 田中耕太郎博士の見解に対して. 上で見たように, 田中耕太郎博士は共益権を権限であるとされる。服部 教授は, この田中博士の見解の基礎にある, 社員権概念と機関概念との区 (58). 別に反対される。服部教授は, たしかに社員権概念と機関概念は区別する ことができるが, 両者の間には深い関係があるとされるとされるからであ る。社員権概念と機関概念はともに社団の組織法上の概念であり, また団 体として存在することは, すなわち団体として活動することであるから, 団体の存在の基礎(田中博士のいう社団の構成要素)と活動の基礎は切り 離すことができないとされるのである。 つぎに, 服部教授はたとえ社員概念と機関概念を区別した場合であって も, 共益権の権利性は否定されないとされる。服部教授は共益権の権利性 に言及される前提として,「機関の権限」について検討され,「機関の権限」 とは, ある機関の行為を社団自体の行為することができる範囲であるとさ れる。たとえば, 社員総会が社団に関する一定事項について決議をなし得 るとする場合に, 社員総会はそれら事項について決議する権限を有し, そ の決議は社団自体の意思となる。つまり, 機関がどの範囲で機関と呼ばれ 得るのか, 機関が社団の統一的意思をどの範囲で有効に表示し得るかとい ったこの範囲を「機関の権限」と呼ぶものとされる。権限概念をこのよう な範囲の問題であるとされたうえで, 服部教授は, 機関のある権限内容に ついて権利が成立することは排除されないとされる。たとえば, 社員総会 がある一定の事項について決議する権限を有することは, 社員総会の構成. (58). 田中博士は, 機関概念と社員概念との区別について, 機関概念は社団. 活動の基礎であり社員概念は社団の構成要素であるとされ, この相違はあ たかも四肢耳目が骨肉から構成されるが, これらはこれらの人体の機関と 骨肉の機関の概念が違うのと同様であるとされる。田中耕太郎『改正会社 法概論』98頁以下, および同「機関の観念」『商法研究第二巻』403頁。 212( 223 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(30) 員である社員がその事項について社員総会の構成員として議決する権利を 有することを排除するものではないとされる。というのも, 正当な理由な. 論. くしてその議決権を社団によって奪われた場合には, 社団に対して, また は他の社員もしくは第三者によってその社員の議決権行使が妨害された場 合には, それらの者に対して, 社員は自己の名をもって, 議決権の存在確 認や妨害排除を請求することができるからである。このように, 服部教授 はたとえ社員概念と機関概念を区別した場合であっても, 共益権の権利性 (59)(60). は否定されないとされる。. ②共益権の公権とパラレルの関係にあることについて. 松田博士の見. 解に対して 松田博士は, 上でみたように株式会社という社会と国家という社会をパ ラレルの関係にあるとされ, 自益権を私権的に捉えられ, 共益権を公権理 論によって把握すべきことを説かれている。服部教授は, 自益権と私権と の類比に疑問をもたれる。服部教授は, 松田博士が自益権になぞらえられ る, 私権関係, つまり国家における人類としての生活関係は, 人類として の個々人相互の関係, すなわち「国民対国民の関係」であるのに対して, 松田博士が自益権関係とされる関係は,「社員対社員の関係」ではなく, (61). 「社員対社団(団体)の関係」であるとされる。そして, この点に, 団体 の総合的考察にもとづく共通性の理論の弱点が最も端的に露呈されると指 (59). なお, 松田博士も共益権の権限性を認めつつ権利性を否定されない。. 松田『基礎理論』62頁以下, および服部『株式の本質』31頁注(3)。 (60). 服部『株式の本質』31頁以下。. (61). たとえば, 自益権関係である利益配当請求権は, 社員が株式会社とい. う団体に対して有する権利であって, 社員が他の社員に対して有する権利 ではないこのことを想起すれば容易に理解できるとされる。服部『株式の 本質』32頁。 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 213( 222 ). 説.

(31) 摘される。 一 九 世 紀 ド イ ツ に お け る 社 員 権 論 の 生 成 と 展 開. また, 服部教授は, 共益権を公権, 自益権を私権に類比させる前提とな る株式会社と国家の共通性についても言及される。教授は, 株式会社を含 む私法団体と国家が団体として共通しているとしても, いかなる意味にお いて, またいかなる範囲において共通するのかについての吟味が十分でな いと異議を差し挟まれる。服部教授は, 松田博士が「国家の臣民に対する 主権と社団の社員に対する権利」,「国家機関と社団機関」, そして「国家 (62). の立法権と社団の自主立法権」などの間に共通性が見られるとされ, ある いは公権とくに参政権と共益権は共に団体の構成員が団体の維持, 存続, (63). 発展のために資すべき権利として性質が共通するとされていることを挙げ られ, これでは, 株式会社と国家がいかなる意味において共通するのか, またいかなる範囲において共通するのかについて十分には明らかとならな いと批判される。たとえば, 株式会社を組合と捉え, そして国家を組合的 (64)(65). に解して, 公権を私権的に考えることもまた可能となると指摘される。 このように, 服部教授は松田博士が株式会社と国家を, また共益権と公 (62). 松田『基礎理論』38頁。. (63). 松田『基礎理論』40頁。. (64). 服部『株式の本質』32頁注(1)。. (65). 服部教授は, 上でみた大隅博士の松田博士に対する指摘もまた, この. 共通性の吟味が不十分であることを突いたものであるとされている。服部 『株式の本質』32頁注(2)。上でみたように, 大隅博士は松田博士が株式 会社と国家を類比されることについて,「公権と私権が区別されるのは, そこにおける生活関係の形成が成員の自由な意思決定に委ねられている市 民社会とこの市民社会の秩序の維持確保のためにする権力的統制を第一次 的機能とする政治社会との複合からなる近代国家の特殊構造に照応するも ので, 株式会社をこれに比擬する事はできないであろう」(大隅健一郎 「いわゆる株主の共益権について」 会社法上の諸問題 148頁)とされて いる。なお, 大隅博士はこれと同様の指摘をされている。大隅『変遷論』 171頁。 214( 221 ). 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月).

(32) 権を類比させて把握される見解に反対される。したがって, 服部教授は, 松田博士の説かれる, 国民の有する公権および私権を包含して一個の権利. 論. を構成することが無意義であるのと同様に, 共益権と自益権を包含する一 個の社員権を構成することは無意義であるとする理屈は成立し得ず, ここ (66). に株式債権説にもとづく社員権否認論は立論の前提を失うと指摘される。. ③共益権の倫理的性質について. 松田博士の見解に対して. 松田博士は, 共益権を公権とくに参政権と類比され, このことから共益 (67)(68). 権の倫理性を導かれる。しかし, 服部教授は, その倫理性を認める理由が (69). 不明確であると批判される。松田博士は, 共益権は団体の維持, 存続, 発 (66). 服部『株式の本質』32頁注(3)。. (67). 松田『基礎理論』 46頁は, 「共益権に於ては恰 (あたか) も公権に於. けると等しく, 団体と其構成員とは共通の利害関係に立ち, 此関係に於て 構成員は団体と謂ふ全体の一部として生活するものであり, 共益権の行使 により, 団体の維持, 存続, 発展の為に資すべきものなのである。されば, 共益権は権利なりと雖も当然に義務を包含し, 之が行使により追求する利 益が団体自体の利益たるべきことは必然の要求である」とされる。なお, 服部『株式の本質』34頁。 (68). 大隅博士は, 松田博士の主張される共益権の倫理性に対して,「株式. 会社にあっても株主は, 実質的には企業所有権に属する権能にほかならな い株主の権利を原則として自己の利益のために行使しうるのが当然ではな いであろうか。株式会社の実体が社団型の団体であることを考慮に入れて も, また株式会社が法技術的に法人とされていることを考慮に入れても, 株主の権利が組合企業における組合員の権利と本質的に異なる行使原理に 服するべきものとなす理由は理解できない。のみならず, 株主の共益権は, もっぱら団体自体の利益のためにのみ行使されるべきであるとなすことは, 株式会社の営利法人性たる本質からいっても首肯しがたいようにおもう。」 と批判される。大隅健一郎「共益権の本質」松本先生古希記念『会社法の 諸問題』(有斐閣, 1951年)151頁以下。なお, 上でみた大隅博士の社員権 否認論に対する批判(大隅『変遷論』169頁以下)も参照。 (69). なお, 服部教授は, 共益権を株主の権利を保護するためにとくに認め 法と政治. 59 巻 1 号. ( 2008 年 4 月) 215( 220 ). 説.

参照

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