正岡子規自筆﹃竹乃里歌﹄短歌
の
地名語彙
について
︱明治三一年前後
の
比較
を
通
して
︱
石
井
翔
子
一、目的 本 稿 で は 、 正 岡 子 規︵一 八 六 七∼ 一 九 〇 二︶ の 短 歌 作 品 に 使 用 さ れ た 地 名 語 彙 に つ い て 、 短 歌 革 新︵明 治 三 一 年︶ 前後 での 変化 を 中心 にして 扱 う 。子規 は 明治三一年 の 短歌革新 において 、次 の 主 張 1 をしている 。 ⋮此腐敗 と 申 すは 趣向 の 變化 せざるが 原因 にて 、又趣向 の 變化 せざるは 用語 の 少 きが 原因 と 被存候。故 に 趣向 の 變化 を 望 まば 是非 とも 用語 の 區域 を 廣 くせざるべからず 、用語多 くなれば 從 つて 趣向 も 變化可致候。⋮ この 子規自身 の 主張 である ﹁用語 の 區域﹂ の 拡大 について 、 これまでの 調査 で 植物 に 関 しては 明治三一年 に 植物 の 種類 が 大 きく 増加 したことと 、天文 に 関 しては 明治三一年 を 境 にした ﹁用語 の 區域﹂ の 拡大 が 、植物 の 場合 ほど 見 ら れなかったことを 明 らかにし た 2 。 こ の 二 つ の 題 材、 ﹁植 物﹂ と ﹁天 文﹂ は 終 世 子 規 に と っ て 身 近 な 題 材 の 一 つ で あ っ た 。 し か し 地 名 語 彙 は 子 規 の 病 状 の 変化 によって 、身近 な 題材 ではなくなる 。子規 の 病状 が 悪化 するに 従 い 外出 の 機会 が 減 ってゆくためである 。子 規 が 旅 行 す る こ と が で き た の は 明 治 二 八 年 ま で で あ り 、﹁用 語 の 區 域﹂ の 拡 大 を 唱 え た 明 治 三 一 年 は 、 人 力 車 で の 外 出 は 可能 であっても 、遠地 への 旅行 は 不可能 であった 。そこで 明治三一年 の ﹁用語 の 區域﹂ の 拡大 の 実践 と 子規短歌 にみられる 地名語彙 の 使用実態 を 調査 する 。子規短歌 にみられる 地名語彙 の 使用実態 について 、地名語彙 が 多 く 見 られると 考 えられる 、子規 の 手 による 紀行文 の 地名語彙 との 比較 を 通 して 見 てゆく 。 二、調査方法 二 一 調査資料 短歌 の 語彙 の 採録 は 次 の 三点 で 行 う 。調査対象 とする 短歌 は 、作歌時期 が 分 かる 二四三二首 とする 。 自筆本﹃竹乃里歌﹄ の 複製本 ︵講談社 一九七六年九月六日出版︶ 講談社版﹃子規全集 第六巻﹄収録﹃竹乃里歌﹄ と ﹁竹乃里歌﹂拾遺 ︵一九七七年五月十八日発行︶ 正岡子規自筆﹃竹乃里歌・竹乃里歌拾遺﹄語彙総索引稿 ︵金子彰・石井翔子編 私家版︶ 本稿 で 調査対象 とする 紀行文 は 次 の 通 りである 。紀行文 の 抽出 は 、﹃松山市立子規記念博物館総合案内﹄ ︵二〇〇五 年十一月 四五頁︶ を 参考 にした 。調査対象 は 子規 による 文章 とする 。全集 に 収録 されている 紀行文 の 底本 と 初出 の ものの 間 に 異同 が 見 られ 、初出 のものから 省略 された 地名語彙 も 採録 する 。俳句 や 短歌、詩、漢詩、子規以外 の 人 に よる 引用文 は 除 く 。 次 の 二作品 は ﹃子規全集第九巻初期文 集 3 ﹄ に 収録 されている 。 ﹁遊岩谷 行 4 ﹂ ⋮明治十四年旅行、同年 に 執筆 ﹁東海紀 行 5 ﹂ ⋮明治十六年旅行、同年 に 執筆 次 の 三作品 は ﹃子規全集第十巻初期随 筆 6 ﹄ に 収録 されている 。
﹁彌次喜 多 7 ﹂ ⋮明治十八年旅行、同年 に 執筆 ﹁鎌倉 行 8 ﹂ ⋮明治二一年旅行、同年 に 執筆 ﹁上京紀 行 9 ﹂ ⋮明治二二、二三年旅行、明治二三年 に 執筆 次 の 二七作品 は ﹃子規全集第十三巻小説紀 行 10 ﹄ に 収録 されている 。 ﹁水戸紀 行 11 ﹂ ⋮明治二二年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁水戸紀行裏四日大 盡 12 ﹂ ⋮明治二二年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁ しやくられの 記 13 ﹂ ⋮明治二三年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁ かくれみ の 14 ﹂ ⋮明治二四年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁山路 の 秋 15 ﹂ ⋮明治二四年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁ かけはしの 記 16 ﹂ ⋮明治二四年 に 旅行、翌年執筆発表。 ﹁大磯 の 月 見 17 ﹂ ⋮明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁大磯 に 引網 を 見 る 記 18 ﹂ ⋮ 明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁旅 の 旅 の 旅 19 ﹂ ⋮明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁第六回文科大學遠足會 の 記 20 ﹂ ⋮明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁日光 の 紅 葉 21 ﹂ ⋮明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁高尾紀 行 22 ﹂ ⋮明治二五年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁鎌倉一見 の 記 23 ﹂ ⋮明治二六年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁ はて 知 らずの 記 24 ﹂ ⋮明治二六年 に 旅行、同年 に 執筆発表
﹁三方旅 行 25 ﹂ ⋮明治二六年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁發句 を 拾 ふの 記 26 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁上野紀 行 27 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁ そゞろあり き 28 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁王子紀 行 29 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁閒遊半 日 30 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁總武鐵 道 31 ﹂ ⋮明治二七年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁散策 集 32 ﹂ ⋮明治二八年 に 旅行、同年 に 執筆 ﹁夕涼 み 33 ﹂ ⋮明治三一年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁道灌 山 34 ﹂ ⋮明治三二年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁本郷 ま で 35 ﹂ ⋮明治三二年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁小石川 ま で 36 ﹂ ⋮明治三二年 に 旅行、同年 に 執筆発表 ﹁龜戸 ま で 37 ﹂ ⋮明治三三年四月 に 旅行、同年 に 執筆発表 二 二 地名語彙 の 採録 本稿 では 、﹁日 の 本﹂ や ﹁根岸﹂ といった 土地名 を 表 すものと 、﹁隅田川﹂ や ﹁富士﹂ といった 特定 の 場所 を 表 す 自 然物 を 表 すものを 地名語彙 とする 。採録方法 は 次 の 通 りである 。 ﹃竹乃里歌・竹乃里歌拾遺﹄語彙総索引稿 では 、﹁富士 の 嶺﹂ や ﹁富士 の 煙﹂ のような 複合語 を 採 っている 。複合語
の ﹁富士 の 嶺﹂ と ﹁富士 の 煙﹂ の 場合、主 としての 意味 は ﹁嶺﹂ と ﹁煙﹂ であり 、﹁富士﹂ はそれぞれ ﹁嶺﹂ と ﹁煙﹂ の 修飾 である 。本稿 では 、 このような 複合語 に 見 られる 地名 も 採録対象 とする 。 ま た ﹁二 荒 の 山﹂ の ﹁二 荒﹂ の よ う に 省 略 し た 形︵ こ の 場 合、 二 荒 山 の 省 略 と 考 え ら れ る ︶ の 場 合 も 同 様 に 考 え 、 ﹁二荒﹂ で 採録 する 。但 し ﹁二子 の 山﹂ や ﹁鎧 の 渡﹂ のように 、﹁二子・ の ・山﹂ や ﹁鎧・ の ・渡﹂ と 個々 に 分 けると 意味 が 通 らなくなると 判断 したもの ︵例 えば ﹁二子﹂ は 双生児 の 意 であり ﹁鎧﹂ は 武具 を 表 す 。﹁二子・ の ・山﹂ ﹁鎧・ の ・渡﹂ と 分 けた 場合、 ﹁山﹂ と ﹁渡﹂ を 限定 する 意味 が 通 らなくなる ︶ は 複合語 の 形 で 採録 する 。 な お ﹁ ア メ リ カ 人﹂ の よ う な 、 地 名 と し て の 意 味 が 主 で な い 熟 語 は 採 録 し な い 。 次 の 例︵歌 の 下 の ︵ ︶ 内 に 通 し 番 号 と 作歌年 を 記 す ︶ のように 、﹁ アメリカ 人﹂ から 地名 としての ﹁ アメリカ ﹂ の 意味 は 殆 ど 感 じられないと 判断 した 。 久方 の ︽ アメリカ 人︾ のはじめにしベースボールは 見 れど 飽 かぬかも ︵八〇八 ・ 三一年︶ 三、調査結果 子規短歌 に 詠 まれた 地名語彙 は 次 の 通 りである 。地域 ごとに 独自 に 分類 し 、五十音順 に 語 を 挙 げた 。 伊予︵愛媛︶ ⋮愛媛県 の 地名 伊佐庭・石鎚 の 山・伊豫・與居島・道後・高浜・新居・二名・松山・三津 東京 ⋮東京都 の 地名 赤 阪・ 赤 羽 根・ 秋 葉・ 浅 草・ 浅 草 川・ 飛 鳥・ 飛 鳥 山・ 愛 宕・ 荒 川・ 芋 阪・ 牛 島・ 上 野・ 上 野 山・ 嬉 し の 森・ 江戸・御茶 ノ 水・音無 の 川邊・大江戸・大森・霞 が 關・金杉・鐘 の 淵・蒲田・神田・龜戸・木下川・小金井・ 御殿山・駒形・櫻 が 岡・品川・不忍・不忍池・忍 ヶ 岡・巢鴨・洲崎・隅田︵ すだ ︶・隅田︵ すみだ ︶・隅田川・
道 灌 山・ 立 川・ 多 摩・ 玉 川・ 千 代 田・ 寺 島・ 寺 島 村・ 東 京・ 豊 島・ 中 の 郷・ 根 岸・ 深 川・ 本 庄・ 待 乳・ 待乳山・丸 の 内・三河島・三橋・向島・谷中・谷中路・吉原・鎧 の 渡・兩國 北海道 ⋮北海道 の 地名 蝦夷・北蝦夷 東北 ⋮東北地方 の 地名 安達太良・岩手・笠島・金崋山・信夫・鹽竃・白河・末 の 松山・千賀・出羽・富山・吹浦・松嶋・ 陸奥︵ みちのく ︶・陸奥︵ むつ ︶・最上・最上川・山形・雄嶋 関東 ⋮東京以外 の 関東地方 の 地名 赤城・足柄・蘆 の 水海・綾瀬川・伊香保・市川・稻村 が 崎・裏見・江 ノ 島・大洗・大磯・大山・上野・鏡 が 浦・ 葛 飾・ 鎌 倉・ 鎌 倉 山・ 上 つ 毛・ 上 つ 總・ 上 總・ 黑 髮 山・ 黑 戸・ 華 嚴 の 瀧・ 小 余 綾・ 相 模・ 三 條・ 鴫 立 つ 沢・ 下野・下總・秩父・筑波・筑波嶺・戸田・利根・利根川・中川・那須野・習志野・男體・箱根・箱根路・榛名・ 常 陸・ 二 荒︵ ふ た あ ら ︶・ 二 荒 山・ 二 子 の 山・ 二 荒︵ ふ た ら ︶・ 武 蔵・ 武 蔵 野・ 睦 岡・ 睦 岡 村・ 妙 義・ 結 城・ 横濱 中部 ⋮中部地方 の 地名 粟手・伊豆・甲斐・木曾・木曾山・淸見潟・越・越路山・佐夜 の 中山・信濃・信濃路・白坂・諏訪・駿河路・ 滑 の 川・白山・富士・富士山・三保・養老 の 瀧・夕富士 京都 ⋮京都府 の 地名 宇 治・ 宇 治 川・ 音 羽 の 瀧・ 大 内 山・ 大 原・ 大 堰 川・ 紙 屋 川・ 賀 茂・ 賀 茂 川・ 北 野・ 京・ 淸 水・ 四 條 河 原・
高尾・鳥部山・比叡・廣澤・八瀨・山城 奈良 ⋮奈良県 の 地名 香具山・春日野・春日山・葛城・月 が 瀨・奈良・初瀨・三笠・三吉野・三輪・大和・吉野 近畿 ⋮京都・奈良以外 の 近畿地方 の 地名 明 石・ 淡 路・ 逢 阪・ 逢 阪 山・ 近 江・ 近 江 潟・ 近 江 路・ 伊 勢・ 神 戸・ 紀 伊・ こ り 須 磨・ 櫻 井・ 志 賀・ 鈴 鹿・ 須磨・隅田河原・住江・住吉・瀨田・高砂・竹生嶋・津・中濱・灘・難波・難波江・難波潟・難波津・涙川・ 涙 の 川・ 鳰 照 る 海・ 播 州・ 比 巴・ 比 巴 湖・ 比 良・ 三 上 山・ 湊 川 邉・ 山 崎・ 山 田 潟・ 八 尾・ 淀 川・ 和 歌 の 浦・ 度会・小倉山・尾上 中国︵山陽︶ ⋮瀬戸内側 の 中国地方 の 地名 安芸・嚴島・吉備・敷名 が 濱・宮島 中国︵山陰︶ ⋮日本海側 の 中国地方 の 地名 出雲 四国 ⋮愛媛以外 の 四国地方 の 地名 阿波・讃岐・四國・多度津・八島潟 九州 ⋮九州地方 の 地名 日向・火 の 國・宮崎 日本 ⋮日本 の 国名 を 表 すもの 敷島・豊葦原 の 瑞穂 の 國・日本・日 の 本・八洲・大和
アジア ⋮日本以外 のアジアの 地名︵含国名︶ ア ム ー ル ・ エ ヴ ェ レ ス ト ・ 江 東・ 唐・ 唐 國・ 唐 山・ 漢・ 北 印 度・ 黄 の 河・ 金 州・ 黄 河・ 華 山・ 高 麗・ 三 崎・ 支 那・ 上 海・ 晋・ シ ン ガ ポ ー ル ・ 震 旦・ 秦 淮・ 赤 壁・ 高 砂・ 高 砂 島・ 長 安・ 天 竺・ 中 つ 國・ 新 高 山・ ヒマラヤ ・ ヒリピン ・ フォルモサ ・普陀落・渤・明・唐土・ モンゴル ・揚子・洛陽・遼東・廬山 欧米 ⋮欧米 の 地名︵含国名︶ アメリカ ・ おロシア ・ スエス ・ スパニア ・ パリ ・ パリス ・ フランス 架空 ⋮架空 の 地名 エデン ・鬼 が 島・小人島 場所 が 特定 できない ﹁上野 ロ ﹂﹁權現 の 森﹂ ﹁忍 の 岡﹂ ﹁玉川﹂ は 、調査対象 から 外 している 。 三 一 地名語彙 の 詠 まれた 作品数 右 の 地名語彙 を 使用 した 短歌 の 期間 ごとの 作品数 を 次 に 挙 げる 。明治三十年以前、三一年、三二年、三三年、三四 年、三五年 の 六期 に 分 けて 挙 げる 。六期 に 分 けたのは 、明治三一年 の 短歌革新前 と 革新後 では 子規 の 歌風 が 大 きく 異 なることと 、革新以降 も 歌風 の 変化 が 見 られることの 為 である 。 ︵ ︶ 内 の 数 値 は 、 各 期 間 に 作 ら れ た 全 て の 作 品 数 に 対 す る 、 地 名 語 彙 を 詠 ん だ 作 品 数 の 割 合 で あ る 。 / の 下 の 作 品数 は 各期間 のすべての 作品数 である 。割合 の 小数第二位以下 は 四捨五入 した ︵以降 の 割合 も 同様 とする ︶。 明治三十年以前 ⋮一六八首/五七六首︵ 29.2%︶ 調査対象 の 紀行文⋮二七作品︵上京前⋮一、喀血前⋮六、喀血後⋮二〇︶ 明治三一年⋮ 一五八首/六九一首︵ 22.9%︶ 調査対象 の 紀行文⋮ 一作品
明治三二年⋮ 七二首/三六八首︵ 19.6%︶ 調査対象 の 紀行文⋮ 三作品 明治三三年⋮ 一四三首/六四五首︵ 22.2%︶ 調査対象 の 紀行文⋮ 一作品 明治三四年⋮ 十七首/ 八九首︵ 19.1%︶ 調査対象 の 紀行文⋮ なし 明治三五年⋮ 十五首/ 六三首︵ 23.8%︶ 調査対象 の 紀行文⋮ なし 短歌革新前 である 明治三十年以前 が 、地名語彙 を 短歌 に 詠 み 込 む 傾向 が 最 も 高 くなっている 。明治二八年 まで 子規 は 旅行 することができ 、二八年 までの 地名語彙 を 詠 んだ 作品数 は 一六七首 であるので 、旅行 が 可能 であった 期間 に 多 くの 地名語彙 が 短歌 に 詠 まれているといえる 。 明治三一、三二年 の 子規 は 人力車 での 外出 が 可能 であったが 、明治三十年以前 と 比 べ 、地名語彙 を 詠 むことが 少 な くなっている 。 明治三三年六月三日 の 麓宅 の 園遊歌会 への 出席 が 最後 の 外出 となり 、 それ 以降 の 子規 は 外出 が 不可能 であった 。明 治三三年 も 、明治三十年以前 と 比 べ 地名語彙 を 詠 むことが 少 なくなっているが 、外出 が 可能 であった 期間 である 明治 三一年 とは 割合 がほぼ 同 じである 。 明 治 三 四 年 ま で の 短 歌 作 品 で は 、 地 名 語 彙 を 詠 む 傾 向 が 緩 や か に 減 少 し て い る が 、 三 五 年 で は 地 名 語 彙 を 詠 ん だ 作 品 が 比 較 的 多 く 見 ら れ る 結 果 で あ る 。 し か し 、 明 治 三 五 年 の 十 五 首 の 内 八 首 が 、﹁碧 梧 桐 赤 羽 根 に つ く し つ み に と 再 び 出 て ゆ く に ﹂ と 題 の 付 さ れ た 十 三 首 の 中 の 作 品 で あ る の で 、 三 四 年 ま で の 減 少 傾 向 か ら 増 加 傾 向 へ と 変 わ っ た と は 言 い 難 い 。 子規短歌 に 地名語彙 が 詠 まれる 傾向 は 、期間 を 下 ってゆくに 従 い 概 ね 緩 やかに 減少 しているといえる 。
三 二 子規短歌 の 地名語彙 子規短歌 に 見 られる 地名語彙 の 異 なり 語数 と 延 べ 語数 を 、期間 と 地域 ごとにまとめたものが 、次 の 表 1である 。 表 の M 30は 明治三十年以前、 M 31は 明治三一年、 M 32は 明治三二年、 M 33は 明治三三年、 M 34は 明治三四年、 M 35 は 明治三五年 を 表 す 。﹁異﹂ は 異 なり 語数、 ﹁延﹂ は 延 べ 語数 を 表 す 。 表 1 表1 M30 M31 M32 M33 M34 M35 計 伊予 (愛媛) 異 5 4 1 4 0 0 14 延 10 5 1 7 0 0 23 東京 異 19 30 12 27 2 1 91 延 40 48 14 51 3 8 164 北海道 異 1 1 0 1 0 0 3 延 1 2 0 1 0 0 4 東北 異 7 7 3 5 4 4 30 延 11 7 4 5 12 4 43 関東 異 23 21 13 16 2 4 79 延 31 31 19 29 7 4 121 中部 異 10 9 4 8 0 0 31 延 29 22 4 13 0 0 68 京都 異 8 11 4 3 1 0 27 延 11 12 4 4 1 0 32 奈良 異 2 4 4 5 1 1 17 延 5 4 7 5 1 1 23 近畿 異 28 12 6 5 0 1 52 延 38 23 8 5 0 1 75 中国 (山陽) 異 2 1 1 2 0 0 6 延 3 1 3 4 0 0 11 中国 (山陰) 異 0 0 1 0 0 0 1 延 0 0 1 0 0 0 1 四国 異 3 2 0 1 0 0 6 延 3 3 0 1 0 0 7 九州 異 0 0 2 1 0 0 3 延 0 0 3 1 0 0 4 日本 異 4 3 2 2 0 0 11 延 9 8 2 7 0 0 26 アジア 異 5 20 7 14 0 0 46 延 7 22 12 28 0 0 69 欧米 異 0 1 2 5 0 0 8 延 0 1 2 7 0 0 10 架空 異 0 1 2 0 0 0 3 延 0 1 2 0 0 0 3 計 異 117 127 64 99 10 11 延 198 190 86 168 24 18
表 1より 、明治三一年 に 短歌 に 詠 まれる 東京 とアジアの 地名語彙 が 大 きく 増加 したことが 分 かる 。子規 は 明治十六 年 に 上京 し 、明治二八年 に 中国︵ アジア ︶ へ 実際訪 れている 。東北 や 関東、中部、京都、奈良 の 地名 の 異 なり 語数 や 延 べ 語数 に 大 きな 差 は 見 られない 。 これらの 土地 を 旅行 したのも 明治二八年 までであ る 38 。 三 三 短歌革新後 の 短歌 に 見 られる 地名語彙 明治三一年 に 初 めて 短歌 に 使用 される 地名語彙 を 挙 げる 。 また 歌枕 となっている 地名語 彙 39 には 傍線 を 附 す 。 伊予︵愛媛︶ ⋮伊佐庭・石鎚 の 山 東京 ⋮ 赤 坂 ・ 淺 草 川 ・ 飛 鳥 ・ 荒 川 ・ 上 野 ・ 江 戸 ・ 御 茶 ノ 水 ・ 大 江 戸 ・ 霞 が 關 ・ 神 田 ・ 御 殿 山 ・ 品 川 ・ 不忍・忍 が 岡・多摩・寺島村・東京・三河島・谷中・吉原・鎧 の 渡・兩國 東北 ⋮笠島・金華山・ 鹽竃 ・ 末 の 松山 ・ 千賀 ・陸奥︵ むつ ︶ 関東 ⋮ 蘆 の 水 海・ 伊 香 保 ・ 市 川・ 大 磯・ 上 野・ 鎌 倉・ 下 總・ 戸 田・ 利 根・ 利 根 川・ 箱 根 路 ・ 榛 名 ・ 二荒︵ ふたら ︶・武蔵 中部 ⋮ 木曾 山・清見潟・越・諏訪・ 白山 ・夕 富士 奈良 ⋮ 春日 山・ 三笠 ・大和 京都 ⋮ 大原 ・ 紙屋川 ・ 賀茂 川・ 北野 ・京・四條河原・ 鳥部 の 山 ・廣澤・山城 近畿 ⋮淡路・近江路・ 住吉 ・ 難波 ・ 難波 潟・ 播 州・山崎・ 淀川 ・ 度会 中国︵山陽︶ ⋮宮嶋 四国 ⋮四國
日本 ⋮豊葦原 の 瑞穂 の 國 アジア ⋮ エ ヴ エ レ ス ト ・ 江 東・ 漢・ 北 印 度・ 黄 の 河・ 金 州・ 黄 河・ 華 山・ 三 崎・ 上 海・ 晋・ 震 旦 ・ 長安・天竺・ 中 つ 國 ・新高山・ 普陀落 ・洛陽・遼東 欧米 ⋮ お 露西亜 架空 ⋮鬼 が 島 明治三一年 に 初 めて 使用 された 地名語彙九五語︵異 なり 語数︶ である 。明治三一年 に 使用 される 全 ての 地名語彙 の 異 なり 語数 が 一二七語 であるので 、新 しい 題材 としての 地名 の 積極的 な 取 り 入 れを 見 ることができる 。 明治三一年 に 初 めて 使用 された 地名語彙 の 中、二二語 が ﹁上野﹂ など 東京 の 地名語彙 であり 、十九語 が ﹁金州﹂ な どアジアの 地名語彙 である 。次 いで ﹁鎌倉﹂ など 関東 の 地名語彙 が 十四語 である 。明治三十年以前 に 見 られない 欧米 と 架空 の 地名語彙 は 、明治三一年 になって ﹁ お 露西亜﹂ ﹁鬼 が 島﹂ と 一語 ずつ 見 られるようになる 。 表 1で は 、 関 東 の 地 名 語 彙 の 異 な り 語 数 と 延 べ 語 数 に 、 明 治 三 十 年 以 前 と 三 一 年 の 間 に 大 き な 差 は 見 ら れ な か っ た 。 そ れ は ﹁赤 城﹂ ﹁常 陸﹂ な ど 明 治 三 十 年 以 前 に 詠 ま れ て い る 地 名 語 彙 が 、 三 一 年 以 降 に 詠 ま れ な く な る 例 が 見 ら れることによるものである 。明治三十年以前 に 見 られる 関東 の 地名語彙二三語︵異 なり 語数︶ の 中 で 、十三語 が 三一 年以降 に 詠 まれなくなっている 。 明 治 三 一 年 に 初 め て 使 用 さ れ た 地 名 語 彙 の 中 で 、 歌 枕 と な っ て い る 地 名 語 彙 は ﹁三 笠﹂ な ど 二 四 語 で あ り 、 愛 媛、 東京、中国︵山陽︶ 、四国、日本、欧米、架空 には 歌枕 となっているものは 見 られない 。 関 東 の 地 名 語 彙 で 歌 枕 と な っ て い る 地 名 語 彙 は 、 十 四 語 中 二 語︵ 14.3%︶ 、 ア ジ ア の 地 名 語 彙 で 歌 枕 と な っ て い る 地 名語彙 は 十九語中三語︵ 15.8%︶ であり 、歌枕 となっている 地名語彙 の 増加 は 少 ない 。
東 北 と 中 部 の 地 名 語 彙 で 歌 枕 と な っ て い る も の は そ れ ぞ れ 六 語 中 三 語︵ 50%︶ 、 京 都 の 地 名 語 彙 で 歌 枕 と な っ て い るものは 九語中五語︵ 55.6%︶ 、奈良 の 地名語彙 で 歌枕 となっているものは 三語中二語︵ 66.7%︶ 、近畿 の 地名語彙 で 歌枕 となっているものは 九語中六語︵ 66.7%︶ であり 、歌枕 となっている 地名語彙 の 増加 が 多 く 見 られる 。 子規 は 明治三一年 に 積極的 に 新 しい 地名語彙 を 詠 み 、 そのような 語 は 歌枕 によらない ﹁笠島﹂ ﹁鎌倉﹂ ﹁金州﹂ といっ た 東北、関東、 アジアといった 明治二八年 までに 訪 れた 土地 が 多 いことが 分 かる 。 こ の 傾 向 は 明 治 三 三 年 ま で 見 ら れ る 。 明 治 三 二、 三 三 年 の そ れ ぞ れ の 年 で 初 め て 短 歌 に 見 ら れ る 地 名 語 彙 を 挙 げ る 。歌枕 となっている 地名語彙 には 傍線 を 附 す 。 伊予︵愛媛︶ ⋮道後・新居・二名 東京 ⋮ 愛 宕 ・ 芋 坂 ・ 上 野 山 ・ 音 無 川 邉 ・ 大 森 ・ 金 杉 ・ 蒲 田 ・ 龜 戸 ・ 木 下 川 ・ 小 金 井 ・ 櫻 が 岡 ・ 巢鴨・道灌山・竪川・ 玉川 ・千代田・豊島・本庄・丸 の 内・三橋・谷中路 北海道 ⋮北蝦夷 東北 ⋮ 岩手 ・富山・ 最上 ・山形 関東 ⋮ 足柄・稻村 が 崎・大山・ 葛飾 ・ 鎌倉山 ・ 黑髮山 ・ 黑 戸 ・ 華 嚴 の 瀧 ・ 三 條 ・ 筑 波 嶺 ・ 二 荒 山 ・ 横浜 中部 ⋮ 信濃 路・白坂・駿河路・滑川・ 三保 京都 ⋮ 比叡 ・八瀨 奈良 ⋮ 春日 野・ 葛城 ・月 が 瀨・三 吉野 ・ 三輪 ・ 吉野 近畿 ⋮紀伊・津・ 浪速 津・湊河邉・八尾・ 小倉山 ・ 尾上
中国︵山陽︶ ⋮吉備・敷名 が 濱 中国︵山陰︶ ⋮ 出雲 四国 ⋮阿波 九州 ⋮日向・火 の 國・宮崎 日本 ⋮日本 アジア ⋮ ア ム ー ル ・ 唐 國・ 高 麗・ 支 那 ・ シ ン ガ ポ ー ル ・ 泰 淮 ・ 赤 壁 ・ 高 砂 ・ 高 砂 島 ・ ヒ リ ピ ン ・ フォルモサ ・明・ モンゴル ・揚子・廬山 欧米 ⋮ アメリカ ・ スエス ・ スパニア ・ パリ ・ パリス ・ フランス 架空 ⋮ エデン ・小人島 明治三二、三三年 で 新 しく 使用 される 地名語彙 の 異 なり 語数 は 九二語 である 。明治三二、三三年 の 短歌 に 見 られる 地名語彙 の 異 なり 語数 が 一五〇語︵明治三二年 の 全 て 地名語彙 の 異 なり 語数 が 六四語、三三年 の 全 ての 地名語彙 の 異 なり 語数九九語︶ であるので 、大半 が 新 しく 使用 されるようになった 地名語彙 であると 言 える 。明治三一年 の 作品 で 初 めて 使用 されるようになった 地名語彙︵異 なり 語数九五語︶ の 、同年 の 作品 に 見 られる 全 ての 地名語彙︵異 なり 語 数 一 二 七 語︶ に 対 す る 割 合 が 74.8% で あ っ た の に 、 明 治 三 二、 三 三 年 の 作 品 で 初 め て 使 用 さ れ る よ う に な っ た 地 名 語 彙 ︵異 な り 語 数 九 二 語︶ の 、 同 二 期 間 に 見 ら れ る 全 て の 地 名 語 彙︵異 な り 語 数 一 五 〇 語︶ に 対 す る 割 合 は 61.3% で あ る 。 短 歌革新直後 よりも 割合 は 減少 しているが 、新 しい 題材 としての 地名 を 積極的 に 取 り 入 れる 姿勢 は 見 られるといえる 。 明治三二、三三年 の 短歌 で 初 めて 使用 される 地名語彙︵異 なり 語数九二語︶ の 中 で 、東京 が 二一語、 アジアが 十五 語、関東 が 十二語 である 。明治三一年 で 初 めて 一語 が 見 られるようになる 欧米 の 地名語彙 は 、明治三二、三三年 では
六語見 られる 。 明治三一年 に 見 られた 東京 と 関東、 アジアの 地名語彙 を 新 しい 題材 として 積極的 に 用 いる 姿勢 が 三二年、三三年 で も 見 られる 。 また 欧米 の 地名語彙 も 他 の 期間 と 比 べ 多 く 見 られる 。明治三二、三三年 の 短歌 では 題材 の 拡大 の 範囲 が 広 まったといえる 。 明治三二、三三年 の 短歌 で 初 めて 使用 される 地名語彙︵異 なり 語数九二語︶ の 中 で 、歌枕 となっているものは 二〇 語 であり 21.7% を 占 めている 。明治三一年 では 、初 めて 使用 される 地名語彙︵異 なり 語数九五語︶ の 中 で 、歌枕 となっ ている 地名︵異 なり 語数二四語︶ は 25.3% を 占 めている 。明治三二、三三年 は 、短歌革新直後 よりも 歌枕 に 拠 らない 題 材 の 拡大 が 、明治三一年 よりもやや 見 られるといえる 。 これは 関西 や 東北 の 地名語彙 を 新 しく 使用 する 傾向 が 、明治 三一年 の 場合 よりも 小 さくなっていることや 、﹁ シンガポール ﹂﹁ アメリカ ﹂ といった 欧米 などのカタカナ 表記 される 地名語彙 を 積極的 に 詠 んでいることが 影響 していると 考 えられる 。 明治三一年 で 初 めて 見 られる 地名語彙 では 、明治二八年 までに 訪 れた 土地 が 多 く 見 られ 、明治三二、三三年 も 亀戸 や 華厳 の 滝 など 旅行先 の 地名語彙 が 多 く 見 られる 。 明治三三年 までの 作品 では 、旅行 した 土地 を 題材 にした 作品 が 多 く 見 られる 。次 に 木曽 を 題材 にした 作品 の 例 を 挙 げる 。木曾 へは 明治二四年 に 旅行 している 。 むかしたれ 雲 のゆきゝのあとつけてわたしそめけん ︽木曾︾ のかけはし ︵拾遺二一四 ・ 二四年︶ 檜 の 木山杉山越 えて 蔦 の 這 ふ ︽木曾︾ のかけ 橋今見 つるかも ︵七五一 ・ 三一年︶ 蠶飼 する ︽木曾︾ の 山里五月來 て 桑 の 實赤 し 鳴 くほとゝきす ︵一〇九九 ・ 三二年︶ 義仲 が 兎 を 狩 りて 遊 びけん ︽木曾︾ の 深山 は 檜生 ひたり ︵一三八八 ・ 三三年︶
﹁檜 の 木 山﹂ ﹁蠶 飼 す る ﹂﹁義 仲 が ﹂ の 作 品 の よ う に 、 明 治 三 一 年 か ら 三 三 年 の 作 品 で は 、 実 際 に 旅 行 し た 年 よ り も 後 に 当地 を 題材 にした 例 が 多 く 見 られる 。 加 え て 明 治 三 二、 三 三 年 で は 、 特 に ア ジ ア や 欧 米 の 地 名 語 彙 で 、 次 の よ う な 他 者 の 旅 先 が 複 数 見 ら れ る よ う に な る 。 ︽秦淮︾ の 秋 の 柳 の 秋寒 みから 人 さびて 詩 を 詠 まんかも ︵一二二六 ・ 三二年︶ ︽ ふらんす ︾ のはりに 行 く 繪師送 らんと 畫 をかきにけり 牛 くひにけり ︵一三七三 ・ 三三年︶ ︽ フォルモサ ︾ の ︽高砂島︾ に 君行 かば 島人 さびてバナヽくふらん ︵一六二〇 ・ 三三年︶ ﹁秦淮 の ﹂ の 歌 は ﹁種竹山人 の 支那漫遊 を 送 る ﹂ とある 十首 の 中 の 一首 である 。﹁ ふらんすの ﹂ の 歌 は ﹁默語氏 の 送 別會 を 庵 に 開 きて ﹂ のものであり 、﹁ フォルモサの ﹂ の 歌 は ﹁臺灣 に 行 く 人 を 送 る ﹂ のものである 。 明治三二、三三年 の 短歌 は 、三一年 から 引 き 続 き 東京 と 関東、 アジアの 地名語彙 を 新 しい 題材 として 積極的 に 用 い る 姿勢 が 見 られる 。 また 子規 の 旅行先 だけでなく ﹁ フランス ﹂ など 知人 の 旅行先 を 詠 むことも 多 く 見 られるようにな り 、 その 影響 かアジアと 欧米 の 地名語彙 の 内容 が 豊 かになっている 。 明治三四年以降 の 作品 で 初 めて 使用 される 地名語彙 は 次 の 十語 である 。歌枕 となっている 地名 には 傍線 を 附 す 。 東京 ⋮赤羽根 東北 ⋮安達太良・ 出羽 関東 ⋮ 上 つ 總 ・ 上總 ・睦岡・睦岡村・ 結城 奈良 ⋮ 香具山 近畿 ⋮ 近江
明治三四年以降 の 短歌 の 地名語彙 は 異 なり 語数二一語 であるので 、約半数 が 三四年以降 に 新 しく 詠 まれた 地名語彙 である 。 明治三四年以降 で 初 めて 使用 される 地名語彙 の 中 で 、歌枕 となっているものは 六語︵出羽・上 つ 總・上總・結城・ 香具山・近江︶ であり 60% を 占 めている 。 これまで 増加 が 著 しかった 東京 とアジア 、欧米 の 地名語彙 はほとんど 見 ら れなくなっている 。 明治三四年以降 の 短歌 で 初 めて 使用 されるようになる 地名語彙 は 歌枕 となっているものが 多 いが 、意識的 に 歌枕 を 増 やしたとは 考 えられない 。子規 の 歌枕 となっている 地名語彙 の 詠 み 方 は 、次 の 例 のように 人物紹介 や 贈 り 物 など 他 者 の 行動 に 基 づくものがほとんどである 。 ︽上 ツフサ ︾睦岡村 ニ 生 レタルワラビガ 知 ラヌゲン 〳〵 ノ 花 ︵拾遺四九八 ・ 三五年︶ ︽ かみふさ ︾ の 山 の 杉 きりみやこべの 茅場 の 町 に 茶室 つくるも ︵拾遺四五八 ・ 三五年︶ 下總 の ︽結城︾ の 里 ゆ 送 り 來 し 春 の 鶉 をくはん 齒 もがも ︵拾遺四一三 ・ 三四年︶ ︽香具山︾ に 鏡鑄 し 時 の 金 くそはほつまの 神 となりそこねけむ ︵拾遺五〇五 ・ 三五年︶ ︽近江︾ のやいふきおろしにさらしたる 米 の 粉 たひし 君 し 戀 しも ︵拾遺五〇〇 ・ 三五年︶ 子規短歌 の 上総︵上 つ 總、上總︶ は 、﹁上 ツフサ ﹂ の 歌 では 蕨真︵蕨真一郎︶ の 人物説明 の 役割 であり 、﹁ かみふさ の ﹂ の 方 は 歌 より 子規 の 行動 ではないものと 分 かる 。 子規短歌 の 結城 は 三首 に 詠 まれている 。三首全 てが ﹁下總 の ﹂ の 歌 のように 贈 り 物 に 対 する 作品 であり 、知人 の 行 動 によって 作 られたものである 。 子規短歌 の 香具山 は ﹁嘲諸兄歌﹂ と 題 のある 五首 の 中 の 一首 であり 、 これも 知人 の 人物紹介 に 基 づくものである 。
子規短歌 の 近江 は ﹁近江日野 なる 鈴木 ふさ 子 より 寒晒粉 を 贈 りこしければ ﹂ とあるものであり 、知人 の 行動︵贈 り 物︶ による 作品 である 。 出羽 について 、出羽 は 子規 の 旅先 の 地名語彙 であるが 短歌 ではその 光景 が 詠 まれていない 。 ︽出羽︾ に 行 きし 吾旅傘 の 柄 はぬけて 今 か 牡丹 の 雨 ふせき 傘 ︵拾遺四三二 ・ 三四年︶ この ﹁出羽 に 行 きし ﹂ の 歌 は ﹁牡丹﹂ と 題 のある 十一首 の 中 の 一首 である 。子規 の 旅先 である 出羽 の 光景 は 詠 まれ ておらず 、出羽 は 牡丹 にかぶせている 傘 の 説明 をしている 。 明治三四年以降 の 短歌 で 初 めて 使用 されるようになる 地名語彙 は 歌枕 となっているものが 多 いが 、意識的 に 歌枕 を 増 やしたとは 考 えられない 。歌枕 としての 景勝 を 詠 むのではなく 、子規 の 身近 な 人 や 出来事 に 基 づいて 詠 む 例 が 増 え ている 。 明治三四年以降 の 短歌 で 初 めて 使用 される 他 の 地名語彙︵赤羽根、安達太良、睦岡村、睦岡︶ でも 、子規 の 身近 な 人 や 出来事 に 基 づいて 詠 まれている 。 ︽赤羽根︾ のつゝみに 生 ふるつく 〳〵 しのひにけらしもつむ 人 なしに ︵拾遺四八二 ・ 三五年︶ みちのくの ︽ あたゝら ︾眞綿肌 につけ 寒 きゆふへは 君 し 思 ほゆ ︵拾遺三六一 ・ 三四年︶ 上 ツフサ ︽睦岡村︾ ニ 生 レタルワラビガ 知 ラヌゲン 〳〵 ノ 花 ︵拾遺四九八 ・ 三五年︶ ︽睦岡︾ のわらびおとゞは 水 たまる 池田 のあそのみ 末 なるべし ︵拾遺五〇四 ・ 三五年︶ ﹁赤 羽 根 の ﹂ の 作 品 は 、 碧 梧 桐 が 赤 羽 根 へ 土 筆 を 摘 み に 行 く こ と を 受 け て の 作 品 群 の も の で あ る 。 赤 羽 根 を 詠 ん だ 作品全 てがその 作品群 のものである 。 ﹁ みちのくの ﹂ の 作品 は 、真綿 を 貰 ったことへの 御礼 のものである 。安達太良 は 子規 の 旅行先 の 地名語彙 であるが 、
景色 は 詠 まれおらず 、﹁眞綿﹂ の 説明 となっている 。 ﹁上 ツフサ ﹂ と ﹁睦岡 の ﹂ の 二首 のように 、子規短歌 での 睦岡 は 蕨真 の 人物説明 となっている 。 明 治 三 四 年 以 降 も 地 名 語 彙 の 題 材 の 拡 大 は 見 る こ と が で き る 。 そ れ は 人 物 説 明 や 他 者 の 行 動 に 基 づ い た も の で あ り 、歌枕 を 積極的 に 使用 するようになったのではない 。 これは 明治三二、三三年 に 知人 の 旅行先 を 詠 むことが 複数見 られるようになったことから 繋 がっていると 考 えられる 。 子規自身 の 記憶 に 基 づいた 地名語彙 の 例 も 見 られるが 例数 は 少 ない 。次 に 二首 の 例 を 挙 げる 。 去年 の 春︽龜戸︾ に 藤 を 見 しことを 今藤 を 見 て 思 ひいでつも ︵拾遺三六九 ・ 三四年︶ この 藤 は 早 く 咲 きたり ︽龜井戸︾ の 藤咲 かまくは 十日 まり 後 ︵拾遺三七一 ・ 三四年︶ 明治三一年 から 三三年 の 作品 では 、旅先 の 地名語彙 を 実際 の 旅 より 後年 に 詠 む 例 は 多 く 見 られるが 、明治三四年以 降 の 作品 では 少 なくなっている 。 これまで 、明治三一年以降︵特 に 明治三一∼三三年︶ の 短歌 で 、歌枕 によらない 地名語彙 が 増加 していることを 見 てきた 。 そこで 子規短歌 に 見 られる 地名語彙 の 詠 まれ 方 について 、明治三十年以前 と 三一年 の 間 にどのような 変化 が 見 られるのか 、歌枕 としての 用法 で 共 に 詠 まれる 語 40 の 有無 を 中心 に 見 てゆく 。 対象 とした 地名 は 、各地域 で 最 も 多 く 使用 された 中 で 歌枕 となっている 地名語彙︵隅田川・蝦夷・陸奥・武蔵野・ 富士・宇治・賀茂・奈良・須磨・日 の 本︶ とす る 41 。 これらの 地名語彙 の 詠 まれた 作品数 は 一五九首︵明治三十年以前 は 六六首、三一年以降 は 九〇首︶ である 。 子規短歌 に 見 られる 歌枕 としての 用法 で 共 に 詠 まれる 語 としたのは 、次 の 通 りである 。 隅田川︵隅田 も 含 む ︶ ⋮﹁月﹂ ・﹁都鳥﹂ ・﹁住 み ﹂・ ﹁澄 み 42 ﹂
蝦夷 ⋮ なし 陸奥︵ みちのく ︶ ⋮福島県、宮城県、岩手県、青森県 の 地 名 43 武蔵野 ⋮﹁風﹂ ・﹁薄﹂ ・﹁袖﹂ ・﹁月﹂ ・﹁露﹂ ・﹁紫︵紫草︶ ﹂・ ﹁雪﹂ 富士︵富士山 も 含 む ︶ ⋮﹁風﹂ ・﹁雲﹂ ・﹁煙﹂ ・﹁空﹂ ・﹁月﹂ ・﹁雪﹂ ・﹁消 ゆ ﹂・ ﹁立 つ ﹂ 宇治 ⋮﹁網代﹂ ・﹁波﹂ ・﹁憂 し ﹂ 賀茂 ⋮ なし 奈良 ⋮﹁青丹 よし ﹂・ ﹁∼ の 都 44 ﹂ 須磨 ⋮﹁明石﹂ ・﹁海人﹂ ・﹁漁火﹂ ・﹁月﹂ ・﹁寝﹂ 日 の 本 ⋮﹁唐﹂ ︵﹁震旦﹂ ・﹁遼東﹂ も 含 む 45 ︶ 右 の 組 み 合 わ せ が 詠 ま れ た 作 品 は 、 明 治 三 十 年 以 前 は 三 八 首︵六 六 首 に 対 し 57.6%︶ 、 三 一 年 以 降 は 三 五 首︵九 〇 首 に 対 し 38.9%︶ 見 ら れ る 。 明 治 三 一 年 以 降 の 作 品 で は 、﹁隅 田 川﹂ と 一 緒 に ﹁都 鳥﹂ が 詠 ま れ る と い っ た 、 地 名 語 彙 が 歌枕 としての 用法 で 古 くから 使用 された 語 と 一緒 に 詠 まれるという 傾向 が 低 くなっている 。 この 組 み 合 わせの 見 られる 明治三一年以降 の 作品 で 、歌枕 としての 用法 から 外 れたものを 見 ることができる 。次 に 一部 の 例 を 挙 げる 。例 の 該当 する 語 に 傍線 を 附 した ︵以降 も 同様 とする ︶。 ︽ すま ︾ の 浦 に 旅寐 しをれは 夏衣 うら 吹 きかへす 秋 の 初風 ︵三〇四 ・ 二八年︶ 足 たゝば 大和山城 うちめぐり ︽須磨︾ の 浦 わに 晝寐 せましを ︵九二四 ・ 三一年︶ 歌 枕 と し て の ﹁須 磨﹂ は ﹁寝﹂ と 一 緒 に 詠 ま れ る も の で あ る 。 明 治 三 十 年 以 前 の 作 品 で は ﹁旅 寐﹂ で あ っ た の が 、 三一年 の 作品 だと ﹁晝寐﹂ と 、睡眠 の 種類 が 異 なっている 。﹁旅寐﹂ との 組 み 合 わせは 古歌 に 見 られるが 、﹁晝寐﹂ と
の 組 み 合 わせは 古歌 に 見 ることが 出来 な い 46 。 名 にしあふ ︽ すみたの 川︾ は 濁 れ ども 濁 らぬ 御代 の 花 ぞかふばし ︵八一 ・ 十八年︶ 春 の 日 の 御空 曇 り て ︽隅田川︾櫻 の 影 はうつらさりけり ︵一六六四 ・ 三三年︶ 明 治 三 十 年 以 前 の 歌 の よ う に ﹁隅 田 川﹂ の 川 水 に 澄 濁 表 現 が 掛 け ら れ る が 、 明 治 三 三 年 の 場 合 は 、 濁 り の 表 現 ︵﹁曇 り ﹂︶ の 対象 が 川水 ではなく ﹁御空﹂ であり 、歌枕 としての 用法 から 外 れているといえる 。 靑丹 よし ︽奈良︾ の 都 に 着 きにけり 牡鹿鳴 てふ ︽奈良︾ の 都 に ︵三一二 ・ 二八年︶ 靑丹 よし ︽奈良︾ の 都 の 御佛 を 見 に 行 く 人 に 汽車 で 逢 ひにけり ︵一二七一 ・ 三二年︶ ﹁奈 良﹂ に ﹁青 丹 よ し ﹂ が 冠 す る こ と が 多 く 、 子 規 短 歌 で も 明 治 三 十 年 以 前 と 三 一 年 以 降 共 に 、﹁青 丹 よ し 奈 良∼﹂ と 詠 ま れ て い る 例 が ほ と ん ど で あ る ︵明 治 三 一 年 の 一 首 と 三 四 年 の 一 首 は ﹁青 丹 よ し ﹂ を 用 い て い な い ︶。 し か し 明 治 三 一 年 の 作 品 の 方 は 、 漢 語 で あ る ﹁汽 車﹂ が 使 用 さ れ 、﹁青 丹 よ し 奈 良∼﹂ に 感 じ ら れ る 古 典 的 な 雰 囲 気 が 一 首 全 体 のものとなっていない 。 見 れはたゝ 尾花 風吹 く ︽ むさしの ︾ の 月入 る 方 や 限 りなるらん ︵三〇七 ・ 二八年︶ ︽武藏野︾ の 冬枯芒 婆〃 に 化 けず 梟 に 化 けて 人 に 賣 られけり ︵四三九 ・ 三一年︶ 明治三十年以前 の 例 のように 薄 は 武蔵野 の 景物 の 一 つとして 用 いられるが 、三一年 の 作品 では 薄 に 対 する 描写 もさ れている 。 から 山 に 春風吹 けば ︽日 のもと ︾ の 冬 の 半 に 似 たる 頃哉 ︵二九六 ・ 二八年︶ 遼東 のたゝかひやみて ︽日 の 本︾ の 春 の 夜 に 似 る 海棠 の 月 ︵五四〇 ・ 三一年︶ 天竺 も 震旦 も 知 らず ︽日 の 本︾ の 釋迦 の 産屋 のうつくしくこそ ︵六九八 ・ 三一年︶
明 治 三 十 年 以 前 の 作 品 で は ﹁日 の 本﹂ に 対 し て ﹁唐︵国︶ ﹂ を 用 い て い る が 、 三 一 年 以 降 に な る と 唐 の 都 市 名︵遼 東︶ や 唐 の 別名︵震旦︶ も 使用 されるようになる 。 ま た 明 治 三 一 年 以 降、 ﹁天 竺 も ﹂ の 歌 や 次 の 歌 の よ う に 唐 以 外 の 地 名 語 彙︵天 竺・ フ ラ ン ス ︶ も 使 用 さ れ る よ う に なる 。 フランス のパリス 少女 は ︽日 の 本︾ の 扇手 に 持 ち 君 を 待 つらん ︵一六二一 ・ 三三年︶ このように 明治三一年以降 の 作品 の 歌枕 の 表現 では 、古典的 な 方法 を 踏 まえつつもそれを 脱却 した 用法 を 見 ること ができる 。歌枕 の 用法 として 決 められた 語 を 使用 しつつも 、 その 表現 が 古典的 なものから 外 れていると 判断 できる 例 の 見 ら れ る 作 品 数 は 、 明 治 三 十 年 以 前 で は 二 首︵対 象 の 六 六 首 に 対 し 3.03%︶ 、 三 一 年 以 降 で は 十 一 首︵対 象 の 九 〇 首 に 対 し 12.2%︶ で あ る 。 な お こ の 作 品 数 に は 、﹁ フ ラ ン ス の ﹂ の 歌 の よ う な ﹁日 の 本﹂ と ﹁唐﹂ 以 外 の 地 名 語 彙 の 組 み 合 わせが 見 られる 作品数 は 反映 されていない 。 明治三十年以前 でも 、次 のように 地名語彙 が 古典的 な 表現 をとっていない 例 を 見 ることができる 。一部 の 例 を 挙 げる 。 長橋 で 都 の ︽富士︾ を 見 てあれば 蜈蚣 のやうに 氣車 の 行 く 也 ︵拾遺一六一 ・ 二三年︶ たいら なる ︽富士︾ の いたゞき 近 づけば 一 ッのものが 三 ッとなり けり ︵拾遺一七六 ・ 二三年︶ ヒマラヤ がやつてきたと まけぬ 也 敵 にうしろを 見 せぬ ︽ ふし 山︾ ︵拾遺一九五 ・ 二三年︶ 右 の 三首 では 、三上山 を ﹁都 の 富士﹂ と 表現 すること 、富士 を 合 わせる 景物 に ﹁氣車﹂ といった 文明 の 利器 を 用 い ること 、富士山 の 頂上 の 形 の 表現、富士山 を 日本 の 代表 するものとしての 表現 が 行 われている 。 富士山 を 日本 の 代表 するものとしての 表現 は 近世 から 見 られるものである が 47 、 それ 以外 の 表現 は 古歌︵短歌︶ に 見 ることのできないものである 。
明治三一年以降 の 作品 で 、三十年以前 の 作品 での 表現 と 同 じ 例 を 見 ることができる 。 人 の 目 にかゝるも うし や ︽牛嶋︾ にいもと 我 とのすみか 定 めん ︵拾遺一〇九 ・ 二一年︶ ︽ あはの 國︾ の あは なく 久 に ︽ むつの 國︾ の むつ たまあへる 君 をこひにけり ︵一五四七 ・ 三三年︶ ﹁宇治﹂ を ﹁憂 し ﹂ と 掛 けて 使用 するなどの 表現 は 歌枕 としての 用法 に 見 られる 。﹁人 の 目 に ﹂ の 歌 では 歌枕 となっ ていない ﹁牛嶋﹂ に 対 しても 歌枕的 な 用法 をとっている 。﹁ あはの 國﹂ の 歌 も ﹁阿波﹂ と ﹁会 ふ ﹂、 ﹁陸奥﹂ と ﹁睦﹂ が 掛 けられており 、﹁人 の 目 に ﹂ の 歌 と 同様 の 表現 である 。 このように 、短歌 での 歌枕 の 表現 の 変化 が 明治三一年 を 境 に 完全 に 変化 するとは 言 えず 、子規 の 短歌 と 歌枕 の 関係 については 別稿 で 論 じるが 、本稿 で 次 の 傾向 を 見 ることができる 。 子規短歌 の 地名語彙 の 詠 まれ 方 について 、明治三一年以降 になると 歌枕 の 用法 に 従 った 語彙 を 地名語彙 と 一緒 に 詠 む 傾 向 が 低 く な り 、 ま た 歌 枕 の 用 法 と し て の 語 を 使 用 す る 際 は 古 典 的 な 方 法 に 捉 わ れ な い 用 法 を と る 傾 向 が 見 ら れ る 。 三 三 紀行文 の 地名語彙 紀行文 に 出 てくる 地名語彙 について 、次 のような 文 から 採録 することができる 。地名語彙 が 確認 できる 文例 を 一部 挙 げ る 。︵ ︶ 内 に 引 用 の 紀 行 文 名、 全 集 の 巻 数︵○ で 囲 ん で あ る ︶、 頁 数 を 挙 げ る 。 地 名 語 彙 の 箇 所 に 傍 線 を 附 し た 。 ①出発・到着・通過・滞在 の 地点 ⋮日 くるゝ 頃 より 小舟一艘 をかりて 辛崎 へと 志 す ⋮ ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四五一頁︶
⋮八日 大阪 を 發 し 神戸 より 新八幡丸 に 乘 る ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四三八頁︶ ⋮ 國府津小田原 は 一生懸命 にかけぬけてはや 箱根路 へかゝれば ⋮ ︵﹁旅 の 旅 の 旅﹂⑬四九四頁︶ ⋮ 廣瀨川 に 沿 ふて 溯 る 。⋮ ︵﹁ はて 知 らずの 記﹂⑬五五二頁︶ ②事物 などの 存在・所属 する 場所 武藏野 の 月草 より 出 でゝ 草 に 入 らばこそ 。⋮ ︵﹁大磯 の 月見﹂⑬四八六頁︶ ⋮ 奧州地方 は 賤民普通 に 胡瓜 を 生 にてかぢる 事恰 も 眞桑瓜 を 食 ふが 如 し 。⋮ ︵﹁ はて 知 らずの 記﹂⑬五四一頁︶ ③思考 や 行動 の 対象 ⋮今年 は 日光 の 紅葉狩 にと 思 ひ 付 きぬ 。⋮ ︵﹁日光 の 紅葉﹂⑬五一五頁︶ ⋮蓋 し 日蓮 は 弘法 に 比 して 更 に 俗 なるものから 其抱負 の 大 なるに 至 ては 豐公 と 肩 を 比 ぶべく 或 はいふ 彼 は 外國 に 志 ありたりと ⋮ ︵﹁閒遊半日﹂⑬六〇三頁︶ ④名所、歴史的 な 土地 であることのの 説明 がされている 地名 ⋮ 福島 の 郭外小 さき 山一 つよこたはれり 。 これなん 信夫山 といふ 名所 にて 其 の 側 に 公園 の 設 けありと 聞 きしかば そことなくそゞろありきす 。⋮ ︵﹁ はて 知 らずの 記﹂⑬五三九頁︶ ⋮途中 葛 の 松原 を 過 ぐ 。 世 の 中 の 人 には くずの 松原 といはるゝ 身 こそうれしかりけれ と 古歌 に 詠 みし 處 なり 。⋮ ︵﹁ はて 知 らずの 記﹂⑬五四一頁︶ ⑤自然描写 の 見 られる 地名 ⋮ 谷中 の 墓地 を 行 くにこゝかしこの 山 さ ざ ん く わ 茶花 紅 に 咲 きて 低 き 銀杏 の 黄葉 と 照 りあへる 、夕日 のさまもいとはなやか
に 心 ありげなり 。⋮ ︵﹁小石川 まで ﹂⑬六三五頁︶ ⑥人事描写 がされている 地名 ⋮ 蒲田村 の 道傍 に 整列 せる 一隊 の 幼男幼女 は 小學校 の 生徒 なるべし ⋮ ︵﹁閒遊半日﹂⑬六〇二頁︶ ⑦ その 他 の 描写 が 見 られる 地名 ⋮ 本 所 の 町 は づ れ 早 や 少 し く 都 離 れ て 原 の 中 に か た 許 り の 家 新 ら < し > く 場 内 の 人 ま ば ら に 田 舎 め き た る が 多 し ⋮ ︵﹁總武鐵道﹂⑬六〇五頁︶ ⑧景色・景物 の 説明︵文中 では 訪 れていない ︶ ⋮ 彼 の 洋 々 と し て 千 里 に 流 れ 富 峰 を 鏡 中 に 涵 し 筑 波 を 畫 裡 に 寫 し 江 東 は 櫻 樹 十 里 に 連 な り 江 西 は 樓 閣 千 戸 を 接 す 、⋮ ︵﹁三方旅行﹂⑬五七七頁︶ ⑨子規 の 空想 の 地名 ⋮ こゝもかしこも 別荘 だらけにて 此處 は 五十年後 の 地圖 には 別荘町 といふ 處 になるべし ︵﹁水戸紀行裏四日大盡﹂⑬四二〇頁︶ ⑩地理的 な 位置関係 の 説明 ⋮行 き 〳〵 てつまる 處 を 唐 から かい 岬 の 瀧 、其隣 の 谷間 を 白 し ら ゐ 猪 の 瀧 といふ ⋮ ︵﹁山路 の 秋﹂⑬四七〇頁︶ ⑪心理的 な 位置関係 の 説明 ⋮昔 は 鴨綠江 に 水 かはんと 言 ひ 長白山 に 旗 を 飜 さんといふこと ⋮遠 きあたりとこそ 思 ひしが 今 は 一字不通 の 匹夫 匹婦 も 旅順平壌 を 隣 のやうに 覺 えて 蝦夷 よりも 琉球 よりも 近 き 心地 ぞすなる ⋮ ︵﹁總武鐵道﹂⑬六〇五頁︶
⑫台詞中 のもの ﹁斯 の 模 様 で は 支 那 も 最 う 到 底 か な ひ ま す ま い 旅 順 口 さ へ 取 れ ば 大 丈 夫 で す 觀 音 崎 を 取 つ た や う な も の で す から 、⋮﹂ ︵﹁閒遊半日﹂⑬五九九頁*汽車 で 乗 り 合 わせた 乗客 のもの ︶ 中 には 芝居風 のものも 見 られる ⋮ 主 ツ レ︿原﹀ 婦 ﹁御前 に 候 して ﹁我 このたび 關東 より 下向 したるは 。⋮⋮ して ﹁有 がたや 羽衣 の 實物 を 見 たり 。⋮山嶺 島嶼孤雲 の 外 にみち 〳〵 て 。 ケットーのくれなゐは 蘇命路 の 山 をうつして 。綠 は 波 に 浮嶋 か 。⋮ 三保 の 松原 うき 嶋 か 雲 の 。 足高 やま や ふしのたかね 。⋮ ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四三〇∼四三二頁*羽衣 の 松 について 江尻 の 宿 の 主人 に 尋 ね 案内 してもらった 内容︶ ⑬人物 の 説明 ⋮船 の 中 にて 石井八萬次朗氏 に 邂 かいこう 逅 したるはこよなくうれしく 其故 を 問 へば 故郷︵ 嵯峨 ︶ より 肥後五箇荘 などを 經 て 薩摩 に 至 り 日向 の 細島 より 此船 に 乘 りしといふ ⋮ ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四四八∼四四九頁︶ ⑭比較・伝聞・知識 によるもの ⋮四五十間 の 高 さの 巖 のいくつともなくかんなのごとつらなり 立 てるはげにめづらしきながめなり ある 人 の 耶 馬渓 にもまされりといふはまことか ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四四六頁︶ ⋮ 中 に つ き て 五 箇 荘 あ た り に 米 の な き こ と 筑 後 と 細 嶋 と に バ サ ル ト の 六 角 柱 あ る こ と 其 他 霧 嶋 櫻 嶋 の 火 山 の 模 様 な どお 手 の 物 だけに 面白 く 聞 こえし 。⋮ ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四四九頁 *﹁ バサルト ﹂ の 傍線 は 本文 にあるもの ︶ ⋮此城出來 し 後 白河二所 の 關 は 廢 せられたりといふ ⋮ ︵﹁ はて 知 らずの 記﹂⑬五三四頁︶
⑮遠 くの 景色 として ⋮ つぐの 朝三井寺 にうつるに 湖山一望 の 中 にありて 閨 の 中 より 猶全景 を 見得 べし ⋮ 石山瀨田粟津 は 右 の 山 にかく れて 見 えず 比良堅田辛崎 の 松 は 左 のかたにおぼろげに 望 むべし ⋮ ︵﹁ しやくられの 記﹂⑬四五二頁︶ ⑯子規自身 の 引用文 拜啓仕候一昨夜 はわざ 〳〵 三津 迄御送別被下奉萬謝候 平穩丸 は 夜半 に 三津 へ 着船、⋮時間 は 損 する 食 ふた 者 は 出 す 問屋 では 金 を 使 ふ 誠 に 〳〵大損 を 致 し 候 御一笑可被下候 血 にあらぬ 小間物 までも 吐 き 出 して 大損 かけたと 子規啼 く ︵﹁上京紀行﹂⑩二六八頁︶ このように 子規 の 紀行文 に 見 られる 地名語彙 は 、必 ずしも 子規 が 訪 れた 土地 のものでないことが 分 かる 。 子規 の 紀行文 に 見 られる 地名語彙 は 次 の 通 りである 。地域 の 分類 は 前出 のものと 同様 である 。中国地方 については 紀 行文 に 山陰 の 地名語彙 が 見 られないので 、﹁中国﹂ と 一 つにまとめた 伊予︵愛媛︶ 天 山 川・ 石 手 川・ 今 井・ 今 出 村・ 今 治・ 伊 豫・ 伊 豫 全 國・ 大 洲 地 方・ 河 の 内・ 唐 岬 の 瀧・ 九 谷 等・ 久 保 田・ 久萬町・久萬山・久萬山岩屋抔・來島・來島瀬戸・鷺谷・重信川・白猪 の 瀧・大街道・道後・竹 の 宮・竹谷・ 立 花 口・ 玉 川 町・ 土 井 田・ 中 の 川・ 新 居 濱・ 波 止 濱・ 東 山・ 保 免・ 松 枝 町・ 松 山・ 松 山 邊・ 松 山 地 方・ 松山停車場・三坂・御崎・三津・三津港・御幸寺山・森松・由利嶋・余戸・吉敷・和氣・井門・惠原 東京 赤 羽 根・ 浅 草・ 飛 鳥 山・ 飛 鳥 山 下・ 荒 川・ 池 上・ 池 上 道・ 板 橋 街 道・ 一 宮・ 今 戸・ 入 谷・ 鶯 横 町・ 牛 島・ 上 野・ 上 野 停 車 場・ 江 戸 川・ 小 笠 原 嶋・ 奧 街 道・ 音 無 川・ 大 嶋・ 金 杉・ 蒲 田・ 蒲 田 村・ 龜 戸・ 木 下 川・
金助町・切通坂・小金井位・乞食坂・五條邉・小向井・猿樂町・品川・不忍池畔・忍川・新阪・新宿・新橋・ 新橋停車場・墨江・墨陀・隅田川・墨水・摺鉢山・浅間・千住・千住街道・道灌山・高幡・高尾山・瀧 の 川・ 狸 横 町・ 田 端 停 車 場・ 玉 川・ 寺 島 近 傍・ 東 京・ 東 臺 山 下・ 西 新 井・ 日 本 堤・ 根 岸・ 根 岸 邉・ 八 王 子・ 原 町・ 日 野 驛・ 深 川・ 府 中・ 本 郷・ 本 郷 臺・ 本 所・ 待 乳 山・ 三 河 島・ 三 橋・ 箕 輪・ 向 島・ 向 島 邊・ 谷 中・ 兩 國・ 連雀町・六郷村・王子 北海道 蝦夷 東北 奧 羽・ 奥 州・ 奥 州 地 方・ 秋 田・ 浅 香 沼・ 浅 香 の 沼・ 愛 宕 山・ 安 達 太 良・ 安 達 太 良 山・ 安 達 が 原・ 阿 武 隈 川・ 愛 子・ 荒 瀨・ 靑 葉 山・ 石 脇・ 市 川 村・ 岩 切 停 車 場・ 岩 代・ 岩 手・ 岩 沼・ 飯 坂・ 飯 坂 溫 泉・ 今 市・ 浮 嶋・ 羽州街道・大石田・大久保・大須郷・大曲・笠島・河童淵・金浦・龜島・寒風山・舊白河領・淸川・金崋山・ 葛 の 松 原・ 桑 折・ 黑 澤 尻・ 觀 音 寺・ 御 所 野・ 郡 山・ 酒 田・ 象 潟・ 作 並 溫 泉・ 信 夫・ 信 夫 山・ 鹽 竃・ 鹽 越・ 鹽 越 村・ 鹽 手 村・ 白 河・ 白 河 驛・ 神 宮 寺・ 神 宮 寺 山・ 須 賀 川・ 杉 名 畑・ 摺 上 川・ 末 の 松 山・ 仙 薹・ 仙 薹 市・ 仙 薹 停 車 場・ 仙 人 澤・ 大 黑 島・ 武 隈・ 楯 が 崎・ 楯 岡・ 月 星 島・ 躑 躅 が 岡・ 鳥 海・ 鳥 海 山・ 手 樽 村・ 出 羽・ 天 童・ 東 北・ 戸 島・ 富 山・ 二 所 の 關・ 二 本 松 町・ 白 水・ 橋 本・ 八 郞・ 八 郞 潟・ 八 郞 湖・ 東 根・ 東 根 村・ 毘 沙 門 島・ 一 日 市・ 平 澤・ 廣 瀨 川・ 福 浦 島・ 福 島・ 福 島 縣 下・ 福 島 町・ 福 原・ 吹 浦・ 古 口・ 古 雪 川・ 蛇 島・ 蓬 莱 島・ 本 合 海・ 本 庄・ 盲 鼻・ 籬 が 島・ 増 田・ 松 島・ 松 原・ 眞 山・ 道 川・ 陸 奥︵ み ち の く ︶・ 水 澤・ 南 杉 田・ 宮 澤 の 渡 し ・ 最 上・ 最 上 川・ 本 宮・ 本 山・ 矢 立 峠・ 山 形・ 遊 佐・ 湯 田・ 湯 殿 山・ 湯 野・ 米 澤・ 陸 羽・ 六 郷・
和賀川・若松・雄島 関東 赤城・旭嶽・蘆 の 湖・吾妻・安房・安孫子驛・石橋山・石岡・磯濱・磯部・磯部停車場・市川・稻吉・祝町・ 茨城縣・印旛沼・牛久・牛久驛・宇都宮・上市・浦賀・浦和・江 の 浦・江 ノ 島・大洗・大磯・大多喜・大宮・ 上野二州・鏡 が 浦・鏡 の 灣・霞 ヶ 浦・片倉・神奈川・金澤・川口・川崎・川崎驛・鎌倉・上町・烏川・含滿・ 行 德・ 霧 積・ 錦 鷄 山・ 熊 谷・ 關 東・ 觀 音 崎・ 華 嚴・ 華 嚴 の 瀧・ 化 粧 井・ 化 粧 坂・ 小 磯・ 鴻 の 巢・ 鴻 の 臺・ 国 府 津・ 小 金 驛・ 滹 沱 河・ 小 幡・ 高 麗 山・ 小 湊・ 古 餘 呂 伎・ 金 洞 山・ 相 模・ 相 模 路・ 相 模 灘・ 佐 倉・ 櫻 川・ 鴫立澤・酒酒井・下町・七里 の 濱・鹽原・下市・下野・下總・上州・常州・常州邊・白雲山・洲崎・仙波湖・ 仙 波 沼・ 草 加・ 相 州・ 大 谷 川・ 高 崎・ 竹 原・ 館 山・ 秩 父 山 中・ 千 葉・ 千 葉 縣・ 千 葉 街・ 中 禪 寺 湖・ 長 者 林・ 筑 波・ 筑 波 山・ 土 浦・ 土 浦 町・ 鶴 ヶ 岡・ 鶴 見・ 照 ヶ 崎・ 東 海 道・ 東 海 道 筋・ 戸 塚・ 利 根 川・ 富 山・ 取 手・ 那珂川・中貫・中村・長柄山・長岡・那古・那須野・七浦・成田・男體・日光・日光町・日光停車場・女體・ 根府川近邊・鋸山・野嶋崎・箱根・箱根驛・箱根街道・箱根路・長谷・花水川・花水川位・榛名・板東太郎・ 常 陸・ 常 陸 邊・ 平 磯・ 吹 上・ 二 子 山・ 藤 澤・ 藤 代・ 船 橋・ 房 州・ 房 總・ 保 多・ 程 ヶ 谷・ 幕 張 停 車 場・ 松 戸・ 松 戸 驛・ 丸 山・ 馬 渡・ 馬 渡 驛・ 水 戸・ 水 戸 街 道・ 水 戸 上 市・ 水 戸 地 方・ 武 蔵・ 武 蔵 野・ 武 州・ 武 相 房 州・ 妙 義・ 妙 義 町・ 元 箱 根・ 唐 原・ 野 州・ 由 比・ 由 比 が 濱・ 湯 元・ 淘 綾・ 横 川・ 横 須 賀・ 四 街 道・ 六 郷 川・ 小倉山・小田原 中部 上 松・ 麻 生・ 熱 海・ 伊 豆・ 伊 豆 山・ 稻 荷 山・ 碓 氷・ 江 尻・ 越 後・ 遠 州 濱・ 大 垣・ 鏡 の 池・ 川 中 島・ 甲 州・
輕 井 澤・ 輕 井 澤 峠・ 木 曾・ 木 曽 川・ 木 曾 路・ 木 曾 停 車 場・ 越・ 犀 河・ 西 湖・ 櫻 澤・ 篠 井・ 信 州・ 須 原・ 關 が 原・ 洗 馬・ 立 峠・ 妻 籠・ 巴 が 淵・ 鳥 居 嶺・ 名 古 屋・ 直 江 津・ 奈 良 井・ 南 條・ 韮 山・ 寐 覺 の 里・ 野 尻・ 初 島・ 馬 場 峠・ 馬 場 嶺・ 原 新 田・ 笛 吹 嶺・ 福 島・ 富 士・ 富 士 山・ 伏 見・ 富 峰・ 北 越・ 馬 籠・ 松 本・ 三 島・ 亂橋・三留野・美濃路・三保・三保 が 崎・三穗 の 松原・宮 の 越・本山・養老・養老 の 瀧・養老 の 瀑布・藪原・ 山崎・山科・山吹 が 淵・餘戸村 京都 桂川・祇園・京・京都・淸水・嵯峨・東區・東山・伏見 奈良 飛鳥 近畿 明石・淡路島・粟津・逢坂山・近江・近江富士・生田 の 森・石山・伊勢・一 の 谷・梅田・大阪・大津・神戸・ 堅 田・ 辛 崎・ 北 村・ 草 津 驛・ 五 箇 荘・ 五 箇 荘 邊・ 國 府 村・ 國 分 村・ 三 宮・ 須 磨・ 瀨 田・ 長 等 山・ 難 波・ 布引 の 雌瀑・布引瀑・馬場・兵庫・兵庫港・比良・福原・舞子 が 濱・三上山・蜈蚣山・桃山・和田 中国 足高山・周防・瀨戸・津山・播磨洋・播山・播州・播州洋・三坂・三坂山麓・三田尻 四国 興居島・多度津・土佐・南海・丸龜・八島・由良山
九州 霧嶋・櫻嶋・薩摩・筑後・八面山・日向・肥後・細島・松浦潟・耶馬渓・琉球 日本 神州・日本・日本中 アジア 威海内・鴨綠江・支那・大明・平壌・ 幷 州・蒙古・旅順・旅順口 欧米 アメリカ ・欧州・泰西・ ローマ 架空 月島・錦島・別荘町・雪島 場所 の 特定 が 出来 なかった ﹁鴉渓﹂ ﹁尻瀧﹂ ﹁長白山﹂ ﹁處山﹂ ﹁猶川﹂ ﹁富見﹂ は 調査対象 から 外 した 。 表 2に 、子規 の 紀行文 に 見 られる 地名 の 異 なり 語数 と 延 べ 語数 を 表 1と 同様 にまとめた 。
表 2 紀行文 では 東北 と 関東 が 特 に 多 く 、愛媛、東京 と 中部、近畿 もやや 多 くなっている 。短歌 と 比 べると 、長期間 の 旅 行先 である 東北 や 、旅行 の 始点 や 終点 となる 伊予 と 東京、繰 り 返 し 訪 れる 関東 の 地名語彙 が 多 く 見 られる 。子規 の 旅 行 の 期間 や 回数 と 紀行文 に 見 られる 地名語彙 との 関係 は 、短歌 の 場合 よりも 密接 であるといえる 。 紀行文 にみられるように 、特 に 東京 と 関東 は 短歌革新前 の 時期 から 身近 な 地名 であったが 、短歌 に 積極的 に 詠 まれ るようになるのは 明治三一年 の 短歌革新以降 である 。紀行文 ではよく 見 られる 愛媛 の 地名語彙 は 、短歌革新以降 に 積 極的 に 使用 されているとは 言 えない 。 地域 ∼M30 M31 M32 M33 計 伊予 (愛媛) 異 50 0 0 0 50 延 96 0 0 0 91 東京 異 64 12 12 3 91 延 134 14 15 3 166 北海道 異 1 0 0 0 1 延 1 0 0 0 1 東北 異 131 0 0 0 131 延 216 0 0 0 216 関東 異 175 0 1 0 176 延 311 0 1 0 312 中部 異 70 1 0 0 71 延 102 1 0 0 103 京都 異 9 0 0 0 9 延 13 0 0 0 13 奈良 異 1 0 0 0 1 延 1 0 0 0 1 近畿 異 39 0 0 0 39 延 73 0 0 0 73 中国 異 11 0 0 0 11 延 12 0 0 0 12 四国 異 7 0 0 0 7 延 16 0 0 0 16 九州 異 11 0 0 0 11 延 12 0 0 0 12 日本 異 3 0 0 0 3 延 4 0 0 0 4 アジア 異 9 0 0 0 9 延 11 0 0 0 11 欧米 異 4 0 0 0 4 延 4 0 0 0 4 架空 異 4 0 0 0 4 延 5 0 0 0 5 計 異 589 13 13 3 延 1011 15 16 3
紀行文 に 見 られる 地名語彙 を 次 の 四 つに 独自 に 分類 する 。 自然物名 ⋮ 信 夫 山・ 三 上 山・ 相 模 灘・ 松 浦 潟・ 墨 江・ 花 水 川・ 中 禅 寺 湖・ 華 厳 の 滝・ 養老 の 瀑布 など 交通施設名 ⋮ 相 模 路 ・ 東 海 道 ・ 千 住 街 道 ・ 水 戸 街 道 ・ 安 孫 子 驛 ・ 磯 部 停 車 場 ・ 宮 澤 の 渡 ・ 三津港 など 国名、地方名、都道府県名 ⋮ 奥 州・ 東 北・ 北 越・ 水 戸 地 方・ 相 模・ 神 奈 川・ 秋 田・ 千 葉 縣・ 武 相 房 州・ 欧州・泰西 など 市町村 などの 名前 ⋮ 松 山 地 方・ 仙 薹 市・ 大 街 道・ 八 王 子・ 連 雀 町・ 六 郷 村・ 狸 横 町・ 八 軒 家・ 羅馬・別荘町 など 紀行文 で 最 も 多 く 見 られるのは 市町村 などの 名前 であり 、異 なり 語数 は 三四一語 である 。紀行文 に 見 られる 地名語 彙全体︵異 なり 語数六〇八語︶ の 56.1% を 占 めている 。次 いで 多 く 見 られるのは 自然物名 の 一七八語︵異 なり 語数︶ で あり 、全体 の 29.3% を 占 める 。国名、都道府県名 は 六五語 で 10.7% を 占 め 、最 も 少 ないのが 交通施設名 は 三四語 であり 全 体 の 5.6% である 。 紀行文 では 旅 の 目的地 の 他 に 通過 した 土地、目 にした 土地 も 記録 しているため 、市町村 レベルの 地名語彙 が 多数見 られる 結果 であったと 考 えられる 。 三 四 短歌 に 見 られる 地名語彙 の 紀行文 との 比較 短歌 に 見 られる 地名語彙 を 、前述 の 紀行文 の 地名語彙 の 四項目 に 従 い 分類 する 。結果 は 次 の 通 りである 。全体 の 異
なり 語数 は 三一四語 である 。 自然物名 ⋮鳥部山・難波潟・最上川・蘆 の 水海・養老 の 瀧・江 ノ 島・ エヴェレストなど 一〇四語︵ 33.1%︶ 交通施設名 ⋮谷中路・鎧 の 渡・箱根路・信濃路・駿河路・近江路 六語︵ 1.9%︶ 国名、地方名、都道府県名 ⋮日 の 本・江戸・大江戸・出羽・陸奥・東京・山形・漢・ アメリカなど 七一語︵ 22.6%︶ 市町村 などの 名前 ⋮二名・根岸・白河・大洗・北野・丸 の 内・金州・江東・上海・ パリなど 一三三語︵ 42.4%︶ 紀行文 の 場合 と 比較 すると 短歌 の 方 が 、国名、都道府県名 と 自然物名 が 多 くなっている 。市町村 などの 名前 は 短歌 の 中 で も 最 も 多 く 使 用 さ れ て い る が 、 紀 行 文 の 場 合 と 比 べ る と 少 な く な っ て い る 。 交 通 施 設 名 は 紀 行 文 で も 少 な い が 、短歌 ではさらに 少 なくなっている 。 伊予︵愛媛︶ と 東京 の 短歌 と 紀行文 に 見 られる 地名語彙 の 相違 の 例 を 次 にあげる 。 伊予︵愛媛︶ の 地名語彙︵短歌︶ 自然物名 ⋮石鎚 の 山 交通施設名 ⋮ なし 国名、地方名、都道府県名 ⋮伊豫 市町村 などの 名前 ⋮ 伊佐庭・道後・高浜・新居・二名・松山・三津
伊予︵愛媛︶ の 地名語彙︵紀行文︶ 自然物名 ⋮ 天 山 川・ 石 手 川・ 唐 岬 の 瀧・ 久 萬 山・ 久 萬 山 岩 屋 抔・ 來 島・ 來 島 瀬 戸・ 重信川・白猪 の 瀧・波止濱・御幸寺山・由利嶋 交通施設名 ⋮松山停車場・三津港 国名、地方名、都道府県名 ⋮伊豫・伊豫全國 市町村 などの 名前 ⋮ 今 出 ・ 今 出 村 ・ 今 治 ・ 大 洲 地 方 ・ 河 の 内 ・ 九 谷 等 ・ 久 保 田 ・ 久 萬 町 ・ 鷺 谷 ・ 大 街 道・ 道 後・ 竹 の 宮・ 竹 谷・ 立 花 口・ 玉 川 町・ 土 井 田・ 中 の 川・ 新 居 濱・ 畑 中 村・ 八 軒 家・ 東 山・ 保 免・ 松 枝 町・ 松 山・ 松 山 邊・ 松 山 地 方・ 三 坂・ 御崎・三津・惠原・森松・余戸・吉敷・和氣・井門 短歌 に 見 られる 地名語彙︵東京︶ 自然物名 ⋮ 浅 草 川・ 飛 鳥・ 飛 鳥 山・ 荒 川・ 上 野 山・ 嬉 し の 森・ 音 無 の 川・ 鐘 の 淵・ 木 下 川・ 不 忍 池・ 隅 田︵ す だ ︶・ 隅 田︵ す み だ ︶・ 隅 田 川・ 道 灌 山・ 玉 川・ 待乳・待乳山 交通施設名 ⋮谷中路・鎧 の 渡 国名、地方名、都道府県名 ⋮江戸・大江戸・東京 市町村 などの 名前 ⋮ 赤 阪・ 赤 羽 根・ 秋 葉・ 浅 草・ 愛 宕・ 芋 坂・ 牛 島・ 上 野・ 御 茶 ノ 水・ 大 森・ 霞 が 関・ 金 杉・ 蒲 田・ 神 田・ 亀 戸・ 神 田・ 小 金 井・ 御 殿 山・ 駒 形・ 桜 が 岡・ 品 川・ 不 忍・ 忍 が 岡・ 巣 鴨・ 洲 崎・ 立 川・ 多 摩・ 千 代 田・ 寺 島・ 寺 島 村・
豊 島・ 中 の 郷・ 根 岸・ 深 川・ 本 庄・ 丸 の 内・ 三 河 島・ 三 橋・ 向 島・ 谷 中・ 吉原・両国 紀行文 に 見 られる 地名語彙︵東京︶ 自然物名 ⋮ 飛 鳥 山・ 飛 鳥 山 下・ 荒 川・ 江 戸 川・ 小 笠 原 嶋・ 音 無 川・ 大 嶋・ 龜 戸・ 木 下 川・ 不 忍 池 畔・ 忍 川・ 江・ 陀・ 隅 田 川・ 墨 水・ 擦 鉢 山・ 道 灌 山・ 高尾山・瀧 の 川・玉川・東薹山下・猶川・待乳山 交通施設名 ⋮ 池 上 道・ 板 橋 街 道・ 上 野 停 車 場・ 奧 街 道・ 新 橋 停 車 場・ 千 住 街 道・ 田端停車場・日野驛 国名、地方名、都道府県名 ⋮東京 市町村 などの 名前 ⋮ 赤 羽 根・ 淺 草・ 池 上・ 一 の 宮・ 今 戸・ 入 谷・ 鶯 横 町・ 牛 島・ 上 野・ 金 杉・ 金 助 町・ 蒲 田 村・ 神 田・ 切 通 坂・ 小 金 井 位・ 乞 食 坂・ 五 條 邊・ 猿 樂 町・ 品 川・ 新 宿・ 新 橋・ 浅 間・ 千 住・ 高 幡・ 狸 横 町・ 寺 島 近 傍・ 新 阪・ 西 新 井・ 日 本 堤・ 根 岸・ 根 岸 邊・ 原 町・ 深 川・ 府 中・ 本 郷・ 本 郷 臺・ 本 所・ 三 河 島・ 箕輪・三橋・向島・向島邊・谷中・兩國・連雀町・六郷村・王子 短歌 と 紀行文 の 伊予︵愛媛︶ と 東京 の 地名語彙 を 比 べると 、短歌 では 交通施設名 と 市町村 などの 名前 の 減少 を 見 る ことができる 。特 に 愛媛 の 場合 では 、短歌 での 交通施設名 と 市町村 などの 名前 の 減少 がより 顕著 に 見 られる 。 短歌 が 紀行文 よりも 国名、都道府県名 が 多 くみられたのは 、外国 の 地名語彙 によるところが 大 きいといえる 。
アジア ・欧米 の 地名語彙︵短歌︶ 自然物名 ⋮ ア ム ー ル ・ エ ヴ ェ レ ス ト ・ 唐 山 ・ 黄 の 河 ・ 黄 河 ・ 華 山 ・ 新 高 山 ・ ヒ マ ラ ヤ ・ 揚子・廬山 交通施設名 ⋮ なし 国名、地方名 ⋮ 唐・ 唐 国・ 漢・ 北 印 度・ 高 麗・ 支 那・ 晋・ シ ン ガ ポ ー ル ・ 震 旦・ 高 砂・ 高 砂 島・ 天 竺・ 中 つ 国・ ヒ リ ピ ン ・ フ ォ ル モ サ ・ 普 陀 落・ 明・ 唐 土・ モ ン ゴ ル ・ アメリカ ・ おロシア ・ スエス ・ スパニア ・ フランス 市町村 などの 名前 ⋮ 江東・金州・三崎・上海・秦淮・赤壁・長安・渤・洛陽・遼東・ パリ ・ パリス アジア ・欧米 の 地名語彙︵紀行文︶ 自然物名 ⋮鴨緑江 交通施設名 ⋮ なし 国名、地方名 ⋮支那・大明・蒙古・ アメリカ ・欧州・泰西 市町村 などの 名前 ⋮威海内・旅順口・平壌・ 幷 州・旅順・ ローマ 紀行文 と 比 べ 、短歌 の 地名語彙 に 交通施設名 と 市町村 などの 名前 が 少 ないことについて 、次 のことが 考 えられる 。 一 つ に 、 紀 行 文 に 記 録 さ れ る 短 歌 は 一 二 四 首 見 ら れ る が 、 そ の 中 で 地 名 語 彙 が 詠 ま れ て い る も の は 三 八 首 で あ る 。 これは 紀行文中 で 場所 を 特定 し 且 つ 短歌 でも 場所 を 特定 することを 、子規 があまり 行 わなかった 為 と 考 えられる 。 例 えば ﹁ はて 知 らずの 記﹂ で 次 の 描 写 48 がある 。
日暮 れなんとして 古口 に 着 く 。下流難所 あれば 夜舟危 しとてこゝに 泊 るなり 。⋮ 九日早起舟 に 上 る 。暁霧濛々夜未 だ 明 けず 。 すむ 人 のありとしられて 山 の 上 に 朝霧 ふかく 殘 るともし 火 短歌 では 場所 は 特定 されていないが 、前 の 文章 で 古口 での 作品 であることが 分 かる 。紀行文 で 市町村 などの 名前 を 記録 しても 、 それを 短歌 に 表 すことがほとんど 見 られない 。地名語彙 が 詠 まれている 紀行文中 の 短歌三八首 の 内、八 首 のみが 市町村名 などの 名前 が 用 いられている 。 ほとんどが 次 の 歌 のように 自然物名 を 詠 み 込 んでいる 。 山 の 錦 のきぬにつゝまれてお 白粉 つけり 雪 の ︽ ふし 山︾ ︵拾遺一四三 ・ 二二年︶ 下 つけの ︽ なすの ︾ ゝ 原 の 草 むらに 覺束 なしや 撫子 の 花 ︵二四八 ・ 二六年︶ 心 なき 月 はしらしな ︽松嶋︾ にこよひ 許 りの 旅寐也 とも ︵二五六 ・ 二六年︶ 畫 にもならす 歌 にもならず ︽武藏野︾ は 只 はろ 〳〵 に 山 なしにて ︵一二四七 ・ 三二年︶ 二 つに 、紀行文 での 市町村名 の 多 くに ﹁鶯横町﹂ などの 地名語彙 が 見 られるが 、 これらの 地名語彙 は 国名 や 都道府 県名 よりも 現地以外 の 人 には 馴染 みのないものではないだろうか 。 このような 地名語彙 が 紀行文 に 見 られるのは 、子 規 が 目的地 の 途中 で 通過 した 土地 や 宿泊 した 土地 も 紀行文 に 記録 されていることが 大 きな 要因 である 。短歌 にも 市町 村名 は 多 く 見 られるが 、紀行文 のものよりも 、現地 の 人以外 に 分 りやすい 地名語彙 が 多 いのではないか 。 三 つ に ﹁上 野 停 車 場﹂ と い っ た 駅 名 や ﹁三 津 港﹂ と い っ た 港 名、 ﹁板 橋 街 道﹂ と い っ た ﹁∼ 街 道﹂ の 形 の 地 名 語 彙 は 短歌 に 詠 まれていない 。 またこのような 地名語彙 であらわされる 地名 は 、市町村 レベルのものであるので 、二 つ 目 と 同 じ 理由 が 考 えられる 。